ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート   作:ルルマンド

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サイドストーリー:全知を懸けて

 次の敵は、シンボリルドルフ。

 皇帝の名を持つ、神に最も近いウマ娘。神すらも讃えるウマ娘を超したとすら謳われる最強にして絶対の存在。

 

 シンボリルドルフと勝つためには、ではない。シンボリルドルフに勝つためには、ということを考えなければならない。そのことを予想していたと言えば、嘘になる。

 だが、どうやったら勝てるかということは常に考えていた。そしてそれが彼女を敗北から救うことになると信じていた。

 

 シンボリルドルフに、勝つには。

 彼女が出走するレースに於いては、全陣営、全ウマ娘はそのことのみに注力せざるを得ない。だからこそ、彼らの集合知に負けないだけの全知を以て洞察に専念していたし、最悪を極めた予想を立てていた。

 

 結局その最悪を極める陣営は現れなかった。それは喜ぶべきことではあるが、拍子抜けでもあったと、当時は感じたものである。

 当時は、相当な自信家だったのだ。今はそれなりに丸くなり、自身を憂慮することもできるようになったが、少なくともあの頃はそうではなかった。

 

(凱旋門……)

 

 シンボリルドルフが、負けたレース。

 正直なところあまり見たくはないレースである。自分が関われていないが故に現実感がない。

 見ているにつけて積もっていく無念さもあるが、その無念さを押し殺すほどの現実感のなさはやはり、シンボリルドルフが全くもって『らしくない』走りを見せていたからであろう。

 

(どうにか利用できないものかな)

 

 最強の盾と、最強の矛。それらを同時に保持している。少なくとも全盛期はそうであったし、彼はシンボリルドルフが永遠に全盛期だと信じてもいた。

 となると、まともにやっては勝ちようがない。勝つには即ち、どちらかを取り上げてしまうか、全力を出させないかの二択しかないのだ。

 

 取り上げることは、困難である。であれば全力を出させないことに、こちらの全力を出す。それしかない。

 

(春の天皇賞は予想外だった。手の内がバレた。だがこれを、大阪杯での布石と組み合わせてうまく逆用できないものかな)

 

 次善の策。それを切らざるを得なかった。ならば、逆用する。そういう発想の転換が必要なのではないか。

 少なくとも既に切ってしまった手札、見せてしまった手の内に汲々として縋っても仕方がない。他のウマ娘を相手にするならば、惜しんで一度使った廃物を再利用して提供するのも選択肢の1つとして取り得るが、相手が相手である。

 

「マスター。お悩みですか?」

 

「ああ。配られたカードで来たるべき状況をなんとかしようと、無い知恵を絞っているところだ」

 

「いえ。その点に関してはいずれ解きほぐされる類のものであろうと推察します。私が触れた悩みの中身は即ち、ルドルフ会長と対決するにあたって思うところがあるのではないか、ということです」

 

「それは間違いなくある。だが、そういうものを抱えて挑むのは、あらゆる方向に対して礼を失することだ」

 

 勝利へ全てを傾けられないトレーナーに命運を託さなければならないミホノブルボンに対しても。

 そして、こちらが全てを懸けて挑んでくるであろうと信じているであろうシンボリルドルフに対しても。

 

「君は勝利を望んでいる。であれば、俺は戦うからには全力を尽くす。全知を懸ける。そうでなければ君に対しても、そして君と栄冠を争う相手にも、義理を欠く」

 

 シンボリルドルフは、自分の杖が己に挑んでくることを責めはしない。

 シンボリルドルフは、自分が討ち滅ぼされても責めはしない。

 だがシンボリルドルフは、手加減して勝利を譲られることを決して許さないだろう。

 

「それにしてもお前は、結構俺のことを信じているらしいな。それはいいことだが、盲信したまま走れば転んだ時に手が出なくなる。そのあたり、少し気をつけておけよ」

 

「ですが私が全幅の、という言葉では足らない程の信頼の念をマスターに抱いていなければゴール前286メートル地点で息を入れるなどできようはずもありません。となると、天皇賞春では負けていたでしょう」

 

 それはまったく、その通り。

 普通の神経をしていれば、息を入れれば更に突き放されると感じるだろう。そして二度と追いつけないだろう、とも。

 

「なので、私はすってんころりんと転びかねない短所を把握した上でマスターを信じ抜くことにしています。マスターのよく言われる、裏返しの短所を見た上で、そう決めている。そういうことです」

 

「お前、出会った頃からそんな立派なことを考えていたのか」

 

「理由は後付けです。或いは言語化に成功したのが今、と言うだけかもしれませんが」

 

 ――――まあそうだろうな

 

 内心で、東条隼瀬は納得した。

 

 出会った頃の何も考えなさ――――純粋さ、忠誠心の高さ、従順さとも言う――――の裏でそんなご立派なことを考えているとなれば、相当な曲者である。

 

「ですが」

 

「ですが、なんだ」

 

「最近、自分でも考えるようにしています。マスターであればどうするのか、私であればどうするのか。その作業は、無駄にならないはずですから」

 

 ただ信じて待つ。実行できるだけの自分を作り上げて待つ。

 それだけのウマ娘ではなくなったミホノブルボン――――なんとなくかまってほしい犬のように隣に移動してきた――――の頭を、彼は仔犬でも褒めるように撫でてやった。

 

 ルドルフが誇り高い狼だとするならば、ミホノブルボンは人懐っこい大型犬の仔というべき性質をしている。

 

 私がこうすることで喜ばぬ犬はいなかった。

 4年前に虹の向こうへと行ってしまった実家の犬のことを思い出しながら撫でると、パタパタと機嫌良さそうに尻尾が揺れる。

 

 褒められて、嬉しい。最近少し柔らかい風味が現れはじめてきたポーカーフェイスを少し緩ませ、その気持ちを尻尾で全力で表現するミホノブルボンを見て、東条隼瀬は思わず納得した。

 

(ブルボンの父御が溺愛するのもわかるというものだ)

 

 その後、ミホノブルボンが登校したのを見送って――――これが本当の部室登校か、などとくだらないことを思える程度にはメンタルを回復させつつ、東条隼瀬は纏めた思考を文にした後、二重底に隠して外へ出た。

 かつてスノーホワイトの本があったそこは、ブルボンに貸し出してからというもの空白だった。

 

 そのスノーホワイトの本はと言えば、黒革のカバンの中。なんとなく、持ち歩いているという格好になる。

 

「……会うか」

 

 声に出したから、何だというのか。

 そういう気持ちは、確かにある。だが実際やった上で相対すのと、なんとなく逃げたまま切所になって相対するのとでは心構えが違ってくる。

 

 二重の意味を持つそれを口にしながら、取り敢えず東条隼瀬は目前の課題に立ち向かうことを決めた。

 このときの彼の精神性は、期限3日前にやっと『レポートに手をつけるか』と覚悟を決めた学生のそれに似ている。

 

 要は、可能ならば先延ばしにしたいという気持ちがまたどこかにある、ということである。

 

 そんな気持ちで生徒会室に向かって、いつものように扉を開けられるのか。

 答えはもちろん、ノーだった。扉の前まで行ったはいいものの、あの絶対皇帝に向けての宣戦はこれでいいのか。

 そういう、いくら考えても正答が湧いてこない答えを求めてうろうろしている芦毛の不審者を急かすように、扉の内から声がかかった。

 

「入ってきたらどうだい、トレーナーくん」

 

「……よくわかったな。流石は皇帝といったところか」

 

 少々バツの悪さを漂わせながら、だがあくまでも皇帝と相対するに相応しい堂々とした佇まいを崩さず、彼は扉を開けて入室した。

 週明け、月曜日。生徒会長としての色々な仕事が舞い込みがちなその日は授業を選択していないことを、東条隼瀬は知っていた。

 

「君の足音はわかる」

 

「ああ、それは俺もだな。考えてみれば、当たり前のことだった」

 

「そ、そうかな」

 

「ああ。君ほど耳は良くないが、君の足音はたとえ静かだとしてもよくわかる。完全な無音にされたらわからないが、普段なら近寄ればわかる。その程度だ」 

 

 茶目っ気のあるからかいに、その洒落ごと噛み砕くような破壊力のあるマジレスで返され、ものの見事にカウンターを喰らいながら、シンボリルドルフはこほんと咳払いをして気持ちを切り替えた。

 

「で、私と話しに来たというわけでもないだろう。何か用かな?」

 

「いや、お前と話すために来た」

 

「そ、そうか……」

 

 会話のキャッチボールの返球が2度連続で鳩尾に直撃したシンボリルドルフは、今度こそ正中にグラブを構えた。

 山なりの会話で来るな……と思ったら、ストレートを連続で投げられた形になる彼女からすれば、これは実に自然な心理の動きである。

 

「ああ、実はな」

 

「うん」

 

「宣戦布告をしに来た」

 

 言葉の寒暖差で風邪を引きそうになりながら、シンボリルドルフはへの字になった口を慌てて一文字に結んだ。

 

 今更ではあるが、彼女は精神年齢が後退すると『うん』と言う。いつもの姿勢を維持できていれば、『ああ』と言う。

 つまりこの時は、そういうことだった。

 

「ほう」

 

「一応、けじめとしてな」

 

 目を瞑り、開く。

 ほんの少しだけだが、喋り始めるには充分な時間。その間、彼は口を開かなかった。

 

 新たに現れたのは、彼を導く皇帝の眼。そしてその中にあるのは、敵を完膚なきまでに叩き潰す強者の眼。

 

「俺は君を心から尊敬している。実力、人望、性格、そして立ち振る舞いに至るまで。その全てが尊敬に値する。それが本質であればその高貴さを、本質でなければ自己を律する精神の堅牢さを。俺は辿る道筋こそ変わるが、質量共に変わることなく、君を尊敬するだろう」

 

 ゆっくりと、椅子の隙間から顔を出して揺れていた尻尾が一瞬だけピンと張り詰めた。

 

「君に会えてよかったと思う。君の帝道に関われたことを俺は生涯の誇りにするだろう。君と夢を共有できたことは、君に夢を与えられたことは、俺にとって何よりも幸福であったと、断言できる」

 

 築いてきたのだ。伝説を。

 無論二人だけで築いてきたわけではない。他に多くの人間の協力があって、為せた。だがその中心に居たのは、紛れもなくこの二人だった。

 

 朝日に照らされる窓を背に、後光のような輝きを、見る者を畏怖させるような雰囲気を持つシンボリルドルフですら、ひとりだけではできなかったことなのだ。

 

「俺は君といつまでも共に歩めると思っていたし、事実今までもそうだった。だが、今日を境にそうではなくなる。少なくとも、宝塚記念が終わるまでは」

 

 鋼鉄の瞳に宿るのは、静かな……そして熱のある闘志。

 それらが他でもない自分に向けられていることに、シンボリルドルフは背筋が震えるのを感じた。

 

 ――――我ながら、度し難い

 

 恐怖でも戦慄でもなく、歓喜。尊敬する相手が、自分と同じ視座に立つ相手が、全てを賭して自分に挑んでくるのだという事象に踊り喜ぶ闘争本能のなせる業。

 

「俺は、君に勝つ。戦う以上、勝つために全力を尽くす。全知全能を奮って君に向かう。だから、俺を見てくれ。後ろに続く俺ではなく、隣にいる俺でもない、君に立ちはだかる俺を」

 

 それは宣戦布告だった。そしてあくまでも、対等に戦うための宣言だった。

 味方であるとは思うな。これまでと同じであると思うな。この日を境に、少なくともしばらくは敵なのだと。

 

 自分がルドルフを最大の味方であり最高の同志であると思うように、相手もそう思っているだろう、と。

 そう信じているからこそ、彼はわざわざここに来たのだと、シンボリルドルフは察した。

 

「俺は今、ミホノブルボンのトレーナーだ。だから、戦う以上。栄冠を競う相手になった以上、君を倒す」

 

「……ああ。私を討ち滅ぼす者がいるとすれば、それは君であろうと思っていた」

 

 シンボリルドルフは、かっこいいと形容される女性である。だが顔だけを見るとあくまでも可愛い。少しあどけなさが残る、そんな顔をしている。

 だがそれを覆い隠して変質させる程の雰囲気が、彼女にはあった。

 

「互いに気兼ねなくぶつかり合おう、トレーナーくん。君は君と共に歩んできた存在がどういうものなのかを、真に知るべき時がきた。私は私と共に歩んできた存在がどういうものなのかを、真に知るべき時がきた。つまり、そういうことなのだから」

 

 ――――皇帝を無礼るなよ

 

 全盛期の――――丸くなる前の威圧感そのままに凄まずに凄むシンボリルドルフを見て、東条隼瀬は笑った。

 難攻不落の敵であればある程、敵手にする甲斐がある。そんなセンチメンタルな心理とは無縁だと思っていたし、なるべくならば楽に勝ちたいと今でも思う。

 

 担当を相手より強くなるまで鍛えて、有利な条件で主導権を握る。これまでできていたことの内、ひとつは確実にできない。

 だがそれが何故だが、脳を刺激される。有利な位置を占め続けていたことによって膠着していた脳の一部が、刺激される感覚。

 

「楽しみにしているよ、ルドルフ。こういうことを、言うつもりはなかったのだが」

 

「それはこちらもだ、トレーナーくん。楽しみにしている」

 

 1段階、上った。確実に高く、賢く、強かになった。

 敵の進化を自覚しながらも、シンボリルドルフは手を打たなかった。その程度の才能の伸びしろが、成長するに足る余白があることくらい、知っている。わかっている。

 

 去り行く白色の後ろ姿を見送って、シンボリルドルフはアメシストの視線を中空に彷徨わせながら呟いた。

 

「……あのとき」

 

 手を離さなかったら、今も君は私の隣にいてくれたのだろうか。

 

 幾度も思い直したその言葉に、今付け加えるべき言葉ができた。

 

 私の隣で、今のようになってくれていたのだろうか。

 

 それはないだろうと、わかってはいる。あのときの自分たちは、要は互いに甘えていたのだ。

 信じて、用いる。信じて、頼る。その先へ行ってしまった。互いに、互いを無条件に信じ過ぎていた。互いの強さに甘え、互いの弱さが曖昧になるほどに溶かし合っていた。

 

 そして頼るべきものがなくなったとき、頼られ、そしてまた頼る。そういう精神の変遷をたどったからこそ、今の彼が居るのではないか。

 

「考えても詮無きこと、だな」

 

 やや湿った涼風が心を吹き抜け、そして闘争への高揚が身体を包む。

 理性から漏れ出た隙間風。忌避してきた本能からの熱風を感じて、一瞬。

 

 その一瞬だけ、シンボリルドルフの心は暖かった。




42人の兄貴たち、感想ありがとナス!

pirobo兄貴、托鉢兄貴、ナオnao兄貴、マグロ3号兄貴、キリン0809兄貴、評価ありがとナス!

もう完結が近いので宣伝しておきます。
新作(これは完結してからのことになりますが)やら次話投稿やらは私のツイッター(@LLUMONDE)で発信しています。他にはウマ娘のことくらいしかツイートしないので基本的に無害です。

凱旋門におけるラストバトルあたりはいつもの出来次第投稿ではなく、一気に書いて分割して投稿という手法を取りますので、日が開く可能性がございます。
そのあたりの進行報告もするつもりですので、気になる方はよろしければフォローよろしくお願いいたします。

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