ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート   作:ルルマンド

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次回投稿は翌日18時になります。


サイドストーリー:青薔薇の庭

 同一GⅠ3連覇とは、シンボリルドルフすらも為していない偉業のひとつである。

 彼女は宝塚記念を連覇したが、その後は海外遠征に赴き、負傷して帰ってきたので3回目の宝塚記念には参加できなかった。

 

 だが今でも、出られれば3連覇も4連覇もできたという意見が根強い。だがそれを詮無きことだと殊更強く主張したのが、当の本人だった。

 

 ――――3連覇するにあたって真に重要なこととは、怪我をせずにレースに出続ける持続力。私にはそれが足りなかった

 

 出れば勝てた、ではない。

 出られなかった、のだ。

 

 だからシンボリルドルフは、トウカイテイオーの菊花賞について訊かれた時も同じように答えた。その仮定に意味はない、と。勝利とは、仮定を挟ませないからこそのものだと。

 そして今やその3連覇という頂に手を伸ばしているウマ娘がいる。

 

 そのウマ娘の名は、メジロマックイーン。

 彼女の真に偉大な点は、実力差が明確に出難い長距離で3連覇に王手をかけているというところだった。

 

 距離が短ければ短い程、駆け引きや運の絡む要素が少ない。即ち長距離とは、駆け引きや運など、どうしようもない要素が大いに悪さする可能性が極めて高いレースなのだ。

 それをマックイーンは、連覇した。それはつまりどうしようもない要素をねじ伏せるほどの圧倒的な力と実力相応の運を持っていることを意味する。

 

 だからこそ、彼女は言われるのだ。

 メジロマックイーンこそ、史上最高のステイヤーであると。

 

 そして彼女は3連覇をかけたレースがはじまり中盤を終えた今になって最も、その偉業に近づいている。

 逃げるウマ娘たちを視野に入れられる理想的な位置取り。外枠に回されたと知ったときから、無理に内に進路を取らないことは決めていた。

 

 彼女は、言うまでもなく今年の春の天皇賞における最有力候補である。

 そんな彼女が無理に内に入れば、ブロックされる可能性がある。

 

 自分のペースを多少乱しても、強者の自由を奪うことで勝ってやる。そういうウマ娘たちの餌食にならないためには、外枠というのはちょうどいい。

 

(パーマー)

 

 流石に、速度が落ちてきた。3200メートルとは思えないペースをミホノブルボンと共同で作り出した彼女の走りを、メジロマックイーンは冷静に見ていた。

 

(流石の走りですわ。とはいえ、ここからの奮起はないでしょう)

 

 加速し切って、あとは落ちる。

 それが、逃げウマ娘の本来の姿。近頃は終盤で加速したり同一ペースで逃げ切ったりという変わり種が続々と出てきているが、あくまでもメジロパーマーは王道の逃げを打つウマ娘である。

 

 その減速までの期間が来るまで、異様に粘る。要は、圧倒的に速度を維持する力に秀でる。それが、メジロパーマーの力。愚直なまでの基礎訓練によって得た力。

 だからこそ、メジロパーマーはミホノブルボンのスペックのおかしさを察した。マシンポテンシャルが違いすぎると臍を噬んだ。

 

 一方で、マックイーンは晩成した大器である。本格化を迎えるまで怪我続きで、それでもなお不屈の意志で歩みを進めた結果、クラシック級にはほとんど関与することなく大成した。

 

 彼女は、ミホノブルボンの恐ろしさの内情を知らない。それは、同じ経験をしたメジロパーマーでなければわからない。

 だがマックイーンは、その恐ろしさの外面を知っていた。大阪杯で、教え込まれたから。

 

(だからこそ)

 

 早めに仕掛ける。その判断に、間違いはない。

 彼女には、自負があった。自分こそ、京都3200メートルをもっともよく知るウマ娘であると。その裏付けとなる実績もあった。

 

 だが彼女は、ライスシャワーを知らなかった。ミホノブルボンの影のようなウマ娘。ひたすらに静かに穏やかにミホノブルボンを追尾する漆黒。

 レースとは、反射の世界である。悠長に観察している暇はない。だからこその瞬時に観て、察することが求められる

 

 メジロマックイーンが観客としてこのレースを観ていれば、ライスシャワーの異常性に気づいただろう。だがこのときのメジロマックイーンは、気づかなかった。

 これは彼女の能力が低いわけではない。彼女のリソースはメジロパーマーとミホノブルボン、両者の観察に割かれていて、他に回しようがなかったのである。

 

 ミホノブルボンというここまで無敗で天皇賞まで駒を進めた鮮烈な光が、ライスシャワーという影を黒く、暗く、そして目立たないものにしている。

 

 メジロマックイーンは、メジロパーマーとミホノブルボンを。

 メジロパーマーは、ミホノブルボンとメジロマックイーンを。

 ミホノブルボンは、ライスシャワーを。

 ライスシャワーはミホノブルボンを。

 

 それぞれ、観ていた。

 不気味な程に、ライスシャワーは注目されていなかった。

 

 

 注目はいらない。

 栄光もいらない。

 歓声もいらない。

 勝利が欲しい。今はただ、それだけが欲しい。

 

 

 ライスシャワーは、燃え盛る焔に蓋をしたような静けさで苦もなく追ってくる。

 それはつまり、どういうことなのか。このレースの中で最も、優れた能力を持っている。このレースに適した力を秘めている。そういうことではないのか。

 

 ライスシャワーの本領は長距離でこそ発揮される。距離が伸びれば伸びるほどに、彼女は力を発揮するのだと。

 

 ――――あいつの適性距離は4000メートルかもしれないな

 

 ミホノブルボンは、知っていた。ライスシャワーを入念に、丹念に観察していた男から、そう知らされていた。

 

 迫りくる登り坂を目にしたメジロマックイーンが、やや前に傾く。スパートをかけるのは下り坂を越えてからだが、ステイヤーの脚は瞬時に最高速を出せるわけではない。故に彼女は、最高速に到達するための姿勢に入ったのである。

 メジロマックイーンとライスシャワーは似ている。お互いに、一瞬の切れ味とは無縁の脚をしている。速さが長く持続する、鈍い脚。それこそが、彼女たちが共通して持つステイヤーとしての資質、その象徴。

 

 シンボリルドルフに代表される中距離ウマ娘は、ステイヤーの持つ長く持続する鈍い脚とスプリンターの持つ短く爆発するような鋭い脚の中間である。

 そしてミホノブルボンの資質は、スプリンターのそれである。短い距離であればこそ本領を発揮する、一瞬に全てを注ぎ込むかの如き爆発的な末脚。

 

 彼女がこれを十全に発揮するには、天皇賞春は2000メートルくらい長かった。疲労があり、そして出そうとしても満足な末脚を出せないことを察知していた。

 やはり、3200メートルは長い。

 それは無論、勝てないわけではない。だが、有馬記念の時のような爆発力は出せない。

 

(それでも)

 

 勝ちたい。

 

 その気持ちは、ライスシャワーも同じだということはわかっている。それどころかこのレースに参加するすべてのウマ娘が思っているだろう。

 

 だがそうわかっていても、勝ちたいと。そう思わずにはいられない。思っても何も変わらないし、誰もが思っていることだとわかりつつも、そう思わずにはいられない。

 

 目の前には、坂がある。菊花賞の時も越えた坂が。

 

(ここで)

 

 背筋が灼けるような闘志が、フラッシュバックした。

 忘れもしない去年の11月8日。ライスシャワーは、この坂を登り切ったところで襲いかかってきた。

 

 今は不気味なほどに静かなライスシャワーの方へ、あの時のようにちらりと振り返る。

 

(淀の坂)

 

 あのときと同じ、高低差4.3メートルの淀の坂。

 あのときは駆け下ってきたライスシャワーから逃げ切れた。危なげなく勝てた。

 

 ――――たった200メートルしか伸びていない。

 ――――たった半年しか経っていない。

 

 無責任な外野は、こんなことを好き勝手にいう。

 だがミホノブルボンからすれば、200メートルも伸びたのだ。半年も経ったのだ。

 

 彼女は才能のない自分が半年間で成し得た努力を、その結果としての成長を知っている。

 ライスシャワーには、才能がある。ミホノブルボンにはない才能が。そしてその才能は、明らかに長距離に向いている。

 

 警戒の針を後ろに向けたミホノブルボンは、速度が固定された脚でメジロパーマーを抜き去った。徐々に速度を上げてくるメジロマックイーンと、ライスシャワー。二人を突き放しにかかったように見えて、そうではない。自分の走りを貫いた結果、メジロパーマーを抜き去った。ただそれだけのこと。

 

 登り坂では、速度が落ちる。この実に当たり前の現象は、メジロパーマーにもメジロマックイーンにもライスシャワーにも降りかかった。

 

 淀の坂は、ゆっくり登ってゆっくり降りる。

 幾人かのウマ娘によって破られているとはいえ、依然として鉄則は鉄則としてそこにあった。

 

 そしてミホノブルボンが先頭に立った、その瞬間。

 

 空気が、変わった。

 

 後ろで、必死に抑え込まれていた焔が爆発した。

 刹那、振り向く。

 

 ――――振り向いた先には、鬼がいた。

 

 理性という扉の奥で閉塞され飢えていた焔、抑え込まれていた焔。

 3バ身の向こう側。氷のような冷徹さに満ちていた瞳に、目的に向けて極限まで研ぎ澄まされた身体が、燃え尽きよとばかりの熱を持つ。

 

(これだ)

 

 ミホノブルボンは、閃光の速度で感じた。

 闘走心の使い方の手本が、すぐそこにある。折り合いをつけた。その一言で済ましながら、ミホノブルボンはやはり心のどこかで闘走心を使い倦ねていた。

 

 空の青が、ターフの緑が伸びてきた影色の蔦に捕獲され、染まる。粘り気のある、暗い色。

 それはおそらく、勝利への執念。これまでのライスシャワーの領域が追いつき差し切ることを目的としたものならば、これは追い越し差し穿つ為の領域。

 

 青薔薇の蕾に囲まれた箱庭の中を見回し、マックイーンはすぐさま紅茶をキメて息を入れ、本格的に発動する前にさらりと脱出した。

 ライスシャワーの領域――――ゾーンは個人に勝つ為のものであり、マックイーンは巻き込まれ事故のようなものである。

 だがそれにしても、迅速な判断だった。

 

 通常ならば、終盤の直線終わりまで保つようにマックイーンは自身の領域を構築する。ゾーンに入る。

 だが今は淀の坂の降りはじめ。明らかに、領域を構築するタイミングとしては早い。最後の直線が終わるまで保たないだろうと自分でも確信してしまうほどに早い。

 

 だがそれは、的確な脱出だった。

 

(なんなんですのあれは……)

 

 脱兎のごとし。

 領域内で息を入れ、メジロの悲願――――天皇賞春へと突き進むマックイーンは、内心の動揺を必死に収めて前を向いた。

 

 前には、ミホノブルボン。そして、僅か先にライスシャワー。

 今の彼女にライスシャワーを抜かすだけの速度はない。ライスシャワーは淀の坂から急降下して、足りない速度を無理矢理補って走っている。

 

 それは、何もかも擲つような走りだと言えた。選手生命をすり減らしても勝ちたい相手がいる。黒く小さな背中が、そう言っている。

 

(凄まじい覚悟、それを悟らせない心の強さ……!)

 

 見事。本当に、本当に見事。

 メジロマックイーンは、激賞した。心の底からライスシャワーと言うウマ娘に敬意を払った。

 

 メジロマックイーンには、それがない。全てを賭して勝つのではなく、トータルで勝つ。個人ではなく、レースに勝つ。

 名門メジロ家の教育の真髄はまず、己の身を保護することにある。だから、無理はしない。できないように、育てられる。

 

(ライスシャワーさん。謝ります。心から)

 

 メジロパーマー、ミホノブルボン。

 自分とはタイプの異なる二人こそ、メジロマックイーンは注視していた。

 

 他のレースではいざ知らず、春の天皇賞においては負けない。自分と同じタイプに、敵はいない。

 去年この場で、彼女はトウカイテイオーに――――無敗を誇った当世最強のウマ娘に勝った。

 だからこそ、今回負けがあるとすれば違うタイプのウマ娘だと考えていた。そしてそれは逃げの二大巨頭である、メジロパーマーとミホノブルボンのどちらかになるだろうと。

 

 メジロマックイーンは、自分の実力を信じていた。自分の実績を信じていた。

 トウカイテイオーが比類なき天才であることを、そして少なくとも京都芝3200メートルではその比類なき天才に勝った自身の力を信じていた。

 

 そのトウカイテイオーへの信頼が、彼女の視界からライスシャワーというウマ娘を消した。

 

 ――――王道の型をとるウマ娘の中で、トウカイテイオー以上はいない。

 

 彼女はなんの疑いもなく、それを信じていた。

 

 そして、トウカイテイオーに勝ったウマ娘は、この場にもう一人いる。

 

(来るでしょう)

 

 ミホノブルボン。ライスシャワーの難攻不落の領域に囚われた、歴代でも屈指の逃げウマ娘。大阪杯の覇者。

 

(終わりません。このままでは、終わりませんわ)

 

 でなければ、トウカイテイオーに勝てるはずがない。

 大外からの1バ身差。そこまで詰めながら、軽々に抜きにかからない。

 

 ライスシャワーの見落としというやらかしをしたが故の慎重さを見せるメジロマックイーンは、警戒の糸を緩めていなかった。




39人の兄貴たち、感想ありがとナス!

心太者兄貴、カロチノイド兄貴、kanichan兄貴、すいか2580兄貴、評価ありがとナス!

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