陸自はドールズフロントライン、海自は艦これとアズールレーン、空自はアッシュアームズ三つの世界でバラバラになりながらでも生き残る 作:ゴーストライターとかした、素人小説書き
もし、元ネタを知らない方は
Google先生にアッシュアームズをぶち込んで検索するように。
もう知っている方はどうぞ。
検索して一応なんとなくわかった方もご視聴ください。
Act.18 あなたと私は同じ
誰かが、名前を呼んでいた。
布越しの光が、瞼の裏に透けている。
「起きて。もう昼になるよ」
知っている声だった。
雷電は目を開けた。
雷電「……勇翔君?」
返事はない。
代わりに、幕の向こうから子供たちの笑い声が聞こえた。
身体を起こす。寝ていたのは簡易寝台で、頭上には大きな天幕が張られていた。枕元に畳まれた毛布。その隣には、見覚えのない鉄帽が置いてある。
自分の袖を見た。
いつもの服ではない。緑を基調にした迷彩服だった。
指で生地をつまむ。妙に、手に馴染む。
雷電「ここは……」
外へ出ると、眩しかった。
建物の壁には弾痕があり、遠くの交差点には土嚢が積まれている。それなのに、天幕の前だけは、昼休みの校庭のように賑やかだった。
蓮「よし、次! 順番だぞ、順番!」
男が子供を肩から下ろすと、別の子供が両手を上げて飛びついた。
少し離れた場所では、腕を吊った捕虜らしい男に、隼人が水を渡している。
隼人「慌てて飲むな。まだある」
捕虜「……すまない」
隼人「礼は、運んでくれた人に」
隼人が示した先で、桜が資材を抱えていた。
桜「感謝するなら、そこの空箱を片づけてほしいっす! 通れないっす!」
竜「食べ終わった者から手伝え。ほら、食器はこっちだ」
竜の隣では、小さな子供が自分の顔ほどもある器を抱え、真剣に匙を動かしている。
その後ろを、健三が空の車椅子を押して通りかかった。
健三「玄、ちょっと避けて」
玄「何だって――痛っ!」
車輪が靴の踵へ当たり、玄が飛び上がる。
健三「あ、ごめん」
玄「先に止まれ! 声をかけながら進んでくるな!」
子供たちが笑った。
雷電も、つられて口元を緩める。
誰の顔も知らないはずだった。
けれど、名前が分かる。
あそこにいるのが蓮。その隣が隼人。食事を配っているのが竜。
思い出すより先に、胸の内へ浮かんでくる。
勇翔「凛」
振り返った。
勇翔が立っていた。
同じ迷彩服を着て、二人分の水筒を持っている。顔つきが、今より少し若い。
何より、目が違った。
笑いながら、当たり前のように次の言葉を待っている。雷電の知る彼が、時折、笑顔の途中で遠くへ行ってしまうことを、まだ知らない目だった。
勇翔「どうしたの。そんなに驚いて」
雷電「私……」
凛ではありません。
そう言おうとしたのに、声が続かない。
勇翔「まだ疲れてる?」
雷電「少し、変な夢を見ていた気がして」
勇翔「なら、歩こうか。戻ったら交代だけど、それまでは休める」
彼が手を差し出した。
雷電の手が、迷わずその手を取った。
自分のしたことなのに、ずっと前から知っていた仕草のようだった。
勇翔「蓮兄さん! 少し出てきます!」
蓮「おう。帰り道を忘れるなよ!」
勇翔「子供じゃないんだから!」
蓮「そういう意味じゃねえよ!」
笑い声を背に、二人は歩き出す。
天幕の陰で、信と斎藤がこちらを見ていた。
斎藤「仲がいいですねえ」
信「まったくだ。あとの二人も少しは見習えばいい」
蓮「聞こえてるぞ、親父」
隼人「その話は、帰ってからにしてください」
声が、少しずつ遠くなる。
雷電は一度だけ振り返った。
勇翔が失った人たちが、そこにいた。
*
公園の道に、淡い花びらが落ちている。
季節も、日付も分からなかった。
風が吹くたびに枝が揺れ、繋いだ手の上へ薄い影が流れていく。
勇翔「帰ったら、みんなで花見をしよう」
雷電「ここでも、綺麗ですよ」
勇翔「うん。でも、帰ってやりたいんだ」
言いながら、勇翔は花の向こうを見た。
勇翔「食べ物の数を数えなくてよくて、誰かが交代で見張らなくてもよくて。眠くなったら、そのまま寝てしまえる場所で」
雷電「……それは、いいですね」
勇翔「でしょ」
彼は笑った。
勇翔「式も、その頃がいいかな」
雷電の足が止まる。
雷電「式?」
勇翔「結婚式。和婚にしようって、言ってたじゃないか」
胸の奥が、きゅっと痛んだ。
雷電自身にはない約束だった。
それなのに、嬉しい。
嬉しくて、返事をする前から泣きそうだった。
この気持ちは、誰のものだろう。
勇翔「凛?」
雷電「……忘れないでくださいね」
考えていた言葉とは、別の言葉が出た。
勇翔「忘れないよ」
勇翔はそう答えて、ベンチへ腰を下ろした。
雷電が隣へ座ると、繋いだ手は自然にほどけた。代わりに、彼の肩が触れる。
眠気が戻ってくる。
もう少しだけ、この人の顔を見ていたかった。
けれど、瞼が重い。
勇翔「眠っていいよ。時間になったら起こすから」
肩へ寄りかかると、彼は動かなかった。
遠くで子供が笑っている。
花の匂いがする。
誰も死んでいない日の、匂いがした。
*
午前十一時五十八分。
帝都ゲルマニア、旧ホテル。
「……起きて」
今度は、女の声だった。
雷電が目を開けると、花は消えていた。
古い天井。長椅子。薬品の匂い。
窓の外で、車両の扉が閉まる音がする。
ようやく、ここへ来たことを思い出した。
酒場へ到着した救援隊は、負傷者と拘束者をそれぞれの車へ分け、二人をこの建物まで運んでくれた。
営業を終えたホテルの一部を、学連が臨時の救護所として借り上げている。正面側は改修中で、裏手の出入口と、かつて従業員が使っていた部屋が稼働していた。
ここで負傷者を引き継ぎ、安全を確認した車列で基地へ戻る。
そう説明された。
膝の擦り傷を手当てされ、勇翔も大きな怪我がないと確認されたところで、急に眠気が来たのだ。
何分、眠ったのだろう。
雷電「勇翔君は……」
「すぐそこ。手を洗いに行っただけ」
長椅子の脇に、女が座っていた。
緑の迷彩服。
夢の中で、自分が着ていた服だった。
視線を上げる。
言葉を失った。
鏡を見たのかと思った。
髪の整え方も、服も、表情も違う。それでも、目元から頬にかけての輪郭が、自分とよく似ていた。
女は、雷電の顔を覗き込んで笑う。
凛「そんなに驚く?」
雷電「貴女は……凛さん?」
口にしてから、自分でも驚いた。
勇翔から聞いたのは、名前だけだったはずなのに。
凛「うん。清水凛」
雷電「でも、勇翔君は……亡くなったって」
凛「それも、本当」
凛は困ったように眉を下げた。
凛「びっくりすることばかりで、ごめんね」
雷電は膝の上で手を握った。
つい先ほどまで、勇翔に握られていた気がする。
雷電「夢を、見ました」
凛「どんな?」
雷電「貴女の服を着ていました。勇翔君が、私を凛と呼んで……みんながいて。花の咲いている道を歩いて」
凛の笑顔が、静かになった。
雷電「結婚式の話をしました」
少し、間が空く。
凛「……あの日か」
雷電「本当に、あったんですね」
凛「ええ」
凛は窓の方を見た。
凛「帰りに私が寝ちゃって、交代の時間ぎりぎりになったの。勇翔君、起こすのが可哀想だったって」
雷電「私、そこまでは……」
凛「見ていない?」
雷電が頷く。
凛は、何かを確かめるように彼女を見た。
雷電「どうして、私が貴女の記憶を?」
凛「あなたは私で、私はあなた……なんて言ったら、余計に困らせるかな」
雷電「はい。とても」
凛が小さく吹き出した。
雷電は笑えなかった。
雷電「私は、貴女の代わりなんですか」
凛の表情が変わる。
凛「違う」
返事は、早かった。
凛「ごめん。今の言い方は、よくなかった」
凛は椅子を少し寄せた。
凛「どうして繋がるのか、今ここで全部は説明できない。でも、勇翔君に会ったのは、あなたでしょう。昨日、好きだと言ったのも。今日、震えている手を取ったのも」
雷電「……見ていたんですか」
凛「少し、妬くくらいには」
その声に、初めて隠しきれない寂しさが混じった。
凛「私の記憶を見たからって、あなたが選んだことまで私のものにはならないわ」
雷電は、握っていた手をほどいた。
雷電「私は、雷電です」
凛「知ってる」
雷電「勇翔君が好きです。でも……貴女がどんな人だったのか、知らないまま、負けたくないと思っていました」
凛「私も、そんなに綺麗な気持ちだけで来てないよ」
凛が肩をすくめる。
凛「会えば、嫌いになれるかなって、ちょっと思った」
雷電「……嫌いに、なりましたか」
凛「困ったことに、まだ」
今度は、雷電も少しだけ笑った。
似た顔の二人が、違う仕草で目を伏せる。
廊下で足音がした。
凛が先に顔を上げた。
凛「ひとつ、お願いしてもいい?」
雷電「何でしょう」
凛「勇翔君のこと、本人に聞いてあげて。私に何を言われたからでもなく、あなたがどうしたいかを、ちゃんと伝えて」
雷電「……はい」
凛「それから、もうひとつ」
凛は立ち上がった。
扉の向こうを見ている。
凛「今日は、私たちの昔話だけで終わってくれないみたい」
*
同じ頃。
勇翔は洗面台の前で、袖口についた汚れを落としていた。
水は、もう濁っていない。
それでも、指の間をもう一度擦る。
鏡に映った顔を見て、ようやく蛇口を閉めた。
廊下へ戻ると、改修中のロビーから何かが落ちる音がした。
勇翔「……誰かいますか」
応答はない。
代わりに、受付の陰から白い布が出た。
ゆっくり左右へ揺れる。
勇翔「それで安心しろって?」
銀「丸腰の相手を、いきなり驚かせるのも失礼かと思いまして」
受付の陰から、銀が立ち上がった。
軍服も、鉄帽も、肩に掛けたM24も、記憶の中と変わらない。
勇翔は、しばらく動けなかった。
銀「お久しぶりです、勇翔中尉」
勇翔「……電話では、二十分くらい前にも話した」
銀「では、顔を合わせるのはお久しぶりです」
そんな訂正の仕方まで、銀だった。
勇翔が一歩近づく。
銀は逃げずに待っていた。
差し出した手が、彼女の肩へ触れる。
布の感触があった。
勇翔「本当に……」
銀「生き返ったわけではありません」
勇翔の手が止まる。
銀「そこだけは、先にお伝えしておきます」
勇翔「信少佐も、竜大尉も来たのか?」
銀「はい。首魁と記録を、引き渡せる状態にしておきました」
訊きたいことが、喉の奥でぶつかった。
父は何を考えていたのか。
あの日、最後まで一緒にいた者は。
凛は、どこにいるのか。
銀は、それを一度に受け止めるように勇翔を見ていた。
銀「まず、これを」
差し出されたのは、小さく折られた紙だった。
広げると、数字の列がある。
勇翔「座標?」
銀「凛少尉からです。なくさず、お持ちください」
勇翔「ここへ行けと?」
銀「準備もせずに飛び出せとは、誰も言っていません」
少しだけ、声が厳しくなる。
銀「一人で行こうとしないでください。それは、必ず」
勇翔は紙を畳み直した。
背後の廊下を、医療員が担架を押して通る。銀は受付の陰へ半歩下がり、その姿を見送った。
勇翔「凛は、雷電のことを知っているんだな」
銀「ええ」
勇翔「僕は……」
銀「私に恋愛相談をしても、答えは出ませんよ」
勇翔「まだ何も言ってない」
銀「凛少尉に許していただければ、それで全部決まる。そんな話をするお顔でした」
勇翔は口を閉じた。
銀「貴方の返事を待っている人には、貴方が答えてください」
勇翔「……分かってる」
銀「でしたら、結構です」
銀が顔を上げた。
急に、冗談を言う時の目ではなくなる。
外で、短い発砲音がした。
続けて、警笛。
廊下の向こうで救援隊員が叫ぶ。
「全員、窓から離れろ! 負傷者は裏の搬出口へ!」
勇翔「追跡班は退いたんじゃなかったのか」
銀「退きました。こちらは別です」
銀は窓際へ出ず、壁の陰から外を確かめた。
銀「本拠地にいなかった装甲班です。捕まった連中を、ここから運び出すと思ったのでしょう」
正面の通りから、拡声器の声が響く。
「ビモを出せ! あの男と女もだ! ここに入ったのは見てるんだ!」
勇翔は、奥の廊下を見た。
雷電がいる。
負傷者も、医療員もいる。
銀が、ホルスターの拳銃を抜いた。
銃口を下げたまま、勇翔へ差し出す。
銀「前の拳銃は、もう隊員へ渡したのでしょう。使えますか」
P226だった。
勇翔「ああ」
受け取った重さを、指が覚えていた。
けれど、それを懐かしむ余裕はない。
勇翔「隊長へ知らせる。僕らが勝手に動いたら、味方に撃たれる」
銀「私は正面を見ます。雷電さんをお願いします」
勇翔が走り出す。
ホテルの外で、再び銃声がした。
*
救援隊長は、裏口近くで無線を握っていた。
「首魁はここにいない! こちらは救護所だ! 武器を捨てろ!」
返事の代わりに、正面の窓が割れる。
隊長が舌打ちした。
勇翔「正面に装甲を着た集団。協力者が一名、ロビー側を見ています。僕も援護できます」
隊長は、彼の手にある拳銃を見た。
「その銃は?」
勇翔「協力者から借りました。先ほど、僕らの退路を確保してくれた狙撃手です」
「身元は、後で確認する。味方の位置は無線で知らせる。奥から撃つなら、必ずこちらへ伝えろ」
小型の無線機が渡される。
「応援は向かっている。追うな。負傷者を出すまで持たせてくれ」
勇翔「了解」
休憩室の扉が開いた。
雷電が出てくる。
眠そうな顔ではなかった。
勇翔「雷電、歩けますか」
雷電「はい。皆さんは?」
「動ける者から裏へ。一人、担架を押す手が欲しい」
雷電「私が行きます」
言うなり、雷電は医療員の方へ向かった。
勇翔が思わず袖へ手を伸ばす。
彼女が振り返った。
雷電「無茶はしません。勇翔君も、戻ってきてください」
掴みかけた指を、勇翔は下ろした。
勇翔「……はい。必ず」
雷電は頷き、担架の脇へ立った。
夢の話も、凛の話も、今はできない。
そのことを、二人とも分かっていた。
*
正面玄関の向こうで、煙が膨らんだ。
救援隊の警告は続いている。
相手は止まらなかった。
車から降りてきた十人ほどの男たち。そのうち何人かが正面に残り、残りが工事用の柵を押し倒して建物へ入ってくる。
鉄の板を継ぎ合わせたような装甲が、白い煙の中で鈍く光った。
足並みだけは、路上で襲ってきた連中より揃っている。
「奥だ! 女と男を押さえれば、向こうも手を出せねえ!」
銀が一発撃った。
男の一人が戸口へ倒れ、後続が散る。
返ってきた銃弾が受付を削った。
銀「中尉、ここは保ちません」
勇翔「裏へ抜ける廊下だけは渡せない」
勇翔は無線へ呼びかけた。
勇翔「ロビーへ侵入。僕らは旧食堂側へ下がります」
『了解。こちらは裏手の退路を確保中。正面の敵は外の班が押さえる』
低い天井に、銃声が反響した。
勇翔と銀は、使われなくなった食堂へ移る。
並べられた椅子には布が掛かり、壁際の鏡には養生紙が貼られていた。
昨夜の食堂が、一瞬、頭をよぎる。
料理を選び、冗談を言い、好きだと告げられて、どう返事をすればいいのか分からなかった。
まだ、半日しか経っていない。
入口の扉が弾けた。
勇翔は身を伏せた。
卓上に置かれていたガラスが砕ける。
近づいた銃口へ向け、二発返した。
男がよろめく。
だが、倒れない。
装甲に当たったのが見えた。
勇翔「……厄介だな」
男の銃口がこちらへ戻る。
銀の射撃が、その動きを遮った。
銀「前へ出すぎです!」
勇翔「分かってる!」
分かっていても、足は前へ出ようとしていた。
あの廊下を抜かれれば、雷電がいる。
そう考えた瞬間、視野が狭くなる。
無線が鳴った。
雷電『勇翔君、聞こえますか』
息を吸った。
勇翔「聞こえます」
雷電『歩ける方は、裏の車へ移りました。担架はあと一台です。医療員さんと一緒にいます』
勇翔「分かりました」
雷電『隊長さんから。裏の廊下は閉めました。こちらへ下がる時は、声をかけてください』
勇翔は、目の前の入口だけを見ていたことに気づく。
守っているのは、自分一人ではない。
銀が銃を持ち替えた。
銀「聞こえましたね」
勇翔「ああ。下がろう」
食堂の奥へ退く。
男たちの足音が、表側の廊下で分かれた。
こちらを追ってくる者と、裏へ回ろうとする者。
銀が勇翔へ合図し、柱の向こうへ姿を消した。
すぐに短い物音がした。
誰かが倒れ、銃が床を滑る。
勇翔も扉を押さえ直そうとした。
その時だった。
凛「そっちは、もう大丈夫」
背後から、声がした。
振り向きかけた銃口が、途中で止まる。
凛が立っていた。
古びたガンケースを片手に下げ、もう片方の手を上げている。
凛「久しぶり、勇翔君」
勇翔は、声を出せなかった。
顔を忘れていたわけではない。
声を忘れていたわけでもない。
けれど、こうして自分を見て、次に何を言うか待っている凛を、もう二度と見られないと思っていた。
勇翔「……凛」
やっと呼べた名前が、ひどく掠れた。
凛「うん」
彼女がケースを置く。
勇翔は片手を伸ばした。
頬へ触れる直前で、止まる。
凛はその手を取り、自分の頬へ当てた。
凛「ちゃんと、いるよ」
柔らかかった。
体温があった。
勇翔の口元が歪む。
何か言おうとして、息だけが漏れた。
遠くで、また銃声がした。
凛が彼の手を、そっと下ろす。
凛「話は、後でしよう。待っている人たちがいるでしょう」
勇翔「……行かないでくれ」
凛は、一瞬だけ目を伏せた。
凛「今日は、話をしないで帰ったりしない」
勇翔は頷いた。
一度では足りず、もう一度。
銀が戻ってきた。
銀「奥へ回ろうとした一名を止めました。縛ってあります。……凛少尉、その荷物は」
凛「小畑兵長から。二人で使って」
開かれたケースに、二挺の89式小銃が収まっていた。
勇翔は膝をつく。
一本を持ち上げると、握った感触に覚えがあった。
使い込まれた握りの、僅かな癖。
手袋越しでも分かる。
勇翔「小畑が、これを……」
凛「渡すなら、ちゃんと手を入れたものにしろって」
銀「彼らしいですね」
銀も一本を受け取った。
凛「弾倉は一本ずつ。ここへ持ってこられたのは、それだけ」
勇翔「十分だ」
言ってから、勇翔は凛を見た。
勇翔「ありがとう」
凛が頷いた。
勇翔は無線を取り直す。
勇翔「旧食堂、こちら二名。奥へ回った一名を拘束。裏手の状況は?」
『最後の担架を搬出した。裏の部屋は無人だ。外周へ応援が到着する』
銃声の向こうで、雷電の声がした。
雷電『勇翔君。全員、外へ出ました』
勇翔「了解」
ようやく、一息つけた。
凛は、その横顔を見ていた。
*
男たちが、自分たちの誤りに気づいた時には、正面の通りも塞がれていた。
拡声器から投降の呼びかけが続く。
外に残った者のうち、二人が武器を置いた。残る者も救援隊の射撃に押さえられ、入口へ戻れない。
「本部はどうした!」
「繋がりません!」
「なら、裏へ――」
「裏も車で塞がれてる!」
ロビーへ戻った四人が、受付と柱の陰へ分かれた。
頭上では、古い照明が揺れている。
銃弾を受けた飾りの一部が落ち、甲高い音を立てた。
男の一人が、反射的に見上げる。
受付の電話が鳴った。
全員が、そちらを見た。
「……誰だ」
電話は鳴り続けた。
指揮を執っていた男が、受話器を取る。
銀『こちらの声は聞こえますか』
「女……お前か!」
銀『この建物に、貴方たちが連れ戻せる人間はいません。負傷者の避難も済みました』
「うるせえ! そっちの男を出せ!」
銀『正面の部隊は、投降を受け入れると言っています』
食堂の壁際で、銀が受話器を持っていた。
勇翔は扉を見ている。
元から各部屋を繋いでいた内線は、まだ生きていた。
通話の向こうで、別の男が叫ぶ。
「もういいだろ! ボスも捕まってるんだぞ!」
「黙れ!」
短い争いの音。
その直後、受話器が落とされた。
勇翔の見ている扉へ、銃弾が飛んだ。
木片が頬を掠める。
銀が受話器を置いた。
銀「外へ知らせてください」
勇翔は無線へ状況を伝えた。
正面の隊員たちが、左右へ位置を変えるのが見えた。
指示と、返事。
銀が短く頷く。
廊下を横切ろうとした男が、再び銃を上げた。
勇翔が撃った。
男が倒れ、次の銃声が銀の側から響く。
ロビーの奥へ走ろうとしていた男の足が止まった。
「武器を捨てろ!」
正面から、救援隊が入ってくる。
残った一人が、銃を床へ落とした。
もう一人は、受付の陰にいた。
指揮を執っていた男だった。
肩を掴もうとした隊員へ、隠していた拳銃を向ける。
勇翔「銃!」
勇翔と隊員の射撃が、ほとんど重なった。
男が受付へもたれ、そのまま動かなくなる。
銃声が止んだ。
投げ出された受話器から、細い音だけが流れていた。
勇翔は銃を下ろさず、息を整えた。
「奥を確認する。負傷者に医療員を!」
隊長の声が戻ってくる。
銀に拘束されていた男が、廊下から連れ出された。
外へ向かう途中、男は一度だけ勇翔を見た。
勇翔は、何も言わなかった。
*
午後零時二十分。
ホテル内の確認が終わった。
救護所にいた者は、全員退避している。応援の到着もあり、襲撃者の逃走は食い止められた。
勇翔は隊長へ、見たことと、自分が撃った位置を伝えた。
「続きは戻ってから聞く。今は裏の部屋で待っていてくれ」
隊長が部下に呼ばれ、正面へ戻る。
食堂の入口で、銀が待っていた。
銀「お借りしていたものを、回収します」
勇翔「これ、貸与だったのか」
銀「小畑兵長へ返さなければなりません。中尉の私物にすると、怒られるのは私です」
いつもの調子だった。
勇翔は拳銃と小銃を、それぞれ安全を確かめてから返した。
銀がケースを閉じる。
勇翔「軍曹」
銀「はい」
勇翔「君たちは……僕を恨んでいないのか」
銀の手が止まった。
勇翔「信少佐も、蓮兄さんも。敵に操られていたとしても、あの時、僕らの家族がしたことは消えない」
銀「消えませんね」
勇翔は顔を上げた。
銀も、目を逸らさなかった。
銀「ですが、その事実と、貴方が生きていてはいけないという話は、別です」
勇翔「……僕は、止めきれなかった」
銀「私もです」
銀は胸元の十字架へ触れた。
銀「悔やんでいる人間なら、ここにもいます。貴方と隼人中尉だけで、全部を引き受けたつもりにならないでください」
責める口調ではなかった。
それが、余計に胸へ響いた。
勇翔「それでも、祈れるんだな」
銀「ええ。答えが分からない時にも、祈れますから」
勇翔は自分の手を見た。
洗ったばかりだったのに、また汚れている。
銀「今日、貴方が戻れる場所を増やせたなら、私たちの仕事にも意味があったのでしょう」
勇翔「……また会えるか」
銀「次も銃撃戦では、困りますね」
銀が微笑む。
その背後で、窓のない廊下が暗くなった。
影が深まったのかと思った。
けれど、銀がそこへ一歩踏み込むと、軍服の輪郭まで闇に溶けた。
勇翔「銀」
銀「凛少尉が、待っています」
声だけが、最後に残った。
ケースを持ち上げる音も、靴音も、もう聞こえない。
勇翔は、しばらく廊下を見つめていた。
外から医療員を呼ぶ声がして、ようやく振り返る。
まだ、この建物には生きている人たちの仕事が残っていた。
*
中庭に面した、小さな渡り廊下。
凛は、壁際の椅子に座っていた。
足元に落ちた葉を、靴先で裏返している。
勇翔の足音に気づくと、顔を上げた。
凛「お帰り」
その言葉を聞いた途端、勇翔の歩みが速くなった。
凛が立ち上がる。
彼は、その身体を抱きしめた。
今度は、途中で手を止めなかった。
凛「……うん」
凛の腕が、背中へ回った。
軍服の匂いがする。
髪が頬に触れる。
生前、何度も確かめたはずのものが、信じられないほど鮮明だった。
勇翔「会いたかった」
凛「私も」
勇翔「ずっと……」
続きが言えなかった。
凛は何も急かさず、背中へ回した手を動かした。
泣いていることを指摘もしなかった。
勇翔の呼吸が少し落ち着いてから、ようやく口を開く。
凛「今、怪我は?」
勇翔「ない。顔を少し擦っただけ」
凛「よかった」
勇翔「雷電も、無事だ」
凛「うん。さっき、医療員さんを手伝っていたよ」
勇翔は腕を緩めた。
けれど、離れきれずにいた。
勇翔「あの時……」
凛が、静かに待つ。
勇翔「もっと、君を逃がそうとすればよかった。何を言われても、引っ張ってでも。そうしたら、せめて君だけは」
凛「逃げてほしいって、言ってくれたでしょう」
勇翔「足りなかった」
凛「私は、残ると決めた」
勇翔が目を閉じる。
凛「仲間が戦っているのに、一人で逃げるのが嫌だった。あの時は、本当にそう思ったの」
勇翔「でも――」
凛「私にも、後悔はあるよ」
勇翔の声が止まった。
凛「帰ればよかったって。あなたと一緒に、何が何でも帰ればよかったって。いなくなってから、思わなかったわけじゃない」
凛の指が、勇翔の袖を掴む。
凛「でも、その後悔を、全部あなたのせいにするつもりはない。私は、私の選んだことを覚えてる」
勇翔は目を開けた。
凛も、泣きそうな顔をしていた。
凛「あなたを恨んで死んだわけじゃない。それだけは、信じてほしい」
勇翔は、すぐには頷けなかった。
長い間、別の声を聞き続けていた。
自分だけが生き残った。
もっとできた。
もっと失えばよかった。
何度も繰り返したその声が、目の前の凛の声より強くなりそうだった。
だから、もう一度、彼女の顔を見た。
勇翔「……信じたい」
凛「うん」
勇翔「すぐには、全部変えられないと思う」
凛「分かってる」
凛が、少し笑った。
凛「昔から、頑固だったもの」
勇翔「君に言われるとはね」
凛「私は認めてるから、いいの」
勇翔も、ようやく笑えた。
*
二人は椅子へ腰を下ろした。
中庭の向こうを、担架を片づける隊員たちが通っていく。
凛がポケットから、小さな木箱を出した。
蓋には菊の紋章がある。
勇翔「……その箱」
凛「覚えてる?」
勇翔「吸ってみたいと言ったら、帰ってからにしようって、しまわれた」
凛「そんな約束も、したね」
蓋を開けると、葉巻が入っていた。
凛は一本を差し出す。
凛「いる?」
勇翔は少し迷い、受け取った。
凛がライターを開く。
小さな金属音。
その音まで懐かしかった。
火を移し、煙がゆっくりと中庭へ流れていく。
勇翔は、膝の上に置いた手を見つめた。
勇翔「空自へ行ったのは、やり直したかったからだけじゃなかった」
凛は黙って聞いている。
勇翔「誰も知らないところまで飛べたら、そのまま戻れなくてもいいと思っていた時期がある」
灰が、先端に溜まっていく。
勇翔「でも、行った先にも人がいた。小貝さんがいて、教わって、張り合って……放っておいてくれなかった」
凛「小貝さん、か」
勇翔「斎藤の、お兄さんだよ」
凛「うん」
勇翔は横を向いた。
勇翔「小貝さんも、まだ苦しんでる。昨日、二人で斎藤の話をした」
凛「……そう」
勇翔「君たちに会ったこと、彼にも話す。何も分からないまま、期待させるのは怖いけど……僕だけ知っていていいことじゃない」
凛「見たことを、話してあげて。分からないところは、分からないままで」
勇翔は頷いた。
風が通る。
煙の向こうに、雷電の顔が浮かんだ。
今日、公園で自分を見上げた時の顔。
手を握り返してくれた時の顔。
勇翔「……雷電が、好きなんだ」
凛は、すぐには答えなかった。
木箱の角を、親指でなぞっている。
凛「うん」
勇翔「君に、ちゃんと言わなきゃと思ってた」
凛「それを聞いて、私が何も感じないと思う?」
勇翔「……思わない」
凛「よかった。そこまで鈍かったら、少し怒ってた」
冗談のように言う。
けれど、笑いきれてはいなかった。
凛「寂しいよ。嬉しいだけなわけ、ないでしょう」
勇翔「凛……」
凛「でも、あなたが誰かと明日の話をできるのは、嬉しい。本当は、その隣が私ならよかったって、今でも思うけど」
最後の言葉だけが、小さかった。
勇翔は葉巻を灰皿へ置き、凛の手を取った。
勇翔「君としたかったことは、今も覚えてる」
凛「覚えていて」
凛が握り返す。
凛「全部なかったことにして進んでほしいなんて、私は言えない」
勇翔「ああ」
凛「でも、雷電とする約束は、雷電のための約束にしてね」
勇翔は、しっかり頷いた。
凛も頷く。
それから、二人はしばらく黙って座っていた。
*
凛「そろそろ、渡しておかないと」
凛は小さなケースを取り出した。
葉巻の箱より、ずっと小さい。
勇翔は、その形を見ただけで息を止めた。
蓋が開く。
指輪があった。
凛「戦争が終わったら、あなたに渡すつもりだったもの」
勇翔は、ケースへ触れられなかった。
夢のような再会の中で、その小さな輪だけが、失われた時間の重さを持っていた。
勇翔「持っていたのか」
凛「うん。ずっと」
凛はケースを閉じ、彼の掌へ載せた。
凛「渡せないままになるのが、嫌だったの」
勇翔「……ありがとう」
凛「今、着けなくていいよ。いつか、これを見て、帰れなかった日のことだけじゃなく、帰って何をしたかったかも思い出せるようになったら。その時、どうするか決めて」
勇翔の指が、ゆっくり閉じる。
凛が立ち上がった。
光の当たり方が、変わった気がした。
勇翔「待ってくれ。君たちは、どうしてここへ来られる? 銀は、生き返ったわけじゃないと言っていた」
凛「ええ。その通り」
凛は、閉じたケースを見た。
凛「私たちには、まだ終わっていない使命がある。それを果たすまでは、こうして動ける。でも、終われば、今の形でここへ来ることもなくなる」
勇翔「それは……403の、みんなも?」
凛「私たちの部隊が、ようやく行けるところへ行く。そういうこと」
勇翔の背中が冷えた。
再び失う日がある。
会えた喜びが大きいほど、その意味は重かった。
勇翔「その使命って、何なんだ」
凛「今、全部を話せるわけじゃない。銀から受け取ったものは、持っている?」
勇翔は胸元の紙へ触れた。
凛「その場所へ行く時も、生きて戻るつもりで行って。私たちに会うために、帰り道を捨てたりしないで」
勇翔「君は、そこにいるのか」
凛「必ず会えるとは、約束できない」
勇翔は唇を噛んだ。
凛は嘘をつかなかった。
それが、今はありがたくも、辛くもあった。
勇翔「雷電と、話したんだな」
凛「うん」
勇翔「君たちは……」
似ている。
初めて会った時から、思っていた。
けれど、目の前の凛と、今日一緒に歩いた雷電は、決して同じ振る舞いをしなかった。
同じ顔立ちの奥にあるものを、一緒くたにしたくはなかった。
凛「不思議よね」
凛はそう言い、休憩室の方を見た。
凛「あの子には、私が見た景色が届くことがあるみたい。けれど、これから何を見るかは、あの子が決めることよ」
勇翔は、紙を取り出しかけた手を止めた。
今は、引き留めるための質問を増やしているだけなのかもしれない。
凛が向き直る。
その瞳を、もう一度見た。
勇翔「凛。最後に、抱きしめていいか」
凛「さっきも、抱きしめてたでしょう」
勇翔「……そうだった」
凛が笑い、腕を広げた。
勇翔は、その中へ一歩進んだ。
今度は、引き留めるために力を込めなかった。
凛「キスは?」
勇翔が顔を上げる。
凛の目が、少しだけ意地悪に細くなった。
凛「そこまで全部、私から言わせるつもり?」
勇翔「……しても、いいなら」
凛「いいよ」
短く、唇が触れた。
懐かしかった。
離れたくないと思った。
その気持ちを抱えたまま、勇翔はゆっくり腕をほどいた。
凛「さようなら、渡邉勇翔」
勇翔「さようなら、清水凛」
凛は数歩、廊下を歩いた。
振り返る。
凛「次に会えたら、何があったか聞かせてね」
勇翔は頷いた。
凛は、満足そうに笑った。
柱の影へ入る。
それきり、足音がしなかった。
勇翔は追わなかった。
掌の中には、指輪のケースがある。
隣の椅子には、木箱とライターが残っていた。
彼はそれを拾い、蓋を閉じた。
小さな音が、渡り廊下に響いた。
*
午後一時五分。
黒十字帝国学連、代理人の執務室。
昼前に描きかけた油絵は、窓際に置かれたままだった。
田舎道を歩く、二人の人影。
男は勇翔に、女は雷電によく似ていた。何も起きなければ、夕方には仕上げて渡すつもりだった。
代理人は絵を裏返し、机の上の報告書へ戻った。
代理人「救護所まで襲うか……」
トンネルスネーク首魁ビモ、身柄確保。
本拠地で保護された妻と乳児に、大きな外傷は認められない。
追跡班の一部と、救護所を襲った装甲班も拘束。抵抗を続けた者には死傷者が出ている。
押収された帳簿には、都市警備隊の内部へ金銭が流れた疑いを示す記載があった。
だが、公園での待機場所を漏らした人物の特定は、まだ済んでいない。
代理人「誰も彼も疑っていたら、助けに動いた隊員たちまで潰してしまう。記録から洗え。推測を先に名前へ結びつけるな」
通話の相手が答える。
代理人は続けた。
代理人「二人の帰路は、こちらで確認した車両と人員だけを使う。勇翔君の協力者についても、見た者の話をそのまま残せ」
『はい。ただ、狙撃手の女性は、確認の前に姿を消したとのことで……借りていた銃も、彼女へ返したと』
代理人「それも、本人から聞く」
電話を置く。
報告書の隅には、勇翔と雷電の無事が記されていた。
代理人は、そこへ指を置いた。
ひとまずは、生きている。
今はそれが何より大事だった。
脇には、別件の書類が積まれている。
二日後に予定していた赤い公爵の訪問は、先方の都合で延期。
小貝のA-10は、修理に必要な部材の手配が進んだ。ただし、損傷部の修復と検査はまだ残っている。当初の見積もりどおり、簡単に飛ばせる状態にはならない。
勇翔のARMSについては、試作へ向けた準備の報告が来ていた。
進んでいるものは、進んでいる。
だからといって、今すぐ何でもできるわけではない。
扉がノックされた。
代理人「どうぞ」
シュバァルベ「失礼します。整備協会から、至急の指令が届きました」
代理人「このタイミングで?」
差し出された封筒を受け取り、開く。
代理人の眉間に、皺が寄った。
赤色十月同盟学連の領内で、リセッターの反応を検出。
現地部隊が偵察を試みているものの、寒冷地の奥部にあたり、接近と継続観測が難航している。
ついては、長距離を速やかに移動でき、低温環境での活動と高い攻撃能力を両立できるDOLLSを選抜し、派遣せよ。
代理人は、最後の行をもう一度読んだ。
代理人「……選べば生えてくるとでも思ってるのか」
シュバァルベ「返答を求められています」
代理人「支援拠点と天候の記録、偵察隊の報告を送らせてくれ。任務の期間と、派遣希望の期限もだ。候補者の選定は、それを見てからにする」
シュバァルベ「承知しました」
代理人は指令を封筒へ戻した。
小貝の機体は飛ばない。
勇翔の新しい装備も、まだ使えるものではない。
今日、銃撃戦から戻る人間を、事情も聞かず次の戦場へ押し込むつもりはなかった。
代理人「それから、車を頼む。勇翔君と雷電を、私が迎えに行く」
シュバァルベ「今からですか?」
代理人「ああ。報告書だけでは、分からない顔をしているだろうからね」
上着を取り、手袋をはめる。
出ていく直前、裏返した絵を一度だけ見た。
続きは、戻ってから描けばいい。
*
旧ホテルの裏手。
雷電が戻ってきた時、勇翔は長椅子の端へ座っていた。
手には、閉じた小さなケースがある。
目元が赤かった。
雷電「勇翔君」
彼が顔を上げる。
勇翔「雷電。もう、手伝いは?」
雷電「終わりました。あとは医療員さんたちに任せて、休むようにと」
勇翔「そうですか」
雷電は隣へ立った。
雷電「座っても、いいですか」
勇翔「もちろん」
少し場所を空ける。
雷電が腰を下ろしても、しばらく会話は続かなかった。
外でエンジンがかかる。
一台、車が出ていく。
雷電「凛さんに、会いました」
勇翔「……聞きました」
雷電「よく、似ていました」
勇翔が頷く。
否定されないことが、少し痛かった。
それでも、聞かなければ分からない。
雷電「私を見て、凛さんを思い出していましたか」
勇翔は、すぐに答えようとした。
だが、途中で口を閉じる。
雷電は待った。
勇翔「初めて会った時は、似ていると思いました」
雷電「はい」
勇翔「今でも、思い出すことはあります。それを、なかったとは言えません」
雷電は膝の上で指を組んだ。
勇翔が、彼女の方へ身体を向ける。
勇翔「でも、昨日、好きだと言ってくれた時、返事をしたいと思った相手は君です」
雷電が顔を上げた。
勇翔「今日、買い物をして、また誘いたいと思った。公園で少し眠ってくれた時は、安心した。さっき、無線から声が聞こえて……僕が一人で守るつもりになっていたことに気づきました」
彼は、自分の手を見た。
勇翔「一緒に戻りたいと、思ったんです」
雷電「……私も」
小さな返事だった。
勇翔は、今度は聞き逃さなかった。
勇翔「雷電が好きです」
雷電の指がほどける。
勇翔「凛を忘れたわけではありません。これからも、思い出すと思います。苦しくなる日も、あると思う」
勇翔はケースをポケットへしまった。
それから、空いた手を自分の膝へ置く。
勇翔「それでも、君とこれからの話をしたい。僕と、付き合ってもらえますか」
雷電は、少しだけ目を伏せた。
凛の声を思い出す。
本人に、聞いてあげて。
自分がどうしたいかを、伝えて。
雷電「私、凛さんにはなれません」
勇翔「はい」
雷電「貴方がつらい時に、いつでも正しいことを言えるとも思いません。今日だって、怖かったです。今も、少し怖い」
勇翔「……僕も、怖いです」
雷電は、そっと息を吐いた。
雷電「でも、隣にいたいです」
勇翔の目を見る。
雷電「昨日から、答えは変わっていません。勇翔君が好きです。貴方の恋人に、なりたいです」
勇翔はすぐに笑えなかった。
少し遅れて、息が抜ける。
雷電が手を差し出した。
勇翔は、その手を取った。
夢の中で、当たり前のように触れた手だった。
今は、お互いに少しぎこちない。
握る強さを確かめながら、指を重ねる。
雷電には、その不器用さが嬉しかった。
雷電「ひとつ、お願いしてもいいですか」
勇翔「何ですか」
雷電「苦しくなった時に、何も言わずにいなくならないでください」
勇翔は一度、握った手へ視線を落とした。
それから頷く。
勇翔「黙って、一人で決めません。言葉にできない時も、そう言います」
雷電「はい」
勇翔「君も、嫌な時には言ってください。僕、察するのは、あまり得意じゃないみたいなので」
雷電「……それは、少し知っています」
勇翔が困ったように笑う。
雷電も笑った。
胸の痛みが、すべてなくなったわけではない。
凛のいなくなった廊下を、勇翔はきっと何度も思い出す。
自分と凛がどう繋がっているのかも、雷電にはまだ分からなかった。
それでも、今、握り返している手は、自分の手だった。
*
しばらくして、確認済みの車両番号が端末へ届いた。
代理人が迎えに来るという。
文面には、買い物の荷物も店から回収したと添えられていた。
雷電「荷物、無事だったんですね」
勇翔「すっかり忘れてました」
雷電「Hs129さんのお菓子もありますから」
勇翔「ああ……補習が終わるまでに戻れるかな」
雷電が端末の時刻を見た。
雷電「終わっていると、いいですね」
微妙な言い方に、勇翔が笑った。
公園の続きをするような、短い会話だった。
近づいてくる車の音がする。
勇翔は立ち上がり、胸元を確かめた。
銀から渡された座標。
凛が置いていった、指輪のケース。
どちらも、消えてはいない。
小貝へ話すことがある。
代理人へ説明することも、山ほどある。
分からないことは、まだ何ひとつ片づいていなかった。
雷電が、隣で立ち上がる。
雷電「帰りましょう、勇翔君」
勇翔「……うん。帰ろう」
手を繋いだまま、二人は車へ向かった。
今度は、どちらも自分の足で歩いていた。
はい
どうもどうも、素人小説書きです
脅威の1万6千文字です
何でここまで書いたか?
実はですねぇ~…次回!何とコラボなのです!!!コラボやでコラボ!!!
凄いよ!!初めてのコラボ!!
ちなみに、お相手はイエローケーキ兵器設計局様です
いええええええええええい!!!!!!
と、はしゃぐのはこれぐらいにして…
次回は、コラボ回です。
ぜひ、相手の小説も見てください!
コメントください!!
それでは!!!!!!!!!
2026年9月19日リメイク完了
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