人物:德州扒鸡(とくしゅうぱーじー/兄)と
符离集烧鸡(ふーりーしゅうしょうけい/弟)の物語
設定:食魂の理想郷、空桑(くうそう)に行く前の世界線
OoC等:寛容な心で読んでね
※公式設定で血の繋がりはないとされています
※「食魂(しょくたま)」についてはあらすじの設定説明を参考にしてください
春も過ぎ、陽気に誘われ、大地が色とりどりの花と実を結ぶ頃。
朝日で暖められた若草がそよぐ丘に、独り少年——符離は寝転んでいた。少年は頭上に広がる青い空と白い雲を眺めながら、心地よく吹き抜けていく風のそよぎに耳を傾けていた。
この地は日常が同じだった。今日も明日も大地は逃げないし、同じ時刻に陽は登り、同じ景色が繰り返される。きっと百年後も同じだろう。
符離はおもむろにハーモニカを取り出すと、オリジナル曲を吹き始めた。
最近手に入れたポケットサイズのこの楽器は、少年のお気に入りの遊び道具となっていた。まだまだ練習途中だが、音楽を奏でることは少年の心を自由な空へと舞いあげ、鬱屈とした現状から解放される手助けとなっていた。
符離がこの村に連れてこられてから数か月。
日々は衰えた老婆と、口の卑しい小母に挟まれ過ぎていったが、先日この小母の夫という男が戦地で負傷した体で帰郷し、村長の座についた。
男は動けない自分の代わりにと符離にライフル銃の使い方を教え込み、村を守ることを望んだ。そしてそれが彼らの村に居候する条件だとも彼にはっきり告げた。
符離は言われた通り練習を続けたが、成長は芳しくなかった。
彼には忍耐を重ねて改善点を増やしていくという地道な努力に不向きな性格であったし、なにより小母も小父も符離に愛情をもって接するわけではないことが、彼の卑屈さに拍車をかけた。老婆はというと、耄碌が進んでおり、日がな鶏に独り言を聞かせ続け、小父や小母ほど意地悪くなかったものの、ろくな会話は望めなかった。
そんな少年のもとに、近所の似たような年頃や年下の子供たちが集って時折遊んだが、子供同士の遊びをしらない彼は、子供たちの中でも次第に孤立していった。
符離は孤独だった。
(……。)
ハーモニカを下ろし、彼は膝を抱えてつま先を見つめた。
泥や傷で汚れてしまったが、徳州からもらった運動靴は彼の大事にしているもののひとつだった。
彼はまだあの街で働いているのだろう、二~三週間に一度、時折村に姿を現すが、符離は彼を避けて一度も顔を合わすことはなかった。
また、これは符離の知らないことであったが、徳州は毎週まめまめしく小父宛、符離宛にそれぞれ手紙を書いていた。しかし小父たちの心ない検閲を受けた手紙が符離の手に渡ることはなかった。このことは符離の中で徳州の印象をより歪ませ、顔を合わせたくない理由のひとつにしていた。
自分は徳州の都合でこんな辺地に追いやられたのだ。
帰れる場所もなければ、他に行くところもないし、頼れる人間もいない。食わせてもらえるだけありがたく思え、とは小父の言だった。
独りで泣くのにも飽きた。
誰もいないお気に入りの丘で、ハーモニカを吹いている間だけが、彼を癒してくれる唯一の時間だった。
明日もまた、同じ一日がやってくる。
上手くならない銃。どやされる日々。ダメな自分。塩辛い涙の味。ハーモニカを奏でる夕暮れ時。
——彼は鬱屈とした日々から自由になりたかった。
時はさらに流れ、村の周辺状況も変化していった。
最近は軍閥の勢力の隙間を縫うように、山賊が出没するようになり、租税という形で徴収されていた作物はもっと単純で野蛮な、暴力という形で奪われるようになっていった。
作物だけでなく、人を人とも思わぬ彼らに危害を加えられることももはや珍しくなくなっていた。
村長の座にある小父は対策を迫られ、ついに若者たちで山賊を撃退するという強硬策を立案するに至った。
若者といっても、村に成人男性の男手はなく、男児の中では一番の年長である符離をリーダーとして、二人の少年が候補に挙げられた。いずれも銃を触ったことはあるものの、素人の域を出ないただの子供たちである。
「こんな時世じゃなかったらお前を戦いに送り出したりしないのに」
選出された少年の母親らしき女性たちが、まだ足元もおぼつかない暗闇の中、我が子の肩を抱いてその身を案じていた。
符離はといえば、その横でライフルをぶら下げたまま仏頂面で突っ立っていた。彼に声をかける者は誰もいなかった。
符離は苛立って声を上げた。
「行くぞ、早く行って隠れて奴らに奇襲してやるんだ」
強気な発言で、子供たちを奮い立たせる。
「頼んだぞ符離。この時のためにお前を引き取ったんだからな」
小父が符離に発破をかける。
「…わかってるよ」
符離はそっぽを向いて一応返事をした。
わかってる。そのためにここに送られてきたのだから。
ここで戦果をあげれば、こいつらだって俺のことを見直すはずだ。——それに、徳州だって。
符離の胸がちくりと痛んだ。
自分がきちんと役に立つことを徳州が認めてくれれば、彼も自分に対する評価を変え、あの家に帰らせてくれるかもしれない。
(あいつのことは嫌いだけど…ここよりよっぽどマシだ)
符離はひねくれた言い分を自分に言い聞かせた。
やってやるんだ。
少年たちが出発するのを見送って、女たちは不安げに言葉を交わす。
「大丈夫かね…符離はちゃんとあの子たちを守ってくれるだろうか」
不安げにする少年たちの母親に、小母が言葉をかける。
「大丈夫さ。あの子の親戚だっていう警察の子が現地で合流するんだって。彼なら心強いよ」
「警察だって?それなら安心だね!…ああ。ちゃんと出会えるといいんだけど」
「大丈夫さ…しっかりした人だったから」
女たちは少年たちのあずかり知らぬ場所で彼らの噂をし、肩を寄せ慰めあった。
さて、符離たちは山賊を迎え撃つために、村の峠口に陣取った。
「ここで登ってくる奴らを撃ってやろう」
符離は二人の少年を従えて、茂みに隠れた。
「当てられるかな…」
不安げに呟く少年を気遣って、符離がその肩を叩く。
「こっちは三人もいるんだ。撃てば当たるさ!」
「へへ、符のアニキがいれば安心だな…」
符離の自信ありげな態度に少年たちは緊張を解されているようだった。
実際虚勢であることを符は自覚していたが、彼らを不安にさせたくなかったし、やるだけやるしかない符離に尻込みしている余裕はなかった。
そのとき、少年の一人が小さく鋭い声を上げた。
「しっ、誰か登ってくる!」
符離ともう一人の少年は息を飲んで姿勢を低くした。
「もう来たのか…⁉」
符離は、震える手でライフルを取り上げ、茂みの影から立ったまま射撃の姿勢をとる。
たしかに、闇の中の坂道を人影がひとつ、登ってくる。距離は50mほど。道の右側を壁に沿うようにして進んでくる。
符離は狙いを定めようとするが、まだ日が昇らず辺りは薄暗いし、彼らも道の右側に陣取っていたため、木や岩が障害物となって目標を捉えにくい。
あまり良い性能とは言えないが、少年たちが携えている銃は一応ライフルであるため射程は十分のはずである。むしろ、近すぎる。
「う、撃つのか?」
少年の一人が声をあげた。
符離はびっくりして引き金を引きそうになるが、なんとか指に制動をかける。
「ばか、黙ってろ」
囁きあう程度の声だったが、対象に変化があった。その人物が身を屈めたのだ。
符離は慌てた。対象は完全に物陰に隠れてしまった。
そのとき、聞き覚えのある声が上がった。
「撃たないで」
符離は心臓がドキリと跳ね上がるのを感じた。この声は——。
ライフルを下ろした符離を見て、他の少年たちが各々のライフルを持ち上げる。自分たちが撃たなければならないと感じたのだろう——。
「チッ、撃つな、下ろせ!」
符離は苛立って少年たちをとどめた。
「撃たないで」
目標がもう一度声をあげ、両手を上げながらゆっくりと物陰から姿を現した。
空に太陽の光が差し込み始めているものの、まだあたりは薄暗くて視認しにくい。さらに、その人物は地面に溶け込むような彩度の低い外套で頭から足元までを隠していた。道理で近くまで発見できなかったわけだ。
「あれは…敵じゃない」
気まずそうに立ち尽くしたままの符離を見かねたのか、少年二人がライフルを手に飛び出した。
「やい、そこから動くなよ!」
少年たちはその人物に銃口を突き付けて威嚇した。目標はその行動を見て再び足を止めたが、おびえているわけではいないようだった。
「加勢に来ました。村長から話を聞いていませんか」
目標——青年は淡々と言った。
「聞いてねえよ!」
「お前が敵かどうか確かめてやる!」
勇ましい二人が青年を取り囲んでようやく、後方から符離が現れた。
「やめろよ」
落ち着いた声とは対照的に、符離の視線は地面を彷徨っていた。
青年は一瞬だけその銀色の瞳を符離に向けたが、何も言葉を発しなかった。
「オレは徳州。山賊退治と聞いて加勢に来ました。」
以前と変わらない平坦な声。こんな時でも徳州は冷静だった。符離はその神経を少し羨ましく思った。
「なんだ新入りか、ついてこい。チビるんじゃねえぞ!」
徳州は何か言いたげにしていたが、結局無言で彼らに従った。
先ほどまで隠れていた茂みに少年たちは戻ってくると、再び射撃の姿勢をとった。
「作戦はこうだ——、ここで山賊たちが登ってくるのを待ち伏せて、やつらが現れたら…バアン! 銃弾を一斉に浴びせてやるのさ!」
「ハハハ、スゲーだろ!」
「……。」
徳州はなおも黙ったままだった。
符離は徳州が鉄道警察官であることを知っていたし、彼の知的な面も印象に残っていたので、少年たちが喋るに任せて彼もまた黙っていた。二人はお互いに視線も交わさなかった。
しかし、いつまでも黙ったままではいられない。ようやく徳州が重い口を開いた。
「…ふざけた指示ですね」
その冷淡な声音を聞いて、符離は胃が縮まるような気持ちに襲われる。
「なんだと⁉」
少年たちが気色ばんだ。
「貴方の指示がふざけていると言いました」徳州は物怖じせず続けた。「戦闘員はこの4人だけですか?他には?」
「い、いねーよ…」
少年が急に心細くなったように声を落とした。
徳州はフードの奥で眉をひそめ、口を引き結んだ。
(本当にふざけてる…)
徳州は頭の芯から滲み出る冷気を自覚して、逆に冷静になろうと努めた。
「作戦を立て直しましょう。貴重な戦力を分散するのは心許ないですが、ゲリラ戦ではその方が有効です。」
そして周囲を見回し、いくつかのポイントを指摘する。
「敵の攻撃が集中しないよう、道の両側に同士討ちしない角度で人員を配置しましょう。木の影に隠れながら撃ちます。他の物は撃ち返された場合銃弾が貫通しますから。生木を盾にするようにしてください。リーダーの位置は全体を見渡せるポイント——あそこの大きな木の影がいいでしょう。融通が利きますから」
そして少年たちの武器を手に取って確かめる。
「ライフルですが、この場合多少敵を引き付けたほうが命中精度があがるでしょうね…。胴体を狙って撃つようにしてください。また、狙撃は一斉にせず、仲間の隙を補うように射撃間隔を空けてください。反撃を一点に集中させないよう仲間を守りましょう」
「お、おう…」
徳州の弁舌の勢いに、少年たちは気圧されていた。
もともと彼らより年上なのだ。ここまで頼れそうなら、リーダーを任せてしまえばいい。
そう考えた少年らは、徳州をリーダーに据えて、布陣を配置し直した。
符離は、異論無く指示に従い、坂の一角にライフルを構えて陣取った。徳州に隣に立たれて圧を感じずに済むのは幸いだった。
※食魂が何度も生まれ変わりながら成長していく、というのは筆者の妄想のオリジナル設定です。
※徳州扒鶏という人物は几帳面でちょっと変わった面を持つキャラクターです。彼の素です。
※pixiv(https://www.pixiv.net/users/26779358)にも同じ内容の小説を掲載しています。