陸自はドールズフロントライン、海自は艦これとアズールレーン、空自はアッシュアームズ三つの世界でバラバラになりながらでも生き残る 作:ゴーストライターとかした、素人小説書き
もし、元ネタを知らない方は
Google先生にアッシュアームズをぶち込んで検索するように。
もう知っている方はどうぞ。
検索して一応なんとなくわかった方もご視聴ください。
Act.17 403大隊の実力
午前十時二十六分。
帝都ゲルマニア、中央市場。
勇翔は、両腕に抱えた紙袋の数を確認した。
一つ目は、普段着。
二つ目は、靴と日用品。
三つ目は、Hs129が「途中で食べる」と言って買ったパンと腸詰めを、一つにまとめ直した袋。
最後の袋だけ、勇翔のものではない。
勇翔「どうして僕が持っているんです?」
Hs129「僕は次の店を見るので忙しいから」
勇翔「買った本人が持ってください」
Hs129「勇翔は力持ちでしょう?」
雷電「それは、荷物を押しつけてよい理由にはなりません」
Hs129「雷電まで勇翔の味方をする」
雷電「正しい方へ付いただけです」
Hs129は不満そうに頬を膨らませながら、勇翔から一番軽い袋だけを受け取った。
前方には、色鮮やかな布地を軒先へ並べた衣料品店が続いている。
今日まで勇翔が持っていた服は、軍服と飛行服、それに白い上着くらいしかなかった。
長く滞在するなら、さすがに普段着が必要だった。
雷電「次は、あちらの店を見ませんか?」
勇翔「構いません。雷電も何か買うんです?」
雷電「見るだけです。勇翔に似合いそうなものがあれば」
Hs129「それを選ぶことを、一般には一緒に買い物すると言うんだよ」
雷電「私たちは最初から一緒に買い物をしています」
Hs129「そういう意味じゃなくて――」
「Hs129」
背後から、穏やかな声がした。
Hs129の肩が、目に見えて強張る。
勇翔たちが振り返る。
市場の入口に、Bf109が立っていた。
笑顔である。
ただし、両腕には分厚い紙束が抱えられていた。
Hs129「……奇遇だね」
Bf109「ええ。本当に奇遇ですね♪」
Hs129「帝都へ買い物?」
Bf109「貴方を迎えに来ました」
Hs129「僕は今日、休みのはずだけど」
Bf109「補習を終えた者に限って、です」
Bf109が、紙束をHs129の前へ差し出す。
Bf109「未提出、七十枚です♪」
Hs129「七十……?」
Bf109「はい。一日あれば終わりますよね?」
Hs129「終わらないよ」
Bf109「終わるまで、私がお手伝いします」
Hs129「その言い方で安心できたこと、一度もないんだけど」
Bf109が、Hs129の肩へ優しく手を置く。
Hs129「勇翔」
勇翔「頑張ってください」
Hs129「雷電」
雷電「提出物は期限内に終わらせるべきです」
Hs129「味方がいない」
Bf109「では、参りましょうか♪」
Hs129「Nein――! せめて昼食を食べてからにして!」
連行されていくHs129の声が、市場の入口から遠ざかっていった。
残された紙袋を、勇翔が見下ろす。
勇翔「食料も連れていってほしかったんですが」
雷電「あとで届けましょう」
*
午前十時四十一分。
中央市場、北側通り。
「ねえ……あの男」
「見ない方がいい」
「外から来た、男のDOLLSだろ?」
「どうして帝都を歩いてるんだ……」
すれ違う者たちの視線が、勇翔へ向けられる。
好奇心。
警戒。
中には、隠そうともしない嫌悪も混じっていた。
この世界で男性型のDOLLSは珍しい。
しかも勇翔は、どの学連の制服とも異なる服装をしている。
昨日の空戦を見た者が、根拠のない噂を広めていても不思議ではなかった。
勇翔「……」
雷電「気になりますか?」
勇翔「少し。服を変えれば、目立たなくなるかと思ったんですが」
雷電「服の問題ではないと思います」
勇翔「ですよね」
雷電「ですが、全員が嫌っているわけでもありません」
雷電が、勇翔の持つ紙袋を一つ受け取る。
雷電「少なくとも、私は一緒に歩きたいと思っています」
勇翔「……ありがとうございます」
雷電は、前を向いたまま僅かに笑った。
北側通りは、中央市場ほど混雑していない。
雷電が店先に飾られた小物へ目を留めた時、勇翔は仕立屋の店員に呼び止められた。
「お客様。先ほどお買い上げいただいた上着ですが、留め具を一つお渡しし忘れまして」
勇翔「ああ、分かりました」
勇翔が数歩だけ店へ戻る。
留め具を受け取り、通りへ出た時には、雷電の姿が消えていた。
勇翔「雷電?」
少し先の路地から、低い男の声が聞こえる。
「大人しくしろ」
勇翔が走る。
*
細い裏路地で、三人の男が雷電を囲んでいた。
一人は、P08拳銃を握っている。
銃口は、雷電の脇腹へ押し当てられていた。
もう一人が手首を掴み、壁へ押しつける。
雷電「触らないでください」
「その割には、抵抗しないんだな」
雷電「ここは市街地です。銃を下ろしなさい」
「だったら、大声を出すな。表の連中も驚くだろうが」
男が、雷電の肩へ手を伸ばす。
「トンネルスネークへ来い。悪いようにはしねえよ」
雷電「断ります」
「選べると思ってんのか?」
拳銃を持った男が、銃口をさらに押しつけた。
雷電の身体が強張る。
戦場で砲弾を受けることと、見知らぬ男から至近距離で銃を向けられることは違う。
周囲には、買い物中の市民がいる。
撃たれれば、流れ弾が誰へ向かうか分からない。
雷電は戦えないのではない。
男の背後を、買い物袋を抱えた親子が横切る。その姿が消えるまで、雷電は掴まれた腕を引かなかった。
勇翔「その手を離せ」
三人が振り返る。
「何だ、お前」
勇翔「聞こえなかったか?」
勇翔は、紙袋を地面へ置いた。
勇翔「雷電から手を離せ」
「英雄気取りか。失せろ」
路地の入口にいた男が、勇翔を追い払おうと近づく。
腕を伸ばした瞬間、勇翔がその手首を取った。
一歩踏み込み、肘を返す。
「がっ――」
男の身体が宙を回り、石畳へ叩きつけられた。
男は肩から落ち、息を詰まらせたまま起き上がれなくなる。
「てめえ!」
二人目が勇翔へ気を取られ、雷電を掴む手を緩めた。
雷電が手首を振りほどく。男は舌打ちし、今度は勇翔へ殴りかかった。
勇翔は拳を外側へ流し、懐へ入った。
掌底が顎を跳ね上げる。
膝が鳩尾へ入る。
男は声も出せず、その場へ崩れ落ちた。
拳銃を持った男が、慌てて銃口を勇翔へ向ける。
勇翔は射線から半歩外れ、銃を持つ手を両手で包んだ。
銃口を壁へ向ける。
手首を捻る。
P08が石畳へ落ちた。
「離せ!」
勇翔「断る」
勇翔の肩が、男の胸へ入る。
壁へ激突したところで、足を払う。
倒れた男の腕を背中側へ固定した。
勇翔「動けば、肩が外れる」
「くそっ……!」
勇翔は男のベルトで両手を縛り、落ちたP08を拾う。残る二人も、雷電とともに武器を取り上げて拘束した。
トグルを僅かに引く。
薬室は空だった。
だが、弾倉には九ミリ・パラベラム弾が装填されている。
勇翔「脅すだけのつもりだった、では済まないな」
安全を確かめ、男たちの手が届かないよう拳銃を預かる。
それから、雷電へ向き直った。
勇翔「怪我は?」
雷電「ありません」
勇翔「よかった」
雷電が、一歩近づく。
次の瞬間、勇翔の胸へ強く抱きついた。
勇翔「雷電?」
雷電「……怖かったです」
声が震えていた。
勇翔は、すぐに抱き返さなかった。
雷電が離れようとしないことを確かめてから、背中へ片手を添える。
勇翔「僕がいます」
雷電「少しだけ、このままで」
勇翔「ええ」
勇翔は空いた手で端末を取り出し、都市警備隊へ通報した。
倒れた三人の特徴、武器、場所を伝える。電話口の担当者は巡回班を向かわせると答え、勇翔たちには近くの中央公園で事情聴取を待つよう指示した。
店先から顔を出した仕立屋の主人にも、巡回班を路地へ案内してほしいと頼む。
通報を終えた後も、雷電の震えは完全には止まらなかった。
勇翔「警備隊とは公園で落ち合います。ここを離れましょう」
雷電「はい」
拾い集めた紙袋を、店の主人が預かってくれた。勇翔は礼を言い、雷電と通りへ出る。
*
午前十時五十七分。
帝都中央公園。
芝生の中央では、噴水が規則正しく水を噴き上げている。
子供たちが走り回り、木陰では年配の女性たちが話し込んでいた。
人目があり、見通しもよい。北西の出口には巡察所の看板も見えるが、窓口に人の姿はなかった。
勇翔は、噴水から少し離れたベンチへ雷電を座らせた。
勇翔「水を買ってきます」
雷電「行かないでください」
立ち上がりかけた勇翔の袖を、雷電が掴む。
雷電「すみません。今は、少しだけ……」
勇翔「謝らなくていいです。ここにいます」
勇翔が座り直す。
雷電は深く息を吸い、ゆっくり吐いた。
何度か繰り返すうちに、肩の力が少しずつ抜けていく。
雷電「勇翔」
勇翔「はい」
雷電「膝を、借りてもいいですか?」
勇翔「……膝?」
雷電「嫌なら、断ってください」
雷電が見上げる。
不安と遠慮が混じった目だった。
勇翔「嫌ではありません」
雷電「では、少しだけ」
雷電が、勇翔の膝へ頭を預ける。
人目の多い公園である。
当然、周囲の視線が集まった。
「お母さん、あの人たち何してるの?」
「疲れた人を休ませてあげてるの。邪魔しないの」
「青春ねえ」
「若いっていいわね」
勇翔は前だけを見る。
耳が熱い。
勇翔「……目立っていますよ」
雷電「私は、先ほどより落ち着きました」
勇翔「それなら、構いません」
雷電「ありがとうございます」
雷電が目を閉じる。
勇翔は迷ってから、髪へ触れた。
一度だけ、ゆっくり撫でる。
雷電の呼吸が穏やかになった。
*
同時刻。
黒十字帝国学連、補習室。
Hs129「し、死ぬ……」
Bf109「あと七十枚ですよ♪」
Hs129「一枚も減ってない!」
Bf109「まだ名前しか書いていませんから」
Hs129「名前を書く欄が小さすぎるんだよ」
Bf109「そこへ五分も使った人は、初めて見ました」
Hs129「勇翔たちは今頃、楽しく買い物してるんだろうなあ……」
Bf109「余所見をすると、追加しますよ♪」
Hs129「Nein――!」
*
どことも知れない場所。
一面に、赤い彼岸花が咲いている。
空はない。
風もない。
それでも花だけが、何かの呼吸に合わせるように揺れていた。
銀は、サプレッサーを装着した狙撃銃を膝へ置いている。
隣には、凛が座っていた。
銀「よろしいのですか?」
凛「何が?」
銀「雷電という方です。勇翔中尉と、随分親しく見えます」
凛「そうね」
銀「今でも、勇翔中尉を愛しているのでしょう?」
凛「愛してるわよ」
凛は迷わず答えた。
凛「だからこそ、私のところへ来ることだけは望んでいない」
銀「……」
凛「私は死んだ。勇翔君は生きてる。死んだ人間が、生きている人の時間を止めるべきじゃないでしょう?」
銀「強いのですね」
凛「強くないわよ。少しくらいは妬くし、寂しいとも思う」
凛が、花の向こうに浮かぶ景色を見る。
公園のベンチ。
雷電へ膝を貸す勇翔。
凛「でも、あの子が勇翔君を生きている方へ引っ張ってくれるなら、私は邪魔したくない」
銀「では、なぜ監視を?」
凛「勇翔君だから」
銀「説明になっていません」
凛「蓮中尉の弟よ。少し目を離しただけで、必ず面倒ごとに巻き込まれるもの」
凛が笑う。
凛「信用していないんじゃないの。問題を引き寄せる才能だけは、信用しすぎているのよ」
銀「それなら、すでに当たっています」
銀が立ち上がる。
彼岸花の中に、黒い裂け目が開いた。
凛「座標は?」
銀「受領しました」
凛「勇翔君を、生きている方へ帰してあげて」
銀「死人使いが荒いですね」
凛「お互いさまでしょう?」
銀は鉄帽を被り、銃を持ち上げる。
黒い裂け目へ踏み込む直前、一度だけ凛を見る。
銀「行ってまいります」
凛「行ってらっしゃい」
*
午前十一時九分。
帝都中央公園。
勇翔の端末が、短く震えた。
表示された名前を見て、呼吸が止まる。
《銀》
見覚えのない番号ではない。番号そのものが表示されていなかった。
この世界で使っている端末に、登録した覚えのない名前だけが浮かんでいる。
勇翔は雷電を起こさないよう、通話を開いた。
勇翔「……もしもし」
銀『お久しぶりです、勇翔中尉』
忘れるはずのない声だった。
勇翔「銀……?」
銀『はい』
勇翔「そんなはずはない。銀は、あの時――」
銀『死にました。それについては、私も否定しません』
勇翔「なら、どうして」
銀『今は説明している時間がありません。右斜め上、時計塔の隣をご覧ください』
勇翔が視線を上げる。
少し離れた建物の屋上で、レンズが一度だけ光った。
勇翔「そこにいるのか?」
銀『ええ。凛少尉の命令で、貴方を監視しています』
勇翔「凛まで……」
銀『感動の再会は後にしてください。先ほど制圧した三人は、トンネルスネークという武装集団の構成員です。そのうち一人が首魁の息子でした』
勇翔「殺してはいない」
銀『相手は、そう聞かされていません。武装した追跡班がこちらへ向かっています』
勇翔「都市警備隊へは通報した」
銀『その公園で待てと、言われませんでしたか』
勇翔「……どうして、それを?」
銀『相手の無線に、貴方たちの待機場所が流れました。誰が漏らしたのかまでは分かりません。いま来る人間を、巡回班だと思って待たないでください』
勇翔が、膝の上の雷電を見る。
雷電は目を開けていた。
通話内容を聞いていたらしい。
雷電「私は歩けます」
勇翔は短く頷き、端末の位置情報画面を雷電へ見せた。彼女が自分の端末で場所を読み取り、代理人への連絡を始める。
銀『公園の北西出口から出て、時計塔の南隣へ。改装中の酒場があります。裏口は開けてあります。建物を挟めば、少なくとも公園の人々を巻き込まずに済みます』
勇翔「分かった」
銀『急いで。もう公園へ入っています』
「いたぞ!」
遠くから、男の声が上がる。
勇翔が通話を切り、立ち上がる。
勇翔「走れますか?」
雷電「はい」
二人が北西出口へ向かう。
背後から複数の足音が迫る。雷電が振り向いた、その瞬間だった。
出口脇に立っていた男が腕を伸ばし、雷電の袖を掴む。彼女は振り払ったものの、縁石に踵を取られ、膝をついた。
雷電「っ……!」
勇翔「失礼します」
勇翔が雷電を抱き上げる。
いわゆる、お姫様抱っこだった。
雷電「勇翔、これは――」
勇翔「説明は後です」
勇翔が走る。
「待て!」
一人の追跡者が、横から雷電の腕を掴もうとした。
勇翔が身体を回し、伸びてきた腕を蹴り払う。
勇翔「俺の雷電に触るな!」
言った直後、勇翔自身が僅かに目を見開く。
雷電も、同じように勇翔を見ていた。
「そっちじゃない! 工事で行き止まりだ!」
公園の売店から、男が通りを指さした。
「右の路地なら抜けられる! 急げ!」
勇翔「ありがとうございます! 皆さんも中へ!」
男は近くの子供たちを店内へ押し込み、二人が通り過ぎるのを見届けてから入口を閉めた。
市場で向けられた視線のすべてが、敵意だったわけではない。
勇翔は雷電を抱えたまま、教えられた路地へ飛び込んだ。
雷電「代理人に繋がりました。位置も送っています」
勇翔「助かります。しっかり掴まっていてください」
雷電は頷き、勇翔の肩へ回す腕に力を込めた。
*
時計塔隣、建物屋上。
銀は伏射姿勢のまま、狙撃銃のボルトを操作した。
照準器の先では、別の建物へ上った男たちが狙撃銃を展開している。
傍受した無線から、怒鳴り声が流れた。
ビモ『息子をやった男を殺せ! 女は生かして連れてこい! 狙撃班も装甲班も全部出せ!』
「狙撃班、配置につきました」
ビモ『撃てるなら撃て! 情けはいらん!』
銀が送信機を切り替える。
銀「通信から指揮所を特定。第二拠点、二階北側。追跡者は確認できただけで二十三。周辺に民間人多数」
人間の声とも、機械音ともつかない通信が返る。
『了解。信少佐、竜大尉を第二拠点へ。首魁確保、指揮系統遮断』
銀「了解」
銀は再び照準器を覗く。
敵狙撃手の一人が、雷電を抱えて走る勇翔へ銃口を向けていた。
銀は胸元の十字架へ一度だけ触れた。
銀「……主よ、あの二人に帰る道を」
呼吸を止める。
引き金を絞る。
抑制された銃声。
敵狙撃手が、銃から手を離して倒れる。
即座にボルトを引く。
二人目が異変へ気づき、倒れた仲間の銃を引き寄せる。逃げる二人へ向け、まだ撃つつもりだった。
二発目。
男が銃とともに屋上へ倒れ込んだ。
残る二人が遮蔽物へ隠れる。
一人は銃を置いた。
もう一人は、位置を変えて射撃を続けようとする。
銀は、銃を置いた者を撃たなかった。
射撃姿勢へ入った最後の一人だけを追う。
三発目。
敵の狙撃銃が屋上へ転がった。
銀は照準器から目を離さない。
銀「脅威、沈黙」
*
午前十一時十六分。
時計塔南側、改装中の酒場。
勇翔は裏口から店内へ入り、扉の錠を掛けた。
改装中の店には、客も従業員もいない。
椅子は卓上へ上げられ、棚の酒瓶には白い布が掛けられている。
正面扉には、《改装中・立入禁止》の札が下がっていた。
勇翔「今日は、酒場に縁があるな……」
雷電「知っているのですか?」
勇翔「別の店です。今朝の運転手に、北側のバーを勧められました」
雷電「では、次はそちらへ。自分の足で入りたいです」
勇翔「ええ。今度は正面から」
雷電を長椅子へ座らせる。
雷電「もう、脚は動きます」
勇翔「足首は?」
雷電は靴底を床へつけ、立ち上がる。痛むのは石畳で擦った膝だけだった。袖を掴まれた右手には、まだ小さな震えが残っている。
雷電「戦えます」
勇翔「無理はしないでください」
雷電「ですが――」
勇翔「入口は僕が見ます。雷電は、連絡と反対側の警戒をお願いします」
雷電が言葉を止める。
勇翔「全部は見切れません。僕が見落とした相手がいたら、教えてほしい」
雷電「……分かりました。二人で守ります」
勇翔が頷く。
雷電の端末に、代理人からの返信が届く。
位置確認済み。学連の救援車両を向かわせる。現地警備隊については、警備本部へ直接照会中。
続けて送られてきた車両番号と隊の識別標識を、雷電が勇翔へ読み上げた。
勇翔は店内を見回す。
厨房に武器になるようなものはない。
工事用の道具箱を開けると、先端へ大きな継手の付いた鉄管が一本入っていた。
勇翔は重さと長さを確かめる。
勇翔「これなら使える」
奪ったP08の安全状態も確認する。
弾倉には八発。
薬室へ一発送る。
その直後、裏口が激しく叩かれた。
「開けろ!」
「逃げ場はねえぞ!」
別の足音が、正面側へ回る。
雷電「正面に二人。裏に四人です」
勇翔「了解。カウンターの内側へ」
雷電が身を低くする。
正面のガラス扉の向こうには、逃げ惑う人影がまだ見えていた。
勇翔は裏口から数歩下がり、鉄管を右手へ持った。
蝶番が軋む。
二度目の衝撃。
三度目で、扉が内側へ倒れた。
ナイフを持った男が、最初に飛び込む。
「死ね!」
勇翔は斜め前へ出た。
ナイフを持つ手首へ、鉄管を落とす。
骨の折れる鈍い音。
刃物が床へ落ちる。
返す一撃を太腿へ入れ、最後に鳩尾を突いた。
男は息を詰まらせ、床へ転がった。
二人目が斧を振り上げる。
勇翔は、倒れた男を蹴って進路へ滑らせた。
「うわっ――」
斧の男が足を取られる。
振り下ろされる前に懐へ入り、顎へ肘を当てる。
鉄管を横へ払う。
脇腹へ受けた男が、壁へ激突した。
三人目はハンマーを持っていた。
正面から振りかぶらず、勇翔の退路を塞ぐように低く構える。
勇翔「その持ち方は、少しは訓練してるな」
「舐めるな!」
ハンマーが横薙ぎに来る。
勇翔は鉄管で受けず、上体を引いて避けた。
相手の腕が伸び切った瞬間、踏み込む。
前腕へ一撃。
落ちたハンマーを蹴り飛ばす。
膝裏を打たれた男が崩れ、首筋へ鉄管を突きつけられた。
勇翔「動くな」
正面から、ガラスの割れる音がした。
雷電「銃!」
雷電の警告と同時に、勇翔が床へ伏せる。
銃弾が酒瓶の棚を砕いた。
正面から入った二人が、拳銃を構えている。
勇翔は鉄管を捨て、P08を抜いた。
カウンターの端から、照準をつける。
二発。
一人目が倒れる。
もう一人が雷電へ銃口を向けた。
さらに二発。
男の身体が後方へ崩れた。
裏口に残っていた四人目が、勇翔の横を抜けようとする。視線の先には、カウンターへ退いた雷電がいた。
雷電「こちらへ来ないで」
カウンターの陰から伸びた雷電の脚が、男の足を払う。
倒れたところへ勇翔が駆け寄り、腕を固定した。
勇翔「終わりだ」
「離せ!」
勇翔「学連の救援が来るまで、そこで伏せていろ」
勇翔は男のベルトを外し、両手を後ろで拘束した。
他の三人も、動ける者から順に縛る。
銃撃してきた二人の武器を蹴り離し、呼吸と脈を確認した。
一人は息がある。
もう一人は、動かなかった。
返ってこない脈を、勇翔はもう一度だけ確かめた。
それから雷電に、負傷者がいることも代理人へ伝えるよう頼む。彼女は既に端末を握り直していた。
雷電「勇翔」
勇翔「大丈夫です」
P08の弾倉を確かめる。残る弾は、薬室内の一発を含めて四発。
勇翔は弾倉を戻し、割れた正面扉へ向き直る。雷電が清潔な作業布を見つけ、息のある男の傷口へ押し当てた。
雷電「私も一人、止めました」
勇翔「助かりました」
雷電「二人で守ると、言いましたから」
遠くで、警報音が聞こえ始める。
*
同時刻。
トンネルスネーク、第二拠点。
二人の男が、建物の向かい側から警備を観察していた。
一人は渡邉信。
もう一人は竜。
本来なら、どちらもこの世界にいるはずのない人間だった。
信が指を二本立てる。
正面警備、二名。
竜が裏手を示す。
非常口に一名。
その全員が、銃を携行している。
信「首魁は二階北側。生け捕り。記録類も回収」
竜「民間人は?」
信「手を出すな。武器を捨てた者も撃つな」
竜「了解」
二人が別れる。
非常口の警備員が、煙草へ火をつけようと俯く。
警備員が顔を上げた時には、既に竜が目の前にいた。
銃を抜く間もなく壁へ押しつけられる。抵抗しかけた腕を取られ、床へ伏せさせられた。
何が起きたのか理解するより先に、両手が拘束されていた。
正面では、信が物陰から小石を投げる。
音へ反応した一人が持ち場を離れた。
角を曲がった瞬間、腹へ拳を受ける。
声を出す前に顎を打たれ、意識を失った。
残る一人が異変に気づき、銃を上げる。
抑制された射撃音が一度だけ鳴った。
警備員が短い悲鳴とともに武器を落とす。片腕を押さえ、壁へずり落ちた。
信が距離を詰め、床へ押さえ込んだ。
信「ビモはどこだ?」
「二階……一番奥だ」
信「警備は?」
「二階の廊下に、二人。中は知らねえ。妻と……子供もいる」
信が竜を見る。
信「家族を巻き込むな」
竜「言われなくても、そのつもりだ」
竜は負傷した男へ止血用の布を押し当てさせた。生きている者を拘束し、全員の武器を離してから、二人は建物へ入る。
廊下の角。
信が手を上げる。
足音が近づく。
鼻歌を歌う男が姿を現した瞬間、竜が腕を取る。
壁へ押しつけ、銃を奪う。
信が鳩尾へ一撃を入れた。
男は息を詰まらせ、膝をついた。二人はその両手を拘束し、通路脇へ退かせる。
階段前の扉には、鍵が掛かっている。
竜が工具を差し込もうとする。
信が止めた。
扉を三度叩く。
「何だ? 鍵でも落としたのか?」
内側から鍵が外れる。
扉が開いた瞬間、信が相手の銃身を上へ跳ね上げた。
扉を開けた男を信が押さえ込み、竜が室内へ入る。
奥にも二人。
一人は銃を抜こうとしている。
もう一人は、状況を理解できていない。
竜「武器を捨てろ!」
一人が従う。
もう一人は引き金へ指を掛けた。
信の89式が、二発だけ火を噴く。
武装した男が倒れた。
従った者は撃たれなかった。
結束具で両手を固定され、扉を開けた男と並べて床へ伏せさせられる。
信と竜は階段を上がる。
二階北側。
目的の部屋の前には、二人の護衛がいた。
信が左。
竜が右。
二人が同時に動く。
銃口が上がるより早く距離を詰め、壁へ押しつける。
片方は銃床で顎を打たれ、もう片方は腕を極められて床へ倒れた。
護衛の無線機から、まだ先ほどの報告を促す声が流れていた。
二人が返事をすることはなかった。拘束された手首を背に回され、壁際へ座らされる。
部屋の中から、ビモの怒鳴り声が聞こえる。
ビモ「まだ殺せないのか! 全部使えと言っただろう!」
「貴方、落ち着いて」
信「配置」
信が扉の横へ立つ。
竜が腰の閃光発音筒へ手を伸ばしかけ、止めた。
扉の向こうに、子供がいる。
信が竜と目を合わせる。二人は短く頷き、扉を押し開いた。
ビモ「何だ、お前ら――」
怒鳴り声が止まる。
二人が部屋へ入る間、ビモは廊下を見ようとしていた。そこにいるはずの護衛が、一人もついてこない。
ビモが机の引き出しへ手を伸ばした。
信「手を止めろ!」
止めない。
引き出しから拳銃が出る。
銃口を上げ切るより早く、机の脇へ回った竜がビモの腕を押さえた。
引き金が引かれる。弾丸は壁へ突き刺さり、妻が悲鳴を上げた。
それが、ビモにできた最後の抵抗だった。
床へ引き倒され、拳銃を奪われる。信の靴が武器を遠ざけた時には、両腕は背中へ固定されていた。
「主人に何をするの!」
妻が立ち上がろうとする。
信「動くな。貴女と子供は標的ではない」
信の声は低いが、銃口は向けていない。
隣室から、赤子の泣き声が聞こえた。
竜「子供を確認する」
竜が隣室へ入る。
部屋の隅に、ベビーベッドがあった。
赤子は、先ほどの銃声に驚いて泣いていた。
竜は室内に誰も隠れていないことを確かめ、銃口を下げる。
竜「乳児一名。外傷は見えない」
信「母親を呼べ」
ビモの妻は、入口で足を止めた。
抱いてもいいのかと、目だけで訊いている。
竜がベビーベッドから離れ、道を空ける。
竜「貴女の子だろう」
彼女はようやく駆け寄り、赤子を胸へ抱き上げた。泣き声は、すぐには止まらなかった。
信はその背中を一度だけ見て、書斎へ戻る。
机に置かれていたビモの無線機を拾う。
送信状態へ切り替えた。
信「トンネルスネーク各員へ。首魁ビモは確保した。武器を捨てろ。これ以上戦えば、戻る場所はない」
「誰だ、お前は。ボスを出せ!」
返事の代わりに、ビモが呻く。
少し間を置いて、別の声が割り込んだ。
「本当に本部がやられてる。引け、引け!」
端末を持った竜が、書斎の机と開かれた帳簿を撮影していた。そこには金額だけでなく、警備隊員らしき名前も並んでいる。
竜「記録を押さえた。引き渡し先は?」
信「銀が手配している。到着までは、ここを離れるな」
ビモが床から二人を見上げた。
ビモ「お前ら、何者だ……」
答えは返らない。
ただ、男たちの軍服にある部隊章だけは見えた。この帝都では、一度も目にしたことのない意匠だった。
*
午前十一時三十一分。
時計塔南側、改装中の酒場。
外を走っていた足音が、途絶えた。
勇翔の端末へ、再び銀から着信が入る。
勇翔「こちら勇翔」
銀『首魁を確保。追跡班は撤退を始めました。幹線道路から、学連の車両が二台近づいています』
勇翔「信頼していい部隊か?」
銀『前面に白い帯が二本。番号を読みます。そちらの連絡先と照合してください』
銀が告げた番号と、代理人から届いた番号が一致する。
雷電が救援隊へ直接呼びかけ、到着予定も確認した。あと五分。
勇翔「了解」
一拍置く。
勇翔「銀」
銀『はい』
勇翔「本当に、銀なんだな?」
銀『少なくとも、上海で貴方が煙幕を待たずに飛び出そうとしたことは覚えています』
勇翔は息を呑んだ。
今朝、小貝へ語ったばかりの光景だった。発煙弾を投げたのは銀だ。二本しかありませんと答えた声まで、急に鮮明になる。
勇翔「……なら、会って話せ。どうして生きている?」
銀『まだ、それには答えられません』
勇翔「凛もいるのか?」
銀『ええ』
勇翔が目を閉じる。
聞きたいことが多すぎた。
言いたいことも、それ以上にあった。
銀『勇翔中尉』
勇翔「何だ?」
銀『凛少尉から伝言です。《生きている人の手を、離さないで》』
通話が切れる。
勇翔は、しばらく端末を見つめていた。
雷電「凛という方は?」
勇翔「中国で亡くなった、恋人です」
雷電は、握りかけた手を止めた。
勇翔「そのはずなんです。僕は……」
続きを言おうとして、声が出なかった。
雷電にも、分からないことばかりだった。だが、端末を握る勇翔の指が震えていることだけは分かる。
彼女は、空いている方の手をそっと取った。
雷電「今すぐ、全部話さなくて大丈夫です」
先ほど公園で勇翔がそうしたように、返事を急がせず、隣にいる。
少しして、勇翔の指が握り返してきた。
勇翔「……ありがとうございます」
*
午前十一時三十六分。
学連の救援車両が、酒場の前へ停まった。
雷電は車両番号と隊員の所属を確かめ、勇翔へ頷く。
医療員が店へ入る。勇翔は確保した拳銃を隊員へ渡し、店内の負傷者と拘束者について説明した。
ようやく役目を引き継げたところで、張り詰めていた肩が下がる。
救援隊長の無線から、別動班の報告が聞こえた。
『通報された第二拠点へ到着。首魁と思われる男を確保。拘束は既に済んでいました。母子二名も保護しています』
「制圧した部隊は?」
『見当たりません。奥の部屋で無線を使っていたと、女性が……』
勇翔が顔を上げた。
車両へ乗る前に、一度だけ時計塔の方を見る。
屋上には、誰もいなかった。
上海では銀の煙幕を待ち、今日は銀の声に従って走った。
姿を確かめられないままでも、誰がどこを見てくれているのか分かった。その感覚を、勇翔の身体は忘れていなかった。
だからこそ、恐ろしかった。
電話の向こうにいた銀も、彼女が名を出した凛も、確かに死んだはずなのだ。
端末の履歴を開く。銀の名を探す。
そこには、都市警備隊へ掛けた通話しか残っていなかった。
はい。
どうも、素人小説書きです
さて、赤ん坊は死んだのか?それの答えはいずれ書くとしましょう
次回は…残党狩りですかね
それでは
コメントなどお願いします。
2026年9月19日リメイク完了
ヒロイン
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