羨望の影   作:希(マレ)

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作品:食物語(二次創作同人)(全年齢)
人物:德州扒鸡(とくしゅうぱーじー/兄)と
   符离集烧鸡(ふーりーしゅうしょうけい/弟)の物語
設定:食魂の理想郷、空桑(くうそう)に行く前の世界線
OoC等:寛容な心で読んでね

※公式設定で血の繋がりはないとされています
※「食魂(しょくたま)」についてはあらすじの設定説明を参考にしてください。


羨望の影 - 序

 ある早朝。

 あたりはまだ薄暗く、白い靄がたちこめ、草木を朝露で濡らしていた。

 澄んだ空気をきしませて、木造の古びた下宿のドアがそっと開けられる。

 全身を黒い衣装で覆った男性が姿を現し、出てきた時と同様に注意深くドアを閉め、さびれた街路を歩き始めた。

 時刻は午前4時。

 誰もいない白い街の石畳を規則正しい歩幅で歩みながら、徳州扒鶏(とくしゅうぱーじー)は薄く微笑んだ。周囲には誰もいなかったが、彼は表情を隠すためにストールを口元まで引き上げる。朝っぱらから一人でにやにやしながら歩いていたら変な人と思われてしまう。

 彼の向かう先は、最近建設が完了したばかりの真新しい駅舎だ。

 寸分の角度の狂いもなく規定通り頭にのせられた飛鳥の警帽、きちっと型の入った黒の詰襟にしわ一つないズボン、手入れされ磨かれていることのわかる黒光りする皮のロングブーツ。それらを背中に大きな金色の飛鳥の紋が入ったロングマントで覆い隠した彼は、鉄道警察官だっだ。

 

 

 徳州には最近楽しみなことがあった。

 駅構内に到着すると、関係者用のワークスペースに赴き、通常業務をこなし、彼は少し早めにホームに足を運ぶ。

 汽車に乗り降りするホームにたどり着くまでに、いくつかの屋台が軒を並べていた。もちろん、時間が時間なので店は閉まっており、店員もいない。

 そんな屋台の隙間から、徳州の足音を聞きつけて小さな影が転がり出てくる。

 蜂蜜色のぼさぼさした髪に、炎のように真っ赤な瞳。見た目は4~5歳ほどだろうか。あどけない笑顔に警戒心はみられなかった。

 彼は徳州のところまでやってくると、まわりをぐるぐる回って、マントを引っ張った。

「いたずらもので困った子です」

 言葉とは裏腹に、徳州は優しい微笑みを浮かべ、相手に合わせてしゃがんだ。

 子供は嬉しそうに徳州の正面にやってくると、徳州の帽子を盗んだ。そして自分の頭に載せ、にっこりと笑う。徳州の真似をしているのだろう。サイズはまるで合わず、傾いて額の半分が埋もれていたが、それがかえって愛らしかった。

「凛々しい駅長殿、徳州はそれがないと困ってしまいます。返してくれませんか?」

 そう言いつつ、子供の蜂蜜色の髪を撫でる。

 しかし、頭の後ろまで回ったはずの白い手袋をしたその手は、正面にいる徳州からも見えてしまう。子供が透けているのだ。

 徳州は少し寂しそうに微笑みながら、ゆっくりと蜂蜜色の髪を掻き続けた。

 子供は帽子を気に入ったのか、なんとかまっすぐ被ろうとして、真剣な顔で持ち上げたり傾けたりしている。

 徳州は子供が帽子に夢中なのを見て、それを取り返すことは諦めて彼を抱き上げた。

「徳州はホームの様子を見に行かねばなりません。一緒にいきましょう」

 徳州の頭の高さに並んで急に視界の開けた子供は、興奮した様子で徳州の頭に抱きついて、周囲を見回す。

(この子も汽車が好きだろうか)

 徳州は、彼に始発列車を見せてあげたいと思った。

 列車が駅に到着するまで、あと37分23秒あり、徳州が仕事にかかるまでにまだ16分57秒の余裕がある。

 その間この子をどうしようか、と考えながら、一通りホームを巡回し、落ちたごみを拾ったり、警報装置に異常がないことなどを確認する。その間、子供はずっと興奮して指さししたり、徳州の髪をひっぱったりしてはしゃいでいた。おそらく、全てが初めて見るものなのだろう。

 徳州は子供をそっとホームの石畳に下ろした。

 すると、彼は徳州を通り抜けて、今歩いてきたホームを無邪気に走って戻った。

 パサッと音がして、徳州のつま先に通り抜けられなかった帽子だけが落ちて残った。

 振り返って子供の姿を目で追いかけるが、その目立つ蜂蜜色の髪は、やがて朝もやに溶けるように景色に馴染んで見えなくなってしまった。

 ――彼はまだ未完成なのだ。

 徳州は今までに何度か彼のように幼く未完成な食魂に出会ったことがあった。

 その多くは育つ前に彼のように魂力を使い果たして自然に消えてしまうか、あまりに幼く、生き方がわからないまま肉体的に死んで消えていった。

 名前もない、言葉も知らない彼らは生まれては消えることを繰り返している。自分のように人間の姿で人間社会に溶け込めるようにまでになる者は稀と言ってよかった。自分は化霊した環境がたまたまよかったのだ。

 徳州は、落ちた帽子を拾い上げて、髪を整え、またしっかりと被った。

 今の子供は消えてしまったが、出会った時に彼は徳州のことを覚えていた。生まれ直しても魂の記憶は継承され続けているのだろう。もっとも、どの程度記憶が正確に継承されているのかは、わからないが…

 昨日より今日、今日より明日。

 彼が再び姿をとったとき、少しずつ色々なことを教えてあげようと、徳州は思った。

 

 

 今日も構内には、徳州扒鶏と符離集焼鶏の屋台が立ち並ぶ。

 徳州は人々のざわめきの中を、いつもどおりゆったりとした歩幅で歩み抜けていった。

 

 

 




※食魂が何度も生まれ変わりながら成長していく、というのは筆者の妄想のオリジナル設定です。
※徳州扒鶏という人物は几帳面でちょっと変わった面を持つキャラクターです。彼の素です。
※pixiv(https://www.pixiv.net/users/26779358)にも同じ内容の小説を掲載しています。
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