僕のおしごと   作:駒木

18 / 33
18 マイナビ本戦

「ハッ。化け物の子は化け物か」

「……お父様のこと、知っていらっしゃる?」

「ああ、悪ィ。父親じゃなくて師匠のことだ。碓氷のことはわかってるつもりだった。……お前は銀子やあのイカ娘と同じ、特殊変異タイプだな」

「そこまで変かしら?わたしは師匠とお父様に幼少期から鍛えられただけで、特別な何かに目覚めたつもりはないわ」

「それで去年あんな棋譜が残せるかよ。……もうすぐ奨励会に上がれるらしいが、あそこは女流みたいに甘くはねーぞ」

「わたし、女流を甘いなんて思ったことはないのだけれど?様々な柵の中で戦っている猛者。師匠や師匠の知り合いがそう女流の世界を称していたわ。そしてわたしは白雪姫のように黒を知らなかったわけじゃない。……でも、先達の言葉はありがたく受け取っておくわ。ありがとう」

「……生意気だな。だが、それくらいで良いのかもな。銀子を吹っ飛ばしたらお前のこと認めてやるよ」

「わたしは認めなくて構わないから、師匠とお父様のことを認めて欲しいわね」

「碓氷のことはとっくに認めてるっての。お前の親父さんも、月光のおっさんや名人相手に勝ってるんだ。それだけで十分認めてるよ」

「なら良かった」

 

 

 マイナビ本戦一回戦。ここから一斉予選までとは違って一日に一つの対局しかしなくなる。一回戦も日にちを分けて行われる。

 今日は天衣ちゃんの日で、僕も玉将戦があったから一緒に東京に来ていた。僕が東京の将棋会館から出ていくと近くに天衣ちゃんと晶さんが待っていた。ホテルで待っていていいのに。

 

「勝ったわ」

「おめでとう」

「お兄ちゃんもおめでとう」

「ありがとう。次は鹿路庭さんとか。明日名人宅で顔合わせるけど大丈夫?」

「別にいいんじゃない?」

 

 とのことだったのでホテルで泊まって、翌朝名人の家へ。その前に月夜見坂さんとの棋譜を確認したけど、やっぱり横歩取りで研究成果を発揮して勝っていた。初めての対戦だったことと、月夜見坂さんの自信も込みで横歩取りだったんだろうな。

 名人の家に着いたら早速VSをやらされた。名人が先手で僕が一手損角換わりという注文で。僕あまり一手損角換わり得意じゃないのに。

 終わった後、まあ当然のように聞いてみた。

 

「竜王戦第二局に向けてですか?」

「そうだね。竜王はおそらく一手損角換わりを使ってくるはずだ。二連敗を避けるなら得意戦法で来るはず」

「往復ビンタになりません?」

「そこまで彼はメンタルが弱いのかい?」

「さあ……?でも山刀伐さんには三連敗しましたし、竜王って一回負けると次に勝つまで期間がありますよ?それで連勝してまた負けての繰り返しです」

 

 スランプが長いのか、調子の波が激しいのか。負ける時は負けまくって勝つ時は無敗。よくわからない。

 

「彼はエンターテイナーだね。タイトル戦は盛り上がりそうだ」

「まあ、その法則でいけば三連敗の後に四連勝もあるかもだけど〜……。それまでの二局で舌打ちしませんか?名人」

「するかもしれないな。あの虚勢の歩で思わず出そうになったが、ハワイの人達に悪い印象を抱かせるのはまずいと思って耐えたよ」

「隠せてませんよ……」

 

 山刀伐さんの呆れに僕も頷く。舌打ちよりは断然良いけど、あのタイミングじゃ落胆の意味だってわかるし。ネットでも話題になってた。

 目をかっ開いていたら、気付く人は気付く。

 

「強い人と七戦もできたら発見が多いかもしれない。これだからタイトル戦は面白い」

「七戦保つメンタル持ってる人どれだけいるんですか……。月光会長と生石玉将くらいじゃ?」

 

 他にも有名なA級棋士もいるだろうけど、とは山刀伐さん。僕は同じ人と何回も戦ったことがないからわからない。この前の名人くらいだ。それも三回だけ。

 タイトルを獲ったけど一般棋戦だったり、一勝で獲れるタイトルばかりだったからその辺りは僕に実感がない。

 

「ああ、楽しい将棋にしたい。今度はあちらのホームだから楽しめるだろう」

「第二局大阪ですからね。ハワイは色々と想定外だったんでしょう」

「それにしては九頭竜竜王、一手損角換わりをされた時の驚きが凄かったと思うんですけど……。東京の棋士室でもおやって言われてましたよ?」

「東京はそんな感じだったんだ。現地では名人のことしか見てないし、質問も名人のことばかりで八一くんのことはあまり見れてなかったなあ。碓氷くん、大阪はどうだったの?」

「僕達自宅で見てたので大阪の様子わからないんですよ。清滝一門は現地に行ってたので大阪でわざわざ会館に出向いてまで検討する人達がいなかったというか」

 

 朝四時前に開けるとなると職員さんも大変だろうし。東京は開けたらしいけど。

 棋士室に集まったなんて話は聞かなかったな。生石さんも後から見ただけで生で調べるつもりなかったって言ってたし。

 

「ん?僕達?……碓氷君、天衣ちゃんと一緒に自宅で見てたの?朝四時から?」

「え?はい。そうですよ?」

 

 鹿路庭さんが確認してくるけど、何かおかしかっただろうか。名人も山刀伐さんも気にしていないけど、鹿路庭さんだけ慌てている。

 はて?

 

「やっぱり東京でも変だと思われたのね。名人の傾向を掴んでいたらあり得る戦法だったと思うのだけど」

「僕達も変だなーって思ってたんですよ。一手損も奇襲ではあるけど、筋違い角ほどおかしな奇襲でもなかったので」

「筋違い角がおかしすぎるだけだから。んー……。僕が名人の研究相手だと知ってるから、僕と名人が終わらせた研究をぶつけると思ってたとか?それとも盤面真理を求めて新しい可能性を見付けるために……ゴキ中?」

「え?自分が勝った戦法を名人が使うと思ってたってことですか?限定合駒三つ読まなきゃ覆せない手段ですよ?」

 

 山刀伐さんと竜王の対局は竜王がゴキ中、山刀伐さんがそれを絶滅させる超急戦を仕掛けた。絶滅させるように終盤は圧倒的に山刀伐さんが追い込んでいたけど、何兆通りあるかわからない手数の中から三連続限定合駒というそれをしなければ負けるたった一つの望みを見付けて勝った。

 逆に言えば、その限定合駒でしか《どうしても勝てない》。驚異的な読みができなければそこに辿り着く前に潰せる研究結果だった。

 それは対処法と呼ばれるワクチンにはなり得ないし、誰もが指せる、普及する手段じゃない。そこまで行ったら最後はただの読み合いだ。

 それも盤面真理だろうけど、そんなどれだけ対局をこなして一生どころか千年続けて一回現れるかどうかの盤面に名人が誘導するだろうか。

 

「よく私の一手を奇跡と呼ぶけど。あの限定合駒こそそこに至った過程こそが奇跡で、あれを再現する、同じ轍を踏むのは盤面真理でもなんでもない。もう結果は出た。それに私達の研究成果を知らないのに私がゴキ中を使ったとしても超急戦を使いこなせるはずがない。私がゴキ中にするという推測はそれこそ突拍子もない予測ではないかな?」

「ゴキ中の対処策を見付けたと思っていて、八一くんが否定したわけですから。『盤面真理を求めている』という情報だけならゴキ中へ誘導しようと思ってもおかしくはないかと」

「……一手損以外も検討しておくか。だが、後手番ゴキ中こそそんな奇跡を起こしたからまたそれを使おうとしてくる?ホームでメンタルが強ければそれもあるか……」

「僕が指します?それとも山刀伐さん?」

「いや、夜叉神君に頼もう。その次は鹿路庭君に。女性の視点というのも侮れない。空君もそろそろ私達の世界に来るだろう。それに、彼女は彼の姉弟子なのだろう?そういう手を仕込んでくるかもしれない」

「わかりました」

 

 天衣ちゃんが名人と指し、山刀伐さんが棋譜を取ることになった。僕が鹿路庭さんと指すけど、この後天衣ちゃんと指すのにその師匠と指して良いんだろうか。

 まあ、こういう諸々を了承して鹿路庭さんも来てるんだろうけど。

 それからみんなで楽しく将棋を指した。天衣ちゃんと鹿路庭さんは精魂抜けてたけど、いつものことだよね。

 

 

「今日はよろしくお願いします。鹿路庭女流二段」

「こちらこそ。夜叉神女流初段」

 

 マイナビ本戦二回戦。これに勝てばベスト4、つまり今日も合わせてあと三回勝てば女王に挑戦できる。

 女王はお父様とお母様と約束をしたタイトル。それまでは通過点に過ぎないけど、慢心したら負ける。

 鹿路庭珠代。タイトルこそ持っていなくとも、同じ名人研に参加する女流。最近読みが深くなって強くなったと噂されているけどそれは事実。

 貪欲な勝利への意気込みは、本物だからこそ、わたしは最初から扇子を取り出す。

 

「……扇子、出してくれるのね」

「ええ。あなたは全力で潰す」

 

 始まったのは相振り飛車による力戦。本戦から持ち時間は三時間になったのに、そんなの関係ないと言わんばかりの駒のぶつけ合い。

 考える時は考えて、果敢に攻める時は攻めて。

 相手の駒を奪い、奪い返し。入玉を果たそうとする相手の王を咎めて。

 最後は頭金を打ち付けた。

 

「負けました。……やっぱりあなたは強いよ。でも、私はまだ諦めない。空銀子すら墨がついた。もう女流は一強状態でも膠着状態でもない」

「まあ、その墨をつけたのはあの女流帝位だから何とも言えないのだけど。……わたし達が参加しないタイトルくらい獲ってくれば?」

「そうね。だからってマイナビと女流玉座から逃げないわ。絶対に勝てない相手なんていないもの」

「そうよ。最強と言われる名人を、わたしの師匠は二回倒しているもの。将棋に絶対は存在しないわ」

 

 その後は朗らかに感想戦をして、握手をして終わり。

 だと思ったらまた史上最年少記録だかなんだかで記者に囲まれた。マイナビ本戦出場の最年少記録はわかるけど、一回一回写真に納めないといけないのかしら。

 そう思いながらも、笑顔を浮かべて応対する。すっかり慣れたわね、作り笑顔。

 そしてその日。竜王は名人に二連敗を喫した。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。