オーブ某所。繁華街の一角にあるしゃれたバーに、2人の女性が訪れた。
「マティーニを」
「シャンディガフをお願いします」
早速カクテルを注文し、一息つく。運ばれてきたグラスを双方手に取る。
「では、お互い今日も一日ご苦労様と言うことで」
「英気を養うとしますか」
リシッツァとチヒロ。2人の女はかちんとグラスをならした。
この2人、時折こうやって連み、飲みに行ったりしている。仲がいいというか、同病相憐れむ的な仲間意識のようなものがあった。
もちろん原因は無茶も無茶振りも行う上司である。そして今日の話題も上司に関することであった。
「あの方がお見合いとは。……まあむしろ遅すぎた感がありますね」
ふう、と息を吐きながら言うチヒロに、リシッツァが問うた。
「そういえば何で今まで浮いた話の一つも無かったのかしら? 引く手数多でしょうに」
「あの方の場合、色々と面倒なんですよ」
他に人がいないせいで多少砕けた物言いになっているリシッツァ。その言葉に眉を顰めるチヒロ。カクテルを一口喉に流し込んでから、彼女は続ける。
「国内の場合だと、簡単に言えばパワーバランスの関係ですね。下手なところから嫁貰うと勢力関係がえらいことになります」
「……ああ、なるほど」
僅かに考えてからリシッツァは納得した。五大氏族を中核とした合議制を執っているオーブ。氏族はほぼ王族や貴族の扱いだが、その中には当然のように力関係が存在する。氏族同士の婚姻はそれらを考慮したものになるのが慣例だったのだが。
カガリとユウナの婚約が分かり易い。この婚約は五大氏族に準ずるセイラン家を
しかし、これがリョウガだとそう簡単にはいかない。家のこともあるが本人の突出した能力のおかげで、五大氏族はおろかそこそこの氏族と縁を結んでも政治的バランスが崩れる恐れがある。ミナを筆頭として有力氏族には年齢の釣り合う女性はそれなりにいるのだが、誰とくっつけても天秤は大きく傾くのは目に見えている。
それにリョウガは縁を結んだ家を徹底的に使い回すだろうと誰もが思っていた。ただでさえ目が回るような忙しさだというのにこれ以上面倒を抱えてたまるか、というのが多くの有力者の本心であろう。ゆえに国内で身内をリョウガと婚姻を結ばせようと考える者は、皆無と言って良い。
「そして海外の場合ですけれど、これは戦争のおかげで先行きが見通せず、二の足を踏んでいるところが多かったからでしょうね」
リョウガが頭角を現し適齢期に入る頃には、すでに世界情勢が不安定であった。誰が敵となるか味方となるか、各国は探り見極めるのに必死であっただろう。現在戦況は膠着状態となっているが、未だ予断を許さない。他国との関係(特に中立国相手)を深めるには時期尚早とみているところも多い。
しかしスカンジナビア王国はこのタイミングで動いた。何らかの思惑はあるはずなのだが。
「あの方曰く、『スカンジナビア王国がそう出るとは思わなかった』だそうですよ」
「? タイミングはともかく、スカンジナビアが機を見たから動いたのでしょう? 話自体はおかしくないと思うのだけれど」
「あの国はあの国で色々面倒なんですよ。
スカンジナビア王国。その名の通りスカンジナビア半島のノルウェー、スウェーデン、フィンランドが統一された国家だ。ブロック化した国家群の中で、唯一王制を執っている国だが、それだけではない。
建国の折、つまり再構築戦争の終盤で、多くの人間がスカンジナビア王国に移住、あるいは亡命した。その何割かは、ヨーロッパ各国の貴族、王族、その血縁者であった。
多額の資産と共に訪れた彼らを、王国は受け入れた。
スカンジナビア王国としてもメリットはあった。彼らを保護しその血脈を保つことで、ヨーロッパ各国に影響を持つ事が出来ると。実際ユーラシア連邦として国は変わったが、貴族や王族は資産家などとして形を変え生き延びる者も多かった。そういったコネクションは王国の力となっている。
ゆえにスカンジナビア王国の中枢は、血脈という物を重視していた。これは能力重視で、有能な者であれば養子にして後継者にすることも多々あるというオーブ氏族の在り方とは相反する。だから政治的、経済的な繋がりは持っても、婚姻という形で縁を結ぼうなどとは考えないと、リョウガは見ていたのだ。
「ユーラシアがスカンジナビアに強く出ようとしないのは、そういった事情があったのね」
何とも言えない表情で呟くリシッツァ。彼女は元ユーラシアの工作員だが、スカンジナビアについては詳しい情報を与えられていなかった。主にオーブや東アジアを中心に活動していたと言う理由もあるだろうが、それにしても情報が制限されているのは妙だと感じてはいた。
「にしても、なぜ急に方針を変えたのかしら? 連合に加入するよう迫られているとは聞いてますけど、その関係?」
「……『コーディネイター難民』、じゃないですかね」
チヒロはため息を吐く。連合各国、主に大西洋連邦から中立国に脱しようとするコーディネイターも多い。当然ながら、受け入れ態勢が整っているオーブより地理的に近いスカンジナビアの方が入り込みやすいという事情があった。スカンジナビアの方も一時的にと言う制限はあれど、ある程度の滞在は認めていたはずだ。しかし。
「かの国の許容範囲を超えつつある、と?」
「連合内にとどまっているコーディネイターは、むしろ積極的にザフトとの戦争に協力しているようですけれど、
「各種手続きやら何やらで足止めを喰らっている、と。スカンジナビアとしては、そういった人間を一気に受け入れて貰いたいから、王族との婚姻による関係強化を図った。考えられる話ではあるわね」
難民の管理には色々と手間がかかる。その上でコーディネイターなんかだと色々面倒が多い。オーブと関係を深め、そういった難民を押しつけてしまおうという腹なのかも知れないと、彼女らは推測した。
「まあ最大の問題は……あの方が
「それが単なる我が儘なら、周りももっとうるさかったでしょうけど」
揃ってため息を吐く。リョウガが結婚したがらないのは、本人曰く「家庭ができると身動きが取りにくくなる」からだそうだ。確かにただでさえ代表首長であるウズミよりも多忙な身だ。所帯なんぞ持ってもそれを顧みる余裕などあるかどうか。利権がらみの政略結婚であれば、なおさらそういったことには気を遣わねばなるまい。とてもじゃないが結婚前と同じように行動はできないだろう。
それに後継者なら結婚しなくても養子取れば良いじゃない、という気風がオーブにはあった。だから無理に結婚させなくても良いんじゃね? というそこはかとない空気が確かにある。ゆえに周りもそれほど結婚を勧めない。
「完全に人任せにすれば、結婚して家庭を持つ余裕もできるでしょうけれど、あの方基本自分の目で現場を確かめたがる人ですから」
「そう言ったところ、
むしろカガリがリョウガの影響を受けてああなったのかも知れないと、リシッツァは思う。本人が聞いたら心外だと言いそうであるが。
「それ以前にあの方、女性に興味あるのかしら? 結構アプローチしているつもりなんだけど、全く反応されないのはちょっとむかつくのよね」
「本気になったらこっぴどく振るつもりという目論見が見抜かれているからでは」
ちょっと不機嫌そうに言うリシッツァを、ジト目で見ながら言うチヒロ。以前からリシッツァはリョウガにちょっかいをかけているが、まともに恋愛をする気も擦り寄って利を得ようとする気もない。
意地になっているのでしょうねと、チヒロは判断する。そも出会いからしてリシッツァは振り回されっぱなしだ。ユーラシア連邦のタカ派に命ぜられ、リョウガの暗殺を目論見接近した彼女。当時二十歳そこそこであったリョウガと最初に遭遇したのは、とあるパーティ会場だった。
富豪の貴婦人を装い、もうこれでもかってくらい色気を前面に押し出した彼女は、会場内で注目の的だった。多くの男性が鼻の下を伸ばしている中、リョウガは平然とした物。まずそこがむかついた。折を見て話しかけてみても当たり障りのない反応で全く手応えがない。ハニトラには自信のあったリシッツァは、内心イラッとしつつも根気よく愛想を振りまくが、のらりくらりと躱される。
結局そのパーティーではなんの成果も得られず、いたくプライドを傷つけられた彼女は、その後幾度か同じような状況で接触を試みるが全て惨敗。その事実に、本人より先にタカ派の方がしびれを切らして命令を下す。
工作員による直接的な暗殺。その中の1人として、リシッツァはリョウガが宿泊している施設へと潜入し、襲撃をかけた。
任務を遂行するのは容易いはずだった。経験を積んだ工作員がフル装備で10人。通常警備の中、1人を暗殺するには十二分。事実何の障害もなく、彼女らはリョウガの寝室周辺にまで到達した……のだが。
そこで繰り広げられたのは、冗談のような悪夢。たった一人、護衛の者も付けないで歩み出てきたリョウガに、10人は蹂躙された。
彼の得物は小型のマシンピストル。それをふるって舞うように回避し、的確に当ててくる。彼の銃に装弾されていたのはペイント弾であったが、それは何の救いにもならなかった。襲撃した10人はフル装備。暗視ゴーグルにガスマスクも着用していた。ペイント弾はその視界を一瞬で奪い、ゴーグルは役立たずどころかむしろ目隠し以下の邪魔者に成り下がる。視界を失ったところで間合いを詰められ、何をされたか分からないうちに昏倒させられていく。出来の悪いB級アクション映画のようであった。
視界を失った途端にゴーグルをむしり取り、反撃を試みたリシッツァはやはり頭一つ飛び抜けた優秀さである。咄嗟に物陰へと転がり込み、持っていた手榴弾を放り投げ……たまではよかった。それが銃撃ではじき返されるなど誰が思うか。
気を失うだけですんだのは、
何言ってんだこいつと最初は思ったが、語られる待遇の良さ(主に給与面)に思わず聞き入ってしまう。まあとどめを刺したのは。
「断っても良いけど、その場合君らの額に油性マジックで『負け犬』って書いて、首謀者んとこに宅急便で送る」
という本気な目で宣った台詞だった。実際にやるとも思えなかった(今ではマジでやりかねないと思っている)が、任務に失敗した上でおめおめと生きのびた自分たちが無事で済まされるとは考えられない。多分命はないだろう。
結局のところ、仲間と共にリョウガの申し出を受けるしか、生き延びる道はなかった。新たな戸籍を得て、リシッツァと名乗りだしたのはこの時からだ。男性名にしたのは情報の攪乱が第一の目的。もう一つはリョウガに対するちょっとした嫌がらせだ。まあ後になって実はオネエではないかと思われるデメリットに気づいたが、余計なちょっかいを出してくる人間が減ったと半ば開き直っている。
リョウガに忠誠など誓っていないが、工作員よりはマシな環境と生活を与えてくれたことには、それなりの感謝を抱いている。それはそれとして、すげなく扱われたことは結構根に持っていた。最初からハニトラだと疑われていたにしても、やにさがる振りぐらいはしても罰は当たるまい。おかげさまでリシッツァのプライドは結構傷ついた。裏切るつもりは今のところないが、落とし前くらいはつけさせて貰う。
ということでリョウガを堕とし、その上で振る。などと言うことを目論んでいたりするのだが、当然のように上手くいってない。上手くいかないだろう事は本人にも薄々理解できているのだろうが、もうこれは女としての意地。ゆえに彼女は挑み続けている。
(今更素直に好意を抱け、と言っても無理っぽいですけどね)
チヒロの見立てでは、リョウガには意外と素直に好意を示した方が効くのではないかと思われる。実際邪気のない子供たちに対しては、人格変わってんじゃねーのってくらい愛想が良い。ロリとかショタとかの疑いもあるが、それだったらもっと積極的に子供と関わろうとするだろう。その線はまずない。
まあリョウガが周りの女性に対し雑というか男性と同様の扱いをしているのは、ある種の問題児ばかりだからだろう。
そんなことを考えていたら、リシッツァがこう問うてくる。
「私のことはともかくチヒロはどうなの? 中身を考慮に入れなければ、あの方かなり優良物件だと思うのだけれど」
その問いに対する返答は即答で。
「ないです。ないって言うか、無理」
恩義は感じているしそれなりの敬意も持っているが、男性として見られるかどうかは別問題だ。むしろあのぶっ飛んだ性格はどん引く要素しかない。
どん引く要素しかないし、無理ではある。しかし。
「……でもあの方に比肩するような男がいないのも、事実なんですよねえ」
へなへなとカウンターに突っ伏すチヒロ。たしかにどん引くような問題児ではあるが、強い意志と行動力、そして結果をたたき出す手腕は目を見張る物がある。
つまりまあ、そこいらの男など歯牙にもかけられなくなってしまったわけで。チヒロはリシッツァとは別の意味で、リョウガ以外の男性とほぼ縁がなくなっていたりする。
「私のような人間を引き上げてくれたことには感謝していますよ? ですがおかげさまで独身まっしぐら見込み全くなしです。ちょっとだけ恨みがましく思っちゃいますよ。ええ」
サハク家の郎党、そこに属する家の出であるチヒロは、サハク一派の裏の資金を管理する仕事に従事していた。それに対して不満があったわけではない。ただ外部に露見してはいけないという緊張感は常にあったし、息が詰まるような閉塞感もあった。それが崩れたのは、リョウガがサハク家に介入し、自分に目を付け抜擢した時からだ。
「なんか商売が得意そうな顔をしている」などと言う適当な理由で自分を引き抜き、クーロン商会という組織を作り上げるのに協力させたリョウガ。彼の下でも後ろ暗い仕事であることに変わりはなかったが、ただ数字を誤魔化すだけでなく自らも采配を振るい、商会を成長させていく事は実にやりがいがあり、また才覚があったのかめきめきと頭角を現していった。気がつけば商会の幹部となり、リョウガの片腕として広く認知される立場に上り詰めてしまっている。ここまで自分を重用し才能を引き出してくれたことには感謝しているし恩義を感じてもいるのだ。
いるのだが。
「周りからはあの方の近似種と思われているようですし、下手したらお手つき扱いですよ。男なんかだーれも寄りつきゃしないんですよこんちくしょう」
(それ以前に銭ゲバ部分が目立って殿方から引かれているのでは)
思っても口に出さないだけの情けが、リシッツァにはあった。
ともかくこの二人、見目は極上のくせにリョウガ以外の男っ気が全くない。リョウガに目を付けられたのが運の尽きというか何というか、春はとことん遠いようだ。
類友と言ってはいけない。いいね?
「ともかく今日は飲みましょう。ええ。今日くらいは良いでしょう」
「はいはい、付き合いますとも」
こうして女たちは杯を呷る。今日も戦い、そして明日も戦い抜かねばならないビジネスウーマン。タフでなければやっていられない彼女たちは、一時の休息を飲み明かすようだ。
せめて酒飲んでる間くらいは気を休めて欲しい。ホントに。
ところ変わって。
「ふふ、どんな反応をしてくれるかしらね」
派手ではないが品の良い家具が揃えられた部屋。キングサイズのベッドに寝転んだ人物が、楽しそうに呟く。
蜂蜜色の長い髪を持つ、二十歳足らずと見える女性だ。彼女はシーツに身を沈めながら、手にしたタブレットを見ている。
「一目惚れ、なんて言っても信じないんだろうな~。いや実際一目惚れじゃないんだけどさ。知れば知るほど惚れ込んじゃうでしょこれ」
画面に映っているのは、リョウガ・クラ・アスハその人。なぜか遠距離からの盗撮っぽい画像だが、目線はしっかりとカメラの方を向いていた。
「できれば今回の話、乗り気になってくれると嬉しいんだけど。あなたの好みになれるかな?」
ぴん、と指で画面を弾く女性。どうやらまともな感性ではなさそうだ。
混乱の中立ち上がったお見合い騒動。一筋縄ではいかないようである。
再構築戦争前夜感。
戦争はフィクションだけで十分なんですけど!? やめてよねホントやめてよね捻れ骨子です。
はいそんなわけでで更新です。スカンジナビア魔改造&女性幹部2人の事情話でした。うんガバガバでふわっふわな設定なのは分かってる。が、あんな立地で何で中立保ててたのかとか考えたらこんなことに。多分旧EU域に対する影響力が大きいんじゃないかということで。
そして女性幹部2人。今のところは双方リョウガさんに恋愛感情はないようです。今のところは。お見合い話が何らかの影響を及ぼすのか? そしてお見合い相手もどうやら一癖ありそうですよ。女心なんか欠片も分からない筆者が書いているからどうなるか不明ですが。
……この話、女性の読者ってどれくらいおるんやろかとか考えつつ、今回はこの辺で。
2023/07/02
阿井 上夫様からいただいたイラストを挿絵として追加しました。
遅れて申し訳ありません。