羨望の影   作:希(マレ)

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作品:食物語(二次創作同人)(全年齢)
人物:德州扒鸡(とくしゅうぱーじー/兄)と
   符离集烧鸡(ふーりーしゅうしょうけい/弟)の物語
設定:食魂の理想郷、空桑(くうそう)に行く前の世界線
OoC等:寛容な心で読んでね

※公式設定で血の繋がりはないとされています
※「食魂(しょくたま)」についてはあらすじの設定説明を参考にしてください。


羨望の影 - 一

年年歳歳花相似

歳歳年年人不同

 

寄言全盛紅顏子

應憐半死白頭翁

此翁白頭眞可憐

伊昔紅顏美少年...

 

 

 

 

 1912年に中国全土を繋ぐ鉄道網が開通してからというもの、人々の移動の要は鉄道へと移行しつつあり、人の流れは文化を育み、それを広げた。

 今ほど快適でなかった長い鉄道旅は人々に列車内での飲食を促し、津浦鉄道線沿いに並べられた屋台で徳州扒鶏と符離集焼鶏という名産品を生み出した。

 徳州扒鶏は十七世紀、清王朝時代の職人が作った伝統料理で、符離集焼鶏は二十世紀に入り人々がそれをアレンジして作った料理の総称といわれている。

 

 さて、時は二十世紀前半、中華民国時代に移る。まさに鉄道が開通し、人々がその利便性に重きを置き、利権を奪いあった時代。

 食魂となって化霊した徳州扒鶏は、人間社会に溶け込み、津浦鉄道で鉄道警察官として働いていた。一介の職員に過ぎない彼だったが、当時鉄道を守る仕事は大変栄誉な職であった。

 鉄道への愛や憧れから地元でそのような仕事に就いた徳州だったが、最近になって異なる興味が彼をその土地へと魅きつけていた。

 そしてその日も彼は、見るともなしにその姿を探していた。

 

 

 目の前に山と積まれた黄金の柑橘類が、自然と唾液の分泌を促進させ、口の中が酸っぱくなった気がして少年はゴクリと音を立てて唾を飲み込んだ。

 蜂蜜色の鮮やかな髪に、炎のように真っ赤な瞳が印象的な少年。大人というにはまだ未成熟な体つき。歳の頃は14~15歳だろうか。

 胸の高さまで豊かに積まれた蜜柑を見て、少年は考える。

 

 ——これだけたくさんあるのだから、2~3個いただいたところで問題ないだろう。

 

 そう自分勝手に解釈し、目の前の蜜柑を両手に掴めるだけ掴んだ。

 その行為に気付いた女店主が、すぐに非難の声を上げる。

「なにしてんだい!」

 少年は身を翻すと、人でごった返す駅構内を蜜柑を抱えて走り抜けた。

 後ろから女店主が鬼の形相で叫びながら追いかけてくるが、運動神経に自負のある少年にとっては些細なことだった。

 このままホームの下に潜り込んで、誰にも見つからないところで食べてしまおう――そう思っていた時だった。

 平らで何もない石畳のホームで、彼は何かに蹴つまずいてバランスを崩した。

 倒れるのをこらえて2~3歩つんのめったところで、誰かにぶつかった。手に握りきれなかった蜜柑がバラバラと地面に転がり落ちる。

 少年は反射的に顔を上げ、怒鳴った。

「こんなとこにボサッと突っ立ってんじゃねえ!」

 次の瞬間。素早く伸ばされた白い手が、少年の左手首を掴んだ。少年は驚いて視線を相手の顔に移す。

 目深にかぶった黒の警帽の影から、銀色の双眼がこちらを見ている…。逆光でよく見えなかったが、その冷ややかな視線は少年の背に冷たい汗をかかせた。

 少年の手を掴んだまま、警察官は感情のこもらない平坦な声で言った。

「人間のものを盗んではいけません」

 その冷たい声色に、少年は本能的に怖くなった。

「は…放せよ」

 強がってみるものの、固定された腕はびくともしない。

 そうしているうちに、後ろから女店主が追いついた。

「捕まえとくれ、そいつは泥棒だよ!」

 警察官は静かに少年の手の中の蜜柑に視線を落とすと、もう片方の手でそれを取りあげた。抵抗しようにも、絶妙な力加減で掴まれた拳を握りこむことは少年には難しかった。

 警察官は少年の手を掴んだまま身を屈ませ、周囲の蜜柑を拾う。

 そして息を弾ませて到着した女店主に手渡した。

「間に合ってよかった。こちらはお返しします。他に盗まれたものはありませんか?」

「あ、ああ…」

 女店主は、警察官の顔をみて動揺しながら頷いた。

 飛鳥の紋をあしらった黒の警帽。そこから銀色に輝くつややかな髪が両側にのぞいており、背は女店主より頭ひとつほど高いだろうか。歳は二十代半ば、端正に整った顔だちは、人好きのする柔らかい笑みに包まれていた。一言で表すならば、美顔の好青年、というやつだ。

 女店主は心なしか赤くなった頬を弾ませ蜜柑を受け取ると、「助かったよ」と言い残し、逃げるようにその場を去った。

 もっと言及されると思っていた青年はやや拍子抜けした表情でその後ろ姿を見送った。彼はこの手の感情に疎いのだ。

 そうしていると、腕を強く振られた。

「もういいだろ、放せよ!」

 少年は青年の手をもぎ離そうと試みるが、絶妙に握りこまれており、抜け出せない。

 青年はその瞳でじっと少年の手首を見ていた。

 太陽の光に当たると、銀色だった青年の瞳は透き通ったはしばみ色に変化した。そのコントラストは見る者の視線を惹き込む美しさがあった。

 少年は我知らず息をのむ。知らない感覚が脳裏を通り抜けた。わかりそうでわからない…そんなもどかしさ。

 手首の動脈が、ドクドクと音を立てて時を刻んだ。

 すると唐突に、青年が手をずらし、お互いの手のひらを握り合わせるように掌をずらした。

「おいで」

 やや強引に引っ張られて、少年は警察官の後に続く。

(怒られるんだろうか。)

 しかし、連れてこられたのは駅構内の屋台の前だった。店では徳州扒鶏と符離集焼鶏がパックに詰められ、売られている。

 鶏肉のいい匂いに、少年の口内に再び唾液が溢れる。

 屋台の正面に立って、青年は少年に尋ねた。

「お金は持ってる?」

「…?」

 質問された意味が分からず、少年は顔を上げる。

 沈黙の間に、青年の視線が少年の頭からつま先までをそっとなぞった。

 蜂蜜色の癖の強い短髪に、炎のように赤い瞳。くたびれた丸首のシャツの上からサイズの合わない汚れたジャケットを羽織っている。ところどころ破れたジーンズの下は裸足だった。

 青年は帽子の影でそっと眉をひそめた。

 昼の陽光の生み出す光のコントラストは、都合よく少年からその表情を眩ませた。

 青年は屋台に向き直ると、商品を注文した。

「それをひとつずつ」

「あいよ」

 商品はすぐに手渡された。その時、青年が店員に何かを交換で渡したのを、少年は見ていた。

 屋台から離れる青年の後ろ姿に向かって、少年はすぐに尋ねる。

「何をあげたの?」

「お金」

 答えはそっけなかった。

 しかし、少年は最初に質問されたことを思い出す。何かを手に入れるには、お金というものを渡せば交換してもらえるようだ。手のひらに収まるほどの、小さな何かだった。

 少年はその記憶を頭に刻み込んだ。

 しばらく歩いて、ホームの端に設置されたベンチに青年が腰を下ろす。

 そして突っ立ったままの少年を促すように手を引いた。

「座って」

「……」

 少年は素直にその言葉に従った。

 座るのを見届け、青年が買った符離集焼鶏を手渡す。

「食べるといい」

 少年はたじろいだ。

 正直、腹はとても減っている。減っているが…

「……も、物で釣って警察に連れて行こうってんじゃ、ないだろうな!?」

(オレは警察なんだけども)

 青年は少年の言葉の意味がわからず、きょとんとした表情で固まったまましばらく真剣に考えこんでいるようだった。

 

 …グゥ。

 

 すると気まずい空気に割り込むように少年の腹の音が大きく鳴った。少年は顔を真っ赤にして慌てて否定する。

「今のは俺じゃない!」

 青年は噴き出してしまった口元を、白い手袋に覆われた手で慌てて隠した。

「食べなさい」

 苦笑しながら再度勧めると、少年はひったくるようにそれを受け取り、一瞬警戒したものの、すぐに貪るように食べ始めた。

「ここの符離集焼鶏はうまいんだ」

 少年は食べながら自慢げに笑った。

「うん」

 青年も微笑んで同意する。

「足りなければこれも食べなさい」

 一緒に買った徳州扒鶏を差し出すと、少年は遠慮なく掴み取り、ガツガツと食べ始めた。

 しばらくその様子を見ていた青年だったが、おもむろに立ち上がって言った。

「飲み物を持ってくるから、ここで待っていなさい」

 そして少年に背を向けて歩み去っていく。

 少年はその後ろ姿を用心深く見送ると、さっと立ち上がった。

(誰が待つもんか)

 食べかけの徳州扒鶏を口にくわえ、少年はその場から姿を消した。

 しばらくして暖かい茶を持って戻った青年が目にしたのは、誰もいないベンチの上に放置された空のパックだけだった。

 青年はぼうっとそれを眺め、やがてため息をついた。

 両手のコップから立ち上がる湯気が所在なくあたりに漂った。

 

 

 




※食魂が何度も生まれ変わりながら成長していく、というのは筆者の妄想のオリジナル設定です。
※徳州扒鶏という人物は几帳面でちょっと変わった面を持つキャラクターです。彼の素です。
※pixiv(https://www.pixiv.net/users/26779358)にも同じ内容の小説を掲載しています。
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