陸自はドールズフロントライン、海自は艦これとアズールレーン、空自はアッシュアームズ三つの世界でバラバラになりながらでも生き残る 作:ゴーストライターとかした、素人小説書き
この小説は、シリアスとギャグが少し入っています。
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グーグル先生にお聞きください。
それでも、大丈夫な方はご覧ください。
Act.7 皆が行き着く場所
風が吹いていた。
冷たくはない。
湿り気もない。
高い空を飛んでいる時に、機体の外板を流れていく風に似ていた。
だが、エンジンの音は聞こえない。
計器もない。
身体を支える射出座席も、操縦桿もなかった。
暗闇の中で、勇翔の意識だけが風に浮かんでいる。
「起きろ」
男の声が聞こえた。
「勇翔。起きるんだ」
聞き間違えるはずがない。
父の声だった。
渡邉信。
第一次北京戦で捕らえられ、洗脳された父。
同じ部隊の仲間へ銃口を向けた男。
蓮の心を壊し、凛の命を奪った男。
あれが父自身の意思ではなかったことを、勇翔は知っている。
理屈では理解していた。
だが、声を聞いた瞬間、身体の奥から湧き上がったものは理解でも同情でもなかった。
怒り。
憎悪。
復讐心。
どの言葉でも足りない。
胸の奥へ十年間押し込めてきた黒い塊が、父の声だけで形を取り戻した。
勇翔「……殺してやる」
瞼を開く。
*
空は、夜明けとも夕暮れともつかない赤色だった。
勇翔は、一面の彼岸花の中に置かれた椅子へ座っていた。
正面には、小さな折り畳み机。
その向こう側にも、同じ椅子が一脚置かれている。
自分の身体を見る。
着ているのは、航空自衛隊の飛行服ではない。
泥と煤の染みついた陸上自衛隊の戦闘服。
襟元には、少尉だった頃の階級章がついていた。
勇翔「ここは……」
彼岸花の先には、低い山々が連なっている。
鳥もいない。
虫の声も聞こえない。
赤い花だけが風に揺れていた。
「勇ちゃん」
正面から、柔らかな声がした。
勇翔の呼吸が止まる。
机の向こう側に、いつの間にか一人の女性が座っていた。
肩へ掛かる黒い髪。
記憶にある陸上自衛隊の戦闘服。
何度思い出しても、最後に見た時の傷だけは再現できなかった顔。
凛が、勇翔を見て笑っていた。
勇翔「……凛」
凛「久しぶり」
勇翔は立ち上がろうとした。
だが、足へ力を入れた瞬間、椅子の脚が彼岸花の根に絡まっていることに気づく。
動けない。
凛の側へ行くこともできなかった。
勇翔「本当に、凛なのか?」
凛「そう見える?」
勇翔「質問に質問で返さないでくれ」
凛「その言い方も、変わってないね」
凛は懐かしそうに目を細めた。
その仕草まで、勇翔の記憶に残る彼女と同じだった。
勇翔「これは夢か?」
凛「夢だと思う?」
勇翔「また、それか」
凛「ごめんね。でも、私たちにも、ここが何なのか正確には分からないの」
私たち。
凛がそう言った直後、勇翔の背後で草を踏む音がした。
振り返る。
二人の男が、彼岸花の間を歩いてくる。
一人は、年季の入った戦闘服を着た男。
訓練生だった三兄弟を、何度も泥の中へ叩き込んだ教官。
もう一人は、分隊支援火器の負い紐を肩へ掛けた若い隊員。
北京で背中から撃たれ、声を上げる間もなく倒れた同期。
勇翔「竜教官……斎藤……」
斎藤「お久しぶりです、勇翔大尉」
勇翔「大尉だと分かるのか?」
斎藤「襟には少尉の階級章がついてますけどね。ここでは、そういうのはあまり関係ないみたいです」
竜「随分と時間が掛かったな」
勇翔「十年です」
竜「こちらでは、十年が長いのか短いのかも分からん」
竜教官と斎藤が、机の横に現れた椅子へ腰を下ろす。
斎藤の手には、赤い林檎が一つ握られていた。
斎藤「食べます?」
勇翔「どこから出した?」
斎藤「気づいたら持ってました」
勇翔「要らない」
斎藤「夢の中でも警戒心が強いですね」
勇翔「夢だと決まったわけじゃない」
斎藤「それもそうですね」
斎藤は林檎を自分の戦闘服で拭き、一口齧った。
咀嚼する音だけは、不自然なほど鮮明に聞こえる。
勇翔「ここは、死後の世界なのか?」
凛たちは、すぐには答えなかった。
代わりに、竜教官が彼岸花の向こうを指す。
赤い花の間に、三本の細い流れが見えた。
一つは、土と硝煙の匂いを運んでくる。
一つは、塩と油の匂いを運んでくる。
最後の一つには、冷たい空気と航空燃料の匂いが混じっていた。
三本の流れは机の近くで交わり、花の下へ消えている。
竜「三つの流れが、一度だけ同じ岸へ触れる場所だ」
勇翔「三つ……」
竜「死んだ者は、こちら側へ残る」
斎藤「まだ戻る場所がある人は、鐘が鳴ると追い返される」
勇翔「それなら、僕はまだ生きている?」
凛「うん」
凛が、はっきりと頷いた。
凛「今の身体が、勇ちゃんの知っていた人間の身体と同じかは分からない。でも、まだ生きる側にいる」
勇翔「蓮兄さんと隼人兄さんは?」
勇翔は身を乗り出す。
椅子の脚へ絡む根が、僅かに軋んだ。
勇翔「二人も、別の流れの先にいるのか?」
凛「行き先は見えないの」
勇翔「さっき、三つの流れと言った」
竜「見えるのは、ここへ触れた時だけだ。その先にある世界までは、俺たちにも分からん」
斎藤「でも、三人とも、こちらへ残ってはいません」
勇翔は斎藤を見る。
斎藤「蓮中尉も、隼人大尉も、一度はこの岸へ触れました。それでも鐘が鳴って、向こうへ戻された」
勇翔「生きているのか?」
凛「少なくとも、ここへは来ていない」
生存を証明する言葉ではない。
だが、二人が死者の側に留まっていないというだけで、勇翔には十分だった。
勇翔「隼人兄さんと話したのか?」
凛「少しだけ」
勇翔「どこにいる?」
凛「分からない」
勇翔「何を話した?」
凛「生きて、また皆と会おうって」
凛は寂しそうに笑う。
凛「勇ちゃんにも、同じことを言うつもりだった」
その時。
「勇翔」
再び、父の声が聞こえた。
彼岸花の向こう。
三本の流れから外れた場所に、人影が立っている。
渡邉信。
記憶にある父の姿だった。
だが、顔は影に隠れ、表情が見えない。
両手には、乾くことのない黒い血が付着していた。
勇翔の右手が、反射的に腰へ動く。
拳銃はない。
それでも、身体は父へ飛びかかろうとした。
勇翔「そこで待っていろ」
声が低くなる。
勇翔「今度こそ、僕が粛清してやる」
椅子を引き抜こうとする。
彼岸花の根が、勇翔の両脚へ絡みついた。
凛「勇ちゃん」
凛が、机越しに勇翔の右腕を掴む。
勇翔「離してくれ」
凛「離さない」
勇翔「あの男が、君を殺した!」
凛「うん」
勇翔「蓮兄さんを壊した! 斎藤も、仲間も、あいつに殺された!」
凛「それも、知ってる」
勇翔「なら、どうして止めるんだ!」
凛は勇翔の腕を掴んだまま、父の影を見る。
凛「許してあげて、なんて言わないよ」
穏やかな声だった。
だが、曖昧な慰めではなかった。
凛「私を殺したのは、信さんの手だった。信さんの意思が壊されていたことと、その手で私たちが死んだことは、どちらも本当だから」
勇翔「だったら――」
凛「でも、勇ちゃんまで、その憎しみに命令されないで」
勇翔の言葉が止まる。
凛「信さんの声を聞いただけで、殺すことしか考えられなくなったでしょう?」
勇翔「……当然だ」
凛「それは、信さんを罰しているんじゃない。今も勇ちゃんが、あの日に支配されているだけだよ」
勇翔は、凛の手を振り払えなかった。
理屈ではない。
父を許せと言われれば、拒絶できた。
忘れろと言われても、否定できた。
だが、憎しみに命令されているという言葉だけは、否定できなかった。
信「勇翔」
父の影が、もう一度名を呼ぶ。
勇翔「僕に命令するな」
信「……生きろ」
それだけだった。
言い訳もない。
謝罪もない。
父の影は、一歩下がる。
彼岸花が揺れ、その姿を覆い隠した。
勇翔「待て!」
呼び止めた理由を、自分でも説明できない。
殺すためだったのか。
問い質すためだったのか。
謝罪を聞きたかったのか。
父の姿は、もう見えなかった。
凛が勇翔の腕から手を離す。
凛「答えを出さなくていいよ」
勇翔「……何?」
凛「今日、許せなくてもいい。ずっと許せないままでもいい。でも、その答えは生きている勇ちゃんが決めるものだから」
勇翔は椅子へ座り直した。
両手が震えている。
凛は、その震えを見ても話題を変えなかった。
凛「それから、雷電ちゃんのこと」
勇翔が顔を上げる。
勇翔「どうして、その名を知っている?」
凛「この岸へ流れ着くのは、記憶だけじゃないみたい。強く心に残ったものも、時々ここへ届くの」
勇翔「凛に似ているから、気になっているだけではない」
凛「うん。今の勇ちゃんを見れば分かるよ」
勇翔「本人にも、そう話した」
凛「それなら、約束を守って」
勇翔「約束?」
凛「雷電ちゃんを、私の代わりにしないこと」
凛は、自分の顔を指す。
凛「同じように見えるところがあっても、あの子は私じゃない。私の許可があるから近づくのも、私に悪いから離れるのも、どちらも違うよ」
勇翔「……分かっている」
凛「本当に?」
勇翔は、すぐには答えられなかった。
雷電を見た時、凛を思い出すことは今もある。
凛への罪悪感がなければ、もっと早く雷電へ近づいていた可能性もある。
どちらの感情にも、凛が影を落としていた。
勇翔「分かろうとしている」
凛「うん。それでいい」
凛は笑う。
凛「急がないで。あの子に、私のお墓まで背負わせないで。勇ちゃんが生きている場所で、二人で決めて」
勇翔「君は、それでいいのか?」
凛「私の気持ちを理由にしないで、って言ったばかりだよ」
勇翔「そうだったな」
凛「でも、勇ちゃんが誰かと笑えるなら、私は嬉しい」
赤い空へ、三つの輪が現れた。
巨大な時計のようにも見える。
数字はなく、三本の針だけが異なる速さで動いている。
やがて、三本すべてが天頂を指した。
遠くで、鐘が鳴る。
一度。
二度。
三度。
彼岸花の輪郭が、黒く崩れ始めた。
斎藤「時間みたいですね」
勇翔「まだ聞きたいことがある!」
竜「なら、忘れないうちに記録しておけ。軍人の基本だ」
勇翔「また、ここへ来られるのですか?」
竜「来ることを急ぐな」
斎藤「次は、ちゃんと爺さんになってからにしてください」
斎藤が、食べかけの林檎を持った手で敬礼する。
勇翔も反射的に敬礼を返した。
凛「またね、勇ちゃん」
勇翔「凛!」
凛「生きて、皆を見つけて」
最後に、凛が微笑む。
その姿も、三つの流れも、彼岸花も、暗闇へ呑み込まれた。
*
飛行船ツェッペリン。
来客用居住区。
時刻、午前五時五十八分。
勇翔「ッ!」
勇翔はベッドの上で目を開いた。
右手が、枕元へ伸びる。
拳銃はない。
代わりに、腰部へ接続された生体監視装置が警告音を発した。
『心拍数の上昇を確認しました』
勇翔「警告を止めてくれ。夢を見ただけだ」
『呼吸を整えてください。異常が継続する場合、医療区へ通報します』
勇翔は息を吸う。
ゆっくり吐く。
もう一度繰り返す。
心拍数が少しずつ下がり、警告音が止まった。
天井灯は、夜間用の淡い光を保っている。
窓はない。
赤い空も、彼岸花も見えなかった。
手首には、昨夜、雷電から受け取った携帯翻訳端末が装着されている。
あれは夢だった。
そう考えれば、すべて説明できる。
父への憎しみ。
凛への未練。
兄たちの安否。
昨日会った雷電。
勇翔の記憶と願望が、眠っている間に一つの風景を作っただけかもしれない。
だが、隼人が先に同じ岸へ来たという言葉だけは、自分の記憶から作り出せるものではなかった。
勇翔はベッド脇の卓上へ手を伸ばす。
貸与された記録用紙と筆記具を取った。
竜教官の言葉どおり、覚えていることを順番に書き始める。
彼岸花。
三本の流れ。
土と硝煙。
海の塩と油。
空と航空燃料。
凛、竜教官、斎藤。
隼人は一度この場所へ来て、戻された。
蓮も、こちら側には残っていない。
父の言葉。
――生きろ。
最後の一行を書いた時、居室の扉が三度叩かれた。
雷電「勇翔さん。起きていらっしゃいますか?」
勇翔は時計を見る。
六時二十九分。
昨夜、食堂を案内すると約束した時刻の一分前だった。
勇翔「起きています。どうぞ」
扉が開く。
雷電が顔を覗かせた。
既に制服を整え、黒い髪も結び直している。
手には、車椅子用の補助具と薄い上着を持っていた。
雷電「おはようございます」
勇翔「おはようございます、雷電さん」
雷電は勇翔の顔を見る。
すぐに、卓上の記録用紙へ視線を移した。
雷電「昨夜は、眠れましたか?」
勇翔「眠りはしました」
雷電「休めたか、とは別の答えですね」
勇翔「……妙な夢を見ました」
雷電は、勝手に室内へ入り込まない。
開いた扉の前で待っている。
雷電「お話ししたくない夢ですか?」
勇翔「いえ。むしろ、聞いてもらいたい」
雷電「では、お邪魔します」
雷電が入室し、扉を閉じる。
勇翔は、夢の内容を順番に話した。
死んだ仲間たち。
三つの流れ。
兄たちが死者の側へ残っていないこと。
父の声を聞いた瞬間、自分の中へ殺意が戻ったこと。
そして、凛から雷電の名を聞いたこと。
雷電は途中で口を挟まなかった。
勇翔が話し終えるまで、ベッド脇の椅子へ座って聞いていた。
雷電「その夢が、本当に別の場所へ触れたものなのかは、私には分かりません」
勇翔「はい」
雷電「ですが、夢の中で感じたことまで、無かったことにする必要はないと思います」
勇翔「父を殺したいと思ったことも?」
雷電「思ったことと、実際に行うことは同じではありません」
雷電は穏やかに答える。
雷電「勇翔さんのお父様が、洗脳されていたことも事実。勇翔さんの大切な方々が、その手で亡くなったことも事実なのでしょう?」
勇翔「そうです」
雷電「でしたら、簡単に許せなくても不思議ではありません」
許しを強制しない。
凛と同じ答えだった。
雷電「ただ、目を覚ましている時にも声が聞こえたり、自分の意思を抑えられなくなったりした場合は、私か医療要員へ教えてください」
勇翔「僕が危険だからですか?」
雷電「勇翔さんを、一人でその声と戦わせないためです」
勇翔は、雷電を見る。
顔は凛に似ている。
だが、その言葉は凛のものではない。
目の前にいる雷電自身が考え、選んで口にしたものだった。
勇翔「もう一つ、凛から言われました」
雷電「私のことですか?」
勇翔「貴方へ、凛の墓まで背負わせるな、と」
雷電が、僅かに目を見開く。
勇翔「同じ顔を見て思い出してしまうことは、すぐには止められません。それでも、貴方を凛の代わりにはしない」
雷電「昨夜も、そう言ってくださいましたね」
勇翔「夢の中で凛に言われたからではありません」
勇翔は、言葉を選ぶ。
勇翔「目を覚まして、最初に話したいと思ったのが、貴方だったからです」
雷電は何も言わなかった。
ただ、膝の上で重ねていた両手へ、僅かに力が入る。
勇翔「重いと思ったら、離れてください。僕の過去まで、貴方が引き受ける義務はありません」
雷電「それを決めるのは、私です」
穏やかな口調は変わらない。
だが、その声にははっきりとした意思があった。
雷電「私は凛さんではありません。勇翔さんの過去を消すこともできません。でも、その話を聞くかどうかは、自分で選べます」
勇翔「……はい」
雷電「今朝は、聞きたいと思いました」
雷電が立ち上がる。
雷電「そして今は、勇翔さんと朝食を取りたいと思っています」
勇翔「それも、貴方自身の選択ですか?」
雷電「はい」
雷電は、ほんの少し笑った。
雷電「昨夜から、楽しみにしていました」
勇翔の表情も、僅かに緩む。
勇翔「では、案内をお願いします」
雷電は車椅子をベッドの横へ寄せる。
ブレーキを掛け、足台を上げた。
雷電「お手伝いしても?」
勇翔「お願いします」
雷電の肩を借り、勇翔は車椅子へ移る。
痛みは残っている。
足へ力を入れた時の感覚も、まだ完全ではない。
それでも、昨日よりは僅かに動かしやすかった。
雷電が勇翔の膝へ上着を掛ける。
卓上の記録用紙を見た。
雷電「こちらは?」
勇翔「代理人さんへ見せます。夢で終わらせてよい内容か、判断してもらいたい」
雷電「分かりました。食事のあと、一緒に参りましょう」
雷電が車椅子の取っ手へ手を添える。
二人は、来客用居住区を出た。
*
同時刻。
来客用居住区、別室。
小貝は、天井灯が朝の明るさへ切り替わるより先に目を覚ましていた。
ベッドから起き上がる。
頭痛はない。
吐き気もない。
昨夜飲んだ酒は一杯だけだった。
誰と何を話したのかも、はっきり覚えている。
スカイレイダーが、自分を気にしていると言ったこと。
自分も同じだと答えたこと。
部屋へ戻るまで、手をつないだこと。
そして、互いに素面でも答えが変わらなければ、今夜もう一度会うと約束したこと。
酒の勢いで忘れたことは、何一つなかった。
小貝は貸与された洗面具で顔を洗う。
制服を整え、居室を出た。
廊下の反対側。
壁へ背を預けていた青髪の女性が、小貝を見つけて姿勢を正す。
スカイレイダー「おはよう、小貝」
小貝「おはよう。待っていたのか?」
スカイレイダー「五分くらい」
小貝「昨夜は十五分だったな」
スカイレイダー「今日は成長したでしょ?」
いつもの明るい笑顔。
だが、両手には何も持っていない。
落ち着かない様子で、上着の裾を指先で触っている。
小貝「どうした?」
スカイレイダー「確認しに来たの」
小貝「昨夜の答えか?」
スカイレイダー「うん」
スカイレイダーが、小貝を正面から見る。
スカイレイダー「今は酔ってない。頭も、ちゃんとはっきりしてる」
小貝「俺もだ」
スカイレイダー「それでも、私は小貝のことが気になってる。もっと知りたい」
小貝は迷わなかった。
小貝「俺も変わらん」
スカイレイダーの肩から力が抜ける。
スカイレイダー「よかったぁ……」
小貝「俺が朝になったら忘れていると思ったのか?」
スカイレイダー「少しだけ」
小貝「信用がないな」
スカイレイダー「違うよ。自分の方が、勢いだけだったらどうしようって思ったの」
小貝「違ったのか?」
スカイレイダー「違った」
スカイレイダーは胸元へ手を当てる。
スカイレイダー「ちゃんと、昨日より緊張してる」
小貝「それは、判断材料になるのか?」
スカイレイダー「少なくとも、酒のせいじゃないって分かるよ」
小貝は僅かに笑う。
小貝「今夜の約束は、そのままでいいか?」
スカイレイダー「もちろん。飛行記録と、音楽と、たくさん話す」
小貝「その先は?」
スカイレイダー「今夜の私たちが決める」
小貝「覚えていたか」
スカイレイダー「一言も忘れてないよ」
小貝が右手を差し出す。
昨夜は、スカイレイダーから尋ねた。
今朝は、小貝からだった。
小貝「食堂まで、どうだ?」
スカイレイダーは差し出された手を見る。
すぐに、その手を取った。
スカイレイダー「喜んで」
二人は並んで歩き始める。
スカイレイダー「これって、朝食のお誘い?」
小貝「そうだ」
スカイレイダー「もしかして、デート?」
小貝「食堂へ行くだけだ」
スカイレイダー「否定しないんだね」
小貝「朝食を取ってから考える」
スカイレイダー「じゃあ、朝食の次も予約していい?」
小貝「今日は代理人から呼び出しが入るはずだ。予定を確認してからにしろ」
スカイレイダー「真面目だなぁ」
小貝「飛行機乗りは予定と燃料を確認するものだ」
スカイレイダー「私も飛ぶ側なんだけど?」
小貝「なら、分かるだろう」
スカイレイダーは反論できず、代わりに握った手へ少しだけ力を込めた。
*
ツェッペリン、居住区画食堂。
朝の食堂には、夜勤を終えた乗員と、これから勤務に入る者が混在していた。
食事を載せた盆が行き交い、壁際では任務予定を確認する声が聞こえる。
雷電は勇翔へ料理を一つずつ説明した。
穀物を煮た温かい粥。
薄く焼いた卵。
柔らかく煮た野菜。
医療区から指定された献立の中から、勇翔が食べられる物だけを選ぶ。
勇翔「雷電さんは?」
雷電「私は、こちらを」
雷電は焼いた魚と、少し多めの米を選んだ。
勇翔「もっと少ない物を選ぶのかと思っていました」
雷電「このあと、出発前の機体点検があります。空腹のままでは、集中できませんから」
勇翔「合理的ですね」
雷電「食べることは好きですよ」
雷電が、ごく自然に付け加える。
勇翔は、昨日まで知らなかった彼女のことを一つ覚えた。
二人が卓へ着いた直後、入口付近の乗員たちが僅かにざわついた。
小貝とスカイレイダーが、手をつないだまま入ってきたからだった。
勇翔「……早かったですね」
小貝「何がだ?」
勇翔「いえ。何でもありません」
スカイレイダー「昨夜の答えが、朝になっても変わらなかっただけだよ」
小貝「お前は、少し黙っていろ」
スカイレイダー「どうして? 悪いことじゃないでしょ?」
小貝「食堂中へ説明する必要はない」
小貝は空いている椅子を引く。
スカイレイダーと並んで座った。
雷電は二人の手元を見て、静かに微笑む。
雷電「お二人とも、昨夜はよく休めましたか?」
スカイレイダー「私はぐっすり!」
小貝「一杯で止めたからな」
勇翔「小貝さんが約束を守るとは」
小貝「俺を何だと思っている?」
勇翔「酒と近接航空支援が好きな元教官です」
小貝「否定しにくい言い方をするな」
短い笑いが起きる。
だが、小貝は勇翔の顔色を見て、すぐに表情を戻した。
小貝「眠れなかったのか?」
勇翔「夢を見ました」
小貝「凛の夢か?」
勇翔「凛だけではありません」
勇翔は声を落とす。
勇翔「竜教官と斎藤、それから父もいました。蓮兄さんと隼人兄さんに繋がっているような、三つの流れも」
小貝の表情から、残っていた軽さが消える。
小貝「内容は記録したか?」
勇翔「はい」
小貝「代理人へ報告する。単なる夢でも構わん。俺たちの転移には、説明できていない部分が多すぎる」
雷電「食事のあと、一緒に伺う予定です」
小貝「俺も行く」
スカイレイダー「私も?」
小貝「関係者を増やしすぎる必要はない。まずは代理人の判断を聞く」
スカイレイダーは一瞬だけ口を尖らせた。
だが、すぐに頷く。
スカイレイダー「分かった。聞かれないことまで知ろうとはしない」
小貝「助かる」
それは拒絶ではない。
勇翔の個人的な記憶へ、本人の許可なく踏み込まないための線引きだった。
四人は食事を続ける。
勇翔が凛の話をしたことで、雷電の姿が凛へ変わることはなかった。
目の前にいるのは、焼いた魚を丁寧に箸で分け、出発前の点検予定を気にしている雷電だった。
*
朝食後。
ツェッペリン、作戦会議室。
代理人は、勇翔が書いた記録へ最初から最後まで目を通した。
卓を囲んでいるのは、代理人、勇翔、小貝、雷電の四人。
扉の外には警備員が立っている。
会議内容は記録されるが、閲覧権限は代理人と当事者へ限定されていた。
代理人「彼岸花の咲く場所……三つの流れ……」
代理人が、記録用紙を卓へ置く。
代理人「夢だけを根拠に、お二人の兄が生存しているとは断定できません」
勇翔「分かっています」
代理人「ですが、調査の端緒にはできます」
小貝「何を調べる?」
代理人「まず、二人がこの世界へ出現した時の空間反応を再解析します。単一の転移ではなく、複数の方向へ分岐した痕跡がないか確認します」
勇翔「夢に合わせて、結果を歪める危険は?」
代理人「あります。ですから、解析担当者には夢の内容を知らせません。先に観測記録だけを再検証させ、結果が一致するかを見ます」
勇翔は頷く。
夢を証拠として扱わず、検証可能な仮説へ変える。
その方法なら納得できた。
代理人「もう一つ。TARDISによって再構築されたお二人の人格情報に、同じ夢を誘発する異常がないか確認できます」
小貝「記憶へ接触するのか?」
代理人「本人の同意がない限り行いません。まずは睡眠中の生体記録と、通常検査の範囲だけです」
勇翔「深い記憶への接触は、今は拒否します」
代理人「承知しました」
代理人は、すぐに記録端末へ拒否の意思を入力する。
説得しようとはしなかった。
代理人「お父様の声についても、医療区へ共有してよろしいですか?」
勇翔「内容は限定してください。夢の中で強い殺意を覚えたことと、覚醒後は自制できていること。個人名と詳しい経緯は、担当医だけに」
代理人「その条件で共有します」
代理人は記録範囲を設定し、勇翔へ画面を向けた。
勇翔が内容を確認する。
その時、卓上端末へ新しい通知が届いた。
黒い十字を中心に、銀色の翼を組み合わせた印章。
代理人が通知を開く。
数行を読み、僅かに眉を上げた。
小貝「何かあったか?」
代理人「黒十字帝国学連――シュバルツクロスライヒからです」
勇翔「以前、話に出た五つの学連の一つですね」
代理人「はい。申請していた飛行場と隔離格納庫の使用許可が下りました」
小貝「F-3とA-10のためか?」
代理人「その二機と、お二人の運用試験のためです」
作戦卓へ、City西部の地図が表示される。
黒十字帝国学連の管理区域。
その外縁に、長い滑走路を備えた試験飛行場が示された。
代理人「現在のツェッペリンの格納庫でも、日常点検はできます。しかし、機体構造の精密検査、高速飛行時の遠隔計測、推進装置の地上試験を同時に行える設備はありません」
小貝「黒十字側には揃っている?」
代理人「大型航空ARMSの試験設備があります。F-3とA-10を安全に再運用するには、今ある情報だけでは足りません」
勇翔「条件は?」
代理人が、許可書を拡大する。
代理人「第一に、移動中と地上試験中、二機の兵装は封印状態を維持すること」
小貝「妥当だ」
代理人「第二に、試験飛行は黒十字側と僕の双方が承認した空域に限定。第三に、技術資料と人格情報は本人の同意なく提供しない」
勇翔「こちらが閲覧できる記録は?」
代理人「すべて同時に共有されます。黒十字側だけが保有する生体情報や機体情報は認めません」
小貝「第四の条件もある顔だな」
代理人「お二人だけで学連区域を移動しないこと。僕、あるいは指定されたDOLLSが同行します」
小貝「監視兼護衛か」
代理人「はい。黒十字側も、お二人をどう扱うべきか判断できていません」
勇翔「飛行許可は、すぐに出るのですか?」
代理人「いいえ」
代理人は即答した。
代理人「特に勇翔大尉は、医療区の許可が出るまで操縦席へ座ることも制限します」
勇翔「昨日は座りました」
代理人「二十分の許可を十二分超過した記録も届いています」
勇翔が小貝を見る。
小貝「俺ではない。生体監視装置の記録だ」
勇翔「信用されていますね、あの装置は」
雷電「勇翔さんよりは」
雷電が静かに言う。
代理人は咳払いをして、僅かに笑いを隠した。
代理人「目的は、今すぐ飛ぶことではありません。安全に、もう一度飛べる状態を作ることです」
勇翔は反論を止める。
機体だけが飛べても意味はない。
操縦者が耐えられなければ、同じ空へ戻ることはできない。
勇翔「分かりました」
小貝「出発は?」
代理人「本日八時。ツェッペリンは、黒十字帝国学連の試験飛行場へ向けて進路を変更します」
小貝「同行するDOLLSは決まっているのか?」
代理人「二名が志願しています」
代理人が、雷電を見る。
代理人「雷電一一型」
雷電「はい」
続いて、会議室の扉が二度叩かれた。
代理人「どうぞ」
扉が開く。
スカイレイダーが、顔だけを覗かせる。
スカイレイダー「もう一名、入っていい?」
代理人「どうぞ、AD-1」
スカイレイダーが入室する。
小貝の隣へ来たが、会議中であることを意識して、姿勢を正したまま立つ。
スカイレイダー「低空試験と地上部隊との連携確認なら、私がいた方がいいでしょ?」
代理人「本人は、そう申請しています」
小貝「昨夜の話とは別だな?」
スカイレイダー「別だよ」
スカイレイダーは、真剣な表情で答える。
スカイレイダー「小貝と話したいから近くにいたい。でも、それだけで任務を選んだわけじゃない。A-10と同じ任務を飛べるDOLLSとして、試験に参加したいの」
小貝「分かった」
スカイレイダー「反対しないの?」
小貝「任務を選ぶのは、あんただ。理由も説明された。それ以上、俺が止めることではない」
スカイレイダーが嬉しそうに笑う。
代理人「ただし、二人とも護衛任務が優先です。私的な約束は、勤務時間外にしてください」
スカイレイダー「分かってるよ」
雷電「承知しました」
雷電は平静に答えた。
勇翔は、僅かに視線を逸らした。
小貝「お前は何を気まずそうにしている?」
勇翔「別に、何も」
代理人「それでは、移動準備を開始します」
作戦卓の地図に、新しい航路が表示された。
ツェッペリンから西へ延びる一本の線。
その先に、黒十字帝国学連の印章がある。
*
午前八時。
ツェッペリン、前部観測区画。
係留索が外される。
複数に分割された気嚢の圧力が調整され、巨大な船体がゆっくりと上昇を始めた。
下部推進器が回転する。
窓の外で、City東部の建造物が少しずつ遠ざかっていく。
格納庫では、F-3とA-10が輸送固定具へ接続されていた。
兵装回路は遮断。
機関砲と誘導兵器には封印記録が付されている。
再び使用できるようになるかは、これからの検査次第だった。
勇翔は車椅子で観測窓の前にいた。
膝には、夢の内容を書いた記録用紙が置かれている。
その隣には雷電が立っていた。
少し離れた場所では、小貝とスカイレイダーが出発時刻と今夜の予定を確認している。
スカイレイダー「二十時。忘れないでね」
小貝「任務が延びなければな」
スカイレイダー「延びたら?」
小貝「終わったあとに変更する」
スカイレイダー「中止じゃなくて、変更なんだ」
小貝「約束したからな」
スカイレイダーは満足そうに頷いた。
勇翔は窓の外へ視線を戻す。
朝の空は明るい。
夢で見た赤い空とは、まるで違っていた。
雷電「彼岸花は、見えますか?」
勇翔「いいえ」
雷電「三つの流れは?」
勇翔「それも」
勇翔は記録用紙へ目を落とす。
勇翔「夢の中で、竜教官は、あそこを三つの流れが同じ岸へ触れる場所だと言いました」
雷電「皆が、いつか行き着く場所なのでしょうか」
勇翔「そうかもしれません」
死者が残り、生者が追い返される岸。
いつかは、勇翔もそこへ行く。
その時には、父へ答えを出せているのか。
凛へ胸を張って会えるのか。
蓮と隼人も、同じ岸へ辿り着くのか。
今は、何一つ分からない。
勇翔「ですが、まだ行くつもりはありません」
雷電が勇翔を見る。
勇翔「蓮兄さんと隼人兄さんを、生きている側で見つけます」
雷電「はい」
勇翔「それから、貴方との約束もありますから」
雷電「朝食は、もう終わりましたよ?」
勇翔「互いを知る方です」
雷電は一度だけ瞬きをする。
やがて、穏やかに笑った。
雷電「それなら、まだ始まったばかりですね」
勇翔「ええ」
ツェッペリンが進路を西へ変える。
地上。
海上。
そして空。
三兄弟は、それぞれ異なる世界の異なる道を進んでいた。
道がどこで交わるのかは、誰にも分からない。
それでも、終着点へ急ぐ必要はなかった。
生きている限り、進路は自分たちで選べる。
巨大な飛行船は、黒十字帝国学連の空へ向かって進んでいった。
はい。
自分のイメージとして三途の川ってなんかヒガンバナで埋まってそうなイメージを抱えている素人小説書きです。
次回は多分空を自由に飛ぶのではないかなっと思っています。
後、ここすき機能を使って好きなところにここすきをお願いします。
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それでは
※2026年8月29日リメイク完了
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