陸自はドールズフロントライン、海自は艦これとアズールレーン、空自はアッシュアームズ三つの世界でバラバラになりながらでも生き残る 作:ゴーストライターとかした、素人小説書き
この小説は、シリアスとギャグが少し入っています。
それがいやな方は、上にある矢印ボタンでブラウザバックを推奨します。
それでも、大丈夫な方はご覧ください。
市役所内 鉄血司令室
ドォォォォォン……
「うわっ!?」
「な、なんだ!?」
床が一瞬波打つように揺れ、天井の配線がびりびりと震え、モニターの画面にノイズが一斉に走る
モニターで監視していた鉄血の人形と、レッドカンパニーの兵士達が一斉に立ち上がりざわつき始めると…
ズゥゥゥン……
低い唸りと共に、赤い非常灯に染まっていた司令室が暗闇に変わり、暗い中で光っていたメインモニターの列もものの数秒で一斉にブラックアウトする。
「モ、モニターが!?」
「クソッ!!いったい何が起きたんだ!?」
怒鳴り声と足音が飛び交う中、中央の椅子にふんぞり返っているキングだけが、まるで別世界の人間のように微動だにしない。
キング「…」ゴソゴソ
キングはゆっくりと胸ポケットに手を入れる。
カチッ…ジュボッ…チリチリ…フゥ…
取り出した煙草に火をつけ、紫煙をゆっくり吐き出す
キング「…」
動揺している兵士達と違い、彼は全く慌てていないどころか、足を組んでリラックスしている
キング「…(…まさか市役所に強襲ではなく、配電盤を吹き飛ばすとはな…ここまでやられれば、相手はもう想像がつく…死にかけの人形一体と……新ソ連のスペツナズだな……チッ……まさか特殊部隊を送ってくるとは予想外だな…)」
点と点がつながるとは、まさにこういうことだろう。
だが、キングには決定的な誤算がひとつあった。
もう一人の特殊部隊は、ロシアの有名なスペツナズではなく……
日本の特殊部隊だ。
市役所
非常口
ガチャ…
蓮「……」スッ…
重い非常口の扉をゆっくりと開き、小さな隙間から扉の向こうをみる。
蓮「……」サッ…パタン…
暗闇に人の気配を感じず、すぐさま中に入って扉をゆっくり閉じる。
そのまま壁に身を寄せ、低く腰を落として小銃を構えた。
中は暗闇で何も見えない。 湿ったコンクリの匂いと、自分の呼吸だけがやけに大きく感じる。
蓮「……(非常灯がついてない…ナイトビジョンが無いと視界の確保が難しいが…まあ、相手も同じか…急いで彼女の仲間…G3を見つけないと)」
足音を立てず、銃を構えながら前に進む…
鉄血司令室
「おい!いつまでこの状態が続くんだ⁉このままじゃあ、敵の侵入に気付かんぞ!!」
「わ、分かっていますが、通信機での呼びかけにも反応しないようで…どうすることも──」
怒鳴り返そうとした瞬間、兵士の頬に拳が横から叩き込まれた。
(ブンッ!)
「ぐふぁっ!?」
「反応がないなら貴様の足で聞いてこいノロマが!!」
「は、はい…」ガチャ!バタン…
殴られた彼はそのまま急いで司令室から出ていく
「クソが!使えないガキが…」
キング「フン…お笑い草だな」
「何…?」
キング「自分を何とか保とうと暴力に走る貴様が一番滑稽だ…今一番状況を理解できていないのは貴様だぞ」
「…カンパニーの御曹司ごときがCEOの側近である私に侮辱するのか?この無能」
カチャ、とキングが腰のホルスターから拳銃を抜いたかと思うと、そのまま迷いなく引き金を三度絞った。
バンッ、バンッ、バンッ!!
「ぐあっ…」
側近は言葉の続きを吐き出すことなく、椅子ごと後ろに倒れ込んだ。
キング「今の状況に、こちらには一切の余裕がないのでね、申し訳ないが死んでくれ」ニコッ
爽やかな笑顔で側近に謝罪するが、もう相手は死んでいる
そのまま謝罪を軽く済ませたキングは拳銃をホルスターに戻し、凍り付いた兵士達に指示を出す。
キング「…通信兵」
「はい」
キング「たった今、小隊長クラスの座が空いた。君が代わりだ。その肩書きを使って、通信塔と配電盤の修復に必要な人員をかき集めろ。
最低限、機能さえ戻せばいい」
「了解しました…工兵をお借りしても?」
キング「構わん、今は時間が欲しい…早ければ早いほど形勢はこちらに傾く…好きなだけ動け」
「ハッ!」サッ…
キング「…監視員」
「は、はい!」
キング「君の足で即応部隊を叩き起こせ、市街地と市役所周辺の防備を強化しろ」
「りょ、了解しました!」
キング「…残りは、電力が復旧するまで待機だ…私は少し副官と鉄血の奴と話す」
「は、はい…あ、あの」
キング「ん?」
「し、市役所の警備は…」
キング「おお…君は意外に頭が回る奴みたいだな…そうだな…私の小隊一つを使え、ほれ」ぽいっ
キングは腕章を指で弾くように投げ渡した。
「え、わっ!?」
キング「頭が回る人間は好きだ…今からお前のコールサインはポーン01で決まりだ」
ポーン「えっ!?わ、分かりました!」
キング「じゃ、あとは任せたよポーン01」ガチャ…バタン!
一通り指示を終えたキングは早々と司令室から出ていく
市役所通路
蓮「…」スッ…
壁際に体を寄らせながら、着々と内部の中心に向かう
蓮「…(どこかに地図があればいいんだが…如何せん複雑だからしらみつぶしに探すしかない…)」
敵がいる以上、大胆な行動は取れない。時間をかけて、捕虜がいそうな場所を一つずつ潰していくうちに…
タタタタタ……
蓮「…(敵…いや、革靴の音?職員か?…少し試すか)」カチャ…
遠くからこちらに向かって足音が聞こえた瞬間、小銃をスリングに預け、ホルスターから拳銃を抜き、もう片方の手でライトを持ち相手が来るのを待ち構える
「はぁ、はぁ、はぁ…」
息を荒げる事務員は、暗い廊下を殴られた頬の痛みに耐えながら夢中で駆けていると……
ビカッ!!!
「うわっ!?な、なんだ!?」
突然、暗闇の奥から強力なライトが顔面を焼くように照らしてきた。
???「おい!あんた誰だ!?」
突然知らない声が響く
「え!?わ、私は司令室の事務員です!!う、撃たないで!!」
???「事務員?何でここにいるんだ!?任務はどうした!」
「わ、私は今から状況を確認しようと地下の尋問室にいる兵士たちの方に向かおうと…」
突然の事と眩しい光で相手の姿が見えない中、光を手で隠しながら情報をべらべらと話していると…
???「そうか…ん?おい、後ろのあれは何だ?」
「え?後ろ?」クルッ…
後ろに何かいるのかと、振り向いた瞬間
パッ…
「え」
ガシッ!!
「ギッ!?」
蓮「悪いな」ググググ……
「こ、殺さな…」ガクッ…
蓮「非戦闘員は殺さん」ズルズル…
首を絞めて気絶させると、そのまま事務員を引きずって近くの掃除ロッカーまで運び、そっと中に押し込む。
蓮「尋問室か…やっぱり正規の軍じゃあなさそうだな」カチャ…
拳銃をホルスターにしまい、小銃を構えなおして捕虜が居そうな地下に向かった。
蓮「…(多分相手は捕虜を殺す事に躊躇ない…出来るだけ、見つからない様に誘導しないとな)」
出来る限りそして、最大限にどのルートで動けば見つからずに脱出できるのか、周囲への警戒を厳にしながら前に進む。
中央ロビー
中央ロビーには、割れたガラスと崩れかけた案内板が散乱し窓から差し込む月光に照らされて、薄暗い空間はどこか幻想的な雰囲気に包まれている。
かつては市民で賑わっていたであろう広いホールに、今は軍靴と革靴の足音だけが響いている。
「申し訳ございません……まさか鉄塔を爆破するとは。彼らにそこまでの装備が整っているとは予測できず……」
キング「事態に“予測外”は常に付き物だ。問題は、その予想外にどう対処するか……そこを誤らなければまだ巻き返せるさ、クイーン13」
クイーン「……はっ」
ロビー中央のベンチのそばで、キングは相変わらず余裕そうに煙草を指先で弄びながら答える。 その横で、重そうなコートを羽織った男が鼻を鳴らした。
「フン……そもそも“監視状態が完璧”なら、こんな状況にはなっておらんはずだがな?」
クイーン「貴様……!」
振り向きざまに睨みつけるクイーン13の腕を、キングが軽く制した。
キング「構わん、好きに言わせておけ……申し訳ないとは思っていますよ、ミスター・コロヴォ。こちらとしても、これでも最善を尽くしたつもりなんですがね」
コロヴォ「気に入らん若造め……貴様がカンパニーの御曹司でなければ、あの時“処理”した部下の件を持ち出して、今ここで首を吊らせているところだ」
キング「それはそれは……手加減していただき感謝しますよ」
口では柔らかく返しながら、キングの目はまったく笑っていない。
キング「(さて……悪趣味なスポンサーのご機嫌取りもこのくらいでいいか)」
彼は短く息を吐き、周囲を見回すと…
キング「おや、自力で目覚めるとは珍しいなエクスキューショナー」
ロビーの隅、壁にもたれていた大柄な影が、だるそうに伸びをした。
エクスキューショナー「んぁ〜……さすがにあれだけでけぇ“目覚まし時計”で起きねぇ奴はいねぇよ。で、何だ? またどっか吹き飛んだのか?」
キング「塔だ。通信と電源をまとめてやられた。グリフィンか、あるいは……」
一瞬だけ視線をコロヴォに向ける。
キング「“あなた方”の元同僚かもしれませんがね」
コロヴォ「戯言を…スペツナズなら、今頃ここは血の海に変わってるわ」
キング「それは、とても恐ろしいですな…」
キングは煙草をポケットに戻し、表情を切り替える。
キング「エクスキューショナー、お前は鉄血側の部隊と合流して市街地の外周を掃討しろ…逃げる獲物がいれば、好きに解体して構わん」
エクスキューショナー「へっ!やっと退屈しねぇ仕事が来たな…寝起きには丁度いい…」ガコッ……
大剣を肩に担ぎ、エクスキューショナーはロビーから出ていく
キング「クイーン13。
お前は上階に戻って残存戦力を再編しろ…通信塔と配電盤の復旧が最優先だ。
さっき言った“代わりの小隊長”にはそのまま仕事をさせろ」
クイーン13「了解しました」
クイーン13も足早にその場を後にする 残されたのは、キングとコロヴォだけになった。
コロヴォ「……本当に対処できるのだろうな、若造」
キング「できなければ、あなたが仰る通り、どこかで首を吊るしかないでしょうね」
キングは肩をすくめ、そのまま立ち上がる
キング「(さて……“予想外”の侵入者が一人とは限らない。こちらもそろそろ、盤面を整え直すとしようか…っと、その前に一つ確認しないとな…)ミスターコロヴォ」
コロヴォ「なんだ」
キング「この攻撃…スペツナズでは無いなら正規軍の介入ですかな?それとも第三者かな?」
元政府の出身者である彼が、先ほど「スペツナズではない」と遠回しに答えたことに、キングは引っかかりを覚えていた。
コロヴォ「……少なくとも、この動きは新ソ連でも“出来なくはない”が、今の状況では選択肢としては薄い。
グリフィンにも可能だが、あいつらはもっと動きが分かりやすいな……そう考えると第三者の傭兵か……どこかの“正義気取りの兵士”かもしれんな」
キング「正義気取り、ね……」
キングは小さく笑う。
キング「一番、始末に負えない連中だ。理念で動く奴は、金で動く奴より話が通じない」
コロヴォ「ならば尚更、早く片付けろ。
ここは我々が確保するための利権だ。
妙な連中に荒らされては困る」
キング「ええ、ご心配なく…
──盤面はこちらで整え直します」
軽く一礼すると、キングは踵を返しロビーを後にした 月光に照らされたガラス片だけが、その背中を歪んだ光で見送っていた…
蓮「……」ピタッ…
目的地である地下室に向かって廊下を進んでいると、蓮は突然足を止めた。
蓮「…(人の気配……二人……)」スッ…カチャ…
暗闇の中で感じる気配に、即座に銃を脇に寄せ、音を立てない様に銃剣をゆっくり抜く。
コツッ、コツッ、コツッ…カチャカチャ…
蓮「…(革靴…もう一つは、小銃のスリングが擦れる音…)」
曲がり角の向こうから、抑えた声が聞こえてきた。
「おい、いつになったらこの暗闇が消えるんだ? 暗くて何も見えんぞ」
「ハッ、申し訳ございません……ただいまキングの命令を受けた小隊が配電盤の確認に向かっておりまして、もうすぐ復旧するとの事…」
「フン……ガキの小隊は楽な任務で羨ましいもんだ……例の部屋の処理は聞いたか?」
蓮「…(例の部屋、ね……ほぼ確定だな。捕虜を“処分”する気か)」
壁に背中をぴったりと押し付け、足音の位置を耳で測る。
蓮「…(あと十歩……八……五……)」
二人が曲がり角を抜け、すぐ目の前を通り過ぎようとした瞬間
スッ……
闇から滑り出るように、蓮の影が二人の背後に回り込む
ドスッ!!
「グッ!?」ドサッ!
小銃を持っていた兵士の後頭部に、銃剣の石突が正確に叩き込まれ兵士はうめき声をあげる間も無く、その場に崩れ落ちる。
「なっ!?」
突然の出来事に動揺した瞬間、首元に腕が回り込む
ガシッ!!
「クッ……!?」
蓮の左腕が首を絞め、同時に右手の銃剣の刃先がわき腹にそっと触れる。
蓮「シー…」
拘束した敵に、低い声で囁く。
蓮「動くなよ?動いた瞬間、その体に傷がつくぞ?」
男の喉がごくりと鳴く。
「き、貴様…誰だ?」
蓮「答える義理もないし、貴様が質問する立場じゃないぞ…俺の質問に答えろ」
「れ、連絡将校の私に、こんな真似をしてただで済むと思うなよ……我々レッドカンパニーの後ろには(ググッ…)ぐっ!?」
蓮が腕に力を籠めると、男の声が途中で途切れる。
蓮「騒がしい奴は好きじゃない…聞きたいのは一つ…例の部屋ってのはどこだ」
「れ、例の部屋…? し、知らんな?」
蓮「しらばっくれるな、さっき言っただろう…例の部屋の処理を聞いたか?って…そこで何をしているかは大体察しはつく…場所を言え」
男は数秒だけ黙るが、わき腹に触れる冷たい刃は少し押し込まれた瞬間、観念したように開いた。
「…ち、地下だ……一番奥のブロック……地下倉庫の先にある鉄の扉が例の部屋だ…」
蓮「他は?」
「カ、カードキーとパスワードで、閉じられている…上着の内ポケットにカードキーが…」
蓮「数字は?誤魔化したら刺す」
「わ、分かった…言うぞ? 1224だ…」
蓮「…他は?」
「も、もうない…こ、これで満足か…? な、何者か知らんがここで俺を」
蓮「殺さん」ググッ…
べちゃくちゃしゃべる敵に、蓮は再び左腕に力を込める。
「ぐっ⁉ま、待て…か、金ならや……」ガクッ…
敵は死ぬと思ったのか最後の瞬間まで命乞いするが、そのまま気絶する
蓮「…」サッ…
動かなくなったのを確認した蓮は、ゆっくり男を床に横たえる
蓮「…さて」ゴソゴソ…
上着の内ポケットに手を入れ、先ほど聞き出した通りカードキーを探る
指先に固い感触が触れ、そのまま慎重に引き抜いた。
蓮「…カードキー一枚に、パスが1224、か」スッ…
小さくつぶやきながらも、カードキーを懐にそっと仕舞うと……
パッ…
蓮「…チッ」
パッ、パッ、パッ…
奥の方から、非常灯が一つ、また一つと順番に点き始める
赤みがかった薄暗い光が、天井と廊下をじわじわと照らし出し、さっきまでの“完全な闇”がじりじりと後退していった。
蓮「…(もう配電盤の復旧したか…だが、さすがに電力が不足しているな。非常灯しか点いてないが…タイミングとしては最悪だ)」
さっきまで影に紛れて誤魔化せていたものが、これからはすべて輪郭を持って見えてしまう。
倒れている二人も、このままではすぐに発見されるのは目に見えていた。
蓮「…(…作戦通りに進まんのはいつもの事だ…今は前に進むしか活路はない)」カチャ…
銃剣を戻し、そのまま小銃を持っていた兵士の襟首をつかみ、非常灯の死角になる壁際に引きずり
その隣に、連絡将校も横たえ、二人まとめて靴裏が廊下に見えない様に体の向きを調整する。
蓮「…(連絡将校は帰りに連れていく。兵士はここに置いていくか…)」スッ…
敵の装備と武器を解除しながら、腰のポーチから結束バンドを取り出し、二人の手首と足首を手早く縛る
念のため、二人の口をガムテープで塞ぐ。
蓮「…(さて、目的の大まかな場所は分かったが…現在地が分からんとどこに行けばいいか、分からんもんだが…)」カチャ…
小銃を構えなおし、立ち上がって廊下の先へと視線を向ける
非常灯の反射で、少し先の壁に白いプレートが掛かっているのが見えた。
蓮「……(ま、公共施設なら案内図くらいあるか)」
近づいてみると、それは市役所全体の案内図だった。
蓮「…(地下一階、地上二階建て…)」
案内図に抱えた見取り図を目でなぞる。
現在地を表す三角マークは一階の北側通路
そこから少し離れた位置に「非常階段」と小さく書かれている。
蓮「…(非常階段まで二十メートル弱…突き当りを左か…地下は…)」
視線を下に滑らすと、地下一階の簡略図が書かれていた。
「倉庫A」「倉庫B」「資料室」「機械室」と、いくつかの四角いブロックが並んでいる
その一番奥―――機械室のさらに奥に、名前のない四角い区画がぽつんと書かれていた。
蓮「…(無記名の区画…あの部屋…いや、尋問室か…ふむ)」
尋問室の場所を確認し、そのまま侵入ルートを組み立てる。
蓮「…(このまま一階の北通路から非常階段で地下に降り、倉庫ブロックを抜けて機械室の奥進む…正面ロビーと表の階段は避けられる…最短かつマシなルートだな)」
案内図から、尋問室の位置と廊下の形状を記憶に焼き付けると、蓮は一度だけ小さく息を吐いた。
蓮「ふぅ…(よし、ルートは決まった…後は、時間の勝負だ)」
小銃を構えなおし、周囲を一瞥する
倒した二人は非常灯の死角、壁際の陰に沈み、今のところ人の気配もない。
蓮「…行こう、彼女の友達が待ってる」
踵を返し、非常階段のある突き当りへと駆け足で向かう。
蓮「…」タタタ…ピタッ…
非常階段と書かれた扉を見つけ、すぐに扉の横に体を壁に貼り付け位置を取る
蓮「…(…扉の向こう…足音も声も聞こえない…)」サッ…グッ…
左手でドアノブを握りゆっくりと回して音を立てない様に扉を少し開ける
ギィ…
中は細長いコンクリートの階段室
上の踊り場から差し込む非常灯の光が、段差を赤く染めている。
蓮「…」スッ…
誰もいないことを確認すると、中に滑り込み、静かにドアを閉める。
バタン…(カチャ)
蓮「…(まずは地下だ…あの無記名区画まで一直線に行く)」
足音を極力抑えながら、一段一段を確かめるように降りていく
コツ…コツ…
その途中——
遠くから、かすかな足音と怒鳴り声が響いてきた。
「おい、急げ!10分以内に処理の準備をしろ!」
「ハッ!」
蓮「…(処理か…あと10分で終わらせないと…ん?)」
制限時間が迫る中——
しばらく沈黙していた鹵獲無線が、唐突に息を吹き返した。
{―ポーン01より各隊。復旧は進んでいる…市役所内の巡察を強化しろ。特に地下ブロック、倉庫周辺を厚くしろ。繰り返す、地下ブロックを厚く…}
蓮「…(ポーン01…おそらく即応部隊か…)」
息を止め、無線を胸元で押さえる
声の主は若い。焦りが混じっている。……だが命令口調だ。
蓮「……(敵のHQではない…つまり今、現場の指揮系統が入れ替わってる)」
階段の踊り場で膝を軽く曲げ、影に身体を溶かす
赤い非常灯が、手元の無線機だけを鈍く照らした。
ザザッ……
{地下で異常があったら即報告せよ……尚、連絡将校が現在確認できない、見つけしだいこちらに連絡せよ}
蓮「……(連絡将校、か…さっきの奴だな)」
心の中で舌打ちする
“戻ってない”という事実だけで、相手は動き出す
このままだと、近いうちにあの二人の場所にも捜索が伸びる。
蓮「……(なら、情報錯乱で時間を稼ぐしかあるまい)」カチッ…
蓮は無線のスイッチを、最小限の音で入れた
喉を鳴らし、声の高さと癖を調整する。短く、淡々と。
蓮「……こちら、地下ブロック……倉庫側、異常なし…なお、連絡将校は確認できず」
{了解した、地下の巡回を継続せよ}
蓮「了解、通信終了」
送信を切る
余計な言葉は言わない
長く喋れば、声の違いが露呈する。
蓮「……(“異常なし”で一瞬だけ安心させた。だが、地下を厚くすると言っていた以上、10分以内に誰かが降りてくる)」
蓮は踊り場に背中を預けたまま、耳だけで階段の空気を読む
上から来る足音は……まだ無い
下からは……薄く、金属が擦れる音。誰かが準備している。
蓮「……(下には誰かが動いてる…扉前に人がいる確率が高い。なら――)」
蓮は視線を落とし、階段をさらに下へ
“急ぐ”のではなく、“早く正確に”
コツ……コツ……
地下への扉が見えた
取っ手に触れる前に、蓮は一度止まる。
蓮「……」
耳を当てる
……
蓮「……入口に気配がない」
耳を澄ませても、扉の向こうは静まり返っている
蓮「…(静かだな……あのポーンが言うには地下の警備を増強を指示していた……まだ動けていないのか?)」
あるはずのものがない
戦場でそれ以上に気味の悪いものはない
だが、その状態で出来ることはひとつだけ。
蓮「…ふぅ」スッ…
前に進むのみだ。
ガチャ…
蓮「…」サッ…
扉を最小限だけ開け、身体を滑り込ませる
赤い非常灯の光が、地下通路の床を薄く舐めていた。
蓮「……(油の匂いに…煙草…それに、安いアルコールか)」
換気してない匂いだ
鼻の奥に、服に染みついた煙と酒精が刺さる
下に視線を向けると…
蓮「……(靴底の擦れ跡……往復してる…入口で固めず、奥で待つ気か)」
床には、同じ場所を行ったり来たりした線が何本も残っていた
靴跡の幅が、微妙に違う……少なくとも二人。
蓮「…(入り口で不利な戦闘をするより、奥で待ち構えて有利を取る…時間を稼ぐ動きだ…)」
息を殺し、銃口だけを通路の奥へ向ける
蓮「…」スッ…スッ…
音を立てずゆっくり、そして確実に奥にじわじわと足を進ませる
蓮「…(倉庫Aと倉庫B…あの案内図通り…なら、この曲がり角…)」サッ…
案内図で見た区間を頭の記憶から取り出し、曲がり角の手前で壁に体を寄せる
蓮「…」
……
「本当に敵が来ると思っているのか?」
「さぁな…だが、さっきの爆発は事故じゃないらしいぞ?」
「まじか…いったい誰が…」
「さぁな」
蓮「…(二人…距離は…10mもないか…)」
狭い通路にいる二人のうち、片方だけ誘い出す為に、
懐から一つの薬莢を取り出す
蓮「…(まさか、侵入前に回収しておいたSV-98の薬莢が役に立つとはな…案外小物は持っておくもんだな)」ピンッ!
弾いた薬莢は「資料室」と書かれたプレートの方へ跳ねていき…
カンッ!カラン…
高い音が地下に広がる
「…今のは?」
「…少なくとも幻聴ではなさそうだな」
「資料室の方か…俺が見てくる」
「気をつけろよ」
タッ、タッ、タッ…
一人が音のした方へ向かう足音。
蓮「…(来た)」
壁に背を預けたまま、呼吸を限界まで浅くする。
角を曲がった瞬間—
ガシッ!!
蓮「フッ…」ググッ…
「ガッ!?」
背後から首を絞め上げ、同時に膝の裏を蹴り、相手の体勢を崩す。
ドサッ…
「ぐ…がっ…」
蓮「…」ググググ…
「…」ガクッ
気絶した敵をゆっくり床に下ろし、蓮は即座に銃を構えて角の向こうを確認する。
「おい、どうした?…おーい?」
もう一人が不審に思い、こちらへ歩いてくる気配。
蓮「…(二人目)」スッ…
壁際に身を潜め、再び待ち構える。
「何やってんだ、お前…ん?」
角を曲がった瞬間、倒れた仲間の姿が目に入る。
「!?」
その一瞬の隙を突き—
バッ!!
蓮の肘が顎に叩き込まれ、そのまま壁に頭部を打ち付けさせる。
ドッ!!
「ぐ…」
追撃の掌底で完全に意識を刈り取る。
ドサッ…
蓮「ふぅ…」
二人をまとめて壁際の死角に引きずり、結束バンドで拘束する。
蓮「…(二人だけのはずはない…急ごう)」スッ…
小銃を構え直し、奥へと進む。
蓮「…」スッ…
厳重な扉と数字が書かれたドアロックの前に立った蓮は、敵から回収したカードを取り出し、慎重にスライドさせる
ピー…ピピッ…
画面が点き、四桁入力の枠が表示される
蓮「…1·2·2·4」ピピピピッ…
………
……
…
蓮「…(…違う? 罠か?)」
入力しても反応がなく偽の情報を掴まされたと思った瞬間
ガチャッ!!!
扉の鍵が解除される
蓮「…(紛らわしい機械だこと……)ふぅ…」スッ…
反応が遅い機械に対して嫌味を言いながらも、片手で銃を構え、もう片方の手でドアノブを握る
蓮「…(時間は少ない…ここからは命の賭けだ…)」ガチャ…
重い扉を押し、ゆっくりと扉を開ける…全開にした扉の向こう側は暗くて見えない…まるで蓮を闇に誘うかのように…
蓮「…」コツッ…コツッ…コツッ…
ゆっくりと…死角を警戒しながら中に入る…
蓮「………」
暗闇に目が慣れてくる。
輪郭が浮いた。
……人影だ。
蓮「……この匂い…」
鼻を刺す酒精と、甘ったるい薬品臭。
その時点で、蓮の中で答えが出た。
蓮「……クソが……やはり、あいつらは」
感情が、心の中から出てくる殺意があふれ出ようとした瞬間
ガチャン!!!
蓮「ッ!?」バッ!!
突然鎖の擦れた音に、素早く銃を指向する。
「ッ!?…クッ…」ギロッ…
蓮「…」
銃を向けた先には金髪のショートの女性が鎖に繋がれ、その姿は見るに堪えないものだった
「…撃て」
蓮「…悪いが、捕虜を撃つ趣味はない…昔とは違ってな」スッ…
引き金に触れていた指を、ゆっくり離す。
蓮「…ふぅ」スッ…カポッ…
小銃を肩にかけ、ヘルメットを外し深く息を吐いた蓮は、片膝を立てる。
蓮「悪いな、銃口を向けて…俺は、蓮大尉…とある任務で捕虜の救助に来た…君の名は?」
VSK-94「…VSK-94…警察局に…いました」
蓮「…その傷でよく耐えたな…今それを解いてやる」スッ…
VSK-94の後ろで南京錠で繋がれている鎖を解くために小銃はスリングで胸に残したまま、ヘルメットだけ外し、腰のポーチからピックを取り出す
蓮「…(カチャカチャ…)随分厳重に縛られているな…他にどれくらいいるんだ?」
VSK-94「……G3を含めて十九人です……人形と民間人を合わせて……」
蓮「……生き残っているのは、その十九人だけか?」
VSK-94「…」
返事がない。
目だけが揺れて、どこにも焦点が合っていない。
蓮「……そうか……何もできなくてつらいな」
VSK-94「…ぐすっ」
蓮「…泣くなとは言わん。今は我慢だ……この地獄を出てから、全部流せ」
VSK-94「…はい」
蓮「…(ガチャン!)よし、これで動けるだろう」スッ…
解除した南京錠を外し、巻かれていた鎖をほどいてVSK-94を自由にさせる
VSK-94「…ありがとうございます…蓮大尉」
蓮「大尉はいらん、蓮でいい」
VSK-94「…借りは返します…」
蓮「借り貸しなんて関係ないさ……VSK-94一つ聞きたいんだが」
VSK-94「VSKでいいです」
蓮「……すまんな、VSK、ここにG3という人形がどこにいるのか知らないか? 髪が白くて長い女性なんだが…」
VSK「G3…おそらく彼女なら少し奥にある椅子に……かなりひどい状態だと思いますが…」
蓮「いるならいい…俺は彼女の様子を見る、その間にVSKは他の捕虜を集めてくれ全員で脱出する…銃を扱える人も教えてくれ」スッ…
置いたヘルメットを持ち、そのまま持っていたピックをVSKに渡す
VSK「…わかりました」
蓮「頼む…」コツッ…コツッ…
VSKに後を任せ、暗闇の奥に足を進める…
416の友、G3が一体どれほど負傷しているのだろう?
VSKがあれほど傷ついているなら、彼女はきっともっと深い傷を負っているはず…
最悪、意識がないかもしれない…
久しく感じる他人の死の恐れ…胸の奥に張り付く
蓮「…」
薄暗いランプの下
椅子に固定された影が見えた
蓮「…なんてこった」
G3「ァ…ァァ…」
薄暗いランプの元に照らされた彼女は…惨いものだった
両手は錆びた釘で椅子に縫い付けられ、脚は有刺鉄線でぐるぐるに巻かれている
破けた服の隙間から覗く肌は裂け、顔は殴打の痕で腫れて、原型が曖昧だ
蓮「…(これは…生きてるのが奇跡だぞ…)」
G3「…だ…れ…?」
蓮「⁉…驚いた…この状態でもまだ意識があるのか…」
G3「…に…逃げ…テ……ここ…は……キケン…で……す」
蓮「…(これだけボロボロになっても自分より他人を思うとは…)」スッ…
周囲を確認し、銃口を下げ、G3の目線に合わせる…
蓮「…君…G3だな?」
蓮の言葉に腫れている瞳が段々と鋭くなる
G3「ッ!?…は…はかない…ごうもん…しても…むだで…す…」
蓮「……HK416から、君がここにいると聞いた……もう一度聞く…きみが、G3だね?」
G3「!………ZB-26…」
蓮「…合言葉なら聞いている……グリースまみれ」
作戦開始前にHK416から聞いたグリフィン共有の合言葉
それを聞いたG3の目の奥の警戒が、ほんの少しだけ解けた
G3「ほんとうに…なかまが…きてくれると…おもいませんで…した…あなた…は?」
蓮「蓮だ…HK416と組んで君を助けに来た……彼女は今、少し離れた場所で救助ヘリを呼んでいる…俺は君の救助でここに」
G3「そう…ですか…かのじょが…生きてて…よかった…」
蓮「安心するのはまだ早い…あと6分もしない内にここに敵が来る…その間に君をここから解放する……いけるか?」
G3「…はい」
蓮「よし、すぐに拘束を解く…最後の踏ん張り時だ」ゴソゴソ…
拘束を解除する前に、バッグパックから必要な物を迅速に取り出す
最初は足から流れている血を止める為、小型のワイヤーカッターを手に取る
蓮「…まずは止血の前に有刺鉄線を切るぞ…動けんと脱出できんからな」バチンッ!!!バチンッ!!!
足に巻き付いた鉄線を短く刻んでいく
外す時に一気に引けば、肉が持っていかれてしまう
蓮「…よし…外すぞ」
G3「…」コクッ…
グッ…ズズズッ…
G3「うぅ…」
深々と刺さった有刺鉄線を外すと痛みでG3の体が強張る
蓮「あまり力を入れるな、ゆっくり深呼吸して、リラックスするんだ」
G3「は、はい…すぅー…ふぅ…」
蓮「その調子だ…(グッ…ズズズッ…スボッ!!)よし…」ポイッ…
有刺鉄線をすべて外し、そのまま投げ捨て、次にファーストエイドから包帯を取り出す
蓮「本当は添え木で足を固定したいが…時間も物がない以上包帯で巻くしかない」グルグル…
G3「大丈夫…です…痛みは…我慢でき…ます…」
蓮「すまん(グルグル…)よし…次は止血帯で…止める」キュッ!!
二つの止血帯を取り出し、G3の両太ももに巻く
蓮「よし…0500止血完了(カキカキ…)次」
足の処置を終え、蓮は両手へ視線を移した
蓮「……わざわざ汚れた釘を使っている。感染症まで狙っているのか」
G3「……相手が……わざとだって……苦しめるために……」
蓮「……そうか」
言葉が短くなる。
奥歯が鳴りそうになるのを、飲み込んだ
蓮「PMCと組んだことはあるが……ここまでのは、見たことがない」
G3「経験が…豊富なのですね……元…軍人ですか?」
蓮「いいや、今も軍人だ…よし、次は釘を抜くが…かなり痛むぞ…息を合わせろ」グッ…
G3「…はい…スゥ…」
蓮「フッ!!」グイッ!!!
右手に刺さった釘を持ち、手を押さえながら、力強く引き抜く
G3「グッ!?ウゥゥ!!!」
釘がじわじわ抜けていくとG3が声を上げ苦しむ
蓮「あと少しだ」グググッ…ズボッ!!!
G3「ガァッ⁉はぁ…はぁ…はぁ…うぅ…」
抜けた釘に血が滴り落ち、手からは血が出てくる
蓮「まだあと一本残ってる……いけるか?」
G3「スゥ…はぁ……」コクッ
蓮の声に、G3はうなずく
蓮「よし…もう一度行くぞ」グッ…
もう片方の手に刺さっている釘を力強く握る
G3「ふぅ…ふぅ…」
蓮「フッ!!」グイッ!!
蓮は釘を握り、手を押さえたまま一気に引き抜く
G3「あぁ!!!???がぁぁ!!!!」
G3の喉から、潰れた悲鳴が漏れた
じわじわと抜けていく釘に、肉と血がべったりと絡みつく
蓮「あと少しだ…フンッ!!」グッ!!!ズボッ!!!
G3「あっ………がっ…」ガクッ…
錆びた釘が抜けた瞬間、G3が目を閉じてうつむく
蓮「…」スッ…サッ…
うつむいたG3に蓮は革手を落ち着いて外し、脈に触れる
蓮「…よかった、気絶しただけか…ふぅ」
短時間の気絶と分かった蓮は急いで包帯を取り出し傷口を巻いて塞ぐ
蓮「…(さすがに、二人分のメディカルパックだけじゃ足りんな…止血剤も抗生物質もない状態で包帯を巻いただけじゃ逆に悪化してしまう……急いで416の元に行かせないと…)」クルクル…
手際よくG3の両手に包帯を巻き、不完全ながらも応急処置を終える
蓮「よし…VSK!」
ゆっくりとG3を横にしたのを確認した蓮は、少し離れているVSKを呼ぶ
VSK「はい」
蓮「ここにいる奴の拘束はすべて解いたか?」
VSK「終わらせました…それと、銃を扱える人形も…」
蓮「……二人だけか」
声に出した瞬間、自分でも分かる。
少なすぎる。
蓮「…VSKともう一人…君は?」
VSKの隣にいる黒髪の女性…いや、人形か
ブレン「…ブレンだ」
蓮「ブレンか…銃はどれくらい使える?」
ブレン「一通りは…軽機関銃があればなお良い」
蓮「…狙撃銃は?」
ブレン「…私より彼女の方がいい」
ブレンはVSKの方に視線を向ける
VSK「…ええ、私の分野です」
蓮「元狙撃手か」
VSK「やめていませんよ」
蓮「そいつは悪かった…装填済みは5発、予備マガジンが2本だ…必要になった時と民間人の危険が迫った時に発砲しろ、無駄玉は撃つなよ」ガチャ…スッ…
背中のSV-98を下ろし、ボルトと弾倉を確認してからVSKに渡す
VSK「心配に及びません…蓮の援護は?」
蓮「いらん、そんな暇があるなら俺を置いて行け…ブレンはG3を運んでくれ」
ブレン「…背負いながらでも拳銃ぐらいは撃てるぞ」
蓮「悪いが、拳銃も小銃も渡せん。仲間の物なんでな」
ブレン「じゃあ私は丸腰か?」
蓮「いいや、道中に気絶させた敵の装備がある。それを拾え…もちろん、必要な時以外の発砲は禁止だ」
ブレン「わかった…では、彼女を運ぶとしよう…んっ」グイッ…
気絶しているG3を軽々と肩に担ぎ上げ、その隣でVSKと自分は武器の最終点検し脱出の準備する
蓮「…」ガチャ…
残弾は60%の弾倉一つと30発入り弾倉二つ、市役所から脱出地点までなら十分な数だ
VSK「…蓮、ここから脱出するとしてどうやって街を?」
蓮「別の仲間がヘリを呼んでいるはずだ、そこに向かう…距離はここから2Kmぐらいだな」
ブレン「……2Km?この数でか?」
蓮「これでも譲歩した方だ、リスク捨てて安全化して無い所にこの人数でLZに向かえば…あとは分かるな?」
ブレン「…」
蓮「ほんとなら、G3に簡易の担架で運びたいが、作る時間もルートを改めて考えるのもない……とにかく言える事はこの人数と粗悪な立案に修正の時間はない」
VSK「…時間は?」
蓮「最悪……2分もない」
ブレン「…議論の暇は無いな」
蓮「元からないさ…行くぞ、作戦通り行けば誰も死なずに家に帰れる」ガチャ…
89式の薬室を確認し、撤退の準備を整えている合間に目線を前に向け捕虜の顔を見る
「か、帰れるのかなぁ…」
「何寝言ってんだ!家に帰って娘に会うんだろ!」
「し、死にたくねぇ…」
「うぅ…」
蓮「…」
脱出できる状況でも捕虜たちの顔色は悪い…どういえばいいか考えていると…
ブレン「……」
蓮「…」
ブレン「おい」
「…」
ブレン「生きる気力のない奴はついて来るな……足かせになる。そんな奴は、ここでくたばってろ」
室内から、すすり泣く声さえ消えた。
あまりにも容赦のない言葉に、捕虜たちは呆然とブレンを見つめている。
ブレンはG3を担いだまま、冷たい視線を一人ひとりへ向けた。
ブレン「どうした?ここに残りたい奴は今のうちに座れ…止めはしないぞ?」
「……ふざけるな」
掠れた声が上がった。
先ほど、娘に会うと言っていた男だった。
「誰が……誰が、こんな所でくたばるか……」
壁へ手をつき、震える脚を無理やり立たせる。
「俺は帰る……帰って、娘に会うんだ……!」
ブレン「なら、下を向くなよ」
男が顔を上げた。
ブレン「娘に会いたいのなら、自分の足で歩け…途中で倒れたら、隣の奴にしがみついてでも進め」
「……言われなくても、そうするさ」
男は隣で蹲っていた捕虜の腕を掴んだ。
「お前も立て。死にたくないんだろ」
「……」
男は声を出さず、小さく頷いた。
「だったら立て! 一緒に帰るぞ!」
引き上げられた男は、ふらつきながらも自分の足で立った。
それを見たほかの捕虜たちも、壁や隣にいる者の肩を借りながら立ち始める。
恐怖が消えたわけではない。
顔色も、震える手足も変わっていない。
それでも、先ほどまで俯いていた者たちの目には、ここで死ぬことへの恐怖とは違うものが戻り始めていた。
生きて帰ろうとする意志だった。
蓮「……随分と荒っぽいな」
ブレン「時間がないのだろう?」
悪びれる様子もなく、ブレンが答える。
蓮は僅かに口元を緩めた。
蓮「…違いない」
何を言えばいいか考える必要は、もうなかった。
蓮は捕虜たちの前へ出る。
蓮「全員、聞け」
視線が一斉に集まった。
蓮「自分で歩ける者は、負傷している者を支えろ。二人一組だ。列を勝手に離れるな」
小銃を持った左手で、出口を指す。
蓮「止まれと言ったら止まれ。伏せろと言ったら伏せろ。走れと言ったら、前だけを見て走れ。途中で誰かが倒れたら、一番近くにいる奴が起こせ…仲間を見捨てるなよ」
返事はない。
だが、今度は全員が蓮を見ていた。
蓮「VSKは最後尾に。後ろから来る敵を警戒しろ」
VSK「分かりました」
蓮「ブレンはG3を連れて隊列の中央。ほかの負傷者も、できるだけ中央へ集めろ、捕虜の指揮はまかせる」
ブレン「了解した」
VSK「蓮は?」
蓮は89式の安全装置へ指を添え、出口の扉へ向かった。
蓮「先頭に立つ…突破口は俺がこじ開けるさ」
扉の脇へ身体を寄せ、通路の音へ耳を澄ませる。
まだ足音は聞こえない。
だが、残された時間は確実に減っていた。
蓮「……行くぞ。ここで死にたくない奴は、俺について来い」カチッ
蓮は安全装置を解除すると、扉の取っ手を静かに押し下げた。
市役所から南西へ約二キロ。
自然公園の丘を越えた反斜面で、416は携帯通信端末のアンテナを伸ばした。
周囲には背の低い木々が点在しているものの、二機のヘリコプターが降りられるだけの空間はある。
丘が市役所との間を遮っているため、敵から直接見通される可能性も低い。
416は、事前に把握していたG3の所在と、スコーピオンから聞き取った捕虜の人数を頭の中で整理した。
それからグリフィンの通信回線へ周波数を合わせ、自身の識別信号を送信する。
隣では、連れてきたスコーピオンがのんびり周囲を見回していた。
スコーピオン「ふぁ~……どう? つながりそう?」
416「今、呼び出しているところよ。少し黙っていて」
スコーピオン「は~い……」
雑音が続いたあと、通信端末から声が返ってきた。
指揮官『こちらグリフィン司令部。識別信号を確認……416?』
416「こちらHK416。聞こえますか?」
指揮官『416! 良かった!無事だったのね!現在地と状況を報告して』
416「こちらは鉄血支配地の市役所から南西へ約二キロ…自然公園内にある丘の反斜面よ。G3の生存も確認したわ」
指揮官『G3はあなたと一緒なの?』
416「いいえ。まだ市役所の中にいる。日本の兵士が救出に向かったわ」
指揮官『日本の兵士?』
416「説明は後にします。今は救助をお願いします」
指揮官が質問を重ねる前に、416は報告を続けた。
416「……救出対象はG3だけではありません。市役所には、G3を含めて十九名の捕虜がいます。負傷者も……」
指揮官『十九名……』
416「輸送用のUH-60を二機、こちらへ回してください」
指揮官『待って。周辺の安全は確保できていないのでしょう?』
416「だから市役所には近づけません。着陸地点は、今報告した自然公園の反斜面を活用します」
416は通信端末を口元から離し、スコーピオンへ視線を向けた。
416「二機とも降りられる?」
スコーピオン「うん。少し間隔を空ければ大丈夫。地面も固いし、大きな障害物もないよ」
スコーピオンは丘の上を指した。
スコーピオン「ただ、向こう側まで上がったら市役所から見えるかもしれない。ヘリはこっち側から入れた方がいいと思うよ」
416「分かったわ」
416は再び通信端末を口元へ戻した。
416「二機とも西側から進入させてください。市街地上空の通過は禁止。着陸誘導はこちらで行います」
指揮官『こちら、というのは? ほかに誰かいるの?』
416「スコーピオンという戦術人形がいます。グリフィン所属ではないけれど、LZの誘導は任せられるわ」
指揮官『……信用できるのね?』
416「少なくとも、ここまで私を撃たなかった程度には」
スコーピオン「唐突にディスられてない?」
416「静かにして」
指揮官『声は聞こえたわ』
416「すみません…」
通信の向こうから、小さな溜息が聞こえた。
指揮官『G3の臥位搬送に必要な空間を考慮しても、二機合わせて二十二名が限界よ。あなたとスコーピオン、それに日本の兵士まで含めれば、空きはない』
416「分かっています」
416「それでも一機では話になりません。まず二機を出してください。誰を乗せるかは、到着してから判断します」
短い沈黙が流れた。
指揮官『……分かった。UH-60を二機出す。操縦士には、西側から進入するよう伝える』
416「感謝します」
指揮官『416。あなたと、そのスコーピオンという人形は先にLZへ退避して』
416「スコーピオンはここに残して、ヘリを誘導させます。私は市役所から脱出してくる者たちを援護します」
416「LZは緑色の信号フレアで示します。操縦士にも伝えてください」
指揮官『了解。緑色のフレアをLZの識別信号として共有するわ』
一度言葉を切った指揮官の声が、僅かに低くなる。
指揮官『……でも、単独で行くつもりなの? 危険すぎるわ』
416「十九人もの捕虜を連れて街を抜けるなら、外から援護する者が必要です」
指揮官『でも――』
416「彼一人に全部背負わせる方が、よほど非合理的でしょう?」
指揮官はすぐには答えなかった。
指揮官『……必ず戻ってきて』
416「善処します」
指揮官『416』
416「時間がありません。通信を終了します。アウト」
返事を待たず、416は通信を切った。
それまで黙っていたスコーピオンが、通信端末を興味深そうに見つめる。
スコーピオン「今の人が、416の指揮官?」
416「そうよ」
スコーピオン「初めて声を聞いたけど……416のこと、かなり心配してたね」
416「はぁ…余計なことまで聞かなくていいわ」
416は通信端末を収納すると、小銃を手に取った。
416「あなたはここでヘリを待って。接近してきたら、丘のこちら側へ誘導しなさい……はい、フレア」
416が手持ち式の信号フレアを差し出す。
スコーピオン「どうもご丁寧に……416は?」
416「蓮たちがここまで辿り着けるように、道を空けるわ」
416は装着していた弾倉を抜いた。
残弾のある弾倉をポーチへ戻し、代わりに満装の弾倉を叩き込む。硬い金属音が、静かな反斜面に響いた。
薬室には一発残っている。チャージングハンドルには触れず、差し込んだ弾倉を軽く引いて、確実に固定されていることだけを確認した。
小銃を構え直した416は、丘の側面を回り、市街地を見渡せる木立へ向かった。
市役所地下。
蓮「……行くぞ。ここで死にたくない奴は、俺について来い」
蓮は扉の脇へ身体を寄せ、左手で取っ手を静かに押し下げた。
僅かに開いた隙間から、通路の左右を確認する。
赤い非常灯が一定の間隔で点灯し、コンクリートの床を薄暗く照らしていた。人影はなく、聞こえるのは遠くで稼働する設備の低い唸りだけだった。
蓮は扉から滑り出ると、小銃を構えたまま最初の曲がり角まで進んだ。
壁へ身体を寄せ、角の向こうを確認する。
異常はない。
振り返った蓮は、左手を一度だけ前へ動かした。
先頭の二人が部屋から出てくる。
娘が待っていると言っていた男が、足元のおぼつかない捕虜へ肩を貸していた。二人は足音を抑えながら壁際を進み、蓮の後方で止まる。
その後も、二人一組になった捕虜たちが数秒おきに部屋を出た。
急がせれば足音が大きくなる。
遅すぎれば敵に包囲される。
蓮は通路の奥を警戒しながら、手の動きだけで次の組を呼び続けた。
隊列の中央では、ブレンが意識を失ったG3を肩へ担いでいる。G3の負傷した脚が壁へ当たらないよう、ブレンは片腕で大腿部を押さえ、歩幅を小さくして進んでいた。
最後の捕虜が通路へ出る。
その後ろからVSKが姿を現し、SV-98を構えたまま収容室の扉を静かに閉めた。
十九名が、細長い地下通路へ一列に並ぶ。
蓮は全員が出たことを確認すると、前進の合図を送った。
声を出す者はいない。
衣服が擦れる音。
抑えきれない荒い呼吸。
負傷者の足が、時折床を引きずる音。
どれも小さなものだったが、静まり返った通路では必要以上に大きく聞こえた。
蓮は曲がり角へ到達するたびに隊列を止め、一人で先を確認した。
安全を確認してから捕虜を進ませ、全員が角を越えるまでその場に留まる。
それを何度か繰り返した先で、蓮は壁際に横たわる人影を発見した。
侵入時に気絶させた私兵だった。
両手を結束バンドで拘束されたまま、まだ意識を失っている。その傍らには、私兵が所持していた小銃が転がっていた。
蓮は左手を上げ、隊列を停止させる。
蓮「…」スッ…
私兵の呼吸を確認してから、床に転がっていた小銃を拾い上げた。
蓮は銃口を誰もいない通路の奥へ向け、安全装置を確認する。
弾倉を一度抜き、残弾を確かめた。続いて遊底を僅かに引き、薬室にも一発装填されていることを目視する。
遊底を戻して弾倉を差し直し、軽く引いて確実に固定されていることを確認した。
蓮「ブレン」
呼ばれたブレンが、G3を担いだまま前へ出る。
蓮は小銃を見せた。
蓮「軽機関銃じゃないが、使えるか?」
ブレン「問題ない。ないよりは遥かにましだ」
ブレンはG3の身体を支え直すと、空いている手で小銃を受け取った。
負い紐を肩へ通し、G3へ銃身が当たらないよう、小銃を身体の左側へ回す。
蓮は予備弾倉の入ったポーチを私兵の装具から外し、ブレンの腰帯へ固定した。
蓮「搬送中に片手で撃とうとするなよ」
ブレン「できると言ったはずだが?」
蓮「できるかどうかの話じゃない…必要になったら、まずG3を安全な場所へ下ろせ。それから撃つんだ」
ブレンは僅かに眉を動かしたが、反論はしなかった。
ブレン「……分かった。今は彼女を運ぶことに集中する」
蓮「それでいい」
蓮は私兵の装具をもう一度調べた。
武器以外に使えそうなものはない。
捕虜たちへ前進の合図を送り、再び隊列の先頭へ戻った。
目指す南西側の搬入口は一階にある。
まずは、見取り図で確認した非常階段から地下を抜けなければならない。
隊列は先ほどよりも遅くなっていた。
長く拘束されていた者たちの体力は、すでに限界へ近づいている。誰かが躓くたびに隣の者が身体を支え、それでも前進だけは止めなかった。
蓮は角へ到達するたびに列を止め、一人で先を確認する。
通路を二つ越えたところで、突き当たりに鋼鉄製の防火扉が見えた。
扉の横には、上向きの矢印とともに「非常階段」と記された案内板が取り付けられている。
蓮は扉の脇へ身体を寄せた。
左手で取っ手を静かに押し下げ、僅かに開いた隙間から階段を確認する。
赤い非常灯が踊り場を照らしている。
上にも下にも人影はない。
聞こえてくるのは、換気口を通り抜ける風の音だけだった。
蓮「……上がるぞ」
先頭の二人が頷く。
蓮は小銃を構えたまま階段へ入り、一階の踊り場まで先行した。
壁へ身体を寄せ、上階へ続く階段と一階の防火扉を順に確認する。
異常はない。
蓮は階段の下へ向けて、左手を一度だけ動かした。
捕虜たちが二人一組で階段を上がり始める。
地下通路とは違い、鉄製の階段では僅かな足音もよく響いた。
靴底が段差へ触れる音。
手摺を握る音。
負傷した脚を引きずる音。
誰も声は上げなかったが、十九名全員の音を消すことはできない。
ブレンはG3を担いだまま、身体を僅かに横へ向けて階段を上がっていた。
G3の脚や、身体の左側へ回した小銃が手摺へ当たらないよう、一段ずつ慎重に足を運んでいる。
最後尾のVSKが階段へ入った。
地下通路の後方を一度確認してから、防火扉を静かに閉める。
全員が一階の踊り場へ上がったところで、蓮は再び列を停止させた。
防火扉へ耳を当てる。
通路から足音は聞こえない。
取っ手を押し下げ、僅かに開いた隙間から左右を確認する。
赤い非常灯に照らされた一階北側通路には、人影がなかった。
蓮は扉から出ると、小銃を構えたまま壁際を進む。
数メートル先。
非常灯の光が届かない壁の窪みに、二人の男が横たわっていた。
地下へ向かう途中で無力化した私兵と、収容区画の場所を吐かせた連絡将校だった。
私兵は、まだ意識を失っている。
一方の連絡将校はすでに目を覚ましており、近づいてくる蓮を認めた途端、縛られた身体を壁へ擦りながら後退しようとした。
連絡将校「ンンッ……! ンンンッ!」
蓮「静かにしろ」
蓮は左拳を上げ、階段から出ようとしていた捕虜たちを止めた。
連絡将校の前へ片膝をつき、まず呼吸と意識状態を確認する。
目ははっきりと蓮を捉えている。
負傷している様子もない。
蓮は腰のポーチからカッターを取り出し、連絡将校の足首を拘束している結束バンドだけを切断した。
手首の拘束と、口を塞いでいるテープは残す。
連絡将校が自由になった両脚を引き寄せ、再び蓮から離れようとする。
蓮「立て」
連絡将校「ンッ……!」
蓮「二度は言わん」
蓮は上着の襟を掴み、連絡将校を強引に立ち上がらせた。
男の膝が一度崩れかける。
それでも蓮が手を離すと、自分の足で踏みとどまった。
歩けないわけではない。
蓮「俺たちと一緒に来てもらう」
連絡将校は激しく首を振った。
蓮「拒否する権利はない。大人しく歩けば、それ以上は何もしない」
連絡将校「ンンッ……ンッ!」
蓮「抵抗するなら、もう一度眠らせて引きずる。好きな方を選べ」
連絡将校の動きが止まった。
蓮はその目を数秒見据え、抵抗する意思が弱まったことを確認する。
その間に、捕虜たちが非常階段から一階通路へ出てきた。
ブレンが連絡将校へ冷たい視線を向ける。
ブレン「その男も連れていくのか?」
蓮「ああ。敵の連絡将校だ」
ブレン「なるほど。殺さずに残した理由はそれか」
蓮「敵の指揮系統や通信網を知っている可能性がある。ここへ置いていくには惜しい」
蓮は最後尾から出てきたVSKを呼び寄せた。
蓮「VSK。こいつを隊列の後ろへ入れろ。お前の一つ前だ」
VSK「分かりました」
蓮「逃げようとしたら知らせろ。必要がない限り撃つなよ」
VSK「ええ。足を止めるだけにします」
VSKはSV-98を負い紐へ預けると、空いた左手で連絡将校の上腕を掴んだ。
連絡将校は一瞬だけ抵抗したが、VSKが指へ力を込めると、苦痛に顔を歪めて大人しくなる。
蓮は拘束された私兵へ視線を落とした。
呼吸は安定している。
身体は非常灯の死角に収まっており、通路から靴先も見えていない。
連絡将校とは違い、この私兵を連行する理由はない。
蓮はその場へ残すと判断し、再び隊列の先頭へ戻った。
十九名の救出者に、拘束した連絡将校が加わった。
これで、蓮が誘導する人数は二十名になった。
蓮「前進する。連絡将校には構うな」
捕虜たちが再び歩き始める。
目指す南西側の搬入口までは、同じ一階の通路をいくつか越えれば到達できる。
地下さえ抜ければ、あとは外へ出るだけ。
だが、隊列が次の角へ近づいたところで、蓮の足が止まった。
小銃の負い紐が金具へ擦れる微かな音。
続いて、一定の間隔で床を叩く複数の靴音。
通路の向こうから、こちらへ近づいてくる。
蓮は左拳を肩の高さまで上げた。
直後、後ろを歩いていた男が蓮の背中へぶつかりかけ、慌てて踏みとどまる。
停止の合図が、捕虜から捕虜へ伝わっていく。
ブレンが足を止めた。
最後尾のVSKも隊列の動きを察し、連絡将校の腕を掴んだまま後方を警戒する。
「おい、地下の確認はまだ終わらないのか?」
角の向こうから、男の声が聞こえた。
「これからだ。連絡将校が見つからないせいで、地下まで捜索範囲を広げろとさ」
「こっちにも人手を回せって言われたんだ。文句なら司令室に言え」
声は二つ。
その背後にも、別の足音が重なっている。
巡回する私兵だ。
蓮は通路の左右を確認した。
少し後方に、扉の開いた事務室がある。
地下の機械室とは違い、机や書棚を壁際へ寄せれば、二十名が身を隠すだけの広さはある。
蓮は振り返らず、上げた拳を開いて掌を下へ向けた。
蓮「……動くな」
声を限界まで落とし、後方へ命じる。
捕虜たちは互いの身体を支えたまま、その場で息を殺した。
蓮は左手の人差し指で、後方の事務室を示す。
先頭の二人が意図を理解し、静かに向きを変えた。
隊列が来た通路を戻り、開いた扉から事務室へ入っていく。
ブレンがG3を担いだまま続く。
VSKは連絡将校を逃がさないよう腕を掴み、隊列とともに後退した。
全員が事務室へ入ったことを確認してから、蓮も室内へ滑り込む。
扉を完全には閉めず、通路を確認できるだけの隙間を残した。
室内には、倒れた机や書類棚が並んでいる。
捕虜たちは机の陰や壁際へ身体を寄せ、互いの口元を押さえるようにして息を殺した。
連絡将校が、扉の方へ身体を動かそうとする。
その瞬間、VSKが男の肩を掴み、壁際へ強く押し戻した。
VSK「……動かないでください」
声は静かだった。
だが、連絡将校はその一言だけで抵抗を止めた。
靴音が事務室へ近づいてくる。
蓮は扉の隙間から通路を見据えた。
赤い非常灯の下へ、四人の私兵が姿を現す。
一人が懐中電灯で周囲を照らしながら、ほかの三人を連れて歩いていた。
「非常階段から地下へ降りる。収容区画まで確認するぞ」
「こんな人数を使う必要があるのか?」
「連絡将校だけじゃない。地下の見張りとも連絡が取れん」
「寝てるだけじゃないのか?」
「だったら、叩き起こしてこい」
四人の影が、事務室の前を通過する。
懐中電灯の光が扉の隙間を横切り、一瞬だけ室内の床を白く照らした。
捕虜の一人が反射的に身体を縮める。
私兵の足が止まった。
「……今、何か聞こえなかったか?」
全員の呼吸が止まる。
蓮は小銃を身体へ引き寄せ、銃口を扉の隙間へ向けた。
私兵の影が、ゆっくり事務室へ近づく。
「おい、何してる。早く来い」
「……いや」
男は数秒だけ扉を見つめていた。
「気のせいか」
再び靴音が動き始める。
四人は非常階段の方へ進み、防火扉を開けて地下へ降りていった。
バタン……
重い扉が閉じる。
蓮はすぐには動かなかった。
階段を下りていく足音を数え、それが完全に聞こえなくなるまで待つ。
蓮「……出るぞ」
扉を開き、通路の左右を確認する。
異常はない。
捕虜たちが事務室から出始める。
連絡将校もVSKに腕を掴まれたまま、隊列へ戻された。
最後の一人が出た直後、非常階段の奥から微かな声が響いた。
「おい! こっちに人が倒れてるぞ!」
地下へ降りた巡回兵が、武器を奪われた私兵を発見した。
続いて、複数の怒鳴り声と無線機の雑音が階段の下から響く。
蓮「……見つかったか」
もう足音を隠すことだけに時間を使える状況ではない。
蓮は小銃を構え、南西側の搬入口へ続く通路を指した。
蓮「急げ。走れる奴は走るな。負傷者を置いていくことになる」
捕虜たちが互いの身体を支え直す。
蓮「歩調を合わせろ。誰も離れるな」
十九名の救出者と、一人の連絡将校。
二十名となった隊列が、速度を上げて一階通路を進み始めた。
その背後で、非常階段の防火扉が勢いよく開いた。
「いたぞ! 捕虜が逃げてる!」
怒鳴り声とともに、白い懐中電灯の光が通路を走る。
最後尾にいたVSKは、連絡将校の膝裏を蹴って床へ跪かせた。
男の肩を壁へ押しつけると、負い紐に預けていたSV-98を引き寄せる。
サプレッサーの装着された長い銃身を防火扉へ向け、銃床を肩へ当てた。
照準器の中央で、防火扉から飛び出した私兵が小銃を構えようとしている。
VSK「……一人」
VSKが引き金を絞る。
銃身が僅かに跳ね、銃床が肩を押した。
先頭の私兵が身体を仰け反らせ、そのまま防火扉の前へ倒れ込む。
「なっ……!?」
「狙撃だ! 伏せろ!」
後続の私兵たちが、何が起きたのか理解するより先に防火扉の陰へ身体を隠す。
発砲炎も、射手の位置を知らせる銃声もない。
通路へ響いたのは、撃たれた私兵が床へ倒れた音だけだった。
VSKは照準を維持したまま、ボルトハンドルを起こした。
ガシャッ――カチャン!
空薬莢が床へ転がり、次弾が薬室へ送り込まれる。
蓮は後方の異変を察しても振り返らなかった。
蓮「止まるな! 前へ進め!」
先頭の捕虜たちが、互いの身体を支えながら通路を進む。
恐怖で足を止めかけた者の背中を、娘が待っていると言っていた男が押した。
「進め! ここで止まったら全員死ぬぞ!」
「わ、分かってる……!」
ブレンはG3を担いだまま、列の中央を進み続けている。
足音と荒い呼吸へ、VSKがボルトを操作する硬い金属音が重なった。
防火扉の陰から、小銃の銃身が僅かに突き出す。
VSK「……」
VSKが照準を合わせた瞬間、銃身が引っ込んだ。
私兵たちは、どこから撃たれたのか判断できずにいる。
廊下へ身体を晒そうとする者はいなかった。
VSKは照準を維持したまま、足元の連絡将校へ命じる。
VSK「……立ってください」
連絡将校「ンンッ……!」
VSK「置いていかれたいのですか?」
男は壁へ肩を擦りつけながら立ち上がった。
VSKは左手で連絡将校の上腕を掴み、前へ押し出す。
VSK「歩いて」
連絡将校が、前を進む捕虜たちの後を追って歩き始める。
VSKは数歩下がるたびに防火扉へ照準を戻し、追手を警戒しながら後退した。
「援軍を呼べ!」
「一階北側通路! 捕虜が集団で逃走している!」
私兵の声に続き、無線機の雑音が響く。
施設全体へ情報が伝わるのは、もう時間の問題だった。
一方、隊列の先頭を進む蓮は、通路の突き当たりにある鉄製扉へ到達した。
扉の上には「搬入区画」と記された表示板がある。
蓮は左手で取っ手を押し下げた。
動かない。
扉の脇に設置されたカードリーダーには、赤いランプが点灯していた。
蓮「……こんなところまで施錠してるのか」
胸元のポーチから、連絡将校より奪ったカードキーを取り出す。
カードリーダーへ翳した。
ピッ――
赤かったランプが緑へ変わる。
カチャン!
内部の電磁錠が解除された。
蓮は扉を僅かに開き、小銃を構えたまま搬入区画の内部を確認する。
積み上げられた木箱。
横倒しになった台車。
壁際に並ぶ、使われていない事務机。
人影はない。
蓮「先頭から中へ入れ!」
捕虜たちが扉を通過していく。
蓮は搬入区画へ入った者を目で確認しながら、通路と室内を交互に警戒した。
負傷者を支える二人組が通る。
続いて、G3を担いだブレンが扉を越えた。
ブレン「全員、まだ付いてきている」
蓮「そのまま奥へ進め。外へ出る扉を探せ」
ブレン「分かった」
ブレンが隊列を連れて搬入区画の奥へ向かう。
後方では、防火扉に隠れた私兵たちが射手の位置を探っていた。
「廊下の奥だ! 姿が見えたら撃て!」
バババンッ!!
私兵の小銃が火を噴いた。
弾丸が壁と天井を叩き、砕けたコンクリート片が通路へ飛び散る。
VSKは連絡将校の襟を掴み、近くの柱の陰へ引き込んだ。
私兵たちは防火扉から身体を出さず、通路へ向けて断続的に弾丸を放っている。
狙いの定まらない射撃だった。
それでも、連絡将校を連れて遮蔽物のない通路を走れば、被弾する危険はある。
VSKは追手へ照準を向けたまま、敵の射撃間隔を数えた。
発砲が止まる。
VSK「今です。走ってください」
連絡将校「ンンッ!」
VSK「早く」
VSKは連絡将校を柱の陰から押し出した。
男は縛られた両手を背中へ回したまま、前のめりになって搬入区画へ走る。
VSKはその背後を守りながら後退した。
防火扉の陰から、小銃の銃身が再び覗く。
だが、私兵はすぐには身体を出さない。
先頭を倒した射手が、今も自分たちを狙っていると分かっているからだ。
その僅かな躊躇が、VSKの求めていた時間だった。
連絡将校が搬入区画の鉄製扉を越える。
VSKは射撃せず、続いて扉の内側へ滑り込んだ。
VSK「全員入りました!」
蓮はVSKと連絡将校が扉を越えたことを確認すると、通路へ89式を向けた。
防火扉の陰から、残った私兵たちが一斉に飛び出す。
蓮「伏せろ!」
ダダダッ!!
89式から放たれた短い連射が、先頭の私兵と壁際の間を叩いた。
私兵たちが慌てて身を引く。
その瞬間、蓮は鉄製扉を閉めた。
ガチャン!!
カードリーダーの横にある施錠ボタンを押す。
ピッ――ガコン!
電磁錠が作動した。
直後、扉の向こうから銃弾が撃ち込まれる。
ガンッ! ガンッ!
鉄板が内側へ僅かに膨らんだが、弾丸は貫通しない。
蓮「長くは持たん。出口は?」
ブレン「こっちだ!」
搬入区画の奥で、ブレンが顎を動かした。
大型の搬入口とは別に、壁際へ小さな通用扉が設けられている。
先頭の捕虜が取っ手を動かした。
「開かない!」
蓮「どけ!」
蓮は隊列の横を抜け、通用扉へ向かった。
扉の脇には単純な回転式の錠がある。
手を伸ばし、サムターンを回した。
カチャッ――
今度は抵抗なく解錠される。
蓮は通用扉の脇へ身体を寄せ、ゆっくりと外側へ押し開けた。
夜明け前の冷気が、血と埃の臭いが籠もった搬入区画へ流れ込む。
扉の外は、市役所南西側の裏手だった。
コンクリートで舗装された荷捌き場。
その先には、廃車や瓦礫が散乱する細い道路が延びている。
人影は見えない。
蓮は上空と周囲の建物を確認した。
敵の照明も、銃口も見えない。
蓮「外へ出ろ! 二人一組を崩すな!」
先頭から順に、捕虜たちが市役所の外へ出ていく。
長く地下へ閉じ込められていた者の一人が、白み始めた空を見上げて足を止めかける。
「そ、外だ……」
「止まるな! まだ終わってない!」
隣の男が腕を引き、道路脇の壁際へ連れていく。
ブレンがG3を担いだまま外へ出た。
続いて、連絡将校がVSKに押されるように通用扉を越える。
VSKは外へ出る直前に一度振り返り、搬入区画の鉄製扉を確認した。
向こう側から、何度も扉を蹴る音が響いている。
VSK「追いつかれるまで、長くても一分ありません」
蓮「十分だ」
蓮は最後に通用扉を通り、外側から扉を閉めた。
施錠できる構造ではない。
近くに転がっていた金属製の台車を引き寄せ、取っ手の前へ噛ませる。
完全には止められない。
だが、数秒程度の時間は稼げる。
蓮は市役所の壁へ背中を寄せ、南西方向へ延びる道路を見据えた。
自然公園までは、およそ二キロ。
ここから先は、遮蔽物の少ない市街地を二十名連れて移動しなければならない。
遠くで、短い銃声が一発響いた。
短い間を置き、続けて二発。
無秩序な連射ではない。
一人ずつ狙いを定めた射撃だった。
蓮「……416か?」
確証はない。
だが、南西側で誰かが敵を排除している。
蓮は隊列へ向き直った。
蓮「ここから先は市街地だ。壁際を進め。道路の中央には出るな」
捕虜たちの視線が集まる。
蓮「銃声が聞こえても勝手に伏せるな。俺が命令した時だけ動きを変えろ。前の奴を見失うなよ」
ブレンがG3を担ぎ直す。
VSKは連絡将校を隊列後方へ戻すと、SV-98を構えて市役所の角を警戒した。
VSK「後方は任せてください」
蓮「ああ。残りは?」
VSK「残り四発です」
蓮「十分だ。追ってくる奴だけに使え」
VSK「了解」
蓮は89式の安全装置へ指を添え、市街地へ一歩踏み出した。
蓮「……行くぞ。次に止まるのは、ヘリの前だ」
二十名の隊列が市役所の壁を離れ、自然公園を目指して動き始めた。
その直後。
背後の搬入区画から、通用扉を塞いでいた台車が激しく軋んだ。
市役所から南西へ約六百メートル。
市街地の外縁に、窓ガラスの割れた三階建ての事務所が残っていた。
その三階。
416は壁際へ片膝をつき、窓枠の下から市街地を監視していた。
自然公園のLZまでは、ここから約一・四キロ。
すでに、ヘリの接近を目視で確認できる範囲から外れている。
だが、LZに留まっていては、市街地を抜けてくる蓮たちを援護できない。
416は小銃の照準器越しに、南西へ延びる道路を一つずつ確認した。
大通りは見通しが良すぎる。
幅の狭い路地は遮蔽物が多いが、二十人近い集団では身動きが取れなくなる。
蓮が選ぶとすれば、大通りと平行に延びる裏道。
廃車や倒壊した外壁を利用でき、負傷者を支えながらでも移動できる。
416「……ここを使うはず」
照準器の向こうで、赤い光が明滅した。
市役所方面から響く銃声。
直後、建物の間から複数の人影が現れた。
先頭に小銃を構えた男。
その後ろに、二人一組となった捕虜たちが続いている。
列の中央には、負傷者を肩へ担いだ黒髪の人形。
最後尾には、長い狙撃銃を持つVSKの姿があった。
416「……出てきた」
照準器を動かし、担がれている人形へ焦点を合わせる。
垂れ下がった白色の髪。
動かない両腕。
416「G3……」
生きている。
少なくとも、市役所から連れ出すことには成功した。
416は安堵しかけた思考を切り替え、隊列の進行方向へ照準器を戻した。
喜ぶのは、全員がヘリへ乗ってからでいい。
蓮たちの進路上。
二百メートルほど先にある交差点へ、レッドカンパニーの私兵が集まり始めていた。
人数は六人。
そのうち一人は軽機関銃を持ち、別の一人は無線機で市役所と連絡を取っている。
道路脇には小型トラックが停車していた。
まだ蓮たちには気づいていない。
だが、このまま進めば数分以内に接触する。
416「……邪魔ね」
416は窓枠へ小銃を乗せ、軽機関銃手へ照準を合わせた。
距離は約二百六十メートル。
風は弱い。
射線上に民間人はいない。
照準器の中心を胸元へ重ねる。
呼吸を止めた。
タンッ!
小銃が肩を押す。
交差点に立っていた軽機関銃手が、武器を抱えたままその場へ倒れた。
「敵襲!」
「どこからだ!?」
私兵たちが一斉に身を伏せる。
無線機を持った兵士が、停車しているトラックの陰へ走ろうとした。
416は照準を移す。
タンッ! タンッ!
一発目が男の脚を捉えた。
体勢を崩したところへ、二発目が肩口へ命中する。
無線機が手から離れ、道路へ転がった。
残った四人が、事務所へ向けて小銃を構える。
「三階だ! 窓を撃て!」
ダダダダッ!!
弾丸が窓枠と外壁を叩く。
416は射撃されるより早く頭を下げ、床を這って隣の部屋へ移動した。
元いた窓から、ガラス片とコンクリート片が室内へ飛び散る。
416は壁際を進み、建物の北側にある窓へ移った。
同じ場所から撃ち続けるつもりはない。
窓の下から僅かに顔を出し、交差点を確認する。
私兵二人が事務所へ銃を向け、残る二人が北側の路地へ走り込もうとしていた。
射手を包囲するつもりだ。
416「そう。そのままこっちへ来なさい」
416の目的は、全員を倒すことではない。
敵の視線と銃口を、蓮たちの進路から逸らせばいい。
北側の窓から一発撃つ。
タンッ!
弾丸が、路地へ入ろうとした私兵の足元を叩いた。
「北側にもいるぞ!」
「二人以上だ! 回り込め!」
416は何も答えず、再び窓から離れた。
一人で複数の射撃位置を使い、敵に人数を誤認させる。
私兵たちは事務所の北側へ戦力を集め始めた。
その反対。
南側の裏道が空く。
416は最初の部屋へ戻り、別の窓から蓮たちの隊列を探した。
先頭を進む蓮が、交差点の異変に気づいて足を止めている。
敵の銃口が北側へ向いていることを確認すると、左手で捕虜たちへ前進を命じた。
416「……気づいたわね」
蓮たちが壁際を進み、交差点の南側にある建物の陰へ入る。
先頭から順に、遮蔽物の間を横切っていく。
416は照準器越しに人数を数えた。
一人。
二人。
三人。
隊列の途中で、G3を担いだ黒髪の人形が通過する。
その後ろにも捕虜が続く。
最後尾近くには、両手を拘束された男がいた。
VSKがその背後から監視している。
416「……誰、あれ」
救出対象ではない。
明らかに敵側の人間だ。
蓮が市役所内で拘束し、そのまま連れてきたのだろう。
416の視界内に、最後尾のVSKが入る。
人数の計測が終わった。
救出対象十九名。
拘束された男が一名。
蓮を加え、市役所から来る者は二十一名。
さらにLZにはスコーピオンがいる。
自分も戻れば、合計二十三名。
ヘリ二機の搭乗上限は二十二名。
416「……一人多いじゃない」
今考えても仕方がない。
全員がLZへ到着しなければ、座席の問題を考える意味さえない。
416は交差点へ照準を戻した。
北側へ回り込もうとしていた私兵の一人が足を止め、南側の裏道へ振り返る。
移動する捕虜の姿に気づいた。
「捕虜だ! 南側へ逃げてるぞ!」
416はすぐに照準を合わせた。
私兵が小銃を蓮たちへ向ける。
タンッ!
弾丸が男の脇腹を捉えた。
私兵は引き金を引くことなく、道路へ倒れ込んだ。
残った者たちが、再び事務所へ向けて無秩序に射撃する。
416は床へ伏せた。
頭上を弾丸が通過し、背後の壁へ穴を穿つ。
反撃はしない。
蓮たちは、すでに交差点を越えている。
ここへ留まる理由はなくなった。
416は小銃の弾倉を確認すると、低い姿勢のまま部屋を離れた。
廊下へ出て、建物の反対側にある階段へ向かう。
次の援護地点は、ここから南西へ三百メートル先。
蓮たちが進む速度を考えれば、先回りできる。
階段を下りる直前、416は割れた窓から市街地の奥へ視線を向けた。
遠方の道路を、一台の軍用トラックが移動している。
荷台には数人の私兵。
その足元には、長い砲身と脚架、円形の底板、複数の弾薬箱が積まれていた。
416は照準器を向け、その装備を確認する。
迫撃砲班。
車両は市役所ではなく、蓮たちの進行方向へ向かっている。
416「……次は、あれを止めろってことね」
416は階段へ足を踏み出した。
交差点の突破は終わった。
だが、自然公園までの道は、まだ半分以上残っていた。
市役所から南西へ約九百メートル。
先ほどの事務所を離れた416は、裏路地を抜け、半壊した集合住宅の二階へ移動していた。
自然公園までは、残り約一・一キロ。
ここからなら、蓮たちが進む裏道と、その先にある第二街区の大部分を見渡せる。
416は割れた窓の下へ身体を寄せ、小銃の照準器だけを外へ出した。
道路の先。
塀に囲まれた駐車場へ、先ほど確認した軍用トラックが停車している。
荷台から降りた私兵たちが、迫撃砲の部品を運び出していた。
円形の底板が地面へ置かれる。
その上へ砲身が取り付けられ、別の兵士が脚架を広げる。
弾薬箱を運ぶ者が二人。
照準器を覗く砲手。
無線機を持ち、蓮たちのいる方向を確認している指揮役。
合計六人。
動きに迷いがない。
即席で集められた兵士ではなく、迫撃砲の運用に習熟した部隊だった。
416「……展開が早い」
迫撃砲班から蓮たちまでの距離は、約六百メートル。
遮蔽物越しに攻撃できる迫撃砲にとって、十分な射程だ。
416は照準器を動かし、蓮たちの姿を探した。
裏道を進む二十名の隊列が、倒壊した商店の陰から現れる。
先頭の蓮が進路を確認し、その後ろを捕虜たちが続いていた。
まだ迫撃砲班の存在には気づいていない。
無線機を持った私兵が、何かを叫びながら片腕を上げた。
砲手が照準器を操作する。
装填手が弾薬箱から一発を取り出した。
細長い砲弾の先端には、通常弾とは異なる信管が取り付けられている。
416「……間に合わない」
416が小銃を構える。
だが、照準を合わせるより早く、装填手が砲弾を砲口へ落とした。
ボンッ!!
低い発射音とともに、砲弾が上空へ飛び出す。
装填手はすぐに次の弾を受け取ろうとした。
416は照準器の中心を男の胸へ重ねる。
タンッ! タンッ!
装填手の身体が揺れ、迫撃砲の横へ倒れ込んだ。
「狙撃だ!」
「遮蔽物へ入れ!」
迫撃砲班が一斉に動く。
砲手は姿勢を低くしながら、迫撃砲から離れようとした。
416は照準を移す。
タンッ!
弾丸が砲手の肩を捉えた。
男は身体を回転させるように倒れ、右腕を押さえながらトラックの陰へ転がり込む。
残った私兵たちが小銃を構える。
しかし、どの建物から撃たれたのか判断できていない。
416は窓の下へ身体を伏せた。
直後。
遠方の上空で、白い閃光が走った。
バンッ――!!
迫撃砲弾が、蓮たちの通過した裏道の上空で炸裂する。
地面へ落下してからではない。
道路から数メートル上で信管が作動し、破片が円状に降り注いだ。
周囲の窓ガラスが一斉に砕け、外壁へ無数の傷が刻まれる。
416「空中炸裂……!」
416はすぐに照準器を蓮たちへ向けた。
着弾地点は隊列の後方。
直撃ではない。
VSKが連絡将校を壁際へ引き倒し、最後尾の捕虜たちも建物の陰へ伏せている。
蓮が先頭から後方へ向かって、何かを叫んでいた。
照準器越しでは声まで聞こえない。
だが、倒れた捕虜を近くの者が起こし、隊列が再び動き始める。
少なくとも、歩けないほどの被害は出ていない。
416「……次は撃たせない」
416は迫撃砲班へ照準を戻した。
装填手が一人倒れ、砲手も右腕を負傷している。
それでも部隊は完全には止まっていなかった。
無線機を持つ指揮役が、トラックの陰から部下へ怒鳴っている。
「射手はあの集合住宅だ! 二階の割れた窓!」
「迫撃砲を回せ!」
「負傷者は後だ! 先に撃て!」
弾薬手の一人が、倒れた装填手の代わりに迫撃砲へ駆け寄る。
別の兵士が脚架を掴み、砲身の向きを変え始めた。
蓮たちではない。
今度は416のいる集合住宅を狙っている。
416「……私を先に黙らせるつもりね」
416は窓から離れ、廊下を挟んだ隣の部屋へ移った。
別の射撃位置から、迫撃砲へ近づいた弾薬手を狙う。
男は砲弾を抱えたまま、砲口へ手を伸ばしていた。
照準器の中心へ胸元を捉える。
タンッ!
弾薬手が前のめりに倒れた。
抱えていた砲弾が手から離れ、地面を転がる。
416「あと三人……」
迫撃砲班の指揮役が、自ら遮蔽物から飛び出した。
地面へ転がった砲弾を拾い上げる。
416は男へ照準を移した。
だが、トラックの荷台が射線を遮った。
指揮役は車体の陰を使って迫撃砲へ近づいていく。
416が射撃位置を変えようとした瞬間、別の私兵が小銃を乱射した。
ダダダダッ!!
弾丸が窓枠と室内の天井を叩く。
416は頭を下げた。
その僅かな時間で、指揮役が迫撃砲の横へ到達する。
砲弾を砲口へ落とした。
ボンッ!!
二発目が発射された。
416は窓から上半身を出し、迫撃砲の照準方向を確認する。
砲身はこちらを向いている。
416「……ッ!」
照準器から目を離す。
小銃を身体へ引き寄せ、窓から離れた。
砲弾が飛翔する時間は長くない。
階段まで走っていては間に合わない。
416は廊下へ飛び出し、建物の中央にある太い柱の陰へ向かった。
頭上から、空気を切り裂く音が近づいてくる。
窓の外。
集合住宅の上空で、小さな影が落下した。
直後。
視界が白く染まった。
ドガァァァンッ!!!
空中炸裂した迫撃砲弾が、二階の窓の外で爆発した。
破片が外壁と窓枠を叩き、残っていたガラスを室内へ吹き飛ばす。
爆風が廊下へ流れ込んだ。
416「――ッ!?」
身体が床から浮く。
背中からコンクリートの壁へ叩きつけられ、視界が激しく揺れた。
握っていた小銃が手から離れ、廊下の先へ滑っていく。
耳から音が消えた。
何かが燃える音も、崩れた天井材が落ちる音も聞こえない。
視界の端に、白い靄が見え隠れする
416は壁へ手をつき、立ち上がろうとした。
腕に力が入らない。
膝を立てても、身体を支えられずに再び床へ崩れ落ちる。
416「まだ……援護を……」
声を出したはずだった。
自分の声さえ聞こえない。
照準器の向こうで見たG3の姿が、途切れかけた意識に浮かぶ。
蓮たちは、まだ自然公園へ到着していない。
ここで止まるわけにはいかない。
床へ手を伸ばす。
指先は、小銃まで届かなかった。
白い靄が徐々に濃くなり、視界に映るものが一つずつ暗闇へ沈んでいく。
416「……G3……」
最後に残った光も消えた。
416の身体から力が抜け、その場で完全に動かなくなった。
第二街区。
市役所を出た蓮たちは、倒壊した商店が並ぶ裏道を進んでいた。
先頭を歩く蓮は、前方の交差点を確認してから左手を動かす。
捕虜たちが二人一組のまま、壁際を進む。
先ほどまで道路を塞いでいた私兵は、どこにも見当たらない。
代わりに、交差点の周辺には複数の血痕と、放棄された軽機関銃が残されていた。
蓮「……やっぱり416か」
射撃を受けた私兵たちは、蓮たちではなく北側の建物へ注意を向けていた。
その隙を作った者が誰なのか、考えるまでもない。
蓮は交差点を抜けると、次の建物へ向かって走るのではなく、隊列全体の歩調に合わせて前進した。
負傷者を置き去りにしないためには、先頭だけが急いでも意味はない。
背後からは、まだ市役所の追手が迫っている。
前方にも敵がいる。
そして、自然公園までは残り一キロ以上。
蓮が次の角へ近づいた時だった。
上空から、空気を裂く音が聞こえた。
蓮「……ッ!?」
音の正体を理解するより早く、隊列後方の上空で白い閃光が走った。
バンッ――!!
地面ではなく、道路から数メートル上で爆発が起きる。
爆風とともに無数の破片が降り注ぎ、周囲の窓ガラスが一斉に砕け散った。
蓮「伏せろ!」
蓮は近くにいた捕虜を壁際へ押し倒した。
隊列の中央では、ブレンがG3を抱えたまま道路へ身を伏せる。
最後尾のVSKは連絡将校の襟を掴み、建物の陰へ引き倒していた。
金属片が外壁へ突き刺さり、道路へ火花を散らす。
爆発の余韻が消えるより早く、蓮は立ち上がった。
蓮「全員、返事をしろ! 動けない奴はいるか!」
「だ、大丈夫だ!」
「こっちも歩ける!」
「腕を切っただけだ!」
隊列の後方で、一人の男が路上へ倒れている。
隣にいた捕虜がその腕を掴み、無理やり起こした。
「おい! 足は動くだろ!」
「う、動く……!」
「だったら立て!」
男の頬と上腕から血が流れている。
だが、傷は浅い。
歩行にも支障はない。
最初の一発は隊列の後方へ逸れていた。
直撃していれば、これだけでは済まなかった。
蓮「空中炸裂弾か……」
遮蔽物の裏にいても、上空で爆発すれば破片を防ぎきれない。
撃たれるまで路上に留まり続けることはできない。
蓮「前方の商店へ入れ! 屋根と壁が残っている場所を使え!」
捕虜たちが一斉に動き始める。
先頭から順に、半壊した商店の内部へ入っていく。
ブレンはG3の身体を庇うように抱え、列の中央から離れない。
VSKが連絡将校を立たせる。
男は膝を震わせていたが、VSKに背中を押されると、ほかの捕虜たちに続いて走り始めた。
遠方から、短い銃声が続けて響く。
迫撃砲の発射地点とは別の方向。
先ほどから自分たちを援護している射手だ。
蓮「……416が迫撃砲班を撃ってるのか」
銃声が止まる。
数秒後。
再び、低い発射音が遠方から響いた。
ボンッ――
蓮が顔を上げる。
今度の砲弾は、隊列の上空へ向かっていない。
空気を切り裂く音が、前方右側へ逸れていく。
その先にあるのは、半壊した集合住宅だった。
白い閃光。
ドガァァァンッ!!!
集合住宅の二階、その窓の外で砲弾が炸裂した。
爆風によって残っていた窓ガラスが吹き飛び、外壁から大量の破片が剝がれ落ちる。
煙と粉塵が、二階の窓から噴き出した。
蓮は足を止めた。
先ほどまで聞こえていた援護射撃が、完全に途絶えている。
蓮「……まさか」
VSKが連絡将校を商店の中へ押し込み、SV-98の照準器を集合住宅へ向けた。
VSK「射撃は、あの建物からでした」
蓮「…本当か?」
VSK「可能性は高いです」
集合住宅から返事も射撃もない。
迫撃砲班は、次の射撃準備へ入っているはずだ。
今度こそ隊列を捉えれば、逃げ場の限られた商店ごと破片を浴びる。
蓮「VSK。迫撃砲の位置は分かるか?」
VSKは集合住宅から照準器を外し、砲弾が飛んできた方向へ向けた。
低い姿勢のまま、崩れた階段を上がる。
商店の二階部分は壁の半分を失っており、そこから周囲の道路を見渡すことができた。
VSKは瓦礫へ伏せ、SV-98を安定させる。
照準器の中。
塀に囲まれた駐車場。
停車した軍用トラック。
その傍らに据えられた迫撃砲。
周囲には複数の私兵が倒れている。
装填手と弾薬手は動かない。
砲手も、トラックの陰で右腕を押さえていた。
それでも三人が残っている。
一人は迫撃砲の横で次の砲弾を拾おうとしていた。
別の一人は小銃を構え、集合住宅へ向けて発砲している。
無線機を持った指揮役が、部隊を立て直そうとしていた。
VSK「確認しました。距離、約600m」
蓮「撃てるか?」
VSK「問題ありません」
蓮「残弾は四発だ。迫撃砲を止めろ。全員を倒す必要はない」
VSK「了解」
VSKは迫撃砲の横にいる指揮役へ照準を合わせた。
男は地面へ転がった砲弾を拾い上げようとしている。
照準器の中心を胸元へ重ねる。
VSKが引き金を絞った。
SV-98の銃身が僅かに跳ねる。
指揮役が砲弾を取り落とし、迫撃砲の横へ倒れ込んだ。
射手の位置を知らせる銃声は響かない。
VSKはボルトハンドルを操作し、次弾を薬室へ送る。
残った私兵の一人が、倒れた指揮役へ駆け寄った。
迫撃砲を操作するつもりなのか、救助しようとしているのかは分からない。
だが、その手が砲弾へ伸びる。
VSKは照準を僅かに動かした。
二度目の引き金を絞る。
男の身体が横へ弾かれ、迫撃砲から数歩離れた位置へ倒れた。
最後に残った私兵が小銃を乱射する。
弾丸はVSKのいる商店とは異なる建物へ撃ち込まれていた。
まだ射手の位置を把握できていない。
男は倒れた仲間と迫撃砲を交互に見た。
やがて小銃を抱えたまま、駐車場の奥へ走り去っていく。
VSKは逃げる私兵を追わなかった。
照準器を迫撃砲へ戻す。
周囲に動ける者はいない。
VSK「迫撃砲、沈黙しました」
ボルトを操作し、薬室へ次弾を送る。
VSK「残り二発」
階下から蓮の声が返ってくる。
蓮「それでいい。降りてこい!」
VSKが階段を下りている間に、蓮は捕虜たちの状態を確認した。
全員が歩ける。
空中炸裂弾による軽傷者は出たが、搬送が必要な者はいない。
ブレンはG3を床へ一度下ろし、拾った小銃を構えながら商店の入口を警戒していた。
蓮「ブレン。ここで隊列を守れ」
ブレン「416を探しに行くのか?」
蓮「あの建物は進路上だ。置いてはいけない」
ブレン「分かった。だが、長くは待てないぞ」
蓮「二分で戻る」
戻ってきたVSKへ視線を向ける。
蓮「後方と捕虜を任せる」
VSK「待ってください…私も行きます」
蓮「残弾二発で、二十人を守れるのはお前だけだ。ここに残れ」
VSKは一瞬だけ集合住宅を見た。
だが、すぐに頷く。
VSK「……分かりました。ご武運を」
蓮「ああ」
蓮は商店の裏口から外へ出た。
瓦礫と廃車の陰を使い、砲撃を受けた集合住宅へ向かう。
外壁の一部が崩れ、二階から煙が流れ出している。
正面入口の扉は爆風で外れ、床へ倒れていた。
蓮は小銃を構えたまま内部へ入る。
薄暗い玄関。
崩れた天井材。
階段には割れたガラスとコンクリート片が散乱している。
蓮「416!」
返事はない。
足元へ注意しながら階段を上る。
二階へ到達すると、爆発によって吹き飛ばされた扉と家具が廊下を塞いでいた。
蓮は瓦礫を乗り越え、煙の向こうへ進む。
廊下の途中。
壁際に、小銃が転がっていた。
416の武器だ。
蓮「……416!」
さらに奥。
太い柱の脇に、人影が倒れている。
蓮は駆け寄り、その傍らへ片膝をついた。
416は壁へ背中を預けるように倒れ、完全に意識を失っていた。
衣服の一部は破れ、身体には細かな破片による傷が刻まれている。
だが、大きな破片が突き刺さった形跡はない。
胸元が僅かに上下している。
蓮は416の肩へ手を置き、軽く揺らした。
蓮「416、聞こえるか?」
反応はない。
頬を軽く叩く。
蓮「おい、起きろ。こんなところで寝るな」
416の瞼は動かなかった。
蓮は一度だけ息を吐くと、床へ転がっていた小銃を拾い上げた。
安全装置を確認し、負い紐を416の身体へ掛け直す。
それから意識のない416の腕を自分の肩へ回した。
蓮「……まったく。援護を頼んだ覚えはないんだがな」
返事はない。
蓮は416の身体を持ち上げた。
蓮「だが、助かった」
煙の残る廊下で、416を背負った蓮が立ち上がった。
商店の内部。
VSKは崩れた窓枠の陰から、蓮が向かった集合住宅を監視していた。
迫撃砲班は沈黙している。
駐車場に残った私兵にも、迫撃砲を再び操作しようとする動きはない。
だが、市役所方向から響く銃声と車両のエンジン音は、少しずつ近づいていた。
追手は諦めていない。
ブレン「二分が過ぎるぞ」
ブレンはG3を床へ横たえ、拾った小銃を構えながら商店の入口を警戒していた。
VSK「あと十秒待ちます」
ブレン「十秒で戻らなければ?」
VSK「私が迎えに行きます」
ブレン「蓮には残れと言われただろう」
VSK「命令を守って蓮とその仲間を失えば、何のために残ったのか分かりません」
ブレンは反論しなかった。
VSKが集合住宅へ向かおうとした、その時。
煙の流れる正面入口から、人影が現れた。
416を背負った蓮だった。
VSK「蓮!」
蓮は瓦礫を越え、足早に商店へ戻ってくる。
背中の416は完全に力を失い、両腕を蓮の肩から垂らしていた。
小銃は負い紐で身体へ掛けられている。
衣服の一部が破れ、髪や頬には白い粉塵が付着していた。
VSKが入口まで駆け寄る。
VSK「彼女は?」
蓮「意識がない。だが、目立った重傷はない」
416を背負ったまま、蓮は捕虜たちへ視線を向けた。
蓮「全員、立て! ここを離れるぞ!」
「もう行くのか!?」
蓮「市役所から追手が来ている。迫撃砲を止めても、ここが安全になったわけじゃない!」
捕虜たちが互いの身体を支えながら立ち上がる。
ブレンは小銃を身体の左側へ回し、再びG3を肩へ担いだ。
ブレン「蓮。その状態で先頭に立つつもりか?」
蓮「ここから先は一本道だ。問題ない」
ブレン「小銃は使えないぞ」
蓮「必要になれば416を下ろす。それまでは歩くことを優先する」
蓮は自分の89式を胸元へ吊り、416の両脚を支え直した。
蓮「VSKは最後尾。追手を警戒しろ」
VSK「了解しました」
蓮「ブレンは今までどおり中央だ。捕虜を止めるな」
ブレン「分かった」
蓮は先頭へ戻った。
背中に意識のない416を負いながら、商店の裏口から外へ出る。
蓮「残り約一キロだ。行くぞ!」
416を加え、蓮を含む二十二人の一団が、再び自然公園へ向かって動き始めた。
壊れた建物と建物の間を、隊列が進む。
先頭の蓮は、瓦礫を避けながら一定の歩調を保っていた。
416の重みが肩と背中へ食い込む。
走れば体力を消耗する。
遅すぎれば追手に追いつかれる。
蓮は呼吸を整え、歩調だけは崩さなかった。
数百メートル進んだところで、背中の416の指が僅かに動いた。
416「……ん……」
掠れた声が、蓮の耳元へ届く。
蓮「おう、起きたか?」
416「……ここ……は……」
蓮「市役所と自然公園の中間だ。お前は迫撃砲を食らって気絶していた」
416「迫撃砲……班は……?」
蓮「VSKが止めた、良い腕だ羨ましい」
416は何かを確かめるように目を開いた。
視界はまだ白く霞み、音も水の中にいるように遠い。
それでも、自分が蓮の背中にいることは理解した。
416「……降ろして」
蓮「歩けるのか?」
416「あなたに……運ばれるよりは、マシ」
蓮「強がりを言えるなら大丈夫そうだな」
416「誰が……強がりを……クッ…」
言い返そうとした416の身体から、再び力が抜けかける。
蓮は両脚を支え直した。
蓮「落ちるぞ。もう少し大人しくしていろ」
416「……命令しないで」
蓮「悪いが、今は俺が指揮官だ」
416「最悪……」
蓮「フッ、可愛いもんだ」
小さく悪態をついたあと、416は蓮の肩越しに隊列の中央へ視線を向けた。
ブレンの肩に担がれているG3が見える。
416「……G3は?」
蓮「生きている。意識は戻っていないがな」
416の表情から、僅かに力が抜けた。
416「そう……」
蓮「お前が道を空けたおかげで、ここまで来られた」
416「当然よ……私は完璧なんだから」
蓮「完璧な奴は、背負われながら言わんぞ?」
416「……うるさい」
短いやり取りの間にも、隊列は止まらなかった。
自然公園へ近づくにつれ、建物の数が減っていく。
代わりに街路樹と崩れた石垣が増え、遠方には公園の丘が見え始めていた。
残りは五百メートルほど。
その手前には、遮蔽物の少ない二車線道路が横切っている。
蓮は道路の直前で隊列を止めた。
蓮「416、一度下ろすぞ」
蓮は壁際へ片膝をつき、416をゆっくり下ろした。
416は壁へ手をついて立とうとする。
だが、平衡感覚が戻りきっておらず、身体が横へ傾いた。
蓮が左腕で受け止める。
蓮「おっと…」
416「……歩ける」
蓮「俺につかまっていればな」
416「余計な一言よ」
416は蓮の肩へ腕を回した。
自分の小銃は負い紐に預けたまま、もう片方の手で壁を支えにする。
蓮は89式を右手で構え、道路の左右を確認した。
人影はない。
車両の音も聞こえない。
蓮「先頭から渡れ。向こう側の石垣まで止まるな」
最初の二人組が道路へ出る。
続いて、次の組。
捕虜たちが間隔を空けずに道路を横断していく。
ブレンがG3を担いだまま中央を通過した。
半数が渡り終えたところで、最後尾のVSKが市役所方向へ振り返った。
建物の間から、白い光が揺れている。
エンジン音。
小型トラックが一台、裏道から姿を現した。
荷台には複数の私兵が乗っている。
VSK「追手です!」
蓮「全員、止まるな! そのまま渡れ!」
トラックが速度を上げる。
助手席の私兵が窓から小銃を突き出した。
まだ距離はある。
だが、隊列の最後尾が道路を渡りきる前に射程へ入る。
VSKは近くに停車していた廃車のボンネットへSV-98を乗せた。
照準器越しに、接近するトラックを捉える。
狙うのは荷台の私兵ではない。
正面のフロントガラス。
ハンドルを握る運転手。
照準器の中心を胸元へ合わせる。
VSKが引き金を絞った。
SV-98の銃身が僅かに跳ねる。
銃声は響かない。
フロントガラスへ小さな穴が開き、運転手の身体がハンドルへ覆い被さった。
トラックが大きく右へ逸れる。
「おい、何してる!」
「ハンドルを戻せ!」
助手席の私兵が運転手へ手を伸ばす。
間に合わない。
トラックは道路脇に放置されていた乗用車へ衝突した。
ガシャァァン!!
車体が横を向き、狭い裏道を塞ぐ。
荷台の私兵たちが投げ出され、残った者もすぐには射撃できない。
VSKはボルトを操作し、次弾を薬室へ送った。
VSK「残り一発」
蓮「十分だ! お前も渡れ!」
最後の捕虜が道路を横断する。
VSKはトラックへ照準を向けたまま後退し、道路の反対側へ入った。
蓮と416も石垣の陰へ移動する。
追手が立て直す前に、隊列は自然公園へ続く斜面へ入り込んだ。
舗装道路が途切れる。
低い木々と雑草に覆われた坂道が、丘の反斜面へ続いていた。
捕虜たちの体力は、もう限界に近い。
それでも、誰も立ち止まろうとはしなかった。
互いの肩を借り、背中を押し、斜面を上がり続ける。
「もう少しだ……」
「ヘリがいるんだろ……?」
「帰れる……帰れるぞ……」
蓮「喋る体力があるなら脚を動かせ! 丘を越えるまで止まるな!」
蓮は416の身体を支えながら、隊列の先頭を進む。
ブレンがG3を担ぎ、中央から遅れる者を急かす。
VSKは残された最後の一発を薬室へ入れたまま、後方を警戒していた。
やがて、丘の向こうから低い振動が伝わってきた。
最初は風の音と区別がつかないほど小さい。
だが、少しずつ一定の周期を持った重低音へ変わっていく。
バラバラバラバラ――
ヘリコプターのローター音。
捕虜たちが一斉に顔を上げた。
「ヘリだ……!」
「本当に来た……!」
その直後。
丘の反斜面から、緑色の光が薄明の空へ打ち上がった。
シュウゥゥゥ――
信号フレアが弧を描き、自然公園の上空を緑色に照らす。
木々の向こうに、両腕を大きく振るスコーピオンの姿が見えた。
スコーピオン「こっち! こっちだよ!」
西側の空から、二つの黒い機影が接近してくる。
緑色のフレアを確認すると、市街地を避けるように高度を下げ始めた。
UH-60。
二機。
蓮は一度だけ背後の市街地を振り返った。
追手の姿は、まだ見えない。
視線を前へ戻す。
救出者十九名。
拘束した連絡将校。
416。
そして、自分。
その全員が、ようやくLZへ辿り着こうとしていた。
蓮「……止まるな」
ローター音に負けないよう、声を張り上げる。
蓮「ヘリに乗るまでが脱出だ! 全員、前へ進め!」
蓮を先頭にした二十二人の一団が、緑色の光に照らされた丘の反斜面へ降り始めた。
自然公園、着陸地点。
緑色の信号フレアが朝焼けを染める。
西側から接近してきた二機のUH-60は、丘の稜線を越えないよう低空を維持したまま、反斜面へ回り込んだ。
機体の下で、低い木々と草が激しく波打つ。
スコーピオンはローターの巻き起こす風に身体を煽られながら、両手を大きく動かした。
スコーピオン「そのまま! もう少しこっち! そう、そこで降りて!」
一機目のUH-60が接地する。
降着装置が地面へ沈み、機体が僅かに傾いた。
側面扉が開き、搭乗員が飛び降りる。
搭乗員「救出対象は何名だ!」
蓮「こちらから二十二名! 重傷者が一名、ほかにも負傷者がいる!」
搭乗員「二機合わせて二十二名が限界だ! 重傷者から乗せろ!」
蓮「分かってる! ブレン、G3を一機目へ!」
ブレン「分かった!」
ブレンがG3を担いだまま、ローターの下へ駆け込む。
二人の搭乗員がG3の身体を受け取り、機内の床へ慎重に横たえた。
白色の髪が風に乱れる。
G3は目を覚まさない。
だが、胸元は僅かに上下していた。
ブレン「脚を負傷している! まだ意識が戻っていない!」
搭乗員「こちらで固定する! お前も乗れ!」
ブレンは機内へ上がりかけたところで、蓮を振り返った。
ブレン「蓮!」
蓮「G3を頼む!」
ブレン「この借りは、まだ返していないぞ!」
蓮「なら、そいつを無事に帰せ! それで十分だ!」
ブレンは何かを言い返そうとした。
だが、続いて運び込まれてくる負傷者を見て、口を閉じる。
ブレン「……分かった。必ず連れて帰る」
解放された者たちのうち、負傷の重い者から一機目へ乗り込んでいく。
一人。
二人。
搭乗員が腕を掴み、ローターの風に耐えられない者を次々と機内へ引き上げる。
G3とブレンを含め、十一名。
搭乗員「一機目、搭乗完了!」
パイロット「収容完了を確認。離陸する」
側面扉が閉じられる。
一機目のUH-60が出力を上げ、地面からゆっくりと浮き上がった。
続いて二機目が着陸する。
一機目はそのまま離脱せず、LZ西側の上空を旋回しながら、二機目の収容を援護する態勢へ入った。
その直後。
市街地へ続く坂道の向こうから、複数のエンジン音が響いた。
VSK「追手が来ます」
VSKがSV-98を構え、丘の斜面へ伏せる。
建物の陰から、二台の小型トラックが姿を現した。
荷台には十名以上の私兵。
後方を走る車両には、銃架へ固定された重機関銃が載せられている。
蓮「二機目への搭乗を急げ! 歩ける奴から乗り込め!」
捕虜たちがUH-60へ駆け込む。
先ほど娘に会うと言っていた男は、足を負傷した仲間へ肩を貸したまま走っていた。
「ほら、もう少しだ!」
「す、すまない……!」
「謝るのは家に帰ってからにしろ!」
二機目の搭乗員が二人を機内へ引き上げる。
蓮は416を支えながら、その後ろへ続いた。
416「蓮……私は歩ける」
蓮「そういう台詞は、俺から手を離してから言えよ?」
416「言われなくても……!」
416が蓮の肩から腕を外そうとする。
だが、途端に身体が傾いた。
蓮はその腰を支え、そのまま搭乗員へ預けた。
蓮「迫撃砲の爆風を受けている。意識は戻ったが、まだ一人では歩けない」
416「余計な報告をしないで」
搭乗員「分かった。奥へ運ぶ!」
416「待って、私は――」
搭乗員は416の抗議を無視し、機内へ引き上げた。
スコーピオンが最後までLZの中央に残り、二機目へ向かって手を振る。
スコーピオン「全員、こっち! 頭を低くして!」
銃声が丘の下から響いた。
飛来した弾丸が木々の枝を折り、UH-60の周囲で土煙を上げる。
蓮「伏せるな! そのまま走れ!」
蓮は89式を構え、斜面へ向けて短く射撃する。
タタタンッ! タタンッ!
先頭のトラックから降りようとしていた私兵たちが、車体の陰へ身を隠した。
後方の重機関銃手が銃身をUH-60へ向ける。
「ヘリを撃て!」
重機関銃が火を噴く寸前。
二機目のドアガンが咆哮した。
ダダダダダダダダッ!!
曳光弾が斜面を切り裂く。
トラックのフロント部分へ弾丸が集中し、ボンネットとエンジンルームから黒煙が噴き上がった。
重機関銃手が銃座から転がり落ちる。
もう一台のトラックから、筒状の火器を抱えた私兵が飛び降りた。
片膝をつき、UH-60へ向けて構える。
VSK「対戦車火器!」
VSKは廃車の残骸へSV-98を預ける。
照準器の中へ、発射器を構えた男の上半身を捉えた。
距離は三百メートル。
男の指が引き金へ掛かる。
VSKが、弾倉に残った最後の一発を撃った。
発砲音は響かない。
SV-98の銃身が僅かに跳ね、発射器を構えていた男の胸元が弾けた。
男は引き金を引くことなく、斜面を転がり落ちていく。
VSKは照準器越しに男が動かないことを確認すると、SV-98を下ろした。
VSK「脅威を排除しました」
蓮「よくやったVSK、乗れ!」
VSK「ですが――」
蓮「残りは俺とヘリの機銃で抑える! 連絡将校を連れていけ!」
VSKは拘束した連絡将校の襟を掴み、二機目へ向かって走った。
連絡将校はローターの風に足を取られ、地面へ膝をつく。
VSKは連絡将校を立たせると、呼吸を妨げないよう口元のガムテープを剥がした。
解放された連絡将校が、すぐに声を上げる。
連絡将校「ま、待て……!」
VSK「立ってください」
連絡将校「このまま乗れば、私はグリフィンへ引き渡される! 分かっているのか!?」
VSK「ここに残れば、あなたの部下に撃たれますよ」
連絡将校「……ッ」
VSK「好きな方を選んでください。もっとも、選ぶ時間はありませんが」
VSKは連絡将校を立たせ、機内へ押し込んだ。
スコーピオンもその後へ続く。
搭乗員が、機内にいる者を指差しながら数え始めた。
搭乗員「八、九、十――十一!」
蓮は89式で斜面を警戒したまま、二機目へ向かって後退する。
先頭のトラックを盾にして、私兵たちが丘を上がり始めていた。
距離は百五十メートルほど。
ヘリが地上に留まれる時間は、もう残されていない。
搭乗員「搭乗完了! 離陸するぞ!」
機内へ運び込まれた416が、その言葉に顔を上げた。
開いた側面扉の向こう。
蓮はまだ外にいる。
416「待って」
416が座席から立ち上がろうとする。
416「まだ蓮が乗っていない!」
搭乗員「こちらは十一名だ! もう一機も十一名、これ以上乗せると離陸できない!」
416「そんな……」
416は機内を見回した。
解放された七名。
VSK。
スコーピオン。
拘束された連絡将校。
そして自分。
十一名。
誰か一人が降りなければ、蓮は乗れない。
416「……その男を降ろして」
416が連絡将校を睨みつける。
416「敵の連絡将校でしょう? そいつを置いていけば、蓮が乗れる!」
連絡将校「なっ……!」
蓮が振り返った。
蓮「駄目だ」
416「どうしてよ!」
蓮「そいつは武器を捨て、拘束されている。今は捕虜だ」
416「だから何!? あなたが代わりに残る必要なんてない!」
蓮「捕虜を敵の目前へ放り出すわけにはいかない」
416「そいつはあなたを殺そうとした側の人間よ!」
蓮「それでもだ」
416は座席の固定帯を外そうとする。
416「なら、私が降りる。私は人形よ。多少の損傷なら――」
蓮「お前は負傷者だ」
416「動ける!」
蓮「一人では立てない奴が言う台詞じゃない」
416「蓮!」
娘に会うと言っていた男が、座席から立ち上がった。
「アンちゃん、俺が残る!」
蓮の視線が男へ向く。
「ここまで連れてきてもらったんだ! 俺一人ならどこかに隠れて――」
蓮「娘に会うんだろ?」
「……!」
蓮「だったら座っていろ。こんな所で約束を破るな」
「でも、あんたが……!」
蓮「俺なら大丈夫だ」
「そんなわけがあるか!」
蓮「帰って、娘を抱き締めてやれ。それが俺への礼だ」
男は何も言い返せなくなった。
握り締めた拳を震わせながら、座席へ腰を下ろす。
VSKがSV-98を蓮へ差し出した。
VSK「せめて、これを」
蓮「そのまま持っていけ」
VSK「これは、あなたの銃です」
蓮「万が一、機内で何か起きた時に丸腰じゃ困る。お前が持っていろ…それに、元は俺のじゃねぇしな」
VSK「ですが……」
蓮「持ち主へ返すのは、俺が帰ってからでいい」
VSKは蓮の顔を見つめた。
それが約束なのか、自分たちを安心させるための嘘なのか、問い返すことはできなかった。
VSK「……分かりました」
VSKはSV-98を胸元へ抱き、機内へ戻る。
斜面を上がってきた私兵たちが、一斉に発砲した。
ダダダダッ!!
弾丸がUH-60の胴体を叩く。
ドアガンが再び火を噴き、私兵たちを斜面へ押し戻した。
一機目のドアガンも上空から射撃へ加わった。
二方向から浴びせられる機銃掃射に、斜面の私兵たちは頭を上げられない。
だが、その制圧がいつまで続くかは分からなかった。
搭乗員「もう限界だ! 離陸する!」
416「待って! 蓮、手を伸ばして!」
416が搭乗員の腕を振り払い、開いた扉から右手を伸ばす。
蓮は一瞬だけ、その手を見つめた。
蓮「……416。そのまま手を出していろ」
416「だったら早く――」
蓮は89式を負い紐へ預け、胸元のポケットから使い込まれた黒い手帳を取り出した。
続いて襟元へ指を入れ、首に掛けていた鎖を引き出す。
鎖の先で、二枚のドッグタグが小さく触れ合った。
カチャ……
蓮は鎖を首から外した。
416の伸ばした掌へ、手帳とドッグタグを重ねて置く。
416「……何よ、これ」
416は掌へ落とされた物を見つめた。
擦れて傷の付いた手帳。
蓮の氏名と識別番号が刻まれた二枚の認識票。
どちらも、兵士が自分の身元とともに持ち歩くものだった。
416「どういうつもり?」
蓮「預かってくれ」
416「嫌よ」
416はすぐに手帳を突き返そうとした。
蓮はその手を両手で包み、指を閉じさせる。
416「こんなものを渡さないで! 自分で持っていなさい!」
蓮「戦うには少し邪魔なんでな」
416「見え透いた嘘をつかないで!」
蓮「……頼む」
命令ではなかった。
冗談でも、416を宥めるための軽口でもない。
蓮が初めて416へ向けた、短い頼みだった。
416の指が動かなくなる。
蓮「俺が帰ったら返してくれ」
416「だったら……絶対に取りに来なさい」
蓮「ああ」
416「約束して」
蓮「約束する」
蓮は416の手から離れた。
416は手帳とドッグタグを胸元へ強く抱き寄せる。
金属の冷たさが、掌へ食い込んでいた。
その重さは小銃よりも遥かに軽いはずなのに、今は両腕で抱えなければ落としてしまいそうなほど重かった。
416「蓮。G3はもう乗っているわ。任務は終わったのよ……だから、あなたも――」
蓮「お前はG3を連れて帰れ」
416「あなたを置いて帰れっていうの!?」
蓮「違う」
ローターの回転が上がる。
巻き起こる風の中で、蓮は僅かに笑った。
蓮「先に帰れと言っている」
416「そんな言葉で誤魔化せると思わないで!」
蓮「少し遠回りするだけだ。俺も必ず帰る」
416「嘘よ……!」
蓮「完璧なお前なら、信じられる嘘くらい見分けられるだろ?」
416「今それを言うの……?」
蓮「それと、グリフィンの指揮官に謝っておいてくれ。定員を一人分、勘違いしていたとな」
416「自分で謝りなさいよ!」
蓮「そうする」
機体が地面から離れ始める。
416が扉から身を乗り出そうとするのを、搭乗員が後ろから押さえた。
416「蓮!」
蓮「G3を頼んだぞ!」
416「蓮――!」
UH-60が上昇する。
着陸地点との距離が少しずつ開いていく。
蓮は離れていく機体を見上げていた。
その背後では、レッドカンパニーの私兵たちが再び斜面を上がり始めている。
娘に会うと誓った男が、座席から身を起こした。
「……必ず帰ってこい!」
男は震える右手を額へ上げた。
その隣にいた捕虜も続く。
一人。
また一人。
傷つき、疲れ果てた者たちが、開いた側面扉の向こうにいる蓮へ敬礼する。
スコーピオンも一瞬戸惑ったあと、隣にいる者の姿を真似て右手を上げた。
スコーピオン「緑の兵隊さん!!! 絶対に戻ってきてよ!」
VSKはSV-98を身体へ掛け直し、静かに右手を額へ添える。
VSK「ご武運を」
最後に、416が左腕で手帳とドッグタグを胸へ抱いた。
震える右手を持ち上げる。
蓮から目を逸らさず、指先を額へ当てた。
416「……必ず、帰ってきなさい」
ローター音に掻き消され、その声は蓮まで届かない。
それでも、蓮は見えていた。
機内から自分へ向けられた、いくつもの敬礼を。
蓮は89式を負い紐へ預け、背筋を伸ばした。
右手を額へ上げる。
遠ざかる二機のUH-60へ、真っ直ぐな敬礼を返した。
蓮「……行ってこい」
UH-60が高度を上げ、西の空へ機首を向ける。
緑色の信号フレアが燃え尽き、丘の反斜面が再び朝靄の薄明へ戻っていく。
416は扉の向こうに立つ蓮を見つめ続けた。
左手の中で、二枚のドッグタグが微かに触れ合う。
これは形見ではない。
蓮が戻ってきた時、本人へ返すために預かった物だ。
そう何度も自分へ言い聞かせながら、416は敬礼を解かなかった。
誰よりも多く傷つきながら。
誰よりも危険な場所へ踏み込みながら。
最後には、自分の席まで他人へ差し出した男。
優しきあなたに、敬礼を。
やがて二機のUH-60は丘を離れ、朝焼けの空の彼方へ飛び去っていった。
ローター音が遠ざかる。
蓮はゆっくりと右手を下ろした。
斜面の下では、残された私兵たちがこちらへ向かってくる。
蓮は89式を構え、弾倉を軽く叩いた。
薬室の一発を確認する。
蓮「さて……」
安全装置を解除する。
疲労の滲む顔に、不敵な笑みが浮かんだ。
蓮「俺も帰るとするか」
明け方の丘に、89式の銃声が響いた。
はい。
今回は、少し雑目に終わりました。
次回は、海自になります。
それでは。
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※2026年8月25日リメイク完了
大変お待たせしました。
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