俺と愛バのマイソロジー   作:青紫

51 / 150
みのる

「~~♪」

 

 トレセン学園旧校舎、ダンジョンと化した地下30階。

 美しく優しい音色の歌声が響く。

 

「~~♪」

 

 崩壊したフロアは修復が完了しつつある。

 まるで映像を巻き戻すかのように壊れた床や壁が元通りになっていく。

 フロア中央に2人の人影。

 1人は男、気絶したままのマサキ。

 もう1人はウマ娘、たづな・・・真名トキノミノル。

 普段は隠している耳と尻尾を晒し、マサキに膝枕をしている。

 

「~~♪」

 

 この歌はマサキのために歌われる子守唄。

 愛おしそうに頭を撫でながら歌い続ける。

 

 本当に人生なにが起こるかわからない。

 この子とまたこうして触れ合えるとは思わなかった。

 

 たづなは思う、全てが終わって始まったあの時の事を。

 

【ミノル】20年前

 

 その日の帰り道は酷く憂鬱だった。

 自分の横を歩く父の顔を見る事が出来ない。

 父は先程まで私の代わりに謝罪していた。

 そうさせたのは私、大好きな父に嫌われてしまったかもしれない。

 どうしてこんな事に。

 

 友達にケガをさせてしまった。

 いつも私をからかってくる、やんちゃな男の子。

 「やめて」と何度も言ったのにやめてくれなかった。

 今日は耳を引っ張られ、つい相手を突き飛ばしてしまった。

 力を入れたつもりはない、ほんのちょっと軽く押しただけ。

 それなのに・・・。

 男の子は大きく吹き飛び、痛そうに呻いている。

 騒然のとする周囲、悲鳴が上がる。

 なにが起こった?これは私がやったの?違う、私はただやめてほしくて。

 

 こうして父が学校に呼ばれた。

 男の子は幸い軽傷。彼の親もまともな人で「うちの悪ガキがすみません」と父と謝罪合戦をしていた。

 仲の良い友人たちは言う、悪いのはあいつだから気にしないでと。

 気にしないなんて無理だ、男の子と友人たちの私を見る目が恐怖に染まったのを見たから。

 なにがいけなかったのだろう、私はみんなとは違う。

 ウマ耳と尻尾のある子供なんてここでは私だけだ、人と違う事が酷く怖い。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

「もう謝らなくてもいいよ。皆、理解してくれている」

「ケガをさせちゃった・・・私、やっぱり変だよ・・・」

「ミノルは普通の人とは違う力をもって生まれたんだ。わかるね」

「いらない、この耳も尻尾も力もいらない。ねぇ、どうして私は、私だけが違うの?」

「似ているように見えて皆それぞれ違うのが命だよ。ミノルはちょっとそれが顕著なだけさ」

「・・・」

 

 父は人間、母も人間、でも私はウマ娘。

 違いを怖がる私に父は言う。違うのは悪いことではないと。

 

「よく聞くんだミノル。力を持つ者には責任がある」

「せきにん」

「そうだ、自分自身のためだけに力を振るってはいけない、誰かを悲しませるような使い方をしてはいけない」

「うん」

「責任を放棄して力を使った者はヒトではなくなってしまう」

 

 父がここで言うヒトとは人間単体を差す言葉ではなく。

 人間とウマ娘、正常な倫理観を持つ人型生命体全般を意味している事は理解できた。

 

「ヒトでなくなったらどうなるの?」

「ヒトでなくなった者はヒトと一緒にいられなくなる。それはとても苦しくて悲しい事なんだ」

 

 一緒にいられない、1人になってしまう・・・いやだ、そんなのはいやだ。

 

「力を使った後もヒトでいられるか、よく考えて行動しなさい。いいね、父さんとの約束だ」

「うん、約束する」

 

 大きな手で私を頭を撫でてくれる父。その優しい顔が大好きだった。

 

「反省するのはここまでだ。実はいいニュースがある!」

「急にテンションが上がった」

「上がりもするさ、ミノルはお姉ちゃんになるんだからな」

「お姉ちゃん・・・私が」

「そうだ、家族が増えるんだよ。男の子、弟ができたんだ」

「弟、私の弟」

 

 ここ最近、両親の様子がおかしかったのはこれか。

 な、なんてことをしてくれたのでしょう・・・お父さん、お母さん、やるじゃないの。

 

「しゃあー!私!おねえちゃんだー!」

「そうだ!お姉ちゃんだぞ!」

「ロールアウトするのはいつですか、名前は!」

「はっはっは!気が早いぞ、もう少し待ちなさい。名前はそうだな、ミノルが考えてみるかい」

「セフィロス!セフィロスがいい!将来は天才美剣士」

「う~ん、ジェノバ細胞を宿した奴はちょっと嫌かな」

「ストロングゼロ」

「アルコール度数が高そうだね」

「ユニコーンガンダムペルフェクティビリティ・ディバイン・デストロイモード(ブルーフレーム)」

「長い長い!」

 

 それから毎日、弟の名前を考えて過ごした。早く会いたいな。

 

 それからしばらく。

 

「ねぇ!触っていい?触らせてよ!どけ!私がお姉ちゃんだぞ!」

「こ~ら、落ち着きなさい。赤ちゃんがビックリしちゃうでしょ」

 

 今日はあいにくの雨、母が赤ちゃんと一緒に病院から帰ってきた。

 待ちわびたぞ!この時をな。

 

「うわ~小っちゃい、カワイイ!あ、こっち見たよ。どうもあなたの姉です!」

「フフッ、テンション高いわね」

「ずっと待っていたからね。ミノル、ちゃんと名前は考えてきたかい」

「もちろんですとも!悩みに悩んで10個に絞り込みました。この中から選んで」

 

 父と母にメモ用紙を渡す。そこに書いてある名前は私が考えた力作ばかりだ。

 母を待っている間、家から出たり入ったりを繰り返したので少々濡れてしまったが。

 

「どれどれ・・・マ・・・サ・・・キ」

「マサキ。うん、いい名前ね!今日からあなたはマサキよ」

「あれ?もっと奇抜な名前を考えていたと思ったが・・・思いとどまってくれたか」

「ちょ、ちょっと待って!もっとスペシャルなヤツがあったはず」

 

 父からメモを奪い取り確認。

 しまったぁー!雨でほとんどの文字が消えてしまっている。水性ペンのバカ!

 生き残った文字がマ・サ・キだっただけじゃん!

 

「やり直しを要求します。もう一度チャンスを!」

「ええーダメよ。この子も気に入ってるもん、ねーマサキ」

「ミノル、諦めなさい。母さんは言い出したら聞かない」

「な、なんてこどだ」

 

 せっかくもらった命名権を台無しにしてしまった。

 ベビーベッドに寝かされた弟はポカンとした顔でこちらを見ている。

 ごめん、お姉ちゃんしくじった。最高の名前を付けてあげたかったのに。

 弟に向けて指を伸ばしてみる。

 

「決定だってさ・・・この名前でいいの?マサキ」

 

 小さな手が私の指をしっかり握ってくる。ふぁーー!なんだこの生物は!カワイイ!

 そしてマサキと呼んだ瞬間、確かにこちらを見て微笑んだ。

 

 ズッッッキューーン!!!

 

 ぐ、ぐはぁああああああ!!!完全にハートを打ち抜かれたぁ!!!大丈夫!致命傷だ!

 やだ!私の弟かわいすぎぃ!!!!

 

「ハァハァ、恐ろしい子。この私をここまで追い詰めるとは、へへ、ウェヘヘッヘ」

「ミノル・・・鼻血を拭きなさい。はい、ティッシュ」

「すみません。取り乱しました」鼻に詰め物装備

「鼻血がでるほど興奮しないでよ。変なお姉ちゃんだねーマサキ」

「これは鼻血ではない、弟を思う姉の力・・・姉力が溢れただけ」

「「(我が娘ながら)何言ってんだコイツ」」

 

 その日から私はマサキにべったりだった。可愛すぎる弟が悪い。

 

 優しい父がいて母がいて、私とマサキがいる。

 仲睦まじい最高の家族。ずっと永遠にこの幸せが続くものだと信じて疑わなかった。

 知らなかったんだ。

 この幸せは、ほんのわずかの悪意であっという間に壊れてしまうものだなんて。

 

 アースクレイドル。

 それが私たち家族が住む町、正確には町ではなく、地下に建造ざれた大規模シェルターのプロトタイプ。

 地球に深刻な災害が起きた場合、地上の環境や情勢が安定するまで長期間大人数を生存させるための箱庭。

 小さな町だが学校や病院、市役所をはじめ各主要施設は揃っており、生活に不満は無い。

 住民はシェルター生活を送るモデルケースとして集められのだが、あまり気にしてはいない。

 「あ、そう。ここってシェルターだったの?」と言う意見が大半。

 町の半分を占める近未来的な巨大研究施設、住民のほとんどは医者、学者、研究者とインテリ揃い。

 

 学校帰り友人たちと別れて今日も父と母の職場に向かう。

 テスラ・ライヒ研究所アースクレイドル支部。ここで父と母は研究者として働いていた。

 

「来たよー!マサキ!マサキはどこ?」

「は~い。静かにしてね、皆お仕事中だから」

 

 託児所も完備された働きやすい環境。将来は私もここに就職したい。

 顔なじみの研究員と挨拶を交わしながら託児所へ。

 保育士さんからマサキを受け取る。今日も我が弟はカワイイ。

 小さい子が抱っこするのは危なっかしいですと?

 舐めないで、こちとらパワー特化型のウマ娘やぞ!弟を落とすなんてありえない。

 誤って潰したら?・・・そ、そんな怖いこと、子供の私に言うあなたは嫌いです。

 

「マサキ~お姉ちゃんだよ~」

「ミノルちゃん今日もブラコン全開ね」

「いつも弟をありがとうございます。あーあー学校なんか行かずに私もここに通いたい」

「それはダメよ。将来はお父さんたちと研究したいんでしょ?勉強は頑張らないと」

「私の二つ名知ってます?脳筋ですよ!名付け親は速攻で泣かしましたけど」

「力の振るい方!お父さんにまた怒られるわよ」

「さーせん」

 

 ケガをさせてしまった男の子、今では私の立派な舎弟だ。

 まさかガキ大将を超えて番長に昇格するとは思わなかった。いいのか、私まだ5歳だぞ。

 力はセーブしているつもり、誰かがいじめられたり、困っている人がいたら躊躇なく使う。

 お父さんには呆れられたけど、お母さんは注意しつつ褒めてくれた。

 

 お父さんたちが専ら研究しているのはへんてこな輪っかだ。

 ここにクレイドルを建造する前から存在していた物体で、研究者は門だと言っていた。

 父が興奮しながらよく話してくれた。

 

「クロスゲートは異世界への扉だ。こことは違う世界には無限の可能性が広がっている」

「またその話~。耳にタコができます」

「異世界との交流!考えただけでもワクワクしないか?」

「起動に成功してから言ってよ。頑丈なだけでうんともすんとも反応しないんでしょ」

「これからだよ!いろんなエネルギーを試したけどやっぱり覇気に反応するみたいなんだ」

「それで私を利用するのは勘弁してほしい」

「クレイドルにはウマ娘が少ないんだよ。ミノルほどの覇気をもった人材は他にいないんだ、頼む!お父さんを助けると思って!」

「娘を人体実験する外道な父がいますよ。何とか言って下さいお母さん」

「ん?ミノルちゃん・・・あなたならできる。母さん信じているから」

「味方がいません。グレてやる!マサキを連れて家出してやる!」

 

 父曰くゲートの向こうは、まさに無限のフロンティアだそうだ。

 友好的な知的生命体がいればいいですね、侵略者だったらどうする気なんでしょう。

 

 マサキを連れて父と母が待つ研究室へ。

 この研究所ではマサキはちょっとしたアイドル扱い、ちょっと前までは私がその役だった。

 弟にアイドルの座を奪われた!仕方ないね!カワイイからね!

 私は弟を一流のアイドルにするべく、プロデューサーになったほうがいいかもしれない。

 

「あ、いたいた、見てごらんマサキ。あれが仕事中毒の両親だよ」

「きゃっ、きゃっ」

 

 強化ガラスを挟んだ向こう、両親と複数の研究者の姿が見える。

 こちらに気付いた。笑顔で手を振る両親。

 母の顔を見たのはこの時が最後だった。

 

「え!?」

 

 轟音!強い衝撃!体が飛ばされる。一体何が?

 頭が痛い、耳がキーンとする。マサキ!?マサキはどこ?なにが起こったの。

 

 後でわかったことだが、研究所だけでなくクレイドル各所に設置された爆弾が起爆し町は一瞬でパニックに陥っていた。

 

 炎、爆発、瓦礫、人が倒れている。悲鳴、叫び、怒号、ここだけじゃない、町が私たちの町が攻撃されている。

 

「マサキ!お父さん!お母さん!どこなの!」

 

 いない見当たらない。自分の体から血がでている、痛い。探さなきゃ、探さないと。

 

「ミノル!こっちだ」

「お父さん!」

 

 父を見つけた。負傷したのか白衣が血に染まっている。

 

「お父さんマサキが!お母さんは!?」

「マサキは無事だ」

「ああ良かった、ごめんねマサキ、手を離してごめんね」

 

 私とは違う方向に飛ばされたマサキは奇跡的に無傷、頑丈な子で良かった。

 

「お母さんは?」

「ミノル、マサキを連れてすぐここから避難するんだ」

「お母さんはどこ!お父さんは一緒に行かないの」

「お母さんはもう・・・父さんにはまだやる事がある、行きなさい、さあ早く!」

 

 私は脳筋なんて言われているが、精神の早熟さに定評があるウマ娘。

 母がもうこの世にはいない事を理解してしまった。

 さっきまでそこにいたんだよ。笑って手を振ってくれたのに。

 

 悲しむ暇すらない、誰かがここへ近づいてくる。

 ウマ娘の聴力が危険を察知して警報をならす。銃声が聞こえる。

 複数人、武装した連中。何かを探してここに来る。

 

「ちっ!嗅ぎ付けてきたか。ミノル、避難するのは後だ、マサキとここに隠れていなさい。なにが会っても出て来てはダメだ」

「で、でもお父さんは」

「大丈夫だ、父さんがなんとかする。お前達はここにいなさい」

 

 父が私たちをロッカーに押し込む。

 以前かくれんぼした時に使った場所だ。ロッカーの隙間から外のようすが辛うじて見える。

 誰かがやってくる。特殊部隊?銃火器を携帯した。複数人が部屋に入ってくる。

 父と部隊のリーダーらしき男が揉めている。お父さんどうか無事でいて。

 

「娘をどこへやった!教えれば苦しまずに殺してやる」

「外道の飼い犬ごときに教えると思うか!・・・がっ!」

 

 父が殴られた。悲鳴を上げそうになる口を必死で押さえる。

 

「もう一度聞くパーフェクトはどこだ?あれは組織の大事な武器になる」

「パーフェクトではない!娘の名前はトキノミノル!お前たちのオモチャじゃないぞ」

「娘1人を手放せば、今頃なに不自由ない生活が送れたものを・・・バカな奴だ」

「バカはお前たちだ!金をやるから娘を寄こせだと!ふざけるのも大概にしろ!こんな所まで追って来て、もう娘に構うな!あの子はただのウマ娘だぞ」

「ただのウマ娘?そうじゃないのは親のお前がよく知っているだろう。生まれながらにして覇気係数が轟級騎神以上、組織が付けたコードネームはパーフェクト。天級騎神の卵なんだよ!お前の娘はな!」

 

 パーフェクト?天級騎神?知らない単語が聞こえる。卵?なんのことだ?

 

「あの子は騎神にはならない。家族思いの優しい子なんだ」

「それは今後の教育しだいでどうとでもなる。さあ、パーフェクトの居場所を言え!」

「あの子はトキノミノルだ!」

「こいつっ!抵抗するなぁ!」

「ぐっ!ミノル忘れるな!お前は父さんと母さんの大事な娘、マサキのお姉ちゃん!お前はヒトなんだ!バケモノになってはいけない!」

「ちっ!もういい殺せ」

 

 パンッ、パンッと渇いた銃声が響く。私が見ている前で父が動かなくなった。

 あ、あああ、ああああ。

 

「お、お父さんっ!!!」

「いたぞ!パーフェクトだ!取り押さえろ」

「いや!お父さん!お父さん!」

「暴れるな!こいつ!」

「離して!離せぇ!」

「おい、こいつ何か持っているぞ。赤ん坊?」

 

 なんで?どうして?こんなヒドイことをするの?

 嫌だ、助けて、誰か、助けてよ!

 

 (・・・呼んだか・・・)

 

「だれ・・・」

「なんだこれは!なにが起こっている」

「わかりません。このリング状の物体が急に光って」

「うわっ!」

 

 クロスゲート、父と母が何をしても起動しなかった門が動き出す。

 リングの内側が水面のような光沢を放ち中から何かが現れる。

 誰?あなたは誰?

 

「あ、悪魔!」

「撃て!そいつは研究所の新兵器かもしれん!」

「ダメだ!弾が弾かれる!な、なんて大きさだ!」

「退避―!退避しろ!」

「・・・かみさま?」

 

 多分、神様ではないだろう。

 爆発により半壊した研究所に佇む、ゲートから現れたその異様。

 全長20メートルを超える巨躯。黒と金の装甲、翼を広げたその姿は悪魔そのもの。

 ロボット?金属の光沢を放ちながらもどこか生物的なフォルム。

 助けてくれた?この悪魔が?

 武装集団は悪魔を警戒して距離をとる。眼前に残されたのは私とマサキだけ。

 

「今の俺は・・・”そちら”へは行けない・・・。因子が足りない・・・」

「え?何を言って」

 

 頭に響く声、若い男のものだろうか。見れば悪魔の体が消えかかっている。

 

「無理をした・・・この世界では・・・存在が許されない」

 

「聞こえているか・・・少女よ・・・その赤子を守れ」

 

「そいつの・・・心臓・・・ディーン・レヴ・・・」

 

 消えていく悪魔が何か言っている。不思議と怖くはない。

 むしろその眼差しはこちらを心配しているように感じる。

 

 見ている。私を・・・違う、悪魔が見ているのはマサキだ。

 

 悪魔がこちらに巨大な手を伸ばす。ダメ!連れて行かないで!大事な弟なの!

 大きな指先が触れるかと思われた瞬間、その姿が光となって消える。

 悪魔だった光はゲートに吸い込まれていく。

 そのさなか光の一部がマサキの中に入ったように見えた。

 

 静まり返る。

 瓦礫と化した研究室は悪魔の登場でますます崩壊が進んだ。

 今のは何だったのだろう?どうでもいい、今は逃げなくちゃ!

 

「おっと待ちな!逃がさねぇよ」

「奴はどこへ消えた?」

「ホログラムかなんかだろう、脅かしやがって」

「目的は達成した。メジロ家が来る前に片付けるぞ」

「いやっ!」

 

 悪魔の脅威が去った直後、逃げ出す間もなく捕まり、マサキを取り上げられた。

 私はこんな奴らに・・・お父さん、お母さん。

 

「赤ん坊はどうします」

「人間には用はない、必要なのはパーフェクトだけだ。処分しろ」

「やめて!マサキ!マサキ!」

「うるさい!お前の親もこの赤ん坊も、お前のせいで死ぬんだ!」

「わ、私の・・・」

「そうだ、お前さえいなければ町も家族も誰も死んだりしなかった」

「違う、違う、私はそんなこと」

「理解しろバケモノ、恨むんなら自分の存在を恨むんだな」

「バケモノ」

「もういい、やれ!」

 

 マサキに銃口が向けられる。

 やめて!やめて!やめて!弟なの!もうたった1人の家族なの!やめて!やめて!やめろぉ!

 

 誓った。あなたを見たとき、指を握られたとき、笑ってくれたとき。

 絶対に守ってみせると。だって私はお姉ちゃんなんだから。

 守る、殺させはしない、何を引き換えにしても、例え自分が自分でなくなってしまっても!

 

 ・・・プツンッと頭の奥で何かが切れる音がした。

 

「ヒトでなくなった者はヒトと一緒にいられなくなる。それはとても苦しくて悲しい事なんだ」

 

「力を使った後もヒトでいられるか、よく考えて行動しなさい。いいね、父さんとの約束だ」

 

 ごめんなさいお父さん・・・約束守れなかった。

 

「・・・・るな」

「あ?なにを」

 

「その子に、弟にさわるなぁぁぁああああああああああああああ!!!!!!」

 

 グチュ・・・。

 目の前、部隊の指揮をとっていたであろう男から湿ったような音がする。

 右手に纏わりつく不快な感触。ボタボタと流れ落ちる血液。

 自分の体にも飛び散った、気持ち悪い、キモチワルイ。

 

 私の手が男の体を貫通し、その心臓を握りつぶしていた。

 

「う、うわぁああああ!!!」

「ななんだコイツ!撃て」

「バカ!こいつは生け捕りにしないと」

「そんな事言ってる場合か・・・ぎゃ!」

 

 うるさいな、まだ1人殺しただけだろう?ああ、今ので2人目か。

 顔面が陥没して脳まで破壊された肉塊が崩れ落ちる。

 武装集団は恐慌状態に陥る。

 銃を乱射する者、我先に逃げ出す者、命乞いをする者、なにをしても結果は同じ。

 全員殺すんだから関係ない。

 

「待ってくれ!俺はただ命令されただけで」

「助けて!助けて!」

「来るな!来るなぁー!」

「こんなはずじゃなかった。し、しにたくな」

 

 何を言っているのかわからない。

 殺したくせにお父さんをお母さんを町の人を殺したくせに。

 お前達はヒトじゃないヒトじゃない奴はバケモノに殺されるんだよ。

 

 自分とマサキだけ。

 後はみんなみんな殺した。

 町が燃えている。研究所もそこかしこから煙が上がる。

 もう終わった・・・あまりにあっけない。

 こんなゴミが、私に傷1つ付けられないようなゴミが、家族を皆を・・・。

 

 赤ん坊の泣き声・・・聞こえる・・・マサキ!

 

「ああ、マサキ!もう大丈夫だよ。終わったの」

 

 おかしい、いつもならすぐに泣き止んでくれる、いい子なのに。

 

「泣かないでマサキ。大丈夫大丈夫だから、お姉ちゃんここにいる・・・よ」

 

 赤い、私が触ったら、マサキが赤くなった。

 なにこれ?・・・血?

 

「ひぃ!?」

 

 瓦礫の中、強化ガラスの残骸に反射して映った人影に戦慄する。

 バケモノだ血まみれのバケモノ。赤ん坊を抱いて驚いた表情を浮かべるバケモノ。

 

 トキノミノルという名前のバケモノがそこにいた。

 

「あ、あああ、これ・・・わた・・・し」

 

 今更、震えが止まらない。

 殺した、殺してしまった、いっぱい殺した、全部自分がやった。

 

 マサキが泣き止むはずがない。バケモノに抱かれてしまっているのだから。

 

「ごめん、ごめんなさい、マサキ、ごめんなさい」

 

 血濡れのバケモノが赤ん坊を抱きしめる。

 それでも私は、ずっとマサキを離すことができなかった。ごめんなさい。

 

 私は・・・ヒトではなくなった。

 

 

「避難民の誘導と救助を最優先!研究所に増員を寄こせ」

「敵残存戦力はいかがいたしましょうか」

「慈悲などいらん!罪なき者を傷つけメジロ家にケンカを売ったバカには地獄が相応しい。見つけ次第殺せ」

「「「「「「はっ!」」」」」

 

 アースクレイドルが武装集団に襲撃された。

 その一報は瞬く間に伝わり、メジロ家の機動部隊が鎮圧と救助に派遣された。

 

「くそ、酷いありさまだ。連中の狙いは何だったのでしょうか?」

「クレイドルではゲートの研究をしていた。そのデータを欲した何者か・・・あるいは」

「しかし、これほどの被害を出してまで欲しいものとは」

「リスクに見合うだけのリターン・・・メジロ家を敵に回してもいいと思えるものか」

「隊長!生存者を発見しました」

「わかったすぐに行く」

 

 その部屋は赤だった。

 部屋全体に血が飛び散り、人間だった物言わぬ肉がそこらじゅうに転がっている。

 いったい何があったというのか。

 

 部屋の隅、何かを抱えて泣きじゃくる子供がいる。

 ウマ娘・・・しかし、この子は血を浴び過ぎている。

 

「隊長、離れてください・・・この惨状を作り出したのはおそらく」

「わかっている。いいから武器を下ろせ」

 

 強い覇気を感じる。自分は操者ではないが覇気を使う事に長けている。

 今回の事件を起こしたバカが求めたのはこの子だ。

 

「私はメジロ家機動部隊、隊長のウォルターと言うものだ。君を助けに来た」

「・・・・」

「ここにいてはいけない。私と共に来るんだ」

「・・・・この子を」

「?」

「この子をお願いします」

 

 血まみれの少女が抱えていたものが赤ん坊だったことに驚く。

 少女が震える手で差し出した赤ん坊を受け取る。良かった、生きている。

 すぐに医療班が到着し赤ん坊に適切な処置を施していく。

 

「よく無事だったな。あの子は君が助けたんだ、さあ一緒に来なさい」

「・・・私は行けません」

「悪いようにはしない。ご家族もきっと心配している」

「家族はあの子だけです。両親はここにいます」

「なら、なおさらだ。君たちを責任もって保護しよう」

「一緒にいられない、私はもうヒトじゃないから」

「何を言っているんだ。おい、撤収だ!誰かタオルを持ってきてくれ」

 

 抵抗する力もないのか虚ろな表情を浮かべる少女。

 ウォルターは血濡れの彼女をタオルで拭ってやる。

 このような少女になんという酷なことを。

 この仕事をしていると時たま思う。

 神などという都合のいい救いをもたらす存在はいないと。

 

 

 クレイドルから出て連れてこられたのは大型の建造物を造るドックのような場所だった。

 どこをどう移動したのかは覚えていない。

 両親が無くなり、住処を失った。その重苦しい事実が私から思考を奪う。

 代わるがわる訪れる人たち、事情聴取、身体検査、こちらを心配して声をかける大人。

 あいまいな反応しかできない。無気力が体を支配している。

 あの子は、マサキは無事だろうか・・・今の私が会いたいなどと言ってもいいのだろうか。

 

 何日経ったのだろう。

 昨日のことだった気がするし、もうずいぶん昔のような気もする。

 

「気分は・・・いいわけないか」

「ウォルターさん。また来たんですか」

「君の身柄は私に一任されている。保護者として面会に来るのは当然だ」

「あの子はどうなりましたか?」

「元気過ぎるぐらいだ。毎日たっぷりミルクを飲んでたっぷり寝ている。メイドたちがこぞって世話をやりたがって大騒ぎだ。君の弟の愛嬌は万人を魅了しているよ」

「あの子は本当にカワイイですから当然です」

「会いにいかないのか?」

「どの面下げて・・・あの子から故郷と両親を奪ったのは私なんですよ」

「何度も言うが君のせいじゃない。責められるべきは、君を利用しようとした愚か者たちだ」

「それでも・・・私はヒトじゃないですから」

 

 父が言った言葉は呪いのように纏わりつく。

 

「それでこの後どうしたい」

「どうでもいいです。もう私にはあの子しか・・・いえ、あの子もいなくなる。1人になる」

「ダメだな、そのままでは野垂れ死んでしまうぞ」

「そうでしょうね。私の命はここで消えたほうがいい」

 

 無気力な私の胸倉をウォルターさんが掴む。

 

「ガキが!甘ったれるなよ!消えたほうがいいだと、命を捨ててお前たちを守ろうとした両親に恥ずかしいとは思わんのか!」

「もうどうすれば、これ以上なにをすれば、知ってるなら教えてよ!!!!」

「いいだろう、どうせ捨てる命ならもらってやる。お前はメジロ家の起動部隊に入れ」

「そこでなにをすれば」

「決まっている!ヒトでなくなったなどというガキには相応しい仕事がまってるぞ!お前はバケモノらしく暴れるだけでいい、得意だろ?」

「最悪・・・最悪だ、結局あなたも私の力目当て・・・フフフッ、アハハハハハハハハ!!!傑作、本当に傑作ですよ。あークソ!クソクソクソクソクソクソクソッ!世の中マジでクソだ!」

「上層部はお前の力を欲している。野に放つ位なら処分しろとまでいう輩もいる。起動部隊に入れば衣食住の他、望むものはできる限り提供しよう」

「いいでしょう。条件が二つありますけど」

「言ってみろ」

「あの子を信頼できる施設に預けたい。私からは遠ざけてほしい」

「それぐらいなら容易い。もう一つは」

「仕事の内容・・・それって悪い奴を殺せる?」

「もちろんだ。奴らは潰しても潰しても湧いてくるぞ、満足するまで殺し尽くせ」

「契約成立ですね」

 

 メジロ家で仕事をすることになった。

 久しぶりに会う弟は無邪気に愛想を振りまいている。

 この間、私のせいで怖い思いをしたというのに、抱き上げた腕の中でスヤスヤと眠ってしまった。

 なんというか大物になる予感がする。少しは警戒心とかを養うんだぞ。

 あたたかい、心地よい重さ、この温もりを手放すなど考えられなかったというのに。

 今日、私はこの子とお別れする。

 

 孤児院、ここがマサキの新しい家。

 ウォルターさんが選んだのは、都市部から離れた場所にある、初老の男性が園長を務める施設だった。

 微弱な覇気を通してわかる、この人はとてもいいヒトだと。

 ここなら、ここでならきっとマサキはよい子に育つだろう。

 

 園長さんに挨拶をして手続きを行う。

 書類等の雑務は全てメジロ家がやってくれた。

 もう、行かなくては、腕の中で眠る弟の頭に優しく触れる。

 

「ごめんね、お姉ちゃん一緒にいられないの」

 

「あなたはちゃんとしたヒトになるんだよ」

 

 園長さんに向き直りマサキを手渡す。

 

「その子の名前はマサキ。私がこの世に存在する理由の全て。どうか、よろしくお願いします」

 

 涙が溢れてくる、お父さん、お母さん、これでいいんだよね。

 マサキは幸せになるべきなんだよね。

 

「確かにお預かりした。アンタの覚悟とメジロ家に誓ってこの子を立派に育ててみせよう」

 

 もう一度深く礼をして、その場を後にする。

 振り返るな、あの子にとってこれが最良なんだ。

 私が寂しいとかそんな感情はどうでもいい、マサキが幸せならそれでいい。

 ウォルターさんが待っている車に乗り、乱暴にドアを閉める。

 

「もういいのか?」

「行ってください・・・」

「今ならまだ間に合うぞ。一緒に暮らせるよう進言してもいい」

「いいから!!!行って!!!」

 

 車が発信する。離れる、離れていってしまう。

 自分の目からとめどなく溢れる涙が鬱陶しい、どんなにくいしばっても止まらない。

 

「泣きすぎだ、バカ者」

「泣いてなんかいません、これは汗です。バケモノはヒトみたいに泣かないんです」

「だったら汗を拭け、車が汚れる」

「こんな時ぐらい気をつかってくださいよ!!う、うわぁあああああマサキマサキマサキーー!!!!」

「めんどくさいな」

 

 大好きな弟へ。

 私はあなたのお姉ちゃんでいられなくなりました。

 恨んでくれて構いません、あなたを置いていくことに、許しを請うこともしません。

 あなたはあなたのまま立派なヒトになってください。

 それだけが私の願いです。

 

 これかも私は生きる。生きてあの子が住むこの世界を守る。

 そのためならいくらでも殺そう、何度でも血まみれになろう。

 私たちのような思いをする人がいなくなるように。

 

 私の名前はトキノミノル、全ての悪を断つ剣となるウマ娘。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。