僕のおしごと   作:駒木

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8 似た者師弟

 七月下旬。とうとう天衣ちゃんが参加するマイナビのチャレンジマッチの日になった。研修会も順調に勝ててるし、チェスロックの使い方も慣れてきたから大丈夫だと思うけど。

 僕も対局がなかったので一緒に東京へ新幹線で向かっている。というか僕は明日東京でお仕事がある。

 だから都合が良かったということ。もちろん晶さんも保護者として一緒に来ている。

 

「天衣ちゃん。前にも言ったけど、勝った後のインタビューは愛想良くね。マイナビって凄く記者来るし、将棋界でもかなり注目されてる棋戦だから」

「わかってるわ。最年少記録叩き出してあげる」

 

 チャレンジマッチ通過の最年少記録だけど、天衣ちゃんが勝ち上がったらぶっちぎりの更新だ。記録保持者は空さんだけど、記録は十歳何ヶ月か。天衣ちゃんは八歳七ヶ月になる。一斉予選も勝ち上がりそうだけど、まずはチャレンジマッチだ。

 チャレンジマッチはいわば予選の予選。これに勝てば二週間後の一斉予選に出れて、それに勝つと本戦に出られる。

 女流の大会ながらアマチュアも出られる最大規模の大会だし、勝ち進めば女流棋士になれるという決まりがある珍しい大会なのでみんな気合いを入れてやってくる。

 だから反則にならないように前にも言った事例をもう一度伝えた。それを神妙に聞く天衣ちゃん。将棋の力以外で負けるなんて許せないからだろう。

 

「天衣ちゃん。変装はこんなもので大丈夫かな?」

「……伊達眼鏡かけただけじゃない」

「でも結構雰囲気変わったと思わない?」

「珍しいとは思うけど。晶、いっそ髪型変えてあげれば?ワックスか何か使ってあげなさいよ」

「確かに。先生はもう少し自分の知名度を省みたほうがいいぞ?」

 

 そうだろうか。将棋に詳しい人じゃないとわからないと思うけど。一斉予選にもなれば観客も来るけど、今回いるのは晶さんのような保護者だけ。僕だって付き添いの関係者扱いで観戦するつもりだからそこまで話題にならないと思うけど。

 そう思っていたのに晶さんによってワックスで髪型を跳ねているように変えられた。何で男性用の整髪剤を持っているのか聞いたら必要になるかもしれないからと常時持っているらしい。珍しい事態を想定しているんだなと思った。

 

 そういうわけで会場に行って受付をしている間に、東京の連盟職員さんに僕のことがバレた。天衣ちゃんのことは弟子として連盟に届け出を出しているので納得されたほどだ。月光会長から通達があったんだと思う。

 晶さんと一緒に観客席へ。女流棋士同士は一回戦でかち合わないようにトーナメントが組まれるので予想通り天衣ちゃんの相手は女流棋士だった。立場上は格上相手だ。

 なんだけど。

 

「お嬢様、もう勝ったのか?」

「みたいですねえ。46手という一抜けです。他のところはまだまだ対局をしていますけど」

 

 一斉予選に選ばれるようなシードをもらえない女流棋士なんて相手にならないかー。何というか、一人だけ実力が違いすぎるんだよね。チャレンジマッチに空さんが混ざり込んでいるようなもの。三年前もおんなじ感じだったんだろうか。

 このチャレンジマッチは四連勝すれば一斉予選出場になる。敗者復活戦もあるけど、天衣ちゃんの場合それはなさそうだ。

 

 二・三回戦も短手で吹っ飛ばしていた。うん、虐殺だ。低く見積もっても奨励会一段レベルの天衣ちゃんじゃ奨励会にも上がれなかった女流棋士は吹っ飛ばしちゃうよなあ。

 反則やいつぞやのような読みすぎてミスをするってことも起きなかったし、良かった。次の四回戦を勝てば最年少一斉予選出場者だ。

 そのまま観戦しようと思っていたら記者席に案内された。職員さん曰く折角いるので弟子の将棋を解説してくれないかとのこと。

 その相手の記者さんは。

 

「あれ?供御飯(くぐい)山城桜花。どうかされたんですか?」

「今の私は観戦記者の(くぐい)です。名刺いりますか?碓氷新人王」

「新人王は正式タイトルじゃないので普通に四段で呼んでください。いやー、それにしてもこういうこともされていたんですね」

 

 知らなかった。彼女は女流タイトルの山城桜花を持つ供御飯さん。女流タイトルを持っていることと九頭竜さんと同期というか小学生名人戦で知り合ったとかで親交があるようでたまに一緒にいる女性だ。

 京都に住んでるって聞いたことあるけど、まさかマイナビのチャレンジマッチに記者として来ているなんて。敵情視察の意味合いもあるんだろうか。

 

「解説と言っても、映像を流したり音声を流すわけじゃないんですよね?」

「対局の推移をコメントしてもらえれば、私がそれをこのパソコンで打って実況する形ですね。今回は夜叉神アマと焙烙(ほうろく)女流三段の対局について解説していただきます。対局者紹介はこちらで打ちますので」

「ただ話せばいいんですね?」

「それを切り取って私が打ちます」

 

 なるほど。つまり普通に観戦しながら呟けばいいわけだ。解説のお仕事とあまり変わらないのかもしれない。

 

「それにしても焙烙女流三段と早指しですか。これは夜叉神アマも苦戦するかもしれませんね」

「ですね。僕だって吹っ飛ばされるかもしれません。彼女の自爆は棋士でも有名ですよ」

 

 調子が良いとA級在位八段を吹っ飛ばしたこともある焙烙さん。でも早指しのしすぎで長期戦は苦手だとか。空さんに勝てるかもしれない女流棋士の一人だ。普通ひっくり返せないほどの棋力の差があるんだけどなあ。

 天衣ちゃんは席に着いた後、飲み物の準備も終えると薄紅色の小物入れから扇子を取り出す。その扇子を開いて出てきた文字は豪胆な「天衣無縫」。

 

「『天衣無縫』ですか。碓氷四段の扇子ではないですよね?」

「違います。あれは彼女が一番尊敬する人の扇子ですよ。……彼女との関係性って、職員の方から聞きました?」

「ええ。ですがあなた方が発表するまではもちろん表に出しません。デリケートな問題ですから」

 

 その辺りは女流棋士とはいえ、観戦記者でもある供御飯さんは徹底していた。いや、僕も天衣ちゃんがいつ発表するのか知らないけど。大槌師匠門下だということだけは発表されているはず。

 本気の時に出す扇子。天祐さんの遺品だ。名人や月光会長との記念対局でも使っていた物で、小物入れも母親の遺品。

 全力を出すべき、敬意を持った相手に出すそれ。焙烙さんを認めている証拠だ。

 対局が始まる。焙烙さんはガンガン攻めているけど、天衣ちゃんはじっくりと自陣を整えている。ありゃ、珍しい。天衣ちゃんが穴熊組んでる。

 

「夜叉神アマは穴熊を選択。焙烙女流三段はいつも通り攻めていますね。これまでの三戦を見ると夜叉神アマは攻めの将棋のように感じましたが、いかがでしょうか?」

「ああ、いえ。天衣ちゃんは定跡をしっかり進めるタイプですよ。さっきまでの三戦は早々に定跡から外されたので攻め込んだだけで。それに天衣ちゃんも焙烙女流三段のことは注目していたので手堅く守ろうと思ったのでしょう」

「なるほど」

 

 そう言いながらパソコンでコメントを打ち込んでいく。この中継結構な人が見てるんだな。今日は中継されるような棋戦が他になかったか。観る将からするとちょうど良かったのかも。

 明日は大きいのが一個あるし。

 

「夜叉神アマは振り飛車穴熊。焙烙女流三段はゴキ中の相振り飛車となりました。最近相振り飛車を見たばかりですね」

「あはは。でも女流タイトル戦では珍しくないかと。振り飛車の女流棋士の方は多いですから。天衣ちゃんはどちらも指せますよ。今回は穴熊に任せて飛車で突撃するみたいですね」

 

 どちらも手を止めずにバンバン駒を進める。いや、持ち時間は確かに少ないけど早指しにもほどがあるというか。

 あっという間に八十手超えた。

 

「は、早い……!どちらが優勢ですか?」

「若干天衣ちゃんが。穴熊の守りを焙烙女流三段が崩せていない代わりに、天衣ちゃんは焙烙女流三段の薄そうな守りを食い破っていますから。それは穴熊が得意な供御飯さんもご存知のはず。いやでも焙烙女流三段、今日は調子がとても良い日ですね」

 

 その証拠にかなり早い手なのに痛烈な手が多い。「どかーん!」とか叫んでるし楽しそうだ。

 焙烙さんが指した一手。今までは天衣ちゃんも即座に応手を返していたのに、何かを呟きながら長考に入った。時間にちょっとだけ余裕があるけど、考えすぎたら一気に持ち時間がなくなる。大丈夫だろうか。

 あの状態を見るのは三度目。名人との対局で初めて見せてから、僕との対局で一回、山刀伐さんとの対局で一回見せている。

 アレの後は天衣ちゃんにとって最高の一手を出す。となると読めるかな。

 呟き終わって指した一手。それはただの銀打ち。

 

「へ?銀を、捨てた?」

「供御飯さん。終局です。ちょっと複雑ですけど、十七手詰ですよ」

「十七手?あの銀から……。……え?まさか」

「はい。三手で焙烙女流三段の攻めが止まって、そこからは防戦ですけど、持ち駒からしても最短十一手。最長十七手の詰です」

 

 焙烙さんも調子が良かったのか、十一手の方には気付いてそれを回避したけど十七手詰の方は防げずに途中で投了。いやあ、素晴らしい将棋だった。天衣ちゃんまた強くなったんじゃないかな。

 僕もウカウカできないぞ。

 

「……アレを、読んだんですか?」

「読んだでしょうね。とある対局では自分の二十五手詰を読んで投了しましたから」

「十七手の方は結構複雑というか、十一手の方に隠れていて見逃す可能性もありますよね?あの子にどんな将棋を教えているんですか?」

「特別なことは何も。昔の棋譜を起こして意図を探ったり、僕と指したり。後はとあるアマ棋士の棋譜を検討したりですよ。詰将棋を何十時間とか、将棋アプリやネット将棋、AIによるソフトなんかは使っていません」

 

 僕は師匠としては失格だと思う。ただ大槌師匠に習って、天祐さんに教わったことをそのまま天衣ちゃんに教えて、後はひたすら将棋を指しているだけ。

 僕自身まだ学生だし、棋士としても実績は少ない。女流のことだってろくすっぽ知らない。それでもただ将棋を指しているだけで良いと彼女が言ってくれるからそれに甘えている形だ。

 だから強くなったのは彼女の才能と努力で、僕の力なんてほぼない。練習台になってるだけなんだから。

 終局後、史上最年少一斉予選参加者になった天衣ちゃんは予想通り記者に囲まれて質問責めにあっていた。最初から笑顔で受けてくれて良かった。

 

「一番尊敬する棋士はどなたですか?」

「碓氷暁人四段です。彼の棋譜は全て並べています」

 

 あれ。まだ師匠だってこと発表しないんだ。僕の棋譜は全部並べてるっていうか、僕が振り返るのを一緒に検討してるんだけど。

 連盟職員は関東も関西も知ってるんだからもう隠す理由はないと思うんだけど。天衣ちゃんとしても何か意図があるんだろうか。

 

「新人王ですものね。他に尊敬している方、対戦したい方はいらっしゃいますか?プロ・アマ問わず」

 

 女性の記者からのその質問で、天衣ちゃんの笑顔が固まった。マズイ。記者の人は多分女流の、空さんの名前を挙げてもらいたくてした質問なんだろうけど、アマを含んで一番尊敬する棋士なんてわかりきっている。

 僕が晶さんを探すと、晶さんはすでに近寄っていた。僕は職員さんの元へ走る。

 

「父の……夜叉神天祐アマ名人を、尊敬しています……」

 

 そう言って泣き崩れる天衣ちゃん。晶さんがすぐさま抱きかかえて、職員さんに事情を説明した僕に続いて職員さんが質問を打ち切ってくれた。

 僕も同じことになったんだ。当事者の天衣ちゃんがああならないわけがない。

 僕は晶さんを追いかけて控え室へ。職員さんにも許可を取って控え室の一室を借りられた。

 天衣ちゃんは晶さんに抱きついていた。けれどハンカチで顔を拭っている天衣ちゃんの表情はそこまで悲痛なものじゃなかった。

 

「天衣ちゃん、あっちは任せて。落ち着くまでここで休んでて」

「お兄ちゃん……。だい、じょうぶ。お父様のこと、尊敬していることも知っていて欲しいことも本当だもの。……わたし、お父様とお母様に誇れる将棋を指せたかしら?」

「もちろんだよ。最後の対局は凄かった。あの指し回し、空さんを超えてたよ」

 

 僕はそう断言する。棋士すら吹っ飛ばす焙烙さんの全力に勝ってしまったんだから。空さんはまだあの領域にないと思う。今指せば空さんを倒せると思ったからこその言葉だ。

 天衣ちゃんはもう一度ハンカチで涙を拭った後、ゆっくりと立ち上がる。

 

「お兄ちゃん。もっと将棋を教えて。このまま、女王になるわ」

「うん。僕にできることは少ないけど、精一杯指導させてもらうよ」

 

 その後、月光会長に天衣ちゃんが会見を途中で中断させてしまったことを謝ったけど「師弟そっくりですね」の一言で全部許された。いや、やってること一緒だけど、それで良いんだろうか。

 一斉予選出場者は他にもいたから、そちらをスケープゴートに、記者の方達にはプライベートに関わるのでということで天衣ちゃんに尊敬する棋士についてあまり深掘りしないようにお触れを出したとか。

 それ僕も出てそう。前科持ちだし。

 

 天衣ちゃんも他のことなら堂々と答えられそうだし、大丈夫、なんだろうか。

 職員さんが簡単な質問票を持ってきて、それに天衣ちゃんが記入することで回答ということになった。僕と全く一緒じゃん。

 得意戦法や将棋歴など一般的な質問だった。いや、僕達が泣き崩れた質問も一般的なものではあるんだけど、それだけは地雷というか。

 

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