僕のおしごと   作:駒木

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23 玉将戦挑戦者決定リーグ戦とクリスマス

 十二月は色々と忙しかった。僕と天衣ちゃんの誕生日があったのでお互いに祝いあったり、様々なタイトルの予選や本戦の最終戦が重なって強い人との対局が多かった。十二月が一番負けたかもしれない。というか、決勝でだいたい負けた。勝てば名人とタイトル戦ができたのに。残念。

 そんな負けが込んでいると、天衣ちゃんが何故か青い顔をしていた。ブツブツと何かを呟いている。

 

「……将棋界のデマだと思ってたのに……。初めてを経験したら強くなるか、弱くなるなんて迷信じゃなかったの……?まさかお兄ちゃんが弱くなっちゃう方だったなんて誤算だわ……!どうすれば、打ち明けるべき……っ!?」

「天衣ちゃん?どうかした?」

「なっ!?何よ!」

「いや、さっきから独り言多いから。何か悩み事?」

「なんでもないわよ!なんでも!お兄ちゃんには関係ないことだわっ!?」

「そう?ならいいけど。最近天衣ちゃんは調子が良いみたいだし、僕としては嬉しいよ」

 

 久留野七段によればあと一回勝てば奨励会に上がれるらしい。特に今月の戦績が良いんだとか。次の例会で勝てば奨励会に編入する資格を得て、試験を受ければ奨励会だ。四戦して全敗さえしなければ良いのは気持ち的に楽だろう。

 晶さんの運転する車の中でスケジュール帳を出しながら予定を確認する。うん、もう確定させて大丈夫だな。

 

「天衣ちゃん。僕の最後の対局は24日に決まったから、その後ならいつでも良いよ」

「え?24、日……?」

「そうそう。年末はイタリアに連れていってくれるんでしょう?」

 

 夜叉神家総出で年末にイタリア旅行になるらしい。それに僕も同席することになった。というか年末や年度終わりに夜叉神家はよく海外旅行に行く。僕も対局さえなければ一緒に連れていってもらうこともあった。海外旅行をしたこともあって洋画とか気になって見ちゃうんだよね。

 今年はイタリアらしい。晶さんも含めて本家に残す人以外はかなりの大人数で旅行に行く。帰りは何故か僕と天衣ちゃんと弘天さんだけで飛行機に乗って帰ってくる。他の人たちは買いすぎたお土産を空輸できないから船で帰ってくるのだとか。外車に乗ってる人もいるから、車とか買ってるのだろう。

 そんな夜叉神家での大きな行事なのでせっかく連れていってもらえるのだし予定が決まったのなら伝えておかないとと思っただけだ。

 

「晶さん。弘天さんにお伝えしていただけますか?」

「わかりました先生。対局が終わってすぐは無理でしょうから26か27に出発と伝えておきます」

「すみません。僕に予定を合わせてもらって」

「構わないさ。先生にはとてもお世話になっている。しかし24まで対局があるのか?それはそれで大変だな」

「僕はマシですよ。人によっては29くらいまで対局がある人もいますから。僕なんて最近受験生のクラスメイトを刺激しないためにあえて平日に対局を入れられるので、年末はそこまで忙しくなくなっただけです。学校側から平日に対局を増やしてくれなんて言われるとか、酷くありません?」

 

 受験しないくせに学校の成績がいつも三位以内だとやっかみの視線があるからだとかなんとかで、受験生を刺激しないでほしいらしい。先生達も大変だなと思った。僕としては休みが多くなる分学校の成績はちゃんとしておこうと思って頑張ったことなのにそれが他の人の邪魔になっちゃうなんて。

 受験かあ。僕にはもう預かり知らないことだ。

 

「学校の先生が碓氷暁人を抱え込めないんでしょう?優秀すぎることは凡人には対処に困るのよ」

「優秀、かなあ?文句がないようにしてるだけなんだけど。係りの仕事とか結構免除してもらってる分、勉強と生活態度だけは気にかけてるだけだよ?」

「学校でも優等生で、将棋をさせれば天才。だとしたら学校にできることは将棋の天才を腐らないように快く将棋へ送り出すくらいでしょ。それを世間も求めているから、学校はお兄ちゃんを放り出すしかないのよ」

「そんなものかな」

 

 学校側の意図まではよくわからないけど。将棋に集中できるというのは嬉しいことだ。

 僕の学校生活はあと三ヶ月で、なんの感慨も覚えないまま終わるだろう。それで良い。僕には将棋があれば良いんだから。

 イタリア旅行の日程も決まって、僕はまた一つ決勝の対局があったんだけど。

 その相手は山刀伐さんだった。玉将戦は挑戦者決定リーグという方式が採用されていて、二次予選通過者三人とシード選手四人の計七人による総当たりの結果成績最上位者が挑戦者になる。僕は二次予選通過者の方。

 もう五戦終えて、僕と山刀伐さんが今のところ成績トップタイ。この一戦の勝者が挑戦者になる。どちらが勝っても初のタイトル挑戦だから報道陣が多い。

 山刀伐さんは努力の人の初挑戦。僕は最年少挑戦者として。竜王戦の時のように注目されている。

 

「やあ、碓氷くん。今日はよろしくね」

「はい。よろしくお願いします」

 

 東京に来て、初めて山刀伐さんと対局をする。しかもタイトルを賭けた一戦だ。A級棋士であり、名人の研究相手で僕とも研究をやっているために手の内がバレている相手。

 そんな彼と、持ち時間四時間の大決戦をしなければならない。

 この先で待っているタイトルホルダーは生石さん。兄弟子への挑戦は是が非でもしたい。お世話になった生石さんだからこそ、七番勝負をしてみたかった。

 山刀伐さんは生石さんと同年代。僕は兄弟弟子。タイトル戦も注目される要素がてんこ盛りだ。

 

 振り駒の結果、先手は山刀伐さん。今まで将棋は先手有利のゲームだと言われてきたけど、近年その評価は覆りつつある。様々な戦法の開発によって後手の勝率が五割に近くなってきた。だから先手が若干有利程度に評価は落ち着いてきている。

 これも将棋ソフトの高性能化のおかげと言われている。棋士でもソフトの研究に精を出す人が増えてきた。

 僕はソフトを毛嫌いして一切触れていないんだけど。ソフトにはソフトの利便性があるのはわかるんだけどね。

 

 山刀伐さんは角交換したあと、飛車を振らせたくないのか5三角打ち。それからも徹底して飛車を振らせないように誘導してくる。手損をしてでも飛車を振らせたくないような束縛系の将棋だ。

 居飛車のままでも戦えなくはないけど。それはそれで山刀伐さんの研究のドツボに嵌まっている感じがする。どうしたものか。慣れ親しんだ振り飛車にするか、お互い居飛車で戦うか。

 ここまで束縛されるのは初めての展開だったので、このまま居飛車にしてみよう。山刀伐さんと居飛車のまま戦うというのも面白いかもしれない。名人との研究会でも公式戦でもあまり居飛車は見せていない。検討こそすれども、僕自身が指すことは少なかった。

 そういう情報というアドバンテージも考えて、このまま居飛車でいくことにする。

 銀を進めると、山刀伐さんが一つ笑みをこちらに向けた。

 

「僕の招待状を受けてくれてありがとう。楽しいパーティーにしようね」

「新境地はその時点で楽しいですよ?」

「ふふ、それはそうだ。君は八一くんと違う境地に連れていってくれるかなぁ……?」

「あの!昼食注文を!」

 

 これからという時に連盟の職員さんがやってきた。もうそんな時間か。何食べようかな。持ってきてもらったメニュー表に目を通す。出前のお店が多いからメニュー表が多い。

 

「僕はカフェマルタのクラブサンドの極で。碓氷くんはどうする?」

「そうですね……。弥勒屋の釜玉うどんを」

「わかりました」

 

 お互い軽食のようなものを頼んでしまった。食事は大事だけど、満腹にしてしまったら頭の回転が鈍くなりそうだからこれくらいで良い。だから線が細いって天衣ちゃんに心配されるのかなあ。それを言ったら天衣ちゃんも細いんだけど。

 それから数手指してお昼に。今日は対局が少なかったのか、控え室にいる棋士は少なかった。一番の上座は山刀伐さんだった。僕はそこそこ離れている。

 釜玉うどんは様々な具材が入っていて、卵が熱々のうどんに絡まっていてとてもボリューミーだった。かまぼこにワカメにしいたけ、さらには海老天とさつまいもの天ぷらまで。僕の想像しているうどんよりも1.5倍くらい量があった。美味しかったからなんでも良いけど。でも写真は欲しかったなあ。こんなに多かったら別のものを頼んだかもしれない。

 

 下が騒がしかったしご飯が報道されたのかな。一般の人じゃ戦い方なんてわからないだろうし、ご飯くらいしか注目しないんだろうけど。

 ご飯も食べ終わって対局再開。

 お互いが居飛車だからか、自陣が堅い。飛車で攻め込みたいけど、下手に攻めたら一気に防衛網が崩れる。

 ということで馬を走らせよう。

 

「ンフ!やっぱり君は素晴らしい!大局観から読み筋から、どれもが高水準で備わっている!しかもそれが際ということもなくこれからも伸び続けている。しかもこうやって居飛車も指せるオールラウンダー。なんて、羨ましい。だからこそ、僕はまだ負けられない」

 

 山刀伐さんが指した一手は馬の行動を阻害するような銀打ち。でも阻害するだけ。攻勢に出ればまだまだ行ける局面だ。

 だから持ち駒を総動員して攻める。まだ守りを気にしなくて良い。決定的な一撃も貰っていない。だから攻めていける。

 だけど、山刀伐さんの一撃には思わず唸ってしまった。

 

「馬を切った……!?」

「そう。君の真似。大駒を切る勇気が、僕には足りなかった。それを君が教えてくれたんだょ?君はいざとなったら自分の武器である飛車さえも切る。それは生石くんも一緒だ。君達がやることを僕もやらなければ、君の境地に至れない」

 

 馬を切ったのと同時に、相手の飛車が突っ込んできた。防御を捨てて一気呵成に畳み掛けてくる。確かにこれは僕の将棋に似ている。まさかそんな形でやり返されるなんて思わなかった。

 飛車の突撃に飛車をぶつけることで致命傷は避ける。けど僕の飛車も奪われて僕の陣形が崩れた。こっちに大駒が転がってきたけど、活かす場所がない。

 活かす場所がない?そんなはずはない。僕が考えつかないだけだ。

 こんな時こそ思い出せ。天祐さんの将棋を。あの人の受け潰す将棋を。

 だから、活路は──ここだ。

 バチィ!と勢いよく駒を叩きつける。僕はこの程度で揺らがないという意思表示。

 と金の突撃に対して合わせたのは貰ったばかりの角。これしかなかった。

 

「……ッ!君は本当に、容赦がない……!」

「まだ、終わりじゃありません」

 

 山刀伐さんが攻めて。僕が受け潰して。僕は駒損も気にせず受け潰して受け潰して受け潰して。

 猛攻を防ぎ切った時には、僕の攻め手がなかった。

 形勢は僕の有利なのに。桂馬と銀くらいでしか攻められない。香車も防衛に使っていて、大駒は渡してしまった。今から攻める準備をしていてはまた猛攻が来て守りきれない。

 穴熊の様相はまだ残っているけど、山刀伐さんの薄い守りを攻めきれない。

 山刀伐さんはブツブツ呟きながら盤面にしがみ付いている。けど、僕にはこれ以上できることはなかった。

 詰みはない。けど、ここから僕が勝つにはありえないほどの時間をかけて山刀伐さんの猛攻を防いで駒を得るしかないけど。

 一分将棋に突入している今からでは、圧倒的に時間が足りない。

 だからそこから数手の山刀伐さんの攻撃を受けて、僕は頭を下げた。

 

「負けました」

「あ……。ありがとうございました」

 

 負けてしまったことで報道陣が雪崩れ込んでくる。今回の敗因は山刀伐さんをよく知っていると慢心したことだ。この人はオールラウンダーだし、散々辛酸を嘗めている大先輩。こんなヒヨッコとは明らかに経験値が違う。

 だから、僕のようなヒヨッコの戦法なんて使ってこないだろうとタカを括って用意できなかった僕のミスだ。持ち時間の計算もできていなかったと言える。

 敗因だらけじゃないか。

 初めてのタイトル挑戦が決まって山刀伐さんはハンカチで目元を抑えている。こんな状況じゃ話も聞けないだろうということで負けた僕へ質問が飛んだ。

 

「碓氷六段。玉将戦挑戦者決定リーグ戦にあと一歩のところで敗れましたが、今どのような心境ですか?」

「また研鑽が足りなかったなと、痛感しました。山刀伐八段の研究の広さと深さに、若輩者として脱帽するばかりです。愚直なまでの研鑽に裏打ちされた一手がとても多く、経験が足りない自分では対処が間に合いませんでした。それが持ち時間にも現れていると思います」

 

 僕は一分将棋に突入しているけど、山刀伐さんはまだ七分残っている。僕と当たるために僕用の研究を散々してくれたんだろう。

 それを嬉しく思うのと同じく、応えられなかったことが悔しい。もっともっと、指せたはずだ。天祐さんならあの決定的な場面からでも切り返せたはず。

 だって同じ戦法をしてきた僕が何度もそうやって負けてきたんだから。

 

「どうすれば勝てていたと思いますか?」

「今日の対局は完敗です。勝つとなったら振り駒からやり直さなければ勝てないでしょう。千日手になったとしても勝てなかったと思います。僕の読みは終盤、全て山刀伐八段の研究の前に潰されましたから」

 

 それからも質問がいくつかあったけど、聞きたいことが終わったのか山刀伐さんへ質問が移る。けど涙ぐんだまま答えられそうにない山刀伐さんを置いて、僕は対局室から一礼して去った。

 速報で山刀伐さんのことがネットニュースに流れている。同年代対決というのもいいものだ。生石さんと山刀伐さんのどっちを応援しようか。

 山刀伐さんに喝を入れて貰ったことで、それからの対局は調子が良かった。順位戦は無敗のまま年を越すことになる。他の対局も負けることはなかった。

 そして今年最後の対局。盤王戦で敗者復活戦から勝ち上がった僕は挑戦者決定トーナメント優勝者である篠窪七段を二連勝で下して、挑戦権を逆転獲得した。

 クリスマスイブに、史上最年少によるタイトル挑戦記録の塗替えという速報を流してしまった。全国のカップルの皆さん、邪魔してごめんなさい。

 

「お兄ちゃん、おめでとう。これで名人と五番勝負できるわね」

「ありがとう……。わざわざ来てもらって悪いんだけど、もうすごく眠くて……。これ、クリスマスプレゼント……」

「あ、ありがとう。──って、お兄ちゃん!?」

 

 家に来ていた天衣ちゃんにクリスマス用のラッピングをされた包みを渡してすぐ、僕は眠くて寝てしまった。ロフトまで上げるのは危険だということで、僕は下のベッドを借りて眠っていたらしい。

 次の日に起きたのは昼過ぎだった。その時にはプレゼントで渡した緑色のセーターを着た天衣ちゃんが出迎えてくれた。

 うん、明るい緑色も似合うね。

 それからクリスマスは夜にパーティーを開いたこと以外はゆっくりして、次の日には飛行機でイタリアへ向かって。三泊四日の海外旅行を楽しんだ。海外では結構な人達が観光名所で腕を組んで歩いていたので、それを真似して僕の腕に掴まってきた天衣ちゃんが可愛かった。弘天さんとも仲良く手を繋いで歩いていたけど。

 

 途中から晶さんを含む数々の御付きの人がいなくなっていて、今年も三人だけで飛行機で戻ってきていた。やっぱり買い物が嵩んで船じゃないと帰れなくなってしまったと晶さんが申し訳なさそうに話していた。

 その後年が明けてから再会した晶さんはいい買い物ができたと喜んでいたからいいものがたくさん買えたんだろう。何を買ったのか聞いたらやっぱり車とか、バーナーとかハンマーとかガットを買ったのだとか。

 イタリアってそんなに工業品がいいのかな?それにガットって、テニスでもするんだろうか。実業家だからテニスにも進出するとか?

 皆さん良い表情だったからあんまり詳しくは聞かなかったけど。

 

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