ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート   作:ルルマンド

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今日は私の誕生日なのでラブコメを書きました。


サイドストーリー:ラブコメの波動を感じる

 レースとは基本的に、日曜日に行われるものである。

 そしてウマ娘たちは一応学生ということになっているし、それ相応の学力を身につけるための授業を受ける必要がある。

 

「お休みですか、マックイーンさんも」

 

「も。ってことは、ライスも?」

 

「はい。どうやらお疲れのようです」

 

 お疲れになるべきはキミもでしょ。

 そう言いかけたトウカイテイオーは、ずぞぞーっとコーヒーをすすって、顔をしかめる。

 

 それは、昨日のこと。

 

 ――――マックイーン、お疲れさま

 

 ――――疲れましたわ……本当に疲れましたわ……

 

 ねぎらいに……そして、敢闘を讃えにきたトウカイテイオーを前に、メジロマックイーンは濃い疲労を吐露した。

 

 ライバル相手に、弱みは見せない。

 あくまでも最強のウマ娘としてトウカイテイオーの前に立ちはだかっていた最強のステイヤーらしからぬ、でもマックイーンらしいと言えばらしい正直さ。

 そう言いながらも、春風のようにふわりと笑うメジロ家の令嬢の微笑みには、悔しさと同じだけの満足さがあった。

 

 ――――前三人が3分11秒台はヤバいと思うよ、ホントに……

 

 ――――あら、そうでしたの

 

 超高速の戦い。

 バ場が最高に良かったという環境もあるし、カラリと晴れていたこともある。

 だがやはり、なによりも三人の実力は突出していた。

 

 芝に突っ伏したまま寝始めたマックイーンは担架に担がれて、ライスシャワーは彼女のトレーナーにおんぶされて、ミホノブルボンはお姫さま抱っこされて、それぞれターフを後にした。

 

 ――――でも……

 

 ――――でも?

 

 ――――楽しかったですわ。本当に。自分の全力を出して、全力で立ち向かい、それでも負ける。わたくし、これまで負けたときは何かしら理由がありました

 

 宝塚、天皇賞秋、ジャパンカップ、有馬記念。

 メジロマックイーンが負けたレースの代表格たるこの4つのレースでは、己に負けるにたる理由があった。

 

 ――――全力を、全力で叩き潰される。初めての経験です

 

 ――――ああ……なんていうか、わかるよ

 

 相手の力の全てを引き出す。引き出した上で、勝つ。

 ミホノブルボンには、そういうところがある。

 

 ――――別にそう志しているわけではないと思いますけれど

 

 疲れ切って震える脚を撫でながら、マックイーンは笑った。その笑みにつられてトウカイテイオーも笑い、言ったのだ。

 

 ――――たぶん不器用なだけだと思うよ

 

 と。

 

「で、何食べてるのさ」

 

「まんま肉まんです」

 

「……肉まん?」

 

「はい。まんま肉まんです」

 

 ああ、そういう商品名なのかと。納得したトウカイテイオーは、いずれ自分が通うであろう高等部の教室をくるくると見回して、特に目的もなくここへ来た自分に気づいた。

 

 参加者としてではなく、観戦者として。彼女は、春の天皇賞を眺めなければならなかった。

 春の天皇賞。自分の無敗が打ち破られたレース。そこで、自分の無敗を打ち破った相手に勝つ。

 

 データ化すれば、微差だ。アタマ差とか、そのあたりだ。

 だがあの3200メートルという長距離でその少しを詰めることが如何に難しいかを、トウカイテイオーは理解している。

 

「今朝、坂路での練習はありませんでした。しかし午後、座学を行う予定です」

 

「今日くらい休めば?」

 

 メジロマックイーンもライスシャワーも、疲れ切って寝ている。多分起きるのは今日の夜とか、そこらへん。

 だがたぶん誰よりも疲れているのにピンピンしているミホノブルボンは、疲労回復力がずば抜けているのだろう。

 

「いえ。才能のない者は、努力するしかありません。宝塚記念で勝つためには、弛まぬ努力が必要です」

 

「言っておくけど、カイチョーは強いよ。ボクは一回だけ一緒に走ったことがあるけど、尋常じゃなかった」

 

 才能の差で負けたわけではない。肉体、精神、技術、経験、全てで負けた。言い訳のしようもなく完璧に負けた。

 別に心が折れているわけではないが、トウカイテイオーはちょこっと凹んでいた。

 

「そうでしょう。ですが、勝てます」

 

「なんでさ」

 

「マスターが勝てるとおっしゃいました。つまりそれは、策を実行する力が私にあれば勝てるということです。そしてその力に、私は努力で到達します。到達するためのトレーニングを、マスターが考えてくださるでしょうから」

 

 レースでの勝者は、たったひとり。

 何を背負っていても、何を思っていても、何が懸かっていても、何を信じていても。ただひたすらに、残酷なまでに、実力だけで優劣が決する。

 

 ミホノブルボンの無敗も。

 マックイーンの3連覇も。

 ライスシャワーの勝利への執念も。

 

 どれも、叶えられるべき想いだった。だがそれでも、叶えられるのはたったひとつだけ。

 

 ほんの少しだけの、疎外感。天皇賞春。ライバルたちの鬩ぎ合いに立ち会えなかった敗北感。

 

「ボクも、信じてるから」

 

 自分の力を、心を。才能を。そして、トレーナーを。

 その裏にあるものを察したのか、ミホノブルボンは頷いた。

 

「それでこそです。このままいけば宝塚では、貴女を警戒することになりそうですから」

 

 トウカイテイオーの耳が、ぴょこんと上がった。

 ライバルとして見られている。そのことが、単純に嬉しい。嬉しいが、それ以上の疑問がある。

 

「……カイチョーはいいの?」

 

「ルドルフ会長を相手にできるのは、マスターだけです。マスターはそう思っていないでしょうが、私はそう感じています」

 

 あの二人の間には、特別な絆がある。無二の信頼がある。

 それはなんとなく、わかる。雰囲気とか、交わす言葉の少なさとかで。

 

 トウカイテイオーは、コミュニケーション能力のおばけである。だから常に誰かと喋っているし、とにかく明るい。

 だが最近、親しいからこそ賑やかになるとも限らないことを彼女は知った。

 

 いつものように生徒会室に忍び込んだとき、あの二人はほぼ「君」とか「お前」とか「おい」「ああ」「これ」「それ」とか、とにかく短い単語だけで仕事をしていたのだ。

 なんとなく、お互いの言うことがわかる。だから、別に喋らなくてもいい。

 

 エアグルーヴにも、ナリタブライアンにも、時折お手伝いさんとして来る自分にも、カイチョーは的確で細やかな指示を出す。

 それは疑問の余地も思考の余地も残さない程の適切で、無謬なもの。だがそう言った細やかさとは程遠い大雑把さで、カイチョーは彼に接していた。

 

 それはたぶん、彼もそうだ。基本的に口うるさい――――一挙手一投足に注文をつけるタイプのあの男が、カイチョー相手にはほとんど何も指示していなかった。

 

 そういう関係を築けている相手は、トウカイテイオーにはいない。これは天性のお喋りであるということも大いに影響しているが、少なくとも彼女はそうは思っていなかった。

 

「……そうかもね」

 

 個人的な好き嫌いは別にして、有能であることは間違いない。

 そんな複雑な感情を他所において、トウカイテイオーはミホノブルボンの話を聴いて少し気になった部分に触れた。

 

「はい」

 

「でもさ。アレにも計算間違いはあると思うよ。その間違いを修正するのはブルボンで、実際に走るのもブルボンなわけで。だから……なんていうのかわからないけど、カイチョーのこともちゃんと見た方がいいって、ボクはそう思うな」

 

 パチリと、青い瞳が瞬く。

 深みを増して少し紫がかったようにも見えるそれにじっと見つめられて、トウカイテイオーは少し肩をすくめた。

 

「……ご指摘、感謝します。テイオーさんのおっしゃる通りです」

 

 信じる。頼る。そして、頼られる自分でいる。それは当たり前のことで、やるべきことの範疇でしかない。

 だがより、マスターの役に立つには。マスターの負担を減らすには。その答えを思わぬところから得て、ミホノブルボンはまんま肉まんを嬉しさと共に頬張った。

 

(観察、観察、観察……)

 

 座学が終わったあと、マスターにルドルフ会長のレース映像を借りて観察しよう。

 そんな計画を自ら立て、ほんのりと成長を見せるミホノブルボンは、パチパチと眼を瞬かせた。

 部室の前に、誰かいる。

 

(あれは……)

 

 サクラバクシンオーさんのトレーナーさんだ、と。彼女は記憶内にあるデータベースから引き出して照合し、導き出した。

 

 何度も何度も頭を下げて去っていく彼は、サクラ軍団――――シンボリ家・メジロ家・トウショウ家・ナリタ家のように貴門・名門というよりも、急速に成り上がったコンツェルンというべき一門――――のウマ娘を統御する、お抱えのトレーナー。

 

「マスター」

 

 セグウェイからぴょんと降りて、ミホノブルボンは少し後ろを振り返った。

 視線の先には実に嬉しそうに、跳ねるように去っていくサクラバクシンオーのトレーナーが、るんるんと走っている。

 

「早いな、ブルボン」

 

「はい。あの方は……」

 

「お前の友達のトレーナーだ。長距離を走る為の手ほどきをどうすればいいか、ということを相談されたのでな。くれてやった」

 

 これまでの研究成果を、気前よく分け与えていた。そういうことらしい。

 

「努力と研究をすれば、いずれ誰にでもわかることだ。距離の壁の克服方法が俺の編み出した方法だけ、ということになるのも良くないが、集積知による改善に期待しよう、と思ったわけだ」

 

「道が1つであればあるほど、その道を通る者は苦戦することになる、ということですか」

 

 これだけしかないと決めて覚悟を決められる者もいれば、諦めてしまう者もいる。

 だがやはり、選択肢というものは多く用意されるべきだろうというのが、東条隼瀬の持論だった。

 

「そうだ。俺としては、彼らがあの理論を踏み台にして新たな横道を開拓することに期待したい」

 

「はい。きっと、私が打ち立てた天皇賞春のレコードを更新する程の走りを見せるウマ娘が生まれる要素の1つになりうるはずです」

 

「そうなれば俺としても骨を折ったかいがあるし、この上なく嬉しいことだ」

 

 ミホノブルボンはぱたぱたと機嫌良さそうに栗毛の尻尾を揺らしていた。

 かつての自分みたいなウマ娘を、夢を無理だと切って捨てられるウマ娘を一人でも少なくするために。

 

 そしてなにより、全てのウマ娘に挑戦を祝福される環境が、目指して努力すればなれるほどの環境が与えられる幸せが降りかかるように。

 

「マスターのその利他的な姿勢を、私は心から尊敬します」

 

「利他?」

 

 利他ではない。この上なく利己的な目的で、東条隼瀬は動いている。

 この技術の無償提供は、シンボリルドルフというウマ娘が抱き、自分と共有している至上の夢を成就させるために必ず役に立つ。

 

 古くからの名家は同じような貴門との繋がりを豊富に持つが、新興の家――――サクラ軍団などとのコネクションを持たない。寧ろ対抗心に近い感情がある。

 ここで技術を無料でくれてやることで、恩を売れる。そして貴門から提供された技術を導入したという前例がある以上、それはこれからも続くだろう。

 

「と、思い返してみても俺は相当利己的な男だと思うが」

 

「はい。私のデータベースによれば、マスターはとても利己的な方です」

 

「お前、言うようになったな。あった時は従順で純真無垢な、見ていて不安になるほどにかわいらしいウマ娘だったというのに」

 

「では、実に利他的な方です」

 

「こいつ」

 

 撫でてくれとばかりにぺたんと畳まれた耳と耳の間の栗毛をぐしゃぐしゃっとかき乱して、口の端を上げる。

 

「祝福すべきであるが悲しいことでもあるな。成長というのは」

 

「マスターもなかなかに愉快な方になられました」

 

「そういうところだよ全く……」

 

 かなしいかなしい。

 からかい気味にそう呟きながら足早に歩く、ちょっと寂しそうな背中。

 しょんぼりした彼に追いつきながら、トコトコとした歩幅を広めてミホノブルボンは追従した。

 

 ――――私はマスターのものです。ずっと、それは変わりません

 

 心から、そう思う。

 たぶん、これからも少しだけ成長した姿を見せると思いますが、それだけは変わらないと。

 心の底でそんなことを言いながら、ミホノブルボンは敬愛するマスターの隣に並んだ。

 

「マスター。実は、テイオーさんから新たなプログラムをインストールしました。座学の休憩時に、それを報告したく思います」

 

「またろくでもないことを吹き込まれたんじゃなかろうな」

 

「はちみ・ナメツキー行進曲とは違い、今回は有用なものです」

 

 側に立つだけで浮き立つような気持ちになり、心が熱を持つ。

 手と手が触れ合うような距離をずっと共有できるこの時間が、ミホノブルボンは幸せだった。




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