ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート 作:ルルマンド
「ビワハヤヒデ」
それは脊髄反射じみた即答だった。
トレーニングを終えて、お風呂から出たミホノブルボンは部室備え付けのソファに座って適当にテレビを点けたのである。
そこで《今年のクラシック級の主役! BNWに迫る》などという番組を見て、ミホノブルボンは問うた。
――――マスターは、今年のダービーはどなたが勝つと思われますか?
そして返ってきた答えが、冒頭のもの。
まあそうだろうなと、ミホノブルボンは思った。自分もそう思うからとかそういうことではなく、彼には割と恵体信仰なところがある。そのことが、なんとなくわかってきたからである。
「私の記憶が正しければ、マスターは皐月賞のときもそう仰っていました」
そして皐月賞は、ナリタタイシンがとった。ミホノブルボンがクラシック路線で打倒してのけた――――より現実に則して言えば歯牙にかけてすらいなかった――――ナリタタイセイと同門の子である。
余談ではあるが、ビワハヤヒデもビワ家の名跡を継いだだけでナリタ家のウマ娘である。故に、二人はほぼ親戚であると言えた。
「その記憶に間違いはない。だが今度こそ、俺の予言は真実になることだろう」
無論、ならない。1日後の日本ダービーを勝つのはBNWの残り1人、ウイニングチケットである。
「なるほど」
「なにせビワハヤヒデはBNWの中でも頭一つ抜けているからな」
今年がはじまってから飽き飽きするほどに聴いたそれを、ミホノブルボンは辛抱強く聴いていた。
と言っても傍から見たら「こいつよくもまあ同じようなことを聴いているな」と思うだけで、彼女自身からすればマスターがおしゃべりしてくれる、ということだけで嬉しい。
欲望の閾値が低いのである。
「ナリタタイシンは素晴らしい末脚を持っているが、素質に比して身体の頑健さが足りていない。足りていないがこれは単なる短所ではない。身長が低い、体重が軽いからこその末脚の鋭さが彼女の長所で、その裏側が頑健さの欠如として表れているのだ。なによりも健康が必要となるシニア級では致命傷になり得る」
「ウイニングチケットさんはどうですか?」
「あいつは完成度が極めて高い。ビワハヤヒデが20なら、ウイニングチケットは80はある。クラシック路線に挑戦しながらシニア級のGⅠに挑戦することも可能だし、善戦もするだろうとは思う。思うがやはり、これという長所にかける。癖も粗もない強さと言えるし、なによりもトレーナーとしては扱いやすい。だからこそ、勝つも負けるもトレーナー次第だな」
ビワハヤヒデに関しては、もう聴いた。
身体がデカい。出力に耐えうる頑健さと、頑健さを活かすに充分な出力を持っている。
身体がデカいのがそんなに偉いのか。
答え、偉い。何故なら、小さなウマ娘が100%の力でしか出せない力を、大きなウマ娘は70%の力で出せるから。
無論、ひとつのレースで明確に有利になるというわけではない。それはライスシャワーを見たらわかる。
彼女はミホノブルボンと同年代とは思えない程に小柄なウマ娘だが、その出力は決してミホノブルボンに劣らない。
問題は、その劣らない出力を出すための負担にある。小柄なウマ娘は、100%の力を出すことを強いられる。それが続けば負担は積もり、怪我という形になって表れる。
いや、表れる前に100%の力を出すこともできなくなる。
これは単純に好みの問題ではあるが、東条隼瀬はなによりも安定した出力と頑丈さを至上のものとする。これらを高度に兼ね備えたウマ娘こそがシンボリルドルフであることは、『奇しくも』と言うべきではないであろう。
ともあれビワハヤヒデというウマ娘は、彼にとって如何にも垂涎の存在だった。主に出力が安定している、という点においては。
何かと妹――――ナリタブライアンの怪物ぶりに比して色褪せて見られがちなビワハヤヒデは、確かに安定感においてしかナリタブライアンに勝っていない。
だが明確に劣っているのは爆発力くらいなものであり、ほぼ互角と言っていい。
「ナリタタイシンで思い出したが、ライスシャワーは休養するらしいな」
「はい。疲労に対する方法には様々ありますが、休養が単純ながら最も有効な手段であろうと信じます」
「まあ天皇賞春は良質化したバ場、京都レース場という高速環境において行われたとはいえ、いくらなんでも速すぎた」
3200メートルを3分11秒台というのは、常軌ではない。無論偉大な記録ではあるが、その偉大さの裏には想像を絶するほどの負荷がある。
ミホノブルボンに関しては日々骨の強化トレーニングや筋肉の柔軟性の保持などで疲れが溜まらないように、そして疲れが怪我に直結しないようにしているから宝塚記念にも出られるが、メジロマックイーンですら軽い炎症で休養に入った。
天皇賞春において、ミホノブルボンはメジロパーマーとメジロマックイーン、そしてライスシャワーを蹴散らした。そしてその蹴散らされた三人は宝塚記念にも出走するはずだったし、出走できるはずだったのである。
だが天皇賞春の激闘の影響で、或いは所為で、三人は出走を取りやめた。無論出走するであろうと思われていただけだから、誰にも迷惑はかけていないわけだが。
もう、ファン投票ははじまっていた。
特別登録されたウマ娘の中にメジロマックイーンもライスシャワーもいるし、メジロパーマーもいる。そして順調に票を集めてはいるが、おそらくは出ることはないであろう。
まあ気が変わったときのためにファンは頑張っているのだろうが、やはり人気はシンボリルドルフとミホノブルボンだった。それぞれが2位と1位を占めている。
何故シンボリルドルフが2位かと言えば、それはやはり人気の差であろう。彼女の戦法は堅実で王道で、だからこそ面白みがない。そういう論調は、確かにある。
おそらくは近頃の三冠ウマ娘――――ミスターシービー、シンボリルドルフ、ミホノブルボン――――の中で、彼女は一番人気がない。
トゥインクルシリーズの華は、追込と逃げ。豪脚を発揮して一気に抜き去る追込も、端から先頭を譲らずぶち抜く逃げというのは、要はわかりやすく強いのである。
トゥインクルシリーズにおけるプロのファンは、シンボリルドルフの偉大さがわかる。その強さがわかる。三人を比べて一番強いのは、疑いもなくルドルフだと答えるだろう。
だが素人がミスターシービーとシンボリルドルフとミホノブルボンのレースを見比べさせられた上で
「どれが一番強い?」
と訊かれた時、おそらく最後に上がるのはシンボリルドルフだった。
なぜなら、よくわからないから。大差をつけるでもなく、派手に抜き去るでもなく、端から圧倒するわけでもない。出力を必要最低限に抑え、身体に負荷をかけずに勝利する。
これは衰え切ったベテランがイメージだけでゴールドグラブ賞を受賞する珍現象の類似である。素人とはつまり、見かけだけの華やかさを好む。その点では、シンボリルドルフは如何にも重厚で堅牢で堅実で、悪く言えば地味。
派手に勝てるが、派手に勝つ必要を感じない。そういうことである。
「となるとトウカイテイオーだ。負けるとしたらあいつに、だな」
「ルドルフ会長に勝てば即ち他のウマ娘に勝つことになる、ということだったのでは?」
「98.6%はそうだ」
だが怖い、というのが本音である。
トウカイテイオーには、ここぞで1%を引けるだけのレース運の強さがある。
レースに出るための運を削って、レースにおける運を増設した。それくらいには運がいい。そして強運をねじ伏せる程の実力差もない。
「トウカイテイオーは、確かに手強い相手だ。だがこれが単なる強敵であれば問題はない。持っているのが単純な強さだけであれば、ルドルフの下位互換だと言える。だがやつの強さはメジロパーマー、メジロマックイーン、ルドルフとはまた別のものだ」
言っていることはふわふわしているが、その意味するところはわかる。どちらかと言えば、ライスシャワーに近い。そういうことであろう。
ミホノブルボンは、無言で頷いた。
「マスターはルドルフ会長に専念してください。テイオーさんに関しては、私がなんとかします」
「ああ。そうせざるを得ないだろうな」
ルドルフを上回る閃きと勘で勝負してくるトウカイテイオーは、正直に言って東条隼瀬の手に余る。
より、現場主義的なルドルフ。トウカイテイオーとは、そういうウマ娘である。
だがこの心配は、結局のところ杞憂に終わった。
トウカイテイオーは、宝塚記念に出走できなかったのである。これはファン投票で落選したから、というわけではなかった。彼女はミホノブルボン、シンボリルドルフに次ぐ三位につけていた。
というより、ファン投票で落選したからという理由の方がマシだったであろう。実力はあるけど人気がないから出られませんでしたと言うのは、あまりに不憫で少し笑える。
――――まあ、来年頑張ればいいさ
そう言ってトウカイテイオーの背中をポンポンと叩いて、それで終わり。
だが、そうはならなかった。それどころか、トウカイテイオーには来年という選択肢があるかどうかすら怪しくなった。
つまり、彼女は怪我をしたのである。それも軽い肉離れとか炎症とかではない。
骨折。それも、リハビリのためのレースとかではなく、トレーニング中の骨折。
同じ骨折と言えばそうだが、結果は同じでも過程が大きく異なる。
日本ダービー、天皇賞春。トウカイテイオーはこれらのレース中に骨折した。骨折したが、それは全力を超えた全力を出したからである。
だがそれは、全力を超えたから折れた、ということだけなのだ。
トレーニングでは、全力を超えることはない。超えることがないように、トレーナーが組んでいる。なのに、折れた。
レース中に全力を超えたら折れるかもしれないから、普通に走っているだけでも折れるかもしれない。
トウカイテイオーの骨はレースだけでなく、普段のちょっとした動作でも折れる程度の耐久力しかなくなってしまった。今回の骨折は、そういうことなのだ。
(まあ、2度あることは3度あると言うしな)
骨折も復活も2度あったのだから3度ある。というかどうせ復活してくるだろう。あのクソガキ。
折れることなき不屈の精神の強靭さを、東条隼瀬はそれなりに信じている。
「マスター」
「見舞いに行きたい、とでもいうのか」
「はい」
ちょっと考えて、東条隼瀬は結論を出した。
少なくとも今は、見舞いに行く必要はない。トウカイテイオーのためにもならないし、ミホノブルボンのためにもならない。
「それは許可できん。お前がトウカイテイオーにしてやれる一番のことは、脇目も振らず走ることだ。やつが走るはずだったレースに全力を賭すことだ。シンボリルドルフに勝つことだ。あいつが戻ってくる世界を、戻ってくるべき世界を、輝かしく見せることだ」
しばらく考えて、ミホノブルボンは頷いた。
シンボリルドルフと戦うにあたって、よそ見することは許されない。
7日後の宝塚記念を前に起きた事件は、このレースの行く先を暗示しているかのような波乱の予兆を示していた。
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