僕のおしごと 作:駒木
今年もこの季節になった。新年初仕事である指し初め式。僕たちは去年と同じように和装して将棋会館に来ていた。
今年は雛鶴さんの姿もあった。彼女もおめかししている。なんだかニコ生でやらかしたんだかなんだかで世間的にも知られる元竜王の弟子。それ以外にも九頭竜さんが主催するJS研の女の子達は世間的に有名になっているのだとか。
その事件の映像を天衣ちゃんは知っているのだが。
「……馬鹿馬鹿しいから師匠は見なくていいわよ」
わざわざ師匠呼びで止めてきた。気にはなったけど、そこまで言われたら見ないことにした。またいつもの発作を起こしたんだと思うけど。鹿路庭さんも聞き手で同席していたらしい。
鹿路庭さんに連絡を取ってまで聞こうとも思わない。九頭竜さん周りはもうあまり関わり合いたくない。説教をしてしまったことと天衣ちゃんに邪な目線を向けそうでちょっと距離を置きたかった。
「よっ。お二人さん。明けましておめでとう」
「「明けましておめでとうございます。生石玉将」」
今年も真っ先に声をかけてくれたのは生石さんだった。他の兄弟子も多数いるけど、お酒の方が気になるみたいだ。
「しっかしお前さんらは年度ごとに何か一つ話題をぶっ込まないといけない病気にでもかかってるのか?」
「そんなつもりはありませんけど……。六段昇段は運が良かったのもありますし」
「タイトル挑戦史上最年少記録樹立に、女性では史上最年少の奨励会入品と女王挑決出場だろ?また今年もお前さんら師弟を目当てに来ている記者が多いから頑張れよ」
「わかりました。兄弟子、玉将戦負けてしまってすみません」
「また来年待ってるからよ。次こそ来いよ」
凄い自信だ。山刀伐さんに勝つ気満々で、これこそ兄弟子って感じだ。
いつぞや生石さんは山刀伐さんのことをそこまで評価してなかったからなぁ。同年代じゃそこまで才能がない人、だったかな。タイトル挑戦もやっとだし、遅咲きの人なのは間違いない。
でも今A級にいるのは事実だし、タイトル挑戦を勝ち取ったのも事実だ。生石さんも甘く見てると足元掬われそうだけど。
「あ、鏡洲さん!明けましておめでとうございます!」
「鏡洲四段。明けましておめでとうございます」
「おう。明けましておめでとう。碓氷君に夜叉神ちゃん」
次に会ったのは鏡洲さん。鏡洲さんには去年とてもお世話になったから思わず駆け寄ってしまった。
「去年の駒文字のこと、お世話になりました。そのおかげで天衣ちゃんに誕生日で渡すことができました」
「そりゃあ良かった。でも俺は棋譜を提供して駒彫師に渡りをつけただけだぞ?」
「それでもです。僕達も棋譜を持っていますけど、参考にする文字は多い方が良いですから」
天衣ちゃんに天祐さんの駒文字で彫られた将棋駒を贈りたくて、鏡洲さんも天祐さんと関わりがあったために協力してもらった。駒彫師の知り合いもいなかったので紹介もしてもらえた。そのおかげで天祐さんの文字で掘られた将棋駒と将棋盤を一式贈ることができた。女流棋士になった時には間に合わなかったけど、それを天衣ちゃんは笑って許してくれた。
師匠は昇段などでお祝い事があったら弟子に何かをあげるのが将棋界で、それに間に合わなかったんだけど良しとしてくれた。
今では天衣ちゃんは実家でその将棋盤を使っている。僕の家ではなく天衣ちゃんが使ってこそだと思うので僕の家では使わずに、天衣ちゃんが自分の研究のために使っている。
そんな話もしながら、やっぱり緩い感じで指し初め式をやっていく。今年は日本将棋連盟関西本部総裁の名前で呼ばれる蔵王九段が今期の順位戦を最後に引退することが伝えられているので、いつもより空気が重い。
蔵王九段が下の階へお酒を飲みに行ってしまう。指し初め式と言っても全員が指すわけではない。いい歳のおじさん達はお酒を飲むことの方が大事らしい。
僕は素直に将棋を指していた。お酒を飲める歳でもないし、記者さん達が僕に話を聞きに来るからその相手をしなければならない。
なんだか囲碁の先生もいらっしゃったらしいけれど、何故か子供は近寄るなという命令が職員さんによって出されたために顔も見れなかった。
それと今年は空さんが四十年ぶりになる奨励会三段への編入試験を務めるだとか女性としての初三段昇段があるかもだったり、小学生の三段昇段の可能性など色々話題があったようで、記者の数も多かった。僕への質問も多かったけど、盤王戦のタイトル挑戦や七大タイトルではないけど賢王戦も決勝まで残っている。
今年は去年に続いて将棋界には話題が多い。去年の名人の大記録もそうだけど、それに続くような数々の記録が産み出されようとしている。その関係で将棋界は結構潤っているとか。
まあ、僕は今年も自分で頑張りつつ天衣ちゃんの手伝いを続けるだけだ。
盤王戦は二月からだから、他のタイトル戦に参加しつつ準備をして、優先は女王挑決に挑む天衣ちゃんかな。相手は祭神女流帝位との三番勝負。同じ相手と連戦するのは初めてだし、相手は女流で最強疑惑のある女流帝位だからしっかりと準備をさせたい。
その準備でまた東京に何回も行くことになる。もちろん名人研のために。
研究会をしていて鹿路庭さんの一言。
「盤王戦で争うのに、一ヶ月前にこうして研究会していて良いんですか……?」
「竜王戦の時は注目度が高かったから控えたが、次はただのタイトル戦だ。構わないだろう」
「いや、あの。碓氷君にとっては大記録のかかったタイトル初挑戦ですよ……?」
「僕もタイトル初挑戦だし、お揃いだねえ碓氷君」
「そうですね。頑張りましょう」
「……鹿路庭女流
「慣れって怖いね……」
女性陣はそんな感じで呆れていた。なんだかんだ名人研は月二回くらいやっている。一番忙しい名人のスケジュールが空いた日を聞いて日程を決めて強行軍で行うので、名人のやる気次第でいくらでも開催される。生石さんとの研究会は月一回やれば良い方なのに。
あとは僕が対局で東京に来る時に合わせてって感じだ。大阪にいる生石さんよりも頻度が高いのはどういうことだろうか。
でも去年は六段になっていたから大阪での対局も多かった。タイトル戦の予選でも大阪でできたのはありがたかった。一年目なんてどれだけ東京に来ていたことか。
あ、鹿路庭さん女流三段への昇段おめでとうございます。
名人研は新年になって誰かが昇段しても、誰かがタイトルに挑戦しようと。
変わらない光景が広がっているだけだった。
「賢王戦の相手は於鬼頭帝位だったか。彼も強くなったな。三月には彼と三番勝負か」
「ソフトでの研究に嵌っているんでしたっけ?ソフトの発展は凄いのは知っているんですけど、パソコンはあくまで棋譜の纏めと情報収集に使っている程度でソフトにまでは手を伸ばしていないんですよね」
「ソフトは独特だからねえ。それに、ソフトの教えてくれた通りに指していれば勝てるわけでもない。あれはあくまで指標を示してくれるだけだよ。そこから何かを掴み取るのはできるだろうけど、のめり込んで将棋勘が狂っても困る。そういう意味じゃ於鬼頭くんは凄いけど」
「どうもソフトの考える手は人間味も面白味も、生命の息吹も感じなくてダメだ。あれは指している実感が薄すぎて私では何も感じられない」
「僕も同感です。時間がかかっても人と指す方が発見も多いし楽しいですよ」
それぞれがソフトや於鬼頭帝位のことに触れながら研究を進めていく。
そういえば九頭竜さんもソフトの導入を始めたんだってこの前の研究会の時話していたっけ。その成果はどうだったのか聞き忘れた。
けど僕は僕のまま進もう。変わらないことも大事だとされる将棋界だ。山刀伐さんとか見てると勇気を貰えるし、変に変える必要はないと思う。
そもそも、僕はまだ棋士になって数年だ。スランプに陥ったわけじゃないし、ゆっくり進もう。
「ソフトの評価値って当てになります?何でこの手がマイナス評価されなくちゃいけないんだって評価も多くありませんか?」
「そうだな。特にこの前の竜王戦なんて評価がバラバラで一定しなかったと聞く。ソフトの研究が足りないのか、人間の心や戦術を理解できないのか。盤面だけで将棋が成立するわけでもないだろうに」
「でも、僕達棋士をソフトは吹っ飛ばすんですよね。碓氷くんも気を付けなよ?賢王戦で勝ったらソフトとの対局があるから。連盟もそんなの断っちゃえば良いのに」
山刀伐さんが少し暗い顔でそんなことを言う。結構大きな大会だし、連盟側も断れないだろう。スポンサーが減ってきて困っているなんて話も聞いたくらいだ。それに賢王戦を将来的に七大タイトルに加えて八大タイトルにするなんて話もあるくらい賢王戦は重視されている。
ソフトに負けると、世間から叩かれるんだよね。話によるとソフトは人類の対局数を超えたらしいのに。でも竜王戦で正しく評価できなかったからか、ソフトの強さについては世間ではまだまだ下火。棋戦で優勝するならソフトくらい倒せって言う一般の方も多い。
於鬼頭帝位なんて確かソフトに負けてその後体調を崩してしばらく休場していたんじゃなかったっけ。それでもソフトと戦って毎年負けるから山刀伐さんはうんざりしているわけだ。
「スポンサーの意向なんですよね?ソフトでの評価とかも出て来ましたし、実際棋士はソフトに負けているので世間が求めているのでは?」
「僕達棋士からしたら得るものの少ない対局だからね。ソフトの奇想天外な一手は何億もの変化手を考えていて読み切った上での手で、ソフトと戦わない限り現れないような手が多い。いくら人間が機械をトレースしようとしたって、脳の構造的に不可能だろう。それに、竜王戦のように理解できない対局もある。ソフトはまだ完璧じゃないよ」
「まあ、ソフトを使って強くなってくれて、一つでも盤面真理が解明されるなら利用するのを止めようと思わないよ。私は使わないだけで」
強くなる方法なんて人それぞれだから、名人はそう言う。僕達は古い人間だからとにかく対局をして研究をするだけだ。ソフトに対応し始めている相手は新しい人種と将棋界では言っていい。
どうやら関西でも関東でもソフトを使い始める棋士や奨励会員が増え始めたらしいけど。
「今度三段に昇段するかもっていう椚二段もソフト信仰している子の一人だってね?彼は使いこなしているらしいけど、ソフトに傾倒して調子を崩している子も多いよ」
「へえ。そう言えば次の棋士総会で対局中のスマホの持ち込みが禁止になるかもって聞きました。ソフトでのカンニング対策って聞きましたけど」
「関東の奨励会でそういうことがあってな。よくトイレに立ち上がるから気になったらカンニングをしていたと発覚した。その子は奨励会を除名処分になったし、棋士にまでそれを徹底させるかはどうかと議論されているよ。そんなに立ち上がったら不審だから気付くだろう。そんな棋士の風上にも置けない人物はいるのか、というところで議論は止まっている」
「初めて聞きました。カンニングしてまで勝って、その後棋士になってやっていけると考えたんでしょうか……?」
「さあ?」
カンニングなんて学校のテストでも禁止されているのに。禁止行為に誘導する人もそうだけど、自分の実力以外で勝って僕は棋士ですって胸を張って言えるんだろうか。
「何で雑談しながらこんなに将棋をバシバシ指してるの……!」
「だから諦めなさいって、鹿路庭女流三段。あの程度の雑談、師匠や名人達にはそれこそ雑談なのよ」
「あ、名人。この研究会の人手増やしませんか?五人だと中途半端で。記録係にしても、対局をするにしても。もう一人いたら色々と数的に良いと思うんです」
「それは常々思っていたが、誰か心当たりはあるのかい?」
「僕は一人心当たりがあって、後は兄弟子の生石玉将から推薦された人が二人いるんです」
「ふむ?誰だい?」
「僕からは鏡洲四段。玉将からは空銀子女王と清滝桂香女流三級です」
鏡洲さんと空さんのことは名人と山刀伐さんは知っていた。女性を増やすことも天衣ちゃんと鹿路庭さんを推薦したのは僕と山刀伐さんなので問題ないだろう。
名前を聞いた女性陣がちょっと顔を顰めたけど。
「何で生石くんがその二人を?清滝門下の二人じゃないか」
「空女王とは研究会をしているからです。それと清滝女流三級についてはその研究量を空女王が褒めていて、研究ノートは群を抜いていると話していましたよ」
「あの人、研究という意味では凄いと思うわ。それはわたしも認める」
「清滝さんは聞き手としても知識量から人気がありますよ。先生方の話にもついてこられると評判です。女王は、言わずもがなだと思いますが」
「なるほど。じゃあ誘ってみるか。負けました」
「ありがとうございました」
名人と礼をし合う。いや良かった。正直振り飛車派の棋士が僕だけっていうのは限界を感じていたんだよね。鏡洲さんは振り飛車派だから加わってくれるとありがたい。
鏡洲さんはすぐに了承。空さんには僕からメールで清滝さんと一緒にお誘いしたんだけど、こちらはあまり良い返事がもらえなかった。
空さんの体調がそこまで良くないことは昔から知っていたので、体調が良い時だけの参加となった。東京に出てくるのも大変だろうし。清滝さんに至っては即座に了承の返事が空さん経由でやって来た。
名人研のLINEに三人の参加が承認されたのはそのすぐ後のこと。空さんも一応メンバーには加わっているが出席するかどうかは対局や学校のことを鑑みてとのことだ。彼女は進学するようなのでその辺りも関係しているのかもしれない。