陸自はドールズフロントライン、海自は艦これとアズールレーン、空自はアッシュアームズ三つの世界でバラバラになりながらでも生き残る 作:ゴーストライターとかした、素人小説書き
クロスオーバーなので悪しからず
それではどうぞ
4-2
才能ある者の成長
天城の私邸を訪ねた、翌日の午後。
呉鎮守府の工廠に隣接する倉庫では、明石が入口の立札を裏返していた。
使用中。
その三文字の下に、白い紙が一枚貼られている。
実弾持込禁止。
瑞鶴(KAN-SEN)「キルハウス、ねえ」
瑞鶴は立札を眺め、開いた扉の向こうを覗いた。
床に引かれた線。人の背より高い木の仕切り。蝶番を取り付けた簡素な扉。
外から見れば、昨日まで資材置場だった倉庫である。
中へ入ると、その一角だけが、小さな建物のようになっていた。
瑞鶴(KAN-SEN)「名前の割に、ずいぶん普通じゃない?」
明石(艦娘)「まだ仮設ですから。それでも、中へ入ると見え方が変わりますよ」
翔鶴(KAN-SEN)「ここで、隼人さんの訓練を?」
明石(艦娘)「今日は試用です。使いにくいところを見てもらって、そのあと皆さんで稽古をする予定になっています」
明石が持つ予定表には、開始と終了の時刻が書かれていた。
昨夜のうちに話を通したのは、隼人だった。
見学から試験、試験から訓練と、その場の思いつきで延ばさないように。
明石にも、夕方から別の仕事がある。
瑞鶴(KAN-SEN)「約束した本人は?」
隼人「ここにいますよ」
倉庫の奥から、隼人が戻ってきた。
両手に抱えているのは、稽古用具の入った箱だった。
歩調は軽く、入口近くの台へ箱を置く動作にも、ためらいはない。以前のように左肩を庇うこともなく、空いた手で袖をまくっている。
瑞鶴(KAN-SEN)「本当に、もう治ったのね」
隼人「ええ。お待たせしました」
瑞鶴(KAN-SEN)「待ったわよ。あれから、どれだけ経ったと思っているの」
翔鶴(KAN-SEN)「三週間ほどね」
瑞鶴(KAN-SEN)「姉さん、そういう返事が欲しいんじゃなくて」
隼人は笑い、箱の蓋を外した。
中には防具と、表面を柔らかい素材で覆った稽古刀が収められている。
隼人「先に施設を見ます。そのあと、以前のお約束を。お二人とも、それでよろしいですか?」
瑞鶴(KAN-SEN)「もちろん」
翔鶴(KAN-SEN)「ええ。私も、お邪魔にならなければ」
隼人「むしろ、違う見方をしてくださる方がいると助かります」
隼人が明石へ向き直る。
明石は壁際に立ててあった、木製の模擬銃を手渡した。
20式を参考に形を作ったものだが、可動する部分はない。重さも重心も本物とは違う。
隼人は両手で持ち替え、長さを確かめた。
隼人「今日は、これで十分です」
明石(艦娘)「本物を使わなくて、いいんですか?」
隼人「扉や通路の広さを確かめるには使えます。射撃の評価は、射撃のできる場所で行いましょう」
20式もSFP9も、保管場所へ預けてある。
《みらい》も持ち込んでいない。
動きを確かめるための最初の試験に、大型の装備まで加える必要はなかった。
明石は頷くと、仕切りの外へ歩いた。
観察用に残した開口部から、内部を見通せる場所である。
翔鶴と瑞鶴も、その隣へ並んだ。
キルハウス。
隼人のいた世界では、建物内での行動を訓練する施設を、そう呼んでいた。
ただし、ここに用意されたのは、銃弾を受け止める設備を備えた建物ではない。
倉庫へ仕切りを入れ、人と人が動くための空間を作ったものだ。
明石が昨日のうちに立てた人型の板には、銃を持つ姿もあれば、両手を上げる姿もある。工具箱を抱えたものや、床へ倒れているものも置かれていた。
何が見え、何が見えないか。
隼人が確かめたかったのは、まず、そのことだった。
明石(艦娘)「準備、よろしいですか?」
隼人「はい。お願いします」
短く、笛が鳴る。
隼人が入口を通った。
速い。
そう思った直後、瑞鶴は僅かに眉を動かした。
走ってはいない。
足音も大きくない。
入口で一度、動きが止まり、それから身体が部屋の中へ収まる。模擬銃が壁へ当たることも、靴が扉の下を引っ掛けることもなかった。
人型の板へ、銃口が向く。
隼人はそこを確かめてから、別の方向へ目を移した。
次の部屋で、また止まる。
工具箱を抱えた人型の前だった。
模擬銃は、その人物へ向かなかった。
瑞鶴(KAN-SEN)「あれは、撃たないんだ」
翔鶴(KAN-SEN)「撃つ相手ではないのでしょう」
瑞鶴(KAN-SEN)「それは、見れば分かるけど……」
自分なら、まず全部の標的を探しただろう。
隼人の動きには、人型を見つけてから考え直すような大きな揺れがなかった。
姿を確かめることが、初めから動きの中へ入っている。
途中、隼人の姿が仕切りの向こうへ消えた。
明石が時計を見る。
次の開口部へ現れるまでに、思ったより時間が掛かった。
明石(艦娘)「……あれ?」
隼人が出口に姿を見せる。
模擬銃を下ろし、明石へ片手を上げた。
隼人「終わりました」
明石(艦娘)「お疲れ様です。途中、何かありました?」
隼人「二つ目の扉です。下の角が、床へ引っ掛かります」
明石(艦娘)「えっ。昨日、開けた時は……」
隼人「途中までは開きます。大きく開こうとすると、止まりました」
明石は時計を置き、隼人と一緒に中へ入った。
翔鶴と瑞鶴も、あとに続く。
隼人が扉を動かすと、半ばを過ぎたところで、下端が床を擦った。
明石(艦娘)「……本当だ」
瑞鶴(KAN-SEN)「思い切って押せば、開くんじゃない?」
隼人「おそらく。ですが、それをすると、次に使う人が扉ごと外すかもしれません」
明石が、蝶番へ視線を落とした。
明石(艦娘)「やめてくださいね。まだ、替えは作っていませんから」
隼人「ですから、押していません」
瑞鶴は、扉を指先で少し動かした。
自分なら、引っ掛かったことにも気づかず、そのまま通れたかもしれない。
それでは、次に使う人へ何も伝わらない。
明石が手帳へ書き込むのを見て、瑞鶴も扉から手を離した。
翔鶴(KAN-SEN)「ほかには?」
隼人「この奥ですね。倒れている人型を運び出すとすると、机を少し動かす必要があります」
明石(艦娘)「狭かったですか?」
隼人「狭い場所があるのは構いません。ただ、机を固定してしまうと、現場にある物を動かす練習ができなくなります」
明石は、床へ留めた机の脚を見た。
安定させようとして、しっかり固定してある。
明石(艦娘)「全部、動かないようにするのがいいと思っていました」
隼人「倒れては困る仕切りと、動かして使う物を分けましょう。ここは、使いながら変えていけると助かります」
瑞鶴(KAN-SEN)「標的も、もっと隠した方がいいんじゃない? さっきは、すぐ見つけていたでしょう」
瑞鶴が、銃を持った人型の板を指す。
隼人はそれを見てから、部屋の入口を振り返った。
隼人「配置を変えるのは、必要ですね。ただ、初めて使う人にも、私と同じ配置でやってもらうとは限りません」
瑞鶴(KAN-SEN)「簡単な方から?」
隼人「ええ。何に困ったのか、自分で分かるところからです。一度に全部難しくすると、終わったあとに、ただ駄目だったという感想しか残りません」
明石の鉛筆が止まった。
明石(艦娘)「隼人さんが使うので、次はもっと難しくしないと、と思っていたんですけど」
隼人「私しか使えない施設にするつもりはありませんよ」
人型の板の傍らへ、隼人が模擬銃を立てる。
隼人「最初は、一人が通る。それから二人。運ぶ物があれば、その大きさでも変わる。試してみたいことは、沢山あります」
翔鶴(KAN-SEN)「使う人たちにも、意見を聞く必要がありますね」
明石(艦娘)「はい。図面だけでは、分からなかったです」
明石は手帳の余白へ、もう一行書き加えた。
利用者の記録を残すこと。
隼人はそれを見て、頷いた。
試用を終え、四人は仕切りのない区画へ移った。
運動用の敷物を敷いた、四角い場所である。
瑞鶴は防具を着けながら、隼人の方を見た。
瑞鶴(KAN-SEN)「それじゃ、今度こそ相手をしてもらうわよ」
隼人「はい」
瑞鶴(KAN-SEN)「さっきみたいに、見るだけで終わりじゃないでしょうね?」
隼人「見ることは、やめませんけれど」
隼人が稽古刀を手に取る。
瑞鶴も、同じものを選んだ。
艤装は外してある。
強く打ち抜くための稽古ではない。防具を着けた胴と腕への、有効な接触を取る。
始める前にそう確かめると、瑞鶴は短く頷いた。
瑞鶴(KAN-SEN)「三本、お願い」
隼人「承知しました」
互いに礼をする。
明石は記録板を抱え、翔鶴の隣へ座った。
始め、と声が掛かる。
先に動いたのは、瑞鶴だった。
昨日までの隼人の周囲にあった、賑やかな騒動とは違う。
正面へ立ってみると、彼女の目は静かだった。
肩が動いたと思う間もなく、柔らかな剣身が近づいてくる。
隼人が身体をずらした。
瑞鶴も止まらない。
一度かわされたところから、すぐに剣を戻す。
軽い音がした。
隼人の稽古刀が、瑞鶴の前腕の防具へ触れていた。
翔鶴(KAN-SEN)「一本」
瑞鶴(KAN-SEN)「……速いわね」
隼人「そちらも」
隼人は一度、距離を取り直した。
瑞鶴の身体能力に合わせて、いつもの相手と同じ感覚で動けば、間に合わない。
相手の動きが始まる前から、よく見る必要があった。
二本目。
瑞鶴は、最初と同じようには踏み込まなかった。
隼人の剣先を見て、動くのを待つ。
今度は隼人から近づいた。
瑞鶴が応じたところで、二本の稽古刀が触れ合う。
短いやり取りの末、隼人の剣が胴の防具へ届いた。
瑞鶴は息を吐き、目を閉じずにその位置を見た。
瑞鶴(KAN-SEN)「……なるほど」
悔しそうではある。
だが、何が起きたか分からないという顔ではなかった。
三本目が始まる。
瑞鶴は、先ほどと似た姿勢で立った。
隼人は近づきかけて、足を止める。
待っているように見えた相手が、もう動いていた。
受けた剣が、思ったより早く離れる。
隼人は胴を守った。
その外側で、腕の防具へ軽い衝撃が伝わった。
翔鶴(KAN-SEN)「瑞鶴、一本」
瑞鶴が、大きく息を吐く。
隼人は自分の腕を見下ろし、それから相手へ向き直った。
隼人「参りました」
瑞鶴(KAN-SEN)「三本のうち一本だけでしょう。全部勝ったみたいに言わないで」
隼人「今の一本は、そちらのものです」
瑞鶴は口を開きかけ、閉じた。
隼人が礼をする。
彼女も背を伸ばし、礼を返した。
その顔が、少しだけ明るくなっていた。
明石(艦娘)「隼人さんでも、取られるんですね」
隼人「取られますよ」
瑞鶴(KAN-SEN)「どういう意味よ、それ」
明石(艦娘)「いえ、その。最初の二本が、あまりに……」
翔鶴(KAN-SEN)「三本とも、同じことをしたわけではありませんから」
翔鶴は瑞鶴を見る。
瑞鶴は汗を拭き、姉の視線へ少しだけ顎を上げた。
隼人「二本目で、何か気づきましたか?」
瑞鶴(KAN-SEN)「あなたが動くのを待っているつもりで、こっちが動かされていた。合わせようとすると、その先まで決められてしまう」
隼人「それで、途中から変えた」
瑞鶴(KAN-SEN)「変えなければ、また同じように取られるじゃない」
当然でしょう、と言いたげだった。
隼人は防具の留め具を確かめ、短く笑った。
同じことを繰り返していると気づいても、目の前で直せるとは限らない。
瑞鶴は、それを一本の間に変えた。
当てる速さよりも、そのことが印象に残った。
休憩を挟み、今度は翔鶴も敷物の上へ立った。
稽古刀を手に取り、軽く持ち直している。
翔鶴(KAN-SEN)「私は、瑞鶴ほど剣には慣れていませんよ」
隼人「分かりました。無理に同じ動きをしなくても構いません」
翔鶴とは、短いやり取りを何度か重ねた。
瑞鶴のように、自分から間合いを詰め続けるわけではない。
隼人が離れると追わず、次に近づいてくる場所を見ている。
一度触れられたところへ、続けて同じ形では入ってこなかった。
剣を扱うことに慣れていなくても、人の動きを見ることには慣れている。
その違いは、向かい合っているとよく分かった。
ひと区切りついたところで、隼人が稽古刀を下ろす。
隼人「少し、試してみたいことがあります」
瑞鶴(KAN-SEN)「何?」
隼人「次は、お二人で来てもらえますか」
瑞鶴が、翔鶴を見た。
翔鶴も、妹へ目を向ける。
瑞鶴(KAN-SEN)「二人で、あなたを相手にするの?」
隼人「はい。ここでの動き方を、見せてください」
瑞鶴(KAN-SEN)「……随分、自信があるのね」
隼人「勝つつもりではいます」
翔鶴(KAN-SEN)「では、こちらも、そのつもりで」
翔鶴が柔らかく答えた。
瑞鶴は、姉の顔を見て笑う。
明石が記録板へ、新しい線を引いた。
場所は敷物の内側。
二人のどちらかが有効打を受けたら、そこで仕切り直す。
隼人へ先に一本取れば、二人の勝ちとなる。
短く条件を確かめてから、三人が構えた。
合図。
瑞鶴が先に動く。
翔鶴は、その少しあとから続いた。
姉妹で動くことなど、珍しくもない。
海の上でも、空へ飛ばした航空隊を扱う時でも、互いが何をしようとしているかは分かっている。
それなのに。
瑞鶴(KAN-SEN)「……っ」
翔鶴の前へ、瑞鶴の背中が入った。
姉の剣が止まる。
隼人はその間に位置を変えていた。
瑞鶴が振り向こうとしたところで、腕へ触れられる。
終わり、と明石が声を掛けた。
瑞鶴(KAN-SEN)「今のは、もう一度」
隼人「少し待ってください。何がありました?」
瑞鶴(KAN-SEN)「私が、姉さんの邪魔をした」
翔鶴(KAN-SEN)「私も、瑞鶴が前へ出ると思って、同じところへ寄ってしまいました」
翔鶴が、先ほど自分のいた場所を見る。
数歩しか離れていない。
だが、その数歩の中に、二人分の身体と剣があった。
瑞鶴(KAN-SEN)「もっと広ければ……」
言ってから、瑞鶴は口を閉じた。
隣には、狭い通路を作ったばかりの施設がある。
自分の都合で、場所を広げられるとは限らない。
隼人「同じ相手を見ているので、同じところが空いて見えることはあります。次は、お二人で相談してからどうぞ」
隼人は敷物の端へ下がった。
明石が、そっと近づく。
明石(艦娘)「二人とも、十分強いと思いますけど」
隼人「ええ。ですから、すぐに変わると思います」
明石(艦娘)「本当に、勝たれてしまうかもしれませんよ?」
隼人「その時は、私が困りますね」
顔は困っていなかった。
明石は、何となく理由が分かった気がした。
自分も、図面どおりに動かなかった物を直して、次はどうなるか試す時には、似た気分になる。
向こうで、瑞鶴が何かを言った。
翔鶴が頷き、短く言葉を返している。
隼人は水を飲みながら、その相談が終わるのを待った。
二度目は、最初から違った。
瑞鶴が近づいても、翔鶴はすぐに続かない。
隼人が位置を変えると、今度は翔鶴が前へ出る。
瑞鶴は姉の背を追わず、別の場所で動きを待った。
剣が触れ合う。
隼人が応じた、そのあとへ瑞鶴が入ってくる。
先ほどのように、一人の陰へもう一人が隠れることはなかった。
瑞鶴の剣先が、隼人の腕へ届いた。
瑞鶴(KAN-SEN)「取っ――」
言いかけた声が止まる。
隼人の稽古刀は、翔鶴の胴へ触れていた。
明石が、三人を順に見た。
明石(艦娘)「これは……」
翔鶴(KAN-SEN)「私が、先ですね」
翔鶴が答えた。
隼人も、頷く。
瑞鶴(KAN-SEN)「ほとんど同時だったじゃない」
翔鶴(KAN-SEN)「でも、先よ」
姉の声は、静かだった。
瑞鶴は悔しそうに息を吐き、それから剣を下ろした。
隼人も構えを解く。
隼人「今度は、お互いの邪魔をしませんでしたね」
瑞鶴(KAN-SEN)「でも、姉さんが取られた」
翔鶴(KAN-SEN)「瑞鶴が来るまで、私が引いてはいけないと思ってしまいました」
翔鶴は防具へ触れた。
隼人の剣が届くことに、気づいていなかったわけではない。
もう少し待てば、妹の剣が届く。
そう思った分だけ、動くのが遅れた。
隼人「お二人の狙いは、こちらにも伝わりました。続ければ瑞鶴さんに取られることも、分かっていました」
翔鶴(KAN-SEN)「それでも、私へ?」
隼人「はい。今回の条件なら、先に一人へ届けばよいので」
翔鶴は少し考え、頷いた。
自分が何をさせたいか。
そればかり見て、相手にも選べるものがあることを、途中から忘れていた。
隼人は、昨日の将棋盤を思い出していた。
取れる駒を見つけ、取りたくなった。
天城は、その先で待っていた。
ただし、今の二人は、盤の上で決められた動きしかできない駒ではない。
自分たちで、途中から変えられる。
瑞鶴(KAN-SEN)「姉さん」
瑞鶴が、翔鶴へ向き直った。
瑞鶴(KAN-SEN)「私が間に合わなかったら、待たなくていい。そこから、もう一度やろう」
翔鶴(KAN-SEN)「……ええ」
瑞鶴(KAN-SEN)「私も、当てることばかり考えてた。姉さんが下がれるかどうか、見てなかった」
翔鶴は、妹の顔を見た。
今度はすぐに構えず、二人で少し話をする。
隼人は、その間へ入らなかった。
明石も、時計を確認してから待った。
三度目。
最初に前へ出たのは、翔鶴だった。
隼人は、前と同じ形になるのを待たなかった。
先に近づき、翔鶴の動きを止めようとする。
翔鶴は応じかけ、途中で離れた。
無理に留まらない。
瑞鶴も、そのあとへ慌てて飛び込まなかった。
姉が戻ってくる場所を空け、自分の前に現れた隼人を見る。
隼人は、僅かに眉を動かした。
瑞鶴の剣が近づく。
受ければ、翔鶴が動く。
そちらへ向けば、瑞鶴が追ってくる。
どちらかが見えなくなるわけではない。
見えていても、二人の動きへ同時には応じられない。
隼人の靴が、敷物の端近くへ下がった。
明石は、記録板から目を上げたままになっている。
隼人が場所を変えようとする。
翔鶴も向きを変えた。
その腕が、一瞬空いて見えた。
隼人の剣が伸びる。
瑞鶴が、自分の剣でそれを受けた。
当てに来ると思っていた相手が、姉のために動いた。
隼人は剣を引き戻したが、翔鶴はすでに退いた位置から身体の向きを変えていた。
胴の防具へ、軽い音がする。
翔鶴の剣先だった。
明石が声を上げる。
明石(艦娘)「一本!」
三人の動きが止まった。
瑞鶴が、姉を見る。
翔鶴は自分の剣先を確かめ、それから隼人へ目を戻した。
隼人「参りました」
今度は、二人へ向けて言った。
瑞鶴(KAN-SEN)「……取れた」
翔鶴(KAN-SEN)「ええ」
翔鶴の頬が、少し緩む。
瑞鶴は剣を下ろし、空いた手を持ち上げかけた。
途中で止めて、先に礼をする。
隼人も礼を返す。
それが済んでから、瑞鶴は姉へ向き直った。
瑞鶴(KAN-SEN)「やったね、姉さん」
翔鶴(KAN-SEN)「助けてもらったわ」
瑞鶴(KAN-SEN)「そっちも、ちゃんと取ってくれたでしょう」
二人の手が、軽く触れ合った。
明石は記録板へ結果を書き、顔を上げる。
明石(艦娘)「隼人さん。手加減は……」
隼人「当てる強さは、三人とも控えています。今の一本は、取られました」
隼人は防具を外し、額の汗を拭いた。
息も少し上がっている。
瑞鶴は、それを見て、ようやく満足したように笑った。
瑞鶴(KAN-SEN)「何でも涼しい顔で済ませる人じゃなくて、安心したわ」
隼人「二人で追い回しておいて、その感想ですか」
瑞鶴(KAN-SEN)「自分から言ったんでしょう?」
隼人「ええ。言いましたね」
否定できない。
隼人は、もう一度汗を拭いた。
休憩用の長椅子へ座ると、明石が冷やしておいたラムネを持ってきた。
栓を押し込む音が、続けて鳴る。
瑞鶴は一口飲み、それから自分の腕を軽く回した。
瑞鶴(KAN-SEN)「最初から、今みたいにできればよかったのに」
翔鶴(KAN-SEN)「最初は、何ができていないのか、分からなかったでしょう」
瑞鶴(KAN-SEN)「分かってる」
瑞鶴は瓶を膝へ置き、隼人を見る。
瑞鶴(KAN-SEN)「でも、次は同じように動いたって、取らせてくれないでしょう?」
隼人「できるだけ、そうしたいですね」
瑞鶴(KAN-SEN)「やっぱり」
それを聞いても、落胆した様子はなかった。
むしろ、次に何をするか考え始めている。
翔鶴(KAN-SEN)「最後、私の腕が空いたのは、わざとではありませんでした」
隼人「そうでしたか」
翔鶴(KAN-SEN)「下がったあとに、持ち直すのが遅れたんです。瑞鶴が動いてくれなければ、また私が取られていました」
瑞鶴(KAN-SEN)「私からは、見えたから」
瑞鶴は、隼人へ向けていた視線を姉へ戻した。
瑞鶴(KAN-SEN)「二回目は、自分がいつ行くかばかり考えていた。でも、今のは姉さんも見えた。それだけよ」
隼人は頷いた。
打ち合わせた形が崩れた時に、最初からやり直そうとして固まらなかった。
目の前で起きたことを見て、二人とも自分の動きを変えた。
一本を取ったことより、その変化の方が、教える側には嬉しかった。
隼人「お二人とも、直すのが早いですね」
瑞鶴(KAN-SEN)「そのくらいできなければ、困るもの」
隼人「できなかったところを認めるのは、案外難しいですよ」
翔鶴(KAN-SEN)「隼人さんにも?」
隼人は、ラムネの瓶を持つ手を止めた。
隼人「……あります」
昨日、天城の盤の前で、何手も前へ戻りたくなった。
取りたい駒へ手を伸ばしたのは、自分である。
相手のせいにしても、次は変わらない。
瑞鶴(KAN-SEN)「今の間、何かあったわね?」
隼人「昨日、将棋に負けました」
翔鶴(KAN-SEN)「天城さんに?」
隼人「ええ」
瑞鶴(KAN-SEN)「ああ。それは……」
瑞鶴は、妙に納得した顔をした。
隼人「皆さん、相手の名前を聞くと、同じ顔になりますね」
翔鶴(KAN-SEN)「分かっていても、選んでしまうんです。あの方が置いてくださる方を」
隼人「今なら、よく分かります」
隼人が瓶を傾ける。
中の玉が、ころりと鳴った。
瑞鶴も笑って、残りのラムネを飲む。
隣で明石は、記録板へ何かを書き足していた。
隼人「どうしました?」
明石(艦娘)「二回目と三回目、終わるまでの時間は、三回目の方が長かったんです」
隼人が紙を見る。
時刻の下に、結果と、その時に起きたことが短く記されている。
明石(艦娘)「最初は、速ければいい記録だと思っていたんですけど。さっきのを見ていると、時計だけでは分からないですね」
隼人「ええ。何をして、その時間になったかが大事です」
明石(艦娘)「こちらの施設でも、書けるようにします。時間の横へ、困ったところと、次に変えたところを」
明石は、試用の記録用紙を裏返した。
さっきまで空いていた余白へ、鉛筆で線を引いていく。
瑞鶴が、身を乗り出した。
瑞鶴(KAN-SEN)「私たちの分も、残しておいてくれる?」
明石(艦娘)「もちろんです」
瑞鶴(KAN-SEN)「次に来た時、同じことを言われたくないから」
翔鶴(KAN-SEN)「そのためなら、私たちも覚えておかないとね」
明石が顔を上げ、笑った。
隼人は、自分の瓶を長椅子の脇へ置く。
相手をするたびに、こちらが知っている二人とは、少し違っていた。
次の稽古で同じつもりで向かい合えば、今日より早く一本取られるかもしれない。
隼人は、腕へ当たった時の感触を思い出した。
それなら、こちらにも直すところがある。
終了時刻になると、隼人は稽古を切り上げた。
瑞鶴は、もう一本と言いかけたが、明石が時計を見たことで口を閉じる。
防具を拭き、稽古刀を箱へ戻す。
翔鶴は使った敷物の端を直し、明石は模擬銃と記録板を片づけた。
瑞鶴(KAN-SEN)「ねえ、隼人さん」
隼人「はい」
瑞鶴(KAN-SEN)「次は、どこでどう来るか分からない稽古もできる?」
隼人は箱を閉じる手を止めた。
隼人「この施設の中で、役割を決めてなら。準備してからにしましょう」
瑞鶴(KAN-SEN)「急に後ろから来られたら、どうするのかなって」
隼人「仕事の途中で試すのは、やめてくださいね」
翔鶴(KAN-SEN)「廊下も、宿舎も駄目よ、瑞鶴」
瑞鶴(KAN-SEN)「まだ、そんなこと言ってないでしょう!」
隼人「では、今のうちに約束しておきましょう」
瑞鶴は二人を順に見て、少し口を尖らせた。
瑞鶴(KAN-SEN)「……分かった。ちゃんと、ここで」
明石(艦娘)「扉の修理が終わってからですよ」
瑞鶴(KAN-SEN)「分かってるってば」
明石は使用中の札を外し、代わりに調整中の札を掛けた。
今日の結果をもとに手を入れ、次に誰かが来た時には、また確かめる。
昨日作った場所が、ようやく訓練施設として動き始めた気がした。
隼人は用具の箱を棚へ載せると、三人へ礼を言った。
隼人「ありがとうございました。また、お願いします」
瑞鶴(KAN-SEN)「こちらこそ。次は、一対一でも二本取るから」
隼人「では、次も三本ですね」
瑞鶴(KAN-SEN)「そういうところ、余裕があるように見えるのよ」
隼人「予定を決めているだけですが」
翔鶴(KAN-SEN)「今度は、私も一本取れるようにしておきます」
穏やかな声で、もう一人からも言われた。
隼人は二人を見て、小さく頷いた。
隼人「楽しみにしています」
社交辞令ではなかった。
更衣を済ませ、隼人が廊下へ戻ると、窓から少し傾いた陽が差していた。
稽古着は袋へ収め、手には巡回用の薄い書類挟みを持っている。
今日は休暇ではない。
午後の予定には、もう一つだけ、施設の使用状況を確かめる仕事が残っていた。
歩き出したところで、廊下の向こうから声がする。
蒼龍(艦娘)「隼人さん」
隼人「こんにちは、蒼龍さん」
蒼龍は、抱えていた書類を持ち直した。
いつものように近づいてきてから、隼人の顔を一度見る。
蒼龍(艦娘)「訓練でした?」
隼人「ええ。施設の試用と、約束していた稽古を」
蒼龍(艦娘)「瑞鶴さんたちですね。さっき、とても楽しそうに歩いていました」
隼人「そうでしたか」
蒼龍(艦娘)「一本取った、って」
隼人「正確には、別々の稽古で二度ほど」
蒼龍が笑った。
蒼龍(艦娘)「負けた回数まで、ご自分で教えてくれるんですね」
隼人「隠しても、本人たちが教えるでしょう」
蒼龍(艦娘)「確かに」
二人は、窓際へ少し寄った。
台車を押した職員が通り過ぎるのを待ってから、蒼龍が声を落とす。
蒼龍(艦娘)「それと、昨日は大丈夫でしたか?」
隼人「昨日?」
蒼龍(艦娘)「天城さんのお宅で……その、襖が」
隼人「ああ。怪我人は出ませんでした。襖は、修理することになりましたが」
蒼龍の肩が少し下がった。
隼人「ご存じだったのですね」
蒼龍(艦娘)「今日、聞きました。赤城さんたちが、揃って修理の相談をしていたので」
隼人「本人の希望を聞いた方がよいと、提案された方がいたそうですが」
蒼龍が、隼人を見た。
一度、目を逸らす。
蒼龍(艦娘)「……私です」
隼人「ええ。提督から伺いました」
蒼龍(艦娘)「知っていて、聞いたんですか?」
隼人「どのようなお話だったのか、気になりまして」
蒼龍は少し困った顔をし、それから小さく息を吐いた。
蒼龍(艦娘)「隼人さんのいないところで、どなたと暮らすか決めるのは違うと思ったんです。それで、まずご本人に、と」
隼人「それは、私も同じ考えです」
蒼龍(艦娘)「でも、あんな勢いで探しに行くとは思わなくて。お茶の時間まで邪魔してしまいました」
隼人「蒼龍さんが、襖を外したわけではありませんから」
蒼龍は、その言い方に少し笑った。
蒼龍(艦娘)「ありがとうございます」
短い間ができる。
窓の外では、干された布が風に揺れていた。
隼人が書類挟みを持ち直すと、蒼龍がその手元を見る。
蒼龍(艦娘)「これから、お仕事ですか?」
隼人「巡回を一回り。それで、今日の予定は終わりです」
蒼龍(艦娘)「では、そのあとに、お茶はいかがですか」
隼人「お茶?」
蒼龍(艦娘)「間宮さんのところが開いているんです。今日は、お饅頭もあるそうですよ」
隼人は、時計を見た。
巡回を終えても、夕食までは時間がある。
蒼龍は、その返事を急かさずに待った。
隼人「いいですね。ご一緒させてください」
蒼龍の表情が、ふっと明るくなる。
蒼龍(艦娘)「よかった。では、私もこの書類を届けてきます」
隼人「終わったら、店の前で」
蒼龍(艦娘)「はい」
二人は、廊下の分かれ道で別れた。
巡回を終え、記録を当直へ渡す。
隼人が甘味処の前へ着くと、蒼龍はまだ来ていなかった。
軒先に立ち、入口の品書きを眺める。
饅頭。
羊羹。
白玉。
どれも、今の気分にはよく合っていた。
蒼龍(艦娘)「お待たせしました」
振り返ると、蒼龍が小走りに近づいてくるところだった。
隼人の前で足を緩め、呼吸を整える。
蒼龍(艦娘)「隼人さんの方が、先でしたね」
隼人「私も、今来たところです」
蒼龍(艦娘)「何を食べるか、決まりました?」
隼人「まだ、迷っています」
蒼龍は品書きを見上げ、それから隼人を見る。
蒼龍(艦娘)「では、別のものを頼んで、少しずつ分けませんか?」
隼人「それなら、二つ選べますね」
蒼龍(艦娘)「ええ」
暖簾が、風に揺れた。
蒼龍がその下へ入ろうとして、隼人の袖へ軽く指を添える。
以前、海辺を歩いた時には、彼の身体を支えるために手を貸した。
今は、必要がない。
隼人も、足元を気にせず、彼女と同じ歩調で入口へ向かった。
蒼龍(艦娘)「今日の訓練のお話、聞かせてもらってもいいですか?」
隼人「私が負けた話ですか?」
蒼龍(艦娘)「それも、少し」
隼人は笑った。
隼人「ええ。次までに考えておかなければならないことが、増えました」
扉を開けると、茶と蒸した生地の匂いがした。
今から図面を広げたり、記録を読み返したりするつもりはない。
けれど、今日の三人の顔を思い出して話すくらいなら、お茶にも合いそうだった。
隼人は蒼龍のあとから、甘味処へ入った。
はーい、どうも素人小説書きですぅ~
また、時間かけちゃいましたね
かなり文章のネタが浮かばなくって時間かかっちゃった…
次回は…ライバルがいない中鎮守府内をデートする隼人と蒼龍です
じゃあ、また次回
bye~
2026年9月18日リメイク完了
ヒロイン
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416
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VSK-94
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大鳳A
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蒼龍C
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雷電
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スカイレイダー