ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート   作:ルルマンド

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サイドストーリー:過去と未来と

 出遅れというアクシデントが発生したメイクデビューを終えて。それでもなおというべきか、マイル路線を目指すべきだという声はやまなかった。

 

「マイル戦は目指さないのですか?」

 

「あくまで目標はクラシック三冠であると、そうお伝えしたはずですが」

 

 実に彼らしい、にべもない返答だった。

 言っただろう。2度同じことを言わせるなということを隠しもしない、圧倒的な断定。

 

 こういう冷厳とした態度を取るときの彼は、正直に言って怖い。整い過ぎるほどに整った顔立ちから表情が退去すると、その美しさが反転して恐怖に変わる。

 

 自分の表情の乏しさを無意識のうちに棚に上げて、ミホノブルボンはぼけーっとそんなことを思っていた。

 

(とはいえ)

 

 この記者がそういう問いを投げた理由を、ブルボンとしてはわからないでもなかった。 

 

 中距離・長距離戦ならば大差勝ちするというのはままあり得るが、マイル戦で大差勝ちするというのは、あまりない。

 実力の差というものは一秒毎に積み重なっていくものであり、長ければ長いほどその積み上がりは高くなるものだからだ。

 

 その積み上がりが結果的に、大差勝ちに繋がる。しかしマイル戦は距離が短く、必然的に積み重ねていくための時間が短い。

 しかも思っきり出遅れてなおの、大差勝ちなのだ。やはりマイルでと思われても、そこまでおかしいことではない。

 

「ミホノブルボンは明らかにスプリンターです。クラシック三冠を目指す理由は?」

 

 その質問を受けて、ブルボンはやや耳を傾けながら一歩前へ出た。

 

 それは私が無理を押し通したからだと、そう言うつもりだったのである。自分のわがままのせいで――――別にそれだけ、というわけではないが――――彼への風当たりが強くなっていることを、ブルボンは明敏に感じていた。

 

 マスターは、私の夢を尊重してくれただけです。目標も、夢も、練習も、それはすべて私が望んだことです。

 そんな声が喉まで出かかった瞬間、鋼鉄の瞳と視線が合った。

 

「当人との相談の末そう決めました。既に目標に向けて進行中であり、目的の変更はありえません」

 

 その後の質問も1つを除いて友好的とは言い難いものだったが、彼はそれに淡々と答えていく。

 数分の後に囲み取材が終わったあと。先程発言を押し止めた眼差しが再び、ブルボンの方を向いた。

 

「よく俺の意図を察したな」

 

 なにも言うな。

 眼差しや目の色からそういうものを読み取って、ミホノブルボンは口を閉ざした。

 

 彼女は極めて従順な気質をしたウマ娘である。小さな頃から他者のリクエストを受けてから行動を起こすタイプであったし、それは今も変わらない。

 腹筋をしろと言われたら、具体的な数値を指定されなければ『やめろ』と言われたり、次の指示が下されるまでやる。痛かろうが何しようが、やり抜く。

 

 そういう愚直なまでの従順さは間違いなく長所だったが、同時に自発的な行動に欠けるという短所でもあった。

 

 そんな彼女が自発的に、それも他人に向けられた質問に対して解答・発言しようなどと思うのは極めて珍しいことである。

 そのことは彼女自身すらも、理解していない。この場を見て瞬時に珍しさに気付けるのは、おそらくは彼女のトレーナーと父だけだった。

 

「はい。目の色、眼差しから分析。ステータス『牽制』と判断しました。ですが……」

 

 ですが、なんだろう。

 ミホノブルボンは、自分で言っておきながらそう思った。ですが、なんなのか。口をついてでてきた言葉を飲み込むことは、できない。

 だがなぜ『ですが』と言ってしまったのか、彼女にはわからなかった。

 

(マスターの指示に従う。私は、そう誓ったはず)

 

 夢を肯定してくれた、あの時から。

 夢を見るだけだった三冠への道筋を立ててくれた、あの時から。

 

 自分の中に発生した明確なエラーを分析にかかっても、なにもわからない。

 なぜ、言ったのか。なんのために、言ったのか。

 

 思考の袋小路に陥ってしまった彼女を見かねたように、エラーの原因が口を開いた。

 

「なぜ自分が短距離路線やマイル路線に進めと言われているか、わかるか?」

 

「……それは私の脚質が瞬発力に優れ、持久力に欠けた性質を有しているからです。一般的にこういった性質を持つウマ娘は、マイル・短距離路線に進むことが多いため、一般論に当てはめられてそう言っていると、そう思考します」

 

「そうだ。つまり君は自分の志望先とはまた違った方向への能力の高さを証明したからこそ、望まぬ道へ進むことを勧められている」

 

 その通りだと、ミホノブルボンは首肯した。

 自分の能力と、夢が絶望的にマッチしていない。そのことはトレセン学園に来る前から、父とトレーニングを積んでいたあの時からわかりきっていたことである。

 

 しかし向いていないからと言って、諦めたくはない。

 彼女の思考はいつもここで止まっていた。

 

「君の能力はマイル・短距離に向いている。その事実を踏まえて、君がすべきことはなにか。わかるか?」

 

 他の人が言うならば、ブルボンは『つまり諦めろということか』と思っていただろう。

 だが問いかけたのは、二人しかいない夢の後援者、その内の一人である。

 

「……諦めろということではない、ということはわかります」

 

「当たり前だ。トレーナーというものは夢への舗装者であって、夢に引導を渡す役割では断じてない。諦めるというのはいつだって、ウマ娘側から自発的に行われるものなのだ」

 

 わかりません。

 そう言えば会話が進むことはわかっていたが、ブルボンはわからないとは言いたくなかった。

 

「……まあ、わからないなら教えよう。それはつまり、マイル・短距離路線よりも中距離・長距離に適性があると証明することだ」

 

 それはなんというか、あまりにも単純で力押しの解決法だった。

 しかし思い返してみれば、彼の思考はいつものそれと変わらない。

 

 スタミナがないから中距離が無理と言われればスタミナを付けさせる。コロンブスが卵を立たせるために先っぽを潰してみせたような、最短距離をぶっちぎるような力技を彼は好む。

 

「そして教えておいてやろう。なぜ俺が記者やら同僚からとやかく言われても気にしないのか。それは、君ならば三冠を取れるからだ。

そんなこともわからないバ鹿の戯言を相手にするのは時間の無駄でしかないし、わからんやつはわからないままでいい」

 

「マスターはおっしゃいました。出るレースのレコードタイムを上回れば、負けることはないと。しかし私の未熟さ故に、皐月賞2000メートルのレコードタイムを上回ったことがありません」

 

 レコードタイムを出せるだけの練習はしてきたし、出せるだけの指導は受けてきた。

 

 まだ実際のレースで中距離を走ったことがないミホノブルボンではあるが、確信を持って断言できる。

 彼の組み立てたトレーニングによって得られた力を存分に活かせれば、自分の未熟さという不確定要素――――出遅れであるとか――――がなければ、既にレコードタイムを出せてもおかしくはないのだと。

 

 2000メートルも走り切れなかった短距離専門ウマ娘が、今や皐月賞2000メートルのレコードに手をかけるところまで来ている。

 それも何年という単位で行われたトレーニングによる結果ではない。

 

(だから、マスターは正しい)

 

 夢に向けて具体的に走り出したのは、たった1年前のことである。それははっきり言えば、異常な成果だと言えた。

 その異常さを生んだのは、やはり練習量の異常さだろう。普通のウマ娘なら2桁は故障してもおかしくはない――――そしてたぶん、怪我をする前に逃げてしまうであろう量の練習を、ミホノブルボンはこなしている。

 

 その間に、彼女は何を得たのか。

 

 走りながらラップタイムを意識し、走っていないときもストップウォッチを使って訓練を続けることで狂いのない体内時計を得た。

 

 スプリンターとしての天稟を更に活かし、スタートに遅れても即座に差し返せるほどの速度を得た。

 

 そして並行してスタミナを増強することに成功した。

 今や彼女はトレセン学園に作られた坂路600メートルを息もつかないで5周するという地獄のようなメニューを、朝昼夜で計9本行えるようになった。

 

 元々の頑丈さを最大に活かせるメニューを組み、それにあぐらをかいてクールダウンに手を抜くこともない。

 体力と疲労を正確に把握し、一歩、また一歩と限界の壁を押し退けていく。彼女がやってきたのは、そういうトレーニングである。

 

 農夫のように、ひたすら限界の畝を耕していく。その一方で猟師のように獲物を仕留めてどうこうという博打的で、天才的な飛躍はない。

 

(このままでは届かない、と考えているわけか)

 

 トレーナーは、そう受け取った。

 

 ミホノブルボンを支えているのは努力に裏打ちされた自信と、自分の指導者への信頼である。

 

 それはひとえに、勝つべきことをやってきたという事実。自分の意志で苦難を乗り越え、貫徹してきたという事実。

 そして2つ目は、自分の指導者を信じ抜いていること。過酷なトレーニングに愚直なまでに従っている姿こそ、その表れだ。

 

(だが、それだけでは三冠は取れん)

 

 ミホノブルボンは弱音を吐かない。

 ミホノブルボンは文句を言わない。

 

 その精神性を、トレーナーは素直に尊敬している。本人の前では口にこそ出さないが、何度も『よくぞここまで』と感嘆すらしていた。

 

 だがその精神的な強さがほんの少しの歪さを発生させていることを、トレーナーはこのとき知った。

 たぶんそれを、ミホノブルボンは自覚していない。

 

(努力を信じることもいい。それは積み重ねてきた過去を信じることだから。指導者を信じることもいいだろう。それは未来を信じることだから。だがこいつは、現在を信じるための材料を持たない)

 

 過去の自分と未来の自分を信じているが、肝心な今の自分に対して自信が持てていない。

 

 ターフに立って走るのは、今のミホノブルボンであって過去の彼女ではない。無論、トレーナーでもない。

 

(早めに気づいてよかったと思うべきだろうな)

 

 過去を信じなければ立つことはできない。人は、過去に支えられて立つ生き物だから。

 未来を信じなければ進むことはできない。人は、夢を見なければ生きていけない生き物だから。

 

 だが現在を信じなければ、これら2つがはっきりとしたビジョンをしていても無駄だと言える。

 現在を信じるということは、過去と未来を正確に繋げるということなのだ。彼女の場合、積み重ねてきた過去と輝かしい未来をつなぐ現在という道が、それらの重みに耐えかねて陥没しかかっている。

 

「君もそろそろ、自分の実力を知ってもいい頃だ」

 

 意味有りげにそう言われたあと、ブルボンはひたすら坂路練習に打ち込んだ。

 しかし、満足のいく結果は出なかった。安定的に叩き出せるラップタイムは皐月賞のレコードタイムのそれから下回る。

 

 久しぶりに、芝の上を走った。懐かしさすら感じる走り心地だったが、だからこそ戸惑い、スタートに遅れた。

 一応、前日に芝を走らせてもらったのだ。これまでずっと土の坂路を走っていたからと。

 

 だからこそ、言い訳にもならないことだとブルボンは自分を責めている。

 かつての自分ならば最後に息が切れていたであろう1600メートルは酷く短く感じたし、簡単に走り切ることができた。その達成感よりも、スタートに遅れたという悔いの方が重い。

 

 だがそれでも、ミホノブルボンは自分の実力を疑ってはいなかった。

 

 マスターができると言ったら、できる。それだけのことはやってきた。

 そして積み重ねてきた『それだけのこと』は、マスターの計画が未来に繋げてくれる。

 

 その信頼は、即座に証明された。

 朝日杯FS。GⅠという最高の舞台で、ミホノブルボンはなんの危なげもなく勝ち切った。

 

 良くもなく悪くもない、しかしやや不安定なスタートを決めて、その後は圧倒的なエンジンの差で差を広げて勝つ。

 

(これは、当たり前なことです)

 

 勝っても喜びよりもそんな感想が出てくる程度には、過去を信じていた。己のマスターが予め提示してくれた通りに進む未来も、信じていた。

 

「次のホープフルステークスに出ることが決まった」

 

 だからこそ、ひどく他人事な口調で告げられた『次』が唐突に描かれたとき、ミホノブルボンは動揺した。

 

 過去の積み重ねによって得られたのは、あくまでもマイル戦における栄光であって、中距離における栄光ではない。

 そしてホープフルステークスに出るという予定はなかった。これまでの未来図になかった。

 

 中距離に向けての練習は3月の終わりを持って完結するはずだった。だが今は、12月の末。当然中距離に挑むための準備は万全ではなく、努力の積み上げも不充分である。

 

 これはトレーナーが立てた未来図にないレースである。他人事な言い方からも、今の今まで教えてくれなかったことからも、唐突に決まった――――あるいは、決めた――――ことが窺える。

 

 この時点でミホノブルボンは、過去による自信と未来への自信がなくなった。

 ホープフルステークスがどうというより、中距離はまだ早い。そんな感覚があったのである。

 

「中距離に向けてはまだ早い。そしてホープフルステークスは予定外のレースだ。対策も取れていない。だが、今の君ならば必ず勝てると踏んだ。だから受けた。その力を証明してくれ」

 

 ――――君は今の自分にこそ、自信を持つべきだ

 

 そう言われて迎えた、ホープフルステークス。

 このとき初めて、ミホノブルボンは本当の意味でレースに向かうことの難しさを知ることになる。

 

 過去の積み重ねは言っている。まだ早いと。

 未来に描かれるべき光景は言っている。そんな予定はないと。

 

 最も信頼を置く存在である彼女のマスターは、ご丁寧に過去と未来を起因とする自信を潰したあとに、言った。

 

 それでも君ならば、必ず勝てると。

 

 確たる証拠を持つ無機物はすべて、中距離は無理だと告げていた。

 自分の勝利を信じているのは『俺の信頼には根拠がない』と断言したマスターと、自分自身。

 

 今の彼女にできることは現在の己を使って信頼に応えることのみである。

 今や何も、彼女の勝利を保証しない。

 

 だがこの苦難を乗り越えてこそ三冠を得られるのだと、ミホノブルボンのトレーナーは考えていた。




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