ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート   作:ルルマンド

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サイドストーリー:無責任にも

「やはりか。まあ、お前ならそうなるだろうということはわかっていた」

 

「ボクにバレるかもしれないっていう前提で動いてたわけ?」

 

「出走してないやつの眼までいちいち気にしていられるほど生易しい相手でもない。お前たち二人を相手にする策はあるにはあったが、成功率は低かった」

 

 にやにや、と。

 そんなんでカイチョーに勝とうだなんて甘いよ、と言わんばかりの顔をしていたトウカイテイオーは、『出走してないやつ』という言葉でしたたかな逆撃を被った。

 

 それは全く正しい。レースに、それもシンボリルドルフという偉大なる敵を相手にするに際して他の、それも出走すらしていないウマ娘の存在を勘案して策を立てる必要はないし、そんな余裕もない。

 ただ、もう少し言い方というものがあるのではないか。

 

「ぐっ……やっぱ嫌いだ……」

 

「そうか」

 

「すっごくどうでもよさそうだね!」

 

 どうでもよくはない。だが、優先順位が著しく低いのは確かで、低すぎてステータス『どうでもいい』に片足突っ込んでるのは事実である。

 

「お前は私的な場面で関わる相手ではないからな。気になるとしても、お前が抱く好悪の情をいかに利用してレースに勝つか。それくらいなものだ」

 

「へぇー。ずいぶん立派じゃん」

 

「そうだろう。なにせ感情というのは本質的には制御できないもので、だからこそ確実に利用できるものだからな」

 

「ボクは皮肉で言ってるの!」

 

「ああ、知っているよ。だから真面目に返してやったんだ」

 

 ――――なにせ、ルドルフと関わること10年を超えることが発覚したからな。言語的お遊びに対する理解力はある方だ。

 

 そう続けられた言葉には、『お前よりルドルフと仲良しだぞ』という意味が隠されているように見えた。少なくともトウカイテイオーはそう思った。

 

「カーッ!」

 

 憤懣やる方ない。そう言わんばかりに鳴くトウカイテイオー。そんな彼女をちらりと見て、ミホノブルボンはすっくと立ち上がった。

 

「テイオーさん。カラスの真似でしたら、私にも一家言あります」

 

「いや、真似じゃなくてね」

 

 口をモゴモゴとやって、喉に手を触れる。

 そうしてパクッと口を開け、ミホノブルボンはどこからか実に見事なカラスの鳴き声を披露した。

 

 カァーアァ、と。序盤から終盤に至る音量の微妙な上がり具合も再現された――――それでいてどこか無機質な鳴き声。

 

 どこから出てるのかすらわからないが、それは紛れもなくブルボンの声質をしたカラスの鳴き声だった。

 

「どうでしょう」

 

「え、うん……なんであそこまで似てるのか意味わかんないくらいすごいね……どこから出てるのかすらわかんないし……」

 

「お前も時折ああ言う奇音を出すじゃないか。その経験を活かして探ってみたらどうだ?」

 

「ねぇ、ひょっとして喧嘩売ってる?」

 

 出すけどさ、と。そういう自覚はある。

 ある種他人事のような冷静な理性が感情に塗り潰されないのが、トウカイテイオーの長所であった。

 

「いや。それにしてもすごいだろう。常々思うが、ブルボンは中長距離を走る才能が無いだけで実に多才な娘なのだ」

 

「え……なんでこの人、娘を褒められた親みたいな感じになってるの?」

 

「お褒めいただきありがとうございます、マスター」

 

「え、褒めてた? 才能ないって言われてなかった?」

 

 ツッコみをかろうじて追いつかせながら、トウカイテイオーは喋りすぎて嗄れた喉をはちみーで潤した。

 一昨日マックイーンが持ってきてくれたそれから得られる潤いに友の『頑張りなさい、テイオー。貴方しかこの場を引き締められる方は居ませんわ』という意図を感じながら、トウカイテイオーは心の炎を燃やした。

 

「テイオーさん。私に才能はありません」

 

「……そ、そうかな」

 

 君、才能ないよ。

 面と向かってそう言うことの残酷さを、トウカイテイオーは知っている。彼女が豊潤な才気を有しているからこそ、直接言わずともその事実を突きつけてしまうことがあるのだ。

 

 そういう社交感覚の鋭敏さが、凡人から疎まれかねないほどの天才である彼女を誰からも好かれるスターにしている。

 これはシンボリルドルフにもない、彼女だけの才能である。言うまでもないが、東条隼瀬にもないしミホノブルボンにもない。

 

「はい。才能はありません。マスターは私が自惚れないように釘を刺しつつ、才能の無さを補うほどの努力をしてきたことを讃えてくださっているのです」

 

「ブルボン。流石というのが相応しくないのはわかっているが、やはりお前は俺の意図をよくわかってくれているな」

 

「マスター」

 

「ブルボン」

 

 無言の内に意志の交換を行う二人を見て、トウカイテイオーは思った。

 

 あれ、おかしいぞ。なんでここはボクの部屋なのに、こんな圧倒的な疎外感に苛まれてるんだろう……と。

 

「メロンが切れましたわよー」

 

「マックイーン!!」

 

 これで敵だけがタッグマッチしているみたいな不利極まる現状から抜け出せた!

 キラキラと輝かしく光る目に何を見たのか、メジロマックイーンは『お任せなさい』とばかりに不敵な笑みを浮かべた。

 

「テイオー。勿論第一回選択希望メロンを選ぶ権利はあなたにありますわ。お見舞いの主役ですもの」

 

「マックイーン?」

 

 あれ、おかしい。マックイーンまでも腐海――――もといこの謎空間に呑み込まれつつある。

 まあ、実際は彼女が発生源なわけだが。

 

「さあ、ご覧あそばせ!」

 

 ドン、と置かれた皿。その上のメロン。

 特大、大、中、小。どうやったらそう切れるのかわからないが、置かれたメロンには凄まじいサイズの格差があった。

 

「あれ、メジロ……」

 

「テイオー」

 

 メジロ流包宰術ってなんだっけ、と。

 思わず見たままを言いそうになった彼女の鹿毛の耳を、宿敵と言うべき男の諌めの声が静かに揺らした。

 

(はっ……そ、そうだ。マックイーンは確か煮込むことも知らないような料理音痴……それが包丁を満足に使えるはずもない。特にメロンって大きいから切りにくいし、なおさら。だからここはそうやすやすとツッコんじゃいけないんだ!)

 

 シンボリとその連枝の家に代々伝わるアイコンタクトで意志を交換しながら、トウカイテイオーと東条隼瀬は作戦を決めた。

 

「メジロマックイーン。これをいただいていいだろうか?」

 

「あら、でもテイオーが最初に……」

 

「ボクは構わないよー!」

 

 ささっと即座に、違和感の発生源たるクソ小さいひと切れを回収し、何とか皿上の均衡を保つ。

 

 ――――次は特大の処分かな?

 

 ――――ああ

 

 両者合意の上(他2人は宇宙を見たりニコニコしている)でトウカイテイオーが特大に手を伸ばした瞬間、マックイーンの耳がしゅんと萎れた。

 

 ――――これは……どう思う、参謀?

 

 ――――いや、間違いないと思うが……もう一度やってみたらどうだ

 

 特大に手を伸ばす。紫がかった芦毛の耳がしょんぼりする。

 間違いない。マックイーンは、がんばって切って――――自分なりにうまくやった末に生まれたちょっとお得なひと切れをあわよくば食べたいと、そう考えている。

 だがそれを表情には出していない。なぜならば、これはあくまでもテイオーのものだから。だから顔はニコニコしたまま、尻尾も普段と変わらず一定のペースで揺れているのだ。

 

「ぼ、ボクこれにしようかな……」

 

 大に手を伸ばすトウカイテイオー。いい子である。自分の食欲よりマックイーンの笑顔を優先した、とも言う。

 

「ブルボンさんはどうされます?」

 

「このメロンはマックイーンさんのものです。そしてなによりマックイーンさんが切り分けたのですから、ここはマックイーンさんからどうぞ」

 

 

 ブルボンがいい子で良かった。

 

 

 果てしなくどうでもいいところで頭を使う羽目になった二人の内一人は、そうして胸を撫で下ろした。

 だが、一人はそうではなかった。

 

 ――――まずいぞテイオー

 

 ――――え、なんで?

 

 ――――お前が大を取ったのはいい。主役だからな。だが残った二切れが問題だ

 

 残ったのは特大と中。明らかに格差のある2切れ。そしてこの格差を生み出したのはマックイーンである。わざとではないとはいえ、彼女にはその自覚がある。

 

 ――――そうか、マックイーンには責任感がある。だから自分からは特大を取れない! 中を取らざるを得ない!

 

 ――――ああ。俺の得意技、理不尽な二択だ。ブルボンの気質の善良さがこの際は裏目に出ている。このままでは……

 

 ――――えぇ……なんとかしてよ参謀!

 

 なんとかしてよと請われることに定評のある男は、パチンと指を鳴らしてブルボンの方を向いた。

 

「ブルボン。あんずぼーをちゅーちゅーしてたし、君はそれを取ったらどうだ」

 

「はい、マスター」

 

「悪いな、マックイーン。こちらの都合で2度も選んでしまって」

 

 いいだろうかではなく、悪いな、と言って確定事項にしてしまう。

 シンボリルドルフが頼るほどの駆け引きの巧さに内心舌を巻きつつ、トウカイテイオーは援護射撃に出た。

 

「ごめんねマックイーン。持ってきてくれた上に切ってくれたのに、最後に選ばせちゃってさ」

 

 ――――相手に選択権がなかったように見せることで罪悪感の軽減を図り、『仕方なかった』と言う免罪符を渡す。いい手だ

 

 ――――君もやるじゃん

 

 ――――なんとかすると言ったろ

 

 一時共同歩調をとった二人は、こうしてすんなりと決裂した。

 と言うよりも取り合った手を離したという方が現実に近いが、少なくとも両者はそういう認識でいた。

 

「マスター。メロンとは美味しいものですね」

 

「俺のぶんも食べるか?」

 

「いいのですか?」

 

「ああ」

 

 ミホノブルボンはこちらの都合で本来手に入るはずだった特大を逃したわけである。

 故にくれてやるのは損失補填というべきで、大したことではない。

 

 敢えて食べずに残しておいたメロンを渡して、東条隼瀬は水を飲んだ。

 その後は何があるわけでもなく、軽い談笑をして、面会時間は終わった。5時間くらいに感じる1時間であった。

 

「ありがとね、マックイーン」

 

 松葉杖をつきながら病院の玄関まで出てきて、トウカイテイオーは手を振った。

 車椅子でもいいのに意地でも歩いているのは、やはりプライドがあるが故か。

 

「いえ、テイオー。またきますわ」

 

 なにせ一昨日も来ていたのである。いくら休養中とはいえ、実に高頻度で見舞いに来ていると言える。

 

「ブルボンも……あと参謀も。ありがと。また来てね」

 

「はい」

 

「俺はまたは来ない。次会うときはターフで、だな」

 

 ぱちぱちと青い瞳を瞬かせて、トウカイテイオーは笑った。

 

「うん。今度こそその鉄仮面に吠え面かかせてやるから」

 

「そうはならんさ」

 

「なるもんね。ボクは無敵のテイオー様なんだから!」

 

 じゃあねー、と。先程よりやや大仰に。

 見舞い3人衆が車に乗り込んで角の向こうに消えていくまで、トウカイテイオーは手を振っていた。

 

「ありがとうございます。元気づけてくださって」

 

「いつものことだろ、あいつ。元気とやかましさの混合物みたいなやつじゃないか」

 

「ファンの方に」

 

 少し眼を逸らして、再び戻す。

 

「今までお疲れ様でした、とか。そういうことを言われたようで、元気を無くしていたようなのです」

 

 面と向かって、というよりSNSでのことらしい。東条隼瀬はどうかと言えば、そんなもの見るなと言いたい。

 ミホノブルボンと打つとサジェストにガンダムと出る、その程度のものなのである。普通速いとか強いとかだろ、と思う。

 

「昨日、貴方のインタビューを聴いたようで少し喜んでいましたわ。そういうメッセージが来ましたから」

 

「なるほど、あいつも素直じゃないわけだ」

 

「ええ。私自身も3度目は少し……」

 

 難しい、と。そう考えていたらしい。

 まあ事実である。脚を骨折するというのはピッチャーが肩をやるくらいの致命傷で、一度であれば復活はできなくもないが、2度3度繰り返すと、やはり不可能の度合いが増してくる。

 

「レース中ならわかります。力を限界まで引き出し、あるいは超える。それがレースというものですから。ですが練習中に折れたということは、全力を出すことすらできない程の耐久力しかない、ということです」

 

「ああ……ウマ娘らしい発想だな」

 

「と言うと?」

 

 哀れにも吊り下げられていたしょんぼりたぬきと遊びながら無言を守るブルボンをちらりと見ながら、メジロマックイーンは問うた。

 

「全力を出すことすらできない、という発想がそれだ。レースというのは全力で走らなければ勝てないわけではない。単純に、一番最初にゴール板の前を駆け抜ける。それだけでいい。だから別に、全力を出せなくとも勝てるのだ」

 

「まあ……そうですけれど」

 

「あいつはかつて160キロ出せたが、今や150キロ出せないピッチャーのようなものだ。出せるが、出したら壊れるから出せない。だったら変化球を投げればいいし、緩急をつければいい。やりようはいくらでもあることくらい、お前ならわかるはずだ」

 

「確かにそうですわね……」

 

 俺が、と。

 一拍置いてから、東条隼瀬は続けた。

 

「俺があいつが復活してくるだろうと思うのは、無論あいつの精神性を見てきたからだ。だが何よりも、レース前に故障したからさ。これはウマ娘を見ていたらわかることだろうし、ウマ娘ならばわかることだろうが」

 

「くすぶっている、ということですか。確かに私もその気持ちはわかりますわ」

 

 メジロマックイーンは天皇賞春で、全力を出した。全力を出して、そして脚が軽く炎症を起こして休養に入っている。

 このまま悪化して走れなくなっても、メジロマックイーンはそれなりに満足して現役を終えられるだろう。自分の全力を出した。出し切った。現役を終えるに相応しいレースだった。

 

 間違いなく、自分は全力を出し切った。そして後先考えなかった。脚がぶっ壊れても勝ちたかった。

 

 だがこの炎症が治って、そして再び新しい目標を――――天皇賞春を目指しだして、その途中で故障したとしたら、絶対に引退することを受けいれられないだろう。

 

「燃え尽きることが必要なのだ。トウカイテイオーがいつ燃え尽きるか、それはわからない。だが、あいつはブルボンとルドルフに挑む途中で道を絶たれた。自分の無力さでではなく、事故によって。それによってこそ、トウカイテイオーというウマ娘の闘志は完遂される」

 

「闘志の完遂というのは、難しいものです。たぶん貴方にも、わかっていることでしょうが」

 

「それはそうだろうな。大抵のウマ娘は、進退を自らで決められない。だがトウカイテイオーはそれができる力がある。そうではないか」

 

「ええ……そうですわね」

 

 やけに晴れやかな空から、夕陽が溶けるような橙色が伸びてきている。

 ウマ娘というものの、競技人生の短さ。残酷さ。だからこその、鮮烈さ。トウカイテイオーはその象徴になりつつある。

 

「だから俺は、あいつに『お疲れ様でした』と言う連中同様の無責任さで思うわけだ。あいつは復活するだろう、とな」

 

「私も、そう思いますわ。今は、そう思いたいと。そう思います」

 

 軽い炎症に悩む左脚をさすりながら、メジロマックイーンはそう言った。




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