陸自はドールズフロントライン、海自は艦これとアズールレーン、空自はアッシュアームズ三つの世界でバラバラになりながらでも生き残る   作:ゴーストライターとかした、素人小説書き

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艦これはCアズレンはAと表記させていただきますのでお願いします。

クロスオーバーなので悪しからず

それではどうぞ



4-5 元帥二人と少尉の隼人と少佐の剣子

4-5

 

元帥二人と大尉の隼人と少佐の剣子

 

 呉へ向かう車の窓から、店先に並ぶ品物が見えた。

 

 魚を包む紙。自転車の荷台に括られた箱。母親の手を引いて、菓子屋の前で足を止める子供。

 

 山本五十六は、膝の上の書類を閉じた。

 

山本「いいものだな」

 

近藤「何がです?」

 

山本「買う物を迷っていられる街は」

 

 隣に座る近藤佐美子も、窓の外へ目を向けた。

 

 市場の軒先で、店主と客が何かを言い合っている。値段の交渉らしく、どちらも退く気配がない。

 

近藤「私たちの会議より、よほど真剣そうですね」

 

山本「それは困る。こちらも真剣にやっているつもりなのだが」

 

近藤「では、真剣な話を一つ」

 

 近藤が声を落とした。

 

近藤「帰国してから、古い作戦記録を集めていらっしゃいますね。私のところへも照会が来ました」

 

 山本は、閉じた書類へ手を置いた。

 

山本「君の記録が、一番詳しいからな」

 

近藤「硫黄島の分まで?」

 

 車輪が、路面の継ぎ目を踏んだ。

 

 短い振動のあとも、山本は答えなかった。

 

近藤「まさか、今日になって剣子へ出撃を命じるつもりではないでしょうね」

 

山本「まず、話を聞く。その約束は変わらん」

 

近藤「その『まず』が気になります」

 

山本「君にも、呉で説明する。ここで切れ切れに話すより、現状を並べた方がいい」

 

 運転席の背を一度見てから、近藤は口を閉じた。

 

 不用意に話せる内容ではない。

 

 それは分かる。分かるからこそ、教え子へ何を持ち込もうとしているのか、確かめておきたかった。

 

山本「……おや」

 

 山本が、再び窓の外を見る。

 

 菓子屋の軒先に、もみじの形をした饅頭が並んでいた。

 

山本「少し止められるか。手土産を買いたい」

 

近藤「長官。到着時刻は」

 

山本「まだ余裕がある。好美少佐の打ち合わせが終わるまでは、こちらが待つと言っただろう」

 

 車が道の端へ寄る。

 

 山本は財布を出し、近藤にも顔を向けた。

 

山本「君の分も買おうか」

 

近藤「いただきます。でも、饅頭で話は変わりませんよ」

 

山本「そこまで安く済むとは思っておらんよ」

 

 扉が閉まった。

 

 店先で、軍服の女性が箱を選び始める。

 

 近藤はその背中を見てから、膝へ置いた右手を、左手で包んだ。

 

 

 

 同じ朝。

 

 隼人は、宿舎の共用の居間で、白い上着の釦を留めていた。

 

 甘味処で武蔵と茶を飲み、その帰りに憲兵詰所へ立ち寄った。今朝、預け物を届けた女性と会ったことは、すでに申し出てある。

 

 ここへは、自分の足で戻ってきた。

 

 海戦から三週間余り。治療は終わり、階段を上っても、腕を上げても支障はない。

 

 ただ、着慣れない服だけが、少々落ち着かなかった。

 

隼人「……やはり、堅苦しいですね」

 

武蔵(艦娘)「服のせいか。それとも、会う相手のせいか」

 

 自分の部屋から出てきた武蔵が、隼人を見た。

 

 眼鏡を掛け、手には工廠へ持っていく書類を抱えている。

 

隼人「両方です」

 

武蔵(艦娘)「正直だな」

 

 武蔵は、机の端へ書類を置いた。

 

武蔵(艦娘)「襟が、片方だけ折れている」

 

隼人「こちらですか」

 

武蔵(艦娘)「逆だ」

 

 隼人が襟を直す。

 

 武蔵は小さく頷いた。

 

武蔵(艦娘)「それでいい。似合っているぞ」

 

隼人「ありがとうございます」

 

 鏡から目を離すと、机の上の小さな写真立てが目に入った。

 

 昨夜までは、そこに何もなかった。

 

 艦を背に、何人もの女性が並んでいる。前列で笑っている者もいれば、少し離れて腕を組んでいる者もいた。

 

武蔵(艦娘)「そこへ置いても構わんか」

 

隼人「ええ。……見ても?」

 

武蔵(艦娘)「どうぞ」

 

 隼人は写真立てを手に取った。

 

 武蔵は、端の方に写っていた。今と同じような顔で立っているが、隣から肩を押され、少しだけ姿勢が傾いている。

 

隼人「皆さん、楽しそうですね」

 

武蔵(艦娘)「撮り直しが多くてな。最後は、もうこれでいいと」

 

隼人「集合写真は、そうなります」

 

 笑ってから、隼人は少し黙った。

 

 自分にも、似たような時間があった。

 

 誰が前へ出るかで揉め、誰かが目を閉じ、撮り終えたはずなのに、もう一枚と言われる。

 

 今朝会った桜も、その輪の中にいた。

 

 死ぬ前の、もっと長い時間の中に。

 

 隼人は写真を元の位置へ戻した。

 

武蔵(艦娘)「……何か、思い出したか」

 

隼人「ええ。よく、似たことをしていました」

 

 武蔵は、それ以上聞かなかった。

 

 書類を取り上げ、扉へ向かう。

 

武蔵(艦娘)「私は明石のところへ行く。夕方には戻るつもりだ」

 

隼人「では、夜にでも、残りの荷物の置き場所を相談しましょう」

 

武蔵(艦娘)「ああ。……会談、長くならなければいいな」

 

隼人「そう願っています」

 

 入れ替わるように、廊下から控えめなノックが聞こえた。

 

雲龍(艦娘)「隼人さん。いる?」

 

隼人「はい。今、出ます」

 

 隼人は帽子と手帳を取り、上着の裾を整えた。

 

 桜に言われたことは、まだ胸に残っている。

 

 それでも、今日の予定を進めるために、扉を開けることはできた。

 

 

 

雲龍(艦娘)「白い服、珍しいね」

 

 庁舎へ向かう道で、雲龍が隼人を見上げた。

 

隼人「長官にお会いしますから」

 

雲龍(艦娘)「うん。提督も、そろそろ工廠との打ち合わせが終わるって。そのあと、到着前に少し話したいそうよ」

 

隼人「分かりました」

 

 遠くで、金属を打つ音が続いていた。

 

 正門へ向かう通路を、資材を載せた台車が横切っていく。

 

 高官が来る日でも、修理の手は止まっていなかった。

 

隼人「航空隊の訓練は、どうですか」

 

雲龍(艦娘)「飛べる機体は増えてきた。でも、整備が追いつかなくなる日もあるね」

 

隼人「機体だけ揃えても、続きませんからね」

 

雲龍(艦娘)「そう。燃料もいるし、整備する人にも休んでもらわないと。今日は、飛ばさない組が先に打ち合わせ」

 

 隼人が頷く。

 

 昨日の訓練で見えたことを、今日、別の誰かと確かめる。その積み重ねは、目立つ新装備ほどには報告書の見出しにならない。

 

 だが、艦隊を動かすなら欠かせなかった。

 

雲龍(艦娘)「上の人に会うなら、そこも言っておいて。出せる機数と、毎日出せる機数は違うって」

 

隼人「伝えます。実際に困っているところは、あとで詳しく聞かせてください」

 

雲龍(艦娘)「うん。蒼龍たちにも、まとめてもらう」

 

 雲龍は、小さく欠伸を噛み殺した。

 

隼人「眠そうですね」

 

雲龍(艦娘)「今朝、早かったから。ここまで送ったら交代なの」

 

隼人「では、ゆっくり休んでください」

 

雲龍(艦娘)「そっちもね。白い服を着たまま、一日中呼ばれないように」

 

 庁舎の入口で別れる。

 

 隼人は、少し笑いながら階段を上がった。

 

 

 

 剣子は、執務室へ戻ると同時に、工廠の工程表を机へ広げた。

 

剣子「お待たせしました。長官は、あと少しで着くそうです」

 

隼人「こちらこそ、お時間をいただいてすみません」

 

 大淀が、今朝の報告を机へ置く。

 

 記録媒体の中にあった四枚の画像。読み取れた文字。預け物を届けた女性との再会。

 

 隼人は、剣子の質問に沿って、短く説明した。

 

剣子「その方は、以前の世界で亡くなっている。けれど、今朝、間宮さんの店で直接話した、と」

 

隼人「はい。私の知る金森桜でした。ただ、あの場で話したのは私一人です。出入りを見た人も、今のところ見つかっていません」

 

 剣子は鉛筆を止めた。

 

 信じるかと問われれば、目の前の男が、この世界へ来た経緯からして普通ではない。

 

 だからといって、届けられた物をすべて正しいと決めることもできなかった。

 

剣子「写真の女性については?」

 

隼人「知っている相手だと思います。名前は、まだ」

 

 隼人は一度、言葉を切った。

 

隼人「助けられるなら、助けたい。その気持ちはあります。ですから、私だけで判断するのは避けたいと思っています」

 

 剣子は、報告へ目を落とした。

 

剣子「分かりました。長官たちには、私から切り出します。あなたが見たことは、あなたの言葉で説明してください」

 

隼人「はい」

 

大淀(艦娘)「端末は明石さんが保管しています。必要になったら、応接室へ持ってきていただけます」

 

剣子「お願いします。それと、来訪中も当直の交代は予定どおりに。急ぎの連絡は、私へ回してください」

 

 大淀が頷く。

 

 正門から、車両到着の連絡が入った。

 

 剣子は時計を見て、帽子を取る。

 

剣子「さて。昨日、増えると仰った方々を、お迎えしてきます」

 

 

 

 黒い車が、正門の内側で止まった。

 

 降りてきた二人へ、剣子が敬礼する。

 

剣子「呉鎮守府司令、好美剣子です。お待ちしておりました」

 

山本「世話になる。打ち合わせは済んだか」

 

剣子「はい。予定どおり終わりました」

 

山本「それはよかった」

 

 山本は答礼し、近くを通る台車へ目を向けた。

 

 積まれた鋼材には、加工する箇所を示す印が付いている。

 

 道を空けようとした作業員へ、山本は先に行くよう手を振った。

 

近藤「約束どおり、普段の呉ね」

 

剣子「特別に片づける余裕もありませんので」

 

近藤「それでいいのよ。はい、これは長官から」

 

 紙箱を渡され、剣子は一瞬、両手を止めた。

 

剣子「……饅頭、ですか」

 

山本「皆で分けてくれ。これは私の財布から出した」

 

 近藤が、横で笑った。

 

 昨夜の費用の話まで、伝わっているらしい。

 

剣子「お気遣い、ありがとうございます。応接室へご案内します」

 

 今度は、素直に受け取った。

 

 紙箱を大淀へ預け、剣子は二人の先に立つ。

 

 歩きながら、近藤が工廠側の建物を見た。

 

 足場の残る壁。

 

 新しい板で塞がれた窓。

 

 昨日まで紙の上にあった修理箇所が、目の前に並んでいた。

 

 

 

 応接室には、隼人が先に入って待っていた。

 

 扉が開くと、姿勢を正して敬礼する。

 

隼人「呉鎮守府臨時副司令、渡邉隼人です」

 

 剣子が、二人を紹介した。

 

 海軍元帥、近藤佐美子。

 

 同じく元帥にして、連合艦隊司令長官、山本五十六。

 

 隼人は、その名前と目の前の女性の顔を、静かに結びつけた。

 

 自分の世界で知っていた人物と、同じだと考えてはいけない。

 

山本「山本だ。渡邉大尉、ようやく会えたな」

 

隼人「お目に掛かれて光栄です」

 

近藤「近藤です。あなたのことは、ずっと報告書で読んでいたわ」

 

 握手のために差し出されたのは、左手だった。

 

 隼人も左手を出す。

 

近藤「まず、お礼を。呉の皆を助けてくれて、ありがとう」

 

隼人「私も、こちらで助けられています」

 

近藤「ええ。そう聞いている」

 

 近藤は、一度だけ剣子を見た。

 

 剣子は何も言わず、二人へ席を勧める。

 

 山本と近藤が向かい側に座り、隼人は剣子の隣へ腰を下ろした。大淀は記録用の机に着く。

 

山本「身体は、すっかりよいようだね」

 

隼人「はい。勤務にも訓練にも支障はありません」

 

山本「それを、本人から聞きたかった」

 

 湯呑みが置かれた。

 

 山本は礼を言ってから、書類鞄を足元へ下ろした。

 

山本「今日は、任用中の様子と、先の海戦について聞くつもりで来た。加えて、君たちの意見が欲しい計画がある」

 

剣子「計画、ですか」

 

 近藤の指が、湯呑みから離れた。

 

 車内で聞けなかった続きが、始まる。

 

山本「第二次IJ作戦。硫黄島の奪還を、再び検討したい」

 

 隼人の手が止まった。

 

 隣で、剣子も同じように動きを止めている。

 

 今朝、端末の画面に映っていた島の名前だった。

 

 山本は、二人の反応を見逃さなかった。

 

山本「……何か、あるのか」

 

剣子「こちらからも、ご報告したい資料があります。硫黄島らしい島を写した画像です。ただ、入手の経緯に説明が要ります」

 

山本「ほう」

 

剣子「まず、長官がお持ちの計画を伺えますか。照らし合わせたうえで、現物をご覧いただきたいと思います」

 

 山本は頷き、鞄の留め金を外した。

 

 近藤が、開かれた表紙を見つめる。

 

近藤「三年前の続きを、今度こそ、というわけですか」

 

山本「同じやり方を繰り返すつもりはない。だが、あの時、何が足りなかったかは話しておきたい」

 

 近藤は背もたれから身体を起こした。

 

 表紙へ置いた右手に、わずかな間があった。

 

近藤「……では、そこからね」

 

 

 

 近藤は、古い海図を広げた。

 

 南の海域から、日本へ向かって引かれた線。その途中に、何度も書き直された日付がある。

 

近藤「三年前、深海棲艦の進出を止めるために、珊瑚海へ艦隊を出した。当時は、艦娘もKAN-SENも、今ほど揃っていなかった。主力の多くは、大勢の乗員が動かす艦だったの」

 

 隼人は頷いた。

 

 この世界にも、艦娘たちとは別に、人が乗り込んで動かす船がある。

 

 今の呉で見慣れた光景だけでは、当時の戦いを考えられなかった。

 

近藤「結果は、敗北。出した艦の、およそ七割が戻らなかった」

 

 剣子は、海図から目を逸らさなかった。

 

 教えられた数字だ。

 

 だが、目の前の近藤にとっては、一隻ずつ、乗っていた人の顔がある数字だった。

 

近藤「私も、そこでこれを失った」

 

 右の手袋を外す。

 

 残った指の隣に、義指が並んでいた。

 

 隼人は、挨拶の時に差し出された左手を思い出す。

 

近藤「敵は、そのあとも北へ進んだ。止められる艦隊を立て直す前に、硫黄島を取られたのよ」

 

隼人「他国からの支援は?」

 

山本「米国は、真珠湾とパナマ運河への攻撃で大きな損害を受けていた。艦隊を動かしたくても、防衛と修復に縛られていた」

 

 山本が、南へ目を移す。

 

山本「豪州では、港に集まっていた海軍主力が空と海から攻撃され、機能を失った。上陸から三日でシドニーの防衛が崩れ、キャンベラとの連絡も途絶えたと、こちらには伝わった」

 

隼人「三日で……」

 

山本「大陸全土の状況を、その三日で把握できたわけではない。届く報告も食い違った。だが、政府が国外へ退くことになったのは事実だ」

 

 今、亡命政府のもとで戦っている艦隊には、その時、国外にいた艦や、のちに集め直された戦力も含まれているという。

 

 隼人は、昨日読んだ新聞と蒼龍の話を思い出した。

 

 艦隊が存在していることと、国土を守り切れたことは、同じではなかった。

 

近藤「本土へ上がられたら、こちらも同じになる。そう考えて、大本営は動ける艦を集めた。修理途中の艦も、訓練を終えたばかりの乗員もね」

 

隼人「それで、硫黄島を取り返す計画を」

 

近藤「ええ。あそこを拠点にする敵機を、少しでも本土から遠ざけたかった」

 

 近藤が、作戦図を一枚めくった。

 

 潜水艦の先制攻撃。

 

 航空隊による敵艦隊への打撃。

 

 その成果を受けて進出する水上部隊。

 

 それぞれの矢印は、紙の上ではきれいに繋がっていた。

 

隼人「航空攻撃の段階で、敵の護衛をほとんど失わせる想定ですか」

 

近藤「そうしなければ、その先へ進めなかった」

 

隼人「そこまで減らせなかった場合は?」

 

 近藤は、答えるまでに少し時間を置いた。

 

近藤「引き返すしかない。でも、その判断を誰が、どの情報で出すかも、詰め切れていなかった」

 

 山本が、作戦図の余白へ指を置いた。

 

山本「集まるはずの空母が集まらず、航空隊の補充も間に合わなかった。潜水艦と水上部隊を合わせて動かす訓練も、足りん。上陸部隊を送り、そのあと食わせ続ける手当ては、さらに遅れていた」

 

剣子「出撃できる艦を揃えるだけで、限界だったと」

 

山本「ああ。立案した私たちも、敵を崩せば何とかなると、先へ進みすぎていた」

 

 近藤は、古い紙を押さえた。

 

近藤「実行前に止まった。あの時は、止まってよかったと思っている」

 

 言い終えてから、右手へ手袋を戻す。

 

近藤「だから、聞きたいのです。今度は、何が変わったのですか」

 

 山本は、新しい書類を取り出した。

 

 古い作戦図と、同じ島の名前が書かれていた。

 

 

 

山本「米国側から、共同作戦の打診を受けた」

 

 近藤の眉が動いた。

 

山本「先方は、フィリピン方面への反攻を進めたい。その前に、西太平洋で航空隊と艦隊を動かせる拠点を増やしたいと言っている」

 

剣子「それで、硫黄島ですか」

 

山本「敵の拠点を減らし、奪った飛行場を哨戒や中継に使う。島を足場に、周辺の海域へ手を伸ばしたいのだろう」

 

 山本は、交渉内容をまとめた紙を開いた。

 

山本「ただし、今の案では、日本側が攻略の主力を出す。奪還後は、米側にも施設を使わせる。その見返りに、技術支援を検討する、というところまでしか言っていない」

 

剣子「検討、ですか」

 

山本「検討だ」

 

 剣子は、机へ置いた自分の工程表を見た。

 

 使う材料も、人員も、日付も埋めなければ、工事は始められない。

 

 その紙の隣に置かれた条件は、ひどく軽く見えた。

 

隼人「攻略に出す艦や輸送船、補給について、米側の負担は決まっていないのですか」

 

山本「決まっていない。先方も、各方面への戦力配分を争っている。こちらが何を出すかを先に知りたい、という姿勢だった」

 

近藤「そのまま受ければ、こちらの損害だけが先に確定しますね」

 

山本「そういう約束を持ち帰ったつもりはない」

 

 山本は、まだ署名のない紙を伏せた。

 

山本「日本側だけで先に奪還できれば、話は変わる。島をどう使うか、補給に何を出してもらうか、こちらから条件を付けられる」

 

 剣子は、すぐには答えなかった。

 

 隼人が、海図へ目を落とす。

 

隼人「奪った島を、維持できれば」

 

山本「……そうだ」

 

隼人「攻略で戦力を使い切れば、飛行場の修復も、守備隊への補給も、他国に頼ることになります。そうなれば、先に旗を立てても、交渉で強く出られるとは限りません」

 

 山本は、隼人を見た。

 

 隼人は視線を逸らさず、続けた。

 

隼人「日本だけで行う案を検討する意味はあると思います。ただ、米国より先に着くことを、成功の条件にはできません」

 

 近藤が、ゆっくり頷いた。

 

近藤「三年前にも、その先が足りなかった。そこを確かめずに、私から賛成とは言えません」

 

 山本は湯呑みを取り、一口だけ飲んだ。

 

山本「欧州では、あの高速機が現れた。昨日の新聞だけでは、被害の全容すら分からん。日本近海でも、同じ種類の脅威が増えている」

 

 室内の視線が、山本へ集まる。

 

山本「防衛と修理に追われ続ければ、いつか守る側の方が先に尽きる。こちらから敵の拠点を奪う余地があるなら、今、調べておきたい」

 

 声は穏やかだった。

 

 だが、机へ置いた指には力が入っていた。

 

山本「待つことで減らせる危険もある。待つことで増える危険もある。私は、後者を無視したくない」

 

 剣子は、紙の端を揃えた。

 

剣子「私も、ずっと守っていればいいとは思っていません。だからこそ、出す戦力を間違えたくありません」

 

 山本が頷く。

 

 その返事を聞き、近藤は、もう一つの疑問を口にした。

 

近藤「それを、なぜ一部の担当者だけで進めたのです。旧作戦の資料を調べていることまで、後から知りました」

 

山本「米側との話が、別の経路から先に漏れるのを避けたかった。先方も、参加国や投入戦力が決まるまで、扱いを絞るよう求めていた」

 

近藤「こちらの内部も、信用していないと?」

 

山本「記録の閲覧と持ち出しについて、説明のつかない例がある。調査中だ。ここで、誰が何国の手先だと決めつける段階ではない」

 

 隼人は、閉じられた書類鞄を見た。

 

 機密を絞る理由は理解できる。

 

 しかし、艦隊が動けば、燃料も人も動く。大きな作戦を、四人だけの秘密で実行することはできない。

 

近藤「では、ここから先は、必要な担当者へ順に渡してください。陸軍にも、補給にも、隠したままでは何も揃いません」

 

山本「分かっている。今日、君たちへ話すのも、そのためだ」

 

 

 

剣子「実施時期は、いつを考えていらっしゃいますか」

 

山本「早ければ、一か月後」

 

 剣子の鉛筆が止まった。

 

剣子「一か月」

 

山本「米側の次の協議までに、こちらの案を示したい。向こうが戦力の振り向け先を決めれば、待ってはもらえなくなる」

 

 剣子は、今朝決まったばかりの修理工程表を広げた。

 

 日付の下へ、艦名が並んでいる。

 

剣子「これが、今の呉です」

 

 山本と近藤が、身を寄せた。

 

剣子「ここに書いた修理完了日は、出撃日ではありません。検査と試運転、そのあとの訓練が要ります。今日の時点で、そこまでの日数を確約できない艦もあります」

 

 隼人も、工程表を見た。

 

 この三週間で、自分の身体は回復した。

 

 その間も、工廠では作業が続いている。壁の向こうで響いていた槌音が、頭に蘇った。

 

剣子「無傷の艦にも、護衛と哨戒があります。ここから抜けば、別の場所へ穴が開きます」

 

山本「呉だけで、全部を出せとは言わん。他の鎮守府へも、順に当たる」

 

剣子「それでしたら、他の鎮守府が何を出せるかも必要です。こちらだけの一覧では、艦隊の形が決まりません」

 

山本「渡せる範囲から、集めよう」

 

剣子「陸軍の参加は、決まっていますか」

 

山本「正式な合意は、まだだ。打診できる相手はいる」

 

 剣子は、目を閉じかけて、やめた。

 

剣子「では、上陸部隊も、輸送船も、まだこれからですね」

 

山本「ああ」

 

 近藤が、工程表の横へ自分の手帳を置いた。

 

近藤「陸軍との調整には、私も入ります。港と飛行場を直す部隊まで含めて、必要なものを出してもらいましょう」

 

 剣子は頷いたが、表情は晴れなかった。

 

 やるべきことが分かるのと、それを一か月で終えられるのは、別の話だった。

 

山本「渡邉大尉」

 

隼人「はい」

 

山本「私は、君の経験と装備にも期待している。先の海戦で、味方の通信を繋ぎ直し、敵へ手を届かせた。その力を、この作戦でも借りたい」

 

 隼人は、少し考えてから答えた。

 

隼人「経験は、お伝えできます。装備については、現在使える物と、継続して使える物を確認させてください」

 

山本「先の戦闘と同じことを、もう一度できるとは限らんか」

 

隼人「はい。弾薬も部品も、使用すれば減ります。前と同じ敵、同じ状況とも限りません。私の装備で埋められる範囲は、技術班と一緒に出します」

 

 山本は、手元へ短く書き込んだ。

 

隼人「それから、私の任用は三十日間です。一か月後の作戦参加は、その先になります」

 

 剣子が隼人を見る。

 

隼人「今、お引き受けできる調査と、作戦時にどの立場で参加するかは、別にお話ししたいと思います」

 

近藤「十日ごとの見直しも含めて、最初の取り決めを守りましょう。今日、ここで勝手に延ばすつもりはないわ」

 

山本「承知した。好美少佐と、本人の意向を聞く」

 

 隼人は一礼した。

 

 剣子は、その横で、工程表から手を離した。

 

 話すべきことは多い。

 

 だが、隼人が全部を黙って背負うことだけは、今、避けられた。

 

剣子「では、こちらの資料も見ていただきます」

 

 大淀が、扉の外で待つ担当へ声を掛けた。

 

 少しして、明石が端末を持って入ってきた。

 

 

 

 机の上へ、四枚の画像が順番に表示された。

 

 艦内の格納庫。

 

 海岸へ船首を乗り上げたように見える艦。

 

 透明な覆いの中で眠る女性。

 

 そして、島を上空から写した画像。

 

 山本は、最後の一枚で動かなくなった。

 

山本「……硫黄島」

 

隼人「技術班でも、海図との照合を進めています。輪郭は一致するようですが、撮影時期は分かりません」

 

 隼人は、読めるようになった名前も示した。

 

 『硫????の衛星写真』。

 

 山本が、その文字を指す。

 

山本「衛星というのは?」

 

隼人「私の世界には、地球の周りを回る装置から地上を撮影する技術があります。この名前は、それを示している可能性があります」

 

近藤「そんな高さから、これだけ見えるの」

 

隼人「はい。ただ、この画像が実際に何で撮られたかは、名前だけでは決められません」

 

 明石が、表示を拡大した。

 

 滑走路らしい帯状の場所。海岸に点在する構造物。地形に沿って延びる線。

 

 山本は、持参した資料を隣へ置いた。

 

山本「こちらで持っている偵察記録より、細かい」

 

近藤「細かいからといって、新しいとは限りませんね」

 

山本「ああ」

 

 山本は、画像から視線を外した。

 

山本「誰が、これを持ってきた」

 

 剣子が、間宮へ預けられた経緯を説明した。

 

 憲兵隊にも報告が入っていること。届けた女性の出入りを、記録で確認できていないこと。

 

 そこまで話してから、隼人へ目を向ける。

 

隼人「その女性と、今朝、私が会いました。以前所属していた部隊の仲間です」

 

山本「君と同じように、この世界へ来たのか」

 

隼人「そこまでは、確かめられていません。私の知る限り、彼女は一度亡くなっています」

 

 近藤は、何も言わなかった。

 

 山本も、すぐには質問を重ねない。

 

 隼人は、写真の女性へ画面を戻した。

 

隼人「こちらも、私が知っている相手の可能性があります。届けた者は、助けてほしいという趣旨の言葉を残しました」

 

 隼人の指が、端末の縁で止まる。

 

隼人「しかし、この人が島にいるとは、まだ確認できていません。四枚が同じ場所で撮られたという証拠もありません」

 

山本「では、なぜ硫黄島の写真を一緒に入れたのだろうな」

 

隼人「分かりません。私たちを向かわせるためかもしれない。何かを見つけさせるためかもしれない。……そこは、調べたいと思っています」

 

 部屋が静かになった。

 

 机の上には、三年前の作戦図と、今朝届いた時代外れの画像が並んでいる。

 

 同じ島の名前が、違う場所から現れた。

 

 偶然だと片づけるには、重すぎた。

 

山本「私が米側から話を受けたのは、この預け物が届くより前だ。だが、こちらの検討を知った誰かが、君へ近づいた可能性は残る」

 

近藤「作戦の話が、どこまで知られていたか。そちらも調べ直す必要がありますね」

 

剣子「写真そのものの確認と、届けた相手の確認は、こちらでも続けます」

 

 山本は、もう一度、隼人を見た。

 

山本「この画像があれば、攻略できると思うか」

 

隼人「地形を調べる助けにはなると思います。それでも、今、何が配置されているかは分かりません。敵の航空戦力も、海上から接近できるかも、別に確かめる必要があります」

 

 山本が頷く。

 

 隼人は、言葉を選び直した。

 

隼人「先の海戦でも、見えていた艦の数が、最初から全部分かっていたわけではありませんでした。今度も、写真の外に何もいないとは考えられません」

 

 山本の目が、わずかに細くなった。

 

 戦果の数字より、その言葉を覚えておこうとしているように見えた。

 

近藤「渡邉大尉。写真の女性を助けたいという気持ちと、艦隊を出せるかという判断は、分けて話せる?」

 

隼人「……努力します。自分でできていない時は、指摘してください」

 

 即答で、できるとは言わなかった。

 

 剣子が、隼人の隣で頷いた。

 

剣子「私が聞きます」

 

 隼人は、剣子を見た。

 

 今朝、桜に言った言葉が蘇る。

 

 一人では行かない。

 

 その約束は、誰かを連れていくというだけでは済まないのだと、ようやく少し分かった。

 

 

 

 明石が、画像を閉じた。

 

 端末は技術班で引き続き保管し、読み取れた内容を整理する。山本側の偵察記録とは、必要な担当者を決めて照合することになった。

 

 扉が閉まったあと、山本は手帳へ日付を書いた。

 

山本「一週間、待つ。その時点で、呉が何を出せるか、計画を進めるなら何が足りないかを聞かせてほしい」

 

剣子「参加すると答えることを、前提にした期限ではありませんね」

 

 近藤が、剣子を見た。

 

 山本は、しばらく剣子の目を見ていた。

 

山本「そうだ。出せないなら、その理由ごと持ってきてくれ。別の案を探す材料にする」

 

剣子「では、一週間で、できることとできないことをお返しします。出撃の了承は、今日の段階ではできません」

 

山本「受け取った」

 

 短い返答だった。

 

 剣子は、そこで初めて少し息を吐いた。

 

近藤「大本営からは、他の鎮守府の状況と、陸軍側の返答を回すわ。補給担当にも、島を取ったあとの分まで見積もってもらう」

 

剣子「お願いします。それが届かなければ、こちらの一週間だけでは終わりません」

 

近藤「分かっている。私にも期限を付けなさい」

 

 剣子は、一瞬だけ迷った。

 

 そして、手帳を開く。

 

剣子「三日後までに、少なくとも調整の進み具合を。未定のところは、未定と書いて送ってください」

 

近藤「承知しました」

 

 山本が、小さく笑った。

 

山本「近藤元帥へ期限を切れるなら、私にも遠慮は要らんな」

 

剣子「では、米側との協議内容も。こちらへ渡せる分を、同じ日までにお願いします」

 

 山本の笑いが、一度止まった。

 

 近藤が、今度は声を出して笑う。

 

近藤「今、遠慮は要らないと仰いましたよ」

 

山本「……うむ。確かに言った」

 

 大淀の鉛筆が、淡々と記録していた。

 

 

 

 会談の終わりに、山本は、もう一度、修理工程表を手に取った。

 

山本「帰る前に、工廠も見せてもらえるか。邪魔にならない場所からでいい」

 

剣子「ご案内します。作業中の区画へは入れませんが」

 

山本「それで十分だ」

 

 大淀が先に連絡へ出る。

 

 山本も席を立ち、扉のところで隼人へ顔を向けた。

 

山本「渡邉大尉。君の知っていることを、この世界でどう使えるか。それは、まだこれからの話だと思っている」

 

隼人「はい」

 

山本「使えないものは、使えないと言ってくれ。私は、できるという話だけを聞きに来たわけではない」

 

 隼人は立ち上がり、一礼した。

 

隼人「そのように報告します」

 

 山本が廊下へ出る。

 

 近藤は、鞄を取ってから、隼人へ左手を差し出した。

 

近藤「臨時副司令への就任、おめでとう。直接言うのが、遅くなったわね」

 

隼人「ありがとうございます」

 

近藤「剣子を、よろしく頼むわ。何でも自分で引き受ける癖があるから」

 

剣子「目の前で言いますか、それ」

 

近藤「目の前だから、言うのよ」

 

 剣子が、少し口を尖らせた。

 

 隼人は、二人を見てから答えた。

 

隼人「できることは引き受けます。私にも、似た癖があるようですので、お互いに止められればと思います」

 

 近藤の表情が、少しだけ柔らかくなった。

 

近藤「ええ。それなら、頼めるわ」

 

 握った手を離す。

 

 近藤は、剣子へも顔を向けた。

 

近藤「出せないと言う仕事も、指揮官の仕事よ。今日の答えでいい。ただ、その先を考える手は止めないで」

 

剣子「分かっています」

 

近藤「なら、よし」

 

 剣子は敬礼し、二人を工廠へ案内するため、応接室を出た。

 

 隼人は、大淀と残された書類を揃えた。

 

 机から最後に持ち上げたのは、硫黄島の古い海図だった。

 

 

 

 車を見送ったあと、剣子は庁舎の脇で足を止めた。

 

 建物の陰に入ると、ようやく帽子を脱ぐ。

 

剣子「……一週間、か」

 

 隼人も、隣で足を止めた。

 

 工廠を見た山本は、その場で修理を早めろとは言わなかった。工程表を受け取り、担当者の説明を聞いて、帰っていった。

 

 それでも、一か月という言葉は、剣子の中へ残っていた。

 

剣子「何もしなくていい話では、ないんですよね」

 

隼人「ええ」

 

剣子「硫黄島を、このままにしておけない。それも分かるんです。向こうが忙しいから、こちらを攻めるのを待ってくれるわけでもないし」

 

 剣子は上着の内側から煙草を取り出した。

 

 一度、隼人を見る。

 

剣子「一本、付き合います?」

 

隼人「では、いただきます」

 

 差し出された一本を受け取る。

 

 剣子が火を差し出し、隼人は手を添えた。

 

 続いて、自分の煙草にも火を移す。

 

 薄い煙が、庇の外へ流れた。

 

剣子「やりたくないから断るのと、やりたいけれど出せないのは、随分違いますね」

 

隼人「……そうですね」

 

 写真の女性が、頭に浮かんだ。

 

 行きたいと思っている。

 

 それは、剣子へ伝えた。

 

 だが、その気持ちを、ここで働く誰かの出撃理由に、そのまま使うことはできなかった。

 

隼人「私も、調べたいことがあります。ですから、都合のよい見方をしていたら、言ってください」

 

剣子「言いますよ。さっき、そう約束しましたから」

 

 剣子は、迷わず答えた。

 

剣子「その代わり、私が怖がって、出せるものまで隠していたら、あなたが言ってください」

 

隼人「承知しました」

 

 しばらく、二人とも黙っていた。

 

 通りの向こうを、工員たちが昼食へ歩いていく。

 

 そのうちの一人がこちらに気づき、軽く頭を下げた。剣子も、煙草を持っていない方の手を上げる。

 

剣子「まず、今日の仕事を終わらせないと」

 

隼人「午後は、技術班と装備の状態を確認します。雲龍さんたちからも、航空隊の整備状況を聞く約束をしました」

 

剣子「助かります。私は、護衛任務の割り振りを見ます。大淀さんにも手伝ってもらって」

 

 剣子は煙草を見つめ、短く笑った。

 

剣子「結局、増えましたね」

 

隼人「お饅頭も、増えました」

 

剣子「釣り合ってないんですよ」

 

 今度は、隼人も笑った。

 

 剣子は煙草を消し、帽子を被り直す。

 

 庁舎へ戻る扉を開ける前に、隼人が声を掛けた。

 

隼人「提督。その前に、昼食を」

 

 剣子の手が止まる。

 

 時計を見てから、隼人へ向き直った。

 

剣子「……そうでした」

 

 開けかけた扉を閉める。

 

 揃えていた足の向きを変え、二人は食堂へ歩き始めた。

 

 




久しぶりですぅ~

素人小説書きですぅ~

ワクチン打って結構気分悪い状態で書いたからきついっす…

これでとりあえず海自は終わりですねー…長い戦いだった…

次回は空自です!

では、また!

2026年9月18日リメイク完了

ヒロイン

  • 416
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  • 大鳳A
  • 蒼龍C
  • 雷電
  • スカイレイダー
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