僕のおしごと 作:駒木
僕最近東京に来る頻度増えたなー。対局だから仕方がないんだけど。学校の先生にもそろそろ欠席数がマズイと言われた。義務教育だから留年とかないけど、欠席が多すぎてまともに評価できないと。
学校の成績とか気にしてないし、テストも頑張ったから許してください。この前のテストも学年二番だったからそれで許してくれないかなあ。
宿題が溜まるのはマズイけど、対局で負けるのも嫌だ。そうなると学校ある日に早起きしてご飯食べながら宿題や英語の予習を速攻片付けるのが習慣になってしまった。
そのせいで学校がある日はトーストしか食べていない。うん、高校行くのはないな。これ以上勉強に時間を取られたくない。
竜王戦の中継はしたいために、他の対局が平日にズラされる。その結果将棋会館に行くことが増えた。僕が学生だからと対戦相手の方には大阪にご足労いただくことも多い。本来は上座の相手に合わせるんだけど、僕は特例で平日だけはそういった対処がされることになった。そういう調整をしてくださる月光会長には頭が上がらない。
今日はどうやったって大阪じゃ無理だった。竜王戦の挑決リーグは全部中継されることと、その決勝の相手が相手。
名人を僕の都合で大阪に呼ぶのは無理だろう。タイトル戦でもないんだから。将棋界で一番威光を放つ人だもの。上位者を立てる将棋界だから、上の方に合わせて行動するのが当たり前。
結構早めに着いたんだけど、記者の方々が随分いた。簡単な、というかありきたりな質問ばかりだったから定型文で答えられた。すぐに今日の対局室に向かう。
今日すぐ下の階でニコ生の中継あるから、結構人が集まっていた。その喧騒を聴きながら対局室で正座をして待つ。名人より遅かったら流石にマズイ。記録係の人や観戦記者、それにニコ生のスタッフさんがもういた。カメラも回っている。
今日の対局が注目されてる理由は簡単。僕が勝とうが名人が勝とうが大記録が待っているからだ。
僕が勝ったら史上最年少のタイトル挑戦者に加えて七段昇段。名人が勝ったら永世竜王への最後の一期である七戦に挑むことになる。
記者のみなさんにとっても、連盟にとっても。美味しい対戦カードになったわけだ。
僕と名人の対局は記念対局も合わせて一勝一敗。もしかしたらがある一戦。僕が勝ったら最年少同士のタイトル戦になるだろうし。
しばらく待って、名人もやって来た。名人がもちろん上座。時間がかかったのは記者に足止めを喰らったからだろう。
「やあ、碓氷君。学校はどうだい?」
「宿題や予習が大変です。どうしても対局で休んだ日は次の授業が虫食いになってしまって」
「あと九ヶ月か。高校には行くのかい?」
「行かないつもりです。弟子にももっと時間をかけたいですし、僕自身も研究をいっぱいしたいです。高校に行きたくなったら後から行くか、高卒認定を取ればいいかなと」
「そうか。君はその道を行くんだね」
そんな雑談をしながら駒を並べる。他の棋士の方々にも相談したけど、高校でしか得られないものも多いけど今のように将棋に全部リソースを送れるのはだいぶ違うと言われた。
弱くなりたくない僕は、もっと研究に時間をかけたい。だから高校進学はやめておく。
「では時間になりました。名人の先手でお願いいたします」
「「よろしくお願いします」」
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「ニコ生をご覧の皆様、初めまして。本日第30期竜王戦挑戦者決定戦三番勝負第一局のニコ生中継、聞き手を務めます夜叉神天衣女流一級です。よろしくお願いします」
将棋会館の四階で、天衣は初めてとなる聞き手を務めていた。小学生だということと研修会もあるためにこれまで仕事として回されてこなかったが、解説の棋士の推薦を受けて今回は引き受けた。
既にコメントには『幼女かわいい』『お嬢様〜!』『夜叉神ちゃんprpr』など流れていたが、天衣は無視する。最後は意味がわかっていなかった。
「そして本日解説の山刀伐尽八段です。よろしくお願いします」
「はーい、皆さんお久しぶり〜。初めましての方は初めまして〜。山刀伐ですよろしく」
そう、山刀伐が希望をしていた。鹿路庭が女流棋戦で予定が空いていないことと、この二人の対局なら天衣しかいないと思ったからだ。
幸い天衣はその女流棋戦については奨励会に入ると参加資格がなくなり、もう奨励会へ上がることも見え始めたためにエントリーもしていなかった。
「夜叉神ちゃん、初めてのニコ生で緊張してない?大丈夫?」
「大丈夫です。勝手がわからず粗相をしてしまった時は遠慮なく指摘してください」
「わかったよ。もしかしたら僕が暴走しちゃうかもしれないから。この二人の対局だし」
山刀伐が目線を向けると、画面も対局室へ切り替わる。そこではちょうど名人が入室したところだった。
そして座布団に座りながら暁人と雑談を始める。これにはニコ生で弾幕が出来上がった。
『世間話www』『学校について聞くとか、それだけ注目してるんやろな』『挑決前に雑談てwww』『完全に親戚の子への接し方』『解釈一致』『弟子思いの暁人きゅん』『照れてる天衣ちゃん可愛い』
そんなコメントが流れながらも対局が始まった。最初の数手を指してお互いが何を選ぶかと予想する前に盤面に変化が起きた。
「え?もう角交換ですか?」
「名人が早速仕掛けたねえ。碓氷くんはすぐに同銀。名人はどうするつもりかな?」
暁人が角をとってすぐ。ノータイムで名人は4五角打ち。
それが示す戦法は。
「筋違い角っ!?」
「はははは!名人、随分と昔のものを引っ張ってきたねえ!一番最近の棋譜でも十年以上前のものだよ!」
「山刀伐八段は名人との研究仲間として知られていますが、研究をされていたのですか?」
「いや?僕も知らなかった。毎朝杯で碓氷くんに負けたのが堪えたのかねえ?さあ、これに碓氷君はどう応える?やっぱり飛車を振るのかな?」
暁人も目を丸くして、少し考え込んでいる。ペットボトルのお茶を一口、口に含んでから5二金右を。
名人も3四角をすぐに指す。
そしてお返しのように暁人はノータイムで6五角打ち。
「ヒャハハハハハ!ダメだこれ!僕でも解説できないよ!
「あー……。両対局者とも扇子で口元を隠していますが、二人とも山刀伐八段のように笑っていますね……」
「こんなの笑うしかないだろう?竜王戦の挑決でこれとか!夜叉神ちゃんは散々だねえ、初めての聞き手のお仕事がこれなんて」
「碓氷六段には後で小言を言うつもりです」
「そうするといい。始まる前の弟子思いの発言はなんだったんだ……!」
放送事故レベルで山刀伐が腹を抱えて笑っている。両対局者はひとしきり笑った後に続けて指しているが、ニコ生のコメントなんて「w」のコメントで真っ白になっていた。
筋違い角すら不利な戦法として十年以上前に研究が終了したもので、それこそ実戦では全く見なくなったもの。そんな不利になる戦法をお互いするなんてキチガイかと思われても仕方がない。
それを大記録がかかっているこの対局でしたのだ。誰もが呆れて笑ってしまってもおかしくないだろう。
定跡がなくなったために解説をしなくてはならなかったのだが、山刀伐がダウン。そのために天衣が解説の真似事をして山刀伐が頷くという変則的な解説になっていた。
お昼を挟んで少しした頃。また事件が起きた。
「名人が、3四飛車成を指しました!いえ、前に上がっているなとは思っていましたが……」
「もうめちゃくちゃだよ!名人は今日が公式戦だってわかってるのかい?」
「碓氷六段の飛車を無視してでも囲いを食い破ろうとしていますね。でも、相筋違い角でもっと盤面が乱れるかと思いましたが……」
「うん。筋違い角からの振り飛車なんて代物をしてるくせに囲いが残ったまま整ってる。さあ、ここからどうなるかな?」
コロコロと変わる戦法。だというのに守りは両者健在で攻撃も無理筋ではない。わけのわからない試合運びに山刀伐も天衣も解説を投げ出していた。
次の手を予想しても、二人が平然と外してくるのだ。入玉をするわけでもなく、なんだかんだで王も玉も自陣に留まっている。
大駒の切り合い、複数の攻撃から一気に守る一手を見逃さない大局観。それでいて持ち時間を浪費しない素早い思考力。
夕方を過ぎて、お互いが飛車を食い合い。また飛車を投入して殴り合いをして。
夜八時を過ぎた頃。碓氷が金を自陣に打ち込みながら頭を下げた。
「負けました」
「ありがとうございました」
「え、今!?終局!?」
これには記者達も驚いた。決着が着いた瞬間をカメラで収めようとしたのに、終局の雰囲気もせずに終わってしまったのだから。
彼らの敗因は、ニコ生を見ていなかったこと。そこで続いていた名人の理解者と名人と戦っている者の弟子の解説を確認していなかったこと。
「以上、118手で先手名人の勝利です。山刀伐八段。最後は二十三手詰でしたね」
「まあ、碓氷くんもそれを名人が見逃さないとわかっていて投了したんだろうね。じゃあその二十三手を解説していこうか。感想戦の前に写真撮影があるみたいだし」
というわけで天衣は身長が足りないために台に乗りながら山刀伐と大盤解説をしていく。既に投了前に二十三手詰を二人が宣言していたのでネットではその解説を聞いているところだ。
そしてきっちり二十三手で詰んでいて、二人もコメントで称賛の嵐を受けていた。
その解説が終わる頃、また二人が感想戦を無言で始める。二度目のこれは山刀伐も苦笑しているだけ。毎朝杯はこの感想戦は中継されなかった。中継は対局までだったからだ。またコメントが爆速で増えていくために拾うこともできない。
第二局は暁人が早石田の急戦を仕掛けて勝ったが、第三局は相振り飛車のガチンコバトルになって名人が勝利。
「振り飛車党より振り飛車で強い居飛車の親玉」という名誉と共に名人は竜王戦への挑戦者となっていた。
「参りました。僕にはまだ竜王挑戦は早いみたいです。名人のタイトル通算100期と永世竜王期待しています」
「おや、同期の竜王の応援はしなくていいのかい?」
「竜王戦で僕が負けた相手は名人ですから。それに僕が応援したくらいで結果は変わりませんよ。その時に強い人が竜王になるんですから。応援も大事ですけど、これはある意味竜王への信頼の証ですよ?」
棋力については認めているからこその発言。それでも今暁人が応援しているのは自分を負かせた相手であり、研究仲間でもある名人だった。
相性の悪かった山刀伐にも竜王は勝っていたので、とんでもない試合にはならないだろうと暁人は楽観視していたということもある。
竜王戦第一局で名人の深い吐息を聞くまでは。