陸自はドールズフロントライン、海自は艦これとアズールレーン、空自はアッシュアームズ三つの世界でバラバラになりながらでも生き残る   作:ゴーストライターとかした、素人小説書き

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この作品はアッシュアームズを元ネタに構成されています(例外あり)

もし、元ネタを知らない方は
Google先生にアッシュアームズをぶち込んで検索するように。

もう知っている方はどうぞ。

検索して一応なんとなくわかった方もご視聴ください。


Act.18 あなたと私は同じ

Act.18 あなたと私は同じ

 

 誰かが、名前を呼んでいた。

 

 布越しの光が、瞼の裏に透けている。

 

「起きて。もう昼になるよ」

 

 知っている声だった。

 

 雷電は目を開けた。

 

雷電「……勇翔君?」

 

 返事はない。

 

 代わりに、幕の向こうから子供たちの笑い声が聞こえた。

 

 身体を起こす。寝ていたのは簡易寝台で、頭上には大きな天幕が張られていた。枕元に畳まれた毛布。その隣には、見覚えのない鉄帽が置いてある。

 

 自分の袖を見た。

 

 いつもの服ではない。緑を基調にした迷彩服だった。

 

 指で生地をつまむ。妙に、手に馴染む。

 

雷電「ここは……」

 

 外へ出ると、眩しかった。

 

 建物の壁には弾痕があり、遠くの交差点には土嚢が積まれている。それなのに、天幕の前だけは、昼休みの校庭のように賑やかだった。

 

蓮「よし、次! 順番だぞ、順番!」

 

 男が子供を肩から下ろすと、別の子供が両手を上げて飛びついた。

 

 少し離れた場所では、腕を吊った捕虜らしい男に、隼人が水を渡している。

 

隼人「慌てて飲むな。まだある」

 

捕虜「……すまない」

 

隼人「礼は、運んでくれた人に」

 

 隼人が示した先で、桜が資材を抱えていた。

 

桜「感謝するなら、そこの空箱を片づけてほしいっす! 通れないっす!」

 

竜「食べ終わった者から手伝え。ほら、食器はこっちだ」

 

 竜の隣では、小さな子供が自分の顔ほどもある器を抱え、真剣に匙を動かしている。

 

 その後ろを、健三が空の車椅子を押して通りかかった。

 

健三「玄、ちょっと避けて」

 

玄「何だって――痛っ!」

 

 車輪が靴の踵へ当たり、玄が飛び上がる。

 

健三「あ、ごめん」

 

玄「先に止まれ! 声をかけながら進んでくるな!」

 

 子供たちが笑った。

 

 雷電も、つられて口元を緩める。

 

 誰の顔も知らないはずだった。

 

 けれど、名前が分かる。

 

 あそこにいるのが蓮。その隣が隼人。食事を配っているのが竜。

 

 思い出すより先に、胸の内へ浮かんでくる。

 

勇翔「凛」

 

 振り返った。

 

 勇翔が立っていた。

 

 同じ迷彩服を着て、二人分の水筒を持っている。顔つきが、今より少し若い。

 

 何より、目が違った。

 

 笑いながら、当たり前のように次の言葉を待っている。雷電の知る彼が、時折、笑顔の途中で遠くへ行ってしまうことを、まだ知らない目だった。

 

勇翔「どうしたの。そんなに驚いて」

 

雷電「私……」

 

 凛ではありません。

 

 そう言おうとしたのに、声が続かない。

 

勇翔「まだ疲れてる?」

 

雷電「少し、変な夢を見ていた気がして」

 

勇翔「なら、歩こうか。戻ったら交代だけど、それまでは休める」

 

 彼が手を差し出した。

 

 雷電の手が、迷わずその手を取った。

 

 自分のしたことなのに、ずっと前から知っていた仕草のようだった。

 

勇翔「蓮兄さん! 少し出てきます!」

 

蓮「おう。帰り道を忘れるなよ!」

 

勇翔「子供じゃないんだから!」

 

蓮「そういう意味じゃねえよ!」

 

 笑い声を背に、二人は歩き出す。

 

 天幕の陰で、信と斎藤がこちらを見ていた。

 

斎藤「仲がいいですねえ」

 

信「まったくだ。あとの二人も少しは見習えばいい」

 

蓮「聞こえてるぞ、親父」

 

隼人「その話は、帰ってからにしてください」

 

 声が、少しずつ遠くなる。

 

 雷電は一度だけ振り返った。

 

 勇翔が失った人たちが、そこにいた。

 

     *

 

 公園の道に、淡い花びらが落ちている。

 

 季節も、日付も分からなかった。

 

 風が吹くたびに枝が揺れ、繋いだ手の上へ薄い影が流れていく。

 

勇翔「帰ったら、みんなで花見をしよう」

 

雷電「ここでも、綺麗ですよ」

 

勇翔「うん。でも、帰ってやりたいんだ」

 

 言いながら、勇翔は花の向こうを見た。

 

勇翔「食べ物の数を数えなくてよくて、誰かが交代で見張らなくてもよくて。眠くなったら、そのまま寝てしまえる場所で」

 

雷電「……それは、いいですね」

 

勇翔「でしょ」

 

 彼は笑った。

 

勇翔「式も、その頃がいいかな」

 

 雷電の足が止まる。

 

雷電「式?」

 

勇翔「結婚式。和婚にしようって、言ってたじゃないか」

 

 胸の奥が、きゅっと痛んだ。

 

 雷電自身にはない約束だった。

 

 それなのに、嬉しい。

 

 嬉しくて、返事をする前から泣きそうだった。

 

 この気持ちは、誰のものだろう。

 

勇翔「凛?」

 

雷電「……忘れないでくださいね」

 

 考えていた言葉とは、別の言葉が出た。

 

勇翔「忘れないよ」

 

 勇翔はそう答えて、ベンチへ腰を下ろした。

 

 雷電が隣へ座ると、繋いだ手は自然にほどけた。代わりに、彼の肩が触れる。

 

 眠気が戻ってくる。

 

 もう少しだけ、この人の顔を見ていたかった。

 

 けれど、瞼が重い。

 

勇翔「眠っていいよ。時間になったら起こすから」

 

 肩へ寄りかかると、彼は動かなかった。

 

 遠くで子供が笑っている。

 

 花の匂いがする。

 

 誰も死んでいない日の、匂いがした。

 

     *

 

 午前十一時五十八分。

 

 帝都ゲルマニア、旧ホテル。

 

「……起きて」

 

 今度は、女の声だった。

 

 雷電が目を開けると、花は消えていた。

 

 古い天井。長椅子。薬品の匂い。

 

 窓の外で、車両の扉が閉まる音がする。

 

 ようやく、ここへ来たことを思い出した。

 

 酒場へ到着した救援隊は、負傷者と拘束者をそれぞれの車へ分け、二人をこの建物まで運んでくれた。

 

 営業を終えたホテルの一部を、学連が臨時の救護所として借り上げている。正面側は改修中で、裏手の出入口と、かつて従業員が使っていた部屋が稼働していた。

 

 ここで負傷者を引き継ぎ、安全を確認した車列で基地へ戻る。

 

 そう説明された。

 

 膝の擦り傷を手当てされ、勇翔も大きな怪我がないと確認されたところで、急に眠気が来たのだ。

 

 何分、眠ったのだろう。

 

雷電「勇翔君は……」

 

「すぐそこ。手を洗いに行っただけ」

 

 長椅子の脇に、女が座っていた。

 

 緑の迷彩服。

 

 夢の中で、自分が着ていた服だった。

 

 視線を上げる。

 

 言葉を失った。

 

 鏡を見たのかと思った。

 

 髪の整え方も、服も、表情も違う。それでも、目元から頬にかけての輪郭が、自分とよく似ていた。

 

 女は、雷電の顔を覗き込んで笑う。

 

凛「そんなに驚く?」

 

雷電「貴女は……凛さん?」

 

 口にしてから、自分でも驚いた。

 

 勇翔から聞いたのは、名前だけだったはずなのに。

 

凛「うん。清水凛」

 

雷電「でも、勇翔君は……亡くなったって」

 

凛「それも、本当」

 

 凛は困ったように眉を下げた。

 

凛「びっくりすることばかりで、ごめんね」

 

 雷電は膝の上で手を握った。

 

 つい先ほどまで、勇翔に握られていた気がする。

 

雷電「夢を、見ました」

 

凛「どんな?」

 

雷電「貴女の服を着ていました。勇翔君が、私を凛と呼んで……みんながいて。花の咲いている道を歩いて」

 

 凛の笑顔が、静かになった。

 

雷電「結婚式の話をしました」

 

 少し、間が空く。

 

凛「……あの日か」

 

雷電「本当に、あったんですね」

 

凛「ええ」

 

 凛は窓の方を見た。

 

凛「帰りに私が寝ちゃって、交代の時間ぎりぎりになったの。勇翔君、起こすのが可哀想だったって」

 

雷電「私、そこまでは……」

 

凛「見ていない?」

 

 雷電が頷く。

 

 凛は、何かを確かめるように彼女を見た。

 

雷電「どうして、私が貴女の記憶を?」

 

凛「あなたは私で、私はあなた……なんて言ったら、余計に困らせるかな」

 

雷電「はい。とても」

 

 凛が小さく吹き出した。

 

 雷電は笑えなかった。

 

雷電「私は、貴女の代わりなんですか」

 

 凛の表情が変わる。

 

凛「違う」

 

 返事は、早かった。

 

凛「ごめん。今の言い方は、よくなかった」

 

 凛は椅子を少し寄せた。

 

凛「どうして繋がるのか、今ここで全部は説明できない。でも、勇翔君に会ったのは、あなたでしょう。昨日、好きだと言ったのも。今日、震えている手を取ったのも」

 

雷電「……見ていたんですか」

 

凛「少し、妬くくらいには」

 

 その声に、初めて隠しきれない寂しさが混じった。

 

凛「私の記憶を見たからって、あなたが選んだことまで私のものにはならないわ」

 

 雷電は、握っていた手をほどいた。

 

雷電「私は、雷電です」

 

凛「知ってる」

 

雷電「勇翔君が好きです。でも……貴女がどんな人だったのか、知らないまま、負けたくないと思っていました」

 

凛「私も、そんなに綺麗な気持ちだけで来てないよ」

 

 凛が肩をすくめる。

 

凛「会えば、嫌いになれるかなって、ちょっと思った」

 

雷電「……嫌いに、なりましたか」

 

凛「困ったことに、まだ」

 

 今度は、雷電も少しだけ笑った。

 

 似た顔の二人が、違う仕草で目を伏せる。

 

 廊下で足音がした。

 

 凛が先に顔を上げた。

 

凛「ひとつ、お願いしてもいい?」

 

雷電「何でしょう」

 

凛「勇翔君のこと、本人に聞いてあげて。私に何を言われたからでもなく、あなたがどうしたいかを、ちゃんと伝えて」

 

雷電「……はい」

 

凛「それから、もうひとつ」

 

 凛は立ち上がった。

 

 扉の向こうを見ている。

 

凛「今日は、私たちの昔話だけで終わってくれないみたい」

 

     *

 

 同じ頃。

 

 勇翔は洗面台の前で、袖口についた汚れを落としていた。

 

 水は、もう濁っていない。

 

 それでも、指の間をもう一度擦る。

 

 鏡に映った顔を見て、ようやく蛇口を閉めた。

 

 廊下へ戻ると、改修中のロビーから何かが落ちる音がした。

 

勇翔「……誰かいますか」

 

 応答はない。

 

 代わりに、受付の陰から白い布が出た。

 

 ゆっくり左右へ揺れる。

 

勇翔「それで安心しろって?」

 

銀「丸腰の相手を、いきなり驚かせるのも失礼かと思いまして」

 

 受付の陰から、銀が立ち上がった。

 

 軍服も、鉄帽も、肩に掛けたM24も、記憶の中と変わらない。

 

 勇翔は、しばらく動けなかった。

 

銀「お久しぶりです、勇翔中尉」

 

勇翔「……電話では、二十分くらい前にも話した」

 

銀「では、顔を合わせるのはお久しぶりです」

 

 そんな訂正の仕方まで、銀だった。

 

 勇翔が一歩近づく。

 

 銀は逃げずに待っていた。

 

 差し出した手が、彼女の肩へ触れる。

 

 布の感触があった。

 

勇翔「本当に……」

 

銀「生き返ったわけではありません」

 

 勇翔の手が止まる。

 

銀「そこだけは、先にお伝えしておきます」

 

勇翔「信少佐も、竜大尉も来たのか?」

 

銀「はい。首魁と記録を、引き渡せる状態にしておきました」

 

 訊きたいことが、喉の奥でぶつかった。

 

 父は何を考えていたのか。

 

 あの日、最後まで一緒にいた者は。

 

 凛は、どこにいるのか。

 

 銀は、それを一度に受け止めるように勇翔を見ていた。

 

銀「まず、これを」

 

 差し出されたのは、小さく折られた紙だった。

 

 広げると、数字の列がある。

 

勇翔「座標?」

 

銀「凛少尉からです。なくさず、お持ちください」

 

勇翔「ここへ行けと?」

 

銀「準備もせずに飛び出せとは、誰も言っていません」

 

 少しだけ、声が厳しくなる。

 

銀「一人で行こうとしないでください。それは、必ず」

 

 勇翔は紙を畳み直した。

 

 背後の廊下を、医療員が担架を押して通る。銀は受付の陰へ半歩下がり、その姿を見送った。

 

勇翔「凛は、雷電のことを知っているんだな」

 

銀「ええ」

 

勇翔「僕は……」

 

銀「私に恋愛相談をしても、答えは出ませんよ」

 

勇翔「まだ何も言ってない」

 

銀「凛少尉に許していただければ、それで全部決まる。そんな話をするお顔でした」

 

 勇翔は口を閉じた。

 

銀「貴方の返事を待っている人には、貴方が答えてください」

 

勇翔「……分かってる」

 

銀「でしたら、結構です」

 

 銀が顔を上げた。

 

 急に、冗談を言う時の目ではなくなる。

 

 外で、短い発砲音がした。

 

 続けて、警笛。

 

 廊下の向こうで救援隊員が叫ぶ。

 

「全員、窓から離れろ! 負傷者は裏の搬出口へ!」

 

勇翔「追跡班は退いたんじゃなかったのか」

 

銀「退きました。こちらは別です」

 

 銀は窓際へ出ず、壁の陰から外を確かめた。

 

銀「本拠地にいなかった装甲班です。捕まった連中を、ここから運び出すと思ったのでしょう」

 

 正面の通りから、拡声器の声が響く。

 

「ビモを出せ! あの男と女もだ! ここに入ったのは見てるんだ!」

 

 勇翔は、奥の廊下を見た。

 

 雷電がいる。

 

 負傷者も、医療員もいる。

 

 銀が、ホルスターの拳銃を抜いた。

 

 銃口を下げたまま、勇翔へ差し出す。

 

銀「前の拳銃は、もう隊員へ渡したのでしょう。使えますか」

 

 P226だった。

 

勇翔「ああ」

 

 受け取った重さを、指が覚えていた。

 

 けれど、それを懐かしむ余裕はない。

 

勇翔「隊長へ知らせる。僕らが勝手に動いたら、味方に撃たれる」

 

銀「私は正面を見ます。雷電さんをお願いします」

 

 勇翔が走り出す。

 

 ホテルの外で、再び銃声がした。

 

     *

 

 救援隊長は、裏口近くで無線を握っていた。

 

「首魁はここにいない! こちらは救護所だ! 武器を捨てろ!」

 

 返事の代わりに、正面の窓が割れる。

 

 隊長が舌打ちした。

 

勇翔「正面に装甲を着た集団。協力者が一名、ロビー側を見ています。僕も援護できます」

 

 隊長は、彼の手にある拳銃を見た。

 

「その銃は?」

 

勇翔「協力者から借りました。先ほど、僕らの退路を確保してくれた狙撃手です」

 

「身元は、後で確認する。味方の位置は無線で知らせる。奥から撃つなら、必ずこちらへ伝えろ」

 

 小型の無線機が渡される。

 

「応援は向かっている。追うな。負傷者を出すまで持たせてくれ」

 

勇翔「了解」

 

 休憩室の扉が開いた。

 

 雷電が出てくる。

 

 眠そうな顔ではなかった。

 

勇翔「雷電、歩けますか」

 

雷電「はい。皆さんは?」

 

「動ける者から裏へ。一人、担架を押す手が欲しい」

 

雷電「私が行きます」

 

 言うなり、雷電は医療員の方へ向かった。

 

 勇翔が思わず袖へ手を伸ばす。

 

 彼女が振り返った。

 

雷電「無茶はしません。勇翔君も、戻ってきてください」

 

 掴みかけた指を、勇翔は下ろした。

 

勇翔「……はい。必ず」

 

 雷電は頷き、担架の脇へ立った。

 

 夢の話も、凛の話も、今はできない。

 

 そのことを、二人とも分かっていた。

 

     *

 

 正面玄関の向こうで、煙が膨らんだ。

 

 救援隊の警告は続いている。

 

 相手は止まらなかった。

 

 車から降りてきた十人ほどの男たち。そのうち何人かが正面に残り、残りが工事用の柵を押し倒して建物へ入ってくる。

 

 鉄の板を継ぎ合わせたような装甲が、白い煙の中で鈍く光った。

 

 足並みだけは、路上で襲ってきた連中より揃っている。

 

「奥だ! 女と男を押さえれば、向こうも手を出せねえ!」

 

 銀が一発撃った。

 

 男の一人が戸口へ倒れ、後続が散る。

 

 返ってきた銃弾が受付を削った。

 

銀「中尉、ここは保ちません」

 

勇翔「裏へ抜ける廊下だけは渡せない」

 

 勇翔は無線へ呼びかけた。

 

勇翔「ロビーへ侵入。僕らは旧食堂側へ下がります」

 

『了解。こちらは裏手の退路を確保中。正面の敵は外の班が押さえる』

 

 低い天井に、銃声が反響した。

 

 勇翔と銀は、使われなくなった食堂へ移る。

 

 並べられた椅子には布が掛かり、壁際の鏡には養生紙が貼られていた。

 

 昨夜の食堂が、一瞬、頭をよぎる。

 

 料理を選び、冗談を言い、好きだと告げられて、どう返事をすればいいのか分からなかった。

 

 まだ、半日しか経っていない。

 

 入口の扉が弾けた。

 

 勇翔は身を伏せた。

 

 卓上に置かれていたガラスが砕ける。

 

 近づいた銃口へ向け、二発返した。

 

 男がよろめく。

 

 だが、倒れない。

 

 装甲に当たったのが見えた。

 

勇翔「……厄介だな」

 

 男の銃口がこちらへ戻る。

 

 銀の射撃が、その動きを遮った。

 

銀「前へ出すぎです!」

 

勇翔「分かってる!」

 

 分かっていても、足は前へ出ようとしていた。

 

 あの廊下を抜かれれば、雷電がいる。

 

 そう考えた瞬間、視野が狭くなる。

 

 無線が鳴った。

 

雷電『勇翔君、聞こえますか』

 

 息を吸った。

 

勇翔「聞こえます」

 

雷電『歩ける方は、裏の車へ移りました。担架はあと一台です。医療員さんと一緒にいます』

 

勇翔「分かりました」

 

雷電『隊長さんから。裏の廊下は閉めました。こちらへ下がる時は、声をかけてください』

 

 勇翔は、目の前の入口だけを見ていたことに気づく。

 

 守っているのは、自分一人ではない。

 

 銀が銃を持ち替えた。

 

銀「聞こえましたね」

 

勇翔「ああ。下がろう」

 

 食堂の奥へ退く。

 

 男たちの足音が、表側の廊下で分かれた。

 

 こちらを追ってくる者と、裏へ回ろうとする者。

 

 銀が勇翔へ合図し、柱の向こうへ姿を消した。

 

 すぐに短い物音がした。

 

 誰かが倒れ、銃が床を滑る。

 

 勇翔も扉を押さえ直そうとした。

 

 その時だった。

 

凛「そっちは、もう大丈夫」

 

 背後から、声がした。

 

 振り向きかけた銃口が、途中で止まる。

 

 凛が立っていた。

 

 古びたガンケースを片手に下げ、もう片方の手を上げている。

 

凛「久しぶり、勇翔君」

 

 勇翔は、声を出せなかった。

 

 顔を忘れていたわけではない。

 

 声を忘れていたわけでもない。

 

 けれど、こうして自分を見て、次に何を言うか待っている凛を、もう二度と見られないと思っていた。

 

勇翔「……凛」

 

 やっと呼べた名前が、ひどく掠れた。

 

凛「うん」

 

 彼女がケースを置く。

 

 勇翔は片手を伸ばした。

 

 頬へ触れる直前で、止まる。

 

 凛はその手を取り、自分の頬へ当てた。

 

凛「ちゃんと、いるよ」

 

 柔らかかった。

 

 体温があった。

 

 勇翔の口元が歪む。

 

 何か言おうとして、息だけが漏れた。

 

 遠くで、また銃声がした。

 

 凛が彼の手を、そっと下ろす。

 

凛「話は、後でしよう。待っている人たちがいるでしょう」

 

勇翔「……行かないでくれ」

 

 凛は、一瞬だけ目を伏せた。

 

凛「今日は、話をしないで帰ったりしない」

 

 勇翔は頷いた。

 

 一度では足りず、もう一度。

 

 銀が戻ってきた。

 

銀「奥へ回ろうとした一名を止めました。縛ってあります。……凛少尉、その荷物は」

 

凛「小畑兵長から。二人で使って」

 

 開かれたケースに、二挺の89式小銃が収まっていた。

 

 勇翔は膝をつく。

 

 一本を持ち上げると、握った感触に覚えがあった。

 

 使い込まれた握りの、僅かな癖。

 

 手袋越しでも分かる。

 

勇翔「小畑が、これを……」

 

凛「渡すなら、ちゃんと手を入れたものにしろって」

 

銀「彼らしいですね」

 

 銀も一本を受け取った。

 

凛「弾倉は一本ずつ。ここへ持ってこられたのは、それだけ」

 

勇翔「十分だ」

 

 言ってから、勇翔は凛を見た。

 

勇翔「ありがとう」

 

 凛が頷いた。

 

 勇翔は無線を取り直す。

 

勇翔「旧食堂、こちら二名。奥へ回った一名を拘束。裏手の状況は?」

 

『最後の担架を搬出した。裏の部屋は無人だ。外周へ応援が到着する』

 

 銃声の向こうで、雷電の声がした。

 

雷電『勇翔君。全員、外へ出ました』

 

勇翔「了解」

 

 ようやく、一息つけた。

 

 凛は、その横顔を見ていた。

 

     *

 

 男たちが、自分たちの誤りに気づいた時には、正面の通りも塞がれていた。

 

 拡声器から投降の呼びかけが続く。

 

 外に残った者のうち、二人が武器を置いた。残る者も救援隊の射撃に押さえられ、入口へ戻れない。

 

「本部はどうした!」

 

「繋がりません!」

 

「なら、裏へ――」

 

「裏も車で塞がれてる!」

 

 ロビーへ戻った四人が、受付と柱の陰へ分かれた。

 

 頭上では、古い照明が揺れている。

 

 銃弾を受けた飾りの一部が落ち、甲高い音を立てた。

 

 男の一人が、反射的に見上げる。

 

 受付の電話が鳴った。

 

 全員が、そちらを見た。

 

「……誰だ」

 

 電話は鳴り続けた。

 

 指揮を執っていた男が、受話器を取る。

 

銀『こちらの声は聞こえますか』

 

「女……お前か!」

 

銀『この建物に、貴方たちが連れ戻せる人間はいません。負傷者の避難も済みました』

 

「うるせえ! そっちの男を出せ!」

 

銀『正面の部隊は、投降を受け入れると言っています』

 

 食堂の壁際で、銀が受話器を持っていた。

 

 勇翔は扉を見ている。

 

 元から各部屋を繋いでいた内線は、まだ生きていた。

 

 通話の向こうで、別の男が叫ぶ。

 

「もういいだろ! ボスも捕まってるんだぞ!」

 

「黙れ!」

 

 短い争いの音。

 

 その直後、受話器が落とされた。

 

 勇翔の見ている扉へ、銃弾が飛んだ。

 

 木片が頬を掠める。

 

 銀が受話器を置いた。

 

銀「外へ知らせてください」

 

 勇翔は無線へ状況を伝えた。

 

 正面の隊員たちが、左右へ位置を変えるのが見えた。

 

 指示と、返事。

 

 銀が短く頷く。

 

 廊下を横切ろうとした男が、再び銃を上げた。

 

 勇翔が撃った。

 

 男が倒れ、次の銃声が銀の側から響く。

 

 ロビーの奥へ走ろうとしていた男の足が止まった。

 

「武器を捨てろ!」

 

 正面から、救援隊が入ってくる。

 

 残った一人が、銃を床へ落とした。

 

 もう一人は、受付の陰にいた。

 

 指揮を執っていた男だった。

 

 肩を掴もうとした隊員へ、隠していた拳銃を向ける。

 

勇翔「銃!」

 

 勇翔と隊員の射撃が、ほとんど重なった。

 

 男が受付へもたれ、そのまま動かなくなる。

 

 銃声が止んだ。

 

 投げ出された受話器から、細い音だけが流れていた。

 

 勇翔は銃を下ろさず、息を整えた。

 

「奥を確認する。負傷者に医療員を!」

 

 隊長の声が戻ってくる。

 

 銀に拘束されていた男が、廊下から連れ出された。

 

 外へ向かう途中、男は一度だけ勇翔を見た。

 

 勇翔は、何も言わなかった。

 

     *

 

 午後零時二十分。

 

 ホテル内の確認が終わった。

 

 救護所にいた者は、全員退避している。応援の到着もあり、襲撃者の逃走は食い止められた。

 

 勇翔は隊長へ、見たことと、自分が撃った位置を伝えた。

 

「続きは戻ってから聞く。今は裏の部屋で待っていてくれ」

 

 隊長が部下に呼ばれ、正面へ戻る。

 

 食堂の入口で、銀が待っていた。

 

銀「お借りしていたものを、回収します」

 

勇翔「これ、貸与だったのか」

 

銀「小畑兵長へ返さなければなりません。中尉の私物にすると、怒られるのは私です」

 

 いつもの調子だった。

 

 勇翔は拳銃と小銃を、それぞれ安全を確かめてから返した。

 

 銀がケースを閉じる。

 

勇翔「軍曹」

 

銀「はい」

 

勇翔「君たちは……僕を恨んでいないのか」

 

 銀の手が止まった。

 

勇翔「信少佐も、蓮兄さんも。敵に操られていたとしても、あの時、僕らの家族がしたことは消えない」

 

銀「消えませんね」

 

 勇翔は顔を上げた。

 

 銀も、目を逸らさなかった。

 

銀「ですが、その事実と、貴方が生きていてはいけないという話は、別です」

 

勇翔「……僕は、止めきれなかった」

 

銀「私もです」

 

 銀は胸元の十字架へ触れた。

 

銀「悔やんでいる人間なら、ここにもいます。貴方と隼人中尉だけで、全部を引き受けたつもりにならないでください」

 

 責める口調ではなかった。

 

 それが、余計に胸へ響いた。

 

勇翔「それでも、祈れるんだな」

 

銀「ええ。答えが分からない時にも、祈れますから」

 

 勇翔は自分の手を見た。

 

 洗ったばかりだったのに、また汚れている。

 

銀「今日、貴方が戻れる場所を増やせたなら、私たちの仕事にも意味があったのでしょう」

 

勇翔「……また会えるか」

 

銀「次も銃撃戦では、困りますね」

 

 銀が微笑む。

 

 その背後で、窓のない廊下が暗くなった。

 

 影が深まったのかと思った。

 

 けれど、銀がそこへ一歩踏み込むと、軍服の輪郭まで闇に溶けた。

 

勇翔「銀」

 

銀「凛少尉が、待っています」

 

 声だけが、最後に残った。

 

 ケースを持ち上げる音も、靴音も、もう聞こえない。

 

 勇翔は、しばらく廊下を見つめていた。

 

 外から医療員を呼ぶ声がして、ようやく振り返る。

 

 まだ、この建物には生きている人たちの仕事が残っていた。

 

     *

 

 中庭に面した、小さな渡り廊下。

 

 凛は、壁際の椅子に座っていた。

 

 足元に落ちた葉を、靴先で裏返している。

 

 勇翔の足音に気づくと、顔を上げた。

 

凛「お帰り」

 

 その言葉を聞いた途端、勇翔の歩みが速くなった。

 

 凛が立ち上がる。

 

 彼は、その身体を抱きしめた。

 

 今度は、途中で手を止めなかった。

 

凛「……うん」

 

 凛の腕が、背中へ回った。

 

 軍服の匂いがする。

 

 髪が頬に触れる。

 

 生前、何度も確かめたはずのものが、信じられないほど鮮明だった。

 

勇翔「会いたかった」

 

凛「私も」

 

勇翔「ずっと……」

 

 続きが言えなかった。

 

 凛は何も急かさず、背中へ回した手を動かした。

 

 泣いていることを指摘もしなかった。

 

 勇翔の呼吸が少し落ち着いてから、ようやく口を開く。

 

凛「今、怪我は?」

 

勇翔「ない。顔を少し擦っただけ」

 

凛「よかった」

 

勇翔「雷電も、無事だ」

 

凛「うん。さっき、医療員さんを手伝っていたよ」

 

 勇翔は腕を緩めた。

 

 けれど、離れきれずにいた。

 

勇翔「あの時……」

 

 凛が、静かに待つ。

 

勇翔「もっと、君を逃がそうとすればよかった。何を言われても、引っ張ってでも。そうしたら、せめて君だけは」

 

凛「逃げてほしいって、言ってくれたでしょう」

 

勇翔「足りなかった」

 

凛「私は、残ると決めた」

 

 勇翔が目を閉じる。

 

凛「仲間が戦っているのに、一人で逃げるのが嫌だった。あの時は、本当にそう思ったの」

 

勇翔「でも――」

 

凛「私にも、後悔はあるよ」

 

 勇翔の声が止まった。

 

凛「帰ればよかったって。あなたと一緒に、何が何でも帰ればよかったって。いなくなってから、思わなかったわけじゃない」

 

 凛の指が、勇翔の袖を掴む。

 

凛「でも、その後悔を、全部あなたのせいにするつもりはない。私は、私の選んだことを覚えてる」

 

 勇翔は目を開けた。

 

 凛も、泣きそうな顔をしていた。

 

凛「あなたを恨んで死んだわけじゃない。それだけは、信じてほしい」

 

 勇翔は、すぐには頷けなかった。

 

 長い間、別の声を聞き続けていた。

 

 自分だけが生き残った。

 

 もっとできた。

 

 もっと失えばよかった。

 

 何度も繰り返したその声が、目の前の凛の声より強くなりそうだった。

 

 だから、もう一度、彼女の顔を見た。

 

勇翔「……信じたい」

 

凛「うん」

 

勇翔「すぐには、全部変えられないと思う」

 

凛「分かってる」

 

 凛が、少し笑った。

 

凛「昔から、頑固だったもの」

 

勇翔「君に言われるとはね」

 

凛「私は認めてるから、いいの」

 

 勇翔も、ようやく笑えた。

 

     *

 

 二人は椅子へ腰を下ろした。

 

 中庭の向こうを、担架を片づける隊員たちが通っていく。

 

 凛がポケットから、小さな木箱を出した。

 

 蓋には菊の紋章がある。

 

勇翔「……その箱」

 

凛「覚えてる?」

 

勇翔「吸ってみたいと言ったら、帰ってからにしようって、しまわれた」

 

凛「そんな約束も、したね」

 

 蓋を開けると、葉巻が入っていた。

 

 凛は一本を差し出す。

 

凛「いる?」

 

 勇翔は少し迷い、受け取った。

 

 凛がライターを開く。

 

 小さな金属音。

 

 その音まで懐かしかった。

 

 火を移し、煙がゆっくりと中庭へ流れていく。

 

 勇翔は、膝の上に置いた手を見つめた。

 

勇翔「空自へ行ったのは、やり直したかったからだけじゃなかった」

 

 凛は黙って聞いている。

 

勇翔「誰も知らないところまで飛べたら、そのまま戻れなくてもいいと思っていた時期がある」

 

 灰が、先端に溜まっていく。

 

勇翔「でも、行った先にも人がいた。小貝さんがいて、教わって、張り合って……放っておいてくれなかった」

 

凛「小貝さん、か」

 

勇翔「斎藤の、お兄さんだよ」

 

凛「うん」

 

 勇翔は横を向いた。

 

勇翔「小貝さんも、まだ苦しんでる。昨日、二人で斎藤の話をした」

 

凛「……そう」

 

勇翔「君たちに会ったこと、彼にも話す。何も分からないまま、期待させるのは怖いけど……僕だけ知っていていいことじゃない」

 

凛「見たことを、話してあげて。分からないところは、分からないままで」

 

 勇翔は頷いた。

 

 風が通る。

 

 煙の向こうに、雷電の顔が浮かんだ。

 

 今日、公園で自分を見上げた時の顔。

 

 手を握り返してくれた時の顔。

 

勇翔「……雷電が、好きなんだ」

 

 凛は、すぐには答えなかった。

 

 木箱の角を、親指でなぞっている。

 

凛「うん」

 

勇翔「君に、ちゃんと言わなきゃと思ってた」

 

凛「それを聞いて、私が何も感じないと思う?」

 

勇翔「……思わない」

 

凛「よかった。そこまで鈍かったら、少し怒ってた」

 

 冗談のように言う。

 

 けれど、笑いきれてはいなかった。

 

凛「寂しいよ。嬉しいだけなわけ、ないでしょう」

 

勇翔「凛……」

 

凛「でも、あなたが誰かと明日の話をできるのは、嬉しい。本当は、その隣が私ならよかったって、今でも思うけど」

 

 最後の言葉だけが、小さかった。

 

 勇翔は葉巻を灰皿へ置き、凛の手を取った。

 

勇翔「君としたかったことは、今も覚えてる」

 

凛「覚えていて」

 

 凛が握り返す。

 

凛「全部なかったことにして進んでほしいなんて、私は言えない」

 

勇翔「ああ」

 

凛「でも、雷電とする約束は、雷電のための約束にしてね」

 

 勇翔は、しっかり頷いた。

 

 凛も頷く。

 

 それから、二人はしばらく黙って座っていた。

 

     *

 

凛「そろそろ、渡しておかないと」

 

 凛は小さなケースを取り出した。

 

 葉巻の箱より、ずっと小さい。

 

 勇翔は、その形を見ただけで息を止めた。

 

 蓋が開く。

 

 指輪があった。

 

凛「戦争が終わったら、あなたに渡すつもりだったもの」

 

 勇翔は、ケースへ触れられなかった。

 

 夢のような再会の中で、その小さな輪だけが、失われた時間の重さを持っていた。

 

勇翔「持っていたのか」

 

凛「うん。ずっと」

 

 凛はケースを閉じ、彼の掌へ載せた。

 

凛「渡せないままになるのが、嫌だったの」

 

勇翔「……ありがとう」

 

凛「今、着けなくていいよ。いつか、これを見て、帰れなかった日のことだけじゃなく、帰って何をしたかったかも思い出せるようになったら。その時、どうするか決めて」

 

 勇翔の指が、ゆっくり閉じる。

 

 凛が立ち上がった。

 

 光の当たり方が、変わった気がした。

 

勇翔「待ってくれ。君たちは、どうしてここへ来られる? 銀は、生き返ったわけじゃないと言っていた」

 

凛「ええ。その通り」

 

 凛は、閉じたケースを見た。

 

凛「私たちには、まだ終わっていない使命がある。それを果たすまでは、こうして動ける。でも、終われば、今の形でここへ来ることもなくなる」

 

勇翔「それは……403の、みんなも?」

 

凛「私たちの部隊が、ようやく行けるところへ行く。そういうこと」

 

 勇翔の背中が冷えた。

 

 再び失う日がある。

 

 会えた喜びが大きいほど、その意味は重かった。

 

勇翔「その使命って、何なんだ」

 

凛「今、全部を話せるわけじゃない。銀から受け取ったものは、持っている?」

 

 勇翔は胸元の紙へ触れた。

 

凛「その場所へ行く時も、生きて戻るつもりで行って。私たちに会うために、帰り道を捨てたりしないで」

 

勇翔「君は、そこにいるのか」

 

凛「必ず会えるとは、約束できない」

 

 勇翔は唇を噛んだ。

 

 凛は嘘をつかなかった。

 

 それが、今はありがたくも、辛くもあった。

 

勇翔「雷電と、話したんだな」

 

凛「うん」

 

勇翔「君たちは……」

 

 似ている。

 

 初めて会った時から、思っていた。

 

 けれど、目の前の凛と、今日一緒に歩いた雷電は、決して同じ振る舞いをしなかった。

 

 同じ顔立ちの奥にあるものを、一緒くたにしたくはなかった。

 

凛「不思議よね」

 

 凛はそう言い、休憩室の方を見た。

 

凛「あの子には、私が見た景色が届くことがあるみたい。けれど、これから何を見るかは、あの子が決めることよ」

 

 勇翔は、紙を取り出しかけた手を止めた。

 

 今は、引き留めるための質問を増やしているだけなのかもしれない。

 

 凛が向き直る。

 

 その瞳を、もう一度見た。

 

勇翔「凛。最後に、抱きしめていいか」

 

凛「さっきも、抱きしめてたでしょう」

 

勇翔「……そうだった」

 

 凛が笑い、腕を広げた。

 

 勇翔は、その中へ一歩進んだ。

 

 今度は、引き留めるために力を込めなかった。

 

凛「キスは?」

 

 勇翔が顔を上げる。

 

 凛の目が、少しだけ意地悪に細くなった。

 

凛「そこまで全部、私から言わせるつもり?」

 

勇翔「……しても、いいなら」

 

凛「いいよ」

 

 短く、唇が触れた。

 

 懐かしかった。

 

 離れたくないと思った。

 

 その気持ちを抱えたまま、勇翔はゆっくり腕をほどいた。

 

凛「さようなら、渡邉勇翔」

 

勇翔「さようなら、清水凛」

 

 凛は数歩、廊下を歩いた。

 

 振り返る。

 

凛「次に会えたら、何があったか聞かせてね」

 

 勇翔は頷いた。

 

 凛は、満足そうに笑った。

 

 柱の影へ入る。

 

 それきり、足音がしなかった。

 

 勇翔は追わなかった。

 

 掌の中には、指輪のケースがある。

 

 隣の椅子には、木箱とライターが残っていた。

 

 彼はそれを拾い、蓋を閉じた。

 

 小さな音が、渡り廊下に響いた。

 

     *

 

 午後一時五分。

 

 黒十字帝国学連、代理人の執務室。

 

 昼前に描きかけた油絵は、窓際に置かれたままだった。

 

 田舎道を歩く、二人の人影。

 

 男は勇翔に、女は雷電によく似ていた。何も起きなければ、夕方には仕上げて渡すつもりだった。

 

 代理人は絵を裏返し、机の上の報告書へ戻った。

 

代理人「救護所まで襲うか……」

 

 トンネルスネーク首魁ビモ、身柄確保。

 

 本拠地で保護された妻と乳児に、大きな外傷は認められない。

 

 追跡班の一部と、救護所を襲った装甲班も拘束。抵抗を続けた者には死傷者が出ている。

 

 押収された帳簿には、都市警備隊の内部へ金銭が流れた疑いを示す記載があった。

 

 だが、公園での待機場所を漏らした人物の特定は、まだ済んでいない。

 

代理人「誰も彼も疑っていたら、助けに動いた隊員たちまで潰してしまう。記録から洗え。推測を先に名前へ結びつけるな」

 

 通話の相手が答える。

 

 代理人は続けた。

 

代理人「二人の帰路は、こちらで確認した車両と人員だけを使う。勇翔君の協力者についても、見た者の話をそのまま残せ」

 

『はい。ただ、狙撃手の女性は、確認の前に姿を消したとのことで……借りていた銃も、彼女へ返したと』

 

代理人「それも、本人から聞く」

 

 電話を置く。

 

 報告書の隅には、勇翔と雷電の無事が記されていた。

 

 代理人は、そこへ指を置いた。

 

 ひとまずは、生きている。

 

 今はそれが何より大事だった。

 

 脇には、別件の書類が積まれている。

 

 二日後に予定していた赤い公爵の訪問は、先方の都合で延期。

 

 小貝のA-10は、修理に必要な部材の手配が進んだ。ただし、損傷部の修復と検査はまだ残っている。当初の見積もりどおり、簡単に飛ばせる状態にはならない。

 

 勇翔のARMSについては、試作へ向けた準備の報告が来ていた。

 

 進んでいるものは、進んでいる。

 

 だからといって、今すぐ何でもできるわけではない。

 

 扉がノックされた。

 

代理人「どうぞ」

 

シュバァルベ「失礼します。整備協会から、至急の指令が届きました」

 

代理人「このタイミングで?」

 

 差し出された封筒を受け取り、開く。

 

 代理人の眉間に、皺が寄った。

 

 赤色十月同盟学連の領内で、リセッターの反応を検出。

 

 現地部隊が偵察を試みているものの、寒冷地の奥部にあたり、接近と継続観測が難航している。

 

 ついては、長距離を速やかに移動でき、低温環境での活動と高い攻撃能力を両立できるDOLLSを選抜し、派遣せよ。

 

 代理人は、最後の行をもう一度読んだ。

 

代理人「……選べば生えてくるとでも思ってるのか」

 

シュバァルベ「返答を求められています」

 

代理人「支援拠点と天候の記録、偵察隊の報告を送らせてくれ。任務の期間と、派遣希望の期限もだ。候補者の選定は、それを見てからにする」

 

シュバァルベ「承知しました」

 

 代理人は指令を封筒へ戻した。

 

 小貝の機体は飛ばない。

 

 勇翔の新しい装備も、まだ使えるものではない。

 

 今日、銃撃戦から戻る人間を、事情も聞かず次の戦場へ押し込むつもりはなかった。

 

代理人「それから、車を頼む。勇翔君と雷電を、私が迎えに行く」

 

シュバァルベ「今からですか?」

 

代理人「ああ。報告書だけでは、分からない顔をしているだろうからね」

 

 上着を取り、手袋をはめる。

 

 出ていく直前、裏返した絵を一度だけ見た。

 

 続きは、戻ってから描けばいい。

 

     *

 

 旧ホテルの裏手。

 

 雷電が戻ってきた時、勇翔は長椅子の端へ座っていた。

 

 手には、閉じた小さなケースがある。

 

 目元が赤かった。

 

雷電「勇翔君」

 

 彼が顔を上げる。

 

勇翔「雷電。もう、手伝いは?」

 

雷電「終わりました。あとは医療員さんたちに任せて、休むようにと」

 

勇翔「そうですか」

 

 雷電は隣へ立った。

 

雷電「座っても、いいですか」

 

勇翔「もちろん」

 

 少し場所を空ける。

 

 雷電が腰を下ろしても、しばらく会話は続かなかった。

 

 外でエンジンがかかる。

 

 一台、車が出ていく。

 

雷電「凛さんに、会いました」

 

勇翔「……聞きました」

 

雷電「よく、似ていました」

 

 勇翔が頷く。

 

 否定されないことが、少し痛かった。

 

 それでも、聞かなければ分からない。

 

雷電「私を見て、凛さんを思い出していましたか」

 

 勇翔は、すぐに答えようとした。

 

 だが、途中で口を閉じる。

 

 雷電は待った。

 

勇翔「初めて会った時は、似ていると思いました」

 

雷電「はい」

 

勇翔「今でも、思い出すことはあります。それを、なかったとは言えません」

 

 雷電は膝の上で指を組んだ。

 

 勇翔が、彼女の方へ身体を向ける。

 

勇翔「でも、昨日、好きだと言ってくれた時、返事をしたいと思った相手は君です」

 

 雷電が顔を上げた。

 

勇翔「今日、買い物をして、また誘いたいと思った。公園で少し眠ってくれた時は、安心した。さっき、無線から声が聞こえて……僕が一人で守るつもりになっていたことに気づきました」

 

 彼は、自分の手を見た。

 

勇翔「一緒に戻りたいと、思ったんです」

 

雷電「……私も」

 

 小さな返事だった。

 

 勇翔は、今度は聞き逃さなかった。

 

勇翔「雷電が好きです」

 

 雷電の指がほどける。

 

勇翔「凛を忘れたわけではありません。これからも、思い出すと思います。苦しくなる日も、あると思う」

 

 勇翔はケースをポケットへしまった。

 

 それから、空いた手を自分の膝へ置く。

 

勇翔「それでも、君とこれからの話をしたい。僕と、付き合ってもらえますか」

 

 雷電は、少しだけ目を伏せた。

 

 凛の声を思い出す。

 

 本人に、聞いてあげて。

 

 自分がどうしたいかを、伝えて。

 

雷電「私、凛さんにはなれません」

 

勇翔「はい」

 

雷電「貴方がつらい時に、いつでも正しいことを言えるとも思いません。今日だって、怖かったです。今も、少し怖い」

 

勇翔「……僕も、怖いです」

 

 雷電は、そっと息を吐いた。

 

雷電「でも、隣にいたいです」

 

 勇翔の目を見る。

 

雷電「昨日から、答えは変わっていません。勇翔君が好きです。貴方の恋人に、なりたいです」

 

 勇翔はすぐに笑えなかった。

 

 少し遅れて、息が抜ける。

 

 雷電が手を差し出した。

 

 勇翔は、その手を取った。

 

 夢の中で、当たり前のように触れた手だった。

 

 今は、お互いに少しぎこちない。

 

 握る強さを確かめながら、指を重ねる。

 

 雷電には、その不器用さが嬉しかった。

 

雷電「ひとつ、お願いしてもいいですか」

 

勇翔「何ですか」

 

雷電「苦しくなった時に、何も言わずにいなくならないでください」

 

 勇翔は一度、握った手へ視線を落とした。

 

 それから頷く。

 

勇翔「黙って、一人で決めません。言葉にできない時も、そう言います」

 

雷電「はい」

 

勇翔「君も、嫌な時には言ってください。僕、察するのは、あまり得意じゃないみたいなので」

 

雷電「……それは、少し知っています」

 

 勇翔が困ったように笑う。

 

 雷電も笑った。

 

 胸の痛みが、すべてなくなったわけではない。

 

 凛のいなくなった廊下を、勇翔はきっと何度も思い出す。

 

 自分と凛がどう繋がっているのかも、雷電にはまだ分からなかった。

 

 それでも、今、握り返している手は、自分の手だった。

 

     *

 

 しばらくして、確認済みの車両番号が端末へ届いた。

 

 代理人が迎えに来るという。

 

 文面には、買い物の荷物も店から回収したと添えられていた。

 

雷電「荷物、無事だったんですね」

 

勇翔「すっかり忘れてました」

 

雷電「Hs129さんのお菓子もありますから」

 

勇翔「ああ……補習が終わるまでに戻れるかな」

 

 雷電が端末の時刻を見た。

 

雷電「終わっていると、いいですね」

 

 微妙な言い方に、勇翔が笑った。

 

 公園の続きをするような、短い会話だった。

 

 近づいてくる車の音がする。

 

 勇翔は立ち上がり、胸元を確かめた。

 

 銀から渡された座標。

 

 凛が置いていった、指輪のケース。

 

 どちらも、消えてはいない。

 

 小貝へ話すことがある。

 

 代理人へ説明することも、山ほどある。

 

 分からないことは、まだ何ひとつ片づいていなかった。

 

 雷電が、隣で立ち上がる。

 

雷電「帰りましょう、勇翔君」

 

勇翔「……うん。帰ろう」

 

 手を繋いだまま、二人は車へ向かった。

 

 今度は、どちらも自分の足で歩いていた。




はい

どうもどうも、素人小説書きです

脅威の1万6千文字です

何でここまで書いたか?

実はですねぇ~…次回!何とコラボなのです!!!コラボやでコラボ!!!

凄いよ!!初めてのコラボ!!

ちなみに、お相手はイエローケーキ兵器設計局様です

いええええええええええい!!!!!!

と、はしゃぐのはこれぐらいにして…

次回は、コラボ回です。

ぜひ、相手の小説も見てください!

コメントください!!

それでは!!!!!!!!!

2026年9月19日リメイク完了

ヒロイン

  • 416
  • VSK-94
  • 大鳳A
  • 蒼龍C
  • 雷電
  • スカイレイダー
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