陸自はドールズフロントライン、海自は艦これとアズールレーン、空自はアッシュアームズ三つの世界でバラバラになりながらでも生き残る   作:ゴーストライターとかした、素人小説書き

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この作品はアッシュアームズを元ネタに構成されています(例外あり)

もし、元ネタを知らない方は
Google先生にアッシュアームズをぶち込んで検索するように。

もう知っている方はどうぞ。

検索して一応なんとなくわかった方もご視聴ください。



今回はコラボ回の為タイトルに星を付けていただきます

それでは、お楽しみください…


Act.19★ If you're speeding, catch me(スピード違反だっていうなら捕まえてみろ)

Act.19 If I'm speeding, catch me.

 

スピード違反だっていうなら捕まえてみろ

 

 旧ホテルの裏手へ、黒い車が入ってきた。

 

 端末に届いた番号と同じだった。

 

 車が停まり、運転席から降りた老人が後部座席の扉を開ける。代理人は礼を言って降り、勇翔と雷電へ歩み寄った。

 

代理人「待たせたね」

 

勇翔「迎えまで来ていただいて、すみません」

 

代理人「そこは、ありがとうでいい。二人とも、歩ける?」

 

雷電「はい。手当ても済みました」

 

 代理人は二人の顔を順に見た。

 

 目元の赤さにも、繋がれた手にも気づいたはずだった。

 

 けれど、何もからかわなかった。

 

代理人「では、帰ろう。詳しい話は、座ってからにする」

 

 車内には、見覚えのある買い物袋が積まれていた。

 

 雷電がそれを見て、小さく息を吐く。

 

 勇翔も隣へ乗り込み、シートベルトを締めた。

 

代理人「運転手。今日は揺らさずに頼む」

 

「承知いたしました」

 

 車は静かに動き出した。

 

 窓の外を、工事用の柵が流れていく。

 

 ホテルの正面には、まだ救援隊の車両が停まっていた。

 

勇翔「北の件は……」

 

代理人「帰り道くらい休めと言いたいところだが、気になるか」

 

勇翔「また、こちらへ侵攻してきたんですか」

 

代理人「帝都への再侵攻ではない。赤色十月同盟学連の奥地で、未確認のリセッター反応が出た。現地から支援を求められている」

 

 勇翔は姿勢を少し正した。

 

代理人「ただし、今日このまま飛べという話ではないよ。小貝君の機体は修理中だ。向こうの受入態勢も、気象情報も、揃っていない」

 

勇翔「……そうですか」

 

代理人「詳しい検討には参加してもらう。その前に、君たちには話してもらうことがある」

 

 勇翔は胸元へ触れた。

 

 小さく折られた紙が入っている。

 

勇翔「僕からも、報告があります」

 

代理人「協力者のこと?」

 

勇翔「はい。説明しても、信じてもらえるか分かりませんが」

 

 代理人は、少しだけ肩をすくめた。

 

代理人「異世界から来た男が、飛行機に乗って戦っているんだ。今さら、常識に合わないという理由だけで追い返したりしない」

 

 雷電が、勇翔の手へそっと触れた。

 

 言えるところからでいい。

 

 そう促されている気がした。

 

勇翔「……ありがとうございます」

 

     *

 

 その日の夕方。

 

 学連施設の、小さな談話室。

 

 小貝は勇翔の話を、最後まで遮らなかった。

 

 市場での襲撃。

 

 電話の向こうにいた銀。

 

 ホテルで会った、死んだはずの戦友と恋人。

 

 そして、手元に残ったもの。

 

 勇翔は座標の紙を机へ置いた。代理人には既に写しを渡し、調べてもらうことになっている。

 

 指輪のケースは、開かなかった。

 

 それで十分だった。

 

小貝「……斎藤は」

 

 勇翔は、膝の上で手を握った。

 

勇翔「会っていません」

 

小貝「そうか」

 

勇翔「403大隊の使命が終わっていないと、凛は言っていました。でも、それが誰まで含むのかも、僕にはまだ……」

 

小貝「分からないなら、分からないでいい」

 

 小貝は椅子の背へ身体を預けた。

 

 天井を見る。

 

 長い沈黙だった。

 

小貝「会えたんだな」

 

勇翔「はい」

 

小貝「話せたか」

 

勇翔「……少しは」

 

小貝「なら、よかった」

 

 声は、思っていたより静かだった。

 

 小貝は顔を戻し、机の上の紙を見る。

 

小貝「その数字を頼りに、一人で飛び出すなよ」

 

勇翔「銀にも言われました」

 

小貝「言うことが同じで悪かったな」

 

 少しだけ笑う。

 

 勇翔も口元を緩めた。

 

小貝「もし、あいつに会えることがあったら……」

 

 言葉が止まった。

 

 小貝は目を伏せる。

 

小貝「いや。伝言は、もう少し考えさせろ。そんな話を急にされたって、うまい言葉は出てこねえ」

 

勇翔「分かりました」

 

 勇翔は紙を畳み直した。

 

 小貝が、ふと思い出したように顔を上げる。

 

小貝「で。雷電とは、どうなった」

 

勇翔「……付き合うことに、なりました」

 

 小貝が瞬きをした。

 

 それから、両手で顔を擦った。

 

小貝「今日一日の情報量、おかしいだろ」

 

勇翔「僕も、そう思います」

 

小貝「お前、朝はまだ、そういう関係じゃないって顔してたぞ」

 

勇翔「朝は、そうじゃなかったんですよ」

 

小貝「分かった分かった。……おめでとう、この野郎」

 

勇翔「ありがとうございます」

 

小貝「そこは素直なんだな」

 

 小貝は立ち上がり、勇翔の肩を軽く叩いた。

 

 自分の右肩も、もう動かして痛むことはない。

 

小貝「帰る理由が増えたなら、今までより大事に飛べ」

 

勇翔「はい」

 

 その返事は、冗談にはしなかった。

 

     *

 

 出発は、八日後になった。

 

 その間にも、北では調査が続いていた。

 

 大型の反応は、山脈の向こうに留まっている。位置は大きく変わらないが、観測のたびに値が揺れ、同じ場所から複数の反応を拾うこともあった。

 

 まだ、正体を確認できた者はいない。

 

 現地部隊は接近を繰り返し、天候と絶縁層の状態が悪化するたびに引き返していた。

 

 黒十字帝国学連も、その間、何もしていなかったわけではない。

 

 先遣の連絡要員と補給担当が送られ、飛行船猟兵の移動準備が進んだ。重戦車型と重攻撃機型のDOLLSも、受入拠点の防衛と後続支援のために選ばれた。

 

 小貝のA-10は、交換部材が届いてからも、すぐには格納庫を出なかった。

 

 損傷部の修復。検査。地上での作動確認。

 

 最後に小貝自身が確認飛行を行い、整備班と記録を突き合わせた。

 

 右肩が治ったことと、右翼が直ったことは、別の話だった。

 

 飛べると署名された書類を受け取った時、小貝は珍しく余計なことを言わず、整備員へ頭を下げた。

 

     *

 

 出発当日、朝。

 

 シュヴァルベが宿舎へ迎えに行くと、小貝は既にパイロットスーツへ着替えていた。

 

シュヴァルベ「まだ、最終のブリーフィング前ですが」

 

小貝「知ってる。あとで着替えるのが面倒だっただけ」

 

シュヴァルベ「病室で出撃を待っていた頃よりは、まともな説明ですね」

 

小貝「病室で待ってたのは、機体の退院だよ」

 

 小貝がヘルメットを持ち上げる。

 

小貝「じゃ、行くか」

 

シュヴァルベ「私は案内に来たんです。勝手に先へ行かないでください」

 

小貝「なら、一緒に歩けばいいじゃん」

 

 扉を押さえ、彼女へ道を譲る。

 

 シュヴァルベは一度だけ彼を見て、廊下へ出た。

 

 窓から朝の光が差している。

 

 隣を歩く小貝へ、シュヴァルベが声をかけた。

 

シュヴァルベ「ひとつ、聞いても?」

 

小貝「何。機密以外なら」

 

シュヴァルベ「勇翔と、同じ機体で模擬戦をしたら。どちらが勝つのですか」

 

 小貝の足が、少しだけ緩んだ。

 

小貝「条件による」

 

シュヴァルベ「意外と慎重な答えですね」

 

小貝「撃ち合い始めてからの勝負なら、今はあいつの方が厄介だな。俺が教えた癖まで覚えてやがるし、覚えた通りにも飛ばねえ」

 

シュヴァルベ「貴方は、教官だったのでしょう」

 

小貝「弟子に追いつかれて怒ってたら、教官なんてやれねえよ」

 

 言ってから、小貝は少し笑った。

 

小貝「まあ、負けたら腹は立つけどな」

 

シュヴァルベ「立つんですか」

 

小貝「そりゃ立つ。だから次を考えるんだ」

 

 廊下の先に、ブリーフィングルームの扉が見えてくる。

 

小貝「ただ、あいつは時々、自分が帰ることを後回しにする。そこだけは、まだ俺が口を出す」

 

 シュヴァルベは、横顔を見た。

 

 軽口の続きではなかった。

 

シュヴァルベ「今日は、二人とも戻ってください」

 

小貝「そのつもりだよ」

 

     *

 

 ブリーフィングルームでは、ヤークトティーガーがチェス盤を片づけていた。

 

 向かいに座っていたスカイレイダーが、腕を組んで盤を睨んでいる。

 

スカイレイダー「今の、もう一手待ってくれたら分かったのに」

 

ヤークトティーガー「それを待たないゲームだから」

 

小貝「言い方が容赦ねえな」

 

 小貝が覗き込む。

 

 ヤークトティーガーが顔を上げた。

 

ヤークトティーガー「次は、貴方?」

 

小貝「帰ってからな。時間を気にしないでやれる時に」

 

スカイレイダー「約束したからね」

 

小貝「何でお前が念を押すんだよ」

 

スカイレイダー「帰ってくる約束は、多い方がいいでしょう?」

 

 小貝は何か言いかけ、やめた。

 

 ヘルメットを机へ置く。

 

小貝「……分かったよ」

 

 少し遅れて、勇翔と雷電が入ってきた。

 

 手は繋いでいない。

 

 ただ、席を選ぶ時に互いの顔を見るようになっていた。

 

 スカイレイダーがにやりとする。

 

 雷電は気づき、先に資料へ目を落とした。

 

 代理人が入ってくると、室内の空気が変わった。

 

代理人「では、最終確認を始める」

 

 正面の地図に、航路が映し出された。

 

 黒十字帝国学連から、赤色十月同盟学連の南側へ。

 

 そこから受入基地を経て、さらに北の前進拠点へ。

 

 未確認の反応がある場所は、その先の山脈を二つ越えた向こうだった。

 

小貝「遠いな。地図で見ると、なおさら」

 

代理人「だから、帝都から直接殴りに行って帰ってこいとは言わない」

 

 代理人が受入基地を指した。

 

代理人「今日の目的地は、ここだ。燃料と機材の状態を確かめ、現地の観測記録を受け取る。奥地への偵察は、その結果を見て計画する」

 

勇翔「大型反応の数は?」

 

代理人「確定していない。強い反応ひとつなのか、複数が重なっているのか。これを、君たちに伏せたまま飛ばすつもりはない」

 

 机へ、観測記録が配られる。

 

 時間によって、山のような波形が割れていた。

 

ティーガー「現地の防衛部隊は」

 

代理人「活動している。ただ、北へ戦力を集中させるほど、街道と補給線が薄くなる。君たちと飛行船猟兵は、受入先の指揮官と調整して、その穴を埋める」

 

 資料の一角に、現地の担当者名が示された。

 

代理人「受入れと現地での任務調整を担当するのは、マリーナ・クズネツォヴァ大尉。向こうの学連で代理人を務める一人だ。まずは彼女を窓口にしてくれ」

 

He177A-5「我々の出番は、目標を確認してからか」

 

代理人「そうなる。空から見えないものへ、闇雲に爆弾を落としても始まらない」

 

 勇翔が地図へ視線を戻した。

 

勇翔「僕らの役割は、先行して状況を確かめること。それと、必要な場合の航空支援ですね」

 

代理人「ああ。F-3には空の監視と護衛を。A-10には、現地部隊を支えられる装備を持たせる。ただし、未知の大型を二人だけで必ず倒せ、とは言わない」

 

小貝「燃料が足りなきゃ帰るぞ」

 

代理人「足りなくなる前に帰ってくれ」

 

 何人かが笑った。

 

 代理人は、次の資料へ切り替えた。

 

代理人「それから、領空へ入る時の話だ」

 

 黒十字と赤色十月、両方の印が入った許可書が映る。

 

代理人「受入窓口からは許可が出ている。予定の回廊、入域時間、二機の識別情報も送付済みだ。ただ、あちらの迎撃部隊が目視で確認に来る場合がある」

 

小貝「出迎えか、職務質問か」

 

代理人「どちらでも、相手の外見だけで判断しないでくれ」

 

 資料には、飛行型DOLLSと、飛行場に並ぶ航空機の写真が載っていた。

 

 見覚えのある翼の形。

 

 ソ連機の名が、勇翔の頭をよぎる。

 

代理人「君たちの世界の機体に似ていても、ここでは別の所属、別の搭乗員だ。赤い星も、君たちが知る戦争の続きだとは限らない。識別できないからといって、即座に敵と決めないこと」

 

勇翔「了解しました」

 

代理人「通常の呼出先と、学連間の共通緊急回線は別になっている。君たちの無線でも使えるよう、整備班が確認した。通常回線が通じなければ、共通回線で中継を求めてくれ」

 

 勇翔は周波数の欄を見た。

 

 共通緊急回線は、二四三・〇メガヘルツ。

 

 部隊内の交信まで切れるわけではない。国境を越えて以降、帝都へ直接声が届かなくなる区間を、現地の通信網へ引き継ぐという話だった。

 

代理人「迎撃が来ると決まっているわけでも、相手が誰かまで分かっているわけでもない。変だと思ったら、まず照合だ」

 

小貝「了解。赤い星を見ただけで撃ったりはしねえよ」

 

 軽く答えた小貝の声が、勇翔には少しだけ硬く聞こえた。

 

     *

 

 ブリーフィングを終え、勇翔は雷電と廊下へ出た。

 

 向こうでは、スカイレイダーが小貝へ何か念を押している。

 

 小貝は、はいはいと両手を上げていた。

 

雷電「急に北へ行く話になってしまいましたね」

 

勇翔「準備の八日間は、長かったんですけど。出るとなると、急ですね」

 

 雷電が頷く。

 

 その八日の間には、一緒に食事をした夜も、整備の待ち時間に会えた昼もあった。

 

 勇翔が言葉に詰まったまま、ただ隣に座っていた日も。

 

 何もかもが変わったわけではない。

 

 それでも、何も言えない日は、何も言えないと伝えるようになった。

 

雷電「戻ったら、また市場へ行きませんか」

 

勇翔「いいですね。今度は、途中になった買い物の続きを」

 

雷電「お茶も」

 

勇翔「はい。お茶も」

 

 勇翔が手を差し出す。

 

 雷電は、その手を短く握った。

 

雷電「行ってらっしゃい」

 

勇翔「行ってきます」

 

 手を離し、格納庫へ向かう。

 

 背後から、小貝の声が飛んできた。

 

小貝「置いてくぞ、色男」

 

勇翔「貴方も、随分念入りに見送られてましたけど」

 

小貝「俺のは注意事項だ」

 

勇翔「そういうことにしておきます」

 

 小貝が鼻を鳴らした。

 

 二人は並んで、扉を抜けた。

 

     *

 

 格納庫の中では、最後の確認が進んでいた。

 

 F-3とA-10。

 

 並べてみると、同じ時代の同じ用途に生まれた航空機には見えない。

 

 小貝はA-10の右主翼を見上げた。

 

 補修された外板だけ、塗装の色が僅かに違っていた。

 

小貝「綺麗になったじゃねえか」

 

「綺麗にするのは最後です。中は、先に確かめています」

 

 整備班の責任者が記録板を差し出した。

 

 小貝は受け取り、項目をひとつずつ追う。

 

 かつてなら、飛べさえすればいいと急かしていたかもしれない。

 

 だが、砂漠で損傷した右翼が、勝手に治ったわけではないことを知っている。

 

小貝「最後まで頼む。俺も外を見てくる」

 

「お願いします」

 

 勇翔もF-3の周囲を歩いた。

 

 兵装は、今回の移動と現地での支援を見込んだものだ。積めるだけ積んだわけではない。

 

 F-3の機内には、射程の異なる空対空誘導弾。短距離用には、使い慣れた04式が収まっている。

 

 A-10には三十ミリ機関砲の弾薬と、地上の災獣群に対処するためのクラスター爆弾。自衛用の短距離弾も積んでいた。

 

 何を何回使えるか、小貝は記録板の数字を指で確かめた。

 

 燃料。残す余裕。着陸先で扱える装備。

 

 そのひとつでも間違えれば、途中から別の任務になる。

 

 小貝が戻ってきた。

 

小貝「陸戦用のARMSは、まだか」

 

勇翔「試作の途中です。今回の出発には、間に合わせないことになりました」

 

小貝「そりゃそうだろ。できたばかりのもんで、いきなり北まで行かれても困る」

 

勇翔「僕も、そう思います」

 

小貝「でも、乗るつもりなんだな」

 

 勇翔はF-3へ目を向けた。

 

勇翔「やってみます。空からじゃ届かないところに、手が届くかもしれない」

 

小貝「空を降りるわけじゃねえんだろ」

 

勇翔「ええ。これも、まだ教わり足りていませんから」

 

小貝「言うねえ」

 

 小貝がヘルメットを被る。

 

小貝「じゃあ今日は、向こうへ着くまでの飛び方を復習だ。格好つけて先へ行くなよ。こっちは、お前と同じ速さじゃ巡航できねえ」

 

勇翔「分かっています」

 

 勇翔もラダーへ足をかけた。

 

 座席に収まる。

 

 視界が、いつもの高さになった。

 

 点検を終えた整備員が、機体から離れていく。

 

 指示灯と計器を追い、部隊内の通信を確かめた。

 

勇翔「スカイ1、通信確認」

 

小貝『ボルト2、良好』

 

 続いて、外部の回線も確認する。

 

 指定された現地用の設定と、共通緊急回線。

 

 どちらも、地上での確認では異常がなかった。

 

代理人『こちら司令部。二人とも、準備はいいかい』

 

勇翔「スカイ1、問題ありません」

 

小貝『ボルト2も。今度は、向こうの書類の方を頼むぞ』

 

代理人『受入側の返答は取ってある。写しも君たちの資料に入れた。疑義が出たら、照合番号を使ってくれ』

 

勇翔「了解」

 

 格納庫の外へ出る。

 

 風の音が変わった。

 

 F-3が先に滑走路へ入り、指示を待つ。

 

『スカイ1、離陸を許可する』

 

勇翔「スカイ1、離陸」

 

 背中を座席へ押しつけられる。

 

 白い線が、次々に後ろへ飛んだ。

 

 地面が離れる。

 

 少し遅れて、A-10も浮き上がった。

 

小貝『ボルト2、離陸。修理箇所、異常なし』

 

勇翔「確認。待っています」

 

 勇翔は上空で速度を整えた。

 

 A-10が近づいてくる。

 

 並んだ二機は、北へ機首を向けた。

 

     *

 

 国境に近づく頃、地上の色が変わり始めた。

 

 黒い林の間に、白い筋がある。

 

 その筋が広がり、やがて山の斜面を埋めた。

 

小貝『雪だるま、選び放題だな』

 

勇翔「着いてからにしてください」

 

小貝『作るとは言ってねえよ』

 

 前方には厚い雲の帯があった。

 

 上へ大きく育った雲の腹が、山の向こうまで続いている。

 

 勇翔は雲そのものへ機首を向けず、事前に指定された回廊を確かめた。

 

 地図の線は、雲の縁に沿って、広い谷の上へ続いている。

 

勇翔「予定どおり、雲の西側を通ります」

 

小貝『了解。突っ切れば早いとか言い出さなくて安心した』

 

勇翔「僕を何だと思ってるんですか」

 

小貝『昔の教え子』

 

 否定しづらい答えだった。

 

 指定の呼出先へ入域予定を伝える。

 

 少し待って、返答が来た。

 

『黒十字支援編隊、照合番号を確認した。予定回廊への進入を承認する。次の管制への移管は、配布資料に従え』

 

勇翔「スカイ1、了解」

 

 A-10が、右後方についている。

 

 燃料も、計器も問題ない。

 

 勇翔は地図上の境界線を見た。

 

 地上には、線など引かれていない。

 

 雪と林と、山の影だけが続いている。

 

勇翔「赤色十月同盟学連の領空へ入ります」

 

小貝『確認した』

 

 二機は、その線を越えた。

 

     *

 

 赤色十月同盟学連、南部防空管制所。

 

「未照合の反応、二つ。南側回廊に進入」

 

 当直士官は登録票を開いた。

 

 黒十字帝国学連の支援が来る時刻だった。

 

 ただし、手元の要約には、飛行型DOLLS二名としか記されていない。

 

「添付の機体情報は」

 

「差替え通知のみです。新しい識別情報が、こちらには届いていません」

 

 受入窓口では、最新版の許可書が処理されていた。

 

 防空側には、古い登録と通信付表が残っていた。

 

 承認の印は、両方にある。

 

 同じ二機を通すための書類が、別々の空を見ていた。

 

「指定回線での応答は」

 

「ありません」

 

 当直士官は地図を見た。

 

 進路の先には、北へ物資を運ぶ補給路がある。

 

「上がっている迎撃機を向かわせろ。目視識別と誘導。威嚇を越える射撃は許可しない。受入窓口への照合は続けろ」

 

 指令が送られた。

 

 迎撃機からの音声応答は、なかった。

 

 画面の上で、南側を旋回していた航跡だけが向きを変えた。

 

     *

 

 谷底で、雪が裂けた。

 

 風に持ち上げられていた粉雪が、急に一方向へ押し流される。

 

 その中心を、鮮烈な色をまとった巨体が抜けた。

 

 長い胴体。

 

 大きな後退翼。

 

 鮮明な色面が連なる、ハイビジのヘックス迷彩。

 

 迎撃機は、山の陰を縫って飛んでいた。

 

 地形に遮られた機影は、谷の出口で短く現れ、次の稜線に隠れる。雪面からの反射で測定が乱れる場所もあったが、それだけで巨大な機体が消えるわけではない。

 

 見つかる時間が、短い。

 

 見つけた側が確かめる間に、次の山陰へ入っている。

 

 翼端が雪の斜面へ寄る前に、機体の傾きが変わった。

 

 吹き下ろす風に押される前に、高さが僅かに変わった。

 

 大きく立て直す動きは、ほとんどない。

 

 機首を取り巻く粉雪が後方へ流れ、二つの排気口の向こうに白い尾を引いていた。

 

     *

 

 F-3の表示に、短い接触が出た。

 

 後方。

 

 低い。

 

 地形の縁と重なり、追尾が途切れる。

 

勇翔「ボルト2、後方低空に接触。確認します」

 

小貝『こっちでは、まだ――』

 

 小貝の言葉が止まった。

 

 尾根の向こうから、機首が出た。

 

 続いて、胴体。

 

 勇翔は肩越しに見直した。

 

 まだ、続いている。

 

 鮮やかなヘックス迷彩の巨体が谷を離れ、二機の間にある空間へ浮上した。

 

 F-3の右後方。

 

 A-10の左前方。

 

 それまで何もなかった場所に、大きな後退翼が差し込まれる。

 

小貝『……おい』

 

 勇翔は無意識に間隔を広げていた。

 

 小貝も、同じように外へ寄る。

 

 相手は急に機首を振らず、二機の間へ速さを合わせた。

 

 その滑らかさが、かえって気味悪かった。

 

 ソ連系の大型迎撃機を思わせる輪郭だった。

 

 識別資料の片隅で見た、古い機体に似ている。

 

 だが、型式名を確信できない。

 

 見慣れない装備が、覚えている輪郭まで変えていた。

 

 翼下には、重なり合う大型誘導弾。

 

 吸気口から主翼へ繋がる膨らみには、左右一つずつ、黒い砲口があった。

 

 そして、垂直尾翼。

 

 赤い星に重なる四本の線が、吹雪の中でも鮮烈に浮かんでいた。

 

小貝『赤色の出迎え、だよな』

 

勇翔「照合します」

 

 勇翔は通常回線へ呼びかけた。

 

 所属。二機の呼出符号。通過許可の照合番号。

 

 返事はなかった。

 

 共通緊急回線へ切り替え、もう一度呼ぶ。

 

勇翔「こちら黒十字支援編隊。迎撃機、応答願う」

 

 無音だった。

 

 送信が始まる時の、短い雑音さえない。

 

 退去の要求も、所属を問いただす声も、識別信号の再送を求める言葉も、届かなかった。

 

小貝『無線が壊れてるのか』

 

勇翔「こちら同士は通っています」

 

小貝『向こうの話だ』

 

 勇翔は機首の後ろへ目を向けた。

 

 操縦席のあるはずの位置まで、装甲が覆っていた。

 

 装甲コックピット。

 

 外から内部を覗ける、透明なキャノピーがない。

 

 こちらを見ているのか。

 

 首を動かしたのか。

 

 そもそも、そこに人が座っているのか。

 

 目で確かめられるものが、一つもなかった。

 

 機首の脇に、黄色い花が描かれていた。

 

 チョウセンアサガオ。

 

 幾何学模様を背に、ダチュラの花弁が広がっていた。

 

勇翔「迎撃機。こちらの通信を受信しているなら、応答してほしい」

 

 花も、四本線も、黙ったままだった。

 

     *

 

 所属不明機が前へ出た。

 

 二機の進路へ機体を置き、僅かに左へ向ける。

 

 誘導しようとしている。

 

 勇翔には、そう見えた。

 

 だが、その先は許可された回廊から外れていた。

 

 雲の縁を通るはずの航路が、山側へ折れる。

 

勇翔「スカイ1。指定航路との相違を確認したい。誘導先を知らせてほしい」

 

 声を待った。

 

 返ってこない。

 

 眼前の機体は、呼びかけを受けたような動きすら見せなかった。

 

 小貝が受入窓口への照合を繰り返す。

 

 地上から返る声は遠く、途切れていた。

 

 前方の巨体が外へ寄った。

 

 翼の付け根が、二か所、光った。

 

 短い曳光の列が、二機から離れた空へ伸びる。

 

 狙いを外した射撃だった。

 

 そう理解するより先に、小貝の声が飛んだ。

 

小貝『ソ連機、撃ってきた!』

 

 A-10が傾く。

 

 勇翔も反対側へ機体を倒した。

 

勇翔「ブレイク! 間隔を取って!」

 

 赤い星を見ただけでは撃たない。

 

 朝、そう答えた小貝の声を覚えている。

 

 今は、その言葉よりも、戦場で身についた反応の方が早かった。

 

 銃口。

 

 後退翼。

 

 見覚えのある輪郭から放たれた曳光弾。

 

 昔の空が、今の空へ重なった。

 

 迎撃機は、分かれた二機を同時には追わなかった。

 

 遅い方へ向く。

 

 A-10の旋回が終わる先へ、長い機首が回っていた。

 

     *

 

 小貝の背後へ、大きな影が入った。

 

 勇翔は、すぐに向きを変えた。

 

 相手がA-10へ回り込む間に、その後ろを取る。

 

 空けられたように見える場所へ、F-3を入れた。

 

勇翔「ボルト2、迎撃機の後ろに入った。そのまま離脱を」

 

小貝『了解。こっちは、まだ追われてる』

 

 迎撃機の機首は、A-10を捉えていた。

 

 翼下に、八発。

 

 砲もある。

 

 勇翔は、引き金を引く前に間に合うかを考えた。

 

 相手は撃たなかった。

 

 小貝のA-10が射線を横切る。

 

 撃たない。

 

 少し外へ逃れた機体を、また長い機首が追う。

 

 乱暴に追いつこうとする動きも、射撃をためらうような揺れもなかった。

 

 狙える位置だけを保っている。

 

勇翔「……何を待ってる」

 

 声に出しても、答えはなかった。

 

 迎撃機の尾が、僅かに下がった。

 

     *

 

 巨体が、立った。

 

 そう見えた。

 

 F-3の前で長い機首が跳ね上がった。

 

 胴体の背と主翼の上面が、壁のように立ちはだかった。

 

勇翔「なっ――」

 

 コブラ。

 

 知っている機動だった。

 

 目の前の機体が、それをするとは思っていなかった。

 

 機首だけが激しく上を向き、前へ進む速度が急に失われる。

 

 その大きさから見積もっていた間隔が、意味を失った。

 

 勇翔は横へ逃がした。

 

 衝突を避けるための動きだった。

 

 すれ違う時、主翼上面のヘックス迷彩が視界を横切った。

 

 閉じた操縦区画には、誰の顔も映っていなかった。

 

 大きく立った機体が、横へ崩れない。

 

 何があの姿勢を支えているのか、勇翔には分からなかった。

 

 相手は失った速さを取り戻すより先に、機首の向きを整えていた。

 

 鼻先が下りる。

 

 勇翔が逃げる先へ向く。

 

 ロックオン警報が鳴った。

 

小貝『スカイ1、後ろ!』

 

勇翔「分かっています!」

 

 F-3が傾く。

 

 警報は止まらなかった。

 

 こちらへ射撃用の電波が向けられている。

 

 無線には、何も来ない。

 

 撃つぞ、という声さえなかった。

 

     *

 

 勇翔は、最初の射線を外した。

 

 外した先へ、また機首が来る。

 

 迎撃機の旋回半径は大きかった。

 

 F-3と同じ小ささでは曲がれない。

 

 速度を取り戻す時にも、機体の重さが出ていた。

 

 それなのに、勇翔が曲がり終える頃には、相手の機首が次の場所を塞いでいた。

 

 高く逃がす。

 

 巨体は同じだけ上がらず、その先へ向く。

 

 横へ返す。

 

 返しきる前に、もう翼が傾いている。

 

 小貝に教わった回避も、戦場で身につけた変化も、次に使うものから順に知られているようだった。

 

勇翔「ボルト2。あれ、操縦を読んでる」

 

小貝『見えてる。いったん距離を――』

 

 小貝が言い終える前に、迎撃機の機首がA-10の方角へ寄った。

 

 勇翔は戻った。

 

 戻るしかなかった。

 

 巨体が、またF-3を向く。

 

 こちらが僚機を置いて逃げないことまで、知られている。

 

 勇翔の背中に、冷たい汗が滲んだ。

 

 ロックオンの警報が強まる。

 

 発射される。

 

 そう思った瞬間を、相手は何もせず通した。

 

 誘導弾は、八発とも翼下にある。

 

 砲口も光らない。

 

 勇翔が次の回避を選ぶと、その先へ機首だけが向いた。

 

 こちらの出方を、一つずつ見られている。

 

 そう考えた途端、操縦桿を握る指に余計な力が入った。

 

 何をすれば撃つのか。

 

 何をすれば、やめるのか。

 

 表情も、呼吸も、罵声もない相手からは、その境目が掴めなかった。

 

勇翔「迎撃機、応答してくれ!」

 

 返事はない。

 

 警報だけが鳴り続けた。

 

     *

 

 小貝は、二機から間隔を取った。

 

 共通緊急回線へ、照合番号を繰り返す。

 

 地上から、ようやく返答があった。

 

『……登録資料を再確認中。空中の中継局へ引き継ぐ』

 

小貝「早くしてくれ」

 

 目の前のF-3は、よく動いていた。

 

 勇翔が無駄に振り回しているわけではない。

 

 それでも、長い機首が背後から離れない。

 

 小貝には、相手の異様さが別の形で分かった。

 

 癖が見えない。

 

 機体を追い込めば出るはずの、操縦者の焦りがない。

 

 次の操作を急いだ時の乱れも、深く食いつきすぎた時の修正も、見つからなかった。

 

小貝『スカイ1。勝ち負けにするなよ』

 

勇翔『帰るためです』

 

 短い返事だった。

 

小貝『なら、機体も使え。腕だけで付き合う相手じゃねえ』

 

 言い終えて、周囲へ目を戻す。

 

 北東の雲の裾が、暗くなっていた。

 

 風とは違う向きへ、何かが動いている。

 

     *

 

 勇翔は、相手の機首だけを見るのをやめた。

 

 翼。

 

 翼下の誘導弾。

 

 向きを変えたあと、速さを取り戻すまでの間。

 

 読まれている。

 

 それなら、読まれても届かないところへ出るしかない。

 

 勇翔は残していた余裕を確かめた。

 

 減速しても姿勢を保つ制御。

 

 機首の向きを変える推力偏向。

 

 再び速度を得るための、エンジンの力。

 

 相手の居場所を見失わずに示す表示。

 

 自分の判断に、機体の性能を重ねる。

 

勇翔「ボルト2。南側の開けた空へ出ます」

 

小貝『了解。山に寄るな』

 

 F-3が、A-10から離れた。

 

 迎撃機が追う。

 

 閉じた操縦区画は、相変わらず黒い面のままだった。

 

勇翔「スピード違反だっていうなら、捕まえてみろ」

 

小貝『……相手には聞こえてねえかもしれんぞ』

 

勇翔「分かっています」

 

 言葉で挑発しても、何も返ってこない。

 

 自分の手を動かすために、言った。

 

 F-3がバレルロールへ入った。

 

 空と雪原が視界の縁を回る。

 

 進行方向の周りに弧を描き、前へ進む量を減らす。

 

 迎撃機は、内側へ飛び込んでこなかった。

 

 こちらの意図を見抜いたように、距離を残そうとする。

 

 勇翔は、その修正を見た。

 

 間違えてはくれない。

 

 螺旋の途中で、F-3の機首をもう一段、先へ向けた。

 

 推力偏向と飛行制御が、速度を落とした機体を支える。

 

 重い身体が座席へ押しつけられる。

 

 勇翔は呼吸を刻み、旋回の弧を縮めた。

 

 迎撃機も減速していた。

 

 その翼が、早くから修正へ動いているのが見える。

 

 だが、大きな機体の進みまでは、同じだけ抑えられない。

 

 長い機首が、F-3の横へ出た。

 

 すぐに戻そうとする。

 

 間に合わない。

 

 八発を吊った巨体が、前へ抜けた。

 

 勇翔は旋回を終え、推力を戻した。

 

 減速で失った速度を、F-3が取り戻していく。

 

 迎撃機の後ろへ、機首が向いた。

 

小貝『入れ替わったな』

 

勇翔「スカイ1、後方を確保」

 

 勇翔は息を吐いた。

 

 向こうからは、何も聞こえなかった。

 

 食らいついていた時も。

 

 前へ押し出された今も。

 

 同じ沈黙だった。

 

     *

 

 迎撃機が、再び速度を落とした。

 

 勇翔は詰めなかった。

 

 相手の背後に残した空間を使い、外側へ弧を広げる。

 

 巨大な機首が上がりかけた時には、すぐ後ろにいない。

 

 相手は機動を途中で戻した。

 

 判断は早い。

 

 その判断に機体が従い終える前に、F-3は別の位置へ出ていた。

 

 加速に合わせて距離を変える。

 

 機首を振られても、同じ線を追わない。

 

 勇翔は、機体の余裕を使い続けた。

 

 一つ手を抜けば、また入れ替わる。

 

 そう思わせる動きが、前方では続いていた。

 

 勇翔は短距離誘導弾を選んだ。

 

 04式。

 

 兵装扉が開く。

 

 シーカーが、相手の機体を捉えた。

 

 発射の安全を解除する。

 

勇翔「ボルト2。捕捉。まだ撃っていません」

 

小貝『待て。照合の返事が来る』

 

 勇翔は、引き金へ指を置いていた。

 

 相手は何度も撃てた。

 

 そのたびに、撃たなかった。

 

 だからといって、小貝へ再び機首を向けるのを見逃せるか。

 

 答えは出なかった。

 

 前方の巨体が傾く。

 

 その先に、A-10が重なる。

 

 勇翔の指へ力が入った。

 

モス『全機、交戦を中止してください!』

 

 共通緊急回線へ、よく通る声が割り込んだ。

 

モス『こちら早期警戒機Tu-126、モスです。北東から災獣群が接近しています。空域内の全機、相互の追尾を中止してください』

 

 滑らかで、聞き取りやすい声だった。

 

 客室へ流れる案内を思わせる抑揚が、切迫した言葉を一つずつ、確実に届けていた。

 

     *

 

 勇翔は、引き金から指を離した。

 

 前方の迎撃機が、機体の傾きを戻す。

 

 ロックオン警報が止まった。

 

モス『ダチュラ3、そちらの部隊回線にも送信します。二機は黒十字帝国学連の支援隊。受入窓口との照合が完了しました』

 

 モスは、小貝の問い合わせを引き継いでいた。

 

 古い登録と新しい許可書が、そこでようやく一つに繋がった。

 

 通常回線の移管先も食い違っている。

 

 経緯を順に説明している余裕はなかった。

 

モス『資料の差替えに不一致があります。地上で確認しましょう。今は、北東を見てください』

 

勇翔「スカイ1、追尾解除。兵装をセーフ」

 

 シーカーの捕捉を解き、発射準備を取り消す。

 

 兵装扉が閉じた。

 

小貝『ボルト2、未発射。追尾も受けていない』

 

 迎撃機が、小刻みに機体を傾けた。

 

 右へ、左へ。

 

 翼端が短く上下し、すぐ水平へ戻る。

 

 受信した。

 

 少なくとも、そう受け取れる動きだった。

 

 音声による返答はない。

 

 迎撃機は速度を整え、F-3の横へ位置を変えた。

 

 後ろを取り返そうとはしない。

 

 長い機首が、北東へ向く。

 

勇翔「ダチュラ3、合図を確認した」

 

 もう一度返事を求めることはしなかった。

 

 小貝のA-10が、間隔を空けて戻ってくる。

 

 誰も、互いの後方へ回ろうとしていなかった。

 

     *

 

 雲の裾から、丸い頭が出た。

 

 続いて、長い胴体。

 

 翼に似た器官が広がる。

 

 外殻の隙間が脈動し、そのたびに巨体を取り巻く雲が押し退けられた。

 

 山の上に、もう一つ、山が動いているようだった。

 

小貝『……クジラかよ』

 

 その後ろで、雲が再び割れた。

 

 二体目。

 

 さらに奥から、ひときわ厚い背中が現れる。

 

勇翔「まだいます。奥に、もう一体」

 

モス『大型三、小型多数。地上にも同時に反応があります。南部補給路へ接近しています』

 

 三つの巨体が、間隔をずらして浮かんでいた。

 

 雲海へ腹を沈め、黒い背を空へ出している。

 

 先頭の脇腹に裂け目が開いた。

 

 そこから影がこぼれる。

 

 落ちながら鋭い翼を広げ、急に速さを増した。

 

 鳥型だった。

 

 二体目の周囲にも、小さな影が散る。

 

 最奥の一体は、他の二体より外殻が厚く見えた。

 

モス『進行方向の先頭から、大型一番、二番、三番と呼称します。各機、位置を確認してください』

 

勇翔「スカイ1、三体とも確認した」

 

小貝『ボルト2、確認。下も多いな』

 

 雪面に、点々と黒い穴が開いていた。

 

 多脚の身体が這い出し、背中の細長い突起を持ち上げる。

 

 別の一体が動き、腹を隠していた雪が崩れた。

 

 三つの巨影の下を、地上の群れが埋めている。

 

 迎撃機の翼下では、八発の誘導弾が並んでいた。

 

 先ほどまで、あれが自分たちへ向いていた。

 

 今は、同じものを見ている。

 

勇翔「スカイ1からモス。現地からの要請と、味方部隊の位置を確認したい」

 

モス『現地司令部より、補給路に接近する災獣群への協同対処を要請します。地上部隊は西側の防衛線にいます。東側の盆地には、味方は入っていません』

 

 勇翔は、地図上の道路と防衛線を確かめた。

 

 今回の移動で通るはずだった基地へ、そこから道が続いている。

 

 小貝は残る燃料を見ていた。

 

小貝『ボルト2、支援可能。長居はできないが、下はやれる』

 

勇翔「スカイ1、護衛群へ対処する。大型に使える兵装は」

 

モス『ダチュラ3にあります。機種はTu-128M2。R-4改、八発。30mm機関砲が二門。大型の迎撃を同機へ割り当てます』

 

 モスから届いた照合情報が、目の前の巨体と結びついた。

 

 Tu-128M2。

 

 古い機体の名に、見覚えのない改修符号が続いている。

 

 Tu-128M2の翼が、浅く動いた。

 

モス『ダチュラ3、高度を取ってください。スカイ1は上昇経路と後方を援護、ボルト2は地上の射点を排除してください』

 

 長い機首が上がった。

 

 排気口が明るくなる。

 

 迎撃機は二機から離れ、上昇を始めた。

 

小貝『了解。必要な連絡は、あっちにも聞こえてるんだよな』

 

モス『必要な情報はそのまま送ってください。こちらでも機位を監視します』

 

 モスが、戦闘用の共通回線を指定した。

 

 二人は切り替えを確かめる。

 

 F-3とA-10には、互いの声が届いた。

 

 Tu-128M2からは、声が来なかった。

 

小貝『あれ、後ろの席にも誰かいるんだろ。そっちからは話せないのか』

 

モス『搭乗者は一名です。それ以上は当機からはお答えできません』

 

 勇翔は、上がっていく機体を見た。

 

 一名。

 

 操縦席の中で、どう仕事を分けているのかまでは分からない。

 

 ただ、別の誰かが後ろから指示を出していると思っていた、先ほどの機動が頭へ戻った。

 

 あれを、一人で。

 

 巨体は灰色の雲へ入り、姿を消した。

 

 表示の上でだけ、高度が増えていく。

 

 その下から、鳥型の群れが迫っていた。

 

     *

 

 勇翔はF-3を傾けた。

 

 上昇する迎撃機と、迫る群れの間へ入る。

 

 鳥型の一部は雲へ消えた機体を追い、別の一部は低く飛ぶA-10へ向かった。

 

 その分かれ目を見て、先頭へ中距離弾を放った。

 

 機内から離れた誘導弾が、白い線を引く。

 

 鳥型の影が、閃光の中で崩れた。

 

 続いていた群れが左右へ散る。

 

 勇翔は、残骸を追わなかった。

 

 Tu-128M2へ向かう方へ機首を寄せる。

 

 空の上では、迎撃機がまだ高度を稼いでいた。

 

 あの巨体が、一瞬で一万二千メートルまで上がるわけではない。

 

 その間を、守る。

 

勇翔「スカイ1、上昇経路へ入る小型を迎撃する」

 

モス『モス、了解しました。ボルト2へ向かう群れも確認しました』

 

小貝『見えてる。山のこっち側へ引っ張る』

 

 勇翔は表示と空を見比べた。

 

 群れから発する探査波を、センサーが拾っている。

 

 F-3を探り当てられず、照射の向きがずれた。

 

 その間に、勇翔は雪雲の端から回り込んだ。

 

 低被探知性が作った、短い遅れだった。

 

 近づけば、見つかる。

 

 こちらを向いた鳥型の嘴が、開いた。

 

 光る塊が吐き出される前に、F-3は横へ抜けていた。

 

 短距離弾の捕捉音。

 

勇翔「スカイ1、発射」

 

 先ほどTu-128M2へ向けていた04式が、今度は鳥型を追った。

 

 細い胴体が弾ける。

 

 勇翔は旋回を続け、残る影を上昇経路から引き離した。

 

 速く向きを変える相手だった。

 

 それでも、さっきの機首のように、曲がる先へ待ち構えてはいない。

 

 F-3が先に向きを変える。

 

 短い機関砲射撃が、鳥型の翼を折った。

 

 雲の上で、Tu-128M2の高度が増えていく。

 

 礼も、継続の指示もなかった。

 

 こちらが作った空間を、巨体は迷わず通っていた。

 

     *

 

 小貝の前で、雪面が盛り上がった。

 

 長い脚が、雪を掻き分ける。

 

 背中の細長い突起が空を向き、その先端から対空弾が放たれた。

 

 A-10が傾く。

 

 災獣の放った弾が後方へ抜け、斜面で炸裂した。

 

 雪と岩の破片が、斜面から噴き上がった。

 

小貝「面倒な雪だるまだな」

 

 その向こうにも、多脚の災獣がいた。

 

 一体が動くと、周囲の雪まで黒く蠢く。

 

 上空を進む三つの巨影を追い、地上の群れも移動していた。

 

 間には、既に射撃を始めているものもいる。

 

 小貝は照準を寄せた。

 

 横から雪が流れ込んだ。

 

 視界が白く閉じる。

 

小貝『ボルト2、いったん外す。目標を見失った』

 

モス『了解しました。目標の位置はこちらで追っています。視界が戻ってから攻撃してください』

 

 小貝は引き金を引かなかった。

 

 山裾を目印にして回り、雪の幕が切れる場所へ出る。

 

 山裾を走る道路。

 

 そこから東へ離れた雪原に、災獣の背が見えた。

 

小貝『ボルト2、射点を確認。攻撃に入る』

 

 GAU-8アヴェンジャーが唸った。

 

 低い振動が機体へ伝わる。

 

 三十ミリ弾の列が雪を削り、触手を持ち上げた災獣へ入った。

 

 根元が折れ、背中の外殻が砕ける。

 

 隣の一体が、身体を向けた。

 

 小貝は射撃を短く切り、照準を移した。

 

 もう一度、機首が震えた。

 

 二つ目の黒い身体が、雪へ沈む。

 

 近くで炸裂した対空弾の破片が、機体下面を叩いた。

 

 小貝は操縦桿を引きながら、警告灯を見た。

 

 油圧は落ちていない。

 

 操縦に異常はない。

 

 身体を囲むチタンの装甲の内側で、息を吐く。

 

小貝『手前の射点を潰した。奥に群れが残ってる』

 

モス『東側の盆地に味方はいません。地上目標への攻撃を続けてください』

 

 A-10は再び距離を取り、次の進入へ回った。

 

 道路を外れた雪原へ、攻撃する線を置く。

 

 頭上を通る味方はいない。

 

 Tu-128M2は、まだ遠くの高い空にある。

 

小貝『ボルト2、地上の群れへ投下する。東側低空を空けろ』

 

勇翔『スカイ1、離れた』

 

モス『ダチュラ3の位置も確認。空域は空いています』

 

 クラスター爆弾が、機体を離れた。

 

 開いた容器から、小さな点が散る。

 

 雪原に、幾重もの爆発が走った。

 

 持ち上がっていた触手が折れ、重なった脚が雪の中へ崩れる。

 

 A-10の後ろで、白い大地が帯になって噴き上がった。

 

 小貝は、いつまでも見返さなかった。

 

 残る弾薬を確かめ、別の斜面へ目を向ける。

 

 まだ、空から巨獣が来る。

 

 三体がどこへ崩れるか、まだ分からない。

 

 小貝は、味方が抜ける谷筋をもう一度確かめた。

 

     *

 

モス『ダチュラ3、高度一万二千。上昇を終了してください』

 

 大きな機影が、雲海の上へ出た。

 

 Tu-128M2の機首が、ゆっくりと下がる。

 

 上昇の初めに灯ったアフターバーナーの光は消えていた。

 

 そこまで積み重ねた速さと高度を保ち、迎撃機は三体の巨獣がいる空域へ進路を整えた。

 

 下方には、雲を割って浮く黒い背。

 

 地表から持ち上がった吹雪が、その腹の下を流れている。

 

モス『スカイ1、ダチュラ3の後方へ小型が上昇中。射撃中の援護を継続してください』

 

勇翔「了解」

 

 勇翔は機首を上げた。

 

 後ろから迫る影へ、F-3を差し込む。

 

 Tu-128M2は、護衛群を追うために進路を変えなかった。

 

 大型三体を前方に置いたまま、射撃位置へ向かっている。

 

 こちらを信用しているのか。

 

 撃つべきものへ集中しているのか。

 

 勇翔には、まだ分からなかった。

 

 自分にできるのは、その後ろを守ることだった。

 

     *

 

 Tu-128M2の翼下には、二連装ラックが左右二基ずつあった。

 

 セミアクティブレーダー誘導のR-4RM改が四発。

 

 赤外線誘導のR-4TM改が四発。

 

 異なる誘導方式の二発を、一組にする。

 

 未来の技術で弾体と推進系を刷新したR-4改は、重量を従来の半分へ抑え、炸薬量と弾頭の破砕威力を倍にしていた。

 

 三体へ使えるのは、四組。

 

 先頭の巨獣へ、レーダーの照射が向いた。

 

 無線に、短い電子音が入った。

 

 一定の高さの音が二つ。

 

 雑音とも、人の声とも違った。

 

モス『ダチュラ3の射撃予告です。各機、大型一番への射線を空けてください』

 

勇翔「スカイ1、射線外」

 

小貝『ボルト2も、下から離れた』

 

 最初の二発が、翼下を離れた。

 

 白い噴流がほとんど重なって伸びる。

 

 改修弾は加速を続け、マッハ四を越えていった。

 

 Tu-128M2は、緩やかに進路を変えていた。

 

 機首の正面から目標が少しずれても、照射は続いている。

 

 ただし、大きく向きを外すことはしなかった。

 

 追尾できる範囲へ目標を保ち、レーダー誘導弾を最後まで支えている。

 

 その後ろを、鳥型が追った。

 

 F-3が間へ入る。

 

 勇翔は中距離弾を放ち、続いてくるもう一体へ機首を寄せた。

 

 小さく回り込み、短い砲撃で翼を折る。

 

勇翔「ダチュラ3、後方の二体を排除。射撃を続けていい」

 

 音声の返事はない。

 

 迎撃機は、勇翔が守った空間で照射を続けた。

 

 大型一番の体表から、黒い粒子が広がった。

 

 熱を帯びた殻片も散る。

 

 電波の像と熱源が、別々に揺れた。

 

 対になった誘導弾は、同じ方向へ逸れなかった。

 

 一発が頭部の付け根を砕く。

 

 直後、もう一発が破れた外殻の奥で炸裂した。

 

 長い身体が折れ曲がった。

 

 光が内部を走り、腹の下に並ぶ器官が次々と止まる。

 

 先頭の巨体が、雲の中へ沈んだ。

 

モス『大型一番、落下します。各機、直下へ入らないでください』

 

 雪原で、白い壁が立ち上がった。

 

 その向こうから、次の巨体が現れる。

 

     *

 

 短い電子音が、再び入った。

 

 Tu-128M2の機首が、二体目へ寄っていた。

 

 第一射の誘導を終えてから、次の目標へ移っている。

 

モス『ダチュラ3、大型二番への射撃を確認。スカイ1、右側から回り込む小型にも注意してください』

 

勇翔「見えている」

 

 二組目の誘導弾が離れた。

 

 レーダー誘導型と、赤外線誘導型。

 

 同じ二本の白い線が、別の巨獣へ向かう。

 

 大型二番は、先ほどの爆発を避けるように身体を傾けていた。

 

 その腹の縁へ、一発目が入った。

 

 姿勢を保つ器官の付け根が砕け、外殻が開く。

 

 二発目の光が、開いた隙間を押し広げた。

 

 巨体が横倒しになった。

 

 戻そうとした頭が垂れ、尾の方から先に高度を失う。

 

モス『大型二番も落下します。最初の落下点とは位置が異なります。ボルト2、進路を西側へ寄せてください』

 

小貝『了解。もう一山崩れてくるのかよ』

 

 A-10が離れた先で、二つ目の雪煙が噴き上がった。

 

 クジラ型の尾が、その中へ消える。

 

モス『大型一番、二番の活動反応消失。大型三番は健在です』

 

 最奥の一体は、まだ高度を保っていた。

 

 厚い外殻の下から、護衛群が新たに散る。

 

 Tu-128M2の翼下に残る誘導弾は、四発だった。

 

     *

 

 勇翔は、残る大型の周囲を見た。

 

 先に落ちた二体から離れた鳥型も、そこへ寄り集まっている。

 

 群れを全て、同時に相手にはできない。

 

 Tu-128M2へ向かうものを先に止める。

 

 A-10を追うものは、接近する前に外へ引き出す。

 

 勇翔が機首を変えるたび、モスが別の方角を短く告げた。

 

モス『スカイ1、左下から二体。ダチュラ3へ向かっています』

 

勇翔「確認。引き離す」

 

 F-3が群れの横へ出た。

 

 砲撃で一体の翼を砕く。

 

 残る一体がこちらを向くと、大型から離れる方向へ速度を乗せた。

 

 その間に、三度目の電子音が入った。

 

 残る二組が、続けて発射された。

 

モス『警戒機より、ダチュラ3の発射は計八発です。最後の四発が大型三番へ向かっています。射線に注意してください』

 

 白い噴流が、厚い外殻へ集まる。

 

 頭部が、光った。

 

 一つ目の組が、重なった装甲状の殻を浮かせた。

 

 次の組は、推進器官の付け根へ入った。

 

 殻の塊が剥がれ、柱のような内部組織が露出する。

 

 大型三番の身体が、深く傾いた。

 

 それでも、すぐには落ちなかった。

 

 中枢の塊が収縮し、残った器官を動かしている。

 

小貝『三体目、まだ生きてるぞ』

 

モス『確認しました。高度が低下しています。東側の盆地へ降下中です。全機、直下から離れてください』

 

 Tu-128M2は、最後の着弾を見届けてから機首を下げた。

 

 空になったラックを吊ったまま、巨体が降下へ移る。

 

 狙っているのは、露出した中枢だった。

 

     *

 

 三体目の黒い胴体が、雪雲の中へ沈んでいく。

 

 雲の縁が押し裂かれ、白い霧が巨獣の背中を滑った。

 

 まだ、生きている。

 

 剥き出しになった柱の奥で、赤黒い塊が収縮していた。

 

 その拍動に合わせ、残った器官が巨体を持ち直そうとする。

 

 Tu-128M2が更に進入角を深くし、急降下へ入った。

 

 八発の重さを失った翼が傾く。

 

 長い胴体が、雲海へ向かって落ちていく。

 

 勇翔は、その進路を見た。

 

 巨獣へ届く線。

 

 そのあと、機体を戻すために必要な広い空間。

 

 重迎撃機が、小型を追って好きに曲がれる場所ではない。

 

 クジラ型の脇腹から、最後の護衛群が飛び出した。

 

 Tu-128M2の前へ、鋭い翼が広がる。

 

勇翔「スカイ1、降下経路の小型を引き受ける」

 

 F-3が先に下りた。

 

 鳥型が、こちらを向く。

 

 一体を短距離弾で落とす。

 

 残る影の前を横切り、巨獣の外側へ引き出した。

 

 Tu-128M2は、その空いた場所へ入ってきた。

 

 速度を殺さない。

 

 こちらへ礼の合図を返すこともない。

 

 勇翔は、もう返事を待たなかった。

 

 空ければ、通る。

 

 危険を伝えれば、必要な分だけ進路を変える。

 

 その繰り返しが、声の代わりになっていた。

 

     *

 

 地上では、多脚の群れが落ちてくる巨獣へ集まっていた。

 

 死角だった窪みからも、黒い脚が這い出す。

 

 背中の射撃器官が持ち上がり、対空弾が空へ散った。

 

 その向こうを、Tu-128M2が降りてくる。

 

小貝『ダチュラ3、抜けた先に地上の射点。ボルト2が先に潰す』

 

 返事はなかった。

 

 小貝は、受信確認を求めなかった。

 

 A-10の機首を下げる。

 

 帰り道として使える谷筋が、雪原の奥へ続いていた。

 

 その入口に、射撃を続ける災獣の列がある。

 

 ここを残せば、巨獣を撃ったあとに捕まる。

 

小貝「働きどころだな」

 

 アヴェンジャーが、低く唸った。

 

 三十ミリ弾が雪面を走り、持ち上がった触手を根元から砕く。

 

 小貝は、見える相手を端から追わなかった。

 

 谷の入口を塞ぐものへ絞り、短い射撃を重ねた。

 

 外殻が割れ、胴が折れ、脚が雪の中へ沈んだ。

 

 噴き上がる雪煙が途切れた向こうに、開いた通路が見えた。

 

 小貝は機体を横へ逃がす。

 

小貝『谷の入口を空けた! ダチュラ3、そのまま抜けろ!』

 

 Tu-128M2が、クジラ型の上へ入った。

 

     *

 

 大きな背が、白い空を塞いでいた。

 

 剥がれた外殻の隙間から、黒赤色の柱が立ち並ぶ。

 

 奥にある中枢の塊が、まだ脈を打っていた。

 

 その上へ、Tu-128M2の機首が向く。

 

 装甲コックピットの外板を、雪雲の光が流れた。

 

 短い射撃予告音が、無線へ入った。

 

モス『ダチュラ3が機関砲射撃に入ります。各機、降下経路を空けてください』

 

 左右の翼根が、同時に光った。

 

 増設フェアリングに収めたGSh-30-1。

 

 単砲身の三十ミリ機関砲、二門。

 

 銃口から伸びる曳光が、二本の線になった。

 

 毎分千五百から千八百発の連射が、左右から重なっていた。

 

 一発ずつを目で追えない。

 

 平行に走った光が、露出した中枢へ集まる。

 

 表面が抉れた。

 

 肉の柱が、付け根から裂ける。

 

 巨獣が身体を捻った。

 

 射線が外れかける。

 

 Tu-128M2の機首が、その分だけ動いた。

 

 大きく振らない。

 

 先に置かれた二本の光の中へ、剥き出しの塊が戻ってきた。

 

 鼓動が歪む。

 

 中心が潰れた。

 

 内側から噴き出した光が、裂け目を広げていった。

 

 射撃が止まる。

 

 Tu-128M2は、命中を見届けるために居残らなかった。

 

 十分な高さのあるうちから機首を起こし始め、巨獣の側面を斜めに抜ける。

 

 長い胴体が、大きな弧を描いた。

 

 その先には、小貝が空けた谷の入口があった。

 

 雪面が急に近づく。

 

 翼が水平へ戻る。

 

 巨体が、山肌に沿って走った。

 

 音速を越えたままだった。

 

 開けた谷筋の雪が、機体の後ろで白く裂けていく。

 

 黄色い花が、斜面の影を横切った。

 

 遅れて、衝撃音が谷を叩く。

 

 A-10は、既にその進路から離れていた。

 

 小貝は、抜けていった赤い星と、その上に重なる四本線を目で追った。

 

小貝「……何なんだ、あいつ」

 

 Tu-128M2の向こうで、クジラ型の腹が崩れた。

 

     *

 

モス『大型三番が落下します! 全機、盆地から退避してください!』

 

 モスの声が、短く、はっきりと届いた。

 

 勇翔は、追っていた鳥型からいったん距離を取った。

 

 下を見続けない。

 

 退く場所を確かめ、機首を外へ向ける。

 

 巨獣の身体が、雪原へ触れた。

 

 地面が見えなくなった。

 

 三つ目の白い壁が立ち上がり、砕けた殻と岩を巻き込んで広がる。

 

 崩れた肉の塊が雪煙の中へ消え、その奥で何度か光が弾けた。

 

 斜面の雪が、大きく剥がれ落ちた。

 

 空にいた鳥型は、まだ飛んでいた。

 

 主を失った瞬間に、消えてくれるわけではない。

 

 一体が、離脱するA-10へ向かった。

 

 勇翔は、その間へ入る。

 

 残る短距離弾の表示を確かめた。

 

 捕捉。

 

 発射。

 

 鳥型の翼が炎に包まれ、雪煙の向こうへ落ちた。

 

 もう一体が、F-3の後ろへ回り込む。

 

 勇翔は機体を返した。

 

 無線からは、自分の呼吸と小貝の位置報告が聞こえる。

 

 どちらも、生きている人間の音だった。

 

 振り切った鳥型が前へ流れる。

 

 短い砲撃で、その胴を断った。

 

勇翔「スカイ1、最後の追手を撃破。周辺を確認する」

 

 小貝は雪煙の縁を回っていた。

 

 盆地の外側に残った多脚型が、触手を持ち上げる。

 

 その後ろには、北へ戻ろうとする黒い影がいくつかあった。

 

 A-10が低く入る。

 

 アヴェンジャーの轟音が、雪原を横切った。

 

 触手が折れ、先頭の胴体が崩れる。

 

 小貝は別の射点へ寄り、短く撃って離れた。

 

 地上からの対空射撃が、止まった。

 

 初めの爆撃で崩れた群れも、巨獣の墜落を免れた群れも、雪の中に動きを止めていた。

 

 谷の入口から補給路へ続く空間に、射撃するものは残らなかった。

 

小貝『ボルト2、地上目標の沈黙を確認。低空の帰投経路は空いた』

 

モス『了解しました。大型三体と護衛群の活動反応はありません。交戦空域の監視を続けます』

 

 勇翔は周囲を見た。

 

 雪煙だけが、風に流されていた。

 

     *

 

 Tu-128M2は、谷の先から戻ってきた。

 

 速度を落とし、大きく回り込んでいる。

 

 空になったラックが、翼の下に残っていた。

 

 小貝のA-10が、F-3の左後方へ戻る。

 

 勇翔は機体を整え、帰投のための確認を始めた。

 

 燃料は足りる。

 

 弾薬は、随分減った。

 

 操縦に異常はない。

 

小貝『ボルト2、下面に破片を食らった。操縦、油圧とも異常なし。降りたら見てもらう』

 

勇翔「了解。受入基地まで、こちらで見る」

 

モス『モスより。三機とも交戦終了です。スカイ1とボルト2は受入基地へ向かってください。ダチュラ3もです』

 

 最後の一言だけ、少し間が置かれた。

 

 Tu-128M2が、浅く翼を振る。

 

モス『確認しました。ダチュラ3、貴機の地上での予定は、先方へ連絡済みです。三機とも、受入準備は整っています』

 

小貝『あれも、同じところへ降りるのか』

 

モス『はい。進入順序は、基地管制からご案内します。誘導に従ってください』

 

モス『私も、後続の警戒担当へ引き継いでから戻ります。通信記録の照合は、地上でご一緒にお願いします』

 

 着陸のための連絡先が伝えられた。

 

 今度は防空側と受入側で照合済みだという。

 

 勇翔は受信した進路を、手元の地図と突き合わせた。

 

 一致している。

 

モス『なお、奥地の未確認反応は、引き続き観測されています。今回撃破した三体との関係は、着陸後に確認しましょう』

 

勇翔「スカイ1、了解」

 

 北へ来た理由まで片づいたわけではなかった。

 

 それでも、今は降りられる。

 

 無事だと伝える相手もいる。

 

 その事実が、強張っていた指へ、少しずつ感覚を戻した。

 

     *

 

 Tu-128M2が、F-3の右翼側へ並んだ。

 

 急がない。

 

 必要な間隔を残し、こちらと同じ速さで飛んでいる。

 

 鮮やかなヘックス迷彩。

 

 黄色いダチュラ。

 

 尾翼の赤い星に重なる、四本線。

 

 装甲コックピットの外板に、冬の日差しが薄く映っていた。

 

 中にいる者は、見えない。

 

 名前も、階級も、どのような顔をしているのかも、まだ知らなかった。

 

 分かるのは、撃てる時に撃たなかったこと。

 

 共に敵へ向いたあとは、こちらが空けた射線へ、迷いなく入ってきたことだった。

 

 勇翔は、無線へ入った。

 

勇翔「こちらF-3。全目標の沈黙を確認した。支援に感謝する」

 

 返答を待った。

 

 女の声も、男の声も聞こえてこない。

 

 代わりに、受信機が短く鳴った。

 

 ザッ。

 

 間を置いて、もう一度。

 

 ザッ。

 

 射撃予告の電子音とは違う、短いキャリアノイズだった。

 

 その直後、Tu-128M2が翼を振った。

 

 浅く、左右へ。

 

 一度だけ。

 

 勇翔も、小さく翼を振り返す。

 

 迎撃機が間隔を広げ、進入順序を整えるために前へ出た。

 

 黄色い花が、山の影へ寄っていく。

 

 谷の向こうには、同じ目的地があった。

 

     *

 

小貝『降りたら、顔くらい見られるかね』

 

勇翔「どうでしょう」

 

 勇翔はグローブを頬へ当てた。

 

 冷えた汗が残っている。

 

 同じ機体だったら、どうなっていたのか。

 

 F-3の性能を使い切って、ようやく前へ押し出した、あの一瞬。

 

 相手の判断が遅れたわけではなかった。

 

 こちらの次の位置へ、機体が届かなかっただけだ。

 

 とんでもない化け物と、同じ空を飛んでいた。

 

 そう思う。

 

 その相手と、同じ滑走路へ降りていく。

 

 勇翔は呼吸を整え、基地管制へ応答した。

 

     *

 

 着陸は、一機ずつだった。

 

 先に入ったTu-128M2が、長い機体を滑走路へ下ろす。

 

 続いて、A-10。

 

 最後にF-3が接地した。

 

 勇翔は滑走路を離れ、誘導に従って駐機場へ向かった。

 

 雪の寄せられた舗装の向こうに、鮮やかなヘックス迷彩の巨体が停まっている。

 

 飛んでいた時より、なお大きく見えた。

 

 機体の周りでは、地上要員が既に動いていた。

 

 武装の安全を確かめ、車輪へ歯止めを置く。

 

 勇翔も停止後の確認を終え、エンジンを止めた。

 

 耳の中に、まだ飛行中の音が残っていた。

 

 ラダーを降りる。

 

 少し離れたA-10の下では、小貝が整備員へ下面の被弾箇所を説明していた。

 

 指で示し、何かを確かめ合う。

 

 いつもどおりの仕事だった。

 

 その隣で、Tu-128M2の装甲コックピットが開いた。

 

 勇翔は、動きを止めた。

 

 中から、一人の搭乗員が出てきた。

 

 ヘルメットを外す。

 

 女だった。

 

 口の端に、古い裂傷の痕があった。

 

 地上要員へ短く頷き、足元を確かめながら降りてくる。

 

 空で見た機動からは想像できないほど、普通の動作だった。

 

 小貝も説明を終え、勇翔の隣へ来た。

 

 女は二人に気づくと、片手を上げた。

 

 それから、F-3とA-10を順に指し、掌を上へ向ける。

 

勇翔「……機体のことですか。こちらは異常ありません」

 

小貝「こっちは下面に少しもらった。いま見てもらってる」

 

 頷く。

 

 視線が、A-10の下で動く整備員へ移った。

 

小貝「その前に、聞きたいことが山ほどあるんだが」

 

 女は耳元を軽く指し、もう一度頷いた。

 

 聞こえている。

 

 そこまでは分かった。

 

 だが、声は出さない。

 

 受入担当の職員が、建物の入口から二人を呼んだ。

 

「お二人とも、こちらへお願いします。機体の記録と、入域許可書を照合します」

 

 女はそちらを見て、二人へ道を譲った。

 

 自分もあとから行く、とでもいうように建物を指してから、Tu-128M2へ戻っていく。

 

小貝「……降りても、あれか」

 

勇翔「少なくとも、聞こえてはいるようです」

 

小貝「空でも、そうだったらしいけどな」

 

 二人が歩き始めたところで、車輪の軋む音がした。

 

 勇翔は振り返った。

 

 格納庫へ向けられたTu-128M2の前脚に、牽引棒が繋がれている。

 

 その先を握っているのは、さっきの女だった。

 

 誘導員が進路を示す。

 

 歯止めが外され、制動の解除が伝えられた。

 

 彼女が、一歩、前へ出る。

 

 長い胴体が動いた。

 

 主脚の大きなタイヤが回り、空になった八発分のラックまで、一緒についていく。

 

 女は歩調を変えなかった。

 

小貝「……牽引車、要らねえのかよ」

 

 勇翔は、何も返せなかった。

 

     *

 

 受入基地の待合室は、窓際だけ少し寒かった。

 

 暖房の前に椅子が並び、壁には航路図と気象情報が貼られている。

 

 勇翔と小貝は、受入票の空欄を埋めた。

 

 飛行時間。使用した兵装。機体の状態。

 

 通信記録は、それぞれの機体から取り出してもらっている。

 

 書類の照合が一巡した頃、扉が開いた。

 

「お待たせいたしました。温かいものをどうぞ」

 

 声を聞いた瞬間、勇翔は顔を上げた。

 

 飛行用のARMSを外した、少女姿のDOLLSが立っていた。

 

 片腕に書類の束を抱え、小さな配膳台を押している。

 

 ポットの口から、細く湯気が立っていた。

 

勇翔「モス?」

 

モス「はい。早期警戒を担当しておりました、Tu-126です。監視は後続へ引き継いできました」

 

 空で聞いた声が、そのまま会釈をしたようだった。

 

 モスは書類を机の乾いた側へ置き、カップを四つ並べた。

 

モス「お二人とも、お疲れさまでした」

 

小貝「あの迎撃機の相手も含めてか」

 

 ポットを持つ手が、一瞬だけ止まった。

 

モス「ええ。そちらは、姉が失礼しました」

 

勇翔「……お姉さん?」

 

モス「先ほどのTu-128M2に乗っていた、ライカ中佐です。あの人を含めて、四姉妹になります」

 

 ライカ。

 

 ようやく、あの機体の中にいた人物に名前がついた。

 

モス「所属は整備会です。普段は、赤色十月同盟学連のツポレフ学院にいます。本日はマリーナ大尉との打ち合わせがあり、もともと、こちらへ降りる予定でした」

 

小貝「それで、同じところに降ろしたのか」

 

モス「はい。地上でお話しする必要も、増えましたので」

 

 紅茶を注ぐ音がした。

 

 モスは四つ目のカップを、空いた椅子の前へ置いた。

 

 ほどなく、扉が短く叩かれた。

 

     *

 

 ライカは、ヘルメットを片手に立っていた。

 

 もう片方の手袋には、牽引棒を握った跡が残っている。

 

モス「中佐。こちらへどうぞ」

 

 ライカは三人を見渡し、静かに席へ着いた。

 

 モスが、時刻の並んだ記録紙を差し出す。

 

モス「まず、共通回線の呼びかけを受信できていた時間帯を、ここに記してください」

 

 ライカはペンを取り、紙の上へ印をつけた。

 

 勇翔は、その位置を見た。

 

 まだ、互いを追っていた時間だった。

 

小貝「やっぱり、聞こえてたんだな」

 

 ライカが頷いた。

 

モス「では、その時点で身元と誘導先を伝えることはできましたね」

 

 また、頷く。

 

 モスは声を荒らげなかった。

 

モス「資料の行き違いは、防空管制と受入窓口でも確認します。中佐には、交信を後回しにして追尾を続けた理由を、記録へ残していただきます」

 

 ライカのペンが、少し止まった。

 

 モスは、その手元を見ていた。

 

モス「相手の飛び方を、もう一手、確かめたくなったんでしょう」

 

 ライカが目を上げる。

 

 否定はしなかった。

 

モス「観察を続ける前に、照合を済ませてください。翼を振っても、耳を指しても、それだけでは誘導先までは伝わりません」

 

 言葉が途切れる。

 

 ライカはヘルメットを足元へ置き、二人へ向き直った。

 

 姿勢を正し、頭を下げた。

 

 軽く手を振って済ませる仕草ではなかった。

 

小貝「次は、最初に声をかけてくれ。こっちは、試験を受けに来たわけじゃねえんだ」

 

 ライカは顔を上げ、頷いた。

 

勇翔「僕は、撃つ寸前でした」

 

 彼女の目が、勇翔へ向く。

 

勇翔「モスの連絡が、もう少し遅れていたら」

 

 言い終える前に、ライカの視線が机の上の記録へ戻った。

 

 勇翔が兵装を作動させた時刻も、そこにある。

 

 彼女は記入を再開した。

 

 受信できていたことも、応答を後回しにしたことも、紙の上へ残していく。

 

 書き終えると、署名を添えてモスへ返した。

 

モス「お預かりします。お二人の通信記録とも照合しますので、追加の確認があればお声がけします」

 

小貝「了解。次の奴まで同じ目に遭わないようにな」

 

モス「はい。ご協力、ありがとうございます」

 

 そこでようやく、ライカが紅茶へ手を伸ばした。

 

 カップを持ち上げ、湯気の向こうで小さく息をつく。

 

 モスが、書類から目を上げた。

 

モス「姉さん。お返事は、空にいる間にもお願いしますね」

 

 カップが、口元の少し手前で止まった。

 

 ライカは妹を見た。

 

 次に、勇翔と小貝を見た。

 

 ゆっくりと頷いた。

 

     *

 

 ライカが格納庫へ戻ってからも、二人は待合室に残った。

 

 暖房の音が、妙にはっきりと聞こえた。

 

小貝「喋れないわけじゃ、ないんだよな」

 

モス「ええ。必要な時には話します。整備の打ち合わせなどは、細かいところまで」

 

小貝「こっちの呼びかけも、必要な話だったんだが」

 

モス「まったく、そのとおりです」

 

 返事は早かった。

 

モス「地上で頷けば済むことを、空でも同じように済ませたがるんです。見えているものも、知っていることも、相手と同じとは限らないのに」

 

 勇翔は窓の外へ目を向けた。

 

 格納庫の横手に、補給用の台車が来ている。

 

 ライカが整備員の指示を確かめ、長い誘導弾へ両手を添えた。

 

 抱え上げる。

 

 身体の向きを変え、隣の整備台の受けへ、そっと下ろした。

 

 整備員が留め具をかけるまで、手を離さない。

 

 勇翔はカップを持ったまま、動きを止めていた。

 

小貝「……さっきも、自分の飛行機を引っ張ってたぞ」

 

モス「はい。運ぶのも、直すのも、自分でやりたがります」

 

 モスは、慣れた様子で紅茶を飲んだ。

 

 小貝が椅子へ座り直す。

 

小貝「追い回された理由は、分かった。腕前の方は、まだ分からねえ」

 

 窓の外で、ライカが整備員へ親指を立てた。

 

小貝「教官をやってた頃も含めて、いろんな奴と飛んできた。あの重さの機体で、あそこまで先へ置ける奴は見たことがない」

 

モス「防空軍にいた頃から、数え切れないほどの戦場を飛んできた人です。私たちでも、経歴のすべては把握していません」

 

勇翔「ずっと、迎撃機に?」

 

モス「飛ぶ仕事だけではなかったそうです。異世界でも、兵器の開発や修理に関わりながら、前線へ出ていたと聞いています」

 

 勇翔は、紅茶へ目を落とした。

 

 異世界。

 

 その言葉を、ここで聞くとは思わなかった。

 

モス「必要な機材が届かない。電子機器が働かない。戻る場所さえ、次には残っているか分からない。そういう戦争だったと」

 

 モスの視線も、窓の方へ動いた。

 

モス「あの人がいた世界は、何度も、本当に終わりかけたそうです。そこで何を終わらせてきたのか、詳しい話はしてくれません。ただ、飛ぶ人も直す人も足りない場所で、その両方を続けていたと聞いています」

 

 小貝は、口を挟まなかった。

 

モス「だから、装備が働かなくなったあとに何が残るかを、先に考えるんです。実弾と鉄、それを動かして直す手。新しい装備を積む時にも、そこを確かめずにはいられないのでしょうね」

 

 翼の付け根にあった、二つの砲口。

 

 八発を撃ち終えたあとにも、まだ残っていた手段。

 

 勇翔は、雪山の上で見た機体を思い出した。

 

 軽くなった機体で無理に小型を追わず、こちらが空けた進路へ入ってきたことも。

 

勇翔「……自分の機体が、どこまでできるのか」

 

モス「よく知っています。壊したことも、直したことも、帰れなかったものを見送ったこともあるでしょうから」

 

 モスは、そこで言葉を切った。

 

 語られた経歴には、年数も、戦勝の名もなかった。

 

 それでも、勇翔には、あの長い機首が次の逃げ場を塞いだ理由の一端が見えた気がした。

 

 こちらが考えついたことを、向こうは以前にも見ている。

 

 成功した場合も、失敗した場合も。

 

 どれほどの回数を重ねれば、あんな飛び方になるのかは、まだ分からなかった。

 

     *

 

 ライカが格納庫の入口へ出てきた。

 

 整備員の説明を聞きながら、片方の手袋を外している。

 

 横顔が、こちらを向いた。

 

勇翔「口元の傷も、その戦争で……?」

 

 言葉の途中で、モスの表情が僅かに変わった。

 

 カップを置き、静かに勇翔を見る。

 

モス「そのお話は、ご本人が話すまで、待っていただけますか」

 

 声は、変わらず穏やかだった。

 

 勇翔は口を閉じた。

 

勇翔「……すみません」

 

モス「気になるのは分かります。ただ、戦歴と一緒に、私からお渡ししてよい話ではありませんので」

 

 勇翔は頷いた。

 

 自分にも、誰にでも話せるわけではないことがある。

 

 小貝は何も尋ねず、少し冷めた紅茶を飲んだ。

 

 モスも、それ以上の説明を加えなかった。

 

     *

 

 机の上で、書類が一枚めくられた。

 

小貝「妹の方も、大変だな」

 

モス「連絡がつく分だけ、まだ何とかなります」

 

小貝「比較の相手がいるような言い方だな」

 

 モスが、小さく息を吐いた。

 

モス「元部下のマリーナ・クズネツォヴァ大尉には、別の苦労があります。あちらは姉を心配するより先に、崇めてしまうので」

 

 出発前の資料で見た名だった。

 

小貝「……待て。俺たちの受入担当の、マリーナ大尉か?」

 

モス「はい。そのマリーナ大尉です。任務の調整は、きちんと進めてくださっています」

 

小貝「その人が、崇める?」

 

モス「姉を見かけると駆け寄って、飛びついて、投げられます」

 

 小貝のカップが止まった。

 

モス「それでも懲りません。極東の陸戦DOLLS、八九式中戦車が、その人柄を承知の上で告白して、今では誓約まで交わしているのですが」

 

勇翔「八九式の方から、ですか」

 

モス「ええ。そこは、間違いありません。姉も、お幸せに、と」

 

小貝「じゃあ、収まったんだろ」

 

モス「恋人への愛と、姉への信仰は別だそうです」

 

 少し、間が空いた。

 

勇翔「……別なんですか」

 

モス「ご本人によれば。今でも姉を見かけると突進して、一本背負いです」

 

 モスは淡々とポットを持ち上げた。

 

モス「おかわりは、いかがですか」

 

小貝「……もらう」

 

 カップが差し出される。

 

小貝「どこの世界も、腕の立つパイロットの周りには、頭の痛い奴が集まるんだな」

 

 勇翔は苦笑した。

 

 空の上で抱えていた緊張が、ようやく、別の形でほどけた気がした。

 

 機首の向こうにいたのは、飛ぶことしか知らない化け物ではなかった。

 

 修理をして、紅茶を飲み、妹に叱られる。

 

 それでも、人が積める経験の深さが、どこまで続いているのかは分からない。

 

     *

 

 扉が叩かれた。

 

 モスが返事をすると、大尉の階級章を着けた女性が入ってきた。

 

 隣には、書類鞄を抱えたDOLLSがいる。

 

マリーナ「黒十字帝国学連からのお二人ですね。マリーナ・クズネツォヴァ大尉です。学連の代理人として、当基地での受入れと任務調整を担当しています」

 

 挨拶に続いて、勇翔と小貝の名を確かめる。

 

 手元には、二機の整備記録と、更新された連絡先の一覧が揃っていた。

 

八九式「八九式中戦車です。滞在中のご案内もお手伝いします。どうぞ、よろしくお願いします」

 

 小貝が、短く頭を下げた。

 

 勇翔も礼を返す。

 

 先ほどまで聞いていた話を、どの顔へ結びつければよいのか、まだ分からなかった。

 

 マリーナは向かいの椅子へ座り、書類を開いた。

 

マリーナ「最初に、こちらの受入れと防空管制の間で、照合に不備があったことをお詫びします。記録は両方から集めています。次の飛行までに、呼出先と識別情報を双方で確認します」

 

小貝「頼む。受入側では通ってると聞いてたからな」

 

マリーナ「その経緯も含めて調べます。A-10の被弾箇所は、以前の補修箇所と併せて点検中です。次の飛行は、整備と気象の確認を終えてから判断します」

 

 勇翔は、机へ広げられた地図を見た。

 

 受入基地から前進拠点へ。

 

 出発前に確かめた航路へ、現地の気象情報が重ねられていた。

 

 マリーナが、その先の山脈を指す。

 

 そこで、指が止まった。

 

 視線が、窓の外へ動いていた。

 

 格納庫の前で、ライカが整備員から工具を受け取っている。

 

 マリーナの表情が緩み、椅子から腰が浮きかけた。

 

八九式「大尉。お仕事中です」

 

 軍服の袖へ、八九式の指が添えられていた。

 

 マリーナは姿勢を戻した。

 

マリーナ「……続けます」

 

 小貝はカップへ口をつけたまま、視線だけを勇翔へ寄こした。

 

マリーナ「奥地の観測記録も届いています。今回の交戦結果と照合しますので、機体の点検結果が揃い次第、あらためて状況をご説明します」

 

 勇翔は顔を上げた。

 

 山脈の向こうにある、未確認の反応。

 

 今日、三体を落としたことだけでは、まだ説明のつかないものが残っている。

 

モス「その前に、ご到着の連絡をどうぞ。こちらの端末をお使いいただけます」

 

 壁際の机へ案内される。

 

 勇翔は腰を下ろし、黒十字側への連絡先を確かめた。

 

 隣では、小貝が整備記録を受け取っている。

 

 少し離れた窓の向こうで、ライカがこちらに気づいた。

 

 手袋を外した手を、軽く振る。

 

 勇翔も、片手を上げた。

 

 声は、まだ聞いていない。

 

 あの機動への恐ろしさも、消えてはいなかった。

 

 けれど、共に飛んだ時にこちらの援護を信じてくれたことと、地上でこちらの言葉を受け止めたことは、覚えておこうと思った。

 

 その先を知る機会は、これからある。

 

 まずは、帰りを待っている人へ。

 

 勇翔は画面へ向き直った。

 

 無事に着きました。

 

 そう書き始める頃には、グローブを外した指の冷たさも、薄れていた。

 

 格納庫の灯りの下では、黄色いダチュラが、開いた整備台の向こうを向いていた。




ハイどうも素人小説書きです

今回コラボ回という事で脅威の19886文字書いてしまいした死ぬ

ちなみに、コラボの方はイエローケーキ兵器設計局様です。

https://syosetu.org/novel/293790/←こちらで見れます

評価やマイリスなど気に入ったらお願いします!

今後の作品の質をよくするためコメントなどもお待ちしてます!

それでは!

※2026年9月22日リメイク完了

ヒロイン

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