ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート   作:ルルマンド

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サイドストーリー:臨界へ

《先頭はミホノブルボン! 続いてやや外にメジロパーマー、ブルボンの後ろにライスシャワー、バ群の先頭にメジロマックイーン》

 

 先陣を切ったのは、ミホノブルボン。ついでメジロパーマーが追従する、誰もが予想した形。

 ミホノブルボンの最初の1ハロンは、12秒ジャスト。機械のような抜群の感覚と、それを維持するに足る精神力。色褪せていて使い物にならなくなったそれらを、彼女はすっかり取り戻していた。

 

(来た)

 

 メジロパーマー。頭を立てた、胸を張ったような走行フォームで走る奇異なウマ娘。

 空気抵抗を全身に受ける、異端というべきそのフォームを、ミホノブルボンのトレーナーはおそらく、誰よりも高く評価していた。

 

 

 ――――あれは変なフォームだが、フランスでは似たようなのをちょこちょこ見た。頭を高く保てば、空気抵抗を受けやすいがバランスを取りやすくなる。あいつは安定的に速度を出せるし、それを維持できるスタミナもある。だがバランス感覚に問題を抱えているのだろう

 

 

 完璧に悪いフォームというものは存在しない。

 総合的に見て短所が目立つから『悪い』とされるフォームと評される。

 それが代々印象として残っていき、悪いとされる理由も知らず印象論だけで『悪い』と決めつけられる。

 

 だがどんなフォームにも長所と短所がある。今のメジロパーマーのフォームは短所ばかり目立つが、長所もあるのだ。

 

 ミホノブルボンには自身の本質――――スプリンター由来のスピードがあるが、それを維持できるスタミナもなければバランス感覚もなかった。

 その2つを坂路によって増設したわけだが、メジロパーマーは短所を埋める努力よりも長所を伸ばすことを優先し、フォームを変則的なものに改造することで短所を埋めたのだろう。

 

 首を左右に振って、ミホノブルボンはレースの全容に軽く触れた。

 と言っても彼女が知覚したのは先頭集団のみ。自分のやや外寄りの位置にメジロパーマー。後ろにピッタリとライスシャワー。メジロパーマーのやや外寄りの後ろにメジロマックイーン。

 

(待たれてる……?)

 

 やや遅い。そう感じて、メジロパーマーはミホノブルボンの走りの変化を察した。

 彼女がミホノブルボンと共に走ったのは、有馬記念の1回のみ。そのときのブルボンは大外をぶん回るという意味不明な作戦をとっていたため、距離があった。だからこそ、皮膚感としての経験がない。

 

 ミホノブルボンは大外で、ラップを刻んでいたらしい。そう聴いたし、ラップタイムを見た。だが実際体感したのは、これが初めて。

 彼女がミホノブルボンの走りを近くで見たとき、ミホノブルボンはラップタイムなど投げ捨てて加速しながら走っていた。だからこそ、彼女は感じた。ちょっと手を抜いているのでは、と。

 

 実際、手は抜いていなかった。だが、待っているというのも嘘ではなかった。

 

 ライスシャワーとメジロマックイーン。

 二人の、傑出したステイヤー。その二人の注意がミホノブルボンだけに向けば、精神的損耗はバカにならない。

 

 逃げとは、常に後ろを気にして走る戦法である。世の中、追われる者よりも追う者の方が強い。レースが進むにつれて貯金が切り崩されていく感覚に陥るのが逃げであり、貯金を続けていくのが先行だったり差しだったり。

 

 それはメジロパーマーも同じこと。だからこそ、自分を追ってくるメジロマックイーンとライスシャワーの間に何人かのウマ娘を噛ませたい。そこにミホノブルボンが入ってくれれば、ベスト。

 

 メジロパーマーの後ろに何人かの壁。その壁でメジロマックイーンとライスシャワーの猛追してくる気配とプレッシャーを薄らげつつ、逃げ切る。彼女はそうしたかったし、そうするつもりだった。

 

(そうさせないつもり……ってことなのかな)

 

 枠番の不利を覆す爆走でミホノブルボンに迫るメジロパーマーは、ほぼ併走している形になった。だが弾かれたように差をつけには来ない。あくまでも自分のペースを守っている。

 堅固な精神が感じられる走り、機械的で画一的な脚の動き、手の振り。

 

 ミホノブルボンの後ろには、ライスシャワー。

 メジロパーマーのやや後ろに、メジロマックイーン。

 

 京都の外回りコース特有の、緩やかで大きなカーブ。コーナーでの巧みさでやや差を広げられながら、メジロパーマーは出力を徐々に広げていく。

 

(第3コーナーでの下りからの直線で突き放す!)

 

 2ハロンを越えて、残り17メートルの間でそんなメジロパーマーの急くような思惑を察しているのか、どうなのか。

 ミホノブルボンはちらりと自分と同じ逃げウマ娘の闘志に燃える眼を見て、前を見据える。

 

 徐々に、メジロパーマーがトップスピードに到達して駆けていく。それに引きずられるようにメジロマックイーンがやや脚を速めたのをちらりと確認して、ミホノブルボンは心の中で頷いた。

 

 ミホノブルボンは、ライスシャワーにマークされること自体は受け入れていた。諦めていた。それはもうどうしようもない、と。

 だが、メジロマックイーンにマークされることだけは避けたかったのである。

 

 だから、最初は緩めに走る。このレースの牽引車となるのは自分ではなく、メジロパーマーであると思わせる為に。

 

 メジロマックイーンはメジロパーマーと同門である。同門であればこそ、その異端な強さを知っている。長距離を主戦場とするメジロ家に生まれて、敢えて長距離では不利になる逃げという戦法を採る。

 その覚悟は、並大抵のものではない。そして、その実力も。

 

 だからこそ、メジロマックイーンは迷った。どちらがこのレースを牽引するのかと。

 彼女はぴったりとマークをしてレースを進めていくわけではないが、それでもレースの軸となるウマ娘にプレッシャーをかけていく走りをする。

 

 ミホノブルボンか、或いはメジロパーマーか。

 現在先頭に立ったのは、メジロパーマー。だが彼女のペースはおよそ3200メートルを走り切ろうとするような勢いではない。2400メートルで燃え尽きるような速さ。

 

(ですがパーマーなら、保たせるはずですわ)

 

 2000メートルでその凄さを知ったウマ娘。

 同じ窯の飯を食って過ごしてきたが故に強さも弱さも知っている、同門。

 

 メジロマックイーンは、レースの軸となるのは後者だと判断した。

 

《第4コーナーから続く直線を抜け、先頭はメジロパーマー。メジロパーマーが大逃げであります》

 

 僅かに。着差で言えばハナかアタマ。その程度の差だが、実況は瞬時に判断してメジロパーマーの優位を告げた。

 

 では優位をとられたミホノブルボンはと言えば、さほど動揺していなかった。

 

(よし)

 

 メジロマックイーンの眼を、自分以外に擦り付けることに成功した。

 

 大阪杯で打った布石。本来はマックイーンと対決するときに有利に働くはずだったそれが、今回に限っては不利に働きかねない。

 その不利を、彼女は今打ち消した。

 

 まず最初の試練を乗り越えたミホノブルボンは、相変わらず最内。メジロパーマーが反則をとられることなく最内に斜行してくるには、それなりの差を付けなければならない。

 だが差は『もう少し』から動くことはなかった。メジロパーマーは最内に入ることができず、やや消耗を加速させながら先頭を駆ける。

 

(涼しい顔しちゃってさぁ……!)

 

 後ろを振り返り、メジロパーマーは笑った。

 違い過ぎる。マシンポテンシャルが。自分の全力に、ミホノブルボンは8割くらいの出力で付いてきている。

 

 付いてきていると言っても、徐々に引き離しつつある。引き離しつつあるが、そのペースが遅すぎるのだ。

 徐々に引き離せたとしても、引き離した先の結果を得られなければつまり、意味がない。

 

 しきりに振り返り、焦りを見せるメジロパーマー。彼女のエメラルドグリーンの瞳と視線を合わせ、ミホノブルボンはちらりと左後ろを見た。

 外枠の、後ろ。そこには春の天皇賞を連覇した最強のステイヤー、メジロマックイーンが居る。

 

 彼女の視線の先には、メジロパーマー。

 

(あとは……)

 

 後ろを振り返る。

 ライスシャワーが、そこに居た。息すらしていないのではないかと思うほどの静けさで。

 

 影と同化するような黒い勝負服。スタミナの損耗を避ける、そしてプレッシャーをかけ続けるその姿。

 動かないことが正解であると示すような不気味な存在感を持つライスシャワーだが、彼女はぴったりとミホノブルボンの後ろから動いていないわけではない。

 

 時折ちらりと観客席を見やり、その都度ミホノブルボンが視界に入れやすいように位置を調整する。

 

 闘志というものが感じられない熱の失せた静けさ。菊花賞では感じられなかったこの静けさこそが、ライスシャワーの成長だった。

 常にどこかに闘志を感じるのが、ライスシャワーというウマ娘。そんな彼女と走ることに慣れているミホノブルボンだからこそ、強烈な違和感が背中を刺す。

 

 ――――喰らいつく

 

 ライスシャワーの行動は、何よりも雄弁にその執念が健在であることを示している。だからこそ、その静けさが一層不気味だった。

 

 菊花賞で見事な直滑降を見せた第4コーナーに繋がる坂から直線にかけてのコースを越えて、戻ってくるべきゴールラインを越えて。

 ここに来て、メジロパーマーはやっと最内につけた。

 

 既に中盤戦は越えている。この歴史的なハイペースで進むレースをなおも牽引するウマ娘――――メジロパーマーは、息を荒く吐き出して差を広げにかかる。

 

 4バ身。欲を言えば5バ身。後ろから圧をかけてくるマックイーンと自分を隔てる空間が、それくらい欲しい。

 ミホノブルボンとは、3バ身でいい。機械のようなラップを刻んでいることは、もうわかった。耳を後ろに向けて必死に音を拾って、わかった。どんな地形でもどんな状況でも、ミホノブルボンの走るペースは変わらないのだと。

 

 ――――今日は、そういう日だ。

 

 メジロパーマーは、腹を括った。

 今日のミホノブルボンに、有馬記念の時のような爆発力はない。あるかもしれないが、彼女はそれを考慮することをやめた。キリがないからである。

 あの時は、途中から長く息を入れていた。だが、今回はその兆候が見られない。

 だから、考える。自分が失速したときのことを。どれくらいで追いつかれるのかを。

 

 メジロ家という名門だからこそ、学業に力を入れている。

 寒門のウマ娘の中には『レースに勉強は不要』というものもいるが、彼女はそうは思わない。コースの特徴、特質、共に走るウマ娘のデータ、走るレースの歴代ラップタイム。それらを頭に入れ、自分の全力も数値化しておく。

 

 そうすれば、体感をおおよその数値として弾き出せる。そして、体感を数値化して弾き出せることの有利さを証明しているのは、他でもない寒門の星・ミホノブルボンなのだ。

 ちょっと抜けたところがあるが、ミホノブルボンは正答の出る問題には強い。数学も物理も、ぶっちぎりの学年トップである。

 

 正答なき答えを求めてくる国語に関しては例題や過去問を丸暗記するというパワープレイでぶん殴っていたが、ともかくミホノブルボンは頭がいいのだ。

 

 そしてそれには劣るが、メジロパーマーも頭がいい。その結果導き出されたのが、まあ3バ身あればハナ差で勝てる、ということだった。

 

 先行も差しもそうだが、彼女は個人的な考えとして、逃げが最も頭を必要とすると考えていた。

 とにかく、考えることが多い。ファンは『逃げは頭の悪い力押し戦法』というが、頭の悪い力押しの裏にはそれなりの計算が必要なのである。

 

(うぅ……根性根性根性!)

 

 3回繰り返す程度には限界を感じつつあるメジロパーマーがリードを広げていく。

 そんな中でスタートラインに再び至っても、ライスシャワーは不気味な程に静かだった。

 

 メジロパーマーの爆逃げ。常軌を逸したハイペースを『いずれ落ちてくる』と見ていたウマ娘たちも、中盤で更にリードを広げに来た様を見て流石に焦り、先頭集団のペースがやや早まった(ように見えた)ことに釣られ、今の内に距離を詰めておかなくてはとアクセルを入れる。

 

 そんな中でも先頭集団の最後方を走るライスシャワーには焦りなどなかった。

 わざと急くような脚の運びをして後方のウマ娘たちを釣り上げはしたが、内心は肝が据わり切っている。

 

 

 ――――外れたら、諸共

 

 

 予想が当たらなかったら、負ける。ライスシャワーのレースはここで終わり。それだけのこと。マークするというのは、そういうことだ。

 

 ミホノブルボンを信じる。必ず彼女こそがこのレースの軸になるのだと。いずれ絶対、彼女こそが先頭に立つのだと。

 

 ミホノブルボンが駄目だったら、ライスシャワーも駄目。ミホノブルボンがスタミナを切らせば、スタートをしくじれば、バ群に阻まれれば、ライスシャワーも終わり。

 

 

 それでいい。

 凋落を共にする。その覚悟がある。

 そして、栄光を掠め取る覚悟もある。

 無敗の伝説を終わらせる。ライスシャワーがミホノブルボンにただ勝ちたいから、寒門の希望を潰えさせる。歴史に蹄跡を残すであろうウマ娘の戦績に一滴の黒点を描く。

 

 春の天皇賞で勝つ。宝塚でも勝つ。全てに勝つ。その一歩が、どこであろうと構わない。

 

 徐々に速度が下がっていくメジロパーマー、変わらぬミホノブルボンと、姿勢を低く保つメジロマックイーンにライスシャワー。

 春の天皇賞の主役4人は様々な思いを抱え、中盤戦を終えた。




44人の兄貴たち、感想ありがとナス!

元ヒカセン兄貴、ずまさ兄貴、ラピーマン兄貴、海淵兄貴、Agaty兄貴、cycle兄貴、まっちゃっちゃ兄貴、yucris兄貴、rr2兄貴、羅船未草兄貴、鈍一郎兄貴、酒井遼太郎兄貴、評価ありがとナス!

感想・評価いただければ幸いです。

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