ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート   作:ルルマンド

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典型的なINFP


サイドストーリー:静かな水

 あのとき。智慧が研ぎ澄まされる音を、聴いた気がした。

 シンボリルドルフという傑出した智性と人格を持つ存在に勝つ為に最適化されたのだと、あのときはそう思った。自慢ではないが、シンボリルドルフと言うウマ娘のすべてを知っている。これは、だからこそのものだろうと。

 

 レースを前に、いつもはいくつかの選択肢が見える。Aが起きればこうなる、Bが起きればこうなる。その先の分岐は。偶然を加味すれば、どうなるのか。

 それらを可能な限り予測して、ミホノブルボンに託す。託された情報・予測を元に、ミホノブルボンはその図面を実際に書き起こす。

 

 だがあの時は、わかっていた。

 シンボリルドルフは、予想を超えてくる。そのことがわかって、本来ならば予測し得ないはずの最終局面が――――どんな道を通っても必ず辿り着くであろう因果と運命の交差路が見えた。

 

 車から降りたときに道に沿って敷かれるビロードの絨毯のように。行くべき道と進むべき方角を、集積された智性から生まれた何かが指し示してくれた。

 ほんの遊びのつもりで、ここ1ヶ月間で開催されたレースの事前情報を集積し、ある程度予測を立てて見てみた。

 

 

 ――――ルドルフが相手であればこそ。

 

 

 その反証のつもりであったはずのそれはしかし、思わぬ結果をもたらした。

 確かに、偶然はあった。予測に反する事故は起きた。だがその事故は一度敷き詰められた道を完全に崩し切るほどのものでもなければ、勝敗予想を左右するほどのものでも無かった。

 

(成長した、と言えるのか)

 

 過去へ向き直る。立ち向かう。そう決めた。

 それはルドルフに向けられたものであり、そしてなによりも過去の負債を押し付けてしまった相手と直接顔を合わせる覚悟でもある。

 

 そしてその力は、告げていた。

 これからお前が挑むべき相手は、お前の愛バに挑ませるべき相手は、お前の干渉を受け付けないだろうと。

 

 圧倒的な、超人的な逃げには戦法が通用しない。

 

 

 ――――走る。先頭を駆ける。そのまま押し切る。

 

 

 言葉にすればなんと簡単で、なんと甘美な響きだろうか。だが実際にそんなことをできるウマ娘はいない。いなかった。

 それは、ある種の理想型。素人が思い描く最強の姿。

 その最強の所以は、揺らがないこと。純粋に正面切っての決戦に勝たないことには、そもそも勝負にすらならないこと。

 

 無敗というものの偉大さを、東条隼瀬は理解しているつもりだった。それに対しての価値は人それぞれだろうが、維持するための努力を見てきたし、称える人々の姿を見てきた。

 

 そして、進化した智性は告げていた。

 もはやあの娘は、自分のもとを巣立っていったあの傑出した天才は、策でどうにかなる範囲を超えているのだと。

 

「ブルボン」

 

 何も訊かない、問わない、静かな少女。かけがえのないパートナー。今立っている現在を共に紡いできた、そんな存在。

 

「話がある。聴いてくれるか」

 

 隣に座って尻尾を揺らす、そんな少女を自分の過去への清算に付き合わせることの罪悪感をいだきつつ、東条隼瀬は口を開いた。

 

「はい、マスター。なんでも」

 

 無表情。ともすればそう捉えられがちな少女は、僅かに口の端を緩めて笑った。

 とにかく考え込みがちな男に『自分の罪悪感がそう見せているのではないか』と思わせないほどの、そして明るすぎて気後れさせない程度の中間の笑み。

 

 意識せずに最適解を選べるあたり、ミホノブルボンは相当このめんどうくさい男に慣れてきていた。意識というより、肉体が。

 

「俺の過去を知っているか」

 

 この質問に意味は無かった。彼は少女が自分の過去を知らないことを知っていたからである。

 この手のわかりきった念押しをあまりしない男には珍しい問いだったが、そのあたりには突っ込まず、ミホノブルボンは頭を振った。

 

「では話そう。つまり……俺には君以前に担当していた――――わけではないが、実際はそう見られていたし、そう見られるだけの事実もあった。つまり」

 

「実質的にはそうであったウマ娘がいたということですか」

 

「そうだ」

 

 このひとは緊張すると言い方が冗長に、より寒門らしい言い方をすれば長ったらしくなる。それは本質を悟らせないための自己防衛本能なのかもしれないが、ひとまず彼女はその冗長さを両断した。

 

「その娘。仮にS、いや、Sとするが」

 

 なぜ言い直したか意味がわからない。同じSではないか。

 それがミホノブルボンの偽らざる本心であったが、当人にとっては大事なことらしい。そういうある種の鈍感さ、即座にツッコミに動かない鈍さが、奇跡的に噛み合って会話を正道に進ませていた。

 

「つまりその娘は、怪我をしたのだ。俺のせいで」

 

 ――――マスターはそう思われているということでしょうか、と。

 

 ミホノブルボンは彼の会話の癖をパターン化して保存させている部分を励起させながら、そう悟った。

 俺のせいで怪我をしたのだ、と言えば彼が信奉する客観性が薄れる。だが私見を付け加えたい。だから変則的な倒置法を用いたのだろう、と。

 

 なるべく客観性の高い情報を伝えて判断してほしい。でも自分のことであるから、自分の思いも知ってほしい。

 そういうことだろう、と。そしてそれはかなりの確率で符合していた。

 

「俺はその娘のリハビリに付き合わせてもらって、それは当人の努力もあり順調に進んだ。だが……」

 

 やや表情に陰りを見せて、彼は続けた。

 

「契約は解消されることになった」

 

「それはマスターから言い出したのですか?」

 

「いや」

 

「では、そのウマ娘の人から言い出したのですか?」

 

「そう見るのが正しいであろうと思う」

 

 ものすごく客観的な言い方をした自分のマスターを見て、ミホノブルボンは少し首を傾げた。

 珍しく散々私見を混ぜていた割には、妙に頑なな第三者としての俯瞰。その辺りが核心か、と。

 だが一気に突っ込むような真似を、ミホノブルボンはしなかった。

 

「話の腰を折ってしまい申し訳ありません、マスター。質問にお答え下さり、感謝します」

 

「うん。まあそれで、あれだ。その娘は天才だった。思考能力をすべて走ることに回したトウカイテイオーのようなもので、先鋭化され切った天才と言える。よって、ものすごく速くてものすごく強い。わかるな」

 

「私をここまで鍛え上げたマスターが才能のあるウマ娘と組んだとなると、そうなるという予測はできます」

 

 論理的思考の極致のようでそうでない回答を受けて、東条隼瀬はひどく曖昧に頷いた。

 

「うん。それでその彼女は……なんというか、とても楽しそうに走る娘だった。本当に、心からな」

 

「はい」

 

「といっても想像するのが難しいだろうから、これを見てほしい」

 

 鍵穴に鍵を2メモリ分差し込み、旅行鞄の留め具を3度押す。

 そうしてカパッと開く二重底を見て、ミホノブルボンはその器用さと謎の改造技術、そして二重底というものに対しての精通している様に感心した。確か部室の引き出しにも、こういう仕掛けがあった。

 そしてそこにはスノーホワイトの本が鎮座していたことを、彼女は後に彼から聴いたのである。

 

「これだ」

 

 そうして出てきたディスクをパソコンに差し込み、再生されたのはとあるレースの動画。場所はおそらく、京都レース場だろう。

 ミホノブルボンにはサイボーグという渾名が目立つが、他にも栗毛の超特急と渾名されている。

 

 そしてそれはまさに、栗毛の超特急だった。ぽつんと隔離されたような大外から進発し、重力すら振り切って推進していく銀河鉄道の超特急。スタートから一定のペースで走っていく自分とは違い、次第に加速していく流線形の超特急。

 

 後ろを全く振り向かず、ゴール板の前を駆け抜けてからもしばらく走り続け、客席に手を振ることすら忘れて大きく息を吸って吐き、笑う。

 心から幸せそうな、無くしていた何かを取り戻したような達成感と快感に満ちた顔。

 

 その顔から自分の身を預けるトレーナーへの確かな信頼が感じられて、ミホノブルボンは口を開いた。

 

「このとき、この方はマスターと組まれていたのですか?」

 

「ああ。だが、初戦だ」

 

「ありがとうございます」

 

 ミホノブルボンは、知っていた。大抵の人間は第一印象から良くなることは極めて少ないが、知るにつれて悪くなることは極めて多いと。

 ミホノブルボンは、知っていた。その大抵に自分のマスターが当たらないことを。彼ほど第一印象から上がっていく人間も少ないということを。

 

 そしてたぶん、この栗毛のウマ娘は第一にして最大の関門を突破している。だからこそ信頼をおいている。初戦なのに。

 となるとこれから信頼は加算されていく一方で、減ることはない。少なくともミホノブルボンはそう思って、ひとつの結論を出した。それは考え込むことの多い男が、3年経っても出せなかったものだった。

 

(契約解除は、この栗毛の方の本意ではない)

 

 最初が底なだけに、上がることはあっても下がることはない。

 この理屈の根っこに膨大な感情を隠し持つ男を、ミホノブルボンは言語化することはできない。だがやや抽象的な感覚で、彼女はその輪郭を捉えていた。

 

 澄み切った湖水のような、そんなひと。海のような底知れなさはない。底は見えるが、澄み切った水が底と湖面との距離感の正確な測定を拒む。

 

 

 ――――ブルボン。静かな水は深いものだよ。気をつけなさい

 

 

 小さい頃。

 湖に遊びに行って、ずんずんと進んで溺れかけた自分を引き上げてくれた父は、そう言った。

 

 

 ――――海というものは暗く、深く、底が知れない。見えないことが恐怖になって、人に警告を与えてくれる。だけど静かな水というのは底が見える。だからこそ人は底が知れたと判断して奥へ奥へと進んでしまう。見えたからと言って、知れるわけでもないのにね

 

 

 見えるだけで理解できるというのならば、人間とはもう少し楽に生きられる。

 そんな理屈は根底ではわかっているはずなのに、人間はあらゆるものへ適応させることをしない。

 

 

 ――――危ないことを前面に押し出したものは実のところ、こちらが扱いさえ弁えれば然程危なくはならない。真に恐るべきは、危なくは見えないのに危ないものだ

 

 

 明晰な記憶力で父の言葉を思い起こしながら、ミホノブルボンは意識を目の前に引き戻した。目の前に座る男から、問いが投げかけられたからである。

 

「見て、どう思った?」

 

「確かに楽しそうではありました」

 

 ですがそれ以上の信頼が感じられました。

 そういう余計なことを、ミホノブルボンは言わなかった。

 レースでは常に先手を取るが、会話ではあくまでも後手に回って相手の言葉を待つ。

 

 そういう辛抱強さが、彼女にはあった。

 

「で、これが今の彼女だ」

 

 体型的にも、走り方も、然程成長していない。いや、この場合は変化していないというべきだろう。その身体が生み出す速度は圧倒的に向上している。

 そしてなによりも、本格化を終えて嘗てと何も変わっていないはずの彼女は、あわや別人かと思わせるほどに変わっていた。

 

 何がと考えてみれば、雰囲気が、としか言いようがない。走り方も変わっていない。それこそ意地でも張っているかのように1ミクロンのズレもない。

 それはそのフォームが身体に対しての最適解だったということで納得できるにしても、どことなく鬼気迫る雰囲気があるというのは否定し難いところである。

 

(言うべきでしょうか)

 

 自分の感想を。

 どう思う、と。直接言われていない。だが予測できる問いではある。

 ここは言うべきかと考えた末に、ミホノブルボンは口をつぐんだ。多少の才気があればすぐさま反応を返すところを、やや鈍感に構える。

 

 あくまでも、相手の反応を待つ。先読みこそすれども、先手は取らない。彼女は、そういう忠犬めいたところがあった。

 リードを引かれれば大喜びで走り出す。だが、引かれなければ走らない。

 

「俺は、鬼気迫る何かを感じた。あいつはぽやーんと走ることしか考えていなかった。その純粋さこそが彼女の本質で、そこに誰かのためにだとか、そういう副次的な目的を介在させるべきではない。そう見ていたし、おそらくそれは間違っていない。なのに今の彼女は、何かを思って走っている。自分以外のなにかのために走っている」

 

 自分から先走って話を始めなくてよかったと、159秒の沈黙を乗り越えたミホノブルボンは思った。

 

「君はどう思う?」

 

「私はマスターほど、彼女のことを知りません。なにせ名前すら知りませんので」

 

「サイレンススズカだ」

 

 今のは前置きであって名前を知りたいわけではない。

 そういう会話の――――というよりは感情の機微に妙に疎い不器用なところを愛しく感じながら、ミホノブルボンはあえて無視して続けた。

 

「ですが、変容したことはわかります。それをマスターが言語化されたのですから、正しい見立てであろうとも思います」

 

「そうか」

 

 マスターほど明確な理屈立てができる人ならば、そしてこのウマ娘との経験を積んだ人ならば、別に他人に肯定されなくても反証することはできただろう。

 少なくとも、シンボリルドルフなら自分の力だけでこの説を自己肯定できたはずで、そしてその上で自説が確固たる前提のような話しぶりで話すことができただろう。

 

 ここで『どう思う?』と聴く、即ち他者の後押しを必要とするところに、そして『そうか』と納得してしまうところに、彼の繊細さが表れていた。

 

「その不純物とは、何だと思う?」

 

「先程も申しました通り、私はマスターほど彼女の……サイレンススズカさんのことを知りません。マスターには、なんとなくの思案があると思われますが」

 

「……これは自意識過剰であると思わないでもないのだが」

 

 これを聴いて自意識過剰とは対極に位置する表現が適切だと、少女は自分には珍しい即断を下した。

 

「俺なのではないか、と思うのだ」

 

「というと」

 

「もしかしてス……サイレンススズカは、俺のために走ろうとしているのではないか、と。そう思うのだ」




32人の兄貴たち、感想ありがとナス!

mozzy5150兄貴、プロヴィデンス吉村兄貴、評価ありがとナス!
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