陸自はドールズフロントライン、海自は艦これとアズールレーン、空自はアッシュアームズ三つの世界でバラバラになりながらでも生き残る   作:ゴーストライターとかした、素人小説書き

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注意

この小説は、シリアスとギャグが少し入っています。
それが、いやな方は、上にある矢印ボタンでブラウザバックを推奨します。
この世界はアズールレーンと艦これが入っているため人物が分かりやすいようにアズールレーンはA 艦これはCと表記します。
それでも、大丈夫な方はご覧ください。


1-5 鎮守府近海海戦の後...

1-5 鎮守府近海海戦の後

 

 呉鎮守府南西沖。

 

 敵艦隊が追撃を中止してから、二十五分が経過していた。

 

 即応連合艦隊は、北東への航行を続けている。

 

 先ほどまで空を埋めていた敵航空機の姿はない。

 

 高角砲も機関砲も沈黙し、砲身から残る煙だけが航跡の上へ細く流れていた。

 

 だが、誰も警戒を解いてはいなかった。

 

 残存する直掩機が艦隊上空を旋回する。

 

 各艦の見張員は、南西の水平線と雲の切れ間を交互に監視していた。

 

 敵艦隊が再び針路を変える可能性。

 

 離脱した攻撃隊が、別の方向から戻ってくる可能性。

 

 潜水艦級が、損傷して速力を落とした艦隊を待ち伏せている可能性。

 

 戦闘が終わったという確証は、まだどこにもなかった。

 

 旗艦赤城の艦橋。

 

「北東方向に複数の反応!」

 

 電探員の報告に、艦橋内の視線が表示器へ集まった。

 

「距離二万八千! 水上目標、十以上!」

 

赤城(艦娘)「識別信号は?」

 

「まだありません!」

 

 赤城は正面の窓へ視線を向ける。

 

 北東は、呉鎮守府のある方向だった。

 

 救援艦隊の到着予定時刻とも一致する。

 

 それでも、敵が味方の航路へ回り込んだ可能性を捨てることはできない。

 

赤城(艦娘)「全艦へ。北東方向に所属不明艦隊を確認。攻撃準備は維持してください。ただし、こちらから発砲してはいけません」

 

「了解!」

 

 命令が各艦へ伝えられる。

 

 艦隊外周の巡洋艦と駆逐艦が、北東方向へ砲塔を向けた。

 

 損傷している能代も、使用可能な主砲を旋回させる。

 

 航行不能の海防艦三号を曳航する二隻の駆逐艦は、進路を維持したまま対空火器を北東へ向けていた。

 

 双方の距離が縮まる。

 

 水平線の上へ、最初の艦影が現れた。

 

 大型の戦艦。

 

 その後方に巡洋艦と駆逐艦。

 

 さらに、曳航設備を備えた救難曳船と、医療要員を乗せた有人支援艦が続いている。

 

「先頭艦から発光信号!」

 

 信号員が点滅を読み取る。

 

「我、呉救援艦隊――旗艦、長門!」

 

 艦橋の各所から、抑えられていた息が漏れた。

 

 赤城は目を閉じかけたが、すぐに表情を戻した。

 

赤城(艦娘)「応答してください。こちら即応連合艦隊旗艦、赤城。敵艦隊は南西へ撤退。損傷艦多数。曳航中の有人海防艦一、被雷した巡洋艦一、艦首損傷の駆逐艦一。至急、救援を求む」

 

「送ります!」

 

 発光信号が返される。

 

 同時に、回復した無線機から低く落ち着いた声が届いた。

 

長門(艦娘)『こちら救援艦隊旗艦、長門。赤城、聞こえるか』

 

赤城(艦娘)「こちら赤城。明瞭に聞こえています」

 

長門(艦娘)『よく持ちこたえた。これより救援艦隊が後衛を引き受ける。損傷艦の状態を順番に送れ』

 

赤城(艦娘)「了解しました」

 

 赤城は海図上に記入された損傷艦の位置を確認する。

 

赤城(艦娘)「最優先は海防艦三号です。舵機損傷により航行不能。至近弾と機銃掃射を受け、負傷者多数。現在、駆逐艦二隻が曳航していますが、そのうち一隻は艦首を損傷しています」

 

長門(艦娘)『救難曳船二隻を向かわせる。曳航の移管が終わるまで、現在の曳航索を切るな』

 

赤城(艦娘)「続いて、重桜所属の軽巡洋艦、能代。左舷中央部に被雷。浸水が続いています。機関一基で航行中です」

 

長門(艦娘)『応急修理班と排水器材を送る。能代は速力を維持し、急な針路変更を避けろ』

 

能代(KAN-SEN)『こちら能代。了解しました』

 

 能代の声には、疲労が滲んでいた。

 

 それでも応答は明瞭だった。

 

長門(艦娘)『そのほかの負傷者は、支援艦へ移送する。ただし、今すぐ動かせない者を無理に移すな。各艦の医療担当が優先順位を判断しろ』

 

赤城(艦娘)「了解しました」

 

 救援艦隊が左右へ分かれる。

 

 巡洋艦と駆逐艦は即応連合艦隊の外周へ回り、南西方向に対する警戒線を形成した。

 

 有人支援艦が速度を落とし、小型艇を海面へ降ろす。

 

 白い腕章を付けた医療要員。

 

 工具と携帯式排水ポンプを抱えた応急修理員。

 

 予備の曳航索を積んだ作業員。

 

 小型艇は波を越え、損傷艦へ向かっていく。

 

 救難曳船二隻が、海防艦三号の左右へ接近した。

 

 先に投げ渡された細い索を使い、より太い曳航索が海面を渡っていく。

 

 海防艦の艦首にある曳航金具へ、曳航索が取り付けられる。

 

 張力が一方へ集中しないよう、二隻の曳船が慎重に速力を合わせた。

 

「救難曳船、曳航準備完了!」

 

「駆逐艦側の曳航索を順次解除します!」

 

 一本目の曳航索が緩められる。

 

 続いて二本目。

 

 海防艦三号の船体が一度だけ横へ流れたが、救難曳船がすぐに針路を修正した。

 

 損傷した駆逐艦二隻が、ようやく曳航任務から解放される。

 

 そのうち一隻は、艦首前部から黒煙を上げていた。

 

 前部主砲塔は沈黙したまま。

 

 甲板上では応急修理員が破孔の周囲へ支柱を組み、浸水の拡大を防いでいる。

 

長門(艦娘)『曳航の移管を確認した。損傷した駆逐艦は隊形中央へ入れ』

 

赤城(艦娘)「全艦、救援艦隊の指示に従ってください。陣形を組み直します」

 

 即応連合艦隊と救援艦隊が、一つの隊形へまとまっていく。

 

 外周には、まだ十分に戦える艦艇。

 

 その内側に、飛行甲板を損傷した二隻の赤城と被雷した能代。

 

 さらに中央へ、航行不能の海防艦と負傷者を乗せた支援艦が配置される。

 

 誰かを置き去りにすれば、艦隊は速く進める。

 

 損傷艦を切り離せば、敵の再追撃から逃げ切れる可能性も高くなる。

 

 だが、その選択を口にする者はいなかった。

 

長門(艦娘)『赤城』

 

赤城(艦娘)「はい」

 

長門(艦娘)『艦隊の指揮は、引き続きお前が執れ。こちらは後衛と損傷艦の支援に回る』

 

赤城(艦娘)「ですが、私の飛行甲板も損傷しています」

 

長門(艦娘)『指揮能力は失っていない。何より、各艦の状態を最も把握しているのはお前だ』

 

 赤城は短く沈黙した。

 

 救援艦隊が到着したからといって、それまで指揮していた者を直ちに交代させれば、情報の引き継ぎに時間が掛かる。

 

 損傷艦の位置。

 

 残弾。

 

 負傷者。

 

 敵が最後に確認された方位。

 

 今は、指揮系統を変えるべき時ではなかった。

 

赤城(艦娘)「了解しました。即応連合艦隊、帰投指揮を継続します」

 

長門(艦娘)『任せた』

 

 重桜の赤城から、通信が入る。

 

赤城(KAN-SEN)『指揮官様の鎮守府まで、もう一息ですわね』

 

赤城(艦娘)「ええ。ですが、入港するまでが作戦です」

 

赤城(KAN-SEN)『分かっていますわ。私も、もう誰かを失うのは御免ですもの』

 

 軽い口調ではなかった。

 

 重桜の赤城が展開する航空母艦も、飛行甲板の各所に弾痕を残している。

 

 甲板上では、帰還した艦載機が翼を畳んだまま並べられていた。

 

 再出撃できる機体は僅か。

 

 搭乗員と整備員は、飛行甲板上の消火設備と不発弾の確認を続けている。

 

赤城(艦娘)「呉鎮守府へ報告。救援艦隊との合流を完了。損傷艦を含む全艦、北東へ帰投を再開します」

 

大淀『こちら呉鎮守府。報告を確認しました』

 

 大淀の背後では、複数の電話と伝令の声が続いている。

 

大淀『入港順序を送ります。最初に海防艦三号と医療支援艦。続いて能代さんと損傷した駆逐艦。航空母艦二隻は大型修理岸壁へ誘導します』

 

赤城(艦娘)「了解しました」

 

大淀『港内の航路は確保済みです。曳船、医療班、消防隊、応急修理班を各岸壁へ配置しています』

 

 短い間を置き、大淀の声が僅かに柔らかくなった。

 

大淀『全員で帰ってきてください』

 

赤城(艦娘)「はい。必ず」

 

 通信が切れる。

 

 赤城は艦橋の正面へ向き直った。

 

 北東の水平線。

 

 島々の向こうには、呉鎮守府がある。

 

 敵艦隊の姿は、すでに電探から消えていた。

 

 南西の空にも、新たな航空機の反応はない。

 

 それでも警戒は続ける。

 

赤城(艦娘)「全艦、針路〇四五。速力は曳航隊に合わせます。対空、対潜警戒を継続してください」

 

「了解!」

 

 命令が艦隊全体へ伝えられる。

 

 損傷した艦艇が、速度を揃えて北東へ進み始めた。

 

 黒煙を上げる艦。

 

 船体を傾けた艦。

 

 曳航されなければ動けない艦。

 

 その周囲を、動ける艦艇が囲んでいる。

 

 勝利を示す旗は掲げられていない。

 

 歓声も上がらなかった。

 

 今はまだ、帰る途中だった。

 

 それでも、艦隊の中から欠けた艦影は一つもない。

 

 長く引き延ばされた航跡が、呉へ向かって一本につながっていた。

 

 それから、さらに数時間後。

 

 呉湾口。

 

 朝日はすでに高く昇っていた。

 

 島影の間を抜けた艦隊の前方に、呉鎮守府の港湾施設が見え始める。

 

 空襲によって損傷した建物。

 

 屋根の一部を失った格納庫。

 

 黒く焼け焦げた対空陣地。

 

 岸壁の一角からは、まだ細い煙が立ち上っていた。

 

 鎮守府もまた、無傷ではなかった。

 

 それでも、港は機能を失っていない。

 

 湾口の監視所から、入港を許可する発光信号が送られる。

 

 港内曳船が水先案内のため出迎え、即応連合艦隊の前方へ入った。

 

『こちら呉港湾管制。帰投艦隊を確認しました』

 

 雑音の少ない無線が、旗艦赤城の艦橋へ届く。

 

『これより指定された順序で入港してください。港内速力を厳守。曳航隊は第一救護岸壁へ。能代は第二修理岸壁。損傷駆逐艦は第三岸壁へ誘導します』

 

赤城(艦娘)「こちら赤城。了解しました」

 

『大型修理岸壁二か所を、両赤城のため確保しています。着岸後、艦載機の燃料と弾薬を優先して降ろしてください』

 

赤城(艦娘)「了解」

 

 赤城は艦隊内通信へ切り替えた。

 

赤城(艦娘)『全艦へ。これより入港します。海防艦三号を最優先。後続艦は港湾管制の指示に従ってください』

 

 艦隊の陣形が、ゆっくりと解かれていく。

 

 最初に、二隻の救難曳船に引かれた海防艦三号が前へ出た。

 

 上部構造物の一部は失われ、艦橋側面には機銃弾による穴が並んでいる。

 

 折れ曲がった手摺。

 

 海水を被った弾薬箱。

 

 土嚢と木材で塞がれた破孔。

 

 甲板に立つ乗員たちは、煤と血で汚れていた。

 

 それでも、艦尾には軍艦旗が残されている。

 

 風を受ける力さえ失い、濡れた布が旗竿へ張り付いていた。

 

「岸壁まで、あと百!」

 

 救難曳船の船員が声を上げる。

 

「曳航速力を落とせ!」

 

「右舷側、押せ!」

 

 二隻の曳船が前後に位置を変え、航行不能の船体を岸壁と平行にする。

 

 岸壁では、係留員が投げ渡された索を受け取った。

 

 太い係留索が巻き上げられる。

 

 海防艦三号の船体が、緩衝材へゆっくりと押し付けられた。

 

「接岸!」

 

「機関停止を確認!」

 

 待機していた医療班が一斉に動き出す。

 

 乗艦用の渡し板が掛けられるより先に、重傷者を運ぶための担架が並べられた。

 

「歩ける負傷者は右側へ!」

 

「担架搬送を優先! 頭部負傷者を先に降ろせ!」

 

「この者は胸部を負傷している! 揺らすな!」

 

 衛生員と船員が、担架を一つずつ岸壁へ運び出す。

 

 自力で歩ける負傷者も、軽傷者用の集合場所へ誘導された。

 

 その場で包帯を巻き直される者。

 

 壁へ背を預け、初めて力を抜く者。

 

 担架で運ばれる同僚の名を呼び続ける者。

 

 戦闘中には表へ出なかった疲労と痛みが、接岸したことで一度に現れていた。

 

 それでも、救護作業を妨げる歓声や出迎えはない。

 

 岸壁に集められた者は、全員が自分の仕事を続けている。

 

 次に、医療支援艦が接岸した。

 

 海上で収容された負傷者が、重症度に従って別々の車両へ搬送される。

 

 外科処置を必要とする者は地下救護所へ。

 

 火傷と骨折を負った者は鎮守府病院へ。

 

 軽傷者は岸壁脇に設けられた臨時救護所へ。

 

 救急車と輸送車が、途切れることなく岸壁を離れていった。

 

 その後方から、被雷した能代が入港する。

 

 船体は左舷へ傾いたまま。

 

 被雷箇所には応急用の防水材が押し当てられ、複数の排水管から絶えず海水が吐き出されている。

 

 港内曳船が左右へ付き、能代の船体を支えていた。

 

能代(KAN-SEN)『左舷側の浸水、増加なし。第二修理岸壁へ入ります』

 

 明瞭な報告だった。

 

 しかし、その声には先ほどより強い疲労が混じっている。

 

赤城(KAN-SEN)『能代。着岸したら、すぐに艤装を解除して治療を受けなさい』

 

能代(KAN-SEN)『ですが、船体の排水と損傷確認が――』

 

赤城(KAN-SEN)『応急修理班へ引き継ぎなさい。貴女が倒れれば、かえって作業を遅らせますわ』

 

 能代は短く沈黙した。

 

能代(KAN-SEN)『……了解しました』

 

 第二修理岸壁では、すでに大型起重機と排水設備が準備されている。

 

 係留索が固定される。

 

 陸上側の排水管が接続され、艦内へ流れ込んだ海水の排出が始まった。

 

 能代が展開していた巡洋艦の輪郭が、淡い光に包まれる。

 

 船体。

 

 砲塔。

 

 上部構造物。

 

 それらが光の粒子へ変わりながら縮小し、岸壁上に立つ能代の周囲へ集まっていく。

 

 やがて、巨大な巡洋艦は姿を消した。

 

 代わりに、損傷した艤装を背負う一人のKAN-SENが岸壁へ片膝をつく。

 

 能代の左脇腹付近では、艤装装甲が大きく割れていた。

 

 衣服にも海水と血が滲んでいる。

 

「能代さん!」

 

 待機していた重桜の医療要員が駆け寄る。

 

能代(KAN-SEN)「大丈夫です。自分で歩けます」

 

「歩かないでください! 担架をこちらへ!」

 

能代(KAN-SEN)「ですが――」

 

赤城(KAN-SEN)『能代』

 

 無線から届いた赤城の声に、能代の動きが止まる。

 

赤城(KAN-SEN)『命令を繰り返させないでくださいな』

 

能代(KAN-SEN)「……申し訳ありません」

 

 能代は抵抗をやめた。

 

 担架へ横たえられ、損傷した艤装を固定されたまま修理施設へ運ばれていく。

 

 次に、艦首へ爆弾を受けた駆逐艦が入港した。

 

 曳航索を最後まで守った艦だった。

 

 前部甲板は大きく陥没し、第一主砲塔は砲身を斜めに垂らしている。

 

 それでも機関は生きていた。

 

 港内曳船の補助を受けながら、自力で第三岸壁へ接岸する。

 

 艦娘が実艦形態を解除すると、損傷した艤装の重さに耐えきれず、その場へ膝をついた。

 

 待機していた仲間が左右から身体を支える。

 

「曳航索は……」

 

「大丈夫です。海防艦は、もう第一救護岸壁へ着いています」

 

「そう……よかった……」

 

 それを聞いた駆逐艦は、ようやく目を閉じた。

 

 意識を失った身体が担架へ載せられる。

 

 残る艦艇も、順番に港内へ入っていく。

 

 秋月が展開する駆逐艦。

 

 護衛についていた巡洋艦。

 

 救援艦隊の各艦。

 

 傷ついていない艦はほとんどない。

 

 外板には機銃弾の痕。

 

 甲板には至近弾による破片。

 

 対空砲の周囲には、撃ち尽くされた薬莢が山のように積み重なっている。

 

 それでも、すべての艦が自らの軍艦旗を掲げたまま呉へ戻ってきた。

 

 最後に、二隻の航空母艦が大型修理岸壁へ向かう。

 

 二人の赤城は、互いに距離を保ちながら港内を進んだ。

 

 艦娘の赤城が展開する航空母艦。

 

 重桜の赤城が展開する、赤と黒の飛行甲板を持つ航空母艦。

 

 構造も、艦載機の運用方法も異なる。

 

 だが、どちらの飛行甲板にも、同じ戦闘の痕跡が刻まれていた。

 

 艦娘側の赤城は、後部飛行甲板の外板が大きくめくれ上がっている。

 

 重桜側の赤城は、飛行甲板側面と艦橋周辺に無数の弾痕を残していた。

 

 修理岸壁から伸びた曳船が、両艦の左右へ付く。

 

 航空燃料を扱う作業員。

 

 弾薬を降ろす要員。

 

 不発弾処理班。

 

 消防隊。

 

 すべての人員が、事前に決められた位置で待機している。

 

「赤城一番岸壁、接岸準備完了!」

 

「赤城二番岸壁、係留索を送れ!」

 

 二隻の航空母艦が、ほぼ同時に岸壁へ接岸した。

 

 飛行甲板に残っていた航空機から、燃料と弾薬が降ろされる。

 

 不発弾がないことを確認。

 

 機関停止。

 

 艦内に残る人員の退艦。

 

 火災の再発がないことを確かめるまで、二人の赤城は実艦形態を解除しなかった。

 

 最後の整備員が舷側の階段を降りる。

 

 艦内の区画確認を終えた応急修理員が、安全を報告する。

 

「全員退艦を確認!」

 

「弾薬降ろし、完了!」

 

「航空燃料系統、安全!」

 

 その報告を受け、二隻の航空母艦が淡い光へ包まれた。

 

 巨大な船体の輪郭が揺らぐ。

 

 飛行甲板と艦橋が光の中へ溶け、岸壁の上へ集まっていく。

 

 光が収まった時、そこには二人の赤城が立っていた。

 

 艦娘の赤城は、損傷した弓型艤装を背負っている。

 

 右肩から袖にかけて破れ、頬には乾いた血が残っていた。

 

 重桜の赤城も、赤い飛行甲板型艤装の一部を失っている。

 

 狐耳は力なく伏せられ、普段は大きく広がる尾も海水と煤で汚れていた。

 

 待機していた整備員と医療要員が近づく。

 

「赤城さん、先に身体検査を受けてください」

 

赤城(艦娘)「その前に、艦隊全体の帰投確認を――」

 

「長門さんと大淀さんが引き継いでいます」

 

赤城(艦娘)「ですが――」

 

「負傷者が自分の状態を軽く判断しないでください。これは軍医からの命令です」

 

 地下救護所で隼人へ繰り返されたものと、ほとんど同じ言葉だった。

 

 赤城は一度だけ修理岸壁を振り返る。

 

 海防艦三号。

 

 能代。

 

 損傷した駆逐艦。

 

 そのほかの艦艇も、すでに指定された岸壁へ入っている。

 

 港内に、帰投していない味方艦の反応はない。

 

赤城(艦娘)「……分かりました。検査を受けます」

 

赤城(KAN-SEN)「私もご一緒しますわ。ここで倒れては、指揮官様に叱られてしまいますもの」

 

 二人の赤城が、医療要員に付き添われて臨時診察所へ向かう。

 

 その途中。

 

 重桜の赤城が、第一救護岸壁の方向へ目を向けた。

 

赤城(KAN-SEN)「あの殿方は、どちらにいらっしゃるのかしら」

 

赤城(艦娘)「渡邉さんですか?」

 

赤城(KAN-SEN)「ええ。私たちを見つけ、妨害を止めてくださったのでしょう?」

 

赤城(艦娘)「地下救護所へ戻されたと聞いています。負傷が悪化した可能性があります」

 

 重桜の赤城の狐耳が僅かに動く。

 

赤城(KAN-SEN)「また、無理をなさったのですね」

 

赤城(艦娘)「私たちが言えることではありません」

 

赤城(KAN-SEN)「それもそうですわね」

 

 二人は、自分たちの損傷した艤装へ目を向けた。

 

 今すぐ地下救護所へ向かうことはできない。

 

 まずは検査。

 

 続いて、艦載機と艤装の損害報告。

 

 戦死者、負傷者、行方不明者の確認。

 

 指揮官として、先に果たすべき責任が残されている。

 

赤城(艦娘)「すべて終わってから、渡邉さんのところへ行きましょう」

 

赤城(KAN-SEN)「ええ。その時は、私も同行いたしますわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 呉鎮守府、地下救護所。

 

 隼人は再び、最初に運び込まれた寝台へ横たわっていた。

 

 左肩には新しい包帯が巻かれ、腕全体が固定具によって身体の前へ留められている。

 

 開きかけていた縫合部は洗浄され、出血も止まっていた。

 

 幸い、縫い直すほど傷口は開いていない。

 

 だが、再び強い負荷を掛ければ、今度こそ縫合糸が切れる可能性があった。

 

軍医「左腕は動かさないでください」

 

隼人「動かしていない」

 

軍医「起き上がろうとするのも禁止です」

 

隼人「起き上がっていない」

 

軍医「先ほどから、三度も肘へ力を入れています」

 

隼人「姿勢を変えようとしただけだ」

 

軍医「姿勢を変える時は衛生員を呼んでください」

 

隼人「そこまで重傷ではない」

 

軍医「その判断をするのは私です」

 

 軍医は隼人の左肩を確認し、包帯の上から出血がないことを確かめた。

 

 続いて瞳孔と体温を測る。

 

軍医「目眩は?」

 

隼人「ない」

 

軍医「吐き気は?」

 

隼人「ない」

 

軍医「頭痛は?」

 

隼人「少しある」

 

軍医「最初に聞いた時は、ないと言いましたね」

 

隼人「その時は、気にならなかった」

 

軍医「痛みがあるかではなく、気になるかで答えないでください」

 

 隼人は黙った。

 

 返答すれば、さらに注意が続くと判断したらしい。

 

軍医「黙っても駄目です」

 

隼人「……軽い頭痛がある。意識は明瞭。視界に異常なし」

 

軍医「最初から、そう答えてください」

 

 軍医は記録用紙へ状態を書き込む。

 

 隼人の左耳には、小型の通信端末が残されていた。

 

 《みらい》本体は技術班区画で停止し、夕張と明石による損傷確認を受けている。

 

 それでも、音声だけは端末を通じてアイと接続されていた。

 

アイ『渡邉隼人。即応連合艦隊の入港が始まりました』

 

 隼人が僅かに顔を動かす。

 

隼人「海防艦三号は?」

 

アイ『第一救護岸壁へ接岸。乗員の搬送が継続しています』

 

隼人「能代は?」

 

アイ『第二修理岸壁へ接岸後、実艦形態を解除。医療施設へ搬送されました。意識は保たれています』

 

隼人「二隻の赤城は?」

 

アイ『大型修理岸壁へ接岸。艦載機の燃料および弾薬の搬出を完了。現在、医療要員による検査へ移行しています』

 

隼人「沈没艦は?」

 

アイ『ありません』

 

 短い答えだった。

 

 隼人は天井を見つめたまま、息を吐く。

 

隼人「行方不明艦は?」

 

アイ『現在までに報告されていません。ただし、航空機搭乗員および各艦乗員の確認は継続中です』

 

隼人「死傷者は?」

 

アイ『集計中です。正確な人数は確定していません』

 

隼人「分かった。確定したら知らせてくれ」

 

アイ『了解しました』

 

 軍医が記録用紙から顔を上げる。

 

軍医「今は休んでください」

 

隼人「全艦が戻ったことを確認した」

 

軍医「だからこそ、休めます」

 

 隼人は反論しなかった。

 

 地下救護所の天井越しに、港の音は聞こえない。

 

 艦艇の汽笛も。

 

 曳船の機関音も。

 

 岸壁を走る救急車も。

 

 分厚いコンクリートと地面が、すべての音を遮っている。

 

 それでも、左耳の端末から流れる無線が、港の状況を伝えていた。

 

『海防艦三号、負傷者搬送継続』

 

『第二修理岸壁、排水作業を開始』

 

『第三岸壁、駆逐艦の弾薬搬出完了』

 

『航空母艦二隻、全乗員退艦を確認』

 

 一隻ずつ。

 

 一人ずつ。

 

 戦場から呉へ戻ってくる。

 

 隼人は目を閉じた。

 

 眠るためではない。

 

 無線から届く声を、聞き逃さないためだった。

 

 それから一時間ほどが経過した。

 

 地下救護所へ運び込まれる負傷者の数は、ようやく減り始めていた。

 

 空いていた寝台の多くは埋まっている。

 

 包帯を巻かれた艦娘。

 

 損傷した艤装の一部を固定されたKAN-SEN。

 

 海防艦と支援艦から搬送された人間の乗員。

 

 医師と衛生員は寝台の間を行き来し、容体の変化と点滴の残量を確認していた。

 

 奥に設けられた手術区画では、まだ処置が続いている。

 

 救護所の中に戦闘音はない。

 

 代わりに聞こえるのは、器具の触れ合う音。

 

 短く交わされる医療用語。

 

 痛みを堪える呼吸。

 

 誰かの名を呼ぶ声だった。

 

 隼人は目を閉じたまま、それらを聞いていた。

 

 眠ってはいない。

 

 左肩の痛みと軽い頭痛が、意識を浅い場所へ引き戻し続けている。

 

アイ『渡邉隼人』

 

隼人「聞いている」

 

アイ『即応連合艦隊および救援艦隊に所属する全艦艇の入港確認が完了しました』

 

 隼人が目を開く。

 

隼人「水上艦艇の未帰還は?」

 

アイ『ありません。有人艦艇、艦娘、KAN-SENともに、所属艦艇の所在を確認しています』

 

隼人「航空隊は?」

 

アイ『艦載機および搭乗員の照合が継続しています。複数の未帰還機があります。最後に確認された墜落海域へ、哨戒艇と救難艇が向かっています』

 

隼人「敵は?」

 

アイ『敵艦隊からの妨害電波は、現在も探知していません。沿岸監視所および哨戒航空隊も、新たな敵反応を確認していません』

 

隼人「警戒は継続しろ」

 

アイ『了解しました』

 

 通信が途切れる。

 

 隼人は天井へ視線を戻した。

 

 水上艦艇はすべて帰った。

 

 だが、帰還していない航空機がある。

 

 戦闘機が撃墜される様子を、《みらい》の観測情報を通して何度も見ていた。

 

 操縦者が脱出できたのか。

 

 海面へ降りたあと救命装具が作動したのか。

 

 現時点では分からない。

 

 誰も置き去りにしないための作業は、まだ終わっていなかった。

 

 救護所の入口から、複数の足音が近づいてくる。

 

「面会は短時間にしてください」

 

 衛生員の声。

 

「負傷者を起こさないこと。大声も禁止です」

 

赤城(艦娘)「承知しています」

 

赤城(KAN-SEN)「私たちも負傷者ですもの。無理はさせませんわ」

 

 聞き覚えのある二つの声だった。

 

 隼人が顔だけを入口へ向ける。

 

 二人の赤城が、衛生員に案内されて救護所へ入ってきた。

 

 艦娘の赤城は艤装を外している。

 

 右肩から上腕にかけて包帯が巻かれ、破れていた袖も応急的に留められていた。

 

 額の横には小さな絆創膏。

 

 歩行に問題はないが、顔には疲労が残っている。

 

 重桜の赤城も、損傷した艤装を修理区画へ預けていた。

 

 左腕には包帯。

 

 狐耳の片方にも小さな保護布が巻かれている。

 

 九本の尾は人型へ戻っても煤と海水に汚れたままだった。

 

 二人が隼人の寝台へ近づく。

 

 隼人は右肘へ力を入れ、上半身を起こそうとした。

 

軍医「起きないでください」

 

 少し離れた机で記録を書いていた軍医が、顔を上げる。

 

隼人「来客だ」

 

軍医「負傷者同士です。礼儀より安静を優先してください」

 

赤城(艦娘)「そのままで構いません。むしろ、起きないでください」

 

 赤城も軍医と同じ言葉を重ねる。

 

 隼人は右肘から力を抜いた。

 

隼人「二人とも、検査は終わったのか?」

 

赤城(艦娘)「はい。私は右肩と頭部に軽傷。艤装と飛行甲板の修理には時間が掛かりますが、身体への大きな損傷はありません」

 

赤城(KAN-SEN)「私も同じですわ。しばらく艤装の展開は禁止されましたけれど、歩くことは許可されています」

 

軍医「面会は十分間です。それ以上は認めません」

 

赤城(KAN-SEN)「十分間あれば足りますわ」

 

 重桜の赤城が寝台脇の椅子へ腰を下ろす。

 

 艦娘の赤城も、その隣に置かれた椅子へ座った。

 

 二人とも、すぐには話さなかった。

 

 救護所の中では、別の負傷者の処置が続いている。

 

 感謝を伝えるために来たとしても、ここで戦勝を喜ぶことはできなかった。

 

 先に口を開いたのは、艦娘の赤城だった。

 

赤城(艦娘)「渡邉さん。改めて、お礼を言わせてください」

 

隼人「礼なら、無事に帰ってからでいいと言ったはずだ」

 

赤城(艦娘)「ですから、帰ってきました」

 

 赤城が、僅かに表情を緩める。

 

赤城(艦娘)「即応連合艦隊所属艦艇、救援艦隊所属艦艇ともに、全艦が呉へ入港しました。航行不能となった海防艦も、ここへ戻っています」

 

隼人「搭乗員の捜索は続いている」

 

赤城(艦娘)「はい。まだ全員が帰還したわけではありません」

 

 赤城の表情から、僅かな微笑が消える。

 

赤城(艦娘)「戦死者も出ています。重傷者も少なくありません。無事に戻ったと言い切ることはできません」

 

隼人「沿岸対空隊にも損害が出た」

 

赤城(艦娘)「聞いています」

 

 低空で侵入した高速機の攻撃を受けた第三低空対空隊。

 

 応答が途絶えたあとも射撃陣地へ残り、技術班区画へ向かう敵機へ損傷を与えた者たち。

 

 隼人が高速機を撃墜できたのは、それまでに敵機へ攻撃を加えた全員がいたからだった。

 

隼人「自分が撃墜した高速機も、最初から損傷していた。二人の赤城の航空隊と沿岸対空隊が傷を負わせていなければ、止められなかった」

 

赤城(艦娘)「分かっています」

 

隼人「対艦誘導弾も同じだ。無人偵察機が情報を送らなければ撃てなかった。そちらが救難信号を送り続けなければ、艦隊を見つけることもできなかった」

 

赤城(KAN-SEN)「ですから、何もかも貴方一人の功績だとは申し上げませんわ」

 

 重桜の赤城が静かに言う。

 

赤城(KAN-SEN)「私たちは戦い続けました。多くの子たちが傷つき、それでも退かなかった。呉の者たちも、最後まで役目を果たしたのでしょう」

 

隼人「ああ」

 

赤城(KAN-SEN)「ですが、貴方がいなければ救難信号は届かず、私たちは敵艦隊の位置さえ知られないまま沈められていた可能性が高い」

 

 赤い瞳が、寝台の隼人を真っ直ぐに見る。

 

赤城(KAN-SEN)「事実を大きく語る必要はありません。けれど、小さく扱う必要もないのではなくて?」

 

 隼人はすぐには答えなかった。

 

 重桜の赤城が告げた内容は、事実だった。

 

 《みらい》が信号を拾った。

 

 無人偵察機が艦隊を見つけた。

 

 対艦誘導弾が妨害中枢を止めた。

 

 そのどれかが欠ければ、結果は変わっていた。

 

 同時に、隼人だけで成立した戦闘でもない。

 

隼人「……自分が作った時間を、そちらが使った」

 

赤城(艦娘)「はい」

 

隼人「それで艦隊が帰れた」

 

赤城(艦娘)「そのとおりです」

 

隼人「なら、それでいい」

 

 艦娘の赤城が、小さく頷く。

 

赤城(艦娘)「私たちにとっても、それで十分です」

 

 しばらく、三人の間に沈黙が流れた。

 

 隣の寝台から、負傷者の寝息が聞こえる。

 

 衛生員が点滴瓶を交換し、足音を立てないよう離れていった。

 

赤城(艦娘)「小型無人偵察機のことも聞きました」

 

隼人「撃墜された」

 

赤城(艦娘)「私たちの位置と、敵艦隊の情報を最後まで送ってくれたそうですね」

 

隼人「あれは機械だ。与えた命令を実行しただけだ」

 

赤城(KAN-SEN)「それでも、役目を果たしたことに変わりはありませんわ」

 

隼人「代わりは、もうない」

 

赤城(艦娘)「同じ機体は一機だけだったのですか?」

 

隼人「ああ。予備機は回収されていない」

 

 小型無人偵察機は、敵艦隊近くの海底へ沈んでいる。

 

 回収は不可能。

 

 保存されていた映像と情報は受信できたが、機体そのものは戻らない。

 

赤城(艦娘)「……ありがとうございました」

 

 赤城は、失われた小さな機体へ向けるように言った。

 

 隼人は否定しなかった。

 

赤城(KAN-SEN)「一つ、お聞きしてもよろしいかしら」

 

隼人「何だ?」

 

赤城(KAN-SEN)「貴方は、どうしてそこまでなさったのです?」

 

 艦娘の赤城も、隼人へ視線を向ける。

 

赤城(KAN-SEN)「指揮官様を海から救い。呉の防空へ協力し。今度は、自ら負傷を悪化させてまで私たちを助けた」

 

 重桜の赤城の声に、普段の戯れるような響きはなかった。

 

赤城(KAN-SEN)「私たちは、貴方にとっては名前を知ったばかりの相手でしょう?」

 

隼人「救難信号が聞こえた」

 

赤城(KAN-SEN)「それだけですの?」

 

隼人「それで十分だ」

 

 隼人は迷わず答えた。

 

隼人「助けを求めている声を聞いた。助ける手段があった。なら、使わない理由はない」

 

 重桜の赤城の狐耳が、僅かに起き上がる。

 

 艦娘の赤城は、何も言わず隼人を見つめていた。

 

隼人「ただし、次も同じことができるとは限らない」

 

赤城(艦娘)「装備を使い果たしたからですか?」

 

隼人「対艦誘導弾は残っていない。無人偵察機も失った。《みらい》も左肩部と右脚部に損傷がある。自分の状態も、このとおりだ」

 

赤城(KAN-SEN)「つまり、今度は私たちが貴方を守る番ですわね」

 

隼人「まだ、そちらを信用したとは言っていない」

 

 重桜の赤城が目を細める。

 

赤城(KAN-SEN)「まあ。随分と慎重ですこと」

 

隼人「所属も指揮系統も、この世界の状況も分かっていない。警戒するのが普通だ」

 

赤城(艦娘)「それで構いません」

 

 艦娘の赤城が答える。

 

赤城(艦娘)「私たちも、渡邉さんと《みらい》について、分からないことばかりです。すぐに信じてほしいとは言いません」

 

隼人「助かる」

 

赤城(艦娘)「ですが、少なくとも私たちは、あなたを敵として扱うつもりはありません」

 

赤城(KAN-SEN)「ええ。命の恩人へ砲を向けるほど、恩知らずではありませんもの」

 

軍医「残り二分です」

 

 机から軍医の声が飛ぶ。

 

 重桜の赤城が、僅かに不満そうな顔をする。

 

赤城(KAN-SEN)「もう二分ですの?」

 

軍医「お二人も負傷者です。延長は認めません」

 

赤城(艦娘)「十分です。今日は顔を確認できただけでも」

 

 艦娘の赤城が椅子から立ち上がる。

 

 重桜の赤城も、少し遅れて腰を上げた。

 

赤城(艦娘)「渡邉さん。今度は、身体を起こせるようになってからお話ししましょう」

 

隼人「ああ」

 

赤城(KAN-SEN)「その時までに、私たちの名前を間違えない方法を考えておいてくださいな」

 

隼人「所属で呼び分ける」

 

赤城(KAN-SEN)「風情がありませんわね」

 

赤城(艦娘)「同じ名前なのですから、仕方ありません」

 

 重桜の赤城は小さく息を吐いたが、それ以上は言わなかった。

 

 二人が救護所の出口へ向かう。

 

 艦娘の赤城が途中で足を止め、一度だけ振り返った。

 

赤城(艦娘)「渡邉さん」

 

隼人「何だ?」

 

赤城(艦娘)「本当に、ありがとうございました」

 

 今度は、隼人も否定しなかった。

 

隼人「無事に帰ってきて何よりだ」

 

赤城(艦娘)「はい」

 

 二人の赤城が救護所を出ていく。

 

 その姿が通路の向こうへ消えた直後、別の人物が入口に現れた。

 

 書類を抱えた大淀だった。

 

大淀「失礼します」

 

軍医「次の面会ですか?」

 

大淀「いえ。短い報告だけです」

 

 大淀は隼人の寝台へ近づく。

 

 手にしているのは、艦隊損害報告ではない。

 

 呉周辺の海図。

 

 捜索区域を書き込んだ透明板。

 

 そして、隼人たちが搭乗していたUH-60JAに関する記録だった。

 

大淀「渡邉さん。あなたと一緒に、この世界へ来た可能性のある方々について報告します」

 

 隼人の表情が変わる。

 

隼人「見つかったのか?」

 

大淀「いいえ。現時点では、まだ」

 

 大淀は海図を開いた。

 

大淀「ですが、呉近海の敵航空戦力が後退したため、中断していた捜索を再開できます」

 

 海図上には、隼人が海中から救出された地点。

 

 UH-60JAの残骸が確認された地点。

 

 漂流物が回収された海域。

 

 潮流から算出された複数の捜索範囲が記されていた。

 

大淀「夜間まで、哨戒艇と沿岸部隊による捜索を継続します。明朝からは、水上偵察機と艦娘による広域捜索も開始します」

 

隼人「搭乗員は、自分を含めて四名だ」

 

大淀「はい。渡邉隼人さん以外の三名。お名前と特徴を、改めて確認させてください」

 

 隼人は海図へ目を向けた。

 

 兄。

 

 弟。

 

 そして、同じ機体へ乗っていた仲間。

 

 海へ投げ出されたのか。

 

 別の場所へ流されたのか。

 

 あるいは、自分とは異なる場所へ転移したのか。

 

 現時点では何も分からない。

 

隼人「話す。記録してくれ」

 

 大淀が筆記具を構える。

 

 隼人は一度だけ息を整え、行方の分からない三人の名を口にした。

 

 大淀が、一人ずつ記録していく。

 

 氏名。

 

 年齢。

 

 所属。

 

 身体的特徴。

 

 墜落時に着用していた服装と装備。

 

 隼人との関係。

 

 二人は兄弟。

 

 残る一人は、同じ機体へ乗っていた仲間だった。

 

大淀「三名とも、落雷を受ける直前まで機内にいたのですね?」

 

隼人「ああ。機体が制御を失ったあと、何が起きたかは分からない」

 

大淀「渡邉さん自身は、海中から発見されました」

 

隼人「自分だけが機外へ投げ出された可能性もある。だが、残骸の中に三人がいなかったのなら、同じように脱出したかもしれない」

 

大淀「回収された残骸から、遺体は発見されていません」

 

隼人「それだけでは、生存している証拠にはならない」

 

大淀「はい」

 

 大淀は、否定も安易な慰めも口にしなかった。

 

 海上で行方不明になった者が、装備も漂流物も残さず見つからない。

 

 その事実が意味する可能性を、彼女も理解している。

 

大淀「三名が携行していた無線機について、教えてください。使用できる周波数や、非常信号の形式が分かれば、監視所でも受信を試みます」

 

隼人「アイ。三人の装備情報を出せるか?」

 

アイ『任務記録に登録された携行装備を参照します』

 

 短い処理音が、隼人の左耳へ流れる。

 

アイ『任務前に共有された共通連絡周波数、識別符号および非常信号形式を確認しました』

 

隼人「技術班の記録装置へ出力できるか?」

 

アイ『現在、《みらい》と司令部通信網の直接接続は遮断されています』

 

大淀「安全確認のため、技術班が通信経路を閉じています」

 

隼人「当然だな」

 

 素性の分からない未来の装備を、軍事施設の通信網へ接続したままにするわけにはいかない。

 

隼人「夕張か明石を通して、記録媒体へ移せるか?」

 

アイ『可能です。ただし、通常通信は暗号化されているため、呉側の受信機だけでは内容を復号できません』

 

大淀「呉の受信機だけでは、声を聞けない可能性があるのですね」

 

隼人「暗号が使われていればな。だが、非常信号なら識別できる」

 

アイ『三名が規定に従って非常通信へ移行した場合、暗号化されていない救難信号を送信する可能性があります』

 

隼人「《みらい》の受信装置は動くか?」

 

アイ『長距離通信用アンテナに軽微な損傷があります。受信機能および周波数走査機能は使用可能です』

 

隼人「なら、三人の周波数を常時監視しろ」

 

アイ『《みらい》は現在、技術班区画において外部電源へ接続されています。受信監視の開始には、通信装置の再起動が必要です』

 

隼人「夕張に、自分が受信装置の再起動を許可したと伝えてくれ。送信機能は切ったままでいい」

 

大淀「私から技術班へ伝えます」

 

 大淀が野戦電話の受話器を取り、技術班へ指示を送る。

 

 ほどなく、アイが受信装置の起動完了を告げた。

 

アイ『《みらい》の長距離通信装置を受信専用状態で起動しました』

 

隼人「監視を開始」

 

アイ『了解。指定された周波数帯および非常信号形式の走査を開始します』

 

大淀「何か受信した場合は、司令部にも分かるのですか?」

 

アイ『該当信号を検出した場合、技術班の警報装置および渡邉隼人の通信端末へ通知します』

 

隼人「それでいい」

 

 受信を始めたからといって、信号が届くとは限らない。

 

 海へ沈んでいれば、無線機は使えない。

 

 負傷していれば、操作できない。

 

 そもそも三人が、この世界の同じ海域へ来た保証さえなかった。

 

大淀「渡邉さん」

 

隼人「何だ?」

 

大淀「今の捜索範囲は、あなたが発見された地点と、機体の残骸が確認された海域を中心に設定しています」

 

隼人「ああ」

 

大淀「ですが、三名が渡邉さんとは別の場所へ移動した可能性も考慮します。沿岸の監視所と、瀬戸内海を航行中の味方艦艇へ特徴を伝えます」

 

隼人「敵海域へ無理に捜索隊を出す必要はない」

 

大淀「捜索可能な範囲で行います」

 

 大淀は海図を畳まず、寝台脇の机へ置いた。

 

大淀「見つかるまで捜すとは、軽々しく約束できません。戦況によっては、捜索範囲を縮小しなければならない場合もあります」

 

隼人「分かっている」

 

大淀「ですが、今はまだ捜索を打ち切る段階ではありません」

 

 大淀は、記録した三人分の用紙を揃える。

 

大淀「三名とも、生存者として捜索します」

 

隼人「頼む」

 

 救護所の入口から、車輪の音が聞こえた。

 

 大淀が振り返る。

 

 衛生員に押された車椅子が、ゆっくりと救護所へ入ってくる。

 

 座っていたのは剣子だった。

 

 額には包帯。

 

 身体を起こしてはいるが、右の脇腹を庇うように背もたれへ寄りかかっている。

 

 その後ろには曙が付き添っていた。

 

曙(艦娘)「本当に短時間だけだからね。軍医から許可が出たのも、十分間だけよ」

 

剣子「分かっています」

 

軍医「分かっている方は、司令部へ戻ろうとはしません」

 

 記録机にいた軍医が、剣子へ厳しい視線を向ける。

 

剣子「戻ろうとしたのではありません。状況を確認しようとしただけです」

 

曙(艦娘)「司令部へ向かう廊下で?」

 

剣子「……道を間違えました」

 

曙(艦娘)「嘘が下手すぎるのよ、くそ提督」

 

 曙が車椅子を、隼人の寝台から少し離れた位置で止める。

 

 剣子は大淀の持つ捜索記録へ目を向けた。

 

剣子「ほかの三名について、確認は終わりましたか?」

 

大淀「はい。氏名、所属、特徴、携行装備を記録しました。無線周波数についても、技術班と共有を始めています」

 

剣子「捜索計画は?」

 

大淀「本日中は、哨戒艇と沿岸部隊が近海を捜索します。日没後は照明弾と探照灯を使用。明朝から水上偵察機を投入します」

 

剣子「敵の再襲撃に備える戦力は残してください」

 

大淀「防空および湾口警戒を維持できる範囲で編成しています」

 

剣子「分かりました。そのまま進めてください」

 

大淀「了解しました」

 

 大淀が敬礼する。

 

 剣子はそれに応じようと身体を起こしてはいるが、脇腹を庇うように背もたれへ寄りかかっている。

 

軍医「提督」

 

剣子「……口頭で済ませます。ご苦労さまです、大淀」

 

大淀「失礼します」

 

 大淀は海図と捜索記録を抱え、救護所を出ていった。

 

 残された剣子が、隼人へ向き直る。

 

剣子「渡邉さん」

 

隼人「身体を起こしていて大丈夫なのか?」

 

剣子「それを、あなたが言うのですか?」

 

 剣子の視線が、固定された隼人の左腕へ向けられる。

 

隼人「自分は今、寝ている」

 

剣子「そうなるまでに、何をしたのか聞いています」

 

隼人「必要なことだ」

 

剣子「私も、必要なことをしています」

 

軍医「負傷者同士で正当化し合わないでください」

 

 軍医の言葉に、二人とも口を閉じた。

 

 曙が呆れたように息を吐く。

 

曙(艦娘)「本当に似た者同士ね」

 

隼人「どこがだ?」

 

剣子「私にも分かりません」

 

曙(艦娘)「そういうところよ」

 

 剣子は僅かに表情を緩めた。

 

 だが、その顔はすぐに呉鎮守府の指揮官のものへ戻る。

 

剣子「渡邉さん。呉鎮守府司令官として、正式にお礼を申し上げます」

 

 剣子が車椅子の上で背筋を伸ばす。

 

剣子「あなたは、空襲を受けた呉の防衛に協力してくださいました。さらに、孤立していた即応連合艦隊を発見し、敵の妨害能力を無力化した」

 

 隼人は黙って聞く。

 

剣子「多くの損害が出ました。亡くなった方もいます。今も救護所で治療を受けている方や、海上で捜索されている搭乗員もいます」

 

 剣子の視線が、救護所に並ぶ寝台へ向かう。

 

剣子「それでも、救助できた命があります。戻ってきた艦があります。あなたの行動が、その助けになったことは間違いありません」

 

隼人「二人の赤城からも同じことを言われた」

 

剣子「では、今度は受け取ってください」

 

 剣子が、深く頭を下げようとする。

 

 脇腹を傷めないよう、僅かに上体を傾けるだけの礼だった。

 

剣子「ありがとうございました」

 

 隼人は、その言葉を否定しなかった。

 

隼人「感謝は受け取る」

 

剣子「はい」

 

隼人「だが、自分の立場はまだ決まっていない」

 

剣子「そのことについても、お話しに来ました」

 

 曙が剣子の隣へ椅子を運ぶ。

 

 剣子は座ったまま、言葉を選ぶように短く間を置いた。

 

剣子「現時点で、呉鎮守府はあなたを捕虜として扱いません」

 

隼人「理由は?」

 

剣子「あなたが、私たちと敵対する意思を示していないこと。呉と即応連合艦隊の救援に協力したこと。そして、あなたが所属を名乗った日本国が、私たちの把握する国家や敵対勢力と一致しないためです」

 

隼人「味方とも確認できない」

 

剣子「はい」

 

 剣子は曖昧にせず答えた。

 

剣子「ですから、当面は呉鎮守府の保護下にある所属不明者として扱います」

 

隼人「行動の制限は?」

 

剣子「軍事施設内です。許可なく立ち入れない区画があります。救護所を出られるようになったあとも、しばらくは案内役を付けます」

 

隼人「監視役ではなく?」

 

剣子「両方です」

 

 率直な答えだった。

 

隼人「妥当だな」

 

剣子「《みらい》と回収された装備については、技術班区画で保管します。弾薬と兵装は別の保管庫へ移し、封印します」

 

隼人「分解するつもりか?」

 

剣子「あなたとアイの許可なく、内部の分解は行わせません。ただし、火災や爆発の危険を確認するための外部点検は認めてください」

 

隼人「安全確認に必要な範囲なら構わない。だが、未知の部分へ無理に触れれば、安全装置が作動する可能性がある」

 

剣子「夕張さんと明石さんにも、そう伝えます」

 

アイ『対艦攻撃モジュールの五番発射筒および《みらい》左肩部については、外部からの衝撃を避ける必要があります』

 

隼人「アイから補足だ。五番発射筒と左肩部は動かさない方がいい」

 

剣子「記録させます」

 

 剣子の言葉を聞きながら、曙が手帳へ書き込む。

 

剣子「もう一つ。あなたの持つ技術と、二〇二一年の情報についてです」

 

隼人「引き渡せと言うのか?」

 

剣子「いいえ」

 

 剣子は、はっきりと否定した。

 

剣子「少なくとも今は、あなたへ供述や技術提供を強制するつもりはありません」

 

隼人「今は?」

 

剣子「未来の軍事情報を持つ方を、何の確認もなく自由にできないことは理解してください」

 

隼人「ああ」

 

剣子「同時に、私たちがあなたから何もかも奪ってよいとも考えていません」

 

 隼人は剣子の目を見る。

 

 その言葉を、どこまで信じてよいのか。

 

 まだ判断する材料は少ない。

 

 だが、剣子は装備の接収も、情報提供の強制も命じなかった。

 

 監視を隠そうともしない。

 

 少なくとも、今この場で述べている条件に不自然な点はなかった。

 

剣子「身体が回復してからで構いません。あなたにこの世界を知っていただくため、そして私たちがあなたを理解するために、改めて話し合う機会をいただけませんか?」

 

隼人「話し合うだけなら応じる」

 

剣子「ありがとうございます」

 

隼人「こちらからも条件がある」

 

剣子「聞かせてください」

 

隼人「三人の捜索を続けてほしい」

 

剣子「可能な限り続けます」

 

隼人「発見した場合、装備を持っているという理由だけで攻撃しないこと。三人とも、この世界の敵味方を知らない」

 

剣子「所属不明者として保護し、先に対話を試みます。ただし、相手から攻撃を受けた場合は別です」

 

隼人「それでいい」

 

剣子「ほかには?」

 

隼人「《みらい》とアイを、自分の許可なく別々にしないこと」

 

剣子「アイは、《みらい》から取り外せるのですか?」

 

隼人「方法はある。だが、ここで試すべきではない」

 

剣子「分かりました。記録します」

 

 曙の鉛筆が、紙の上を動く。

 

隼人「以上だ」

 

剣子「では、こちらからお願いがあります」

 

隼人「何だ?」

 

剣子「治療を受けてください」

 

 隼人は一瞬だけ黙った。

 

曙(艦娘)「それが一番大事でしょうが」

 

剣子「軍医の許可が出るまで、《みらい》の装着と兵装の使用は禁止します」

 

隼人「すでに任務は終わっている」

 

剣子「次に何か起きた時、また必要だと言って動くでしょう?」

 

隼人「状況による」

 

剣子「ですから、先に禁止しておきます」

 

隼人「自分は、あなたの指揮下ではない」

 

剣子「では、呉鎮守府の保護を受ける条件とします」

 

 隼人は言葉を返そうとした。

 

 だが、軍医が剣子の背後から強く頷いている。

 

 曙も腕を組み、逃がすつもりのない表情で隼人を見ていた。

 

 左耳から、アイの声が加わる。

 

アイ『現在の渡邉隼人による《みらい》の装着は推奨できません』

 

隼人「……分かった」

 

剣子「約束できますか?」

 

隼人「軍医の許可が出るまで装着しない」

 

軍医「兵装の操作も禁止です」

 

隼人「分かっている」

 

軍医「口頭で明確に答えてください」

 

隼人「兵装も操作しない」

 

軍医「結構です」

 

 軍医は満足したように記録用紙へ何かを書き加えた。

 

曙(艦娘)「機械と負傷者に囲まれて、やっと言うことを聞いたわね」

 

隼人「必要な条件が揃っただけだ」

 

剣子「それで構いません」

 

 剣子は車椅子の背もたれへ身体を預ける。

 

 話している間にも、顔色は少しずつ悪くなっていた。

 

軍医「時間です。提督も病室へ戻ります」

 

剣子「あと一つだけ」

 

軍医「短くしてください」

 

 剣子は隼人を見る。

 

剣子「渡邉さん」

 

隼人「何だ?」

 

剣子「あなたがいた場所へ戻る方法について、私たちも調べます」

 

隼人「手掛かりはない」

 

剣子「落雷。回収された機体。あなたと《みらい》が現れた海域。調べられるものは残っています」

 

隼人「通常の現象では説明できないぞ」

 

剣子「通常ではないものと、私たちは長く戦ってきました」

 

 深海棲艦。

 

 セイレーン。

 

 艦娘とKAN-SEN。

 

 隼人の知る常識では説明できない存在が、この世界にはすでにいる。

 

剣子「すぐに答えが見つかるとは言えません。それでも、何もしない理由にはなりません」

 

隼人「……そうだな」

 

剣子「それまでは、呉にいてください」

 

 命令ではなかった。

 

 同情だけでもない。

 

 行く場所のない異邦人へ差し出された、現実的な提案だった。

 

隼人「保護と監視を受けながらか?」

 

剣子「はい」

 

隼人「正直だな」

 

剣子「隠しても、すぐに分かりますから」

 

 隼人は短く息を吐いた。

 

隼人「分かった。当面は、ここにいる」

 

剣子「ありがとうございます」

 

 剣子の表情が、僅かに和らぐ。

 

軍医「今度こそ終わりです」

 

剣子「はい。戻ります」

 

 曙が車椅子の取っ手を握る。

 

 救護所の出口へ向かいかけたところで、剣子が振り返った。

 

剣子「渡邉さん」

 

隼人「まだ何かあるのか?」

 

剣子「今度は、お互いに傷が治ってから話しましょう」

 

隼人「ああ」

 

曙(艦娘)「その前に、二人とも治療から逃げないことね」

 

 曙が車椅子を押し、剣子とともに救護所を出ていった。

 

 足音と車輪の音が遠ざかる。

 

 軍医は隼人の脈拍と包帯を確認し、寝台脇の灯りを僅かに落とした。

 

軍医「これで面会は終わりです。今度こそ休んでください」

 

隼人「分かった」

 

軍医「本当に?」

 

隼人「ああ」

 

軍医「アイさん。渡邉さんが起き上がろうとしたら知らせてください」

 

アイ『了解しました』

 

隼人「勝手に引き受けるな」

 

アイ『渡邉隼人は、軍医の指示に従うと回答しました』

 

隼人「……そうだったな」

 

 軍医は救護所の奥へ戻っていく。

 

 隼人は天井を見上げた。

 

 地上では、空襲の復旧作業が続いている。

 

 損傷艦から弾薬と燃料を降ろす作業。

 

 破壊された対空陣地の整理。

 

 行方不明となった航空機搭乗員の捜索。

 

 死傷者の確認。

 

 戦闘が終わったからといって、すべてが元へ戻るわけではない。

 

 失われた無人偵察機も。

 

 撃ち尽くした対艦誘導弾も。

 

 傷ついた《みらい》も。

 

 すぐには戻らない。

 

 そして、兄弟と仲間の消息は、今も分からないままだった。

 

アイ『指定周波数帯の走査を継続しています』

 

隼人「反応は?」

 

アイ『該当する非常信号は検出していません』

 

隼人「そうか」

 

 予想していた答えだった。

 

 それでも、何も感じないわけではない。

 

 隼人は右手を胸元へ置いた。

 

 そこにあるはずの認識票は、救護の際に外され、寝台脇の保管箱へ収められている。

 

 四人で乗り込んだ機体。

 

 自分だけが、この場所で目を覚ました。

 

 残る三人が、同じ世界のどこかにいるのか。

 

 それとも、まったく異なる場所へ送られたのか。

 

 判断するための情報はない。

 

隼人「アイ」

 

アイ『はい』

 

隼人「信号がなくても、監視は続けろ」

 

アイ『了解しました』

 

隼人「一定時間ごとに、こちらから呼びかけることはできるか?」

 

アイ『指定周波数による短時間送信は可能です。ただし、呉鎮守府の位置および使用周波数を外部へ暴露する危険があります』

 

隼人「司令部と相談して、送信場所と時間を決める。それまでは受信だけでいい」

 

アイ『了解しました』

 

左耳の端末へ、司令部通信を監視していたアイが新たな報告を転送した。

 

アイ『海上捜索隊より入電。未帰還航空機一機の漂流物を発見。周辺海域の捜索を継続中です』

 

 搭乗員発見の報告ではなかった。

 

 それでも、救難艇は戻らない。

 

 日が沈むまで。

 

 照明が使える限り。

 

 捜索可能な海域が残されている限り。

 

 見つからない者を探し続けている。

 

 隼人は再び目を閉じた。

 

 今度は、無線へ意識を集中させるためではなかった。

 

 身体が休息を求めている。

 

 痛み止めも、ようやく効き始めていた。

 

アイ『渡邉隼人』

 

隼人「何だ?」

 

アイ『睡眠を推奨します』

 

隼人「言われなくても、そのつもりだ」

 

アイ『先ほどまで、睡眠を拒否していました』

 

隼人「状況が変わった」

 

アイ『了解しました』

 

 左耳の通信音量が、自動的に下げられる。

 

 完全には切れない。

 

 非常信号と警報だけは、すぐに隼人へ届く状態が維持されている。

 

 意識が、少しずつ沈んでいく。

 

 帰投艦の状態を告げる無線。

 

 救護所を行き来する足音。

 

 見知らぬ世界の通信。

 

 そのすべてが遠ざかっていく。

 

 隼人は、まだ元いた場所へ帰ってはいない。

 

 この世界へ戻るべき家があるわけでもない。

 

 ただ、海から拾い上げられ、呉鎮守府へ漂着しただけだった。

 

 それでも今、行方不明となった三人の名は、呉の捜索記録へ記されている。

 

 探しているのは、もう隼人一人ではない。

 

 その事実を確かめるように、遠くの通信所から捜索継続を告げる定時信号が送られた。

 

 短く。

 

 繰り返し。

 

 まだ見つからない者たちへ届くことを願うように。

 

 昭和十三年の呉で。

 

 渡邉隼人の、最初の一日が終わろうとしていた。

 

 




ハァ...ハァ...
い、一週間かかってしまった...
申し訳ない...少し、大学の事情で遅くなりました...
次回は、早めに書く予定です...
一応先に言いますが、私は絶対失踪はしません。
それだけは、お約束できます。

それでは、次回は空自二人を書きます。
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それでは...

※2026年8月26日リメイク完了

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