陸自はドールズフロントライン、海自は艦これとアズールレーン、空自はアッシュアームズ三つの世界でバラバラになりながらでも生き残る   作:ゴーストライターとかした、素人小説書き

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それでも、大丈夫な方はご覧ください。


Act.1 航空自衛隊 渡邉 勇翔、小貝 高虎 

Act.1 航空自衛隊 渡邉勇翔大尉・小貝高虎少佐

 

 ガシャン――

 

 金属同士が噛み合うような音がした。

 

 少し間を置き、もう一度。

 

 ガシャン――

 

「……ん……」

 

 渡邉勇翔は、浅い呼吸とともに意識を取り戻した。

 

 瞼は開かない。

 

 身体も、まだ動かさない。

 

 先に耳を澄ませる。

 

 硬い車輪が床を転がる音。

 

 足音は二人分。

 

 さらに遠くから、短い呼び出し音と複数の話し声が聞こえている。

 

 航空機の機関音ではない。

 

 風切り音も、回転翼の振動もなかった。

 

 身体の下にあるのは、UH-60JAの座席ではなく、柔らかく平らな寝台だった。

 

 空気には、消毒薬に似た臭いがある。

 

 病院。

 

 そう判断しかけたところで、最後の記憶が断片的に蘇った。

 

 UH-60JAの機内。

 

 窓の外を切り裂いた青白い閃光。

 

 機内へ響いた警報音。

 

 操縦席から飛び交う搭乗員の声。

 

 制御を失い、大きく傾く機体。

 

 機体後部で何かが弾ける音。

 

 小貝高虎。

 

 蓮。

 

 隼人。

 

 衝撃に備えて身体を丸めた直後、視界が白く染まった。

 

 そこから先は何も残っていない。

 

 勇翔は、ゆっくりと目を開いた。

 

 最初に見えたのは、白い天井だった。

 

 見覚えのない照明器具。

 

 天井の隅には、黒い半球状の装置が取り付けられている。

 

 監視装置。

 

 あるいは、何らかの観測装置。

 

 勇翔は顔を動かさず、視線だけを巡らせた。

 

 右腕には細い管が接続されている。

 

 胸部と両腕には、小さな検査器具が貼り付けられていた。

 

 包帯や固定具は見当たらない。

 

 手足にも拘束具は装着されていなかった。

 

 右手の指を一本ずつ動かす。

 

 問題なく動く。

 

 左手も同じ。

 

 両足にも感覚がある。

 

 呼吸時の胸部痛はない。

 

 頭痛も、吐き気も感じなかった。

 

 墜落した航空機から救助された直後とは思えないほど、身体は正常だった。

 

 それが、かえって不自然だった。

 

 勇翔は、自分の周囲を確認する。

 

 寝台は透明な隔壁によって囲まれていた。

 

 出入口は正面に一か所。

 

 隔壁の外側には、灰色の制服を着た二人の警備員が立っている。

 

 二人とも、勇翔の知らない形状の長銃を携えていた。

 

 銃口は床へ向けられているが、弾倉らしき部品は装着されたままだ。

 

 病室というより、隔離区画に近い。

 

 武器。

 

 無線機。

 

 携帯電話。

 

 身分証明書。

 

 自分が所持していたものは、寝台にも室内にも見当たらなかった。

 

勇翔「……病院、かな」

 

 呟いた声は掠れていた。

 

 警備員の一人が反応し、隔壁越しに勇翔を見る。

 

 敵意は感じない。

 

 だが、明確に警戒されていた。

 

 自分が拘束されていないのは、信用されているからではない。

 

 身体が動かないと判断されている可能性もある。

 

 勇翔は数秒間、呼吸を整えた。

 

 自分の状態。

 

 周囲の人数。

 

 出口。

 

 警備員の装備。

 

 確認すべきものは多い。

 

 だが、それ以上に確かめなければならないことがあった。

 

 小貝高虎。

 

 渡邉蓮。

 

 渡邉隼人。

 

 三人が、ここにいるのか。

 

 勇翔は右手で寝台の手摺を掴んだ。

 

 身体を起こそうと、腹部へ僅かに力を入れる。

 

 その瞬間。

 

勇翔「――いっ!」

 

 腰の奥へ、鋭い痛みが走った。

 

 皮膚や骨の表面ではない。

 

 背骨の左右を、内側から強く掴まれたような痛みだった。

 

 右腕から力が抜け、勇翔の背中が寝台へ戻る。

 

勇翔「痛ったぁ……何だ、これ……」

 

 透明な隔壁の外にいた警備員が、直ちに扉へ手を伸ばした。

 

 金属製の固定具が外れる。

 

 ガシャン――

 

 先ほどから聞こえていたのは、この扉の開閉音だった。

 

警備員「目が覚めたのか。動くな!」

 

 一人が室内へ入る。

 

 もう一人は出入口の外側へ残り、廊下と勇翔の双方を監視していた。

 

 室内へ入った警備員は長銃を背負ったまま、寝台の横へ近づく。

 

 勇翔へ銃口を向ける様子はない。

 

勇翔「すみません。起きようとしたら、急に腰が……」

 

警備員「そのまま横になっていろ。医師を呼ぶ」

 

勇翔「分かりました。それと、一緒にいた人たちは――」

 

警備員「質問はあとだ」

 

勇翔「……はい。お願いします」

 

 警備員が外側に残った同僚を見る。

 

警備員「ガミ、医師を呼べ! 意識が戻った!」

 

ガミ「了解!」

 

 もう一人の警備員が廊下へ走り出す。

 

 室内の警備員は、勇翔が再び起き上がらないよう寝台の横へ立っていた。

 

警備員「今、医師が来る。それまで動くな」

 

勇翔「そんなに危ない状態なんですか?」

 

警備員「それを調べるために医師を呼んでいる」

 

勇翔「それもそうですね」

 

 警備員の口調は荒い。

 

 しかし、勇翔の身体を乱暴に押さえつけることはなかった。

 

 勇翔は無理に会話を続けず、天井へ目を向ける。

 

 腰の痛みは残っている。

 

 それでも、最初の鋭さは少しずつ弱まっていた。

 

 足の痺れは感じない。

 

 身体のどこを損傷しているのか、勇翔には判断できなかった。

 

 複数の足音が近づいてくる。

 

 先ほど出ていったガミ。

 

 白い長衣を着た医師。

 

 その後ろには、器材を載せた台車を押す医療要員が続いていた。

 

医師「意識が戻ったのですね」

 

 医師は勇翔の頭側へ立ち、小型の照明器具を手に取った。

 

医師「私の声が聞こえますか?」

 

勇翔「はい。聞こえています」

 

医師「あなたの名前を言えますか?」

 

勇翔「渡邉勇翔です。航空自衛隊に所属しています。階級は大尉です」

 

医師「年齢は?」

 

 勇翔は自分の年齢を答えた。

 

医師「最後に覚えている日付は?」

 

勇翔「二〇二一年五月二十九日です」

 

医師「ここがどこか分かりますか?」

 

勇翔「病院だとは思います。でも、それ以上は分かりません」

 

医師「最後に覚えている出来事は?」

 

勇翔「UH-60JAで移動していました。飛行中に青白い光を受けて、機体が制御を失いました。そこから先は覚えていません」

 

医師「自分が誰と一緒にいたか、覚えていますか?」

 

勇翔「小貝高虎少佐。それから、兄が二人。渡邉蓮と渡邉隼人です。ほかに、機体を操縦していた搭乗員もいました」

 

 医師は記録用端末へ何かを入力した。

 

 勇翔はその表情を見ていたが、同行者について知っている様子は読み取れない。

 

医師「記憶は保たれているようですね。目で、この光を追ってください」

 

 小型照明が左右へ動く。

 

 勇翔は指示に従った。

 

 瞳孔反応。

 

 左右の視野。

 

 指の動き。

 

 足先の感覚。

 

 握力。

 

 医師は一つずつ確認していく。

 

医師「腰以外に痛む場所はありますか?」

 

勇翔「今のところはありません。頭痛も吐き気もないです」

 

医師「足の痺れは?」

 

勇翔「ありません」

 

医師「腰のどの辺りが痛みますか?」

 

勇翔「真ん中から左右です。起き上がろうとした瞬間、内側を掴まれたような感じがしました」

 

医師「動かないでください。検査します」

 

勇翔「お願いします」

 

 医療要員が、薄い板状の器具を勇翔の腰部へ差し込む。

 

 寝台脇の表示装置に、白と灰色の立体画像が浮かび上がった。

 

 骨格。

 

 筋肉。

 

 血管。

 

 さらに、神経らしき細い線。

 

 勇翔が知る医療用画像とは、表示方法が大きく異なっている。

 

 大きな作動音はない。

 

 身体へ何かが照射された感覚もなかった。

 

 医師は画像を拡大し、腰部を確認する。

 

 その手が止まった。

 

医師「……骨格に異常はありません」

 

勇翔「骨折はないんですね」

 

医師「はい。脊髄や靱帯にも、明らかな構造上の損傷は確認できません」

 

勇翔「それなら、何が痛んでいるんですか?」

 

 医師はすぐには答えなかった。

 

 画像の一部を切り替える。

 

 腰部周辺の神経が、淡い色で表示された。

 

医師「神経の一部に、強い興奮状態が見られます。それに反応して、周辺の筋肉が急激に収縮した可能性があります」

 

勇翔「神経が、痛みを起こしている?」

 

医師「現時点では、そのように考えています」

 

勇翔「原因は墜落の衝撃ですか?」

 

医師「詳しい検査が必要です」

 

 説明できないのか。

 

 説明するつもりがないのか。

 

 勇翔には判断できなかった。

 

 医師が点滴の接続部へ、小さな透明容器を取り付ける。

 

 淡い黄色の薬液が管の中へ流れ始めた。

 

医師「神経の興奮を抑える薬です。身体が熱く感じる場合があります」

 

勇翔「注射じゃないんですね」

 

医師「注射の方がよかったですか?」

 

勇翔「いえ。痛くない方でお願いします」

 

 医師の口元が僅かに緩んだ。

 

 数秒後。

 

 右腕から肩へ、温かな感覚が広がる。

 

 やがて、胸部から腹部まで熱が拡がっていった。

 

 勇翔は僅かに眉を寄せる。

 

医師「苦しいですか?」

 

勇翔「少し熱いです。でも、大丈夫です」

 

医師「そのまま、ゆっくり呼吸してください」

 

 腰の痛みが僅かずつ遠のいていく。

 

 完全には消えない。

 

 だが、身体を突き抜けた鋭さは失われた。

 

医師「痛みは?」

 

勇翔「かなり楽になりました。ありがとうございます」

 

医師「だからといって、起き上がってはいけませんよ」

 

勇翔「……やっぱり駄目ですか」

 

医師「少なくとも、再検査が終わるまでは禁止です」

 

勇翔「分かりました。今度は大人しくしています」

 

医師「今度は、ではなく、必ず守ってください」

 

勇翔「はい」

 

 医師は記録を終えると、警備員へ視線を向けた。

 

医師「身体を起こさせないようにしてください。質問を受ける場合も短時間に」

 

警備員「分かった」

 

勇翔「待ってください」

 

 部屋を出ようとした医師が振り返る。

 

勇翔「一緒にいた人たちは、ここにいるんですか?」

 

医師「私からは答えられません」

 

勇翔「答えられる人はいますか?」

 

医師「まもなく来ます」

 

勇翔「……分かりました」

 

 医師と医療要員が部屋を出る。

 

 透明な隔壁の扉が閉まり、固定具が掛けられた。

 

 ガシャン――

 

 勇翔は、その音を聞きながら室内を見渡した。

 

 武器はない。

 

 通信手段もない。

 

 身体も満足には動かせない。

 

 相手の組織も、目的も不明。

 

 だが、治療は受けている。

 

 警備員も医師も、勇翔へ不必要な危害を加えてはいない。

 

 捕虜なのか。

 

 保護されているのか。

 

 現時点では、どちらとも断定できなかった。

 

 廊下から、新しい足音が聞こえる。

 

 一人。

 

 歩幅は狭い。

 

 足音が近づくにつれて、警備員二人の姿勢が変わった。

 

 背筋を伸ばし、通路を空ける。

 

 透明な隔壁の向こうに、白い軍服を着た人物が現れた。

 

 小柄な身体。

 

 目元を覆う銀色のバイザー。

 

 外見だけなら、十代半ばの少年に見える。

 

 しかし、二人の武装警備員は、その少年へ明確な敬意を示していた。

 

 隔壁の固定具が解除される。

 

 少年は一人で病室へ入った。

 

 勇翔の寝台から二歩離れた位置で立ち止まる。

 

 不用意には近づかない。

 

 勇翔の手が届かず、それでいて会話には遠すぎない距離だった。

 

代理人「初めまして。渡邉勇翔大尉ですね」

 

 自分の名前と階級。

 

 勇翔の表情が僅かに変わる。

 

 それでも、直ちに相手を問い詰めることはしなかった。

 

 少年の姿勢。

 

 両手の位置。

 

 武器の有無。

 

 警備員との関係。

 

 それらを確認してから、穏やかに尋ねる。

 

勇翔「初めまして。……すみません。どうして僕の名前と階級を知っているんですか?」

 

 少年は白い軍服の内側から、一枚のカードを取り出した。

 

 航空自衛官身分証明書。

 

 間違いなく勇翔のものだった。

 

代理人「あなたが所持していた物です。身元を確認するために内容を確認しました」

 

勇翔「ああ、これを持ってたんですね。なくしたのかと思いました」

 

代理人「勝手に確認したことは謝ります。ただ、あなたが誰なのかを知るために必要でした」

 

勇翔「事情が事情ですから、それは大丈夫です」

 

 勇翔は身分証明書から少年へ視線を戻す。

 

勇翔「それで、あなたは?」

 

代理人「僕は、灰燼教会から権限を委任されている代理人です」

 

勇翔「灰燼教会……代理人……」

 

 どちらも、勇翔の記憶には存在しない組織と役職だった。

 

勇翔「分かりました、代理人さん。聞きたいことはたくさんあります」

 

 勇翔は一度言葉を切った。

 

 口調は変わらない。

 

 だが、表情から僅かな柔らかさが消える。

 

勇翔「でも、その前に仲間のことを教えてください。小貝高虎少佐と、僕の兄たちは無事ですか?」

 

 代理人は勇翔を見た。

 

代理人「小貝高虎少佐は無事です」

 

 最初に、その事実を伝えた。

 

代理人「あなたより少し早く意識を取り戻しました。検査は継続していますが、命に別状はありません」

 

 勇翔の肩から、目に見えて力が抜けた。

 

勇翔「……よかったぁ」

 

 強張っていた表情が緩む。

 

 勇翔は右手で目元を押さえ、深く息を吐いた。

 

勇翔「本当に、よかった……」

 

 小貝が生きている。

 

 それを確認できただけで、胸の奥に詰まっていたものが僅かに軽くなった。

 

 だが、まだ二人いる。

 

 勇翔は顔を上げた。

 

勇翔「蓮兄さんと隼人兄さんは?」

 

 代理人はすぐには答えなかった。

 

 その沈黙によって、勇翔の表情が再び引き締まる。

 

代理人「現在までに、発見できていません」

 

勇翔「……そうですか」

 

代理人「あなた方が発見された場所と、その周辺は捜索しています。ただ、救助班が回収できたのは、あなたと小貝少佐の二人だけです」

 

勇翔「遺体は?」

 

代理人「見つかっていません」

 

勇翔「血痕や、二人の持ち物は?」

 

代理人「それも確認されていません」

 

 勇翔は目を閉じた。

 

 発見されていない。

 

 遺体も、血痕も、所持品もない。

 

 ならば、死亡したと判断する材料はない。

 

勇翔「それなら、二人は行方不明です」

 

代理人「はい。僕たちも、そのように扱っています」

 

勇翔「捜索を続けてもらえますか?」

 

代理人「すでに捜索班を出しています。あなた方が発見された場所を中心に、範囲を広げているところです」

 

勇翔「ありがとうございます」

 

 勇翔は頭を下げようとして、身体へ力を入れかけた。

 

 腰の奥に鈍い痛みが戻る。

 

勇翔「痛っ……」

 

代理人「動かない方がいいですよ」

 

勇翔「そうみたいですね。頭を下げるのも駄目か……」

 

 勇翔は諦めて寝台へ身体を預けた。

 

 代理人は、勇翔の身分証明書を寝台脇の台へ置く。

 

代理人「ほかの所持品も保管しています。衣服、通信機器、携帯電話、腕時計。それから、武器と思われる物がいくつか」

 

勇翔「武器は返してもらえませんよね」

 

代理人「今すぐには」

 

勇翔「まあ、そうなりますよね。僕でも同じ判断をします」

 

 身元も所属も確認できない武装した人間が、見知らぬ場所へ突然現れた。

 

 治療を施しても、武装解除と監視は続ける。

 

 勇翔にとって、理解できない対応ではなかった。

 

勇翔「小貝さんに会えますか?」

 

代理人「医師の許可が出れば」

 

勇翔「まだ駄目ですか」

 

代理人「あなたは、目を覚ましてすぐに起き上がろうとしたそうですね」

 

勇翔「……聞いてたんですか?」

 

代理人「医師から報告を受けました」

 

勇翔「一度だけです」

 

代理人「一度でも十分です」

 

勇翔「代理人さんまで医師と同じことを言うんですね」

 

代理人「大切なことですから」

 

 銀色のバイザーに目元を隠されているため、表情のすべては読み取れない。

 

 それでも、声には僅かな呆れが混じっていた。

 

勇翔「分かりました。許可が出るまでは大人しくしています」

 

代理人「必ず守ってくださいね」

 

勇翔「努力します」

 

代理人「努力ではなく、守ってください」

 

勇翔「……はい」

 

 代理人は小さく息を吐いた。

 

勇翔「それで、ここはどこなんですか?」

 

代理人「それについては、小貝少佐と一緒に説明します」

 

勇翔「僕たちが同じ質問をするからですか?」

 

代理人「それもあります。それに、言葉だけで説明するより、実際に見てもらった方が早いと思います」

 

 代理人は、白い遮蔽板が下ろされた窓へ顔を向けた。

 

勇翔「外に、何かあるんですか?」

 

代理人「あります」

 

勇翔「日本じゃないものが?」

 

 代理人は少しだけ間を置いた。

 

代理人「少なくとも、あなたが知っている日本ではありません」

 

 勇翔は代理人を見る。

 

 冗談を言っている様子はない。

 

 予想していなかった答えではなかった。

 

 警備員の制服。

 

 見たことのない銃。

 

 医療装置。

 

 灰燼教会という組織。

 

 外見十代半ばの少年へ、武装した警備員が示した態度。

 

 ここが日本ではない可能性は、すでに考えていた。

 

 だが、それを相手の口から明言されると、受け止め方は変わる。

 

勇翔「……そうですか」

 

代理人「驚かないのですね」

 

勇翔「驚いてますよ。ただ、今騒いでも場所が変わるわけじゃありませんから」

 

 勇翔は困ったように笑う。

 

勇翔「小貝さんと会ってから、詳しく聞かせてください」

 

代理人「そのつもりです」

 

勇翔「お願いします」

 

     *

 

 それから、およそ一時間後。

 

 再度の診察を終えた勇翔は、医師の許可を受けて寝台から車椅子へ移された。

 

 自力で立つことは許されなかった。

 

 腰部には幅の広い固定帯が巻かれ、点滴の容器も車椅子脇の支持具へ取り付けられている。

 

 病院内で用意された服の上から、薄い毛布が掛けられた。

 

医師「腰を捻らないでください。痛みが強くなった場合や、足に痺れが出た場合は、すぐに申告してください」

 

勇翔「分かりました」

 

医師「自分で車椅子を動かそうとしないでください」

 

勇翔「右腕は動きますよ?」

 

医師「動かさないでください」

 

勇翔「……はい」

 

 車椅子の後ろに立った医療要員が、その取っ手を握る。

 

 代理人が先に病室を出た。

 

 勇翔の左右には、先ほどと同じ二人の警備員が付く。

 

 長銃は携行しているが、勇翔へ向けられてはいない。

 

 一行は隔離病棟の廊下を進んだ。

 

 床も壁も清潔に保たれている。

 

 行き交う医療要員の服装には統一感があった。

 

 しかし、壁に記された文字や案内表示は、勇翔の知る病院とは異なっている。

 

 読める文字。

 

 読めない文字。

 

 複数の言語が、一つの案内板へ並べられていた。

 

 その中には日本語と同じ表記もある。

 

 だが、併記された他の言語には、勇翔が見たことのない文字も混じっていた。

 

 通路の先にある昇降機へ入る。

 

 代理人が最上階を選択した。

 

勇翔「上に行くんですか?」

 

代理人「屋上に、患者用の休養区画があります。そこで小貝少佐が待っています」

 

勇翔「小貝さんは歩けるんですね」

 

代理人「医師からは、短時間なら許可されています」

 

勇翔「僕より元気そうだなぁ」

 

代理人「小貝少佐も、同じようなことを言っていましたよ」

 

勇翔「何て?」

 

代理人「勇翔は自分より若いから、先に歩いているだろう、と」

 

 勇翔は困ったように笑った。

 

勇翔「外れましたね」

 

 昇降機が停止する。

 

 扉の向こうから、風の音が聞こえた。

 

 医療要員が車椅子を押し、屋上へ出る。

 

 乾いた風が、勇翔の髪を揺らした。

 

 空気には、僅かに煤と油の臭いが混じっている。

 

 屋上の周囲には高い金属柵が設けられ、その内側へ植木と長椅子が並べられていた。

 

 休養区画の奥。

 

 金属柵の前に、一人の男が立っている。

 

 病院から貸与された衣服。

 

 左腕には、医療用の固定帯。

 

 頭部に目立った傷はない。

 

 背筋を伸ばして立つ、その後ろ姿を勇翔は見間違えなかった。

 

勇翔「あれ……小貝さん?」

 

 男が振り返る。

 

 小貝高虎の目が大きく開かれた。

 

小貝「勇翔!」

 

 小貝はすぐに歩き出した。

 

 だが、二歩目で僅かに足元を揺らし、同行していた医療要員から肩を支えられる。

 

医療要員「急に動かないでください!」

 

小貝「すまない」

 

勇翔「大丈夫ですか?」

 

小貝「お前に心配されるほどではない」

 

勇翔「今、ふらついてましたよ」

 

小貝「一度だけだ」

 

勇翔「僕も同じことを言いました」

 

 勇翔の言葉に、小貝は一瞬だけ黙った。

 

 それから、二人とも僅かに笑う。

 

 小貝はゆっくりと勇翔の前まで来ると、無事な右手を差し出した。

 

 勇翔も右手を伸ばす。

 

 二人の手が固く握られた。

 

小貝「生きていたか」

 

勇翔「小貝さんも。顔を見たら、やっと安心しました」

 

小貝「ああ。俺もだ」

 

 小貝の声は平静を保っていた。

 

 だが、握った右手には強く力が込められている。

 

 勇翔も、その手を握り返した。

 

小貝「腰を負傷したと聞いた」

 

勇翔「骨には異常がないらしいです。ただ、立とうとすると怒られます」

 

小貝「なら、立つな」

 

勇翔「小貝さんも、人のことは言えませんよ」

 

 左腕の固定帯。

 

 僅かに不安定な足元。

 

 自分より軽傷に見えても、無傷ではない。

 

 小貝は、勇翔の車椅子の横にある長椅子へ腰を下ろした。

 

 その表情が変わる。

 

小貝「蓮と隼人は?」

 

勇翔「まだ見つかってません」

 

 小貝が俯く。

 

小貝「……そうか」

 

勇翔「でも、死亡が確認されたわけじゃありません。遺体も、血痕も、二人の持ち物も見つかっていないそうです」

 

小貝「発見されたのは、俺たちだけか」

 

勇翔「はい」

 

 小貝の右手が、膝の上で強く握られた。

 

小貝「俺は、あの機内で先任者だった」

 

勇翔「小貝さん」

 

小貝「異常が起きた時、もっと早く二人のところへ行けていれば――」

 

勇翔「それは違います」

 

 勇翔の声から柔らかさが消えた。

 

 声を荒らげたわけではない。

 

 それでも、小貝の言葉を明確に遮った。

 

勇翔「あの揺れでは、席を離れることもできませんでした。操縦していた隊員たちも、最後まで機体を立て直そうとしていました」

 

小貝「だが、俺は二人の近くにいた」

 

勇翔「僕も同じ機内にいました。でも、何もできなかった」

 

 小貝は答えない。

 

勇翔「誰か一人が悪かったから墜落したわけじゃありません。何が起きたのかさえ、まだ分かってないでしょう?」

 

小貝「……ああ」

 

勇翔「今は、できなかったことを数える時じゃありません。二人を探すのが先です」

 

小貝「まだ生きていると思うか」

 

勇翔「思います」

 

 勇翔は迷わず答えた。

 

勇翔「蓮兄さんも隼人兄さんも、そう簡単に死ぬ人じゃありません。それに、二人が死んだ証拠は何もないでしょう?」

 

小貝「ああ」

 

勇翔「なら、勝手に死んだことにしたら、あとで二人に怒られますよ」

 

 小貝の握っていた右手から、僅かに力が抜ける。

 

小貝「蓮には殴られるかもしれんな」

 

勇翔「隼人兄さんは、何も言わずに睨んできそうです」

 

小貝「それはそれで怖いな」

 

勇翔「でしょう?」

 

 ほんの短い間だけ、二人の表情が緩んだ。

 

 少し離れた位置で、代理人が二人の会話を聞いている。

 

 勇翔が代理人へ顔を向けた。

 

勇翔「代理人さん。二人の捜索をお願いします」

 

小貝「俺からも頼む。俺たちと同じ航空機に搭乗していた者が、ほかにもいる。発見された者がいれば、直ちに知らせてほしい」

 

代理人「分かりました。搭乗員を含めて捜索は継続します。新しい情報が入り次第、二人にも伝えます」

 

勇翔「ありがとうございます」

 

小貝「感謝する」

 

 代理人は頷いた。

 

 それから、屋上の端へ向かって歩き出す。

 

代理人「では、二人がいる場所について説明します」

 

 医療要員が、勇翔の車椅子を押す。

 

 小貝も付き添いを受けながら立ち上がった。

 

 三人が金属柵の前へ近づく。

 

 それまで屋上設備に遮られていた景色が、勇翔の視界へ入った。

 

勇翔「……え?」

 

 勇翔の声が止まる。

 

 眼下に広がっていたのは、彼の知るどの都市とも異なる光景だった。

 

 地平線近くまで続く建物。

 

 無数の煙突。

 

 複雑に入り組んだ鉄道。

 

 空へ伸びる塔。

 

 古い石造建築の隣に、巨大な工場が建っている。

 

 蒸気を上げる列車の上空を、見たことのない飛行物体が横切っていく。

 

 異なる時代。

 

 異なる文化。

 

 本来なら同じ場所に存在しないはずのものが、巨大な一つの都市へ押し込められていた。

 

 そして、その遥か向こう。

 

 都市と外界を分断する巨大な防壁が、空を切り取るように立ちはだかっている。

 

 あまりにも遠い。

 

 それでも、壁の上端を見上げなければならないほど高い。

 

 勇翔は空へ目を向けた。

 

 雲はある。

 

 太陽もある。

 

 だが、その下に広がるものは、彼が知る日本ではなかった。

 

 隣に立つ小貝も、言葉を失っている。

 

小貝「……ここは、本当に地球なのか?」

 

代理人「僕たちは、ここを地球と呼んでいます」

 

小貝「俺たちがいた地球と同じなのかと聞いている」

 

代理人「それは、まだ分かりません」

 

 代理人は二人の前へ立ち、眼下の都市へ視線を向けた。

 

 乾いた風が、白い軍服の裾を揺らす。

 

代理人「改めて、二人を歓迎します」

 

 勇翔と小貝が、その小さな背中を見る。

 

代理人「ここは、人類最後の要塞都市――Cityです」

 

 勇翔は再び、巨大な防壁を見上げた。

 

 兄たちの姿はない。

 

 帰るべき場所も見えない。

 

 自分たちが何に巻き込まれたのかさえ、まだ分からない。

 

 それでも、小貝だけは隣にいる。

 

 生きている。

 

 今は、それだけが確かな事実だった。

 




はい。
今回は、短めなものです。
結構セリフを考えましたが、かなりダサイような...
とりあえずは、次回もがんばります!

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※2026年8月26日リメイク完了

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