陸自はドールズフロントライン、海自は艦これとアズールレーン、空自はアッシュアームズ三つの世界でバラバラになりながらでも生き残る   作:ゴーストライターとかした、素人小説書き

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この作品はアッシュアームズを元ネタに構成されています(例外あり)

もし、元ネタを知らない方は
Google先生にアッシュアームズをぶち込んで検索するように。

もう知っている方はどうぞ。

検索して一応なんとなくわかった方もご視聴ください。


Act.16 雷神と破壊神と魔王

Act.16 雷神と破壊神と魔王

 

 翌日、午前八時十七分。

 

 黒十字帝国学連、士官居住区、二一四号室。

 

 小貝は右腕を真上まで持ち上げ、そのまま肩を大きく回した。

 

 痛みはない。

 

 昨日まで巻かれていた冷却帯も外れている。

 

 医療区での再診結果は、骨、神経、筋組織のすべてに異常なし。通常任務への復帰を認める、というものだった。

 

 向かいの椅子では、同じく戦闘後の精密検査を終えた勇翔が、二人分の診断記録へ目を通している。

 

 勇翔にも損傷やDOLLSとしての同調異常は見つからなかった。

 

 二人とも、身体はすでに回復している。

 

 まだ休まなければならないのは、右外翼を損傷したA-10の方だった。

 

 コルクの抜ける乾いた音がする。

 

勇翔「朝から飲むんですか?」

 

小貝「医療員は『明日の再診まで禁止』と言った。再診は終わった」

 

勇翔「飲酒を許可したとは言っていません」

 

小貝「禁止されていないなら、許可と同じだ」

 

勇翔「その理屈を医療員の前でも言えますか?」

 

小貝「言わない。取り上げられるからな」

 

 小貝が、赤ワインをグラスへ注ぐ。

 

 瓶は今朝、部屋の前に置かれていた。

 

 代理人からの快気祝いである。

 

 添えられた紙には、《診察が終わってから開けること》とだけ書かれていた。

 

小貝「うまい。あのチビ、顔も見せないくせに、どうして俺の好みを知ってるんだ?」

 

勇翔「僕たちをDOLLSにする時、記憶を一通り確認しています。酒の好みくらい知っていて当然でしょう」

 

小貝「そうだったな。便利なんだか、気味が悪いんだか」

 

 机の上には、昨夜まとめられた戦闘報告書が置かれている。

 

 表紙に記された仮称は、《シュバルツブラウト》。

 

 昨日、小貝のA-10を損傷させた人型個体である。

 

小貝「俺の報告、結局どう直された?」

 

勇翔「『スカートの下から、触手がずるっと出た』という部分は削除されました」

 

小貝「事実なのに」

 

勇翔「《下半身周辺から複数の触手状照射器官を展開》になっています」

 

小貝「急に頭がよさそうな文章になったな」

 

勇翔「グレーテルが整えましたから」

 

小貝「俺が馬鹿みたいじゃないか」

 

勇翔「原文のまま残した方がよかったですか?」

 

小貝「それはそれで嫌だ」

 

 小貝は報告書を閉じ、もう一口飲んだ。

 

小貝「ところで、今日の予定は?」

 

勇翔「午前十時に、帝都でHs129と雷電に会います。買い物に付き合う約束です」

 

小貝「両手に花か。随分と楽しそうだな」

 

勇翔「ただの買い物です」

 

小貝「俺も回復したことだし、スカイレイダーといちゃついてくるかな」

 

勇翔「回復直後から性欲全開ですか。この間抜け」

 

小貝「誰が間抜けでハゲでデカチンだ、この野郎」

 

勇翔「そこまでは言っていません。後半は自分で足したでしょう」

 

小貝「冗談だ」

 

 小貝は笑ってから、少しだけ声を落とした。

 

小貝「その前に、一つ聞いておきたい」

 

勇翔「何です?」

 

小貝「お前、また陸へ戻るのか?」

 

 勇翔の表情から、先ほどまでの軽さが消える。

 

勇翔「どういう意味です?」

 

小貝「スカイレイダーから聞いた。近いうち、黒十字帝国学連へ新型の戦車型DOLLSが納入されるらしい」

 

勇翔「それと僕に、何の関係が?」

 

小貝「戦車の運用経験がある人間は多くない。しかも、お前は航空と地上の両方を知っている。代理人なら、何か理由をつけて関わらせるかもしれん」

 

勇翔「……戦車ですか」

 

 勇翔が、僅かに眉を寄せる。

 

小貝「やっぱり、中国にいた頃を思い出すか」

 

勇翔「ええ。ろくな記憶がありません。90式と74式を何両も失いました」

 

小貝「よく生きてたな、お前」

 

勇翔「99式と99A式を相手に、半包囲された状態で戦ったこともあります。車両だけで済んだ時は、むしろ上出来でした」

 

小貝「空自の人間が、どうしてそんなに戦車へ乗ってるんだ?」

 

勇翔「必要だったからです」

 

小貝「説明になってない」

 

勇翔「一番ひどかった時は、歩けなくなった90式を三人で動かしました」

 

小貝「歩けない戦車を、どう動かす?」

 

勇翔「走らせてはいません。砲塔だけ借りました」

 

 小貝がグラスを置く。

 

小貝「少し待て。最初から話せ」

 

     *

 

 2011年4月11日。

 

 中国、上海沿岸。

 

 履帯の軋みと砲声が、砂浜を震わせていた。

 

 上陸部隊の頭上を曳光弾が横切る。

 

 沖合から飛来した砲弾が着弾し、砂と海水を高く巻き上げた。

 

「来るぞ! 伏せろ!」

 

 誰かの叫びが聞こえる。

 

 勇翔は動かなかった。

 

 正確には、動けなかった。

 

 自走砲弾の爆風を受け、砂浜へ大の字に倒れている。

 

勇翔「……う、ん……」

 

蓮「ったく、真っ先に突っ込んで気絶しやがって……!」

 

 蓮が勇翔の戦闘服を掴む。

 

 片手で引きずりながら、もう片方の手に握ったP226でトーチカの銃眼へ牽制射撃を送る。

 

蓮「援護!」

 

隼人「了解! 凛、兄上と一緒に勇翔を!」

 

 隼人が89式小銃を撃ちながら叫ぶ。

 

 凛が遮蔽物から飛び出し、勇翔の脚を掴んだ。

 

凛「どうしてこの人は、毎回一番危ない場所で転がってるのよ!」

 

 二人は勇翔を引きずり、波打ち際に築かれたコンクリート障害物の陰へ滑り込む。

 

 直後、機関銃弾が頭上を薙いだ。

 

玄「真っ先に突っ込んで、吹き飛ばされて、気絶って……大尉の兄弟は全員、頭がおかしいんですか!」

 

竜「今さら何を言っている。あの三人は昔からそうだろう」

 

玄「そうでした!」

 

蓮「納得するな!」

 

 少し離れた場所では、74式戦車とM1A2エイブラムスが炎上している。

 

 海兵隊員と自衛官は、上陸阻止用障害物や崩れた護岸へ張りつき、一歩も前へ出られずにいた。

 

蓮「健三! 勇翔を見ろ!」

 

健三「衛生兵を荷物みたいに呼ばないでくださいよ!」

 

 健三が勇翔の瞳孔を確認し、頸部と腹部へ手を当てる。

 

 砲弾の破片が、遮蔽物の反対側を叩いた。

 

健三「目立った出血なし。骨も、たぶん内臓も問題ありません。脳震盪です」

 

斎藤「マジですか。あれだけ飛んだのに?」

 

信「ぬははは! やはり、うちの息子は頑丈だな!」

 

竜「頑丈という言葉で片づけていいのか、それは……」

 

 竜が浜の先を見る。

 

竜「それより、どうする。海兵隊も機甲部隊も釘づけだ。航空支援もまだ来んぞ」

 

蓮「昼間に正面から強襲上陸だ。きついに決まって――」

 

 市街地の一角で、ほんの一瞬だけ光が瞬いた。

 

隼人「兄上、下がって!」

 

 隼人が蓮の装具を掴み、強引に引き倒す。

 

 乾いた銃声は、その後に届いた。

 

 弾丸が蓮のいた場所を通り過ぎ、背後のコンクリートを抉る。

 

蓮「助かった……狙撃手までいるのかよ」

 

凛「正面の火力だけでも厄介なのに」

 

 その足元で、勇翔が身じろぎする。

 

勇翔「……ここ、どこです?」

 

斎藤「上海です」

 

勇翔「それは知ってる。どうして全員、血まみれなんだ?」

 

玄「起きた……」

 

桜「勇翔さんって、鋼でできてるんすか?」

 

健三「触った限り、普通の人間だ。ただ馬鹿みたいに頑丈なんだろ」

 

勇翔「目覚めて早々、ひどくない?」

 

凛「それだけ化け物じみてるってことよ」

 

勇翔「慰めになってないな……」

 

 健三が勇翔の肩を軽く叩く。

 

健三「立てるなら働いてください。患者が多すぎる」

 

 勇翔が傍らの89式を拾い、立ち上がる。

 

 一歩目だけ身体が揺れた。

 

 斎藤が咄嗟に腕を支える。

 

斎藤「本当に大丈夫ですか?」

 

勇翔「ありがとう。もう平気だ」

 

蓮「なら状況を見ろ。トーチカで正面を止められ、あのビルのどこかから狙撃されてる。このままじゃ頭も上げられん」

 

 勇翔が遮蔽物の端から覗こうとする。

 

 竜が襟首を掴み、引き戻した。

 

 ほぼ同時に、二発目の狙撃弾がコンクリートの角を砕く。

 

勇翔「危なっ……!」

 

竜「起きた直後くらい周囲を警戒しろ、馬鹿者」

 

勇翔「すみません、教官」

 

竜「謝罪は後だ。相手はかなり腕が立つぞ」

 

 前へ出るには、トーチカと狙撃手の双方を黙らせなければならない。

 

 蓮が砂浜を見渡す。

 

 大破した車両。

 

 放棄された装備。

 

 負傷者を収容する兵士。

 

 黒煙の向こうに、片側の履帯を切られた90式戦車が見えた。

 

 車体は傾いている。

 

 だが、炎は上がっていない。

 

 砲身も折れていなかった。

 

蓮「あの90式、使えるかもしれん」

 

隼人「履帯は切れています。車長もやられているようですが」

 

蓮「走れなくても、砲塔が生きていれば固定砲台にはなる」

 

 蓮が銀を見る。

 

蓮「発煙弾は?」

 

銀「二本です。この距離なら、ぎりぎり煙幕を繋げられます」

 

 M24を抱えた銀が、ポーチから二本の発煙手榴弾を取り出す。

 

蓮「満点回答だ。隼人、勇翔、煙が育ったら俺に続け。残りは戦車を確保するまで制圧射撃。砲塔が動いたら、狙撃手とトーチカを押さえ込め」

 

斎藤「了解!」

 

玄「任せてください!」

 

蓮「銀、投げろ!」

 

銀「はい!」

 

 二本の発煙手榴弾が、時間差で砂浜へ転がる。

 

 白煙が噴き出し、海風に押されながら遮蔽物と90式の間を塞いでいく。

 

勇翔「よし、行きましょう!」

 

 飛び出しかけた勇翔の襟を、蓮が掴む。

 

勇翔「ぐえっ」

 

蓮「まだ煙が薄い。狙撃手の餌になりたいのか」

 

隼人「アドレナリンが出すぎだ、勇翔。三秒待て」

 

勇翔「……了解」

 

 白煙が十分な高さまで立ち上がる。

 

蓮「今だ!」

 

 三人が同時に飛び出す。

 

 足元で砂が弾ける。

 

 機関銃弾が煙の中を走るが、射手も正確な位置までは掴めていない。

 

 蓮が最初に90式へ取りつき、砲塔上へ身体を引き上げる。

 

 車長は、開いたハッチにもたれるように絶命していた。

 

 ヘルメットの下には、狙撃弾が貫通した跡がある。

 

蓮「……すまん。借りるぞ」

 

 蓮は遺体を抱え、できる限り静かに車外へ下ろす。

 

 砲塔内には、血と火薬の匂いが満ちていた。

 

 砲手席にも一人倒れている。

 

 操縦手席のハッチは開き、そこから浜の後方へ血痕が続いていた。負傷した操縦手は、すでに味方が収容したらしい。

 

蓮「車内火災なし。主電源は生きてる」

 

 隼人と勇翔も砲塔へ入る。

 

 二人の表情が、倒れた砲手を見て硬くなる。

 

蓮「悲しむのは後だ。この人たちが運んできた戦車で、浜にいる仲間を前へ出す」

 

隼人「……了解」

 

 勇翔は砲手へ一礼する。

 

 遺体を車外へ移した後、砲手席へ身体を滑り込ませた。

 

 403大隊で受けた、鹵獲・転用訓練の記憶を手繰り寄せる。

 

勇翔「砲塔旋回、通電。照準器も生きています。自動装填装置は……警報が出ている」

 

隼人「見せろ」

 

 隼人が表示を覗き込み、勇翔の指示に従って非常用の復旧操作を進める。

 

 何度目かの操作で、背後から鈍い作動音が返ってきた。

 

隼人「装填装置、復帰。残弾は多くない」

 

蓮「十分だ。まず正面のトーチカを潰す」

 

 蓮が車長席へ収まる。

 

蓮「勇翔、やれるか?」

 

勇翔「そのために乗ったんです。弾種、HEAT-MP」

 

隼人「装填を確認」

 

 砲塔がゆっくりと回る。

 

 120ミリ滑腔砲が、トーチカの銃眼を捉えた。

 

勇翔「照準よし」

 

蓮「撃て!」

 

勇翔「発射!」

 

 轟音とともに、車内が揺さぶられる。

 

 多目的対戦車榴弾が、トーチカの銃眼脇へ突き刺さった。

 

 爆炎が開口部から噴き出す。

 

 浜を薙いでいた機関銃が沈黙した。

 

勇翔「命中。次、狙撃手」

 

蓮「建物ごと崩すな。射撃してきた階だけを潰せ」

 

勇翔「分かっています」

 

 勇翔が照準を移す。

 

 二度、発砲炎が見えた窓。

 

 その周囲には、土嚢らしき影がある。

 

勇翔「目標捕捉。弾種そのまま」

 

隼人「装填完了」

 

蓮「撃て!」

 

 二発目が、窓の奥へ吸い込まれる。

 

 建物の一角が内側から爆ぜ、狙撃陣地を瓦礫と粉塵が呑み込んだ。

 

勇翔「狙撃地点、沈黙」

 

 浜の各所で、味方が身を起こす。

 

蓮「待て。十一時方向、敵戦車!」

 

 勇翔が照準器を振る。

 

 市街地へ続く道路から、一両の99A式戦車が姿を現していた。

 

 砲塔が、こちらへ向き始めている。

 

 向こうも、砂浜で蘇った90式に気づいていた。

 

勇翔「次弾、APFSDS!」

 

隼人「選択した。装填まで待て!」

 

 自動装填装置が唸る。

 

 数秒が、ひどく長い。

 

 敵の車長がハッチから上半身を出し、90式の位置を指し示した。

 

勇翔「蓮兄さん!」

 

蓮「何だ!」

 

勇翔「敵の照準を遅らせてください。砲手用サイトでも車長でも、見えるものを潰して!」

 

蓮「無茶を言いやがる!」

 

 蓮が車長用ハッチを押し上げ、砲塔上の重機関銃へ取りつく。

 

 短い連射。

 

 敵車長がのけぞり、ハッチの向こうへ消えた。

 

 続く弾列が、砲塔正面の光学装置周辺で火花を散らす。

 

 99A式の同軸機銃が応射した。

 

 弾丸が、90式の砲塔上を激しく叩く。

 

 蓮が寸前で車内へ転がり込み、ハッチを閉じた。

 

蓮「死ぬかと思ったぞ!」

 

勇翔「時間は稼げました。照準よし!」

 

隼人「APFSDS、装填完了!」

 

蓮「撃て!」

 

勇翔「発射!」

 

 三発目の衝撃が、車内を貫く。

 

 細長い弾芯が、旋回途中の99A式へ一直線に飛ぶ。

 

 砲塔基部付近で閃光が走り、一拍遅れて車体から黒煙が噴き上がった。

 

 砲塔の動きが止まる。

 

 開いたハッチから、炎が溢れた。

 

勇翔「敵戦車、撃破」

 

 浜のあちこちから、歓声が上がる。

 

「前進! トーチカが黙っているうちに上がれ!」

 

 止められていた上陸部隊が、一斉に動き出す。

 

 90式の脇を駆け抜ける斎藤が、砲塔を見上げて拳を突き出した。

 

斎藤「やるじゃないですか、勇翔さん!」

 

 勇翔も照準器から顔を上げ、笑って拳を返した。

 

 その時はまだ、その笑顔が記憶の中にしか残らなくなる日が来るなど、誰も知らなかった。

 

     *

 

 午前九時六分。

 

 二一四号室。

 

小貝「航空支援なしで、よく生きて帰ったな」

 

勇翔「僕もそう思います」

 

小貝「しかも、歩兵三人で動けなくなった90式を撃つ。お前ら兄弟、昔からやることが滅茶苦茶だ」

 

勇翔「生きるためなら、使えるものは何でも使いました」

 

小貝「斎藤も、そこにいたんだな」

 

勇翔「はい」

 

 小貝は、それ以上聞かなかった。

 

 勇翔も、続けなかった。

 

 昨夜の食事で、二人は斎藤について十分すぎるほど話している。

 

 話したからといって、同じ朝に同じ痛みを繰り返す必要はなかった。

 

 勇翔が腕時計を見る。

 

勇翔「まずい。そろそろ出ないと、待ち合わせに遅れます」

 

小貝「雷電とHs129だったな」

 

勇翔「ええ」

 

小貝「目を輝かせやがって。デートか?」

 

勇翔「買い物です」

 

小貝「二人同時に?」

 

勇翔「二人同時にです」

 

小貝「健闘を祈る」

 

勇翔「何と戦わせるつもりです?」

 

 勇翔が白い上着を掴む。

 

勇翔「では、また後で。酒はほどほどにしてください」

 

小貝「快気祝いを持ってきた奴の仲間が言うな」

 

勇翔「持ってきたのは代理人です」

 

小貝「同じ陣営だろ」

 

勇翔「責任の範囲が広すぎます」

 

 勇翔が部屋を出ていく。

 

 足音は、廊下の奥へ遠ざかっていった。

 

 小貝は閉じた扉を見つめる。

 

小貝「……本当に、目ぇ輝かせやがって」

 

 昨夜の夕食で使った椅子が、まだ部屋の隅に一脚だけ多く残っている。

 

 雷電と器の中身を交換していた勇翔。

 

 好意を告げられ、耳を赤くしていた勇翔。

 

 あの姿を思い出す。

 

 もし斎藤が生きていたなら、同じくらいの歳になった頃、あんな顔をして恋人を紹介しに来ただろうか。

 

『兄貴、俺の彼女。どう? 美人でしょ』

 

 得意げに笑う弟の姿が、頭の中へ浮かぶ。

 

 顔も、声も、くだらない自慢の仕方も想像できた。

 

 そこから先だけは、どうしても作れなかった。

 

 斎藤の時間は、中国で止まっている。

 

 小貝と直接会うこともないまま。

 

 敵の洗脳を受けた蓮の銃弾によって、止められた。

 

 昨夜、すべてを言葉にした。

 

 墓地で勇翔へ向けた怒りも。

 

 教官と学生になった経緯も。

 

 長い年月をかけ、空で互いを信用するようになったことも。

 

 話せば整理できると思っていた。

 

 実際、少しは軽くなった。

 

 それでも、悲しみそのものが消えるわけではなかった。

 

小貝「……畜生」

 

 小貝の頬を、一筋だけ涙が落ちる。

 

 扉を叩く音がした。

 

 返事をする前に、少しだけ扉が開く。

 

スカイレイダー「小貝君、昨日の鍋を食堂へ――」

 

 スカイレイダーの言葉が止まる。

 

 後ろには、鍋の蓋を抱えたスツーカがいた。

 

小貝「……ノックしたなら、返事を待て」

 

スカイレイダー「ごめん。泣いてた?」

 

小貝「あくびだ」

 

スカイレイダー「昨日、斎藤の話を聞いたばかりだから、その嘘は通らないよ」

 

 小貝が顔を背ける。

 

 スツーカは、二人の顔を交互に見た。

 

スツーカ「斎藤って、誰?」

 

小貝「俺の弟だ」

 

スツーカ「弟がいたの?」

 

小貝「ああ。家庭の事情で、幼い頃から別々に育った。姓も違う。戦争が終わったら、改めて会うつもりだった」

 

スツーカ「会えなかったのね」

 

小貝「間に合わなかった」

 

 小貝は、それだけ答える。

 

 スカイレイダーが、昨夜使った鍋を机の上から持ち上げた。

 

スカイレイダー「昨日、話して少し楽になったように見えたけど」

 

小貝「話したくらいで、全部消えるなら苦労しない」

 

スカイレイダー「うん。そうだね」

 

 否定も、安い慰めも返ってこない。

 

 小貝は少し意外そうに、スカイレイダーを見る。

 

スツーカ「弟を殺した人を、憎んでいるの?」

 

小貝「本人の意思じゃなかった。敵に洗脳されて、自分が何をしているのかも分からないまま仲間へ銃を向けた」

 

スツーカ「なら、憎んでいない?」

 

小貝「頭では、あいつも被害者だと分かってる」

 

 小貝は、空のグラスを指で回す。

 

小貝「それでも、心のどこかで『返せ』と叫ぶ時がある。蓮へ向けるべきじゃない怒りが、昔の形へ戻るんだ。勇翔に対しても同じだ」

 

スカイレイダー「昨日、恨んでいないと言い切れば嘘になる、って言ってたね」

 

小貝「ああ。だが、あいつらを傷つけたいわけじゃない。ただ、弟がいないことに納得できないだけだ」

 

スツーカ「納得しなくても、いいんじゃない?」

 

小貝「何?」

 

スツーカ「大切な人が死んだら、必ず納得しなければならないの? 大人になったら、悲しくなくならないといけないの?」

 

小貝「それは……」

 

スツーカ「私は、泣いてもいいと思う。傷が残っていてもいい。その傷は、弟を大切に思っていた証でしょう?」

 

 小貝は答えない。

 

 強く握っていた右手だけを、少し緩めた。

 

スカイレイダー「でも、小貝君は泣くだけじゃ足りなさそうだね」

 

小貝「どういう意味だ?」

 

スカイレイダー「勇翔と戦ってみたら?」

 

小貝「……何でそうなる?」

 

スツーカ「私も、少し説明が欲しいわ」

 

スカイレイダー「昨日、勇翔は『飛ぶ時に返す』って言った。小貝君も、空でなら背中を預けられると言った」

 

小貝「言ったな」

 

スカイレイダー「なら今度は、正面から向き合えばいい。罰を与えるためでも、怒りをぶつけるためでもない。今の二人が、どこまで互いを見ているのか確かめるための模擬戦」

 

小貝「俺のA-10は修理中だぞ」

 

スカイレイダー「直ってからでいいよ」

 

小貝「一週間も待てば、今の気分なんて変わってるかもしれん」

 

スカイレイダー「変わっていたら、それも答えでしょう?」

 

 小貝が黙る。

 

 窓の外には、雲一つない空が広がっていた。

 

スカイレイダー「言葉で話せないことを、二人はずっと空で話してきたんだよね?」

 

小貝「昨日の話を、随分都合よく使うな」

 

スカイレイダー「ちゃんと聞いてたからね」

 

小貝「……考えておく」

 

スツーカ「断らないのね」

 

小貝「あいつと本気で飛ぶ機会なんて、そう何度もあるものじゃない」

 

スカイレイダー「それなら決まり」

 

小貝「まだ考えると言っただけだ」

 

スカイレイダー「小貝君がその言い方をする時は、大体もう決めてるよ」

 

小貝「いつの間に、そんなに俺へ詳しくなった?」

 

スカイレイダー「今のところ、もっと知りたいと思ってるから」

 

 昨夜、雷電が口にした言葉とよく似ていた。

 

 小貝は一本取られたような顔をする。

 

小貝「……昨日から、その言い回しが流行ってるのか?」

 

     *

 

 午前九時四十七分。

 

 帝都ゲルマニア。

 

 勇翔は、黒塗りの乗用車の後部座席から街並みを眺めていた。

 

 重厚な石造建築の間を路面電車が走る。

 

 広場には、各学連から集まった商人の露店が並んでいる。

 

 軍都めいた威圧感と、多民族都市の雑多な活気が同居する街だった。

 

運転手「お客さん、帝都は初めてで?」

 

勇翔「ええ。友人二人と買い物をする約束で」

 

運転手「それなら、中央市場の北側も見ていくといい。スターダストユニオン出身の店主がやっているバーがありましてね。酒も料理も評判ですよ」

 

勇翔「スターダストユニオン……アメリカ人の店か」

 

運転手「アメリカ?」

 

 運転手が、聞き慣れない言葉に眉を上げる。

 

勇翔「こちらの話です。気にしないでください」

 

運転手「そうですか。着きましたよ」

 

 車が、中央市場前の車寄せへ停まる。

 

勇翔「ありがとうございます。これは駄賃です」

 

運転手「どうも。またのご利用を」

 

勇翔「ええ、縁があれば」

 

 勇翔は車を降り、走り去る黒い車を見送る。

 

 時計塔の針は、待ち合わせの十三分前を指していた。

 

 市場へ続く大通りには、大勢の人影がある。

 

 その中から二人を探すより先に、噴水の前で大きく振られる手が見えた。

 

Hs129「勇翔! こっち!」

 

 Hs129が、両手に紙袋を抱えたまま跳ねている。

 

 その隣では、雷電が呆れたようにしながらも、僅かに笑っていた。

 

勇翔「まだ待ち合わせ前なのに、もう買い物を始めたんですか?」

 

Hs129「これは買い物じゃないよ。待っている間の食料」

 

勇翔「紙袋が三つあります」

 

Hs129「待ち時間は長くなるかもしれないから」

 

雷電「私たちが早く着きすぎただけです。勇翔は遅れていませんよ」

 

勇翔「ありがとうございます」

 

 雷電が、勇翔の顔を確かめる。

 

雷電「小貝の肩は、もう大丈夫でしたか?」

 

勇翔「再診では異常なしです。本人は、朝から快気祝いのワインを飲んでいました」

 

Hs129「ずるい」

 

勇翔「反応するところは、そこですか?」

 

Hs129「昨日、僕のビールは没収されたのに」

 

雷電「昨日の診察時点では、飲酒禁止でしたから」

 

Hs129「一晩で法律が変わった」

 

勇翔「法律ではありません」

 

 雷電が、小さく笑う。

 

雷電「それでは、行きましょうか」

 

勇翔「ええ。今日はどこから?」

 

Hs129「まず酒屋」

 

雷電「却下します」

 

Hs129「まだ理由も言ってないのに」

 

雷電「昨日の今日だからです」

 

 三人が、人波の中へ歩き出す。

 

 勇翔はまだ知らない。

 

 A-10の修理が終わった後、自分と小貝を正面から向き合わせる模擬戦が計画され始めたことを。

 

 その時、二人が教官と教え子でも、長年の僚機でもなく、一人の操縦者同士として空へ上がることを。




HI!

素人小説書きだよ!

一か月ぶりだな!

次回は早めに書くぜ!

じゃあな!

コメント書いてくれるとモチベ上がるぜ!

2026年9月19日リメイク完了

ヒロイン

  • 416
  • VSK-94
  • 大鳳A
  • 蒼龍C
  • 雷電
  • スカイレイダー
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