陸自はドールズフロントライン、海自は艦これとアズールレーン、空自はアッシュアームズ三つの世界でバラバラになりながらでも生き残る 作:ゴーストライターとかした、素人小説書き
クロスオーバーなので悪しからず
それではどうぞ
4-3
提督はつらいよ
呉鎮守府、甘味処「間宮」。
戸口の硝子が、かたかたと鳴った。
夕食にはまだ早い時刻だったが、店の中は賑わっていた。勤務を終えた整備員と、これから交代に入る軍人。艦娘とKAN-SENが同じ卓を囲み、湯呑みや硝子の器を前に話している。
「間宮さーん。ラムネ、あと二本!」
間宮(艦娘)「はい、少々お待ちください。伊良湖ちゃん、お願いね」
伊良湖(艦娘)「はい!」
伊良湖は冷やしておいた瓶を取り出し、布で水滴を拭いた。
その隣で、間宮がパフェの上へ最後の果物を添える。
注文の声は重なっていたが、二人の手は止まらない。
伊良湖が盆へ瓶を載せる頃には、間宮の用意した二つの器も、その横へ揃っていた。
間宮(艦娘)「お待たせしました」
「来た来た。これを食べないと、仕事が終わった気がしないんだよねえ」
「お前、さっき工廠でも同じことを言っていたぞ」
「あっちは仕事が終わっただけ。こっちは、気分の問題」
卓から笑い声が上がった。
間宮は空になった皿を引き取り、厨房へ戻ろうとする。
そこで、入口の戸が開いた。
間宮(艦娘)「いらっしゃいま――あら」
帽子を取った隼人が、軽く頭を下げる。
その傍らから、蒼龍が顔を覗かせた。
隼人「こんにちは、間宮さん」
蒼龍(艦娘)「二人、入れますか?」
間宮(艦娘)「もちろんです。ちょうど奥が空いたところですよ」
間宮の顔が、明るくなった。
間宮(艦娘)「隼人さんも、すっかりお元気になられましたね」
隼人「おかげさまで。こちらのお店へ伺うのは、初めてです」
蒼龍(艦娘)「お知り合いだったんですね」
間宮(艦娘)「食堂で、お食事をお出ししていましたから。着任された翌朝も、提督とご一緒でしたね」
隼人「朝から、随分賑やかな日でした」
間宮(艦娘)「あの時は皆さん、隼人さんとお話ししたがっていましたもの」
間宮は、くすりと笑った。
隼人は食堂で向けられた視線の数を思い出し、少しだけ肩を竦める。
隼人「最近は、大鯨さんにお会いすることが多かったので」
間宮(艦娘)「こちらを開ける日は、食堂をお願いしているんです。私が食堂へ回る時は、伊良湖ちゃんにこちらを見てもらって」
蒼龍(艦娘)「間宮さんが二人いるわけではなかったんですね」
間宮(艦娘)「もう一人いてくれたら、今日は助かりますけれど」
奥から、新しい注文の声がする。
間宮は振り向いて返事をし、二人を小さな座敷へ案内した。
障子は閉め切らず、廊下側を少し開けてある。
外の話し声が程よく遠くなった。
蒼龍(艦娘)「私は、白玉の入った抹茶のパフェにしようかな」
隼人「では、私は饅頭を。取り皿を二枚、いただけますか」
間宮(艦娘)「はい。お茶もお持ちしますね」
注文を控えた間宮が、手を止める。
間宮(艦娘)「それと、隼人さん。お渡ししてほしいと言われている物があるんです」
隼人「私にですか?」
間宮(艦娘)「はい。今朝、こちらへ来た方から」
間宮の声が、少し慎重になった。
間宮(艦娘)「その方のお名前が分からなかったので、憲兵さんにもお話ししたのですが……」
◇
その日の早朝。
間宮は、店の前を掃いていた。
暖簾を出すには、まだ早い。
通りには荷を運ぶ者がぽつぽつと行き交い、厨房の中では伊良湖が湯を沸かしている。
「すみません」
声を掛けられ、間宮は箒を止めた。
緑を基調とした迷彩服の女性が、店先に立っていた。
見慣れた海軍の服装とは違う。
襟元と、まくった袖の先に、いくつもの傷痕が見えた。
間宮(艦娘)「あの、お怪我を――」
「これですか? もう、治っていますから」
女性は、自分の腕を見て笑った。
かえって間宮の方が、心配しすぎたような気持ちになる笑い方だった。
間宮(艦娘)「そうでしたか。何か、御用でしょうか」
「隼人大尉へ、渡していただきたい物があるんです」
間宮(艦娘)「隼人大尉……副提督の、渡邉さんですか?」
「ええ。その方です」
女性は、胸元のポケットから小さな紙包みを出した。
間宮の掌へ載せられても、ほとんど重さを感じない。
間宮(艦娘)「これは?」
「忘れ物ですよ」
包みの端が少し開き、黒い小片が見えた。
爪ほどの大きさ。
片側には、金色の細い部分が並んでいる。
間宮が見たことのない物だった。
間宮(艦娘)「お預かりします。お名前を――」
その時、厨房から伊良湖に呼ばれた。
間宮は入口へ顔を向け、一言だけ返事をした。
振り返ると、店先に女性の姿はなかった。
通りを見渡す。
角を曲がっていく荷車と、遠ざかる二人の作業員。
迷彩服は、どこにも見えない。
間宮(艦娘)「……あの?」
追おうとして、間宮は掌の包みを見た。
小さな黒い物だけが、残っていた。
間宮(艦娘)「すぐに詰所へ届けました。私が覚えている服装や時刻も、お伝えしてあります」
間宮が差し出したのは、紙包みそのものではなかった。
隼人宛ての、憲兵隊からの連絡票である。
拾得物に準じて預かったこと。現物は詰所で保管していること。
その下に、黒い小片の簡単な見取図が添えてあった。
隼人は、その図へ目を留めた。
欠けた角と、片側に並ぶ接点。
見覚えのある形だった。
隼人「……記録媒体かもしれませんね」
間宮(艦娘)「記録、ですか?」
隼人「私のいた世界で使っていた物に似ています。現物を見ないと、確かなことは言えませんが」
microSDカード。
図だけで断定はできない。
ただ、もしそうなら、少なくともこの鎮守府で普通に手に入る品ではなかった。
蒼龍(艦娘)「その女性は、見つかったんですか?」
間宮(艦娘)「まだ、連絡はありません。今朝の入構記録だけでは、該当する方を確認できなかったそうです。構内にいる方かどうかも、照会を続けると」
隼人は、連絡票の時刻を確かめた。
名前は分からない。
自分を知っているという確証も、まだない。
それでも、大尉という呼び方が、妙に耳に残った。
ここへ来てからは、役職で呼ばれることが多い。
以前の部隊で、誰かに呼び止められた時のようだった。
隼人「私の名前を聞いた時、迷っている様子はありませんでしたか?」
間宮(艦娘)「ええ。副提督かと聞くと、すぐに、その方ですと」
隼人「ほかに、何か仰っていましたか」
間宮(艦娘)「忘れ物、と。それだけです」
隼人はもう一度、見取図を見た。
所持品をまとめた時、カードが足りないとは気づかなかった。
自分が落とした物なのか。
何を、忘れたと言っているのか。
今ここで考えても、答えは出ない。
隼人「ありがとうございます。現物は、私から確認しに行きます」
間宮(艦娘)「すぐに、お出かけになりますか?」
蒼龍も、隼人を見た。
隼人は連絡票を畳み、胸のポケットへ収める。
隼人「いえ。まず、お茶をいただきます。知らせを届けてくださって、助かりました」
間宮は少し安心したように、頷いた。
間宮(艦娘)「では、すぐにお持ちしますね」
座敷から足音が遠ざかる。
蒼龍は、すぐには何も聞かなかった。
隼人の指がポケットから離れるのを待って、静かに口を開く。
蒼龍(艦娘)「知っている方かもしれませんね」
隼人「そうであってほしいとは、思います」
隼人は、顔を上げた。
隼人「ですが、願っていることと、確かめられたことは別ですから」
蒼龍(艦娘)「……はい」
覚えていない女性。
帰ってこない家族と仲間。
どれへ結びつけようとしても、自分の期待が先に出てしまう。
隼人は、何も載っていない卓の上から目を離した。
隼人「せっかく、誘っていただいたのに」
蒼龍(艦娘)「お茶は、これからですよ」
蒼龍は、いつもの調子で答えた。
蒼龍(艦娘)「それに、今日は瑞鶴さんたちのお話を聞く約束です。まだ、聞いていません」
隼人「……そうでしたね」
隼人の口元が、少し緩んだ。
蒼龍は、それを見てから湯呑みの置かれる場所を空けた。
同じ頃。
居住棟の廊下で、武蔵は足を止めていた。
両手に提げた荷物を、一度だけ床へ置く。
借りていた部屋の片づけと挨拶を済ませ、ようやくこちらへ移ってきたところだった。
戸口には、新しい名札が二枚掛かっている。
渡邉隼人。
武蔵。
並んだ名前を確かめてから、武蔵は、その前に立っている女性へ目を向けた。
武蔵(艦娘)「……何をしている、大鳳」
大鳳(KAN-SEN)「あら。お久しぶりですわね、武蔵」
大鳳は、手にした包みを持ち直した。
その背後の戸は、閉まっている。
武蔵(艦娘)「お前も、呉にいたのか」
大鳳(KAN-SEN)「ええ。貴方が着任したとは伺いましたけれど、ゆっくりお会いする機会がなくて」
武蔵(艦娘)「そうだな。ところで、ここに用か?」
大鳳(KAN-SEN)「隼人様へ、お届け物を。二度ほどお呼びしましたが、お留守のようですの」
武蔵は大鳳の顔を見た。
返事がなかったから、待っていた。
それ自体に、おかしなことはない。
ただ、名を口にした時の声が、以前知っていた大鳳とは少し違っていた。
武蔵(艦娘)「その包みか」
大鳳(KAN-SEN)「はい。新しいお部屋に移られると聞きましたので、お茶を」
大鳳が、丁寧に結んだ包みを差し出す。
武蔵は受け取る前に、中身を聞いた。
大鳳(KAN-SEN)「茶葉と、お菓子ですわ。何か問題でも?」
武蔵(艦娘)「ない。預かっておこう。本人へ渡しておく」
武蔵が鍵を出す。
大鳳の視線が、その鍵へ吸い寄せられた。
大鳳(KAN-SEN)「……本当に、貴方がこちらへ?」
武蔵(艦娘)「名札のとおりだ」
大鳳(KAN-SEN)「同じ玄関を使って、朝も、夜も……」
武蔵(艦娘)「寝る場所は別だと、説明を受けたが」
大鳳(KAN-SEN)「ええ。それは、存じておりますわ」
大鳳は笑っている。
笑っているが、包みを持った指が、なかなか離れなかった。
武蔵は引っ張らずに待った。
武蔵(艦娘)「渡してよいのか、持って帰るのか。どちらだ」
大鳳(KAN-SEN)「……お渡しください」
ようやく、指が離れた。
武蔵は片方の荷物の上へ包みを載せ、鍵を回した。
戸を開ける前に声を掛ける。
武蔵(艦娘)「武蔵だ。入るぞ」
返事はない。
開いた戸の向こうには、小さな居間と、二つに分かれた居室があった。
片側には、すでに隼人の荷物が置かれている。
衣類を収めた箱と、机の上の筆記用具。畳んだ寝具。
噂に聞く未来の兵器が、壁一面へ並んでいるわけではなかった。
武蔵は荷を運び入れ、自分の机の脇へ下ろす。
大鳳は、戸口からその様子を見ていた。
大鳳(KAN-SEN)「荷ほどきの、お手伝いをいたしましょうか」
武蔵(艦娘)「私の分なら、自分でできる」
大鳳(KAN-SEN)「では、隼人様の――」
武蔵(艦娘)「本人へ聞け」
大鳳が口を閉じた。
武蔵は戻ってくると、共用の卓へ茶の包みを置いた。
武蔵(艦娘)「私が決められることではない。ここを使うことになっただけで、あの男の荷物まで私の物になるわけではないからな」
大鳳(KAN-SEN)「……そう、ですわね」
少しだけ、声が低くなった。
大鳳は居室の奥から目を離す。
昨日、天城の前で約束したことを、ここで忘れるわけにはいかなかった。
大鳳(KAN-SEN)「急がず、お互いを知ることにしたのです」
武蔵(艦娘)「そうか」
大鳳(KAN-SEN)「ですから、今日はこれだけ。お帰りになったら、大鳳が来たとお伝えください」
武蔵(艦娘)「分かった」
大鳳は一歩下がり、それから、もう一度口を開いた。
大鳳(KAN-SEN)「それと……お茶が気に入ったかどうか、伺いたいので。また来ても、よろしいかしら」
武蔵(艦娘)「本人と約束して来い。私が追い返す理由はない」
大鳳は、僅かに目を見開いた。
それから、今度は肩の力を抜いて笑った。
大鳳(KAN-SEN)「ありがとうございますわ」
武蔵(艦娘)「私へ礼を言うことでもないだろう」
大鳳(KAN-SEN)「言いたくなったのです」
大鳳は軽く頭を下げ、廊下を戻っていった。
武蔵は、その背中が角を曲がるまで見送る。
以前なら、どんな用件でも、もう少し落ち着いて話す相手だった。
茶を渡すだけで、あれほど言葉を選ぶとは。
武蔵(艦娘)「……随分と、気を揉ませる男らしいな」
自分はまだ、顔を合わせてもいない。
武蔵は室内へ戻り、来客を告げる短い書き置きを、包みの脇へ添えた。
それから、自分の荷物の紐を解く。
戸口の鍵は、内側から掛け直した。
隼人「……くしゅん」
蒼龍(艦娘)「大丈夫ですか?」
隼人「失礼しました。少し、鼻が」
隼人は顔を背け、手巾を畳み直した。
蒼龍が、開いている障子の方を見る。
蒼龍(艦娘)「風、当たります?」
隼人「いえ。ちょうどよいくらいです」
卓には、湯気の立つ茶が置かれていた。
稽古の話をしているうちに、蒼龍が笑った回数も増えている。
蒼龍(艦娘)「瑞鶴さん、きっと次まで練習してきますよ」
隼人「でしょうね。翔鶴さんも」
蒼龍(艦娘)「楽しみですね」
隼人「私の方にも、準備が要りそうです」
隼人が茶を飲む。
蒼龍は品書きを脇へ寄せ、その下にあった新聞を持ち上げた。
前日付の夕刊だった。
折り返された面に、大きな見出しがある。
ドーバー海峡、連合艦隊後退。
蒼龍の指が止まった。
蒼龍(艦娘)「……これ、読まれましたか?」
隼人「朝、同じ通信社の記事を。そちらは、何と?」
蒼龍が、新聞を二人の間へ広げる。
英国、フランス、ドイツ、ロシア、イタリアの艦艇からなる欧州の連合艦隊が、ドーバー海峡で深海棲艦とセイレーンの混成艦隊と交戦した。
緒戦では、陸上基地と空母から出撃した航空隊が優勢を保ったという。
その後、敵の高速航空機が投入され、状況が変わった。
記事には、ジェット機とみられる、と書かれている。
上空の護衛を失った艦艇は攻撃を受け、海峡の一部から後退。各国は損害を確認中で、民間船の航行には制限が出されていた。
英国は沿岸警備を強化し、フランスは近隣諸国へ支援を要請。
ドイツとイタリアの首脳による、合わせて二十個師団規模の派遣を目指す声明も載っていた。
蒼龍(艦娘)「向こうの空にも、あの速い機体が……」
蒼龍の声が、少し細くなる。
隼人は、見出しから記事本文へ目を移した。
隼人「同じ型かどうかは、まだ分かりません。新聞には、形も装備も詳しく書かれていませんから」
蒼龍(艦娘)「でも、航空隊が追いつけなかったことは同じですね」
隼人「ええ」
蒼龍は、空母の損害が記された短い段落を読んだ。
機数の一部は、確認中とされている。
失われたのか、別の飛行場へ降りたのか。それすら、まだ分からない者がいるのだろう。
あの日の空を思い出し、蒼龍は一度、茶へ手を伸ばした。
隼人は新聞を取り上げず、彼女が戻ってくるのを待った。
蒼龍(艦娘)「大西洋側にも敵の拠点がある、とは聞いていました。でも、そこから来たのでしょうか」
隼人「可能性はあります。ただ、今回の攻撃隊がどこで準備され、どこから補給を受けたかは、この記事だけでは分かりません」
太平洋と大西洋。
離れた海で、似た脅威が現れている。
だからといって、敵が二つの本部だけで動いていると決めることはできなかった。
別の場所にも、同じ装備を持つ敵がいるかもしれない。
蒼龍(艦娘)「呉の戦いについて、向こうにも伝わっているのでしょうか」
隼人「どこまで届いたかは、司令部で確認しましょう」
隼人は声を落とした。
ここで話してよい範囲を、蒼龍も心得ている。
彼女は頷き、新聞の下の方へ視線を移した。
蒼龍(艦娘)「二十個師団。来てくれれば、心強いですね」
隼人「実際に届けば、です。記事では、派遣を目指すという表明までですね」
蒼龍(艦娘)「もう、出発したわけではないと?」
隼人「はい。どの部隊を、いつ、どこへ送るか。そのあと、食料や弾薬をどう運ぶか。そこまで決まらなければ、現地で使える戦力には数えられません」
隼人は、二つの名前へ目を留めた。
アドルフ・ヒトラー。
ベニート・ムッソリーニ。
知っている名だった。
その二人が、フランスへの支援を表明している。
隼人の知る歴史を、そのまま紙の上へ重ねることはできない。
ここで起きていることを、ここで確かめる必要があった。
蒼龍(艦娘)「隼人さんは、見出しより下を長く読みますね」
隼人「下の方に、条件が書いてあることが多いので」
蒼龍(艦娘)「軍人より、政治家に向いていると言われませんか?」
隼人「兄弟から、似たようなことを言われたことはあります」
蒼龍(艦娘)「やっぱり」
隼人「褒めていたかどうかは、怪しいところですが」
蒼龍の口元が緩んだ。
隼人は新聞を畳む。
隼人「私は、自分でこの仕事を選びました。ただ、現場へ来る命令が、どこでどう決まるかは知っておきたい」
蒼龍(艦娘)「その命令を受ける人が、いるからですか」
隼人「ええ」
短い返事のあと、隼人は新聞を卓の端へ置いた。
廊下から、間宮の声がする。
間宮(艦娘)「お待たせしました。失礼しますね」
盆の上には、白い饅頭と、抹茶色の冷菓。
白玉の並んだ器へ、小さな匙が添えられている。
間宮(艦娘)「こちらがお饅頭、こちらが白玉の抹茶パフェです。取り皿も、お使いください」
蒼龍(艦娘)「ありがとうございます」
隼人「いただきます」
間宮が下がると、蒼龍は匙を取る前に新聞を見た。
隼人は、自分の饅頭を取り皿へ分ける。
隼人「そちらのアイスが溶ける前に、いただきましょう」
蒼龍(艦娘)「……はい。半分、どうぞ」
匙の先に、白玉が一つ載る。
蒼龍が口へ運び、頬を少し緩めた。
蒼龍(艦娘)「おいしい」
隼人「こちらも。まだ、温かいですよ」
窓の外の海が穏やかでも、遠い海まで同じとは限らない。
それでも今、目の前へ用意してくれた物は、温かいうちに食べたかった。
隼人はもう一方の取り皿へ饅頭を載せ、蒼龍へ差し出した。
夜。
提督居室の扉を閉めた剣子は、上着を椅子へ掛け、そのまま机へ突っ伏した。
剣子「……終わった」
少し間を置く。
剣子「今日の分だけ」
昨日は、部屋割りの相談が、天城の家の襖の修理にまで繋がった。
今日は、ようやく落ち着いて仕事ができると思っていた。
思っていただけだった。
午前中には、工廠の復旧計画と船団護衛の予定を組み直した。
午後には、欧州方面への支援に出せる戦力はないかという照会が来た。
出せる戦力。
その書き方が、剣子の頭へこびりついている。
書類の上で艦名の横へ丸を付けるだけなら、いくらでもできる。
しかし、修理中の艦は出せない。艦が直っても、航空隊が戻るわけではない。護衛任務から外せば、その船団を誰かが代わらなければならない。
剣子「海は、一枚の紙より広いんですけどねえ……」
呟いて、顔を上げる。
さらに、武蔵の居室変更。隼人の任用見直し。大本営から返された書類。
文面の訂正箇所は、一文字だった。
添えられた注意事項は、二枚だった。
剣子「二枚書く時間で、そっちで直してくれませんかねえ……!」
剣子は椅子の背へ寄り掛かり、両手で顔を覆った。
誰に言っているわけでもない。
だから、返事は要らなかった。
机の電話が鳴った。
剣子「……」
返事は、要らなかったのに。
居室まで通してきた以上、放っておくわけにもいかない。
剣子は受話器を取り、机へ向き直る。
剣子「はい、好美です」
『大本営から、お繋ぎします』
交換手の声だった。
剣子の目が、天井へ向く。
昼に返した回答の、どこかがまた足りないのだろう。
小さな雑音のあと、向こうから息遣いが聞こえた。
剣子「今度は、何を増やすおつもりですか!」
沈黙。
言ってから、剣子は少し強すぎたと思った。
『私が一人、増える予定なのだが』
剣子「……はい?」
『連合艦隊司令長官、山本五十六だ。好美剣子少佐で、間違いないかな』
椅子が鳴った。
剣子は立ち上がり、受話器を落としかけ、両手で持ち直した。
剣子「は、はい! 好美です! 大変、失礼いたしました!」
山本「うむ。元気は残っているようだね」
剣子「残していたわけではなく、その……申し訳ありません!」
誰も見ていない部屋で、剣子は深く頭を下げた。
受話器の紐が、机の端へ引っ掛かる。
それを外そうとして、また姿勢が崩れた。
向こうで、短い笑い声がした。
山本「こちらこそ、遅い時刻に悪かった。今、話せるか」
剣子「はい。伺います」
剣子は上着を取ろうとして、やめた。
代わりに、机の引き出しから紙と鉛筆を出す。
掌に、汗が滲んでいた。
山本「米国との会談を終えて、今日戻った。呉の戦闘詳報と、その後の復旧報告は読んでいる」
剣子「ありがとうございます」
山本「君が任用した渡邉大尉についても、近藤元帥から資料を受け取った。三十日の任用期間が終わる前に、本人と、現場を預かる君の話を聞きたい」
剣子の鉛筆が、ようやく動き始めた。
名前を初めて聞いた、という電話ではない。
報告を読んだうえで、確かめに来る。
その意味を考えると、別の緊張が背中を伸ばした。
山本「明日、午前中に呉へ入るつもりだ。都合はどうか」
剣子「明日、ですか」
山本「急なのは承知している。欧州からの詳報が届き始めた。こちらでも、あの高速機と通信妨害について、確認を進めなければならん」
剣子は手帳を開いた。
午前の予定は、埋まっている。
全部空いています、と言うのは簡単だった。
その代わり、誰かの予定が全部、後ろへ押される。
剣子「十時までは、工廠と補給担当の打ち合わせがあります。そこを外すと、翌日の修理工程が決まりません」
山本「では、そのあとにしよう」
思っていたより、返事が早かった。
剣子「よろしいのですか?」
山本「私が来るために、修理を止められては困る。到着が早まったら、こちらが待つ」
剣子「……承知しました」
剣子は、予定表の線を一本引き直した。
山本「出迎えの式典は要らん。飾り直した姿ではなく、今の呉を見せてくれ」
剣子「はい。隼人さんには、私から伝えます」
山本「身体は、もう回復しているのだね」
剣子「はい。通常勤務へ復帰しています。本日も、施設の試用と稽古を予定どおり終えました」
山本「それはよかった。では、詳しい到着予定と随員の人数は、担当から送らせる」
剣子「お待ちしております」
山本「それから、好美少佐」
剣子「はい!」
山本「明日は、増えた私を追い返さないでくれよ」
剣子の鉛筆が止まる。
剣子「……大変、申し訳ありませんでした」
穏やかな笑い声を残して、電話が切れた。
剣子は受話器を戻し、ゆっくり椅子へ座る。
しばらく、目の前の紙を見つめた。
長官来訪。
明日。
剣子「……明日?」
今さら、もう一度声に出た。
電話が鳴った。
今度は、すぐに取らなかった。
一度だけ深く息を吸い、受話器を耳へ当てる。
剣子「呉鎮守府、好美剣子です」
近藤「はい、よくできました」
剣子は目を閉じた。
この声を聞き違えるはずがない。
海軍元帥、近藤佐美子。
剣子が昔から頭の上がらない相手であり、困った時に頼れる相手であり、ときどき、困る原因そのものになる相手だった。
剣子「……元帥閣下。何の御用でしょうか」
近藤「さっき、隣にいたのよ」
剣子「そうですか」
近藤「何を増やすおつもりですか、って」
剣子「聞こえたんですね」
近藤「ええ。よく通る声だったわ」
剣子「忘れていただけませんか」
近藤「難しいわねえ」
楽しそうだった。
剣子は鉛筆を握り直した。
折らない程度に。
近藤「私も明日、そちらへ行くから。よろしくね」
剣子「元帥も?」
近藤「ええ。報告書で見ていた人に、ようやく会えるのよ」
剣子「写真の話は、ほどほどにお願いします」
近藤「まだ、何も言っていないでしょう」
剣子「以前、言いました」
向こうで、近藤が笑った。
剣子の書いた『長官来訪』の横へ、元帥の二文字が増える。
一人、ではなかった。
近藤「もちろん、会うだけで済ませるつもりはないわ。呉の修理と補給の状況も、その目で見ておきたいの」
剣子「今日、提出した一覧のとおりです。欧州へ回せるかという照会には、現行の護衛任務を維持する限り、直ちに抽出できる戦力はないと回答しました」
近藤「読んだわ」
剣子「余裕があるふりをしても、艦も人も増えませんから」
先ほどより、はっきりと言えた。
近藤は、そこで茶化さなかった。
近藤「だから、その一覧が必要なのよ。出せない理由まで添えてあれば、こちらでも話ができる」
剣子の手から、少し力が抜けた。
近藤「向こうも苦しい。こっちも苦しい。どこへ何を残すか、誰かが決めないといけないでしょう」
剣子「はい」
近藤「渡邉大尉の装備だけで、全部を埋められるわけでもない。それは、私からも言っておく」
剣子は、机の上の予定表を見た。
明日の会談に使う資料の横へ、短く印を付ける。
万能の兵器がある、という話で会談を始められては困る。
その点では、近藤も同じ考えだった。
剣子「ありがとうございます。では、来訪の準備はこちらで進めます。費用は、そちら持ちでよろしいですね」
近藤「……費用?」
剣子「はい」
近藤「今年は、海軍も厳しいのよ。陸の方へも、随分持っていかれているし」
剣子「こちらは、襖一枚を直す費用まで計算しています」
近藤「襖?」
剣子「別件です。今回のお出迎えも、別件としてお願いします」
近藤が吹き出した。
近藤「随分、はっきり言うようになったじゃない」
剣子「はっきり書いて送っても、読んでいただけないことがあるので」
近藤「それ、誰の話かしら」
剣子「ご自分でお考えください」
少し、言いすぎたかもしれない。
だが、近藤は気にした様子もなく続けた。
近藤「まあ、細かいところは総務と詰めておいて。食事だって、長官が普段どおりでいいと仰ったでしょう?」
剣子「普段の食事にも、お金は掛かります」
近藤「……本当に、しっかりしたわねえ」
剣子「褒める代わりに、費用区分を明記してください」
近藤「はいはい。担当へ話しておくわ」
剣子「ありがとうございます」
近藤「それじゃ、明日ね。今夜は、少しは寝なさいよ」
剣子「今、寝る前の仕事を増やした方が、それを――」
電話が切れた。
剣子は、口を開けたまま受話器を見る。
剣子「……最後まで聞け」
誰もいない部屋へ、低い声が落ちた。
剣子は受話器を乱暴に叩きつけなかった。
これを壊せば、また修理費が要る。
静かに戻し、今度は自分から電話を掛けた。
剣子「大本営海軍部の総務へ、お願いします」
しばらく待って、担当者が出る。
『総務課です』
剣子「呉鎮守府の好美です。明日の長官と近藤元帥の来訪について、受け入れ費用の区分を確認したいのですが」
『明日の……少々お待ちください』
紙をめくる音がした。
続いて、少し離れた相手へ呼び掛ける声。
『申し訳ありません。たった今、こちらにも連絡が来ました』
剣子「こちらも、たった今です」
互いに、少し黙った。
それだけで、通じるものがあった。
剣子「特別な式典と会食は行いません。通常の食事と、会談場所の用意で受け入れます。追加の宿泊や車両が必要でしたら、人数と一緒にお知らせください」
『承知しました』
剣子「その実費を、訪問側の費用として処理できるか、確認をお願いします。呉の復旧費からは出せません」
『近藤元帥から、こちらへ調整するよう指示が来ています。旅費担当と合わせ、区分を明記して回答します』
剣子は、紙へ担当者の部署を控えた。
口約束だけで終わらせなければ、明日の自分が少し助かる。
剣子「ありがとうございます。それと、元帥へ伝言をお願いできますか」
『はい』
剣子は、一度息を吸った。
言いたい言葉は、沢山あった。
そのほとんどは、公式な伝言には向いていなかった。
剣子「呉の工事を止めるお出迎えはできません。復旧を優先した上で、お待ちしております、と」
『そのまま、お伝えします』
剣子「お願いします」
電話を切る。
剣子は紙を読み返し、ようやく椅子へ深く座った。
今度こそ終わり、と言いたかった。
扉が叩かれた。
剣子「……はい」
大淀(艦娘)「大淀です。来訪予定の連絡が当直にも入りましたので、確認に」
剣子「入ってください」
大淀は薄い書類を抱え、もう片方の手に、小さな紙袋を持っていた。
剣子は、その紙袋を見た。
剣子「そっちも、書類ですか」
大淀(艦娘)「お饅頭です」
剣子「……饅頭」
大淀(艦娘)「隼人さんと蒼龍さんからです。よろしければ、執務室の皆さんで、と」
剣子は、しばらく黙って袋を見た。
剣子「お茶、飲めたんですね。二人とも」
大淀(艦娘)「ええ。そのあと、隼人さんは憲兵詰所へ立ち寄られました」
大淀が、薄い方の書類を机へ置く。
早朝に届いた、差出人不明の預け物についての報告だった。
現物は、隼人が見知っている形状の記録媒体だったという。
本人の所持品かどうかは未確認。内容も、まだ読んでいない。
受領後は技術区画へ保管を依頼し、確認の準備を進めることになっていた。
剣子「……お茶を飲みに行って、何を拾ってくるんですか、あの人は」
大淀(艦娘)「拾ったのは、間宮さんです」
剣子「そういう話ではなくてですね」
大淀は口元を少し緩めてから、報告書を開いた。
大淀(艦娘)「憲兵隊が差出人の照会を続けています。今夜、提督から新たにご指示いただく事項はありません。続報が入り次第、ご報告します」
剣子「分かりました。では、明日の来訪の話を先に」
剣子は、自分の書いた紙を大淀へ向ける。
午前の工廠との打ち合わせは動かさない。
会談はそのあと。
使う資料は、提出済みの報告書と最新の修理・補給一覧。見栄えのために、一から作り直さない。
大淀は確認しながら、必要な箇所へ印を付けた。
大淀(艦娘)「承知しました。隼人さんへの連絡と会議室の調整は、こちらで行います」
剣子「助かります。長官は、普段どおりでいいと仰っていました」
大淀(艦娘)「では、そういたしましょう」
剣子「普段、長官と元帥が一緒に来ることはありませんけどね」
大淀(艦娘)「お茶をお出しするところまでは、普段と同じです」
剣子は、それを聞いて少し笑った。
大淀も、笑いを返した。
最後に担当を確かめると、大淀は書類を閉じた。
大淀(艦娘)「正式な到着時刻と費用区分の回答は、当直で受け取ります。変更がなければ、朝の申し送りで」
剣子「お願いします」
大淀が退出し、扉が閉まる。
剣子は饅頭を一つ取り、残りの袋の口を折った。
明日、皆にも分ける。
自分の分まで明日へ回す気には、ならなかった。
口へ運ぶと、甘い餡が舌へ広がった。
剣子「……おいしい」
やっと、仕事以外の感想が出た。
剣子は残りを食べ、机の上の紙を揃える。
明日は長官と元帥が来る。
欧州の戦況は悪い。
持ち主の分からない小さな記録媒体も、まだ残っている。
それでも、今夜の当直は自分ではない。
剣子は上着を畳み、灯りへ手を伸ばした。
その直前、机の紙にある一行が目へ入る。
長官来訪。特別な歓迎不要。
剣子「……それ、朝まで変えないでくださいね」
念を押す相手は、もう電話の向こうにもいなかった。
剣子は灯りを消した。
はい、どうも
お久しぶりです素人小説書きです。
いやぁ~、バイトと自衛隊の試験が重なったせいで伸びちゃった…
すんません…
次回はできるだけ早く書くと思います。
それでは
2026年9月18日リメイク完了
ヒロイン
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