僕のおしごと 作:駒木
マイナビチャレンジマッチの翌日。僕は東京の将棋会館の一室に来ていた。将棋を指すわけじゃないけど、解説のお仕事だ。
スタッフさんに挨拶しながら、今日のお仕事の相方がいらっしゃったのでそちらにも挨拶をする。
「おはようございます。鹿路庭女流二段」
「おはようございます。碓氷四段。……お仕事前だから珠代さんで良いんですよ?」
「ニコ生の途中でポロっと言っちゃいそうなのでやめておきます。研究会じゃないんですから」
そう、ニコ生の解説のお仕事をもらって、聞き手が鹿路庭さんだったのだ。今回の棋戦は棋帝戦第三局、棋帝のタイトルを持っている名人と挑戦者篠窪太志七段の勝負なんだけど、名人が二連勝している。
ネットの評判曰く、「衰えが衰えた」「全盛期が戻って来た」だもんなあ。ストレートで防衛しそうだったらそうも言われる。
スタッフさんと一緒に流れを確認して、本番へ。鹿路庭さんは慣れているために進行はスムーズだった。
「そして今日の解説は先日新人王を獲得しました、碓氷暁人四段です!」
「皆様初めまして。碓氷暁人です。本日はよろしくお願いします」
挨拶をするとコメントがいっぱい流れる。凄い、画面が真っ白で見えないや。「可愛い」がいっぱいあるけど、これは鹿路庭さんに向けたコメントだろうなあ。美人さんだし、人気が凄い。
女流棋士ってこういう場ですごく人気だもんなあ。天衣ちゃんもいつかこういう仕事するんだろうか。
「碓氷先生はニコ生初めてですよね?初めての相手が私で恐縮です〜」
「僕も緊張しているので、慣れている鹿路庭女流二段が一緒で良かったです。緊張して放送事故にならなくて安心しました」
「鹿路庭さんでいいですよ〜。なんたって、お・ね・え・さ・ん!ですからねっ!」
「じゃあ今回だけ鹿路庭さんと。スタッフさんもいい笑顔で頷いていますし」
なぜかすごく推された。というか、お姉ちゃんって呼んで的なことが台本に書いてあった時は目を疑ったけど、それは阻止できたようだ。
流石にこんな生放送で、年上の女性をお姉ちゃんって呼ぶなんて、ねえ。恥ずかしいじゃないか。
研究会もやっている相手だから尚更。次会った時に絶対揶揄われる。
棋士紹介をして、戦いの火蓋が落とされる。先手は挑戦者の篠窪さん。
だけど、数手進んで驚くべきことが起きた。
「あっ!名人が角道を塞ぎました!まさか!?」
「三間飛車でしょうか、振り飛車ですね。あえて四間飛車にするかもですが、三間飛車の方が一手早いことが多いです。棋帝戦では初めての振り飛車です。名人は居飛車派ですけど、振り飛車の時って勝率が九割近いんですよね。超えてたかな?」
そこのところ曖昧だ。けど最近名人は振り飛車をよく指す。そのせいで生石玉将が負けてられないって僕に研究会をよく申し込んでくる。
あの人も僕が居飛車できるからって都合よく呼び出すよね。兄弟子だしお世話にもなったから基本断らないけど。でも僕も一門の名に違わず振り飛車派なんだけどなあ。
序盤が進んでいって名人が三間飛車の石田流で、篠窪さんが矢倉だ。
定跡通りに進むので、こちらのニコ生では随分と緩やかに会話が進んでいた。
「碓氷先生は名人と記念対局をされていましたね。無言の感想戦は話題になってましたよ?」
「ああー……。僕もあれ、よくわかってないんですよ。ただここについて話したいなって思った場所を提示したら名人もそれに続いてくれて。それが終わって次に確認したい場所は名人が示してくれて。言葉にしなくてもお互いやりたいことが盤面に出てくるので、言葉が不要だったというか」
「それがもうおかしいんですよー」
コメントも「ありえない」「思考レベルが一緒」「たまよんのおちょぼ口可愛い」「暁人きゅんのたはは顔可愛い」などが流れている。え、僕が可愛いとかおかしいんじゃないかな。
こんな中学生男子を捕まえて可愛いとか。もし天衣ちゃんがニコ生出たら終始可愛いしかコメント打たなくなるんじゃない?
ああ、違うか。男子に使う「可愛い」は「面白い」と同義だ。学校でもそんな感じで使われてるもんな。
「生石玉将との感想戦は普通でしたね?」
「名人だけですよ?あんなことになったの。言葉は大事です。意思疎通には言葉が一番ですよ」
「碓氷先生がそれを言っても説得力がないというか……。棋士の先生方ってたまに感覚が優先で言語化してくださらないことがあるじゃないですか。碓氷先生もそうなのかなって」
「指導対局をすることもあるので言葉は大事にしていますよ。休みの日や学校ではよく小説読んだり、映画見たりして言葉の勉強をしています」
「へー!詳しく!」
趣味について話したら掘り下げられた。コメントも盛り上がってるからいいか。最近読んだ小説や見た映画を話していく。
小説は日本のものを見るけど、映画はいわゆる洋画をよく見る。アクションものとか好き。
そうこう話して昼食休憩も終わった後、盤面が動いた。名人が攻めた。
「6六角ですね。重たい一撃です。篠窪七段の攻撃の手が止まりました」
「ここは攻め続けたいですね。飛車と角による攻撃ですけど、篠窪七段はまだ攻めていいと思います。1五香で端を開けていけば突破口は見えそうですが……」
「端攻めですか?」
「はい。篠窪七段の矢倉はまだ健在です。守りに割くよりは薄い端を攻めればそこから馬で攻め込めると思うんですけど……」
そう解説していくと、篠窪七段は矢倉の補強に銀を使った。そんなにガチガチにしなくちゃいけない将棋かな、これ。
「チッ!」
「……えー、名人の、ですよね?」
「僕初めて聞きました。眉間に皺が寄ってますね」
「そんなに悪い手でしょうか?」
「悪い、というか……。先送りの手ですよね。角や飛車に対応したわけじゃなくて、攻め込まれそうだから防御を増やしておこうっていう。篠窪七段はまだ攻めることのできる時に一手渡してしまったわけで。これが敗着の一手にならなければいいんですが……」
二連敗している相手だから萎縮してしまったんだろうか。それぐらいらしくない手だと思う。
おやつタイムになってプリン・ア・ラ・モードを対局者が食べている。ニコ生でも同じものを取り寄せたようで僕達もいただく。
兵庫で有名なものらしい。対局は兵庫の「ホテルネオ淡路」で行われているのに、わざわざ東京に取り寄せるなんて。
「あーんとかします?」
「え……。鹿路庭さんファンに刺されたくないので遠慮します」
「そんな怖いファンいませんよー。どうです?」
「いや、僕の学校で鹿路庭さんファンいっぱいいるんですよ。将棋会館に近い学校なので将棋詳しい生徒も多くて。鹿路庭さん、ご自身の人気を自覚した方がいいですよ?」
「……それは君こそじゃないかなー?私こそ君のファンに刺されちゃいそうだし。というか、スタッフも悪ノリであーんなんてカンペに書かないでよ」
「鹿路庭さん?」
僕の方に突き出していたスプーンはご自身の口に収まった。良かった、これで明日の学校でいじめられることはなくなる。
鹿路庭さんと一緒にニコ生出るってだけで絡んできた男子多かったからなあ。空さんと人気を二分してるよね。空さんと同じ学校になりたかったって叫んでる男子もいたし。
その男子たち、女子に白い目で見られてたけど学校での立場は大丈夫だろうか。
プリン美味しい。
おやつタイムも終わって五時過ぎ。もう終盤になっていた。
「ああー、詰ですね。九手詰です。篠窪七段も気付いてますね」
「投了です。以上、112手で名人が棋帝戦防衛しました!」
終わったけど感想戦を見たり、最後の詰を説明したり。名人強いなー。でも今日はいい勉強になった。初めての解説も楽しかったし満足満足。
あとは明日以降男子に刺されないようにするだけだ。終始鹿路庭さんが隣にいたし、多分同級生だと思われる怨嗟のコメントいくつかあったもんなー。
そういうわけで終わった後は皆さんに挨拶をして新幹線で大阪に直帰。学校の準備をして早めに眠ることにした。昨日もホテルだったためにちゃんと疲れが取れてない気がする。天衣ちゃんのこともあったし気疲れしてるんだろう。
お風呂から出てさあ寝ようと思ったところでメールが来ていた。天衣ちゃんからだった。
「デレデレしてなかったからヨシ」
ニコ生見てたのかな?鹿路庭さんは研究会も一緒にしてたし、それこそデレデレしてたら鹿路庭さんファンに何を言われるか。人気者に何かしたらあとが怖いんだぞ。
空さんとか。
だからあまり空さんには近寄らないようにしてるんだけど、体調悪そうにしてたら水の差し入れくらいは許してくれるよね。同い年だし。
すぐに九頭竜さん呼んで帰らせたけど。やっぱり空さんってどこか悪いのかなあ。あんまり深く聞いたりはしないけど、心配だ。
職員さん達が見守ってるからそこまで心配はしていないけど。九頭竜さんや清滝さんがいるわけだし。
空さんのことは置いて、返信しよう。けどなんて返信したものか。
返信の内容に結構悩んでしまって、結局なんてことのない返事をするのに一時間もかかった。バカな。
色々原作とは歪んでいるので、タイトル戦の結果や通算タイトル数など捻じ曲がっています。
ご了承ください。