僕のおしごと   作:駒木

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3 調べ物

「そう言えばお嬢様は小学生名人には出られないのですか?」

「出ないわよ、ちびっ子の大会なんて。お兄ちゃんがいれば研修会に入れるのに、研修会にも入っていない奴らと戦ってどうするの?」

 

 ある日。夜叉神宅でご飯をいただいている時に天衣ちゃんのお付きの女性、池田晶さんがそんなことを天衣ちゃんに尋ねていた。それまで将棋に明るくなかったらしいが、天衣ちゃんのお付きになってからかなり調べたらしい。

 夜叉神家ってどこからどう見てもヤクz……いや、実業家か。晶さんもどう見てもそういう女の人だもんなあ。仕草と言葉が。黙って立っているだけならただの美人な女性なのに。

 研修会は師匠の推薦状があれば編入試験を受けられる。他の学生大会で優勝すれば一部試験の免除だったり、推薦がなくても受けられたりする。天衣ちゃんの場合僕か、最悪大槌師匠に推薦状を書いてもらえば入れる。

 でも、一応口にしよう。

 

「小学生名人は師匠がいる子も出るよ?それに九頭竜さんや空さんも優勝者だ」

「でもお兄ちゃんは出てないじゃない。いくら小学生名人が将来の名人と呼ばれたって、プロになった人はいても実際に名人になったのはどれだけいるの?お兄ちゃん以下の相手と戦う意味なんてないわ」

「僕以外との対戦経験も大事だと思うよ?」

「ゴキゲンの湯でいいじゃない」

「あそこは振り飛車で固まってるからなあ。女流は振り飛車多いけど」

 

 意思は固いらしい。指導の時と本番は違うものだから経験するのも大事だと思うけど、天衣ちゃんの価値観のベースが僕か天祐さんになっている。

 どっちも奨励会三段に匹敵して、幼稚園の頃から僕達の棋譜を読んで並べて理解してきた天衣ちゃんからしたらただの小学生なんて戦う価値もないのだろう。

 同年代の子との真剣勝負って大事だと思うけど。大会や公式戦ってまた別の緊張感があるし。

 

「将棋会館にも道場があるんでしょ?そこで戦えば十分じゃない」

「一理ある。結局西日本の強い子供は大阪に集まるし。研究会で揉まれるのも一つの手か……」

 

 実際今の天衣ちゃんの実力なら早々に降級点をもらわないだろう。僕が本気で指したって負ける時は負ける。曲がりなりにも棋士の僕に勝てる天衣ちゃんが弱いわけがない。

 

「出るならせめてマイナビでしょ。学生の大会はいいわ」

「じゃあその方向で行こうか。でもマイナビに出るには研修会に入らないといけないから、編入試験受ける?」

「お兄ちゃんの都合がいい時がいいんだけど」

「そこは僕に合わせなくていいよ。天衣ちゃんの都合優先。マイナビの受付期限が七月前半だから、最悪でも五月には研修会に入っておかないと今年のマイナビは出場できないかな」

「そう。なら四月に入って、研修会に三ヶ月で慣れる。これでどう?お兄ちゃん」

「いいと思うよ」

 

 研修会で実戦に慣れて、その上でマイナビを受ける。合理的だと思う。ギリギリだと慌てるかもしれないし、早すぎたら降級点がつくかもしれない。いい塩梅だと思う。

 実戦経験ばかりは実際に大会などに出てみないと養えない。指導だけじゃ限界があるのも事実。天衣ちゃんはとても向上心があるから指導については問題ないけど、空気感とか本番の時間感覚は経験してこそ。

 

「この後女王の棋譜並べたいんだけど、いい?」

「いいよ。誰との棋譜?」

祭神雷(さいのかみいか)

 

 

「八一。これ何の棋譜?」

「姉弟子……。チャイム鳴らしました?」

「返事はなかったわ」

 

 ということは鳴らしたのか。それに気付かないほど俺が集中していたんだろう。

 姉弟子──空銀子が俺の部屋にやってくる。プロになったために一人暮らしを始めて、暇があればこうして姉弟子はやってくる。

 合鍵を渡していないけど、玄関の鍵を閉めていないので勝手に入ってくる。姉弟子に関しては今更だからどうでもいいけど。

 

「記念対局ですよ。名人と碓氷の」

「何で今?結構時間が経ってるわよ?」

 

 そう。この対局はもう半年近く前のものだ。旬の対局ではないけど俺はこれを見なくちゃいけなくなった。

 今日連盟から来た茶封筒を見たために。

 

「順位戦の二戦目。碓氷と戦うんです」

「そう。奨励会の時は何回戦った?」

「研修会合わせて二回だけ。一勝一敗です。一回は研修会の頃の小さい時ですし、直近の三段リーグでは負けてますからね……」

 

 俺は碓氷と同じく十六勝二敗で昇段したが、一位抜けしたのは昨年の次点があったから。直接対決では負けたのに一位だったために、ネットでは叩かれた。

 いや、叩かれた理由は今も竜王戦以外まともに勝ってないからなんだろうけど……。

 

「……あいつも別格よ。同い年だなんて思えない」

「姉弟子はあの一回だけですか?」

「ええ。感想戦をしてわかったわ。あの子も将棋星人よ」

「……その将棋星人ってなんです?」

 

 姉弟子は時たま訳のわからないことを言う。姉弟子が碓氷に負けたのは香落ちだったんだけど、香落ちってハンデと言えないからなあ。むしろ落とした方がセオリーを知っていれば勝ててしまう。

 攻める時に香車がないと言うのは受け手側も困るからだ。

 

「私、記念対局までは手を出してなかったんだけど、名人が勝ったのよね?」

「スルーかよ……。ええ、はい。ニコニコで生中継されてたのでその映像も見ましたけど、名人の指は震えていましたよ」

「……記念対局よね?」

「もちろん。舌打ちもなく、名人と新人の対局とは思えなかったって、ネットでは大反響でしたよ」

 

 俺はパソコンを操作してニコニコ動画を表示する。再生数百五十万オーバー。コメントなんて二万もついている。

 名人はその対局が難しく、勝ちが確定すると指が震え、盤上真理を追求するが故に相手が悪手をすると目に見えて態度が悪くなるという。

 それを鑑みると、碓氷は名人のお眼鏡に適ったと言えるだろう。

 

「名人は相手に合わせるような将棋をするけど……。碓氷がゴキ中で名人が矢倉ね」

「奨励会の棋譜なんて調べなかったんでしょう。記念対局でしたから。ゴキ中封じの急戦を名人が仕掛けるかと思ったんですけど、碓氷の攻撃を受け潰していますね。……というか、ここの金打ちとか見ると、本当に中学生の将棋かなって思いますよ。一撃が重過ぎる」

「角で牽制しつつ、竜と金、それにと金の攻めね。これを受け潰している名人が凄過ぎるというか……」

 

 そう。これを事前に名人と新人の記念対局と言われていなければA級の順位戦かタイトル挑決の棋戦かなと思う。それほどに一手一手が重く、それでいて活き活きとした戦いなのだから。

 金による攻めもそうだが、銀で守ったのかと思った時もよく考えればその後の名人の桂馬による攻撃を防ぐ準備だったりと、三段リーグを一期で抜けた実力者だというのが伺えるばかりか、その読みの深さは相当だ。

 棋士たるもの複数の読みを頭に浮かべ、十何手、数十手先を読むこともある。

 その中でも名人は神と呼ばれるほど別格な強さを誇る。その名人相手に虐殺になっていないだけでその実力も読みの深さも伺える。

 一緒に動画を見て状況の推移などを見る。記念対局ということで持ち時間は一時間という早指し。だがその早指しも苦手な様子はなく、二人の将棋は高次元だったと言える。

 碓氷が長考した場面と名人の指が震えた場面を確認して、映像は感想戦に移る。

 

「……え?何?この感想戦」

「俺も最初見た時開いた顎が塞がらなかったですよ。二人とも、一言も言葉を発しないんです」

 

 終わった途端、負けた碓氷がばあっと駒を動かして終盤の場面に戻す。そこで一手、銀打ちではなく歩だったらどうかという検討をすると、名人は深く頷いた後に続く手を指す。

 それを数手した後、今度はさらに別の場面に名人が変える。攻め手を変えたらどうだったかと促せば、そこを聞かれるとわかっていたかのように鉄を打つごとくすぐさま応えた。

 その手に納得したのか、もう数手進める。それを見ていた解説の山刀伐八段──この頃はまだ七段──は大興奮。

「こんな名人見たことがないよ〜♡」とのこと。この人、俺のデビュー戦の相手で情けない負け方をしたから正直苦手だ。

 名人の研究相手ということで有名だし、なんというか「両刀使い」として狙われている悪寒を感じた。後ろ守らなきゃ。

 

 とにもかくにも。

 名人が今まで見せたことのない感想戦をしているために再生数はうなぎ登り。碓氷はこれをもって華々しいデビューを飾った。

 実際竜王戦以外ほとんど負けていない。この前棋帝戦で歩夢に負けてようやく連勝記録が止まった。その連勝記録も二十二。世間の扱いは「神の子」「振り飛車界の貴公子(プリンス)」だ。中学二年生だけど童顔だから世間受けが非常に良い。

 それに昇段の際の泣き崩れで「とても良い子」という評判になっている。あの後直接謝られたし、泣いてしまった本当の理由をぼかしながら聞きもしたけど。世間が思ってるような奴じゃない。あれは嬉し泣きじゃなかったんだから。

 

「……異次元ね」

「ですよねえ。これとどう戦うかって話ですよ」

「でもやるしかないわ」

「やりますよ。負けたままじゃいられませんから」

 

 年上としての矜持もある。よく比較されるが、順位戦は一回でも負けると昇級の芽をなくす。C級2組なんて全勝して昇級するものなんて風潮がある。特に中学生棋士や高校生棋士と呼ばれる人間は。

 こんな早々にぶつかるとは思わなかったけど。次は俺が勝ってやる。

 

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