人物:德州扒鸡(とくしゅうぱーじー/兄)と
符离集烧鸡(ふーりーしゅうしょうけい/弟)の物語
設定:食魂の理想郷、空桑(くうそう)に行く前の世界線
OoC等:寛容な心で読んでね
※公式設定で血の繋がりはないとされています
※「食魂(しょくたま)」についてはあらすじの設定説明を参考にしてください。
列車に揺られて着いた先は、一面の緑に覆われた田舎だった。
今まで機関車を外から見るだけで乗車したことのなかった符離は、最初こそ楽しげにしていたが、大きな揺れと煤の匂いでしばらくすると疲れ切った犬のように静かになってしまった。
ようやく地面に足をつけれることになって、彼は少し生き返った心地がした。
その後から、大きな荷物をいくつか抱えた徳州がホームに降り立つ。
いつもの制服と違い、ひざ丈の黒のロングコートに灰色のスラックス、足元は歩きやすいトレッキングシューズという質素な出で立ちだった。
符離もぼろぼろになった服ではなく、彼のためのコートやズボンを買ってもらい、見違えるほど小綺麗になっていた。
「何もないじゃんか…」
駅舎から外に出た符離は、開口一番感想を口にした。
見渡す限り建物らしきものもなく、地の果てまで続くと思われるような線路と、そこから延びる踏み固められた土の道が丘の果てまで延々と続いているだけの風景だった。
「知り合いの家はここから5.23㌔歩いたところにある。青年男性の平均的な歩幅でなら6679.43歩、お前の足なら7043.77歩、時間にして61分23"09秒かかる。1分間に114.7歩のところを——」
「なんだって?」
徳州が呪文を唱えるのを初めて聞いた符離は、遮って聞き返した。
少年の奇異の視線を受けて徳州はふつりと口を閉ざした。暗算結果を口に出さないと気が済まないのは彼の癖だ。
「測歩はオレがする。一時間で到着する速度にしよう」
ボストンバッグの荷物を持ち上げ、何事もなかったように二人は歩き出した。
知り合いの家に到着したのは、そろそろ陽が傾こうとする昼下がりだった。
そこは山間の小さな村で、いたるところに畑や家畜の姿が確認できた。家は離れ離れで、200~300メートルおきにぽつりぽつりとその姿が現れるくらいだ。土壁の家の外周にはトウモロコシが吊るしてあり、都会では見たことのない光景だった。
「ほんとに何もないな…」
「符、声を落として」
徳州がたしなめる。知り合いに聞こえたら失礼になりかねない。
徳州は家をぐるっと囲んだ柵の前で、庭越しに声をかけた。
「ごめんください、手紙の者です!」
しばらく反応がなかったが、何度か呼び続けると、鶏舎から一人の老婆が姿を現した。
「おお、おお…、徳州さんかい? 待っておったよ」
老婆は傍まで来ると、土まみれの手で徳州の手を握った。徳州は笑顔で対応した。
「自分が徳州で、こちらが手紙に書いた符離です」
名前を呼ばれ、符離が徳州の顔を仰ぎ見る。彼は初めての状況に戸惑っていた。
「若くていい男だね、よく来てくれたね」
老婆は符離の肩を叩くと、家の中に入るように勧めた。
符離は困惑と不安で戸惑いながらも、老婆と徳州の後に続いた。
日も落ちて夜になり、老婆と中年女性が二人を晩餐でもてなしてくれた。
肉饅頭や鳥のスープなど、初めて食べるご馳走に符離は大満足だった。
「今夜は泊まっていくんだろう?」
「そうさせてもらいます。ご厚意に甘えてしまってすみません」
徳州は礼儀正しく振舞った。
「とんでもないよ。この頃は軍閥が増えてきてねえ。この村も男を取られちまってこの様だよ。」
老婆が愚痴っぽく話を披露する。
1916年から1928年にかけて、中国全土は多数の軍閥に分かれており、実質内戦状態だった。
彼らは互いを威嚇しあい、勢力の拡大を図ったが、財源は主に地元の住民に対して租税という形でのしかかった。不換紙幣で強制的に買い上げられた作物は価値が下落し、住民の生活を苦しめた。また、この不透明な現状に兵の士気は低く、略奪や暴行が自然と横行し、さらに住民らを苦しめた。
徳州たちのやってきたこの村も例にもれず被害に遭い、自衛を迫られていた。
「銃は使えるのかい?」
中年女性が符離を値踏みするように眺めながら問う。
「…彼は子供なので、まだ扱ったことはありません」
符離が答える前に、徳州が伏し目がちに答えた。
「練習させないとね」
「ちょうどいい、旦那の置いていった銃が納屋にあるよ。あれを…」
女たちは自分たちで話を進めた。
徳州は軽く拳を握りしめた。
「…本当は自分も残れればいいんですが」
その言葉を聞いて、符離が食べる手をふと止めた。
「とんでもない。お前さんは鉄道警察官なんだろう? 忙しいところを来てくれて大助かりだよ。」
「…何もさせずにこの子を遊ばせておくことはできませんから」
(どういうこと?)
符離の胸に不安がよぎった。
—— 一緒にいてくれるんじゃなかったの?
その後も符離の理解できない話がつれづれに続き、晩餐はお開きとなった。
夜、薪で沸かす風呂を借り、二人は耳が痛くなるほどの静寂の中、眠りにつこうとしていた。
ベッドが足りないからという理由で、不在の旦那の部屋のベッドを符離が使い、その床で徳州がマットレスと寝具を借りて横になっていた。
徳州は寝付けずに壁を眺めていた。
人助けのつもりもあって符を連れてきたものの、女性たちの態度を見て、符離が大切に扱われるか、どうにも不安が残った。
しかし、公舎にいつまでも符離を置いておくわけにはいかないし、街で働かせるとしても何も知らない彼のことである。まず雇ってもらえるかどうかすら確証がない。このまま街に置いておいても、いずれ何の保証もない路地に彼を放り出すことになるだろう。それは避けねばならない。しかし……
——本当にこれでよかっただろうか?
本当は傍に置いて面倒を見たかった。徳州にとって大事な存在である彼を、ぞんざいに扱われたくなかった。
一方符離も徳州とは違う視点の高さで寝付けずにいた。
——『本当は自分も残れればいいんですが』
徳州のこの言葉はどういう意味だろう?
これからここで一緒に暮らすんじゃないの?
俺はまた独りになるの?
隣に居るのだから、声を上げて尋ねればいい。
でももし、自分の望まない答えが返ってきたら——?
この数日間で符離は徳州を信頼しかけていた。それが覆るのが怖かった。
そんなことを考えていると、隣の徳州が身を起こす音がした。
お互い背を向け壁を見つめていたため、符離から徳州の姿は見えなかった。
衣擦れの音が止み、再びあたりは静寂に包まれた。
緊張した符離が息を潜めていると、何かがかすかに髪に触れた。
それはしばらく続いた。
落ち着いた呼吸がすぐそばから聞こえ、符離はやっと徳州が自分の髪を撫でているのだということに気付く。——息が詰まる。
再び衣擦れの音がして髪への感触が無くなったとき、符離は思い切って振り返り、徳州の手首を掴んだ。
徳州は驚いて身を強張らせた。
「…起きていたの?」
しかし、次に発された涙声は徳州を再び動揺させるに十分だった。
「俺を置いていくの?」
しばらく徳州は返事ができなかった。
相手のことを考えるあまり、本人の気持ちまで頭が回らなかったのだ。そのツケは今ここにきて、すでに手遅れに思えた。
徳州は愚直に答えた。
「…オレは帰らないといけない」
「どうして」
手首を握る手に力がこもる。符離が爪を立てた。
「一緒にいるって言ったじゃん。…俺を騙したの?」
「違う」
徳州は顔を歪めた。しかしそれは闇に飲まれて符離には見えなかった。
「違う…」
掠れた声で徳州はもう一度繰り返した。
「でもお前は俺を置いて帰るんだろ? ——うそつき!」
符離はベッドから飛び起きて裸足で外に飛び出した。
徳州も慌てて裸足のまま彼を追いかけるが、暗闇の中、すぐに彼を見失ってしまった。
駅で彼の居場所を探し当てた時のように、魂力を感じ取ろうと試みるが、すでに感知できる範囲から彼は去っているようだった。
「符…」
裸足のまましばらく辺りを探してみるものの、月明かりの闇の中ではとても見つけられそうになかった。
「符…戻ってきて、話を聞いて」
徳州は何度も符離の名前を呼んだが、ついに日が昇るまで彼の姿を発見することはできなかった。
翌朝、うなだれた徳州は足を引きずって寝室に戻ったものの、符離は戻っていないようだった。
——善かれと思って彼を傷つけてしまった。すべては自分の考えが至らなかったせいだ……。
世界中の不幸を背負い込んだような心境で、徳州は呆然と座り込んでいた。
外では鶏がうるさく雄たけびを上げている。
自分を責める言葉がいくつも浮かんでは消えた。泣き出したいほどなのに、涙は一滴も出ない。
徳州はまるで涙が出ているかのように顔を覆った。
そこに、老婆がやってきて、朝の挨拶をした。
徳州は慌てて目をこするふりをして目元を隠し、すぐに支度をすると言って老婆を追い返した。
状況はどうあれ、休日の申請は今日だけだ。予約した汽車の時間通りに帰らなければならない。もし乗り損ねて明日の仕事始めまでに帰れなくなっても、現代と違って連絡手段はない。徳州は仕事を失わないためにも、どうしても帰らなければならなかった。
朝食も辞退した徳州は、少年の行方を尋ねる老婆から逃げるように家を出て、荷物を持ったまま符離の姿を探してしばらく辺りを彷徨った。
正午も近づき、徳州が諦めかけていたところに、耳慣れない音が舞い込んだ。
辺りは小高い丘になっており、くるぶしほどの背丈の草で一面覆われていた。風が吹くと、イネ科の硬い葉っぱがサヤサヤと音を立てる。
その緑色の草原のてっぺんで、目立つ蜂蜜色の髪の少年が、寝間着のまま草笛を吹いていた。
何故か徳州はその場から一歩も動けず、しばらくの間、ぼんやりとその場に立ち尽くしていた。
一通り演奏を終えた符離が、ふいに徳州の存在に気付いて振り返った。
少年の表情は強気だった。
「なんだよ、もう帰ったんじゃなかったのか。俺をからかいにきたの?」
意地悪な口調は、彼が傷ついたことを暗に示していた。それでも日が明ければ立ち直るところは、符離の打たれ強さの一面でもあった。
「符…」
近づこうと歩を進めると、少年がさっと立ち上がったため、徳州は足を止めざるを得なかった。
「もういいじゃん。さっさと帰れよ! 俺なんかいらないんだろ。帰れよ!」
「そうじゃない!」
徳州は声を荒げた。
どう説明すればわかってもらえるのか。そもそも、説明してわかるなら説明しなくても想像できていただろう。
何を話しても的外れになる予感が、彼を途方に暮れさせた。
「たしかにオレはお前を裏切った。ごめん…」
徳州は絞り出すように言った。言葉が届いたとしても、符離は心の中で無責任だと詰っていることだろう。
「お前が困っていたら、必ず助けに来るから…」
符離は徳州の表情を見ていた。
初めて出会った時の、警帽の下から覗く銀色の冷たい瞳は、今は陽光にあてられてはしばみ色に滲んでいた。
冷血で完璧な顔立ちは、苦しそうに歪められている。
「……。」
符離は黙ってそれを見続けた。
少なくとも、この人は嘘をついてない。そして、自分と同じくらい傷ついている…。
感情に任せて酷いことを言ってしまったかもしれない。
符離の胸の中にもやもやとした気持ちがぶつかりあった。
騙された。——でも嘘はつけない人だ。
しばらく風の音だけが二人を隔てていたが、最初に動いたのはやはり符離だった。
彼は草笛に使っていた葉をプイと投げ捨てると、顔を背けた。
「もういいよ。」
呟くような、諦めたような声音だった。
そうして少年は丘を走り去っていった。
あとに残された徳州をしばらくチクチクした葉がくすぐっていたが、やがて彼も背を向け、その村を去った。
すれ違った二人が再会するのは、またしばらく後の話になる——
後記
書いた後に、符の個人ストーリー2を読み返していたら矛盾に気づいてしまいました(*_*;
どうやら符が符離町に引き取られたときには(生まれ故郷じゃないの?)、徳州はまだ警察になってなくて、それからさらに村に何年かいる間に警察になったらしいですね。(親戚として推薦した人物がいるっぽいですが、それが徳州なのか第三者なのかは謎)
食魂が成長しないことを考えると、変化しやすい思春期の姿のままどうしていたのだろうという疑問がわいたりなんだりしますが、せっかく書いたのでこのままにしておきます。雰囲気アナザーワールドってことで。(妄想無責任)
※食魂が何度も生まれ変わりながら成長していく、というのは筆者の妄想のオリジナル設定です。
※徳州扒鶏という人物は几帳面でちょっと変わった面を持つキャラクターです。彼の素です。
※pixiv(https://www.pixiv.net/users/26779358)にも同じ内容の小説を掲載しています。