めぞん一刻 二次小説 迷宮の桜   作:今津晶

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第03話  衝撃

「おばさん、この2週間、響子と春香のことをお任せしますから宜しくお願いしますよ」

羽田空港の出発ロビーで、五代くんは一の瀬さんにお願いした。

 

「安心しなって!あたしがちゃんと二人の面倒を見るからさ」

一の瀬さんは言い放った。

 

「何ですか!人を子供扱いして」

響子さんは不満気に抗議した。

 

「だってこんなに長く離れ離れになるの初めてだろ、僕はまだ少しね、心配なんだよ」

五代くんは本当に本心から表情でもそう言った。

 

「心配なんか必要ありません!大して長期間でもないし、私は自分で自分の面倒くらい見れます。それよりもあなた、向こうの気候に注意して下さいね、寒くないか心配なの・・・」

 

「分かってるよ。そうだ、僕にちょっと春香を抱っこさせてよ・・・」

五代くんは響子さんの懐から大事に腫れ物に触れるように春香ちゃんを抱きかかえると、彼女をあやした。

 

「うわぁ!こんなに重くなったんだね。ほら、パパにはっきり君を見せてよ」

春香ちゃんは五代くんにあやされてニコニコと微笑んだ。響子さんはその光景を見て、思わず笑みを零した。

 

「この子の笑った顔って本当にママそっくりだねえ!」

一の瀬さんは感想を漏らした。

 

「ホントその通りですよね!」

五代くんもその意見に大いに賛同して言った。

 

「ありゃ、もうそろそろ時間もあんまり無いみたいだね」

一の瀬さんは腕時計を見て言った。

 

「ああ、ホントだ。そうですね」

五代くんも腕時計を目にして、春香ちゃんを大事そうに響子さんに手渡した。

 

「それじゃあ、行って来るよ」

五代くんは響子さんにそう告げた。

 

「あなた・・気を付けてね。・・・春香ちゃん、パパにいってらっしゃいってお別れの挨拶をしましょうね」

響子さんは春香ちゃんの小さな手を取って、バイバイの仕種をした。

 

「バイバイ、春香。ママのこと宜しく頼むね」

五代くんの離れて行く背中姿を見て、響子さんの目から涙がはらりと溢れ出した。

 

「あれ?一体・・私どうして?」

響子さんは涙が溢れた目を擦りながら言葉を漏らした。

 

「実はあんたさぁ、五代くんをほんの少しでも手放したくないんだろ?何でそんなに強がり言って耐え忍ぶ必要があんのさ?」

一の瀬さんはそう言った。

 

「分からないんです・・・ただあの人の離れて行く後ろ姿を目にしたら・・・何故なのか私、我慢が出来なくなって・・・・」

かつて最愛の夫であった音無惣一郎が突然に亡くなったという暗い影が終始、響子さんの心中に存在し、彼女に孤独な感覚への恐怖感を感じさせているんだろうと一の瀬さんは心の中で思った。

 

「ようし、あたし達も帰ろうじゃないか。帰る前に市場まで買い物に行くからあたしに付き合ってよ」

一の瀬さんは響子さんにそう話し掛けた。

「最近管理人さん全然元気がないみたいじゃない、ホントに心配だわ」

朱美さんが語った。

 

「そうですね!既に管理人さんの笑う姿を見なくなって久しいですもんね」

二階堂くんもそう答えた。

 

「最近は宴会にも参加して頂けませんし」

四谷さんもそう言うと、酒を一口飲んだ。

 

「これはさぁ、五代くんの不在に由縁があるってのが一目瞭然よね。五代くんが北海道へ仕事に行ってから、管理人さんずっとあの調子だもんね」

朱美さんが呟く。

 

「何で五代さんがいないことが管理人さんを悲しませるんですか?」

二階堂くんが質問を投げ掛けたが、皆に完全に無視される破目になってしまった・・・・。

 

「どうしたらいいのかさぁ、何かいい方法が無いか考える必要があんじゃない!」

朱美さんは叫んだ。

 

「だけど、どうすればいいのさ?とにかく五代くんが帰って来るっていうこと以外考え付かないよ、あたしゃ」

一の瀬さんがそう言った。

 

「五代くんときたら、ここ数日電話すら寄越しませんしね」

四谷さん、続けて語った。

 

「2週間もあっという間よね、とにかく二日後には帰ってくるんだしさぁ」

朱美さんも続ける。

 

「話しはそんなに簡単じゃないよ、だけどこのままじゃ、すぐに管理人さん本当に壊れて潰れちまうよ」

一の瀬さんは心配そうに言った。

 

「管理人さんがこんなに心を痛めているのを考えますと、宴会するのも止めといたほうがいいですな」

四谷さんは言い終わると、また酒を一口含んだ。

 

「あたし明日管理人さんを捕まえて世間話してさ、ちょっと彼女に憂さ晴らしをして貰おうかね?」

一の瀬さんが言い放った。

 

「それぐらいのことしか出来ないよねぇ」

朱美さんがどうにもならないっていう感じで答えた。

 

「早く教えて下さいよ!まさか五代さんが何か悪い事をしたんで、管理人さんにはっきりとゴメンって謝れば収まることじゃないでしょうね?」

二階堂くんが再び空気の全く読めていない質問を発言したのだが・・・・・・・・・・誰も相手にはしなかった。

翌日、管理人室にて。

 

「あら?一の瀬さんですか、どうぞお入り下さいな」

響子さんは言った。

 

「テレビ見てたのかい?」

一の瀬さんが問い正した。

 

「ええ。近頃は何もする気が起きなくて」

響子さんは一の瀬さんにお茶を注いで答えた。

 

「明日は五代くん、やっとこさ・・ご帰還だねえ」と一の瀬さんは一口お茶を啜り、語り出した。

 

「ええ・・そうですわね」

 

「この2週間が過ぎちまえばさ、あんたの気分もちったあ、すっきりと晴れるよねえ!」

 

「何を言ってるんですか?私はそんな・・・・」

響子さんは努めて朗らかに言い返した。

 

「誤魔化すのはよしな!あたしの目は節穴じゃないよ」

一の瀬さんも言い返す。

 

「・・・・」

 

「近頃さあ、あんた惣一郎さんにもエサを食べさすのも忘れてたことあったじゃない」

 

「・・・・・・」

 

「五代くんが居なくなってからさぁ、あんたの心の中、ずっとリラックスすることなかったんじゃない、私の言うこと間違ってないだろう?」

 

「・・・・・・実は・・・・何故だか分からないんですが、結婚してからですけど、主人が・・裕作さんが家にいないっていう時間が・・・日々が・・私の心の中に・・・一抹の・・不安を涌き起こさせるんです・・・・」

「だって今までなら・・・毎日必ずあの人と一緒に過ごしてましたから・・・・そう、一日も欠かさず・・いつもずっと一緒だったのに・・・出掛けるのだって・・銭湯にだって・・買い物にだって・・・二人一緒だったのに・・・・」

響子さんは俯いて視線を下に降ろし、寂しそうに語り出した。

 

「・・・・・・・・・・・・」

一の瀬さんは口を挟まなかった・・何故ならここは沈黙こそが、響子さんが継続して心の中身を打ち明けることを促すのだということを知っていたのだ。

 

「・・・あの人を・・裕作さんを見送ってから、そういった不安がもっと絶えず増えていくような気がして・・・毎日がどうしても落ち着かなくて・・・・夜もろくに・・熟睡とか安眠なんて出来ないんです」

「・・ずっと変な・・情緒不安定みたいで・・・私、本当に何でそう考えてしまうのかがどうしても・・こう・・・分からなくて・・・・・イライラなんて通り越してしまって・・・」

「あたしのすぐ横に・・傍に裕作さんが・・あの人が居てくれないなんて・・・・・寂しいなんて言葉じゃ足りないくらい・・・耐え切れないような悲しさしか湧き出て来なくて・・これでも一児の母親のつもりなのに・・・」

響子さんの目に涙が溢れて光っていた。

 

五代くんが妻の響子さんを溺愛しているのは周知の事実だが・・・5年も6年も恋焦がれてようやく結ばれて結婚できたのだから。

しかし実は響子さんこそが夫の五代くんに凄く強く依存しているのが真実であり、夫の世話を焼くことが精神的な上で最も重要な生き甲斐となっていて・・それが出来ないとなると張り合いが無いどころか・・・

・・大げさかも知れないが生きる気力が湧いて来ないくらいなのだ。

 

五代くんからの電話の連絡も少ない。彼も本当なら毎日でも電話しゆっくりと長電話くらいしたいはずであるが、東京と北海道の間での長距離で長電話すると高額の料金が必要なので控えているのであろう。

でも電話での音声だけの会話でも相手の微妙な気持ちは・・取り留めのない言葉の裏に潜む感情も多少なりとも把握出来る。お互いに知り合って7年以上・・・気心どころかもっと多くの点で繋がっている。

それすらも本当に数える程に少ないので響子さんからしたら安心も出来ないし落ち着かないのが当然かも知れない。

 

「・・・・・・・・・・・・・・」

一の瀬さんは又もう一度沈黙の間を取った。響子さんに心の中を打ち明けて感情を吐き出させることが大事だと考えたからである。

 

「あたしが春香にオッパイをあげている時・・あの人ったらずっと最初から最後まで見続けて目を離さないんです・・・とっても嬉しそうにあたしと春香を眺めて・・・・」

「夢みたいだなぁって言ってくれて・・・響子が俺の奥さんで赤ちゃんまで産んでくれて・・・本当に嬉しいな嬉しいなって凄く幸せそうに話し掛けてくれるんですよ・・」

「あの人、おしめを代えるのも上手いんです・・・流石に本職の保父さんだなぁって。いつも感心してるんです。優しく交換するのって結構大変なのに・・・」

「・・・・・寂しいな・・・・・あの人の食事を作るのも・・・服を洗濯するのも・・・・必要ないなんて、こんな生活・・・・味気無くて・・・・ホントつまらない・・な」

響子さんも少しだけでも不満を言葉に出せて人に聞いてもらうだけでも気分が幾分晴れてきたようだ。

悲し気な表情は変わらないが涙が溢れるのは止まったみたいだ。

 

そこまで聞いて一の瀬さんはようやく言葉を返した。

 

「あんたさあ、五代くんが帰って来るのを待って、来たらさぁ・・たっぷり夫婦水入らずになって、のんびりと休養しなよ!そんでもう、そんな事考えないようにしなよ・・・・」

ようやく、一の瀬さんはそんな提案を一言、喉から搾り出した。

 

一の瀬さんは自分のお節介な隣人の付き合い程度の気遣いでは助ける事は不可能であって、結局はこの種の心の病は響子さん自身で克服するしか方法が無く、

自分の力では響子さんの苦痛を和らげる量が極めて僅かな分でしかない事を悟った。

やっとのことで、一の瀬さんは先程の自分の台詞を一言話すと、極めて重たげな足取りで管理人室を辞した。

そして翌日、出張の二週間が過ぎて遂にやっと、ようやく五代くんが帰って来る日がやって来ました。

 

「管理人さん、お邪魔するよ」

朱美さんと一の瀬さんはドアを叩いて言った。

 

「あたし達もさ、あんたと一緒に五代くんの帰りを待たせて貰うよ!」

二人はドアを開けて、管理人室へ入り、響子さんが石のように固まり呆然とテレビを眺めているままの状態に気付いた。

 

「ほぎゃあ!ほぎゃあ!ほぎゃあ!・・・・・」

 

「ああん?どうしたのさ?春香ちゃん、泣いてるじゃないさ!」

 

「管理人さん・・・・・?」

一の瀬さんも朱美さんも身体が硬直し凝固して動かなく・・否、動けなくなった。

 

誰もが口を開かず、何もかもが死んだような真っ暗闇な静寂の状態と化した・・・まるで時間が停止したかのようであった。

 

『・・・・現場の北海道千歳空港です、午後2時発の東京羽田行きの飛行機に重大なトラブルが発生した模様、大方の予想では乗客は既に全員遭難との見方、我が局は引き続き最新の情報と消息を追い掛けて報道致します・・・・』

 

管理人室内では、ただテレビ局の緊急ニュース速報が流れ・・・・春香ちゃんの泣き声だけが鳴り響いていた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

###裕作が・・・・・・飛行機の・・・事故に逢って・・・・・・死んだ???###

 

 

 

(次回へ続く)

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