人物:德州扒鸡(とくしゅうぱーじー/兄)と
符离集烧鸡(ふーりーしゅうしょうけい/弟)の物語
設定:食魂の理想郷、空桑(くうそう)に行く前の世界線
OoC等:寛容な心で読んでね
※公式設定で血の繋がりはないとされています
※「食魂(しょくたま)」についてはあらすじの設定説明を参考にしてください。
翌朝、まだ陽が昇らぬうちに徳州は体を起こした。
時刻は三時半。朝というよりは、まだ夜中だ。
昨夜は符離の後で風呂に入ったため、横になったのは午前一時を過ぎてからだった。そのうえベッドは符離に使わせ、自分は壁に寄りかかって寝たため、休めた気がしなかった。
とはいえ、子供を床で寝かせるくらいなら、自分が壁で寝る羽目になるなど些細なことだった。一日くらいなら仮眠でも過ごせる。
そう割り切って、徳州は体を伸ばし、身支度を始めた。
今日も始発から仕事だ。制服をきちっと着こなしたのを鏡で確認して、徳州はドアのカギを手に取った。そして部屋の中を確認するために振り返る。洗面所だけ電気をつけていたため、符離の寝ている部屋はまだ暗かった。
徳州はふと思い直して静かに引き返し、ベッドの脇に音を立てずに膝をついた。そして寝ている符離の様子を見る。
少年はキルトをミノムシのように自分に巻き付けて、顔まですっぽりと被っていた。中から規則正しい寝息が聞こえることから、よく眠っているようだった。
徳州はキルトからはみ出た少年の髪を、指先でそっとからかう。その銀色の瞳は、何かを懐かしむように優しい光を湛えていた。
しばらく触れて気の済んだ徳州は、静かに立ち上がった。彼はこのまま寝かせておこう。
そして闇と一体化した徳州は影のように気配を消し、部屋を出て仕事へと向かった。
符離が目覚めたのは、それから8時間も後のことだった。
時計はすでに昼の12時を指しており、カーテン越しに太陽の光がさんさんと降り注いでいた。
少年はしばらく自分がどこにいるか思い出せずにぼうっと天井を見つめていた。
柔らかいベッドは心地よく、穴蔵で寝ていた時のように体が痛むこともなかった。そして、そこには自分のものではない匂いがこもっていた。
少年はキルトを少し持ち上げて鼻孔に空気を吸い込む。昨日の人の匂いだ。
なんだっけ。——とくしゅう…徳州。
符離は昨夜繋いだ青年の手の温かさを思い出していた。
そうしてふと気づく。徳州はどこにいるのだろう?
符離は身を起こし、床に裸足の足をつけた。
マット越しにひんやりとした温度が足裏に伝わる。
立ち上がった少年はあたりを見回し、洗面所やありとあらゆるドアや扉を開けて回った。
もちろん徳州を探していたからであるが、途中から目的は探索に切り替わっていた。
すると、部屋の隅のテーブルに、パンとメモが置かれていることに気付いた。符離はメモを拾い上げて読んだ。そこには簡素に「たべて」とだけ書かれていた。
文字を習ったことのない少年は、それが読めたことを疑問にも感じず、パンを手に取って食べ始めた。
彼は徳州に奢られた昼飯以来食事をしておらず、たしかにお腹が空いていた。
食べ終わって喉が渇いた少年は、水道から直接水を飲むと、再び戻って部屋を見回した。そして太陽の光が透けるカーテンをめくる。外は眩しい晴天だった。
そうだ。駅に行こう。
少年は、脱いだ自分の服に着替えると、新品の靴に足を突っ込んで、弾んだ気持ちで外に出た。
時刻は午後を回り、緩やかに一日の気温が最高点を迎えようとする頃。
徳州は満腹からくる眠気を抑えてホームに立っていた。気を抜くとあくびをしてしまいそうで、その都度帽子のつばを触って気を紛らわす。
勤務はあと1時間ほど。終わったら知り合いに手紙を書かなければならない。それから——
そんなことを考えていると、突然後ろから突き飛ばされ、徳州は危うく転ぶところをたたらを踏んでこらえた。
「ボーッとしてらぁ!」
背後で笑い声が上がり、小柄な影が走り抜けた。
「符!」
いたずらを成功させて逃げていく少年を軽く睨み、徳州は咳払いをして姿勢を正した。
のちのことは後に考えるとして、今は符にみっともない姿を見せるわけにいかない。
徳州は仕事に集中し直した。
「もう終わり?」
「うん」
「帰るの?」
「そうだよ」
並んで帰り道を歩きながら、二人は他愛のない会話をしていた。
「お金って、どこで手に入るんだ?」
「働くといい」
「徳州みたいにホームに突っ立ってると、お金が貰えるのか?」
「……。」
青年は苦笑した。実に変なところを見られてしまった。今後もからかいのネタにされそうである…。
「そうだ。商店に寄ろう。」
徳州は符離の背を押して進行方向を変えさせた。
「手紙の返事が来るまで、しばらく一緒に暮らすことになる。わからないことはその間に色々教えてあげよう」
「俺、お前んとこに居てもいいの?」
「少しの間だがそうするといい」
少年の顔に屈託のない笑顔が広がった。とても嬉しそうだ。
「早く帰ろう!」
「その前に商店に寄らなきゃ。食べるものと着るものと…」
「じゃあそれ早く寄って帰ろう!」
指折り数える徳州の手を引っ張って、少年はまるで犬のようにはしゃいで先導した。
これがきっと日常になるのだ。符離の心は春の陽気のように浮かれていた。
それから数日間。
徳州と符離は、手紙のやり取りが済むまでの間、二人で暮らした。
大体は朝も暗いうちから徳州が仕事に出かけ、午後になって符離がそれを迎えに行き、帰りに買い物や、後学のためという理由で街や施設に連れまわされた。
家に帰ると徳州は文字や計算を符離に教え込み、日常は符離が期待していたほど自由ではなくなってきていた。
「徳州、俺もう勉強はうんざりだよ」
符離は与えられた課題を鉛筆でこすりながら、不満を口にした。
食事を作っていた徳州は、その様子を横目で見て見ぬふりをし、相槌を打つ。
「知識は将来の自分のためになる。やっておいて損はない」
「でもさあ…こんなより街に出て色々見たほうが勉強になるぜ」
徳州はため息をついて、聞かなかったふりをした。
符離は知識よりも体を動かしたがる傾向があるようだった。
自分が論理を重んじすぎる自覚はあったものの、徳州には例えば——感情を考慮して柔軟に対応を変化させるといったような——御し方は、到底許容できない感覚だった。彼は自分の感覚を切り離し、軽んじることによって得られる安定感に慣れきっていた。それゆえ、符離の不満に共感できなかったのはある意味当然ともいえる。
彼の中では、知識を身に付けさせることは、相手自身への思いやりでもあるのだ。
「それで、終わったの?」
「…まだ」
符離はしぶしぶ計算問題の続きをやり始めた。問題はどれも初歩的な四則演算であったが、頭を使うことにすでに飽きていた符離は、すぐに用紙の裏にこっそり落書きを始めた。
その時、ドアが大きくノックされた。
徳州は返事をすると、つけていたエプロンを外し、扉に向かった。
「郵便です」
どうやらそれは、知人からの返事のようだった。
配達員に簡単にお礼を言って受け取ると、ドアを閉め、徳州はさっそくそれを開封した。
「今度の火曜日、出かけよう」
「えっ?!」
符離は身を跳ね起こし、目を輝かせた。ようやくこの拷問から解放されるのだ。嬉しくないわけがない。
内容を確かめていた徳州は、すぐにカレンダーに向かい、何事かメモを書きつけた。
「一緒に行くんだよな?」
「うん。休みを取る」
符離はわくわくしていた。初めて街の外に出るのだ。そこには、未知の冒険に瞳を輝かす少年の姿があった。
しかし、徳州の安易な相槌が、後々まで尾を引く亀裂になろうとは、今の二人には想像もできないことだった——。
※食魂が何度も生まれ変わりながら成長していく、というのは筆者の妄想のオリジナル設定です。
※徳州扒鶏という人物は几帳面でちょっと変わった面を持つキャラクターです。彼の素です。
※pixiv(https://www.pixiv.net/users/26779358)にも同じ内容の小説を掲載しています。