僕のおしごと   作:駒木

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14 横文字合戦

 お土産も無事に渡して、色々と研究会もやって充実した頃。

 僕は対局のために東京に来ていた。この東京の将棋会館にも随分慣れたものだ。三段リーグの頃からお世話になってるんだから二年ちょっと?あれ?全然経ってない……?

 とにかく、今日は対局のために来ていた。竜王戦第6組決勝。神鍋六段との一局だ。

 

 対戦する部屋へ入ると、既に神鍋六段はいらっしゃっていた。年下の僕が遅れるなんてあってはならないことだ。

「申し訳ありません。遅れました」

「かまわないとも。我も着いたのはついさっきだ」

 

 優雅にカップで紅茶を飲みながら、神鍋六段はそう言った。でも謝るのが礼儀だし。

 僕も一礼して席に着く。周りの準備をすると目に入るのはやはり白マント。凄い個性、トレードマークだと思う。

 

「ゴッドコルドレン。六段昇段とB級2組昇級おめでとうございます」

「フッ、ありがとう。モルタルスノウ。君も六段の昇段とC級1組への昇級おめでとう。一応順位戦の関係で上座に座らせてもらっている」

「年齢も棋士番号も鑑みて、ゴッドコルドレンが上座は当然かと」

「我は新人戦で君に負けている。戦績は一勝一敗。どちらが上もないだろう」

 

 いやあ。順位戦が上というだけで神鍋さんが上座は決まりだと思う。

 この人はゴッドコルドレンと呼ぶと喜んでくれるのでそれに合わせている。英訳が好きらしい。だから僕のこともモルタルスノウって呼ぶ。

 これも個性だよね。うんうん。棋士には色んな人がいるなあ。

 僕達の会話に記録係の人はげんなりしている。慣れた方が精神的に楽なのに。

 駒を並べて記録係の宣言で将棋が始まる。振り駒の結果僕が先手だ。

 

 先手をもらったのなら、僕は先手中飛車にすると決めていた。ゴキ中にしようか、原始中飛車か。神鍋さんの様子も見てだけど。ゴキ中って基本的には後手番で使う戦法って思われてるけど、そんなことないって試してみるのもありかな。先手でも使われることはあるし、実際破壊力は振り飛車でもダントツだ。

 神鍋さんは手堅く矢倉を。うん、矢倉ならゴキ中にしよう。後手番でひっくり返せるゴキ中を先手で使ったらどれだけ脅威か。試してみよう。

 というわけでゴキ中に決めて進めていくと、あちらは矢倉穴熊へ進めていった。

 

「あれ?もしかして史上最長手数の?」

「うむ!あれは相矢倉の結果ああなってしまったが、振り飛車なら倒せると思ってな!」

 

 あれの決め手はめちゃくちゃ伸びた対局時間のせいで現れた集中力の途切れであって、戦略ミスじゃないと思うんだけど。

 400手も竜王と指したなんて凄いよなあ。負けられなくても僕はそこまで指せない。

 どうしても負けられない戦いもあると思う。千日手を回避したのかもしれない。

 だからって僕は集中力を切らせて勝つなんて手をしたくない。僕達がやっているのは将棋だ。僕はプロだ。

 こんな将棋を指したいと思えるような棋譜を残したい。

 もう棋譜でしか残っていない、天祐さんとの将棋のように。

 誰かが振り返って、良い将棋だと言って貰えるような将棋が指したい。

 

 だから僕は、その時の最善を探す。それが見付からなかったら潔く負ける。

 相手のミスは咎めるし、反則で勝つこともある。けれど、僕は純粋に将棋の内容だけで白黒をつけたい。

 二人で将棋を指したい。相手に負担をかけるような将棋は指したくない。

 楽しくないじゃないか。

 だから名前の通りの、ゴキゲンを表す様に。僕は飛車を振る。これこそが僕の将棋だと見せるように。

 こういう将棋が指したいから神鍋さんの趣味にも合わせている。お互い楽しく指せて、面白い棋譜が残せる。これほど良いことはない。

 たとえ最硬の堅牢さを誇る穴熊であっても、ゴキ中はそれを超える破壊力があるのだと見せつけるのが僕の仕事だ。振り飛車一派としての意地と言ってもいい。

 

「素晴らしい!さすがプリンス・モルタルスノウ!我が『城塞(シタデル)』をここまで喰い破るとは!」

「これ、兄弟子の決め台詞なんであまり言いたくないんですけど。『喰らわせてやるのさ、捌きを!』」

「なるほど!ブラザーソウルというヤツか!燃えるな!」

 

 なんです?

 一応ノッて見てそれっぽいことを兄弟子が言ってたなーと思って言ってみたけど、将棋は普通にパシパシと指す。

 確かに矢倉穴熊は堅かった。神鍋さんが産み出した「新手」の端香も突破力が素晴らしかった。

 だけど、僕の竜と金が先に城壁を平らげてしまった。

 

「ふふ。とても胸のすくバトォウだった。負けました」

「ありがとうございました」

 

 うん、感想戦も横文字いっぱいだったけど楽しかった。というか楽しみすぎた。矢倉穴熊を喰い破る手段を話し合って、やっぱり振り飛車って良いよねって布教をしてしまった。神鍋さん居飛車派だけど。

 

「なるほど……。ここでホーリーランスを喰らわせると。確かに穴熊は硬いが、逃げ道がない」

「ゴッドコルドレンのホーリーランスは素晴らしい。けどそれは振り飛車としても使える手です。このホーリーランスにイーター・ドラゴンを加えると……」

「先ほどのように喰い破られると。それにゴールドスラッシュも効いているな」

「グランドクルスが残っていれば守りを気にせずファイアーウォールができます。このままだと窒息しますね」

「ううむ……。こうなる前にドラゴンホースとホーリーランスによるダブルアタックで戦況を支配したいところだが」

「今回はここの3六銀が気持ち悪くて。ここをもし3六ドラゴンホースにできていたら……」

「ほう?ほうほうほう!?更にホーリーランスとシルバースラッシュで攻め込めると!?いや、しかし……もう一手欲しいな」

 

「そこでグランドクルスですよ。グランドクルスを攻勢に向けるタイミングがシビアですし、間違えると自陣が崩壊しますが……。振る先で変化が大きいですし、問題は振り飛車派だと指先で相手の振る先がわかってしまうので、振り飛車相手には通用するかというと。兄弟子である玉将には一瞬で看破されると思います」

「いやいや、検討のし甲斐がある!これはマスターに報告せねば!今の言葉も玉将でなければ、居飛車の者だったら通用するだろうという確信が聞こえる。やはり目線が居飛車と振り飛車では違うな。感覚、盤面の見方。それらが我々とは違うように思える。だが、このままではオールラウンダーな名人からその座を奪えないか……?」

 

「振り飛車も数をこなさないとグランドクルスの投入タイミングが計れなかったりします。居飛車の方々は特に堅実な将棋を指しますから。その点オールラウンダーと呼ばれる方は僕達と同じ直感を兼ね備えています。やっぱり居飛車の方からすると攻防の切り替えの瞬間が僕たちのように瞬時に直感任せでとはいかないので、機会を逃さずってところですかね。オールラウンダーという存在がいるので、ゴッドコルドレンも後天的に身に付けることは可能かと。居飛車穴熊は堅かったですけど、今回のようにゴキ中で潰せてしまいましたから。振り飛車の勘は覚えた方がいいかと」

「ふーむ。やはり将棋は奥が深い……。今までは振り飛車対策しかしてこなかったが、実際にコントラクトすべきか?」

 

「良いと思いますよ?僕も居飛車の戦法はかなり並べています。相手の仕掛けるタイミングを察知するには自分で試してみるのが一番ですよ」

「防御の薄さも気になるが、やはりそこはチャレンジあるのみだな。やはり振り飛車党総帥(コントラクター)の捌きはスペシャルか?」

「スペシャルではなくエクセレントですね。僕では思い付かないタイミングで雷撃を喰らうので」

「そうか……。我はマスターにコントラクトしてもらおう!少しでもライトニング・パラライズは回避しなくてはな!」

 

 そんな感じで感想戦は終わって、何故か仲良く一緒に部屋を出た。こんな棋士いるかな。

 記者達が待っている場所へ着くまでに神鍋さんのマスターこと師匠、釈迦堂さんが女性ものの洋服店を経営しているとのことで気になるので、この後行くことにした。

 記者の皆さんのインタビューに二人揃って答えて終始にこやかに対局が終わった。あ、竜王戦の挑決リーグ戦に参加することになったのか。またスケジュール見直さないと。

 

 お店に向かう途中、天衣ちゃんからメールが来ていたことに気付いた。「大丈夫?横文字大好きになっちゃったの?」と心配していたけど、これは神鍋さんへの特別仕様で普段はあんなことにならない。中継見てたのか。

 神鍋さん相手の特別仕様だから大丈夫ってことを伝えて、釈迦堂さんのお店へ。ブランドショップだったけど、天衣ちゃんのサイズに合う服がいくつかあったのは喜ばしい。身長を伝えれば釈迦堂さんも天衣ちゃんを見たことがあったので服のサイズは大丈夫だろうとお勧めしてくれた。

 お姫様のような服を二着色違いで買ったのと、キュロットスカートを一つ、ロングスカートを一つ、服に合うような靴を二足買った。

 

 いっぱい買ったからか、住所を伝えれば届けてくれるのだとか。夜叉神家に宅配をお願いして、僕はホクホク顔で大阪へ帰った。

 その二日後に僕の家に来た時に、贈った服の一つを着ていて可愛いなと思った。最近天衣ちゃんに「神戸のシンデレラ」って異名がついてるけど、それに違わず彼女はお姫様だ。

 天衣ちゃんのご両親もこういう服着せたかったんだろうなあと思って、ついついたくさん買ってしまった。幸いお金はあるし、夜叉神家からたくさん貰い物もしてるからこれくらいは返さないとね。

 そんな感じで良い気分だったんだけど、空さんからメールが来ていた。空さんが悪いわけじゃないんだけど、なんとなく内容に予想がついて見たくなかったけどいつまでも見ないままというわけにもいかなかったので見ることにした。

 

「JS研……?何の略?そういえば天衣ちゃんのこともJSって言ってたような……」

「先生。女子小学生の略称じゃないか?」

「え?あー……。だから小学生がいっぱい写ってる写真が来たのかぁ」

 

 晶さんよくわかるなあ。あんまり一般的な略し方じゃない気がするんだけど。僕が疎いだけ?

 

「竜王?」

「うん。内弟子以外にも他に三人泊めたんだって。雛鶴さんが弱くなった理由を調べようとしたらしいんだけど、わからないままで。空さんは別に弱いままで良いって思ってるらしいけど」

「それはそうでしょ。同門とはいえ、雛鶴は竜王に惚れてるんだから」

「え?……え?」

 

 なんか天衣ちゃんから衝撃的な言葉が出て来たんだけど?雛鶴さんが、竜王に惚れてる?

 

「……気付いてなかったの?そうじゃなきゃ単身石川から殴り込みに来ないし、内弟子になんてならないでしょ」

「ああ、そっか……。空さんっていう内弟子の例があったからその可能性には思い至らなかった」

 

 その空さんは清滝九段へ復讐のために内弟子になったのだとか。内弟子をとることすら昨今珍しいので関西では有名だ。

 

「それにしても。そんなに急に棋力が落ちるなんてあり得るのかしら?」

「加齢と共に落ちるとは言われるけど、そんなの人間として当たり前だから。雛鶴さんは小学生だし。天衣ちゃんもそうなる可能性があるとしたら他人事じゃないんだよね……」

 

 そう、同い年の天衣ちゃんがもしかしたらそうなる可能性はある。だから解決法があるなら知りたいくらいだ。

 

「……ああ。わかったかも。大丈夫よ、お兄ちゃん。わたしは当分弱くならないわ」

「え?そう?根拠あるの?」

「わたしはお兄ちゃんとお父様に幼少期に鍛えられて、今では名人や山刀伐八段とも指してるのよ?スランプはあるんだろうけど、弱くなってる暇がないわ」

「……よくわかんないんだけど、大丈夫?」

「大丈夫。きっと、色々環境が変わって対応できてないのよ。学校が始まったり、住む場所が変わったり。それに始めたばかりはすぐ実力が伸びても、将棋は研究が全て。時間も必要って教えてくれたのはお兄ちゃんでしょ?」

 

 うん、結構前に言った。才能も大事だけど、研究を続ければ棋士になれるって言ったことがある。タイミングさえ逃さずに研究に力を入れれば山刀伐さんや鏡洲さんのように報われる人もいる。

 要するに、雛鶴さんには積み重ねが圧倒的に足りないのだろう。

 

「定跡とか全く知らなかったからね……。伸び悩んで負け始める頃か。……早くない?」

「スタートが遅くて、研修会って場所を知らなかったからでしょ。……そんな余所の子より指導に専念してほしいのだけど?」

「もちろん。年度内には奨励会に入品(にゅうぼん)できるって久留野さんから聞いてるよ。編入試験は駒落ちとか定跡の問題が出るんだったかな?」

「じゃあその辺をお願い」

 

 天衣ちゃん、僕や椚君並みの爆速で研修会を駆け抜けていくなあ。まあ、奨励会に入ったらちょっと足踏みするだろうけど。勝ち星の問題もあるし、やっぱり研修会と奨励会は別格だ。

 それに一回の対局数も減る。持ち時間も増える。

 知識も必要だけど、体力トレーニングも必要かなあ。

 

「天衣ちゃん。これから毎朝走る?」

「……お兄ちゃんが通話を繋げてくれるならやっても良い」

「それくらいは良いけど。会話しながら走るつもり?」

「ただ走るのも味気ないし。ラジオ代わりよ」

「そんなトーク力に期待しないでよ……」

「見た映画や読んだ小説の話で良いのよ」

「……それなら、できるかな?あ、無理して走らなくて良いからね?小学四年生だと……1kmか二十分ってところかなあ。晶さんその辺りでお願いできます?」

「任せてくれ。お嬢様、ジャージを用意しますね。スポーツウェアの方が良いですか?」

「どっちでも良いわよ。晶に任せる」

 

 

「将棋が二の次になったんでしょ。弱くなるに決まってるじゃない」

「お嬢様。それはあの雛鶴という子が棋士や女流、それこそ女王などを目指さず今で良いと受け入れたということですか?」

「そうよ。凡百の女流と一緒ってこと。好きな相手と一つ屋根の下で、家事してお世話できて満足なんでしょ。向上心のかけらもない、それこそ内弟子を賭けた時よりも弱くなって当たり前。第二の人生なんだもの」

「まるで老後のようですね……。もし今以上の目標ができればわからないけど」

「弟子として楽しくて。他の女の子と将棋を指せて。それだけだったら勝負師を産み出す場所でやっていけないわよ」

 

 帰りの車の中で天衣は自分の推論を述べていた。先日の雛鶴と入会試験の際の雛鶴は別人すぎた。将棋に取り組む姿勢も意気込みも真剣さも、必死さも集中力も棋力も。

 天衣だって入会試験の全てを見ていたわけではないが、終盤の追い込みは凄かったと思っている。なのにその片鱗が一切見えなかった。

 これでもし女流になるとしたら、それこそタイトルなんて取れないだろう。雛鶴がタイトル保持者になれなかったら竜王が雛鶴家に婿入りするようなことを入会試験の際に雛鶴の母親が言っていたことを思い出す。期限は雛鶴が中学を卒業するまで。

 

 ──そう。雛鶴の野望がどちらにあるかを考えたら、彼女は女流タイトルを取らない方が女としての幸せを約束されている。

 将棋をしたいから指しているのか、ただ竜王に憧れて将棋を指しているのか。その憧れはどういう憧れなのか。

 意識改革がなければ、停滞して腐るだけ。そういう魔境なのだと、天衣はわかっていた。

 今日は勝ったが、天衣も負けが混むことがある。不調というのもあるし、級の割に強い相手も多い。棋士を目指す天才たちが日本の約半分から集まっているのだから、負けて当たり前だと思っている。

 今も驚異的な勝率を誇っている暁人だって研修会と奨励会でそれなりの数を負けている。空銀子の女流無敗記録と研修会は別物だと理解していた。

 その辺りの精神性を、既に天衣は獲得している。

 

「お嬢様。今日の四連勝のお祝いに可愛い、運動性のあるランニングウェアをご用意いたします」

「晶。そんなことで一々祝われてたら部屋が贈り物で埋まるんだけど?」

「ああ、すみません。碓氷先生の贈り物で部屋を飾りたいですよね。でも実用性のある物を用意しますので」

「お兄ちゃんは関係ないわよ!」

「でも一緒に走ることになったら可愛らしい格好をしたいでしょう?」

 

 ウガーとがなった天衣だが、そう言われてしまえば小さく頷くしかない。野暮ったい服で暁人の前に出たくなかった。それがたとえ運動着だとしても。

 コクンと頷く様子をバックミラー越しに見た晶は、よく鼻血を出さなかったなと自分を褒めながら運転を続けていた。

 天衣のスマホが振動する。メールが来て、内容は東京遠征の話とゴキゲン巡りについて。そんなメールひとつで柔らかく笑う天使を見て晶は心の底から暁人に感謝の念を送っていた。

 

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