人物:德州扒鸡(とくしゅうぱーじー/兄)と
符离集烧鸡(ふーりーしゅうしょうけい/弟)の物語
設定:食魂の理想郷、空桑(くうそう)に行く前の世界線
OoC等:寛容な心で読んでね
※公式設定で血の繋がりはないとされています
※「食魂(しょくたま)」についてはあらすじの設定説明を参考にしてください。
符離は徳州の姿を探して村中を走り回った。
しかし一向に出会えないまま、日は傾こうとしていた。夕日の紅が村を染め、冷たい風が山肌を吹き上がってくる。
符離は疲れて、半ば諦めかけていた。
柄にもないことをしようとしたから、うまくいかないのかもしれない…。
彼は気落ちしながらも、いつものお気に入りの丘に向かった。ハーモニカでも吹いて帰ろうと思っていた。
すると、そこには先客がいた。
目が眩むような紅い草原の中に、黒い姿がぽつんと浮かび上がっている。
飛鳥の紋をあしらった黒いロングマントが風にはためき、目深に被られた黒い警帽の影から、銀色の髪が夕日に煌めいている。その精悍な横顔は何か物思いに耽っているようだった。
符離はその姿に、不覚にもドキリとしてしまった。
——カッコいい。
符離はしばらく言葉もなく目の前の光景を見つめていた。
ふいに徳州が腰をかがめ、荷を掴んで歩みだした。
(…帰ってしまう!)
符離は走りだした。
「待って! 待てったら!」
走り寄ってくる符離に気付いて、徳州が足を止める。少し驚いた顔をしたが、すぐに笑顔になった。
「ああよかった。会えずに帰るところだった…」
草むらをかき分けて走り寄った符離は、徳州の前で勢いよく止まる。
徳州は両手を広げて抱きとめようとしたようだったが、何かに気付いたようにすぐ手を引っ込めた。
人の記憶の中では、幼子はいくら成長して背が高くなっても、幼い姿のままなのだ。さすがにもう幼児ではないと徳州は自分に言い聞かせて、咳払いで手の行方を誤魔化した。
「と、徳州、あのさ…」
符離はもじもじと手を後ろに隠して切り出した。
「うん」
徳州は符離の次の言葉を待って佇んでいた。
「あのさ…」
どう切り出せばいいのか。恥ずかしさと混乱で、符離は意味のない接続句を繰り返した。それを見かねて徳州が助け舟を出す。
「何か渡すものでもあるの?」
符離が後ろ手にして見せたがらない様子を、徳州はそう推察した。符離は我が意を得たりとばかりに両手を前に突き出した。
「これ! 婆さんからだけど…お礼にって」
緊張して老婆からのプレゼントということになってしまい、符離は慌てて言い直す。
「お、俺が…礼がしたくて」
手には一輪の芍薬と、小さな琥珀色の珠がついたストラップが握られていた。
「…これは?」
「お守りだって。婆さんがくれたんだけど…俺は徳州にやりたくて——へ、変な意味じゃないからな! ただ…助けてもらったから」
徳州は恥ずかし気に言い訳をする符離から、握られ続けてやや萎れてしまったピンクの芍薬の花と、ストラップを受け取った。
ピンクの芍薬の花言葉は——はにかみ。
徳州はその花言葉の通り、愛想を崩した。
「ありがとう」
「……。」
符離は顔が熱くなるほど赤くなった。
いつも無表情な徳州の笑顔を見たのは、初めてかもしれない…。
徳州は芍薬の花の香りを嗅ぐように顔を近づけ、指で回し見て楽しんだ。
「も、もう帰るのか?」
符離がおずおずと声をかける。
「うん」
徳州は頷いた。
「そっか…」
符離はがっかりした顔で俯いた。このまま、ここに居てくれればいいのに。
そんな符離の様子を見て、徳州は少し膝を曲げてまだ頭半分ほど低い符離に視線を合わせて、言った。
「近いうちにまた来るから」
「うん…」
本当は、たびたび会いに来てくれているのを知っていた。でもまた拒絶されたらと思うと、怖くて顔を合わせられなかったのだ。次の機会があれば、それはきっと喜ばしい再会になるだろう。
徳州は符離のこめかみに手を添え、その蜂蜜色の髪にそっとキスをした。
「元気でいるんだよ」
そよ風が撫でるような一瞬の愛撫はすぐに解かれ、徳州は符離に背を向けて歩き出した。
しばらく歩いたところで軽く手を振って以来、彼は振り返らずに行ってしまった。
符離はその姿がみえなくなるまで、いつまでも、じっと見守っていた。
**小番外
徳州は、数年暮らして慣れ親しんだ部屋の荷物を片付けていた。
彼は今週末、引っ越すことになったのだ。行先は家族用の宿舎だ。
彼は、昇進に伴って補佐という形で部下を受け持つことになっていた。その部下は本来なら津浦鉄道主催の射撃大会から選出されることになっていたが、彼は上司に強引にねじ込んで、身内を抜擢させたのだ。
官僚や公職において身内が優遇されるのは歴史を鑑みても特に珍しいことでもなかったため、徳州の提案は受け入れられた。本来面倒を見るはずだった優勝者は、誰か別の者の下に就くのだろう。
徳州は他人の命運を変えたことに対して興味すらなかった。彼の中にはただ、彼の大切な存在のために最善を尽くすという使命感だけがあった。
日ごろ正義にこだわりのある彼だが、一度やると決めたことに対して社会的規範を個人的倫理が逸脱してしまうことに対して、彼の内なる制動は機能しなかった。
部屋のものを几帳面に箱詰めしていた徳州の手が、ふと止まる。
それは符離が初めてここに来た時に学習に使った紙の束だった。
徳州は少し懐かしく思い、一枚一枚それをめくった。
すると、ある一枚を前にして手が止まる。
そこには、空と、雲と、飛ぶ鳥と、家が描かれていた。
彼らしい自由な落書きだ。
徳州は頬を緩め、気の済むまでしばし眺めると、丁寧に紙束をまとめて箱にしまった。
年を経ても自然は変わらぬが
人々は流るる水のごとく同じ者はいない
この哀れな白髪の老人も
昔は紅顔の美男子であったのだ
年は人を旅に促すが
変わらぬ魂の居場所は何処に在ろうか
変わらぬ姿も一緒であれば
年の流れも感じなくなる
※食魂が何度も生まれ変わりながら成長していく、というのは筆者の妄想のオリジナル設定です。
※徳州扒鶏という人物は几帳面でちょっと変わった面を持つキャラクターです。彼の素です。
※pixiv(https://www.pixiv.net/users/26779358)にも同じ内容の小説を掲載しています。