陸自はドールズフロントライン、海自は艦これとアズールレーン、空自はアッシュアームズ三つの世界でバラバラになりながらでも生き残る   作:ゴーストライターとかした、素人小説書き

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注意

この小説は、シリアスとギャグが少し入っています。
それが、いやな方は、上にある矢印ボタンでブラウザバックを推奨します。
この世界はアズールレーンと艦これが入っているため人物が分かりやすいようにアズールレーンはA 艦これはCと表記します。
それでも、大丈夫な方はご覧ください。


2-1 儚き夢

2-1 儚き夢

 

「大尉!」

 

「おい、坊主! いつまで寝ている!」

 

「隼人大尉、起きて!」

 

 遠くから、幾つもの声が聞こえる。

 

 聞き間違えるはずがない。

 

 怒鳴る声。

 

 笑いを堪えている声。

 

 無線越しに何度も自分の名を呼んだ声。

 

 もう二度と聞くことはできないと思っていた、懐かしい声だった。

 

「起きろ」

 

「まだ終わっていないぞ」

 

「仲間が待っている」

 

隼人「……ん……」

 

 瞼を開く。

 

 空は、夕暮れとも夜明けともつかない赤色に染まっていた。

 

 風はない。

 

 音もない。

 

 隼人の身体は、赤い花の中へ横たわっている。

 

 細い茎の先で、彼岸花が一面に咲いていた。

 

 どこまで続いているのか分からない。

 

 赤い花の海と、色のない空。

 

 その境目に、人影が並んでいる。

 

隼人「……ここは……」

 

 上半身を起こした隼人の動きが止まる。

 

 二十人ほどの隊員が、少し離れた場所に立っていた。

 

 泥と煤で汚れた陸上自衛隊の戦闘服。

 

 擦り切れた装具。

 

 使い込まれた小銃。

 

 記憶に残る姿と、何も変わっていない。

 

 その中には、父と母もいた。

 

 さらに少し後ろには、凛が立っている。

 

 誰も傷を負っていない。

 

 血も流していない。

 

 皆が、生きていた頃と同じ顔で隼人を見ていた。

 

 そして、笑っている。

 

隼人「……みんな……」

 

 隼人は立ち上がろうとした。

 

 だが、右足が動かない。

 

 続いて左足にも、冷たい何かが絡みついた。

 

隼人「ッ……?」

 

 彼岸花の間から、無数の手が伸びていた。

 

 軍服を着た中国兵。

 

 迷彩服を着た自衛官。

 

 作業着の男。

 

 幼い子を抱えた女。

 

 顔を失った者。

 

 焼け焦げ、誰だったのかさえ分からなくなった者。

 

 敵も。

 

 味方も。

 

 戦場へ巻き込まれただけの市民も。

 

 区別なく隼人の脚を掴み、花の下へ引きずり込もうとしている。

 

隼人「離せ!」

 

 腕を振り払おうとしても、新しい手が地面から現れる。

 

 足首。

 

 脛。

 

 膝。

 

 腰。

 

 身体が少しずつ、冷たい土の中へ沈んでいく。

 

隼人「待ってくれ!」

 

 遠くにいる仲間たちは、動かない。

 

 隼人へ手を伸ばすこともない。

 

 ただ、静かに笑っている。

 

隼人「まだ、謝っていない!」

 

 声が震える。

 

 喉の奥から、何年も押し込めていた言葉が溢れ出す。

 

隼人「兄上を止められなかった!」

 

 土が腹部まで達する。

 

隼人「間に合わなかった! 皆を見捨てた!」

 

 届かないと分かっていても、隼人は仲間へ右手を伸ばす。

 

隼人「すまなかった……」

 

 彼岸花が、伸ばした腕へ絡みつく。

 

隼人「本当に……すまなかった……」

 

 涙で、仲間たちの姿が滲む。

 

 その時。

 

 凛が、一歩だけ前へ出た。

 

凛「隼人さん!」

 

 赤い空の下で、その声だけがはっきりと聞こえた。

 

凛「生きて、また皆と会いましょう!」

 

隼人「……生きて?」

 

 凛は答えない。

 

 それでも、笑顔を消さなかった。

 

隼人「待ってくれ。それは、どういう――」

 

 無数の手が、一斉に力を込める。

 

 土が胸元を越えた。

 

 口を塞ぐ。

 

 赤い花も、仲間たちの姿も見えなくなっていく。

 

 最後に残った凛の顔が、暗闇の向こうへ消えた。

 

 隼人の身体は、何もない深い場所へ落ちていく。

 

 光はない。

 

 足元もない。

 

 伸ばした手に触れるものもなかった。

 

隼人「……生きる……」

 

 自分に、その権利があるのか。

 

 戦争の中でしか生き方を知らない。

 

 命令を受け、敵を見つけ、殺す。

 

 それだけなら、迷わずに済んだ。

 

 平和に戻ったあと、自分が何をすればよいのかは分からなかった。

 

 兄を止められず。

 

 仲間を救えず。

 

 自分だけが生き残った。

 

 そんな人間が、もう一度誰かと会うことを望んでよいのか。

 

隼人「……私には……」

 

 暗闇の向こうから、別の声が届く。

 

「隼人様」

 

 仲間の声ではない。

 

 それでも、知っている声だった。

 

「隼人様。そろそろ起きてくださいませ」

 

隼人「……赤城……?」

 

     ◇

 

 鎮守府近海海戦から、四日後。

 

 呉鎮守府、第一船渠。

 

 即応連合艦隊旗艦・赤城は、船渠内で修理を受けていた。

 

 飛行甲板の前部には、敵航空機の攻撃で生じた破孔が残っている。

 

 焼けた甲板材はすでに取り除かれ、周囲には新しい支持材が組まれていた。

 

 作業員が破損箇所の寸法を測り、別の班が運び込まれた鋼材を切断している。

 

 飛行甲板の使用は禁止。

 

 艦載機の発着も行われていない。

 

 それでも艦内の格納庫と機関部では、復旧作業が昼夜を問わず続けられていた。

 

 その飛行甲板後部。

 

 作業区画から離れた場所に置かれた長椅子で、隼人は眠っていた。

 

 左肩は固定帯で動かないようにされている。

 

 額の傷は塞がり始めていたが、胸部と脇腹にはまだ包帯が巻かれていた。

 

 《みらい》は呉鎮守府の技術班区画に残され、隼人が身につけているのは左耳の通信端末だけだった。

 

 軍医から許可された外出時間は、一時間。

 

 赤城の艦内へ入ることも、階段を一人で上り下りしないことを条件に認められている。

 

赤城(KAN-SEN)「隼人様」

 

隼人「……ん……」

 

 隼人が目を開く。

 

 視界に入ったのは、黒い狐耳と、心配そうに覗き込む赤城の顔だった。

 

隼人「……赤城か」

 

赤城(KAN-SEN)「はい。お茶の準備が整いましたので、お迎えに参りました」

 

 隼人は上半身を起こす。

 

 左肩へ鈍い痛みが走った。

 

 反射的に顔を顰めたのを、赤城は見逃さなかった。

 

赤城(KAN-SEN)「ゆっくりで構いませんわ。まだ傷が治ったわけではないのでしょう?」

 

隼人「分かっている」

 

赤城(KAN-SEN)「本当に?」

 

隼人「その問いを、この四日で何度聞かれたと思う?」

 

赤城(KAN-SEN)「何度聞かれても必要な方だから、皆様が確認なさるのではなくて?」

 

 否定できなかった。

 

 隼人は返事の代わりに、長椅子の横へ置いていた濃紺色の略帽を取る。

 

 正面には、海上自衛隊の帽章が縫いつけられている。

 

 形を整え、頭へ浅く被った。

 

赤城(KAN-SEN)「その帽子は、いつも身につけていらした物ですか?」

 

隼人「非戦闘時に使う略帽だ。《みらい》を装着している時は被れない」

 

赤城(KAN-SEN)「よくお似合いですわ」

 

隼人「そうか」

 

 短く答えた隼人を、赤城が見つめる。

 

赤城(KAN-SEN)「お顔の色が、あまりよくありません」

 

隼人「眠っていたからだ」

 

赤城(KAN-SEN)「それだけでしょうか?」

 

 隼人は、赤い彼岸花を思い出す。

 

 脚へ絡みついた手。

 

 何も言わずに笑っていた仲間たち。

 

 生きて会おうと言った凛。

 

隼人「……少し、夢を見ただけだ」

 

赤城(KAN-SEN)「恐ろしい夢を?」

 

隼人「覚えている必要のない夢だ」

 

 赤城は追及しなかった。

 

 代わりに、隼人が立ち上がるまで傍を離れず、右側へ回る。

 

赤城(KAN-SEN)「では、参りましょう。皆様がお待ちですわ」

 

隼人「赤城」

 

赤城(KAN-SEN)「何でしょう?」

 

隼人「その『隼人様』という呼び方は、どうにかならないのか?」

 

赤城(KAN-SEN)「まあ。お気に召しません?」

 

隼人「慣れない」

 

赤城(KAN-SEN)「指揮官様の命の恩人を、呼び捨てにはできませんもの」

 

隼人「渡邉でいい」

 

赤城(KAN-SEN)「では、公の場では渡邉様とお呼びします」

 

隼人「今も公の場だろう」

 

赤城(KAN-SEN)「今は、私と隼人様しかおりませんわ」

 

隼人「……好きにしろ」

 

 赤城の狐耳が嬉しそうに立つ。

 

 背後の尾も、僅かに左右へ揺れていた。

 

 隼人は、その動きを見なかったことにした。

 

     ◇

 

 二人は、損傷箇所を避けながら飛行甲板を歩く。

 

 隼人の歩調に合わせ、赤城も普段よりゆっくり進んでいた。

 

 船渠の周囲では、クレーンが資材を吊り上げている。

 

 岸壁には、同じ戦闘で傷ついた艦艇が並んでいた。

 

 艦首を失った駆逐艦。

 

 左舷中央部へ大きな破孔を開けた能代の艦体。

 

 曳航索を取りつけられたままの海防艦三号。

 

 どの艦にも、作業員と医療要員が出入りしている。

 

 戻ってきた艦は多い。

 

 だが、乗っていた者が全員戻ったわけではない。

 

 甲板上の一角には、回収された認識票と遺品を納める木箱が置かれていた。

 

 隼人の視線が、そこへ向く。

 

赤城(KAN-SEN)「本日の夕刻、合同で弔いを行います」

 

隼人「艦娘、KAN-SEN、人間の乗員を、まとめてか?」

 

赤城(KAN-SEN)「ええ。同じ艦隊で戦った者を、所属で分ける理由はありませんもの」

 

隼人「そうか」

 

 隼人は木箱から視線を外した。

 

 夢の中で笑っていた者たちを、今度は思い出さないようにした。

 

赤城(KAN-SEN)「隼人様」

 

隼人「何だ?」

 

赤城(KAN-SEN)「本当は、まだ救護所を出たくなかったのではありませんか?」

 

隼人「逆だ。何もせず寝ている方が苦痛だった」

 

赤城(KAN-SEN)「ですから、無理をしてでもこちらへ?」

 

隼人「軍医の許可は取った」

 

赤城(KAN-SEN)「許可を取れば、無理ではなくなるのですか?」

 

 隼人は答えない。

 

 赤城も、それ以上は言わなかった。

 

 飛行甲板から艦内へ続く扉の前で、赤城が足を止める。

 

赤城(KAN-SEN)「階段があります。右手は空けておいてくださいませ」

 

隼人「一人で下りられる」

 

アイ『軍医から、階段の昇降時には介助を受けるよう指示されています』

 

 左耳から、待機していたアイの声が割り込む。

 

隼人「黙っていたんじゃなかったのか?」

 

アイ『必要な場合には、健康管理上の警告を行います』

 

赤城(KAN-SEN)「アイさんも、同じ意見のようですわね」

 

隼人「分かった」

 

 隼人は右手で手摺を握る。

 

 赤城は左肩へ触れないよう、その右側へ立った。

 

 一段ずつ、ゆっくりと階段を下りていく。

 

 艦内へ入ると、外から聞こえていた作業音が低く遠ざかった。

 

 通路の壁には、爆発の衝撃で生じた細い亀裂が残っている。

 

 天井を走る配管の一部は新しい物へ交換され、仮設の電線が壁沿いに固定されていた。

 

 すれ違う乗員たちは、赤城へ敬礼する。

 

 そのあと、隼人を見て一瞬だけ動きを止める者もいた。

 

 四日前、地下救護所で向けられたものと同じ視線だった。

 

隼人「やはり、男が珍しいのか?」

 

赤城(KAN-SEN)「男性そのものが存在しないわけではありませんわ。艦の乗員、技術者、司令部要員にも男性はいらっしゃいます」

 

隼人「では、何を見られている?」

 

赤城(KAN-SEN)「男性が、自ら艤装に似た兵装を纏い、海と空で戦ったからでしょう」

 

隼人「《みらい》は艤装ではない」

 

赤城(KAN-SEN)「私たちには、その違いもまだ分かりませんもの。それに――」

 

 赤城は少しだけ声を落とした。

 

赤城(KAN-SEN)「二人の赤城が揃って貴方へお礼を申し上げたことも、すでに艦内へ広まっておりますわ」

 

隼人「誰が広めた?」

 

赤城(KAN-SEN)「人の口へ、戸は立てられませんもの」

 

隼人「答えになっていない」

 

赤城(KAN-SEN)「うふふ」

 

 赤城は笑うだけだった。

 

 隼人は周囲を見渡す。

 

 この艦内だけを見て、世界全体の男女比を判断することはできない。

 

 それでも、海上戦力の中心を担う艦娘とKAN-SENが、いずれも女性であることは確かだった。

 

 男性であること。

 

 異なる時代の軍人であること。

 

 この世界に存在しない装備を使ったこと。

 

 視線を集める理由は、一つではなかった。

 

     ◇

 

 飛行甲板下、士官公室の一角。

 

 襖で仕切られた小さな和室に、畳と座布団が用意されている。

 

 正式な茶室ではない。

 

 長い航海の中で、乗員や艦娘が休息を取るために整えられた部屋だった。

 

 壁際の棚には茶器が収められ、低い机の中央には菓子皿が置かれている。

 

赤城(KAN-SEN)「隼人様はこちらへ」

 

 赤城が、壁を背にできる座布団を示す。

 

 立ち上がりやすく、出入口も見える位置だった。

 

 隼人の癖を考えて選んだらしい。

 

隼人「助かる」

 

 隼人は右手を床につき、左肩を動かさないよう腰を下ろす。

 

赤城(KAN-SEN)「お茶を持って参ります。少しだけお待ちくださいませ」

 

 赤城が立ち上がろうとした時。

 

 彼女の袖口から、小さな白い式神が浮かび上がった。

 

 人の形に折られた紙が、淡い光を纏いながら赤城の耳元へ近づく。

 

赤城(艦娘)『重桜の赤城。聞こえますか?』

 

赤城(KAN-SEN)「聞こえていますわ。どうなさいました?」

 

赤城(艦娘)『格納庫で問題が起きています。弔い用に出された酒を、航空隊の一部が先に開けました』

 

赤城(KAN-SEN)「まあ……」

 

赤城(艦娘)『飲酒した搭乗員が、飛行禁止となった機体へ乗ろうとしています。整備員が止めていますが、言うことを聞きません』

 

 赤城(KAN-SEN)の笑顔が消える。

 

赤城(KAN-SEN)「理由は?」

 

赤城(艦娘)『自分だけが戻ったのだから、僚機を探しに行くと』

 

 和室の空気が変わった。

 

 単なる酒の上の騒ぎではない。

 

 帰らなかった者を置いて、自分だけが生き残った。

 

 その事実に耐えられなくなった者が、壊れた機体で海へ戻ろうとしている。

 

 隼人は、夢の中で自分の脚を掴んでいた手を思い出す。

 

赤城(KAN-SEN)「すぐに参ります。機体から燃料と弾薬を離し、搭乗員を取り押さえてください。傷つけてはいけません」

 

赤城(艦娘)『分かりました』

 

 式神を包む光が消える。

 

 白い紙は一度だけ宙で揺れ、赤い炎へ変わって燃え尽きた。

 

赤城(KAN-SEN)「申し訳ありません、隼人様。少し席を外します」

 

隼人「こちらは構わない。急いでやれ」

 

赤城(KAN-SEN)「ええ」

 

 赤城は襖へ向かいかけ、途中で振り返った。

 

赤城(KAN-SEN)「その前に、少し後ろを向いていただけますか?」

 

隼人「何だ?」

 

赤城(KAN-SEN)「帽子の後ろに、木屑がついておりますわ」

 

 隼人は言われたとおり、背中を向ける。

 

 赤城の指先が、略帽の後ろへ触れた。

 

赤城(KAN-SEN)「取れました」

 

隼人「ありがとう」

 

赤城(KAN-SEN)「では、失礼いたします」

 

 襖が閉じる。

 

 赤城の足音が、通路の奥へ遠ざかっていった。

 

アイ『後頭部付近に、微弱な未知エネルギー反応を検出しました』

 

隼人「……何?」

 

 隼人は略帽を外し、裏側を確認する。

 

 帽子の後ろへ、爪ほどの大きさの白い紙片が貼りついていた。

 

 赤い線で、小さな鳥居のような印が描かれている。

 

隼人「木屑ではないな」

 

アイ『人体へ有害な反応は確認できません』

 

隼人「監視か、護符か」

 

アイ『用途は不明です』

 

 赤城へ問い質すこともできる。

 

 だが、急いでいる彼女を追いかけるほどのことではない。

 

 隼人は紙片を剥がさず、略帽を被り直した。

 

隼人「記録だけしておけ」

 

アイ『了解しました』

 

 室内に、一人分の呼吸だけが残る。

 

 湯の沸く音も、話し声もない。

 

 艦体を通して伝わる修理作業の振動が、畳の下から僅かに感じられる。

 

 隼人は右手を膝へ置いた。

 

 夢の続きを考えないよう、壁に掛けられた海図へ視線を向ける。

 

 だが、赤い印で囲まれた戦闘海域が、彼岸花の色と重なった。

 

隼人「……生きて、また会う、か」

 

 凛の言葉を、小さく繰り返す。

 

アイ『発話内容を確認できませんでした』

 

隼人「独り言だ」

 

アイ『了解しました』

 

 夢は、ただの記憶の組み合わせにすぎない。

 

 痛み止め。

 

 疲労。

 

 行方不明となった兄弟と仲間。

 

 海戦で出た死者。

 

 それらが眠っている間に混ざっただけだ。

 

 凛が何かを伝えに来たわけではない。

 

 そう考える方が、合理的だった。

 

 それでも、最後の笑顔だけが頭から離れない。

 

隼人「……私に、生きろと言われてもな」

 

「ため息も独り言も、多いんだね」

 

隼人「ッ!」

 

 隼人が顔を上げる。

 

 いつの間に開いたのか。

 

 右側の襖の前に、一人の女性が立っていた。

 

 長い白髪。

 

 眠たげな目。

 

 ゆったりとした衣装の背後には、空母の飛行甲板を思わせる艤装の一部が見えている。

 

 敵意はない。

 

 武器へ手を伸ばしている様子もない。

 

 それでも、襖が開く音にも足音にも気づかなかった。

 

隼人「いつから、そこにいた?」

 

雲龍(艦娘)「『生きて、また会う』って言ったところから」

 

隼人「十分前からいるじゃないか」

 

雲龍(艦娘)「うん。でも、邪魔しない方がいいかなと思って」

 

隼人「黙って見ている方が気になる」

 

雲龍(艦娘)「そう?」

 

 女性は、気にした様子もなく和室へ入ってくる。

 

 隼人から少し離れた位置へ座った。

 

雲龍(艦娘)「私は雲龍。艦娘だよ」

 

隼人「日本国海上自衛隊、渡邉隼人。階級は大尉だ」

 

雲龍(艦娘)「知ってる。皆が話していたから」

 

隼人「どこまで?」

 

雲龍(艦娘)「男の人が、指揮官を海から助けた。空襲の時に戦った。遠くの敵へ、見たことのない誘導弾を撃った」

 

隼人「だいたい合っている」

 

雲龍(艦娘)「それから、すぐ無理をする」

 

隼人「誰が広めた?」

 

雲龍(艦娘)「軍医さん」

 

隼人「……あの人か」

 

 隼人が息を吐く。

 

 雲龍は、その顔をじっと見ていた。

 

雲龍(艦娘)「やっぱり、疲れてる」

 

隼人「四日間、ほとんど寝台にいた」

 

雲龍(艦娘)「身体じゃなくて、もっと奥の方」

 

 雲龍が、僅かに身を乗り出す。

 

 隼人は反射的に上半身を引いた。

 

雲龍(艦娘)「少しだけ、いい?」

 

隼人「何をする?」

 

 雲龍は答えず、隼人の首元へ顔を近づけた。

 

 鼻先が触れない程度の距離で、ゆっくりと息を吸う。

 

隼人「……何を嗅いでいる?」

 

雲龍(艦娘)「匂い」

 

隼人「それは分かる」

 

雲龍(艦娘)「海の匂いが薄い。艤装の匂いもしない」

 

 もう一度、雲龍が小さく鼻を動かす。

 

雲龍(艦娘)「知らない金属と、雨のあとの空みたいな匂いがする」

 

隼人「雨のあとの空?」

 

雲龍(艦娘)「うん。この世界の人からは、しない匂い」

 

 隼人の目が細くなる。

 

隼人「私が別の世界から来たと、匂いだけで分かったのか?」

 

雲龍(艦娘)「別の世界かどうかまでは分からなかった。でも、ここの人じゃないとは思った」

 

隼人「根拠としては曖昧だな」

 

雲龍(艦娘)「そうかも」

 

 雲龍は、簡単に認めた。

 

 隼人の警戒を気にするでもなく、欠伸を一つする。

 

雲龍(艦娘)「でも、怖い匂いじゃない」

 

隼人「……そうか」

 

 何を基準に判断しているのか、まったく分からない。

 

 分からないにもかかわらず、不思議と不快ではなかった。

 

 急かさない話し方。

 

 警戒心を煽らない、緩やかな動き。

 

 こうした、おっとりとした相手は嫌いではない。

 

 むしろ隼人にとっては、何も話さず同じ場所にいられる人物の方が付き合いやすかった。

 

雲龍(艦娘)「渡邉さん」

 

隼人「何だ?」

 

雲龍(艦娘)「少しだけ、ここを借りてもいい?」

 

 雲龍が、隼人の右腿を指す。

 

隼人「ここ?」

 

雲龍(艦娘)「うん。眠れそう」

 

隼人「待て。まだ許可したとは――」

 

 雲龍の身体が、ゆっくりと傾いた。

 

 そのままでは畳へ頭を打つ。

 

 隼人は右手を伸ばし、彼女の後頭部を受け止める。

 

 白い髪が指の間を滑る。

 

 雲龍の頭は、自然に隼人の腿の上へ収まった。

 

雲龍(艦娘)「ありがとう」

 

隼人「まだ何も――」

 

 雲龍の目は、すでに閉じている。

 

 数秒もしないうちに、穏やかな寝息が聞こえ始めた。

 

隼人「……本当に寝たのか?」

 

雲龍(艦娘)「すぅ……すぅ……」

 

 返事はない。

 

 隼人は右手を上げたまま、しばらく動けなかった。

 

 寝台へ戻すべきか。

 

 起こして隣の座布団へ移らせるべきか。

 

 だが、雲龍の目元には薄い疲労の跡が残っている。

 

 先の戦闘では、彼女も残存艦載機を率いて敵航空隊と戦っていた。

 

 修理と損害確認が続き、十分に眠る時間もなかったのだろう。

 

 隼人は、上げていた右手を下ろす。

 

 彼女の白い髪が顔へ掛かっていたため、それだけを指先で横へ避けた。

 

隼人「まったく……」

 

アイ『渡邉隼人の心拍数に変化を確認』

 

隼人「余計な分析をするな」

 

アイ『心拍数は低下しています』

 

隼人「……低下?」

 

アイ『はい。覚醒直後と比較し、毎分十二回低下しました』

 

 隼人は、自分の呼吸が落ち着いていることに気づく。

 

 彼岸花。

 

 仲間たち。

 

 自分を引きずり込んだ手。

 

 目を覚ましてから頭へ残っていた光景が、いつの間にか薄れていた。

 

 代わりに感じるのは、腿へ掛かる僅かな重みと、規則的な寝息だった。

 

隼人「……記録しなくていい」

 

アイ『了解しました』

 

 雲龍の髪は、窓から差し込む光を受けて淡く輝いている。

 

隼人「綺麗な髪だな」

 

 返事がないことを確かめてから、隼人は小さく呟いた。

 

 この世界へ来て、まだ五日目。

 

 知っている人物は少ない。

 

 艦娘とKAN-SENの違いも、すべて理解したわけではない。

 

 それでも、彼女たちが装備を外せば、人と同じように疲れ、眠り、失った仲間を悼むことは分かり始めていた。

 

 見た目が人間に近いから、そう感じるのではない。

 

 同じものを背負いながら生きているから、無関係だと思えないのだ。

 

 廊下の向こうから、複数の話し声が近づいてくる。

 

「それで、搭乗員は全員引き離したのですか?」

 

「ええ。機体からも燃料を抜いたそうよ」

 

「でも、飛びたくなる気持ちは分からなくもないかな」

 

「分かっても、飛ばせるわけにはいきません」

 

 足音が、和室の前で止まる。

 

 襖が開いた。

 

 現れたのは、四人の女性だった。

 

 眼鏡を掛け、背筋を伸ばした蒼龍。

 

 その隣には、同じ名を持ちながら衣装と艤装の異なる、もう一人の蒼龍。

 

 さらに、短い髪と快活な表情を持つ飛龍。

 

 その後ろには、落ち着いた雰囲気の別の飛龍が立っている。

 

 四人は、室内へ一歩入った姿勢のまま動きを止めた。

 

 視線が隼人へ向く。

 

 続いて、その膝で眠っている雲龍へ落ちる。

 

飛龍(KAN-SEN)「……え?」

 

飛龍(艦娘)「雲龍?」

 

蒼龍(KAN-SEN)「……」

 

蒼龍(艦娘)「なるほど」

 

隼人「どうも」

 

 隼人は、動けないため座ったまま挨拶する。

 

飛龍(KAN-SEN)「いや、『どうも』じゃなくて! あんた、誰なんだ?」

 

飛龍(艦娘)「飛龍。まず声を落としてください。雲龍が眠っています」

 

飛龍(KAN-SEN)「でも、雲龍さんが男の膝で寝てるんだぞ!?」

 

 声量は、ほとんど変わっていなかった。

 

 雲龍の眉が僅かに動く。

 

隼人「静かにしろ。起きる」

 

飛龍(KAN-SEN)「あ、すみません」

 

 反射的に謝ったあと、飛龍(KAN-SEN)は我に返る。

 

飛龍(KAN-SEN)「じゃなくて、本当に誰なんだ?」

 

隼人「日本国海上自衛隊所属、渡邉隼人大尉」

 

 隼人は、自分の左肩を動かさないよう右手だけで敬礼する。

 

隼人「今は負傷療養中だ。皆からは、《みらい》とも呼ばれているらしい」

 

蒼龍(KAN-SEN)「《みらい》……」

 

 眼鏡を掛けた蒼龍が、隼人を見つめる。

 

蒼龍(KAN-SEN)「まさか、赤城さんがお話しされていた方ですか?」

 

飛龍(艦娘)「呉へ救難情報を届け、敵の妨害艦を攻撃した方ですね」

 

隼人「攻撃したのは、私が装着していた装備だ。《みらい》はその装備の名称であって、私自身の名前ではない」

 

飛龍(KAN-SEN)「じゃあ、男性型KAN-SENというわけではないのか?」

 

隼人「違う。私は人間だ」

 

蒼龍(艦娘)「人間が、あれほどの兵装を?」

 

隼人「装備の補助があって初めて動かせる。私自身に、艦娘やKAN-SENのような力はない」

 

 四人の視線が、隼人の身体へ向く。

 

 左肩の固定帯。

 

 患者衣の上からでも分かる胸部の包帯。

 

 《みらい》を装着していない今の姿は、負傷した一人の人間にしか見えない。

 

蒼龍(KAN-SEN)「その状態で、あの兵装を使ったのですか?」

 

隼人「必要だったからな」

 

飛龍(KAN-SEN)「赤城さんから聞いたとおりだ……」

 

隼人「何と聞いた?」

 

飛龍(KAN-SEN)「止めても動く人だって」

 

隼人「事実と違う」

 

アイ『過去四日間に、医療従事者による制止を七回確認しています』

 

 アイの声が左耳へ流れる。

 

隼人「黙っていろ」

 

蒼龍(艦娘)「誰と話しているのですか?」

 

隼人「《みらい》に搭載された人工知能だ。今は通信端末だけをつないでいる」

 

蒼龍(艦娘)「人工知能……」

 

 蒼龍(艦娘)は、聞き慣れない言葉を記憶するように繰り返した。

 

 その隣で、蒼龍(KAN-SEN)が隼人の顔を見つめ続けている。

 

隼人「何か?」

 

蒼龍(KAN-SEN)「いえ……」

 

 蒼龍(KAN-SEN)は眼鏡の位置を直す。

 

蒼龍(KAN-SEN)「どこかで、お顔を拝見したような気がしたものですから」

 

隼人「私は、この世界へ来て五日目だ。以前会っている可能性はない」

 

蒼龍(KAN-SEN)「そう、ですよね」

 

 否定しながらも、彼女の表情から疑問は消えなかった。

 

 記録写真。

 

 古い資料。

 

 誰かに似ているだけなのか。

 

 それ以上の理由があるのか。

 

 隼人にも判断できない。

 

 飛龍(KAN-SEN)が、隼人の膝へもう一度視線を落とす。

 

飛龍(KAN-SEN)「ところで、どうして雲龍さんはそこで寝ているんだ?」

 

隼人「本人に聞け」

 

飛龍(KAN-SEN)「寝ているから聞けないだろ」

 

隼人「私も聞きたい」

 

 飛龍(艦娘)が、口元へ手を当てる。

 

飛龍(艦娘)「雲龍らしいと言えば、雲龍らしいですね」

 

蒼龍(艦娘)「ですが、初対面の方へここまで警戒を解くのは珍しいです」

 

蒼龍(KAN-SEN)「初対面で膝を借りる方が、ほかにいらっしゃるのですか?」

 

蒼龍(艦娘)「いません」

 

 四人の会話が重なり、室内の音が少しずつ大きくなる。

 

雲龍(艦娘)「……うるさい」

 

 雲龍が目を開いた。

 

 眠たげなまま、隼人の膝からゆっくりと頭を上げる。

 

 白い髪が肩から流れ落ちた。

 

雲龍(艦娘)「せっかく、よく眠れたのに」

 

飛龍(KAN-SEN)「雲龍さん! 不用心すぎるだろ!」

 

雲龍(艦娘)「大丈夫。悪い人じゃないよ」

 

飛龍(KAN-SEN)「会ったばかりなんだろ!?」

 

雲龍(艦娘)「うん」

 

 雲龍は座ったまま、両腕を上へ伸ばす。

 

 ゆっくりと背筋を伸ばし、息を吐いた。

 

雲龍(艦娘)「こんなに深く眠れたの、久しぶり」

 

隼人「それなら、寝台で寝た方がいい」

 

雲龍(艦娘)「寝台より、ここの方がよかった」

 

 雲龍が、隼人の腿を軽く叩く。

 

隼人「そうか」

 

 何と答えればよいのか分からず、それだけを返した。

 

雲龍(艦娘)「ありがとう、別の世界から来た人」

 

 四人の表情が変わる。

 

飛龍(艦娘)「別の世界?」

 

蒼龍(KAN-SEN)「雲龍さん、それはどういう意味ですか?」

 

雲龍(艦娘)「そのままの意味。でも、詳しいことは私も知らない」

 

 雲龍は立ち上がる。

 

雲龍(艦娘)「自分の艦の修理を見に行くから、もう行くね」

 

 襖の前まで歩き、隼人へ振り返る。

 

雲龍(艦娘)「渡邉さん」

 

隼人「何だ?」

 

雲龍(艦娘)「また眠れなかったら、貸してね」

 

隼人「何を?」

 

雲龍(艦娘)「膝」

 

 雲龍は答えを待たず、廊下へ出ていった。

 

 白い髪が、閉じる襖の向こうへ消える。

 

飛龍(KAN-SEN)「……貸すのか?」

 

隼人「なぜ私に聞く?」

 

飛龍(KAN-SEN)「いや、今の雲龍さん、断られても借りる顔だったから」

 

隼人「私もそう思う」

 

 部屋に、短い沈黙が生まれる。

 

 その空気を破るように、廊下から足音が近づいてきた。

 

     ◇

 

 襖が開く。

 

 赤城(KAN-SEN)が、茶器を載せた盆を持って戻ってきた。

 

 その後ろには、赤城(艦娘)もいる。

 

赤城(KAN-SEN)「お待たせいたしました――まあ」

 

 赤城(KAN-SEN)が、和室へ集まった四人を見る。

 

赤城(艦娘)「皆さん、もう来ていたのですね」

 

飛龍(KAN-SEN)「赤城さん! この人が別の世界から来たって、本当なのか?」

 

 赤城(艦娘)は、隼人を見る。

 

 隼人が僅かに頷いた。

 

赤城(艦娘)「本人の許可なく、私たちから詳しく話すつもりはありませんでした」

 

赤城(KAN-SEN)「ですが、雲龍さんには先に気づかれてしまったようですわね」

 

蒼龍(艦娘)「先ほど、そのように言い残して出ていきました」

 

赤城(KAN-SEN)「あの方は、ときどき私たちにも分からないものを感じ取りますから」

 

 赤城(KAN-SEN)は盆を机へ置く。

 

 人数分の湯呑みを並べる前に、隼人へ向き直った。

 

赤城(KAN-SEN)「隼人様。どこまでお話ししてもよろしいでしょう?」

 

隼人「すでに司令部が確認した範囲なら構わない。ただし、元いた世界の軍事情報と、家族の詳細は伏せてくれ」

 

赤城(艦娘)「承知しました」

 

 赤城(艦娘)が、四人へ向き直る。

 

赤城(艦娘)「渡邉隼人さんは、西暦二〇二一年の日本から来たと話しています」

 

 誰もすぐには言葉を返さない。

 

 昭和十三年。

 

 西暦一九三八年。

 

 現在の呉から見れば、八十三年先の時代だった。

 

赤城(艦娘)「五月二十九日、仲間と回転翼航空機で移動中に激しい落雷を受け、機体が制御不能となりました。次に意識を取り戻した時には、呉鎮守府の救護室にいたそうです」

 

蒼龍(KAN-SEN)「では、《みらい》も未来の装備なのですか?」

 

隼人「ああ。私がいた時代でも、一般部隊へ広く配備された物ではない」

 

飛龍(艦娘)「一緒にいた方々は?」

 

隼人「まだ見つかっていない」

 

 室内が静かになる。

 

隼人「兄が二人。それから、長く一緒に戦ってきた仲間が一人いた。墜落する直前までは、同じ機内にいた」

 

赤城(艦娘)「呉鎮守府では、アイさんから提供された識別情報を基に捜索を続けています。しかし、現在まで該当する信号は受信できていません」

 

飛龍(KAN-SEN)「じゃあ、この世界のどこかにいるかもしれないんだな」

 

隼人「同じ世界に来たという保証もない」

 

蒼龍(艦娘)「それでも、探すのですね」

 

隼人「ほかにすることがない」

 

赤城(KAN-SEN)「それだけではないでしょう?」

 

 赤城(KAN-SEN)の声は柔らかい。

 

 だが、隼人の言葉をそのまま受け流すつもりはないらしい。

 

隼人「……見つけなければならない。それだけだ」

 

 赤城(KAN-SEN)は、それ以上聞かなかった。

 

 代わりに、隼人の前へ湯呑みを置く。

 

赤城(KAN-SEN)「熱いので、お気をつけくださいませ」

 

 湯気とともに、茶葉の香りが立ち上る。

 

 続いて、ほかの者にも湯呑みが配られる。

 

飛龍(KAN-SEN)「あれ? 雲龍さんの分は?」

 

赤城(KAN-SEN)「もちろん用意しておりますわ」

 

 赤城(KAN-SEN)は、空いた座布団の前にも湯呑みを置いた。

 

赤城(KAN-SEN)「戻っていらした時に、淹れ直します」

 

 誰かが席を離れたからといって、最初からいなかったことにはしない。

 

 その何気ない行為を見て、隼人は夢の中に並んでいた者たちを思い出した。

 

 今度は、顔を背けなかった。

 

蒼龍(KAN-SEN)「一つ、伺ってもよろしいでしょうか?」

 

隼人「答えられる範囲なら」

 

蒼龍(KAN-SEN)「先ほど、どこかでお顔を拝見した気がすると申し上げました」

 

隼人「ああ」

 

蒼龍(KAN-SEN)「二〇二一年の方であるなら、私が直接お会いしたはずはありません。それでも、古い記録の中で見たような気がするのです」

 

赤城(艦娘)「どの記録ですか?」

 

蒼龍(KAN-SEN)「思い出せません。ただ、海軍の記録ではなかったような……」

 

 蒼龍(KAN-SEN)は、自分の記憶を探るように目を伏せる。

 

 だが、答えには辿り着けなかった。

 

蒼龍(KAN-SEN)「申し訳ありません。曖昧なことを申しました」

 

隼人「気にするな。思い出した時に教えてくれ」

 

蒼龍(KAN-SEN)「はい」

 

 隼人は湯呑みを右手で持ち上げる。

 

 左腕は固定されているため、片手だけで口元へ運んだ。

 

 茶は熱い。

 

 苦みのあとに、僅かな甘みが残る。

 

 戦闘糧食でも、救護所で出された白湯でもない。

 

 誰かと同じ机を囲み、味わうために淹れられた茶だった。

 

飛龍(艦娘)「お口に合いませんか?」

 

隼人「いや。うまい」

 

赤城(KAN-SEN)「それは何よりですわ」

 

 赤城(KAN-SEN)の尾が、また僅かに揺れる。

 

 飛龍(KAN-SEN)が、その動きを見て口元を緩めた。

 

 赤城(KAN-SEN)は笑顔のまま飛龍へ視線を向ける。

 

 飛龍(KAN-SEN)は何も言わず、湯呑みへ口をつけた。

 

 少しだけ空気が和らぐ。

 

赤城(艦娘)「渡邉さん」

 

隼人「何だ?」

 

赤城(艦娘)「今後について、何か決めていることはありますか?」

 

隼人「負傷が治るまで呉の保護と監視を受ける。その間に《みらい》を修理し、兄弟と仲間を探す」

 

赤城(艦娘)「その先は?」

 

 隼人は答えようとして、言葉を止めた。

 

 兄弟を見つけたあと。

 

 元の世界へ帰る方法が見つからなかった時。

 

 戦う必要がなくなった時。

 

 自分が何をして生きるのか。

 

 考えたことはなかった。

 

隼人「決めていない」

 

赤城(艦娘)「では、決めるまでは生きなければなりませんね」

 

 夢の中で聞いた言葉が蘇る。

 

『生きて、また皆と会いましょう』

 

 隼人の指が、湯呑みの縁で止まる。

 

赤城(艦娘)「渡邉さん?」

 

隼人「……いや」

 

 隼人は、湯呑みを机へ戻す。

 

隼人「同じようなことを、夢の中でも言われた」

 

 初めて、自分から夢のことを口にした。

 

 それ以上の内容は話さない。

 

 誰に言われたのかも明かさない。

 

 それでも赤城(艦娘)は、無理に聞き出そうとはしなかった。

 

赤城(艦娘)「そうですか」

 

赤城(KAN-SEN)「でしたら、その方との約束を破るわけにはまいりませんわね」

 

隼人「約束をした覚えはない」

 

赤城(KAN-SEN)「返事をする前に、目を覚ましてしまったのではなくて?」

 

隼人「……そうだ」

 

赤城(KAN-SEN)「なら、まだ断ってもいませんわ」

 

 理屈になっているようで、なっていない。

 

 隼人は反論しようとした。

 

 だが、言葉は出なかった。

 

 空いた座布団の前で、雲龍のために用意された茶が湯気を立てている。

 

 修理中の艦では、帰らなかった者を弔う準備が進んでいる。

 

 呉鎮守府の通信所は、今も行方不明となった三人の信号を探している。

 

 誰も、見つからない者を最初から死者として扱ってはいない。

 

 自分だけが、生きることを先に諦める理由はなかった。

 

隼人「アイ」

 

アイ『はい』

 

隼人「指定周波数帯の走査は?」

 

アイ『継続しています。現在まで、該当する非常信号は検出していません』

 

隼人「そのまま続けろ」

 

アイ『了解しました』

 

 結果は、昨日までと変わらない。

 

 それでも隼人は、通信を切らなかった。

 

 夢の中にいた者たちへ、まだ謝罪は届いていない。

 

 兄弟と仲間も見つかっていない。

 

 自分が生きる価値を、認められたわけでもなかった。

 

 ただ、次に眠った時。

 

 彼岸花の向こうにいる者たちへ、今度こそ返事をするための時間は残されている。

 

 儚い夢から目を覚ました隼人の前で、湯呑みから立つ白い湯気だけが、静かに天井へ昇っていった。




Hello there!!(やぁ諸君!!)

お久しぶりです。

遅れてしまいました。

理由は、まぁ、精神的不安ですかね。

色々あって死にかけましたが、何とか戻りました。

一応久しぶりに書いたので少しおかしなところがありましたら、指摘お願いします。

今回は、小ネタを書きました。

後、質問なども受け付けます。

蓮の好きな人や詳細な設定もOKです。

それでは。

※2026年8月28日リメイク完了

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