僕のおしごと   作:駒木

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25 恋愛観

 僕の名人との盤王戦は二月にある。その準備をしつつも他の棋戦が順位戦くらいだったために天衣ちゃんの修行に全部振ることができた。他の棋戦はシード枠を取れたために予選免除で棋戦の数は減っている。全棋士参加の棋戦じゃない限りほとんどシードが取れた。

 だから奨励会に向けた練習をたくさんする。9勝3敗という成績を残せば昇段するという状態でそれを超える10勝2敗で抜けた。6連勝ができなかったから次を目指そうと思ったらそこから一回しか負けないんだから凄い話だ。

 これで天衣ちゃんは段位保有者。それも女流でもなく奨励会員だ。これで公的には夜叉神初段になった。問題はこのせいで女流棋戦の出場に制限がかかることだ。出られるのがマイナビ女子オープンと女流玉座戦だけ。このタイトル保持者が空さんと祭神さんだからあの二人と戦えるのならその二つだけでいいとさえ天衣ちゃんは考えている。

 

 棋戦が増えすぎたら小学校も休まないといけなくなるから結果として棋戦が減ったのはいいことかもしれない。経験も大事だけど、今の女流棋士だと挙げた二人と焙烙さん以外に負けないからなあ。そうなると奨励会向けの調整をするのが一番だ。

 空さんは三段だし、奨励会向けの強さに設定して問題ないだろう。

 ここからは時間がかかると思う。天衣ちゃんはほとんどつまづかずに昇級を重ねてきたけど、ここからは昇段の条件も厳しくなるし段位所有者は本当に実力で上がってきている。運だけで上がってこられるほど甘くない。

 

 月に二回、一日二局しか行えずに最速昇段が8連勝。僕でもできなかったことだ。

 ここからは本当に時間がかかる。そして二回昇段したら魔の三段リーグと呼ばれる場所だ。

 まだ十歳になったばかりの天衣ちゃんはこれからかなり苦戦すると思う。

 

「そんなこと言われても。師匠は十三歳までに三段リーグまで上がって、そこからは一期抜けでしょ?魔の三段リーグって言われてもピンと来ないわ」

「あそこに十年しがみつく人もいる。鏡洲さんなんてその良い例だ。それだけあそこは特殊な場所だし、苦しい場所だよ。あそこは本当に僕達プロと遜色ない命のやり取りをしている。アレばっかりは実際に体験してみないとわからないよ」

「ふーん」

 

 将棋盤を挟みながらそんなことを話す。僕が三段リーグを一期で抜けちゃったせいで天衣ちゃんの三段リーグに対する意識がちょっと低いかもしれない。

 でもあそこは九頭龍さんが二期かけた場所で、空さんも三段に上がるのに時間をかけていることを伝えると確かにと頷いてくれた。

 僕が色々と特殊なせいで弟子の天衣ちゃんには苦労をかけるなあ。

 

「じゃあ師匠はどうして一期抜けなんてできたのよ?運とか実力って回答以外で」

「そうなると精神論でしかないんだよね。三段リーグにいる人はみんなプロになりたい、そこがゴールじゃなくてタイトルを獲りたいだったり名譜を残したいだったり様々な理由があるだろうけど。僕はただ君を一秒でも長くひとりぼっちにしたくなかった。だからガムシャラにやっただけだよ」

 

 そんな本音を言うと、天衣ちゃんは将棋盤を覗き込んでいた顔を上げてこちらに視線を向けてきた。そのまましばらく固まっていて将棋盤に目線を戻すわけでもなく、駒台の駒を握るわけでもなく。

 僕もちょっと恥ずかしいことを言ったなと飲み物を飲んで誤魔化していると、駒が全く動かなかった。そんなに悪い盤面だろうかと将棋盤を覗くけど、そこまで酷い状況じゃない。

 しばらく待ってみると、天衣ちゃんも飲み物を飲んでからひとつため息をつく。

 

「……頭の中の将棋盤が全部吹っ飛んだわ。ちょっと待って。…………ああ、そういうこと。ここね」

 

 問題なく最善手を選ぶ。脳内の将棋盤が吹っ飛んでいても現実の将棋盤を見ればどこに指すべきかわかったんだろう。僕は次の手を指しつつ、天衣ちゃんの次の手を待つ。

 VSをやってるけど、時間は特に決めずにやっていたから残り時間とか気にせず指している。天衣ちゃんは考えながらまた言葉を重ねる。

 

「……さっきの言葉。あんな殺し文句を言われて驚かないと思ってるの?」

「え?……そっかあ、君のためって殺し文句かぁ」

「お祖父様や晶とか、他にも人はいるけど。お父様とお母様を亡くしたわたしがあの会見を見て、そんなことを言われて。……心臓止まるわよ」

「さすがに僕より先に天衣ちゃんが亡くなるのは嫌だな。気を付けるよ」

 

 そう言うと持っていた駒をそのまま駒台に置き直して横になってしまった。え、体調が悪かったんだろうか。

 

「先生はお嬢様に不戦勝で勝つつもりか……?」

「え?」

 

 晶さんにそう言われて、天衣ちゃんは起き上がって部屋を出て行く。お手洗いだろうか。自分の手番の時は離席しても問題ないけど、持ち時間も減る。今日はそんなに細かく決めていないから大丈夫だけど、このまま戻ってこなかったらどうしよう。

 天衣ちゃんがいない中で二人っきりになった晶さんが、将棋をしている中で質問をしても良いだろうかと聞いてきたので大丈夫ですと答えるとそのまま質問をされた。

 

「先生は今付き合っている人はいるのか?」

「えっと、恋愛的な意味で彼女という意味ですよね?いませんよ」

「その歳でプロになっていて、大阪の学校ということはさぞモテるだろう。学校の成績も悪くないと聞いている」

「成績とかはそうですけど……。僕ってモテませんよ?告白とかされたことないですし」

「そうなのか?」

「行事とか行っていないですし、クラスにもほとんどいませんから。ただのクラスメイトよりも遠い存在なんですよ。なぜかクラスにいる、テレビとかで紹介される人。クラス係も負担させられている、日直も一切やらない奴。それが僕です。将棋会館に学校が近いからって女子全員が将棋に詳しいわけでもないですから。棋士だからモテる、なんてことはありませんよ」

 

 僕はクラスメイトにめちゃくちゃ迷惑をかけていると思う。たとえ登校しても日直なんてやったことはないし、係の仕事も手伝ったことがない。一応棋士ということで免除されているけど、それで良い評価を受けることはないだろう。

 たまに男子が昨日の対局凄かったとか、一般棋戦獲るとか凄いじゃんと褒めてくれるけど、全員男子だ。女子に褒められたことはないなあ。

 そういうところは空さんと大違いだ。空さんなんて群がられて迷惑だって言ってたし。いや、空さんはあの容姿だからたとえ将棋で有名じゃなくてもモテモテだっただろう。僕にはそういうイベントが起きないところ、いっその事たまに学校に来る不登校少年だとでも思われてるのかもしれない。

 九頭龍さんも中学の頃はモテなかったって言ってたなあ。同じ中学生棋士でそうなんだから、多分この立場はステータスになっていない。

 まあ、九頭龍の場合は空さんがいたことがすっごく大きいと思うけど。

 

「学校ではそうなのか……。では将棋関係では?周りに女性がいないということはないだろう?」

「女流の方とは解説くらいしか会いませんし、事務員の方とかは僕と年齢が近くありませんし……。まあ、そういう人はいませんね」

「そちらの方でも告白されたことはないのか?なんたって史上最年少棋士だぞ?」

「子供ですからね。中学生に手を出すような大人もいませんよ」

「じゃあ先生は付き合ってる女性はいないのか」

「いないどころか、そもそも付き合ったことがないですよ?僕って将棋バカなので周りの人にあまり興味を持たれなくて。将棋中心の生活をしていればそうもなりますって」

 

 恋愛はなあ。よくわからない。天衣ちゃんや晶さんと関わることが多いから女性にどんなことをしたらまずいんだろうってことを勉強するために小説を読んだり映画を見たりしてるけど、これが役に立ってるんだかわからない。さっきも天衣ちゃんを困らせたみたいだし。

 恋愛の経験値どころか、一般人としての経験値が少なすぎる。というか交友関係が狭すぎる。将棋がコミニュケーションツールになっているから将棋さえ関係していれば問題なく話せるんだけど、関係なかったらあまり話せないのが僕だ。

 ゲームとかやらないし、テレビもニュースは見てもそれ以外はあまり見ない。だから流行に疎い部分もあって同級生とは話が弾まないし。

 そういうこともあってあまり高校に行く価値が見出せなくて進学しないんだけど。

 

「バレンタインなどにチョコはもらわないのか?」

「将棋会館には届いていたみたいですけど……。何が入っているかわからないから食べない方が良いって先輩棋士に言われました。その先輩はチョコの中に爪とか髪の毛とか入ってる物が送られてきたらしくて。怖いですよね」

 

 そんな実体験を聞いたらもらっても食べる気が起きなかった。既製品にも加工をしていたということがあったらしくて、既製品だからと食べるのはまずいらしい。

 だから会館に届いた物は申し訳ないけどメッセージカードやお花だけもらって後は事務員さんに処分してもらっている。というかどの棋士もそうしているようだ。女流の方とか事務員さんにもらったら食べるけど、ファンの方の物はそういう扱いにしている。

 

「なんというか、棋士は大変なんだな」

「そうですね。でも芸能人じゃないのでアイドルとかに比べればだいぶマシだと思いますよ?」

「それもそうか。……そうなると棋士の先生方はどうやって結婚するんだ?先生の話を聞いている限り出会いが少なそうだが……」

「一番多く聞くのはやっぱり女流の方や囲碁とかの他のボードゲーム関係の女性の方ですね。後は棋士って結構人脈が広くて、師匠の紹介でお見合いがセッティングされたりとかって話も聞きます。他にはごく稀にですけど、遠征先のホテルの仲居さんとか取材で会った人とかと仲良くなってそのまま、みたいなことも聞いたことがあります。名人のように芸能人と結婚するなんてレア中のレアですよ」

 

 名人もきっかけは取材だったかな。あんまり馴れ初めとかは聞いたことがないから他の人に聞いた話だけど。

 ファンと結婚した人っていたっけ。僕も対戦相手の棋譜は調べるけど、家族情報とかは全然調べないからわからない。

 でも案外独身の人って少ないんだよね。やっぱり師匠とかの紹介が多いんだろうか。

 

「まあ、彼女もいないのに結婚とか話しても意味ないんですが」

「彼女を作るつもりはあると?」

「これでも男なのでいたら良いなとは思いますけど……。今は作る余裕なんてありませんよ。自分の将棋と天衣ちゃんの指導で手いっぱいです。進学しないので生活には余裕が出るでしょうけど、今の感じだと棋戦で戦う人は上位者ばかりでしょうし、タイトル戦ともなるとかなり日程を喰います。天衣ちゃんのことも合わせて成人するくらいまで余裕はできないんじゃないですかね……」

 

 いや、本当に。新人戦もなくなったし、シード枠が増えたとしても棋戦は結構ある。それに中学生だからと月光会長に抑えてもらっていた仕事も恩返しとしてやりたいし。

 そもそも未成年がどこで異性と出会うんだか。学校に行かないで同年代の人と出会うのは難しいだろう。

 

「ちなみに好みのタイプはあるのか?」

「タイプですか?ひとまず将棋に興味があって……。後は特にないかもしれないです。可愛い人が好きなのか綺麗な人が好きなのかとかってよく判断材料にされますけど、可愛くて綺麗な人もいますよね?だから見た目はあまり気にしないんですけど……。頑張る人は好きですね。それが恋愛としての好きなのか、人間として好感が持てるからなのかはわかりませんが」

「ふむふむ。先生のことがよくわかったよ。参考にさせてもらう」

 

 何の参考にするつもりだろう。

 そんな話をしていると回復したのか、天衣ちゃんが帰ってきた。まだ顔は赤いけど、将棋盤を覗き込んでいるから続ける気はあるんだろう。

 

「大丈夫?」

「大丈夫じゃないけど、ここで辞められないわ」

 

 それはそれで心配なんだけど。

 でも将棋自体は悪いものじゃなかった。だからしっかりと指して反省もして今日は終わりにした。

 

────

 

「今日聞いてみた感じ、特定の異性はいないようですね。残念ながらお嬢様のことも恋愛対象としては見ていないかと」

「ふん、でしょうね。悲しいけどそういう目で見られたことがないもの。お兄ちゃんにとってわたしはあくまで妹で、弟子なのよ。……五歳差ってもどかしいわ」

 

 帰りの車の中で晶と天衣が話し合う。今日は日曜日なので泊まることなく神戸に帰っていた。

 

「多分女性とか男性とかで見ていないんです。将棋での関係性だけで人間関係が終了している。そのため先生は将棋を除いた関係の在り方が掴めないのでしょう。私達の調査ではかなりモテるのに本人が意識をしていないのはおかしい」

「……鈍感なんじゃなくて、多分恋愛って感情がわからないのよね。それか自分には関係ないと思っているのか。その割りには九頭龍八段のことは気にかけていたけど」

「アレはあからさまですし、お嬢様への不安もあってでしょう。清滝さんのことが好きだと公言していて空女王に懸想されて、女子小学生の写真を欲しがる。祭神女流玉座とも問題を起こしていますから、九頭龍八段のことは流石にわかるでしょう」

「の割には雛鶴のことは気付いてなかったけどね……」

 

 それもおそらく将棋関係が先に結び付いてしまい、恋愛で考えられなかったからだろう。九頭龍と雛鶴が一緒にいる場面を見ればすぐにわかったかもしれないが、暁人は二人セットでいる場面をそんなに目撃していたわけではない。ある意味情報不足だったから気付けなかったと言っても良い。

 

「後は女子小学生が七つも歳上に恋をすると思っていなかったのでしょう。幼稚園生が保母さんを好きになるならまだ理解できても、小学生が高校生くらいの人を好きになるのは理解できなかったのでしょう」

「大人の七歳差と子供の七歳差は違うってこと?」

「簡潔に言ってしまえばそういうことです。後は本人が小学生の時に高校生のことを好きにならなかったためにそういう感情が理解できないのでしょう。先生は優秀すぎたせいで将棋以外のことが疎かになっているんではないでしょうか?」

「あり得るわね……。わたしはずっとお兄ちゃんのことを見てたし、初恋がお兄ちゃんだから良いけど、お兄ちゃんは初恋もまだじゃね……」

「お嬢様。我々はお嬢様の恋を応援しています」

「ありがと。でも余計なことはしなくていいわ。情報収集以外は、わたしの手で全部やるから」

 

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