陸自はドールズフロントライン、海自は艦これとアズールレーン、空自はアッシュアームズ三つの世界でバラバラになりながらでも生き残る   作:ゴーストライターとかした、素人小説書き

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艦これはCアズレンはAと表記させていただきますのでお願いします。

クロスオーバーなので悪しからず

それではどうぞ



4-4 デリカシーは大事

4-4

 

デリカシーは大事

 

 翌朝、七時半。

 

 呉鎮守府、技術区画。

 

 隼人が閲覧室の窓を開けると、港から冷たい風が入ってきた。

 

 工廠では、もう仕事が始まっている。遠くで金属を打つ音がし、倉庫の間を荷車が通っていった。

 

 海戦から三週間余り。

 

 傷の治療は終わり、歩くにも、荷を持つにも支障はない。昨日の施設試験と稽古を終えた身体にも、普段の運動のあとの感覚があるだけだった。

 

 隼人は窓を少しだけ開けておき、机へ戻った。

 

蒼龍(艦娘)「朝から、きっちりしてますね」

 

隼人「窓を開けただけですが」

 

蒼龍(艦娘)「私なら、あそこで一回伸びをして、港を眺めて、そのままぼうっとします」

 

隼人「それも悪くありませんね」

 

 言いながら、隼人は椅子へ腰を下ろす。

 

 今日、山本長官と近藤元帥が呉を訪れる。

 

 隼人にも、朝の申し送りで連絡が来ていた。工廠との打ち合わせが終わったあと、会談に同席するようにという指示だった。

 

 それまでに、昨日預かった記録媒体の中身を確かめておく。

 

 蒼龍にも声を掛けた。間宮から最初の話を一緒に聞いたことに加え、航空関係の資料であれば、こちらの世界の空母を知る彼女の意見が欲しかった。

 

蒼龍(艦娘)「昨日のお饅頭、提督にも届いたそうですよ」

 

隼人「それはよかった」

 

蒼龍(艦娘)「大淀さんが、喜んでいらしたって」

 

 隼人の表情が、少し和らぐ。

 

 蒼龍はその顔を見て、ふと思い出したように言った。

 

蒼龍(艦娘)「そうだ。昨日、聞こうと思って忘れていたんですけど」

 

隼人「何でしょう」

 

蒼龍(艦娘)「隼人さんって、おいくつなんですか?」

 

隼人「二十八です」

 

蒼龍(艦娘)「……二十八?」

 

 蒼龍が、正面から隼人を見る。

 

 隼人も見返した。

 

隼人「何か」

 

蒼龍(艦娘)「いえ。もう少し、若いのかと」

 

隼人「落ち着きがありませんか?」

 

蒼龍(艦娘)「顔の話です。落ち着きの方は、時々、私よりずっと年上に見えます」

 

隼人「喜んでいいのか、少し迷いますね」

 

蒼龍(艦娘)「褒めてますよ。どうしたら、そんなふうになるんですか」

 

 隼人は、短く考えた。

 

隼人「昼寝でしょうか」

 

蒼龍(艦娘)「昼寝」

 

隼人「十分ほどでも、できる時には」

 

蒼龍(艦娘)「それで全部説明しようとしてません?」

 

隼人「ほかに、特別なことは思いつきませんので」

 

 蒼龍は、何か言いかけて笑った。

 

 扉が叩かれる。

 

明石(艦娘)「お待たせしました」

 

 入ってきた明石の手には、小さな保管箱と、隼人の装備から取り出した読取器があった。

 

 机の上には、昨夜からここへ預けていた隼人のタブレットが置かれている。

 

 記録媒体は、そちらで確認することになっていた。鎮守府の通信設備には繋がっていない。

 

明石(艦娘)「外から見える破損はありません。中身を読むのは、これからです」

 

隼人「ありがとうございます」

 

 明石が、黒い小片を箱から出す。

 

 昨日、憲兵詰所で見た時と変わらない。

 

 見慣れたはずの道具が、見慣れない世界の机に載っている。

 

 それだけのことが、今朝は妙に落ち着かなかった。

 

 

 

 画面に現れたのは、一つのフォルダーだった。

 

 名前には、読めない文字が並んでいる。

 

蒼龍(艦娘)「これは……外国語ですか?」

 

隼人「文字の表示がおかしくなっているようです」

 

 隼人は、表示された名前を保存してから中を開いた。

 

 画像が四枚。

 

 いずれも名前の一部が崩れていた。

 

明石(艦娘)「写真、でしょうか」

 

隼人「見てみましょう」

 

 一枚目を選ぶ。

 

 薄暗い空間が、画面いっぱいに広がった。

 

 天井から下がる照明。床に引かれた線。壁際には何かの器材が並び、その手前に、車両らしい輪郭が見える。

 

 隼人は画像を拡大した。

 

 細部は潰れている。暗がりの奥にある物まで、判別することはできなかった。

 

隼人「艦内の格納区画に見えます」

 

蒼龍(艦娘)「私たちの空母とは、随分違いますね」

 

 蒼龍は、壁から天井へ視線を移した。

 

蒼龍(艦娘)「機体を並べるにしては、置いてある物が……車でしょうか。こちらは、履帯があるようにも見えます」

 

隼人「そう見えます。ただ、型までは分かりません」

 

 この明るさで、奥行きまで断定することはできない。

 

 隼人は、車両らしい部分と天井を順に見てから、次へ進めた。

 

 二枚目。

 

 今度は、艦を斜め上から撮った写真だった。

 

蒼龍(艦娘)「……飛行甲板」

 

 蒼龍が身を乗り出す。

 

 長い、平らな甲板。

 

 片側へ寄った艦橋。

 

 隼人の知っている艦の形に近い。だが、何かが違う。

 

 艦橋の周囲と、甲板の端を見比べる。

 

隼人「似た艦には、覚えがあります」

 

明石(艦娘)「未来の艦ですか?」

 

隼人「ええ。ただ、これだけでは……」

 

 大きさを比べられる物が、近くにない。

 

 写真の角度もある。見覚えがあるというだけで、自分の記憶にある艦へ当てはめることはできなかった。

 

蒼龍(艦娘)「隼人さん。ここ」

 

 蒼龍が、艦首の外側を指した。

 

 水面だと思っていた黒い部分。

 

 拡大すると、波とは違う凹凸が見えた。

 

蒼龍(艦娘)「土か、岩ではありませんか。船体の途中まで、続いています」

 

隼人「……乗り上げているのか」

 

 艦首側は、海岸へ入り込んでいるように見える。

 

 船体の傾きも、自然な浮かび方には見えなかった。

 

 隼人は一度、画像を縮小した。

 

 細部を探すうちに、艦の周囲を見落としていた。

 

隼人「ありがとうございます。艦の形ばかり見ていました」

 

蒼龍(艦娘)「艦の名前は分かりませんけど、これは、普通の停泊場所じゃありません」

 

 明石が、脇の紙へ短く書き込む。

 

 艦種不明。座礁の可能性。

 

 それ以上は、まだ書けなかった。

 

 三枚目。

 

 隼人の指が止まった。

 

 透明な覆いの向こうに、人が横たわっていた。

 

 白い服。

 

 枕元へ流れた、長い黒髪。

 

 目は閉じられている。

 

 覆いの縁に何かの装置があり、小さな表示が点っていた。そこに書かれている文字は、この写真では読み取れない。

 

蒼龍(艦娘)「……女の人?」

 

 隼人は返事をしなかった。

 

 顔が見える。

 

 今度は、見える。

 

 そう思った自分に、少し遅れて気づいた。

 

 夢の中の食卓。

 

 おにぎりを載せた手。

 

 名前を呼ぼうとするたび、雑音へ変わってしまった声。

 

 あの時の顔を、はっきり思い出すことはできない。それでも、画面の向こうの女性を、初めて見る人だとは思えなかった。

 

 帰ってきてね、隼人君。

 

 言葉だけが、先に戻ってくる。

 

明石(艦娘)「隼人さん?」

 

隼人「……はい」

 

 声を出してから、隼人は息を吐いた。

 

蒼龍(艦娘)「知っている方ですか?」

 

隼人「知っている、気がします」

 

 頼りない答えだった。

 

 だが、名前を知らないとは言いたくなかった。

 

 知らないはずがない。

 

 その思いばかりが強く、肝心の名前は出てこなかった。

 

隼人「すみません。少しだけ、待ってください」

 

 明石は筆を置いた。

 

 蒼龍も、問いを重ねなかった。

 

 窓の向こうで、荷車が止まる音がした。

 

 誰かが、荷を下ろす掛け声を上げる。

 

 隼人は画面から目を離し、机の木目へ視線を落とした。

 

 身体は、いつもどおり動く。

 

 頭の中の一箇所だけが、どうしても手に届かなかった。

 

隼人「……続けます」

 

蒼龍(艦娘)「その写真は、あとでもう一度見られますから」

 

 隼人は、小さく頷いた。

 

 四枚目を開く。

 

 島だった。

 

 上空から見下ろした海岸線。その内側を走る道路と、長い滑走路。

 

 海岸沿いには規則的な構造物があり、内陸の斜面にも、掘り込まれたような影が続いている。

 

 島の端へ視線を動かした隼人が、低く言った。

 

隼人「硫黄島に見える」

 

蒼龍(艦娘)「あの、小笠原の?」

 

隼人「ええ。地形が似ています」

 

 明石が室内の地図棚から海図を出す。

 

 蒼龍が、机の空いた側へ広げた。

 

 輪郭と、島の一端にある山。

 

 向きを合わせると、特徴のある形が重なった。

 

蒼龍(艦娘)「確かに、似ています。でも、この滑走路や陣地まで、今あるものなのでしょうか」

 

隼人「そこは、司令部の資料と照合が必要です」

 

 写真には、撮影日が見当たらなかった。

 

 いつの景色か。

 

 誰が、どこから撮ったのか。

 

 自分が思う硫黄島と、この世界の硫黄島が、どこまで同じなのか。

 

 写真だけでは、そのどれも確かめられない。

 

 それでも、無視できる物ではなかった。

 

 隼人は、四枚の画像をもう一度並べた。

 

 艦内。

 

 海岸へ乗り上げた艦。

 

 横たわる女性。

 

 要塞のような島。

 

 何を伝えたいのか、少しずつ形になりかけている。

 

 その中心にいるはずの女性の名だけが、分からなかった。

 

 

 

 時計が八時を指す前に、蒼龍は椅子から立った。

 

蒼龍(艦娘)「すみません。そろそろ、航空隊の方へ戻らないと」

 

隼人「訓練ですか?」

 

蒼龍(艦娘)「はい。飛龍と、もう一人の蒼龍さんたちと、打ち合わせがあるんです」

 

 隼人は、画面から顔を上げた。

 

隼人「朝から付き合っていただいて、助かりました」

 

蒼龍(艦娘)「こちらこそ。あの艦のこと、分かったら教えてください」

 

隼人「話せる範囲で、お伝えします」

 

 蒼龍は頷いた。

 

 入口で、もう一度振り返る。

 

蒼龍(艦娘)「それから、次に間宮さんへ行く時は、私が出しますから」

 

隼人「昨日の分は、お礼だと申し上げたでしょう」

 

蒼龍(艦娘)「私も、お礼です」

 

隼人「それでは、終わりませんね」

 

蒼龍(艦娘)「また行く理由ができて、いいじゃありませんか」

 

 隼人は一瞬、言葉に詰まった。

 

 蒼龍は、その間を見届けてから笑った。

 

蒼龍(艦娘)「では、また」

 

隼人「……ええ。また」

 

 扉が閉まる。

 

 明石が、手元の紙と隼人を見比べた。

 

明石(艦娘)「次のお約束も、決まりましたね」

 

隼人「日付は、まだですが」

 

明石(艦娘)「そういうことを申し上げたのでは……まあ、いいです」

 

 明石は、紙へ目を戻した。

 

 隼人もタブレットへ向き直る。

 

 画像自体は開ける。

 

 表示のおかしい名前も、読み方を変えれば、元の文字が残っている部分は戻せるかもしれない。

 

 何度か表示を切り替えるうち、崩れた文字の間から、短い言葉が現れた。

 

 最初の画像。

 

『海上??衛隊 輸送艦おおすみ格納庫』

 

隼人「……おおすみ」

 

 口にした途端、薄暗い格納区画の形が、別の意味を持った。

 

 知っている艦名だった。

 

 写真と名前が、本当に一致するのなら。

 

 二枚目。

 

『海上??衛隊 改??護衛空母かが改?』

 

 隼人は、唇を結んだ。

 

 かが。

 

 見覚えがあると思った形と、記憶とは合わなかった部分。

 

 その食い違いを、名前の途中にある「改」の一文字が繋いでしまいそうになる。

 

明石(艦娘)「こちらも、知っているお名前ですか?」

 

隼人「はい。ただし、写真の艦が何なのかは、まだ確かめないといけません」

 

 自分のいた世界でも、知らない計画はあった。

 

 知らないまま終わった仕事も、人もいる。

 

 それでも、自分が知る艦名がこの世界へ現れたことは、偶然で済ませにくかった。

 

 三枚目。

 

『貴方が??番愛した人は、ここに??って????』

 

 隼人の手が、再び止まる。

 

 愛した人。

 

 画面を見ていた明石が、隼人から少し視線を外した。

 

 隼人は、喉の奥に引っ掛かったものを飲み込んだ。

 

 写真の中の女性は、何も答えない。

 

 四枚目。

 

『硫????の衛星写真』

 

 最後の数文字は、はっきりと読めた。

 

 隼人はそれを、報告用の紙へ書き写した。

 

 衛星写真との記載。

 

 撮影手段は未確認。

 

 筆先が、一度だけ紙を強く押した。

 

 そして、フォルダーそのものの名前が、一部だけ読める形になった。

 

『君??罪を????す方法??、この子を助けること??』

 

 隼人は、しばらく動かなかった。

 

 罪。

 

 今朝、ここへ来るまで使わなかった言葉だった。

 

 だが、知らない言葉ではない。

 

 むしろ、何年も、自分の内側に置き続けてきた言葉だった。

 

明石(艦娘)「……隼人さん」

 

隼人「読めたところまで、そのまま記録してください」

 

 自分でも、声が硬くなっているのが分かった。

 

 明石は、黙って頷いた。

 

 隼人は一度、両手を机から離した。

 

 写真には、人がいる。

 

 助けが必要なのかもしれない。

 

 だが、その人が今もそこにいるかどうかさえ、まだ分からない。

 

 ここで、この言葉に引かれて動けばいいのか。

 

 自分の罪を償いたいからといって、誰かを伴い、海へ出てよいのか。

 

隼人「……大淀さんへ、取り次いでもらえますか」

 

明石(艦娘)「はい」

 

 明石が電話へ向かった。

 

 隼人は、四枚の画像へ目を戻す。

 

 読み取れた文字から、欠けた部分を埋めることはできる。

 

 だが、自分が埋めた言葉まで、証拠にしてはならなかった。

 

 

 

 隼人は、記録媒体に四枚の写真があったことを大淀へ伝えた。

 

 自分のいた世界の艦名が記されていたこと。

 

 硫黄島らしい地形と、横たわる女性が写っていたこと。

 

 撮影時期も、差出人も、まだ確認できていないこと。

 

大淀(艦娘)『資料は、技術区画で保管をお願いします。提督へ申し送ります。今朝の会談前に、説明いただけるようにしておきます』

 

隼人「承知しました」

 

大淀(艦娘)『それと、武蔵さんが、一度ご挨拶をしたいと。お部屋で行き違いになったそうです』

 

隼人「ああ……私からも、お会いしたいと伝えてください。昨夜は、書き置きだけになってしまいましたので」

 

 同じ居室を使うと決まってから、まだ、正面から顔を合わせていない。

 

 自分と武蔵、それぞれの寝室へ通じる共用の机には、互いの短い挨拶が一枚ずつ残っていた。

 

大淀(艦娘)『このあとは、どちらへ?』

 

隼人「間宮さんへ、預かり物の件で一言お礼を。すぐに戻ります」

 

大淀(艦娘)『分かりました。お伝えします』

 

 電話を置く。

 

 現物とタブレットを明石へ預け、隼人は外へ出た。

 

 港の空は明るくなっていた。

 

 少し急げば、店まではすぐだった。

 

 昨日と同じ道を歩きながら、隼人は頭の中に浮かぶ文字を押さえようとした。

 

 愛した人。

 

 罪。

 

 その二つを結びつけたのは、自分を知る誰かなのか。

 

 それとも、自分がそう受け取ると知っている、別の誰かなのか。

 

 答えの出ない問いを抱えたまま、甘味処の前で足を止めた。

 

 

 

間宮(艦娘)「あら、隼人さん。おはようございます」

 

 店は、開店前だった。

 

 厨房から湯気が上がり、伊良湖が器を棚へ並べている。

 

隼人「おはようございます。昨日の預かり物ですが、今朝、中を確認できました。お手数をお掛けしました」

 

間宮(艦娘)「そうでしたか。お役に立ちました?」

 

隼人「……確かめることが、いくつか増えました」

 

 間宮は、隼人の顔を見た。

 

 何が入っていたのかは、聞かなかった。

 

間宮(艦娘)「お茶を一杯、いかがです? ちょうど沸いたところですから」

 

隼人「いえ、開店の準備が」

 

間宮(艦娘)「一杯増えるくらいなら、大丈夫ですよ」

 

 穏やかに言われ、隼人は帽子を取った。

 

隼人「では、少しだけ」

 

 昨日と同じ座敷へ通された。

 

 間宮は湯呑みを一つ置き、厨房へ戻っていく。

 

 隼人は、温かい器を掌で包んだ。

 

 考えているつもりで、同じところを回り続けている。

 

 そのことは、自分でも分かっていた。

 

「眉間、そんなに寄せると戻らなくなるっすよ」

 

 声がした。

 

 隼人の手が止まる。

 

 障子の方へ顔を向けた。

 

 少し開いた戸口に、緑の迷彩服が見えた。

 

 袖をまくった腕。

 

 軽く傾けた首。

 

 こちらの反応を待っている、いたずらっぽい目。

 

 隼人は立ち上がった。

 

 いつものように相手の手元と周囲を見た。その間にも、目は何度も、顔へ戻ってしまった。

 

隼人「……桜?」

 

桜「お。今日は早かったっすね」

 

 金森桜が、笑った。

 

 403大隊で、偵察に出ては泥だらけになって戻ってきた伍長。

 

 帰投の報告より先に、借りた工具をなくしていないかと問い詰められ、いつも何かしら言い返していた女。

 

 もう、帰ってこないはずの仲間だった。

 

隼人「お前……」

 

桜「はい。お久しぶりっす、隼人大尉」

 

 桜は右手を上げた。

 

 見慣れた敬礼だった。

 

 隼人の手も、半ばまで上がる。

 

 そこで、止まった。

 

 桜の胸元が目に入ったからだった。

 

 襟の奥まで確かめることはできない。

 

 それでも、そこに何があったのか、隼人は覚えていた。

 

 あの夜。

 

 聞こえていたはずの命令と、命令ではなかった声。

 

 向けられるはずのない相手へ向いた刃。

 

 兄上を止めなければならなかった。

 

 誰かを庇う前に、もう一人が倒れた。

 

隼人「……お前は、あの時」

 

桜「死んだっすよ」

 

 隼人が、顔を上げる。

 

 桜は、今度は笑っていなかった。

 

桜「そこを、なかったことにはできないっす」

 

 隼人は、膝の力を抜いた。

 

 倒れたのではない。

 

 立ったまま、彼女を見ることができなくなった。

 

 畳へ膝をつくと、桜も、その前に座った。

 

隼人「……すまなかった」

 

 それしか出てこなかった。

 

 会いたかったはずだった。

 

 生きているのかと、手を取って確かめたかった。

 

 どこにいたのか、どうやって来たのか。聞きたいことは、いくらでもあった。

 

 その前へ、謝罪が出た。

 

隼人「俺が、もう少し早く……兄上を――」

 

桜「大尉」

 

隼人「誰かが止めなければ、いけなかった。俺は、すぐそこに」

 

桜「隼人大尉」

 

 桜の手が、座卓の縁へ置かれる。

 

 強い音ではなかった。

 

 それでも隼人は、言葉を止めた。

 

桜「私、今、ここにいるっす」

 

 隼人は、畳を見たままだった。

 

桜「少ししか話せないのに、ずっと、あの夜だけ見てるんすか」

 

 その言葉に、目が動く。

 

 桜は、隼人の顔を覗き込んだ。

 

桜「会えたんだから、一回くらい、私を見てくださいよ」

 

 隼人は、ゆっくり顔を上げた。

 

 同じ顔だった。

 

 記憶の最後にある、動かなくなった顔ではない。

 

 こちらが何か言うまで、いつまでも待ってくれそうな、見覚えのある顔だった。

 

隼人「……桜」

 

桜「はい」

 

隼人「会いたかった」

 

 桜が、目を細めた。

 

桜「そっちを、先に言ってほしかったっす」

 

 伸びてきた手が、隼人の肩へ触れる。

 

 そのまま、ゆっくり引き寄せられた。

 

 隼人は抵抗しなかった。

 

 迷彩服の肩に、額が触れる。

 

 背中へ回された手が、二度、軽く叩いた。

 

桜「怖かったっすよ。あの時は」

 

 隼人の肩が強張る。

 

桜「だから、もう一回、同じところへ大尉に行ってほしいなんて思わないっす」

 

 桜の声が、耳の近くで聞こえた。

 

桜「私たちに謝りながら、自分の分までなくしていかないでください」

 

 隼人は、目を閉じた。

 

 忘れろとは、言われなかった。

 

 何も悪くなかったと、片付けられたわけでもなかった。

 

 それがかえって、胸に残った。

 

 

 

 やがて桜が手を離すと、隼人は袖で目元を拭った。

 

 桜は見ないふりをして、座卓の湯呑みを眺めていた。

 

隼人「昨日、間宮さんに物を預けたのは、お前か」

 

桜「はい。あの小さいやつっす」

 

隼人「写真は、どこで手に入れた」

 

桜「大尉に見てほしくて、持ってきました」

 

隼人「答えになっていない」

 

桜「……そうっすね」

 

 桜の視線が、障子の向こうへ一度動く。

 

 隼人もそちらを見たが、人影はなかった。

 

桜「あの人のこと、思い出せました?」

 

隼人「名前が、出てこない」

 

桜「そう、っすか」

 

 僅かな沈黙。

 

隼人「知っているなら、教えてくれ」

 

 隼人は、今度は桜の顔を見て言った。

 

 桜も逃げなかった。

 

 口を開く。

 

 その瞬間、窓の外で聞こえていた金属音が、遠のいた。

 

桜「――――」

 

 唇は動いた。

 

 声が、聞こえない。

 

 隼人は思わず、身を乗り出した。

 

隼人「もう一度」

 

 桜が言い直す。

 

 また、その部分だけが聞こえなかった。

 

 夢と、同じだった。

 

 桜は口を閉じ、悔しそうに眉を寄せた。

 

桜「……ここも、駄目なんすね」

 

隼人「何が起きている」

 

桜「全部を、こちらの思ったとおりには渡せないっす。だから、まず写真を」

 

 隼人は、桜の手元へ目を落とした。

 

 薄い影が、畳にある。

 

 先ほど触れた肩にも、服の感触はあった。

 

 それなのに、聞こえるはずの声が届かない。

 

隼人「……生きているのか。あの人は」

 

桜「助けられる可能性が、あります」

 

 それは、聞こえた。

 

桜「だから、見つけてほしいっす」

 

隼人「あの島に?」

 

桜「写真を、確かめてください。今、どうなっているかも」

 

 隼人は、黙って桜を見る。

 

 もっと言え、と言いかけた。

 

 だが、名前を伝えようとして失敗した時の顔は、隼人にも覚えがあった。

 

 桜が、膝の上で手を握り直す。

 

隼人「あの言葉は、何だ」

 

桜「言葉?」

 

隼人「罪を……あの人を助ければ、償えると」

 

 桜の表情が変わった。

 

 少しだけ俯き、それから隼人へ向き直る。

 

桜「あの書き方は、よくなかったっす」

 

隼人「お前たちが書いたのか」

 

桜「渡すと決めたのは、私たちです」

 

 桜は、今度は言葉を選んだ。

 

桜「見てもらわないといけない。そればっかりで、大尉がどう受け取るか、考えが足りなかったっす」

 

 隼人は、膝の上の手を見た。

 

 あの文字を読んだ時、頭に浮かんだ光景。

 

 取り戻せるなら、という考え。

 

 自分が何をしそうになったのかは、隼人自身が知っていた。

 

桜「あの人を助けたら、私たちが死ななかったことになるわけじゃありません」

 

隼人「……分かっている」

 

桜「なら、大尉が戻ってこられるやり方で、考えてほしいっす」

 

 隼人は、顔を上げた。

 

隼人「一人では、行かない」

 

 桜が、じっと隼人を見る。

 

隼人「写真はもう、預けてある。こちらの司令部にも報告した。場所も、艦も、そこにいる人も、今から確かめる」

 

桜「……ちゃんと、人に渡せたんすね」

 

隼人「俺の知らないことを、知っている人がいる」

 

 今朝、座礁した艦の周囲へ目を向けさせてくれた蒼龍。

 

 何も急かさず、記録を取ってくれた明石。

 

 話を聞いて、会談前の時間を作ろうとしている大淀。

 

 ここへ来てから、自分は一人で何もかも終わらせているわけではなかった。

 

隼人「助けられるなら、助けたい。だが、そのために、また別の誰かを置いていくつもりはない」

 

 桜の肩から、力が抜けた。

 

桜「……はい。それが聞きたかったっす」

 

 隼人も、ようやく息を吐いた。

 

 

 

 座敷の外で、器の触れ合う音がした。

 

 桜は、そちらへ目を向ける。

 

桜「ここ、いいところっすね」

 

隼人「ああ」

 

桜「大尉を、お茶飲ませて座らせておける人がいる」

 

隼人「俺も、座るくらいはする」

 

桜「仕事じゃない時にも?」

 

 隼人は、少し黙った。

 

 桜が、にっと笑う。

 

桜「その間が、答えっす」

 

 昔と同じだった。

 

 余計なところをよく見ていて、こちらが流そうとするところを、わざわざ拾う。

 

 隼人は、久しぶりにその顔をゆっくり見た。

 

 こんなふうに目を細めていた。

 

 軽口を言う前に、口の端が少し上がった。

 

 思い出すのは、あの夜だけではなかった。

 

隼人「……お前、少し太ったか」

 

 桜の笑顔が止まった。

 

 隼人も、止まった。

 

 先に動いたのは、桜の眉だった。

 

桜「大尉」

 

隼人「いや。前より、頬が」

 

桜「そこ、付け足さなくていいっす!」

 

 隼人は口を閉じた。

 

桜「今の流れで、何でそこへ行けるんすか」

 

隼人「元気そうに見えたから」

 

桜「じゃあ、それを言えばいいじゃないっすか!」

 

 正論だった。

 

 隼人は、視線を少し下げる。

 

隼人「……すまん」

 

桜「そっちは、謝るところっす」

 

 即答された。

 

 隼人は反論できなかった。

 

 桜は腕を組み、しばらく隼人を見下ろしていたが、やがて、こらえ切れずに吹き出した。

 

桜「ほんっとに……大尉っすね」

 

隼人「何だ、それは」

 

桜「知ってる顔して、知ってる声で、ちゃんと余計なこと言ってくれるってことっす」

 

 桜は、立ち上がった。

 

 隼人も腰を上げようとする。

 

 その額の前へ、人差し指が一本出された。

 

桜「大尉は、そこでちょっと反省」

 

隼人「……はい」

 

 桜は満足そうに頷く。

 

 廊下側へ一歩動き、そこで足を止めた。

 

桜「あと、さっきの話っすけど」

 

隼人「何だ」

 

桜「私も、会いたかったっすよ」

 

 隼人は顔を上げた。

 

 桜が、敬礼する。

 

 今度は、隼人も返した。

 

 手を下ろした時、窓から風が入った。

 

 障子が、小さく鳴る。

 

 廊下に、迷彩服は見えなかった。

 

隼人「……桜?」

 

 返事はなかった。

 

 人が立ち去った足音も、聞こえなかった。

 

 隼人はしばらく戸口を見てから、膝の上へ手を戻した。

 

 肩には、まだ、触れられた感覚が残っていた。

 

 

 

 赤い花が、風もないのに揺れていた。

 

 彼岸花の間へ置かれた長い卓。

 

 その上に見えていた座敷の景色が、薄く滲み、やがて消える。

 

斎藤「……あそこで、それ言うかね」

 

 斎藤が、椅子の背へ身体を預けた。

 

 笑いながらも、少し目元を擦っている。

 

竜「昔から、言う前に一度考えろとは教えていたのだがな」

 

凛「考えた結果が、あれだったのかもしれませんよ」

 

斎藤「そっちの方が、困りません?」

 

 凛は答えず、冷めかけた紅茶へ手を伸ばした。

 

 その傍らで、玄が消えた景色のあった場所を見ている。

 

玄「名前は、また届きませんでしたね」

 

凛「……ええ」

 

玄「写真だけで、あそこまで辿り着けますか」

 

 凛は、カップを受け皿へ戻した。

 

凛「私たちにも、向こうの今が全部見えているわけではないもの」

 

 空になった卓の一角へ、目を向ける。

 

凛「確かめに行くための手掛かりにはなる。でも、あの四枚だけで行かせるつもりではなかったわ」

 

竜「それなら、あの見出しは余計だった」

 

 凛は、目を伏せた。

 

凛「そうですね。読ませることばかり考えていました」

 

「あいつらは、呼ばれれば来ようとする」

 

 少し離れた席から声がした。

 

 開いていた新聞を畳み、渡邉信が顔を上げる。

 

 蓮、隼人、勇翔の父。

 

 その軍服にも、死ぬ前と同じ少佐の階級章が付いていた。

 

信「来られない時にも、何とかして来ようとする。育てた私が言うのだから、間違いない」

 

竜「自慢できるところばかりではないな」

 

信「ああ」

 

 信は、素直に頷いた。

 

信「だから、今の隼人が、こっちの言うことをすぐに聞かなかったのは、よかった」

 

 折った新聞を、膝の上へ置く。

 

信「助けると言う前に、向こうで会った連中の顔を思い出した。あいつにも、頼れる相手ができたんだ」

 

 凛が、小さく息を吐いた。

 

 卓の向こうから、足音がする。

 

桜「ただいまっす」

 

斎藤「おかえり。随分、賑やかな再会だったな」

 

桜「大尉のせいっす」

 

 桜は椅子を引き、どさりと座った。

 

 卓へ置いてあった菓子を、一つ取る。

 

玄「そこで、また食べるんですか」

 

 桜の手が止まった。

 

 凛も止まった。

 

 竜が、静かに玄を見る。

 

玄「……今のは、違います」

 

桜「何が、どう違うんすか」

 

玄「帰ってきたばかりで、お茶がまだ、という意味です」

 

斎藤「苦しいなあ」

 

 桜は菓子を口へ放り込み、玄の前の皿も、少しだけ自分の方へ寄せた。

 

桜「そこは、言う前に考えてくださいっす」

 

 玄は、菓子皿を見送った。

 

 信が小さく笑う。

 

 桜も笑い返しかけ、途中で、少し真面目な顔になった。

 

桜「写真は、ちゃんと渡せました。見てもらえました」

 

凛「ありがとう。名前を伝えるところも、見ていたわ」

 

桜「……次は、どうするっすか」

 

凛「まずは、あちらが何を確かめるか、見ましょう。急がせて、一人で来させては意味がないもの」

 

 桜は頷き、空いているカップを手元へ引いた。

 

 赤い花の向こうには、道が見えない。

 

 先ほどまで座敷を映していた場所にも、何もなかった。

 

 それでも桜は、一度だけ、そこへ顔を向けた。

 

 返してもらった敬礼を、もう一度思い出すように。

 

 

 

 座敷の入口で、武蔵が足を止めた。

 

武蔵(艦娘)「……何をしている」

 

 畳の上で、隼人が正座していた。

 

 座布団は、その隣にある。

 

 湯呑みは、座卓に一つ。

 

 怪我をしている様子はない。倒れているわけでもない。

 

 ただ、両手を膝へ置き、ひどく真面目な顔で、少し俯いていた。

 

 案内してきた間宮も、戸口から覗く。

 

間宮(艦娘)「隼人さん? 座布団、そちらにありますけれど」

 

隼人「……ああ。すみません」

 

 隼人が顔を上げる。

 

 見慣れない女性が、間宮の隣に立っていた。

 

 褐色の肌。

 

 眼鏡の奥から向けられる、まっすぐな視線。

 

 姿勢と立ち方だけでも、誰なのか、見当がついた。

 

隼人「武蔵さん、ですか」

 

武蔵(艦娘)「ああ。お前が渡邉隼人か」

 

 隼人は立ち上がった。

 

 武蔵も、軽く姿勢を正す。

 

隼人「ご挨拶が遅くなりました。渡邉隼人です。これから、よろしくお願いします」

 

武蔵(艦娘)「武蔵だ。こちらこそ、世話になる」

 

 まず、それだけを交わした。

 

 武蔵は、空いた座布団へ目を落とす。

 

武蔵(艦娘)「それで。なぜ、そこで正座を?」

 

隼人「古い友人に、叱られまして」

 

間宮(艦娘)「お連れの方が?」

 

 隼人は、廊下へ目を向けた。

 

隼人「迷彩服の女性を、見ませんでしたか。昨日、物を預けた方と同じだと思います」

 

間宮(艦娘)「……いいえ。今朝は、まだ」

 

 間宮の顔に、戸惑いが浮かぶ。

 

 隼人は、それ以上、店の中で説明を重ねなかった。

 

隼人「分かりました。あとで、私から憲兵隊にも話しておきます」

 

 さっきまで、ここにいた。

 

 そう言い切れるのは、今のところ、自分だけだった。

 

 武蔵が、隼人の顔を見る。

 

武蔵(艦娘)「……込み入った事情か」

 

隼人「少し」

 

武蔵(艦娘)「なら、聞かん。立ち入ってすまなかった」

 

 即座に引かれ、隼人は少し驚いた。

 

 武蔵は、間宮へ向き直る。

 

武蔵(艦娘)「茶を、もう一杯頼めるか」

 

間宮(艦娘)「はい。すぐにお持ちしますね」

 

 間宮が厨房へ戻る。

 

 武蔵は入口で靴を揃え、隼人が勧めた席へ座った。

 

武蔵(艦娘)「互いの部屋へ入る時は、先に声を掛ける。共用の場所も、一方だけで物を増やさない。昨日の書き置きにあった話で、私は異存ない」

 

隼人「ありがとうございます。私も、何かあれば、その都度お伝えします」

 

武蔵(艦娘)「そうしてくれ」

 

 武蔵は頷いた。

 

 それだけで、同じ部屋へ帰る相手との話が、一つ進んだ。

 

 隼人は、自分の座布団を引き寄せて座る。

 

 武蔵の視線が、そこへ動いた。

 

武蔵(艦娘)「反省は、もう終わったのか」

 

隼人「……それについては、事情の込み入った話ではありません」

 

武蔵(艦娘)「ほう」

 

隼人「久しぶりに会った相手へ、少し太ったか、と」

 

 武蔵は、眼鏡の位置を直した。

 

武蔵(艦娘)「それは、お前が悪い」

 

 迷いのない答えだった。

 

 隼人は、深く頷く。

 

隼人「はい」

 

 茶を持って戻ってきた間宮が、最後の言葉だけを聞いて首を傾げた。

 

間宮(艦娘)「どうかなさいました?」

 

武蔵(艦娘)「いや。副提督にも、苦手なことがあるらしい」

 

 隼人は湯呑みを取り、何も言わずに一口飲んだ。

 

 今度は少し、温くなっていた。

 

 それでも、茶の味がした。

 

 向かいに座る武蔵は、何も急かさない。

 

 隼人は湯呑みを置き、今朝会った友人の声を、もう一度思い出した。

 

 そっちは、謝るところっす。

 

 気をつけよう。

 

 今度、また会えた時に、最初に何を言うかも。

 

 隼人は口元を僅かに緩め、武蔵へ顔を向けた。

 

隼人「……お茶のあと、少しお時間をいただけますか。部屋のことで、ほかにも伺っておきたいことがあります」

 

武蔵(艦娘)「ああ。私も、そのつもりで来た」

 

 座卓の上で、二つの湯呑みから、細い湯気が上がっていた。

 

 




は~い、どうもどうも

素人小説書きですぅ~

何日…いや、何十日ぶりですかね?

随分長くたって申し訳ないです…

BF1とかRimとかいろんなゲームしてたら遅くなりました…申し訳ないです。

久しぶりの投稿で至らぬところがあるかもしれないので指摘などお願いします…

それでは、近々また…

2026年9月18日リメイク完了

ヒロイン

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