人物:德州扒鸡(とくしゅうぱーじー/兄)と
符离集烧鸡(ふーりーしゅうしょうけい/弟)の物語
設定:食魂の理想郷、空桑(くうそう)に行く前の世界線
OoC等:寛容な心で読んでね
※公式設定で血の繋がりはないとされています
※「食魂(しょくたま)」についてはあらすじの設定説明を参考にしてください。
ひと段落ついたと判断した徳州は、地面に投げ出された棟梁の生存を確認する。幸運にも彼は気絶してるだけのようだった。
一旦撤退したものの、様子を見に戻ってきた少年二人に、村からリヤカーと麻縄を持ってくるように頼む。そして気を失ったままの棟梁を縛り上げて荷台に載せ、負傷して作業を見守っていた符を伴い、四人で村に帰還した。
村の入り口では、集っていた人々が四人の無事な姿を確認し、口々に安堵の歓声を漏らす。
「帰ってきたんだね!大丈夫?怪我はない?」
我が子の無事を確認し、抱擁を交わす母子たち。
村長も杖を突き、小母に肩を貸してもらいながら一団の中にやってくる。
「よく帰ってきた、符はちゃんとお前たちを守ってくれたのか?」
少年たちは得意げに徳州を振り返る。
「へへ…大丈夫、徳州のアニキがいたから怪我とか全然ないし、それに敵のボスを生け捕りにしたんだぜ!」
「おお、よくぞやってくれました!」
「……」
徳州は曖昧に笑って村長——符離にとっては小父の言葉を流す。
「縛り上げて連れてきましたので、警察に突き出すなり、処分は任せます」
リヤカーの男を視線で示しながら徳州は小父に言った。
彼は満足げに頷き、続けて周囲を見回し疑問を口にする。
「ところで符は?」
「…えっ、あれ?」
徳州と少年たちが言われて振り返るも、符離の姿はいつの間にか一行の中から消えていた。
「さっきまでいたんだけど…気まずいんじゃねーの。あいつ、銃が暴発したみたいで危うく敵に殺されるとこだったんだ。そこを徳州のアニキが遠くからボスに弾を当てて助けたんだ!」
「一発でもう倒れてるんだもんな、すごかったよ!」
少年たちは口々に徳州を褒め称えた。徳州は居心地悪そうに外套の下で腰のホルスターを撫でて気を紛らわしていた。
「肝心な時に銃が暴発するなんて…使えないヤツだ…それに引き換え、あんたは優秀ですな、いや恐れ入りました!」
「……」
「どうですか、晩餐を催しますから泊まっていかれては?」
徳州はやっと遠慮がちに口を開いた。
「いえ、せっかくですが、すぐに帰らないといけませんので。符に顔を見せたら帰ります。」
しかし、少年たちは名残惜しそうに徳州にまとわりついて口々に言う。
「アニキ、気にすることないよ。」
「どうせアイツはいつも独りぼっちだし、ほっとこう」
徳州が少し驚いたように周りを見渡す。
小父も、小母も、少年たちも、誰も符離のことを心配する素振りはなく、自分たちの話を繰り広げている。
(どうして…)
符離は責任感を持って、命を懸けて役割を全うしようとしたのに。
符離の内心の事実はどうあれ、徳州の目には少なくともそう映った。
理不尽に次ぐ不条理を感じ、心の乱れた徳州はそれ以上その場に溶け込んで居られなかった。
徳州はフードを被り直し、軽く頭を下げた。
「するべきことがありますので、これで失礼します。」
「そうですか?ゆっくりして行かれてもいいのに…」
小母が残念そうに徳州を見やった。
「ご厚意に沿えずすみません。それと小父さん…」
徳州は小父にだけ聞こえるよう声を落として続けた。
「警察に捕虜の身柄を引き渡す場合、オレの身分を口外しないでいただきたいのです…。」
「どうしてです? 誇らしいことのように思いますが」
「職務で行ったことではありませんので。それと——」
徳州の銀の瞳孔が冷ややかにすぼめられた。
「近いうちに符を迎えに来ます」
言うだけ言って、徳州は小父の反応を待たずもう一度頭を下げた。
「では。失礼します」
徳州は符離を探してしばらく歩き回った。
最初に訪れた小母の家の裏で靴を洗っている符離を発見し、彼は安堵の吐息を漏らした。
「符」
呼びかけながら近づく。
符離は徳州の姿を認め、仏頂面で応じた。
「なんだよ。もう用はないだろ」
「ある」
そう言って近づき、水に濡れて冷たくなった彼の手を取る。
血は洗い流されていたが、やはり酷く切ったのだろう、手の内に白い肉が見え隠れし、人差し指は内出血で青黒く腫れていた。徳州は顔をしかめた。
「手当てが必要だ」
「…。」
符離はそんな徳州の表情を見て、不満げな顔で黙って立ち尽くしていた。
ここには自分を心配してくれる人などいない。怪我をしたって、適当にしてれば治った。——それでいいと思ってた。
徳州は周りを見渡し、横倒しにされた材木に目を付けた。
「そこに座って」
しかし、符離は反発した。
「どうだっていいだろ! 俺に構うな! どうせ俺のことを心配する奴なんか居やしないんだから!」
符離は、思い描いたとおりに成果を上げられなかったことに失望していた。徳州を見返してやるつもりが、逆に助けられてしまった。これでは認められるどころではない。
助けられた瞬間は、安堵感から徳州の優しさについ絆されてしまった符離だったが、時間が経つにつれ、悔しさと無力感が彼の内を蝕んでいった。
いつものダメな自分。頑張っても何も変えられない。
符離はこれ以上情けをかけられて、惨めになりたくなかった。
睨みつける符離の赤く燃える視線を避けるように、徳州は悲し気に銀の瞳を伏せた。
「そんなこと言わないで…」
徳州の中では、誰も符離のことを気にかけない村人たちの光景が浮かび上がっていた。
——『どうせアイツはいつも独りぼっちだし、ほっとこう』
少年が放った言葉が胸に刺さる。
この村で、符離がぞんざいに扱われている事実に、徳州は傷ついていた。
彼の内なる倫理観では、人はそのように弱者を排除したり不当に扱ったりするようなものではなく、他者に思いやりをもって愛にあふれた人と人の繋がりが大切にされるべきだった。少なくとも、彼にとって符離はそのように丁重に扱われるべき人物だった。
一方、悲しそうに黙り込んでしまった徳州の反応に、符離は戸惑っていた。
とっくに軽蔑され、見放されていると思っていた。
なのに、どうして自分なんかのために悲しそうな顔をするのか。
符離は目の前の人が嘘をつけない人だということを思い出していた。
少なくとも、自分のことを本気で心配してくれる人は、ここにいる…。
符離はついに折れた。
「わ、わかったから、そんな顔…するなよ。手当て、しても…いいから」
してもらう分際で偉そうな言い分であるが、赤くなった符離の顔がその横柄さを打ち消していた。恥ずかしくて素直になれない少年なのであった。
一方徳州は徳州で、自分の感情が顔に出ていたことに気付かされ、誤魔化すように咳ばらいをした。
「コホン。…そうしよう」
徳州は家の中から手当てに必要な物品を失敬すると、丁寧に処置を施した。人差し指は念のため添え木も添え、明日からは自分でできるようテーピングの仕方も教える。
徳州がラジオのように言葉を垂れ流すのを右から左に聞き流しながら、符離は別のことを考えていた。
徳州に何かお礼がしたい。
今回のことで、彼は自分のことを軽蔑したり無下に扱いたいわけではないと感じた符離は、徳州に再び淡い期待を寄せ始めていた。
今回は助けられたけれど、もっと強くなって、この凄い人に認められたい。ただ一緒にいるだけじゃなくて、横に並び立ちたい。
少年の中に、憧れとも野心ともつかぬ熱い気持ちが沸き上がっていた。
「符? 聞いてる?」
黙ったままの符離に徳州が探りを入れる。テーピングは終わり、傷の扱いについて話していたところだ。自分が喋るのに気を取られていた徳州は、符離の耳に入っているのかどうかすら気付かぬまま喋り続けていた。
「…ん」
符離は生返事をした。徳州の話が長いのはこの短い間で学習していたし、彼には実際徳州がやっていることを見るだけで充分に理解できたから、それほど真剣に聞く必要はなかった。
生真面目な徳州は符離のその様子を見て拗ねたように軽く睨んだ。が、すぐに諦める。
「…まあいい。この手で無理はしないように」
それだけ言うと、彼は再び立ち上がった。
「どこへ行くんだ?」
徳州は手当てのために背中に下ろしていたフードを被り直すと、感情のこもらない声で答えた。
「まだやることがある」
時刻は昼過ぎ、太陽も真上に上り、気温も温かく過ごしやすい時間帯だ。
徳州は、戦いがあった現場に戻っていた。
先の骸にはカラスや小動物が群がっており、徳州はこれを再び金の鎖を出現させて追い払った。
馬と男の骸を囲むように空中にも鎖を張り巡らせると、外套を脱いで、男の死体にかぶせた。
彼はいつもの黒ずくめの制服姿だったが、飛鳥の紋の外套や帽子は、小母の家に置いてきたので身に着けていなかった。
徳州は無感動に男の骸を確認すると、外套が下敷きになるように遺体をひっくり返し、持ってきた縄で足、胴、首と縄をかけ、その背の下に村で失敬してきたシャベルを差し込んだ。そうしてからしばらく周囲を歩き回り、落ちた薬莢を二つとも回収した。
徳州は再び骸の元に戻ってくると、シャベルの柄にしっかりと首と背中をくくりつけ、テコの要領で男の上半身を持ち上げ、死体を引きずって坂を下り始めた。血はすでに乾いており、新たに流れ出る心配はなさそうだった。
黒い影が重いものを引きずって木々の間に消えていくと、彼の設置した金の鎖も自然と崩壊して溶け消えた。あとには、地面に染み込んだ大量の血と、食べかけの馬の骸だけが残った。鳥たちは何事もなかったかのように再び集って食事を再開した…。
一方符離は、徳州についていこうとしたものの、やんわりと拒否され、手持無沙汰に家の周りをうろうろしていた。
徳州にお礼を渡すなら何がいいだろうか…。
符離は悩みに悩んだ。なにしろ、人に贈り物をするなんて初めてのことなのだ。ありがとうと言えばそれで済む話なのだが、符離が徳州から靴をもらって嬉しかったように、彼にも何か嬉しくなるようなものを贈りたかったのだ。
そんなとき、ふと鶏舎で鶏に餌をまく老婆の姿が目に入った。
いつもなら気にもせず無視をする彼だったが、今日はなんだか話しかけてみたい気分になっていた。
「婆さん、何してるんだ?」
すると老婆は珍しくご機嫌な様子で、符離に笑顔を向けた。
「まあ、老公(ラオゴン)。久しぶりだわ」
符離はぎょっとした。
いくらなんでも老婆(ろうば)と結婚した覚えはない。
「今日はね、芍薬(しゃくやく)の花が咲いたのよ。貴方と出会った季節も芍薬が咲いていてね…。それはそれは綺麗だったのよ…」
老婆は符離の手を取って、鶏舎を横切った。
符離はちょっとした後悔を感じながらも、老婆の後に続く。老婆は自分を旦那と勘違いするほど、ボケているのだ。無下にあしらうのも気が引けた。
老婆は芍薬の花壇の前までやってくると、ピンク色の花をひとつ手折った。
さらに震える手で懐を探ると、小さな琥珀色の珠がついたストラップを取り出した。
そして花とともに符離に手渡す。
「老公から貰ったお守りよ。わたしの一番大事なもの。」
老婆はまるで愛する人を目の前にしているかのような笑顔で続ける。
「持っていきなさい、符離」
符離は再びぎょっとする。この老婆はボケているのかと思いきや、突然正気に戻るのだ。
「老公は…遠い異国の地でね、もう戻ってこないの。きっとお守りをわたしに渡してしまったからね…」
「……。」
符離はなんと返していいかわからず、ただ受け取ることしかできなかった。
「お前の大事な人にはこれが必要だわ。わたしはもう齢だから。これは災いから身を守ってくれるお守り。お前の大事な人が連れていかれないように、願いを込めてあげるんだよ。きっと身を守ってくれる」
「でも…婆さん。大事なもんなんだろ? いいよ…」
符離は気まずくて返そうとしたが、老婆はニコニコとした笑顔のまま、符離の手当てされた手を離さなかった。
まるで全てを見透かしたかのような笑顔に、符離はなんだか居心地が悪かった。
「渡してあげなさい」
老婆は頑固だった。
「…わかった。ありがと」
そう言うと、符離は老婆に背を向け、走ってその場を後にした。
老婆はその後姿をいつまでも見守っていた。
——符離が渡したい相手はもちろん、すでに決まっていた。
※食魂が何度も生まれ変わりながら成長していく、というのは筆者の妄想のオリジナル設定です。
※徳州扒鶏という人物は几帳面でちょっと変わった面を持つキャラクターです。彼の素です。
※pixiv(https://www.pixiv.net/users/26779358)にも同じ内容の小説を掲載しています。