ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート   作:ルルマンド

96 / 208
感想返信はまとめて明日行います。申し訳ございません。


サイドストーリー:1年後の今/1年前の今

 最近、マスターの様子がおかしい。

 不安げに尻尾をゆらゆらさせながら、ミホノブルボンはライスシャワーに自分の悩みを打ち明けた。

 

「思い悩まれているようなのです」

 

「あの人が?」

 

 ライスシャワーにとっての東条隼瀬とは偉大なる敵将といった感じで、それ以外にはない。あとは、自分のお兄さま(トレーナー)の親友。水と油のように見えて、あれでなかなか噛み合わせがいい。そんなところか。

 

「悩む、ということをしない人ではありません。おそらく常に悩まれてたでしょう。ですがそれを、わかりやすく表に出す人でもありませんでした」

 

「ブルボンさんの前でわかるように悩むとなると、すごく重い悩みなのかもしれないね……」

 

 虚勢をはるのが巧い。

 誰にとっての幸せなのかはわからないが、幸いにも東条隼瀬とは弱みを見せない人間である。大胆不敵でありながら堅実に、繊細に物事を進められる慎重さを併せ持つ、そんな男。

 

 ライスシャワーには、彼のことがよくわからない。

 東条隼瀬という男には、第一印象の壁がある。冷たげで何を考えているかわからない、感情の色が見えない鋼鉄の瞳に見つめられると、身がすくむ。

 おそらく単純な身体能力ではライスシャワーの方が上だが、なぜか怯えてしまう。そういう不思議な雰囲気が、彼にはある。

 

 そしてそれを乗り越えてもなかなかに毒舌な――――悪意なく本音を常に言い続けているだけだが――――第二の壁があり、そこを乗り越えてやっと本質が見える。

 その本質に触れてやっと、彼の本質的な愉快さ、優しさ、繊細さが見える。そして、ライスシャワーは第一の壁に弾かれていた。

 

 と言うより無意識的にか有意識的にかはともかく、あえて弾かれたと言うべきだろう。

 彼女は他のウマ娘よりも大きな耳に象徴されるように、優れた危機感知能力を持っている。それは主にレースで使用されてきたわけだが、彼女はその優れた感覚器官で東条隼瀬という男の持つ魔力的な魅力の危うさに勘づいていた。

 

 

 ――――私だけがこいつを理解してやれる。

 

 

 わかりにくい本質。

 他人の夢に容易く人生を賭せる危うさ。

 そして何よりも自分の夢に能力に留まらず人生全てを擲って貢献しようとしてくれるその献身。

 

 彼は、心からの善意でそれをやっている。そこに裏はない。見返りも求めない。

 だがその一挙手一投足から、彼の本質に触れたひとは感じるのだ。

 

 

 俺は君の為にすべてをかけられる。君はどうだ?

 

 

 本人であれば決して言わないはずの、そんな問いを。彼はそんなことを言わないと知りつつも、見返りなど求めないとわかりつつも、その無欲な献身に対して惹かれてしまう。どうしようもなく惹かれて、魔力に呑まれてしまう。

 

 私だけがこいつを理解してやれている。なら、私はこのひとを抱きしめてあげよう。どんな苦境に立っても見捨てないようにしよう。ずっとではなく、彼が望むだけ側にいよう。

 

 シンボリルドルフが、まさにそれだった。

 ライスシャワーから見たシンボリルドルフの第一印象は偉大な皇帝でもなく、優しい会長でもない。

 東条隼瀬という危うい人間を守護し擁護する、絶対的で不変の理解者。たとえ世界全てが敵に回っても、絶対にたった一人を見捨てないという信念。それがウマ娘の形をして歩いている。

 

 依存している、というわけではない。自立した理想と思考を持ちながら、確固たる己を確立しながら、それでもなお惹きつけるような引力の軛から脱しようとしていない。

 

 それは個人の感情を、誰かからの祝福を求めていたライスシャワーであればこそ気づいたことだった。

 

 そして、もうひとりくらい、そういうのがいるかも知れない。近寄れば近寄るほど、惹かれてしまうのだから。

 そしてそのもうひとりに、ミホノブルボンが追加されないとも限らない。

 

 ミホノブルボンは今のところ、持ち前の精神的鈍感さ(あどけなさや、おさなさとも言う)で彼の引力をいなし、それとは別に献身に対する感謝の念と個人的な淡い恋慕の情を抱いている。

 

(んんん……)

 

 その引力をどうこうすることはできない。東条隼瀬という男の本質がそういう――――重さを引き寄せやすい感じになっているのだから、ライスシャワーにはどうしようもない。

 とても危うい均衡の上に、ミホノブルボンと東条隼瀬の関係はある。それを崩してしまうような助言を、するわけにはいかない。

 

 本音を言えば、放っておくのが一番である。

 だがこういう相談を持ちかけているということは、相談者は行動を起こそうとしていて、その後押しを相談相手に求めている。そういうことだ。

 ライスシャワーはシンボリルドルフとは違い、あくまでもミホノブルボンを第一にするし、大事にする。

 

 

 ――――この人は、悪い人ではない。見た目と雰囲気に反して、いい人ですらある。だけど、怖い人だ。

 

 

 そのライスシャワーの見立ては、実に正鵠を射ていた。

 

「……あくまで話してくれるのを待った方がいいと思うけど、一人で抱え込むのもよくないから……ブルボンさんが見て危うく感じたら、行動を起こしてみたらどうかな?」

 

 あくまでも彼をよく知らない自分の意見は参考程度にして、この2年半でよく見てきたはずのミホノブルボンの洞察力に自信を付けさせる。

 実に巧妙な助言者としての役割を果たし、ライスシャワーは耳をぱたぱたと上下させた。

 

「ありがとうございます、ライスさん」

 

「うん。なんの助言にもなってないと思うけど……」

 

「いえ。確かに新たな光明を得ることはできませんでしたが、決断への後押しをしていただきました」

 

 東条隼瀬は別な視点から新たな光明を照らしてやるような助言をする。

 ライスシャワーは既存の考えを精査し、後押しするような助言をする。

 

 タイプは違うが、どちらも優秀であることに変わりはない。

 暑さというものがよりその獰猛さを増しはじめたような空を、ミホノブルボンは星の瞬くような美しい瞳で見つめた。

 

 カフェテリアでのライスシャワーとのひとときが終わり、一礼して立ち上がる。

 今日のミホノブルボンは、身体を休めがてら様々なことを学ぶことになっている。それは戦術の組み立て方であったり、ウマ娘特有の癖であったり、各国のレース場の特徴であったりと多岐にわたる。

 

 東条隼瀬は戦術家としてはあまりにも決断が遅かった。土台となる知識も洞察力もあるし決断力はあるが、判断を下すのが遅い。

 そういう人間だけに、教えることはうまかった。彼に足りないのはつまり、考えないこと。ある程度で思考を収めて切って捨てること。

 

 そのあたりを自覚しているだけに、彼の教導は型に嵌まらない、やや大雑把なものだった。

 様々な過去のレース展開、レース場の地形的特徴、特徴を活かした戦術。それらをたいてい頭に入れているからこそ、要約して伝えることがうまかったのである。

 

「今回のトレーニングはここまで」

 

「ありがとうございました、マスター」

 

 あくまでも、悩みなど無いかのように彼は冷徹に自分の知識を噛み砕き、個人の好悪の情を脱色させて無味乾燥とした情報として伝える。

 自分の言説に感情を一切載せることのないその姿勢は、ある種理想的な教師の姿だった。熱は感じられないが、どこまでも的確で第三者としての俯瞰に徹している。

 

 知識量が豊富であればあるほどいい。

 ミホノブルボンなどは自らの寒門故の無知さを振り返ってそう思っていたが、彼を見ると知識をつけすぎてもよろしくないということがわかるだろう。

 もっとも、やはり個人の資質によるところが大きいわけだが。

 

 タイプライターで打ったかのように精密なノートをさらりと見返して、ミホノブルボンは改めて彼を見た。

 

「なにか言いたげな顔をしているな」

 

「……マスターのお悩みが私に関連することであれば、ぜひお聞かせ願いたいと。そう考えています」

 

「関連、か」

 

 まあ関連していると言えばしているし、していないといえばしていない。

 

「していると言えばそうだ。だが、まだ早い」

 

 そう言われてから、1ヶ月。

 その時がいつ来るのかということを、ミホノブルボンは待っていた。

 

 暑さが一瞬の寒さを経て本格化し、夏合宿。

 去年の千葉ではなく、ミホノブルボンは北海道の札幌に居た。

 

 感情の制御と体温調節がやや苦手なのが、ウマ娘という人間の亜種(逆かもしれないが)の特徴である。

 故にクラシック級やシニア級に関わらず、前期で疲弊したウマ娘はたいてい、過ごしやすい気候の札幌あたりに送られる。元気なウマ娘はどこぞの合宿施設に移動して更に鍛えるわけだが、ミホノブルボンは大阪杯、天皇賞春から宝塚と言うレベルの高いレースを過酷なローテでこなしてきた。

 

 鈍らない程度に身体を動かすというのが主目的だろうと、ミホノブルボンは思っていた。

 やや疲れている。少なくとも、前年の夏よりは遥かに疲れている。

 

 去年。

 レベルの高いレースを短期間にいくつも――――それも夢を賭けて戦うという経験を、ミホノブルボンは初めて経験した。だがその慣れない初体験よりも、濃密なシニア級の3連戦が遥かに、彼女の身体に疲労を蓄積させていた。

 

 やや肌寒く過ごしやすい気候の中で、ミホノブルボンは疲労を徐々に抜いていった。無論その間なにもしていないわけではなく、日々レースというものの奥深さに触れている。

 それは今までを省みるならばともかく、これからを考えれば絶対に必要なことだった。

 

 ある程度の理屈の通った行動を、東条隼瀬はとっている。ミホノブルボンとしてはややその行動の曖昧さに疑義を挟みながらも、別段反抗することも疑問を投げかけることもなかった。

 

 なかったが、少しだけ気にはなっていた。

 そのほんの少しの気がかりが解消されたのは、一月半後。

 

 ミホノブルボンが『切り開く者』として走ることを決めてから、ちょうど一年後のことだった。




44人の兄貴たち、感想ありがとナス!

悠久.兄貴、ラヴェン兄貴、嘆きの大平原兄貴、伯楽天兄貴、評価ありがとナス!

感想・評価いただければ幸いです。


アンケートについてですが、カイチョー√では主人公続投は決まっています。やるとすればスズカ√でもそうなります。
他のウマ娘(まだ未定)と組むSSを書くにあたってどうするか、というアンケートです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。