ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート   作:ルルマンド

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サイドストーリー:挑戦の果てに

 時はマックイーンが心の中でライスシャワーに自らの不明を詫びてから、やや遡る。

 電撃のような反応で弾かれたように脱出を果たすメジロマックイーンに続こうとしたミホノブルボンの行く手を、蔦が阻んだ。

 

 ――――逃さない。逃げさせない

 

 脚に絡みつく蔦からは、ライスシャワーの想いが感じられる。

 

(私も、入るべきでしょう)

 

 領域に。自身の領域を構築し、ライスシャワーのそれを打ち消す。討滅する。

 ライスシャワーの領域。ライスシャワーの世界というべきそれを、自分で塗り替える。環境を己に適応させる。

 

 それは自分にもできることだ。

 わかっている。わかっているが、ミホノブルボンはもう少し、この世界を見ていたかった。

 

 ライスシャワー。ステイヤーとして芳醇な才気に溢れた、貴門の出のウマ娘。闘志を最大の武器とする、密やかな自信家。

 何もかもが自分と対極の、だからこそ心から尊敬できる好敵手。

 

 トウカイテイオーが闘走心と理性を共存させた極致にいるとすれば、ライスシャワーは闘走心で自らを染め上げている。自らの身体を自らの闘走心で焼き尽くしながら突っ込んできている。

 

 薔薇が、厳しい冬の雌伏の期間にしっかり剪定され、切り戻しをして春の目覚めへ備えるように。

 これまで理性によって雌伏を強いられ、凝縮された青い焔が、僅かの乱れも漏れもなく、ただミホノブルボンだけを追う。

 ライスシャワーというウマ娘の真髄、マーク屋としての極まった本質がここにあった。

 

 いつまでも、見ていたかった。自分には持ち得ない才能と、執念の煌めきを。

 

 だが、そう悠長をしていてもいられない。ミホノブルボンの脚に絡みついた青薔薇の蔦はスタミナを貪欲に吸い取り、蕾を膨らませつつある。

 

(開花させてしまっては拙い)

 

 だが、このまま領域を構築しても返り討ちになる気がする。

 普段ならば気にしない直感的な部分が、ミホノブルボンに語りかけていた。

 

 有馬記念のあと。

 もう少しで、新たな地平が見える気がしていた。それはきっと、闘走心を巧く使えてこそ見える景色。

 

 しかしそのもう少しを埋められる程の才能は、ミホノブルボンにはない。

 ギリギリまで粘ったが、彼女は結局見切りをつけた。新たな地平を己の力のみで見ることを諦めた。

 

 だがこの時、ミホノブルボンは自分の中の歯車と歯車とが見事に噛み合うのを実感した。

 ライスシャワーという強力極まりない激流を真正面から受け止めて、その背を押されたのである。

 

 その押されたことによって踏み出した一歩が、闘走心と理性の折り合いを付けさせた。

 天に浮かぶ紫陽花色の瀟洒なランタンに宿る鬼火が、ミホノブルボンのみを見つめている。

 

 ――――来い、とでも言うように。

 

 蒼い焔に彩られた青薔薇の庭に、無骨で無機質な歯車が浮く。

 あくまでも有機的で生物的な彩りを見せるライスシャワーの領域に対して、ミホノブルボンのそれはいかにも機械じみていた。

 

 浮かぶ歯車と歯車とが噛み合い展開される、高雅な庭を貫くサーキット。焔を宿しながらも不気味な冷たさの漂う庭が無慈悲な工事によってぶち抜かれ、外へと続く加速路が伸びる。

 

 加速路を走り抜け、そして宇宙に至る。一貫性のある領域。

 2段階目への進化で手に入れた領域を飛躍にではなく、あくまでも前座で使うというあたりにミホノブルボンの堅実さ、思考的な飛躍のなさが表れていた。

 

 即座に歯車に蔦が絡みつき、加速路の展開を妨げる。

 

(これは勝てませんね)

 

 凄まじく他人事な、そして果てしなく冷静な判断。

 加速路がぶち抜いてくれた領域の外へ繋がる道を、ミホノブルボンはとっとと駆け出した。

 

 ミホノブルボンの新たなる領域の真髄は、展開され切った加速路でブーストして速度を上げ、そのまま宇宙を征く領域へと繋げられる。

 だがこの場合宇宙へと続く路は展開しきらず、加速を与えてくれる歯車も蔦に絡め取られて動けない。

 

 故にほんの僅かな――――それこそつんのめるような微弱な加速をだけを、ミホノブルボンは得た。

 

(アニメでは新必殺技は絶対に決まるというのに……やはり現実は厳しい)

 

 関節を引っ張って無理矢理外したかのような異音と共に破壊されていく歯車をちらりと振り返りつつ、ミホノブルボンはなんとかライスシャワーの領域を抜け出した。

 

 領域のぶつけ合いに勝ったのは、ライスシャワー。

 目的を果たしたのは、ミホノブルボン。

 

 少しだけ持っていかれたスタミナを嘆くこともなく、ミホノブルボンは外への素早い首振りで状況を把握した。

 スタミナを回復させたメジロマックイーンが加速し、大外から迫りつつある。

 

 同じくライスシャワーもスタミナを回復させていることだろう。

 

 ちらりと、ミホノブルボンは首を内側に回してライスシャワーを見ようと、感じようとした。常に影のように後ろにいるはずの彼女は、死角に居る。

 故に首をいくら振っても、見えるのは影だけ。片鱗だけ。それだけのはずなのに、本体が見えた。黒いウェディングドレスが見えた。

 

 ――――しまった

 

 ――――もらった

 

 そう思うのは、同時だった。

 1バ身を空けてミホノブルボンを追うライスシャワーの身体は、最内にある。

 ミホノブルボンがメジロパーマーを抜くときに行った、外への移動。そのために生じた間隙を、ライスシャワーは見逃さなかった。

 

 先頭に立った時点で即座に領域を構築し、ミホノブルボンの思考を『最適なコースへと向かうこと』ではなく『ライスシャワーの領域から抜けること』へと偏らせる。

 偏らせて、領域の突破に専念させる。専念させて、突破されなければそれはそれで良し。問題なく勝てる。

 

 ――――だけど、突破してくる。ブルボンさんなら、きっとそうなる

 

 だから、二の矢を番えて待っていた。突破した安堵を、突破するまでの思考の空白をついて、ミホノブルボンの戦法が実行されることを防ぐ。

 

 その戦法とは即ち、最効率のレース。最内を走り最短距離を最高速で勝つ、ということ。

 ミホノブルボンは常にそうだった。道中大外を行っても、常にゴール板を駆け抜けるときは最内の経済コースにいた。それは単純に、効率がいいから。ミホノブルボンというスプリンターがより長い距離を戦場にするにあたって、効率を求めることが必要だったから。

 

 坂を降り終えた3人。

 続くパーマー、マチカネタンホイザ。

 

 最内にライスシャワー。隣にミホノブルボンとメジロマックイーン。

 彼女らには一様に、最後の直線――――404メートルが待っている。

 

 メジロマックイーンが外から。ライスシャワーが内から。

 それぞれ、迫ってくる。当初避けたかった最悪の状況とはつまり、これだった。

 

 最強クラスのステイヤー二人に、マークされること。しかも最悪としていた想定とは違い後ろからではなく、両隣から。

 その想定はしていた。だからこそ、東条隼瀬は参謀としてミホノブルボンにマークの外し方を教えた。序盤でなすりつけろ、とも言った。

 

 その目論見はうまく行っていた。本来の彼の想定であれば、ミホノブルボンはメジロパーマーを抜いて即座に最内に付けるだろうと予想していたのだ。

 その後はロスなく走ることのできる技術があるから、ライスシャワーはやはり外から仕掛けることになるだろう、とも。

 

 となれば、マックイーンの注意はライスシャワーに向く。

 ライスシャワーがミホノブルボンを、マックイーンがライスシャワーを。これが本来、終盤戦の形になるはずだった。だが、そうはならなかった。

 

 ライスシャワーは内から仕掛け、そしてその結果1バ身にまで詰められた。2バ身以上であれば最内に身を寄せて進路を塞げたが、1バ身では反則がとられる。このレースではもう、最内は走れない。

 

 影はとうに踏み荒らされた。そして、追いつかれるだろう。あとは、落ちるだけ。

 一定の速度を保つだけで精一杯なミホノブルボンに対して、二人はこれからも加速する。

 

(負ける)

 

 いつだって、勝つことを疑いはしなかった。今だって疑っていない。だが現実として、そういう予想が頭に浮かぶ。

 自分と自分を信じてくれる全ての人を信じる心の部分と、理性的な部分とが相克を起こしていた。

 

(負ける)

 

 いやだ。負けたくない。

 それはほとんど、子供の駄々のような感情だった。

 

 負けたくない。負けたくない。信じてくれたのに。勝ってくると言ったミホノブルボンを、あの人は信じてくれたのに。夢想ばかりで現実の裏付けがなかったミホノブルボンというウマ娘を、多くの人が信じてくれているのに。

 気持ちが急く。機械的な走りから、猛獣じみた走りに変容していく。

 

 だがそれは進化ではなく、退化だった。追い縋られ、焦って駆けていく。構築しようとした領域が霧散していく。

 重なりかけていた影が離れ、そしてミホノブルボンは再びライスシャワーの前に立った。

 

 迫って、迫って、迫り過ぎた。

 ライスシャワーは、そういうミスをしていた。彼女が最初に発現させた領域は、ライスシャワーがミホノブルボンへ迫り過ぎたが故に、追いつきかけたが故に構築することができていなかった。

 

 その満たされないはずだった条件が、今満たされた。他ならぬミホノブルボンの焦りによって。

 

 ――――今度は、逃さない

 

 まとめて絡め取る。

 必殺の、必死の思いで構築された領域は、またしても二人を呑み込んだ。

 庭ではなく、教会のような荘厳さが漂う暗い建物。

 

 勝つ。

 

 鬼火を宿した双眸が揺れるようにひときわ光り、前に立つ二人に襲い掛かる。

 

 蔦に絡め取られ、加速の尽きたマックイーンのスタミナが減っていく。ミホノブルボンもまた、翼を絡め取られた鳥のように地へと落ちていく。

 

 ライスシャワーも、必死だった。そしてメジロマックイーンもこの期に及んでの余裕などなかった。スタミナを吸い取る蔦に身体を任せ、条件を満たす。

 

 メジロマックイーンの2段階目の領域の発動条件は、非常に厳しい。

 ギリギリまでスタミナを削り取られた瞬間に発動するそれはまさに起死回生。空を翔ぶような軽やかな脚で、残り300メートルを駆ける。

 

 そしてミホノブルボンには、切るべきカードがなかった。ここに来て先頭に立ったメジロマックイーン、それを追うライスシャワー。

 ミホノブルボンはまだ辛うじてライスシャワーの前に居るが、本当に居るだけ。既にスタミナも残り僅か。頼みの綱のスピードも不用意に加速したせいで落ちつつある。

 

 ――――負けるのは、嫌だ

 

 俯く。目の前が暗くなったミホノブルボンは、それでも前を向いた。

 負けるとわかっていても、最後まで走り切る。勝つための最善を尽くす。

 

(これ、は)

 

 そんな彼女の前に、扉が現れた。蹴り壊されたような穴から、冷たい風と光が漏れている。

 

 本能的に、わかった。

 この扉は、勝つために開くべき扉だと。自分ならば、極限まで追い込まれた自分ならば、開ける扉だと。

 

 扉に触れる。ゾッとするほど冷たい。体温が根こそぎ奪われていくような、孤独を感じさせる冷たさ。

 それでも、腕で扉を押す。開きかけた扉が、何かに押されるように閉じた。

 

 ――――この扉を開くということは、スピードの向こう側にいく、ということですよ

 

 誰かが、言った。

 スピードの向こう側に。その速度を得ることで、勝てるなら。マスターの期待に応えられるなら。

 

 ――――負けてもいい。無敗伝説が続こうが破れようが、そんなことはどうでもいい。無理して走り切らなくてもいい。無事に帰ってこい

 

 誰かが凭れている。扉の前に、背中を預けている。扉に両手をつけてその誰かを押しのけるような勢いで押そうとした腕が、止まった。

 

(無事に)

 

 ひとりではない。

 自分は、ライバルと走っている。強敵と走っている。だが、たったひとりで立ち向かっているわけではない。

 

 ――――ライスシャワーの領域を破る方法の仮説がある。そして、勝つ方法もな

 

 いつも通り。

 そう言い合ったあと、彼は口を開いた。

 

 ――――これは博打だ。うまくすれば1着になれるが、下手をすれば4着まで転げ落ちる。だが、博打でしか打開できない状況に至ったときに、役に立つはずだ

 

 ミホノブルボンは、扉から手を離した。

 瞬間、彼女の眼に映し出される景色はライスシャワーの領域に戻る。

 離して大きく、息を吸う。迫るライスシャワーに向かって、自ら減速して近づいていく。

 

 影が重なり、過ぎ去る。

 そして、ライスシャワーの領域は弾けた。霞のように、ミホノブルボンを囚えていた領域は霧散した。

 

 ――――あいつはお前に迫り、追いつき、追い越すために走っている。それは間違いない。だが、追い越したあとはどうかな

 

 そこまで考えられるのか。

 ライスシャワーの最大の長所は、その一途さ。向こう見ずさ。マークの相手を信じ切り、命運を委ねてしまうほどの果断な決断力。

 栄光も凋落も共にする。その姿勢は間違いなく、美点だ。長所だ。未来への不安を考慮することなく、覚悟で以て道を切り開く。

 

 それはシンボリルドルフにもミホノブルボンにもできない。だから一瞬の決断力においては、ライスシャワーが誰よりも優れている。

 だがその一瞬が過ぎ去ったあとは、どうか。覚悟で切り開いた道を歩む為のコンパスを、彼女は保持しているのか。

 

 ――――断言しよう。持っていない。彼女はその果断な決断力故に、優れた割り切り故に、未来への指針図を描けない。だから極論、抜かせてしまえば彼女の強みは消え去る

 

 スノーホワイトの本。

 渡されたそれに書いてあった、極意。本来全力で走るべきところで、走ること以外は考えるべきではない勝負所で息を入れて態勢を立て直す。

 

 正気ではない。残り300メートル地点で、息を入れるなど。

 ライスシャワーもメジロマックイーンも、実況も観客も誰もかも。

 

 とある二人を除いた誰もがこのとき、ミホノブルボンの伝説の終わりを感じた。

 

 負ける。逃げウマ娘は、垂れたら終わり。減速して、抜かれたら終わり。その鉄則は、古今東西どのウマ娘にも適用されてきた。

 

 

 そう、たったひとりを除いて。

 

 

「物にしたな。最後の最後で」

 

 息を入れる。メジロマックイーンが最初にミホノブルボンを捉え、次いでライスシャワーが抜き去った。

 同時に役目を果たした領域が消え去り、ライスシャワーは油断なく視線を外へ向ける。

 

《外からメジロマックイーン! 内からライスシャワー! 内からライスシャワー!》

 

 もはや誰もが、ミホノブルボンを見ていなかった。メジロマックイーンの3連覇か。ライスシャワーの悲願の初GⅠ制覇か。

 

《ライスシャワー来ている! 今年だけ! 今年だけ! もう一度頑張れマックイーン!》

 

 ターフの名優。

 どんなときでも涼し気で、余裕すら漂っていた芦毛のウマ娘。メジロマックイーンの顔には、明らかに疲労があった。去年にも一昨年にもなかった、濃い疲労の色があった。

 

 だがライスシャワーに、それはなかった。疲労を超越する意志の強さ、精神力によって、彼女は脚を動かしていた。

 

 もはや、真っ直ぐ走るだけ。マックイーンは内に進路をとらない。とれない。

 自分に匹敵するステイヤーと双方の牙が折れ砕けるほどの激戦を交えている彼女には、そんな細かいことを考えている余裕はない。

 

 そんな二人の激闘の隙間に、一陣の風が通り過ぎた。

 眼から白い焔を帯のように揺らして、全身に白い粒子を纏いながら。

 

《ミホノブルボン突っ込んできた! ミホノブルボン、息を入れて再び差し返す! マックイーンを躱した!》

 

 ミホノブルボンは、加速した。

 スピードの向こう側になど、いかなくていい。

 ただこの場を勝つだけのスピードが、加速があればいい。そのためには一か八か、息を入れるしかない。

 

 元々失速しかけていたのだ。腹を括って落ちたように見せかけて、息を入れる。そして差し返せるだけのギリギリまで息を入れ続けて、爆発させる。

 

《ライスシャワーか! ミホノブルボンか!》

 

 ライスシャワーは、ミホノブルボンから目を離した。メジロマックイーンに目を向けた。

 それは、正しい判断だった。そうでなければ彼女は、メジロマックイーンを差せなかっただろう。

 

 そのほんの一瞬の間隙、僅か数度の死角を、ミホノブルボンは突いた。

 

《食い下がるミホノブルボン! ブルボンが差すか! ライスシャワー差されるか! マックイーン差し返すか! 勝つのはメジロの誇りかブルボンの意地か、ライスシャワーの執念か!》

 

 いつも冷然とした無表情のミホノブルボンが、目を見開く。口を一文字に結ぶ。

 残り10メートル。マックイーンがハナ差に迫り、ライスシャワーが僅かに先に居る。

 

(あと一歩を……!)

 

 全員が、同時に、同じことを思った。

 

 不自然なまでの前傾姿勢。崩れ切ったフォームで、ミホノブルボンは文字通り突っ込んだ。

 ライスシャワーも、メジロマックイーンも、疲労でめちゃめちゃになったフォームで最後の力を振り絞る。

 

 猛練習でインストールされたデータも、幾重にも積み重ねてきた修練も、名門にふさわしい優雅さも。全てをかなぐり捨てて三者は走る。

 

 最後の100メートルで、何度も何度も入れ替わった順位。

 三人の内、一人が僅かに突出してゴール板を駆け抜けた瞬間、歴史に残る春の天皇賞は終わりを告げた。

 

 内柵に手を掛けて俯いて激しく息をするライスシャワー。

 最後の力の残滓でかろうじて脇に逸れ、ターフに突っ伏して上下にしか動かなくなったマックイーン。

 そして、肩で息をしながら空を見つめるミホノブルボン。

 

《驚異的なハイペース! 激戦に次ぐ激戦を制したのは――――》

 

 ――――ミホノブルボンの差し返しは、誰もが感嘆するほどに完璧なタイミングだった。

 

 評論家たちは、口を揃えてそう言った。

 1秒遅ければ、ライスシャワーを差せなかった。1秒早ければ、メジロマックイーンに差し返されていたと。

 

《――――最強の名を我が物としたウマ娘は、ミホノブルボン! スプリンターが3200メートルを駆け抜けた! 限界を超越する努力を以て、距離適性の無意味さを証明しました!》

 

 そんな実況の大興奮の声を、ミホノブルボンは上の空で聴いていた。

 

 ――――立っている。すごい

 

 そんなふうな声も聴こえるが、既に歩く元気もなく、座る元気もない。だから他に選択することもできず、立っている。ただそれだけの話なのだ。

 

「ブルボン」

 

 その声を聴いて、ミホノブルボンは安心した。無事に帰ってこられた。このひとを、悲しませずに済んだ。喜んでもらえた。

 そしてその安堵が、彼女の張り詰めた緊張の糸をプッツリと切った。崩れ落ちそうになった身体をなんとか支え、とこ、とこと歩き出す。

 

「ちゃんと帰ってきました、マスター」

 

「ああ」

 

「蓄積疲労97%、【疲労甚大】と呼べるステータスですが……私は今も元気です」

 

「ああ」

 

 ――――よかった

 

 その万感の思いを感じる一言を聴き終えて、ミホノブルボンは一歩一歩、東条隼瀬との距離を詰めた。

 

「マスター。私は疲れています。正直今、いつ倒れてもおかしくないほどの状態です」

 

「……まあ、見たらわかる」

 

「なぜ倒れなかったのかといえば、マスターに心配をかけさせたくなかったから、に他なりません。なのでいつも通り――――」

 

 ひょい、と。

 疲れ切った脚が、宙に浮いた。

 

「いつも通り、こうして運ぼう」

 

「……はい。そうしてください」

 

 鳴り止まない歓声の中で、ミホノブルボンは笑った。




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