ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート   作:ルルマンド

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サイドストーリー:執着

 6月というのは、多くのウマ娘たちにとって忘れ得ぬ経験をする。そんな季節である。宝塚記念がどうとか、安田記念がどうだとか、そういうことではない。

 

 ――――メイクデビュー。

 ウマ娘として。その中でも一部の選ばれし者のみが参加できる中央のトゥインクル・シリーズに足を踏み入れる。蹄跡を残す。

 無論、そんなことを目標にしてトレセン学園の門を叩く者はいない。いないが、在籍しているうちにそうなる、そんなウマ娘達がいるというのもまた、確かなことなのである。

 

「おめでとう、ブライアン。少なくともお前は、トゥインクル・シリーズに蹄跡を残したわけだ」

 

「ふん」

 

 休み時間に呼び出されて、何かと思えば。

 エアグルーヴが手入れしているプランターの隣であり、ひっそりとブライアンが自家栽培している枝の隣。木製のベンチに座りながら、その男は真の意味で適当に見繕ってきたであろうブーケを手渡した。

 

 参謀。無表情無感情無感動を絵に描いたような男だったはずの男から祝福を受けて、胸の下で腕を組んで突っ立っている彼女――――ナリタブライアンは、短く返事とも言えない返事をした。

 寝不足気味で挑んだ――――自分の尊敬する数少ない者たちの決戦が少しでも良いものとなるようにと努力した結果であり、断じて蹄鉄を整備していたら日が昇っていたからというわけではない――――メイクデビュー。

 

 鳴り物入り、という言葉は彼女のためにある。

 なにせ説明不要の『皇帝』シンボリルドルフの下で、トリプルティアラを果たした『女帝』ことエアグルーヴ。その彼女に素質だけで肩を並べ、生徒会副会長をやっているのである。

 

「どうだった?」

 

「アンタがいたらまたしょっぴかれていただろうな」

 

「フラッシュか、やじか?」

 

「前者だ」

 

 パドックに入ったエアグルーヴに向けて勝手にフラッシュ焚いて撮影していたカメラマンの腕をハイキックで蹴り飛ばし、酒に酔ってやじを飛ばしていたおっさんをぶん投げた実績のある男。ウマ娘が自分と関係ないところで道を阻まれたり、邪魔をされたりという理不尽を無理矢理にでも突破する男。

 前者は暴行罪と器物損壊罪のWパンチ、後者は暴行罪でしょっぴかれかけている。どちらも一応何度か「やめろ」といった末のことだったとは言え、まあやったことは事実である。

 

 ルドルフとおハナさんの「あいつやりおったわ」という顔が、今でも脳裏に残っている。

 

「大変だったな」

 

「ああ。笑いを堪えるのに必死だった」

 

 まあ、暴力は良くない。とても良くない。だが理不尽には理不尽の熨斗をつけて返す――――それも自分に降り掛かったものではないのに――――姿を見て、よくやったと思わなかったといえば嘘になる。

 不躾なフラッシュを受けても苛立たず、何となくあのときのいつも微笑んでるような温和さを持つルドルフの周章狼狽した顔だとか、エアグルーヴの驚きと快哉と批難が入り混じったような顔を思い出して、なぜか笑えた。

 

「あのときの俺は若かった。周りに迷惑をかけたことをとても反省している。今は……そうだな。もう少しうまくやるよ」

 

「やったことを、でないあたり変わらんな」

 

「そこに関しては後悔する余地はない。別に俺がどうこうしたからというおかげでもないだろうが、事実勝っているわけだしな」

 

 実に彼らしい結果論である。

 結果がよければ、基本的に過程を好意的に見る。だがこの男を苦しめていたのはこの正反対というべき負の結果論なのだ。

 

 結果が悪ければどこかにミスがあったはず、そしてそのミスは自分にあるはず、という。

 最近彼はとても明るくなったが、本質的には変わっていない。

 

「変わらないな、アンタも」

 

「変わるべきところと、変わるべきでないところがある。忘れるべきことと忘れるべきでないことがあるようにな」

 

 それは、あれのことか。

 そう言いかけて、ナリタブライアンは頭を振った。

 

「そうだな。何も環境に適応し切る必要はない。要は折り合いだ」

 

 逃げ環境。

 世界的にそうなりつつある。アメリカでも、フランスでも、そしてここ日本でも。

 だがそれに合わせて自己を変革する必要はない。真に必要とされるのは、逃げへの対策。自分のやり方を根底から変えるのではなく、環境に適応する衣を纏うこと。

 

「その通り。それがわかっているならば言う必要はないかもしれんが……」

 

「手を抜け、ということか」

 

「ああ。お前の世代のレベルは高い。だがそれはある種、燃え尽きるような走りをしてこその強さだ。お前が巻き込まれることは、ないさ。周りの家が火事だからといって、合わせて火を付けなければならないという理由もないだろう」

 

 皮肉めいた言い方である。そしてなによりも、勝負の世界に身を置いて鎬を削ることを何よりの快楽にするナリタブライアンにとっては、やや受け入れ難いことでもある。

 

「相手の実力を見極め、自分の有する戦力をどれくらい投入すればいいかを見極める。ルドルフも、かの神の名を冠するウマ娘もしていたことだ」

 

 まあ、とにかくおめでとう。力を絞ることについても少し考えておいてくれ。

 

 そう言い残して、東条隼瀬はこの話を打ち切った。担当でもないウマ娘の方針に口を出すのは、やはり越権行為というものである。かつてチームごと面倒を見ていたから少し口を出したくなったわけだが、やはりそういうことはよろしくない。

 

「……まあ、考えておこう」

 

「ああ、考えておいてくれ。結局はお前自身がどうするかだからな。俺としては、後悔しないように願うだけだ」

 

「やはりアンタは変わったよ」

 

 かつてなら、こうしろ、と言っていただろう。何よりも怪我を恐れていたはずだから。

 出会ったときは怪我を警戒しつつも恐れていなかった。そして怪我を恐れるようになってある程度行動を矯正するようになり、そして戻った。

 戻ったと言っても、少し行って帰ってきたわけではなく、ぐるりと回って帰ってきたのだ。歩いていた距離は、無駄ではない。そこで得た経験も、無駄ではない。

 

「そうかね」

 

「そうさ」

 

 目の前には、多くのウマ娘がいる。多くのトレーナーがいる。メイクデビューのためには、トレーナーと組まなければならない。あるいは、チームに所属しなければならない。

 この時期になると、両者から浮ついたような気持ちはなくなる。夢も理想も消え果てて、ウマ娘はメイクデビューのためにトレーナーを探し、トレーナーは重賞をひとつでも勝てそうなウマ娘を探す。

 

 互いに互いを経由して結果を出そうとする。そういう利害の一致を目的としたペアは無論、多くが結果を残せずに終わる。信頼関係もないというのもそうだが、有り体に言えば互いに売れ残り同士が組むのである。

 素質で負け、そして信頼関係においても負ける。ついでに言えば早く契約したウマ娘たちと比べて練習するための時間においても負ける。

 トレーナーとは練習メニューの作成、食事をはじめとした栄養管理や健康管理、練習場所の確保、レースの把握と出走登録など、細々した雑事を一手に引き受けてくれる存在である。そういう補佐的な役割をこなしてくれる人間がいない以上、自分でやるしかない。そうなれば当然、練習に割ける時間も減る。

 

 ミホノブルボンは12月11日に契約を済ませた。高等部への編入が決まってすぐに、彼女はトレーナーを見つけた。あるいは見つけられた。

 それはやはり、恵まれていると言えるだろう。生まれはどうあれ、今必死に自分を売り込んでいるウマ娘たちと比べれば。

 

「足りな過ぎるな、人手が」

 

「だからこそのチーム制だが……根本的な解決にはなっていないということを実感するよ」

 

 優秀なトレーナーの手でひとりでも多くのウマ娘を見てほしい。大成させてほしい。そういう意図から生まれた制度だが、今となっては一部のチームが素質的に優秀なウマ娘を大量に抱え込むという格差社会の生きた見本のような感じになってしまっている。

 優秀なチームは、優秀なトレーナーが運営している。優秀なサブトレーナーがいる。これまで積み重ねられてきたノウハウがある。多くの先輩からより実情に即したアドバイスを得られる。予算が多いから、より高度な設備を得られる。

 

「アンタ、これからのことは考えてるのか?」

 

「これから?」

 

「そうだ。チームを作るんだろ」

 

 おハナさんが率いるリギルは、東条家のチームである。実績的にも彼女の正統後継者である彼こそがいずれそれを受け継ぐにしても、すぐ引退するというわけでもない。

 となるとひとまずは自分のチームを作って、統合する形で引き継ぐ。そうなるだろうというのが、彼女の所属するナリタ家の見立てだった。

 

「いや、俺は来年教官になろうかなと思っているよ」

 

「教官?」

 

 ジロリと、琥珀の瞳が奇異なものを見るように東条隼瀬を見た。

 教官とは、広域型トレーナーのような職業である。メイクデビュー前のウマ娘たちをまとめて面倒を見る。その職務は膨大で煩雑で、だからこそ薄く広くになりやすい。あくまでも基礎を教える、それだけの存在。

 

 トレセン学園に入って即座にトレーナーとの契約を結んだ者が多いリギルの面子の中では、教官にお世話になった経験を持つもののほうが少なかった。

 

「……ブルボンはどうする気だ」

 

「無論、引退するまで共に歩む。教官といっても、あれだ。見習いだよ。将来に備えて実地教育を受けようと思っているわけだ」

 

「しかし労力に比して収入は……ま、気にしないか。アンタは」

 

「ああ。幸いにして金に困ったこともなければ、困る予定もないのでな」

 

 古い家と言うのは、それにふさわしい貯えがあるものである。特に金の消費が激しいトレーナーを多く輩出する貴門は土地を転がしたり、貴金属を転がしたりで莫大な潜在的資産と現金化された資産を持っている。

 

 それはウマ娘の名門も同じことだった。謂わばナリタブライアンも、似たような生育環境で育ってきたのである。金に困ったことはないし、困ることもない。

 

「それに、俺は人望が無いからな。チームを組もうとしても組めんだろう。最低3人は必要なわけだし」

 

「居るかもしれないだろう」

 

 脳裏に浮かべた中にいた自分の姿を頭を振って消し去っているナリタブライアンを見て、何を思ったのか。

 やや微笑みを浮かべて、東条隼瀬は遠い空を見た。

 

「能力と実績に惹かれるものはな。だがそうして惹かれた者との決裂を、俺は2度ほど経験しているのでね」

 

「私から言わせれば、別にアンタの人格はそれほど劣悪なものでもない。なにせ世の中、人格・能力共に劣悪な連中がほとんどなのだから……まず、『マシ』と言うべきじゃないのか」

 

「思ったより評価されているようで嬉しいな」

 

「やかましい。……問題は、アンタと組むにあたっては人格的相性の壁を乗り越えた狭い範囲のやつしかまともにやれない、ということだ」

 

 多くのトレーナーは、それほど人格的相性を気にしないで組める。だがアンタはそうではないということを、ナリタブライアンは珍しく多弁になって言った。

 

「まあ教官の職につくものは、大抵がチーム運営の経験者だ。そのあたりをよく考えて見るんだな」

 

 ブーケを肩に担いで去っていく未来の三冠ウマ娘の背中を目線で追いながら、東条隼瀬は堂々と両手を背もたれと手すりに広げた。

 

「2人目に、アテはある」

 

 そう言って、頭を振る。

 まだ、何も決まっていない。自分の力の及ぶところではない。

 

 慢心だ。そして、冒涜でもある。

 そこまで考えて、再び空を見る。今日の天気は、晴れ。フランスではどうかは知らないが。

 

「――――いや。これは、執着と言えるだろうな」




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