陸自はドールズフロントライン、海自は艦これとアズールレーン、空自はアッシュアームズ三つの世界でバラバラになりながらでも生き残る 作:ゴーストライターとかした、素人小説書き
もし、元ネタを知らない方は
Google先生にアッシュアームズをぶち込んで検索するように。
もう知っている方はどうぞ。
検索して一応なんとなくわかった方もご視聴ください。
今回はコラボ回の為タイトルに星を付けていただきます
それでは、お楽しみください…
Act.19 If I'm speeding, catch me.
スピード違反だっていうなら捕まえてみろ
旧ホテルの裏手へ、黒い車が入ってきた。
端末に届いた番号と同じだった。
車が停まり、運転席から降りた老人が後部座席の扉を開ける。代理人は礼を言って降り、勇翔と雷電へ歩み寄った。
代理人「待たせたね」
勇翔「迎えまで来ていただいて、すみません」
代理人「そこは、ありがとうでいい。二人とも、歩ける?」
雷電「はい。手当ても済みました」
代理人は二人の顔を順に見た。
目元の赤さにも、繋がれた手にも気づいたはずだった。
けれど、何もからかわなかった。
代理人「では、帰ろう。詳しい話は、座ってからにする」
車内には、見覚えのある買い物袋が積まれていた。
雷電がそれを見て、小さく息を吐く。
勇翔も隣へ乗り込み、シートベルトを締めた。
代理人「運転手。今日は揺らさずに頼む」
「承知いたしました」
車は静かに動き出した。
窓の外を、工事用の柵が流れていく。
ホテルの正面には、まだ救援隊の車両が停まっていた。
勇翔「北の件は……」
代理人「帰り道くらい休めと言いたいところだが、気になるか」
勇翔「また、こちらへ侵攻してきたんですか」
代理人「帝都への再侵攻ではない。赤色十月同盟学連の奥地で、未確認のリセッター反応が出た。現地から支援を求められている」
勇翔は姿勢を少し正した。
代理人「ただし、今日このまま飛べという話ではないよ。小貝君の機体は修理中だ。向こうの受入態勢も、気象情報も、揃っていない」
勇翔「……そうですか」
代理人「詳しい検討には参加してもらう。その前に、君たちには話してもらうことがある」
勇翔は胸元へ触れた。
小さく折られた紙が入っている。
勇翔「僕からも、報告があります」
代理人「協力者のこと?」
勇翔「はい。説明しても、信じてもらえるか分かりませんが」
代理人は、少しだけ肩をすくめた。
代理人「異世界から来た男が、飛行機に乗って戦っているんだ。今さら、常識に合わないという理由だけで追い返したりしない」
雷電が、勇翔の手へそっと触れた。
言えるところからでいい。
そう促されている気がした。
勇翔「……ありがとうございます」
*
その日の夕方。
学連施設の、小さな談話室。
小貝は勇翔の話を、最後まで遮らなかった。
市場での襲撃。
電話の向こうにいた銀。
ホテルで会った、死んだはずの戦友と恋人。
そして、手元に残ったもの。
勇翔は座標の紙を机へ置いた。代理人には既に写しを渡し、調べてもらうことになっている。
指輪のケースは、開かなかった。
それで十分だった。
小貝「……斎藤は」
勇翔は、膝の上で手を握った。
勇翔「会っていません」
小貝「そうか」
勇翔「403大隊の使命が終わっていないと、凛は言っていました。でも、それが誰まで含むのかも、僕にはまだ……」
小貝「分からないなら、分からないでいい」
小貝は椅子の背へ身体を預けた。
天井を見る。
長い沈黙だった。
小貝「会えたんだな」
勇翔「はい」
小貝「話せたか」
勇翔「……少しは」
小貝「なら、よかった」
声は、思っていたより静かだった。
小貝は顔を戻し、机の上の紙を見る。
小貝「その数字を頼りに、一人で飛び出すなよ」
勇翔「銀にも言われました」
小貝「言うことが同じで悪かったな」
少しだけ笑う。
勇翔も口元を緩めた。
小貝「もし、あいつに会えることがあったら……」
言葉が止まった。
小貝は目を伏せる。
小貝「いや。伝言は、もう少し考えさせろ。そんな話を急にされたって、うまい言葉は出てこねえ」
勇翔「分かりました」
勇翔は紙を畳み直した。
小貝が、ふと思い出したように顔を上げる。
小貝「で。雷電とは、どうなった」
勇翔「……付き合うことに、なりました」
小貝が瞬きをした。
それから、両手で顔を擦った。
小貝「今日一日の情報量、おかしいだろ」
勇翔「僕も、そう思います」
小貝「お前、朝はまだ、そういう関係じゃないって顔してたぞ」
勇翔「朝は、そうじゃなかったんですよ」
小貝「分かった分かった。……おめでとう、この野郎」
勇翔「ありがとうございます」
小貝「そこは素直なんだな」
小貝は立ち上がり、勇翔の肩を軽く叩いた。
自分の右肩も、もう動かして痛むことはない。
小貝「帰る理由が増えたなら、今までより大事に飛べ」
勇翔「はい」
その返事は、冗談にはしなかった。
*
出発は、八日後になった。
その間にも、北では調査が続いていた。
大型の反応は、山脈の向こうに留まっている。位置は大きく変わらないが、観測のたびに値が揺れ、同じ場所から複数の反応を拾うこともあった。
まだ、正体を確認できた者はいない。
現地部隊は接近を繰り返し、天候と絶縁層の状態が悪化するたびに引き返していた。
黒十字帝国学連も、その間、何もしていなかったわけではない。
先遣の連絡要員と補給担当が送られ、飛行船猟兵の移動準備が進んだ。重戦車型と重攻撃機型のDOLLSも、受入拠点の防衛と後続支援のために選ばれた。
小貝のA-10は、交換部材が届いてからも、すぐには格納庫を出なかった。
損傷部の修復。検査。地上での作動確認。
最後に小貝自身が確認飛行を行い、整備班と記録を突き合わせた。
右肩が治ったことと、右翼が直ったことは、別の話だった。
飛べると署名された書類を受け取った時、小貝は珍しく余計なことを言わず、整備員へ頭を下げた。
*
出発当日、朝。
シュヴァルベが宿舎へ迎えに行くと、小貝は既にパイロットスーツへ着替えていた。
シュヴァルベ「まだ、最終のブリーフィング前ですが」
小貝「知ってる。あとで着替えるのが面倒だっただけ」
シュヴァルベ「病室で出撃を待っていた頃よりは、まともな説明ですね」
小貝「病室で待ってたのは、機体の退院だよ」
小貝がヘルメットを持ち上げる。
小貝「じゃ、行くか」
シュヴァルベ「私は案内に来たんです。勝手に先へ行かないでください」
小貝「なら、一緒に歩けばいいじゃん」
扉を押さえ、彼女へ道を譲る。
シュヴァルベは一度だけ彼を見て、廊下へ出た。
窓から朝の光が差している。
隣を歩く小貝へ、シュヴァルベが声をかけた。
シュヴァルベ「ひとつ、聞いても?」
小貝「何。機密以外なら」
シュヴァルベ「勇翔と、同じ機体で模擬戦をしたら。どちらが勝つのですか」
小貝の足が、少しだけ緩んだ。
小貝「条件による」
シュヴァルベ「意外と慎重な答えですね」
小貝「撃ち合い始めてからの勝負なら、今はあいつの方が厄介だな。俺が教えた癖まで覚えてやがるし、覚えた通りにも飛ばねえ」
シュヴァルベ「貴方は、教官だったのでしょう」
小貝「弟子に追いつかれて怒ってたら、教官なんてやれねえよ」
言ってから、小貝は少し笑った。
小貝「まあ、負けたら腹は立つけどな」
シュヴァルベ「立つんですか」
小貝「そりゃ立つ。だから次を考えるんだ」
廊下の先に、ブリーフィングルームの扉が見えてくる。
小貝「ただ、あいつは時々、自分が帰ることを後回しにする。そこだけは、まだ俺が口を出す」
シュヴァルベは、横顔を見た。
軽口の続きではなかった。
シュヴァルベ「今日は、二人とも戻ってください」
小貝「そのつもりだよ」
*
ブリーフィングルームでは、ヤークトティーガーがチェス盤を片づけていた。
向かいに座っていたスカイレイダーが、腕を組んで盤を睨んでいる。
スカイレイダー「今の、もう一手待ってくれたら分かったのに」
ヤークトティーガー「それを待たないゲームだから」
小貝「言い方が容赦ねえな」
小貝が覗き込む。
ヤークトティーガーが顔を上げた。
ヤークトティーガー「次は、貴方?」
小貝「帰ってからな。時間を気にしないでやれる時に」
スカイレイダー「約束したからね」
小貝「何でお前が念を押すんだよ」
スカイレイダー「帰ってくる約束は、多い方がいいでしょう?」
小貝は何か言いかけ、やめた。
ヘルメットを机へ置く。
小貝「……分かったよ」
少し遅れて、勇翔と雷電が入ってきた。
手は繋いでいない。
ただ、席を選ぶ時に互いの顔を見るようになっていた。
スカイレイダーがにやりとする。
雷電は気づき、先に資料へ目を落とした。
代理人が入ってくると、室内の空気が変わった。
代理人「では、最終確認を始める」
正面の地図に、航路が映し出された。
黒十字帝国学連から、赤色十月同盟学連の南側へ。
そこから受入基地を経て、さらに北の前進拠点へ。
未確認の反応がある場所は、その先の山脈を二つ越えた向こうだった。
小貝「遠いな。地図で見ると、なおさら」
代理人「だから、帝都から直接殴りに行って帰ってこいとは言わない」
代理人が受入基地を指した。
代理人「今日の目的地は、ここだ。燃料と機材の状態を確かめ、現地の観測記録を受け取る。奥地への偵察は、その結果を見て計画する」
勇翔「大型反応の数は?」
代理人「確定していない。強い反応ひとつなのか、複数が重なっているのか。これを、君たちに伏せたまま飛ばすつもりはない」
机へ、観測記録が配られる。
時間によって、山のような波形が割れていた。
ティーガー「現地の防衛部隊は」
代理人「活動している。ただ、北へ戦力を集中させるほど、街道と補給線が薄くなる。君たちと飛行船猟兵は、受入先の指揮官と調整して、その穴を埋める」
資料の一角に、現地の担当者名が示された。
代理人「受入れと現地での任務調整を担当するのは、マリーナ・クズネツォヴァ大尉。向こうの学連で代理人を務める一人だ。まずは彼女を窓口にしてくれ」
He177A-5「我々の出番は、目標を確認してからか」
代理人「そうなる。空から見えないものへ、闇雲に爆弾を落としても始まらない」
勇翔が地図へ視線を戻した。
勇翔「僕らの役割は、先行して状況を確かめること。それと、必要な場合の航空支援ですね」
代理人「ああ。F-3には空の監視と護衛を。A-10には、現地部隊を支えられる装備を持たせる。ただし、未知の大型を二人だけで必ず倒せ、とは言わない」
小貝「燃料が足りなきゃ帰るぞ」
代理人「足りなくなる前に帰ってくれ」
何人かが笑った。
代理人は、次の資料へ切り替えた。
代理人「それから、領空へ入る時の話だ」
黒十字と赤色十月、両方の印が入った許可書が映る。
代理人「受入窓口からは許可が出ている。予定の回廊、入域時間、二機の識別情報も送付済みだ。ただ、あちらの迎撃部隊が目視で確認に来る場合がある」
小貝「出迎えか、職務質問か」
代理人「どちらでも、相手の外見だけで判断しないでくれ」
資料には、飛行型DOLLSと、飛行場に並ぶ航空機の写真が載っていた。
見覚えのある翼の形。
ソ連機の名が、勇翔の頭をよぎる。
代理人「君たちの世界の機体に似ていても、ここでは別の所属、別の搭乗員だ。赤い星も、君たちが知る戦争の続きだとは限らない。識別できないからといって、即座に敵と決めないこと」
勇翔「了解しました」
代理人「通常の呼出先と、学連間の共通緊急回線は別になっている。君たちの無線でも使えるよう、整備班が確認した。通常回線が通じなければ、共通回線で中継を求めてくれ」
勇翔は周波数の欄を見た。
共通緊急回線は、二四三・〇メガヘルツ。
部隊内の交信まで切れるわけではない。国境を越えて以降、帝都へ直接声が届かなくなる区間を、現地の通信網へ引き継ぐという話だった。
代理人「迎撃が来ると決まっているわけでも、相手が誰かまで分かっているわけでもない。変だと思ったら、まず照合だ」
小貝「了解。赤い星を見ただけで撃ったりはしねえよ」
軽く答えた小貝の声が、勇翔には少しだけ硬く聞こえた。
*
ブリーフィングを終え、勇翔は雷電と廊下へ出た。
向こうでは、スカイレイダーが小貝へ何か念を押している。
小貝は、はいはいと両手を上げていた。
雷電「急に北へ行く話になってしまいましたね」
勇翔「準備の八日間は、長かったんですけど。出るとなると、急ですね」
雷電が頷く。
その八日の間には、一緒に食事をした夜も、整備の待ち時間に会えた昼もあった。
勇翔が言葉に詰まったまま、ただ隣に座っていた日も。
何もかもが変わったわけではない。
それでも、何も言えない日は、何も言えないと伝えるようになった。
雷電「戻ったら、また市場へ行きませんか」
勇翔「いいですね。今度は、途中になった買い物の続きを」
雷電「お茶も」
勇翔「はい。お茶も」
勇翔が手を差し出す。
雷電は、その手を短く握った。
雷電「行ってらっしゃい」
勇翔「行ってきます」
手を離し、格納庫へ向かう。
背後から、小貝の声が飛んできた。
小貝「置いてくぞ、色男」
勇翔「貴方も、随分念入りに見送られてましたけど」
小貝「俺のは注意事項だ」
勇翔「そういうことにしておきます」
小貝が鼻を鳴らした。
二人は並んで、扉を抜けた。
*
格納庫の中では、最後の確認が進んでいた。
F-3とA-10。
並べてみると、同じ時代の同じ用途に生まれた航空機には見えない。
小貝はA-10の右主翼を見上げた。
補修された外板だけ、塗装の色が僅かに違っていた。
小貝「綺麗になったじゃねえか」
「綺麗にするのは最後です。中は、先に確かめています」
整備班の責任者が記録板を差し出した。
小貝は受け取り、項目をひとつずつ追う。
かつてなら、飛べさえすればいいと急かしていたかもしれない。
だが、砂漠で損傷した右翼が、勝手に治ったわけではないことを知っている。
小貝「最後まで頼む。俺も外を見てくる」
「お願いします」
勇翔もF-3の周囲を歩いた。
兵装は、今回の移動と現地での支援を見込んだものだ。積めるだけ積んだわけではない。
F-3の機内には、射程の異なる空対空誘導弾。短距離用には、使い慣れた04式が収まっている。
A-10には三十ミリ機関砲の弾薬と、地上の災獣群に対処するためのクラスター爆弾。自衛用の短距離弾も積んでいた。
何を何回使えるか、小貝は記録板の数字を指で確かめた。
燃料。残す余裕。着陸先で扱える装備。
そのひとつでも間違えれば、途中から別の任務になる。
小貝が戻ってきた。
小貝「陸戦用のARMSは、まだか」
勇翔「試作の途中です。今回の出発には、間に合わせないことになりました」
小貝「そりゃそうだろ。できたばかりのもんで、いきなり北まで行かれても困る」
勇翔「僕も、そう思います」
小貝「でも、乗るつもりなんだな」
勇翔はF-3へ目を向けた。
勇翔「やってみます。空からじゃ届かないところに、手が届くかもしれない」
小貝「空を降りるわけじゃねえんだろ」
勇翔「ええ。これも、まだ教わり足りていませんから」
小貝「言うねえ」
小貝がヘルメットを被る。
小貝「じゃあ今日は、向こうへ着くまでの飛び方を復習だ。格好つけて先へ行くなよ。こっちは、お前と同じ速さじゃ巡航できねえ」
勇翔「分かっています」
勇翔もラダーへ足をかけた。
座席に収まる。
視界が、いつもの高さになった。
点検を終えた整備員が、機体から離れていく。
指示灯と計器を追い、部隊内の通信を確かめた。
勇翔「スカイ1、通信確認」
小貝『ボルト2、良好』
続いて、外部の回線も確認する。
指定された現地用の設定と、共通緊急回線。
どちらも、地上での確認では異常がなかった。
代理人『こちら司令部。二人とも、準備はいいかい』
勇翔「スカイ1、問題ありません」
小貝『ボルト2も。今度は、向こうの書類の方を頼むぞ』
代理人『受入側の返答は取ってある。写しも君たちの資料に入れた。疑義が出たら、照合番号を使ってくれ』
勇翔「了解」
格納庫の外へ出る。
風の音が変わった。
F-3が先に滑走路へ入り、指示を待つ。
『スカイ1、離陸を許可する』
勇翔「スカイ1、離陸」
背中を座席へ押しつけられる。
白い線が、次々に後ろへ飛んだ。
地面が離れる。
少し遅れて、A-10も浮き上がった。
小貝『ボルト2、離陸。修理箇所、異常なし』
勇翔「確認。待っています」
勇翔は上空で速度を整えた。
A-10が近づいてくる。
並んだ二機は、北へ機首を向けた。
*
国境に近づく頃、地上の色が変わり始めた。
黒い林の間に、白い筋がある。
その筋が広がり、やがて山の斜面を埋めた。
小貝『雪だるま、選び放題だな』
勇翔「着いてからにしてください」
小貝『作るとは言ってねえよ』
前方には厚い雲の帯があった。
上へ大きく育った雲の腹が、山の向こうまで続いている。
勇翔は雲そのものへ機首を向けず、事前に指定された回廊を確かめた。
地図の線は、雲の縁に沿って、広い谷の上へ続いている。
勇翔「予定どおり、雲の西側を通ります」
小貝『了解。突っ切れば早いとか言い出さなくて安心した』
勇翔「僕を何だと思ってるんですか」
小貝『昔の教え子』
否定しづらい答えだった。
指定の呼出先へ入域予定を伝える。
少し待って、返答が来た。
『黒十字支援編隊、照合番号を確認した。予定回廊への進入を承認する。次の管制への移管は、配布資料に従え』
勇翔「スカイ1、了解」
A-10が、右後方についている。
燃料も、計器も問題ない。
勇翔は地図上の境界線を見た。
地上には、線など引かれていない。
雪と林と、山の影だけが続いている。
勇翔「赤色十月同盟学連の領空へ入ります」
小貝『確認した』
二機は、その線を越えた。
*
赤色十月同盟学連、南部防空管制所。
「未照合の反応、二つ。南側回廊に進入」
当直士官は登録票を開いた。
黒十字帝国学連の支援が来る時刻だった。
ただし、手元の要約には、飛行型DOLLS二名としか記されていない。
「添付の機体情報は」
「差替え通知のみです。新しい識別情報が、こちらには届いていません」
受入窓口では、最新版の許可書が処理されていた。
防空側には、古い登録と通信付表が残っていた。
承認の印は、両方にある。
同じ二機を通すための書類が、別々の空を見ていた。
「指定回線での応答は」
「ありません」
当直士官は地図を見た。
進路の先には、北へ物資を運ぶ補給路がある。
「上がっている迎撃機を向かわせろ。目視識別と誘導。威嚇を越える射撃は許可しない。受入窓口への照合は続けろ」
指令が送られた。
迎撃機からの音声応答は、なかった。
画面の上で、南側を旋回していた航跡だけが向きを変えた。
*
谷底で、雪が裂けた。
風に持ち上げられていた粉雪が、急に一方向へ押し流される。
その中心を、鮮烈な色をまとった巨体が抜けた。
長い胴体。
大きな後退翼。
鮮明な色面が連なる、ハイビジのヘックス迷彩。
迎撃機は、山の陰を縫って飛んでいた。
地形に遮られた機影は、谷の出口で短く現れ、次の稜線に隠れる。雪面からの反射で測定が乱れる場所もあったが、それだけで巨大な機体が消えるわけではない。
見つかる時間が、短い。
見つけた側が確かめる間に、次の山陰へ入っている。
翼端が雪の斜面へ寄る前に、機体の傾きが変わった。
吹き下ろす風に押される前に、高さが僅かに変わった。
大きく立て直す動きは、ほとんどない。
機首を取り巻く粉雪が後方へ流れ、二つの排気口の向こうに白い尾を引いていた。
*
F-3の表示に、短い接触が出た。
後方。
低い。
地形の縁と重なり、追尾が途切れる。
勇翔「ボルト2、後方低空に接触。確認します」
小貝『こっちでは、まだ――』
小貝の言葉が止まった。
尾根の向こうから、機首が出た。
続いて、胴体。
勇翔は肩越しに見直した。
まだ、続いている。
鮮やかなヘックス迷彩の巨体が谷を離れ、二機の間にある空間へ浮上した。
F-3の右後方。
A-10の左前方。
それまで何もなかった場所に、大きな後退翼が差し込まれる。
小貝『……おい』
勇翔は無意識に間隔を広げていた。
小貝も、同じように外へ寄る。
相手は急に機首を振らず、二機の間へ速さを合わせた。
その滑らかさが、かえって気味悪かった。
ソ連系の大型迎撃機を思わせる輪郭だった。
識別資料の片隅で見た、古い機体に似ている。
だが、型式名を確信できない。
見慣れない装備が、覚えている輪郭まで変えていた。
翼下には、重なり合う大型誘導弾。
吸気口から主翼へ繋がる膨らみには、左右一つずつ、黒い砲口があった。
そして、垂直尾翼。
赤い星に重なる四本の線が、吹雪の中でも鮮烈に浮かんでいた。
小貝『赤色の出迎え、だよな』
勇翔「照合します」
勇翔は通常回線へ呼びかけた。
所属。二機の呼出符号。通過許可の照合番号。
返事はなかった。
共通緊急回線へ切り替え、もう一度呼ぶ。
勇翔「こちら黒十字支援編隊。迎撃機、応答願う」
無音だった。
送信が始まる時の、短い雑音さえない。
退去の要求も、所属を問いただす声も、識別信号の再送を求める言葉も、届かなかった。
小貝『無線が壊れてるのか』
勇翔「こちら同士は通っています」
小貝『向こうの話だ』
勇翔は機首の後ろへ目を向けた。
操縦席のあるはずの位置まで、装甲が覆っていた。
装甲コックピット。
外から内部を覗ける、透明なキャノピーがない。
こちらを見ているのか。
首を動かしたのか。
そもそも、そこに人が座っているのか。
目で確かめられるものが、一つもなかった。
機首の脇に、黄色い花が描かれていた。
チョウセンアサガオ。
幾何学模様を背に、ダチュラの花弁が広がっていた。
勇翔「迎撃機。こちらの通信を受信しているなら、応答してほしい」
花も、四本線も、黙ったままだった。
*
所属不明機が前へ出た。
二機の進路へ機体を置き、僅かに左へ向ける。
誘導しようとしている。
勇翔には、そう見えた。
だが、その先は許可された回廊から外れていた。
雲の縁を通るはずの航路が、山側へ折れる。
勇翔「スカイ1。指定航路との相違を確認したい。誘導先を知らせてほしい」
声を待った。
返ってこない。
眼前の機体は、呼びかけを受けたような動きすら見せなかった。
小貝が受入窓口への照合を繰り返す。
地上から返る声は遠く、途切れていた。
前方の巨体が外へ寄った。
翼の付け根が、二か所、光った。
短い曳光の列が、二機から離れた空へ伸びる。
狙いを外した射撃だった。
そう理解するより先に、小貝の声が飛んだ。
小貝『ソ連機、撃ってきた!』
A-10が傾く。
勇翔も反対側へ機体を倒した。
勇翔「ブレイク! 間隔を取って!」
赤い星を見ただけでは撃たない。
朝、そう答えた小貝の声を覚えている。
今は、その言葉よりも、戦場で身についた反応の方が早かった。
銃口。
後退翼。
見覚えのある輪郭から放たれた曳光弾。
昔の空が、今の空へ重なった。
迎撃機は、分かれた二機を同時には追わなかった。
遅い方へ向く。
A-10の旋回が終わる先へ、長い機首が回っていた。
*
小貝の背後へ、大きな影が入った。
勇翔は、すぐに向きを変えた。
相手がA-10へ回り込む間に、その後ろを取る。
空けられたように見える場所へ、F-3を入れた。
勇翔「ボルト2、迎撃機の後ろに入った。そのまま離脱を」
小貝『了解。こっちは、まだ追われてる』
迎撃機の機首は、A-10を捉えていた。
翼下に、八発。
砲もある。
勇翔は、引き金を引く前に間に合うかを考えた。
相手は撃たなかった。
小貝のA-10が射線を横切る。
撃たない。
少し外へ逃れた機体を、また長い機首が追う。
乱暴に追いつこうとする動きも、射撃をためらうような揺れもなかった。
狙える位置だけを保っている。
勇翔「……何を待ってる」
声に出しても、答えはなかった。
迎撃機の尾が、僅かに下がった。
*
巨体が、立った。
そう見えた。
F-3の前で長い機首が跳ね上がった。
胴体の背と主翼の上面が、壁のように立ちはだかった。
勇翔「なっ――」
コブラ。
知っている機動だった。
目の前の機体が、それをするとは思っていなかった。
機首だけが激しく上を向き、前へ進む速度が急に失われる。
その大きさから見積もっていた間隔が、意味を失った。
勇翔は横へ逃がした。
衝突を避けるための動きだった。
すれ違う時、主翼上面のヘックス迷彩が視界を横切った。
閉じた操縦区画には、誰の顔も映っていなかった。
大きく立った機体が、横へ崩れない。
何があの姿勢を支えているのか、勇翔には分からなかった。
相手は失った速さを取り戻すより先に、機首の向きを整えていた。
鼻先が下りる。
勇翔が逃げる先へ向く。
ロックオン警報が鳴った。
小貝『スカイ1、後ろ!』
勇翔「分かっています!」
F-3が傾く。
警報は止まらなかった。
こちらへ射撃用の電波が向けられている。
無線には、何も来ない。
撃つぞ、という声さえなかった。
*
勇翔は、最初の射線を外した。
外した先へ、また機首が来る。
迎撃機の旋回半径は大きかった。
F-3と同じ小ささでは曲がれない。
速度を取り戻す時にも、機体の重さが出ていた。
それなのに、勇翔が曲がり終える頃には、相手の機首が次の場所を塞いでいた。
高く逃がす。
巨体は同じだけ上がらず、その先へ向く。
横へ返す。
返しきる前に、もう翼が傾いている。
小貝に教わった回避も、戦場で身につけた変化も、次に使うものから順に知られているようだった。
勇翔「ボルト2。あれ、操縦を読んでる」
小貝『見えてる。いったん距離を――』
小貝が言い終える前に、迎撃機の機首がA-10の方角へ寄った。
勇翔は戻った。
戻るしかなかった。
巨体が、またF-3を向く。
こちらが僚機を置いて逃げないことまで、知られている。
勇翔の背中に、冷たい汗が滲んだ。
ロックオンの警報が強まる。
発射される。
そう思った瞬間を、相手は何もせず通した。
誘導弾は、八発とも翼下にある。
砲口も光らない。
勇翔が次の回避を選ぶと、その先へ機首だけが向いた。
こちらの出方を、一つずつ見られている。
そう考えた途端、操縦桿を握る指に余計な力が入った。
何をすれば撃つのか。
何をすれば、やめるのか。
表情も、呼吸も、罵声もない相手からは、その境目が掴めなかった。
勇翔「迎撃機、応答してくれ!」
返事はない。
警報だけが鳴り続けた。
*
小貝は、二機から間隔を取った。
共通緊急回線へ、照合番号を繰り返す。
地上から、ようやく返答があった。
『……登録資料を再確認中。空中の中継局へ引き継ぐ』
小貝「早くしてくれ」
目の前のF-3は、よく動いていた。
勇翔が無駄に振り回しているわけではない。
それでも、長い機首が背後から離れない。
小貝には、相手の異様さが別の形で分かった。
癖が見えない。
機体を追い込めば出るはずの、操縦者の焦りがない。
次の操作を急いだ時の乱れも、深く食いつきすぎた時の修正も、見つからなかった。
小貝『スカイ1。勝ち負けにするなよ』
勇翔『帰るためです』
短い返事だった。
小貝『なら、機体も使え。腕だけで付き合う相手じゃねえ』
言い終えて、周囲へ目を戻す。
北東の雲の裾が、暗くなっていた。
風とは違う向きへ、何かが動いている。
*
勇翔は、相手の機首だけを見るのをやめた。
翼。
翼下の誘導弾。
向きを変えたあと、速さを取り戻すまでの間。
読まれている。
それなら、読まれても届かないところへ出るしかない。
勇翔は残していた余裕を確かめた。
減速しても姿勢を保つ制御。
機首の向きを変える推力偏向。
再び速度を得るための、エンジンの力。
相手の居場所を見失わずに示す表示。
自分の判断に、機体の性能を重ねる。
勇翔「ボルト2。南側の開けた空へ出ます」
小貝『了解。山に寄るな』
F-3が、A-10から離れた。
迎撃機が追う。
閉じた操縦区画は、相変わらず黒い面のままだった。
勇翔「スピード違反だっていうなら、捕まえてみろ」
小貝『……相手には聞こえてねえかもしれんぞ』
勇翔「分かっています」
言葉で挑発しても、何も返ってこない。
自分の手を動かすために、言った。
F-3がバレルロールへ入った。
空と雪原が視界の縁を回る。
進行方向の周りに弧を描き、前へ進む量を減らす。
迎撃機は、内側へ飛び込んでこなかった。
こちらの意図を見抜いたように、距離を残そうとする。
勇翔は、その修正を見た。
間違えてはくれない。
螺旋の途中で、F-3の機首をもう一段、先へ向けた。
推力偏向と飛行制御が、速度を落とした機体を支える。
重い身体が座席へ押しつけられる。
勇翔は呼吸を刻み、旋回の弧を縮めた。
迎撃機も減速していた。
その翼が、早くから修正へ動いているのが見える。
だが、大きな機体の進みまでは、同じだけ抑えられない。
長い機首が、F-3の横へ出た。
すぐに戻そうとする。
間に合わない。
八発を吊った巨体が、前へ抜けた。
勇翔は旋回を終え、推力を戻した。
減速で失った速度を、F-3が取り戻していく。
迎撃機の後ろへ、機首が向いた。
小貝『入れ替わったな』
勇翔「スカイ1、後方を確保」
勇翔は息を吐いた。
向こうからは、何も聞こえなかった。
食らいついていた時も。
前へ押し出された今も。
同じ沈黙だった。
*
迎撃機が、再び速度を落とした。
勇翔は詰めなかった。
相手の背後に残した空間を使い、外側へ弧を広げる。
巨大な機首が上がりかけた時には、すぐ後ろにいない。
相手は機動を途中で戻した。
判断は早い。
その判断に機体が従い終える前に、F-3は別の位置へ出ていた。
加速に合わせて距離を変える。
機首を振られても、同じ線を追わない。
勇翔は、機体の余裕を使い続けた。
一つ手を抜けば、また入れ替わる。
そう思わせる動きが、前方では続いていた。
勇翔は短距離誘導弾を選んだ。
04式。
兵装扉が開く。
シーカーが、相手の機体を捉えた。
発射の安全を解除する。
勇翔「ボルト2。捕捉。まだ撃っていません」
小貝『待て。照合の返事が来る』
勇翔は、引き金へ指を置いていた。
相手は何度も撃てた。
そのたびに、撃たなかった。
だからといって、小貝へ再び機首を向けるのを見逃せるか。
答えは出なかった。
前方の巨体が傾く。
その先に、A-10が重なる。
勇翔の指へ力が入った。
モス『全機、交戦を中止してください!』
共通緊急回線へ、よく通る声が割り込んだ。
モス『こちら早期警戒機Tu-126、モスです。北東から災獣群が接近しています。空域内の全機、相互の追尾を中止してください』
滑らかで、聞き取りやすい声だった。
客室へ流れる案内を思わせる抑揚が、切迫した言葉を一つずつ、確実に届けていた。
*
勇翔は、引き金から指を離した。
前方の迎撃機が、機体の傾きを戻す。
ロックオン警報が止まった。
モス『ダチュラ3、そちらの部隊回線にも送信します。二機は黒十字帝国学連の支援隊。受入窓口との照合が完了しました』
モスは、小貝の問い合わせを引き継いでいた。
古い登録と新しい許可書が、そこでようやく一つに繋がった。
通常回線の移管先も食い違っている。
経緯を順に説明している余裕はなかった。
モス『資料の差替えに不一致があります。地上で確認しましょう。今は、北東を見てください』
勇翔「スカイ1、追尾解除。兵装をセーフ」
シーカーの捕捉を解き、発射準備を取り消す。
兵装扉が閉じた。
小貝『ボルト2、未発射。追尾も受けていない』
迎撃機が、小刻みに機体を傾けた。
右へ、左へ。
翼端が短く上下し、すぐ水平へ戻る。
受信した。
少なくとも、そう受け取れる動きだった。
音声による返答はない。
迎撃機は速度を整え、F-3の横へ位置を変えた。
後ろを取り返そうとはしない。
長い機首が、北東へ向く。
勇翔「ダチュラ3、合図を確認した」
もう一度返事を求めることはしなかった。
小貝のA-10が、間隔を空けて戻ってくる。
誰も、互いの後方へ回ろうとしていなかった。
*
雲の裾から、丸い頭が出た。
続いて、長い胴体。
翼に似た器官が広がる。
外殻の隙間が脈動し、そのたびに巨体を取り巻く雲が押し退けられた。
山の上に、もう一つ、山が動いているようだった。
小貝『……クジラかよ』
その後ろで、雲が再び割れた。
二体目。
さらに奥から、ひときわ厚い背中が現れる。
勇翔「まだいます。奥に、もう一体」
モス『大型三、小型多数。地上にも同時に反応があります。南部補給路へ接近しています』
三つの巨体が、間隔をずらして浮かんでいた。
雲海へ腹を沈め、黒い背を空へ出している。
先頭の脇腹に裂け目が開いた。
そこから影がこぼれる。
落ちながら鋭い翼を広げ、急に速さを増した。
鳥型だった。
二体目の周囲にも、小さな影が散る。
最奥の一体は、他の二体より外殻が厚く見えた。
モス『進行方向の先頭から、大型一番、二番、三番と呼称します。各機、位置を確認してください』
勇翔「スカイ1、三体とも確認した」
小貝『ボルト2、確認。下も多いな』
雪面に、点々と黒い穴が開いていた。
多脚の身体が這い出し、背中の細長い突起を持ち上げる。
別の一体が動き、腹を隠していた雪が崩れた。
三つの巨影の下を、地上の群れが埋めている。
迎撃機の翼下では、八発の誘導弾が並んでいた。
先ほどまで、あれが自分たちへ向いていた。
今は、同じものを見ている。
勇翔「スカイ1からモス。現地からの要請と、味方部隊の位置を確認したい」
モス『現地司令部より、補給路に接近する災獣群への協同対処を要請します。地上部隊は西側の防衛線にいます。東側の盆地には、味方は入っていません』
勇翔は、地図上の道路と防衛線を確かめた。
今回の移動で通るはずだった基地へ、そこから道が続いている。
小貝は残る燃料を見ていた。
小貝『ボルト2、支援可能。長居はできないが、下はやれる』
勇翔「スカイ1、護衛群へ対処する。大型に使える兵装は」
モス『ダチュラ3にあります。機種はTu-128M2。R-4改、八発。30mm機関砲が二門。大型の迎撃を同機へ割り当てます』
モスから届いた照合情報が、目の前の巨体と結びついた。
Tu-128M2。
古い機体の名に、見覚えのない改修符号が続いている。
Tu-128M2の翼が、浅く動いた。
モス『ダチュラ3、高度を取ってください。スカイ1は上昇経路と後方を援護、ボルト2は地上の射点を排除してください』
長い機首が上がった。
排気口が明るくなる。
迎撃機は二機から離れ、上昇を始めた。
小貝『了解。必要な連絡は、あっちにも聞こえてるんだよな』
モス『必要な情報はそのまま送ってください。こちらでも機位を監視します』
モスが、戦闘用の共通回線を指定した。
二人は切り替えを確かめる。
F-3とA-10には、互いの声が届いた。
Tu-128M2からは、声が来なかった。
小貝『あれ、後ろの席にも誰かいるんだろ。そっちからは話せないのか』
モス『搭乗者は一名です。それ以上は当機からはお答えできません』
勇翔は、上がっていく機体を見た。
一名。
操縦席の中で、どう仕事を分けているのかまでは分からない。
ただ、別の誰かが後ろから指示を出していると思っていた、先ほどの機動が頭へ戻った。
あれを、一人で。
巨体は灰色の雲へ入り、姿を消した。
表示の上でだけ、高度が増えていく。
その下から、鳥型の群れが迫っていた。
*
勇翔はF-3を傾けた。
上昇する迎撃機と、迫る群れの間へ入る。
鳥型の一部は雲へ消えた機体を追い、別の一部は低く飛ぶA-10へ向かった。
その分かれ目を見て、先頭へ中距離弾を放った。
機内から離れた誘導弾が、白い線を引く。
鳥型の影が、閃光の中で崩れた。
続いていた群れが左右へ散る。
勇翔は、残骸を追わなかった。
Tu-128M2へ向かう方へ機首を寄せる。
空の上では、迎撃機がまだ高度を稼いでいた。
あの巨体が、一瞬で一万二千メートルまで上がるわけではない。
その間を、守る。
勇翔「スカイ1、上昇経路へ入る小型を迎撃する」
モス『モス、了解しました。ボルト2へ向かう群れも確認しました』
小貝『見えてる。山のこっち側へ引っ張る』
勇翔は表示と空を見比べた。
群れから発する探査波を、センサーが拾っている。
F-3を探り当てられず、照射の向きがずれた。
その間に、勇翔は雪雲の端から回り込んだ。
低被探知性が作った、短い遅れだった。
近づけば、見つかる。
こちらを向いた鳥型の嘴が、開いた。
光る塊が吐き出される前に、F-3は横へ抜けていた。
短距離弾の捕捉音。
勇翔「スカイ1、発射」
先ほどTu-128M2へ向けていた04式が、今度は鳥型を追った。
細い胴体が弾ける。
勇翔は旋回を続け、残る影を上昇経路から引き離した。
速く向きを変える相手だった。
それでも、さっきの機首のように、曲がる先へ待ち構えてはいない。
F-3が先に向きを変える。
短い機関砲射撃が、鳥型の翼を折った。
雲の上で、Tu-128M2の高度が増えていく。
礼も、継続の指示もなかった。
こちらが作った空間を、巨体は迷わず通っていた。
*
小貝の前で、雪面が盛り上がった。
長い脚が、雪を掻き分ける。
背中の細長い突起が空を向き、その先端から対空弾が放たれた。
A-10が傾く。
災獣の放った弾が後方へ抜け、斜面で炸裂した。
雪と岩の破片が、斜面から噴き上がった。
小貝「面倒な雪だるまだな」
その向こうにも、多脚の災獣がいた。
一体が動くと、周囲の雪まで黒く蠢く。
上空を進む三つの巨影を追い、地上の群れも移動していた。
間には、既に射撃を始めているものもいる。
小貝は照準を寄せた。
横から雪が流れ込んだ。
視界が白く閉じる。
小貝『ボルト2、いったん外す。目標を見失った』
モス『了解しました。目標の位置はこちらで追っています。視界が戻ってから攻撃してください』
小貝は引き金を引かなかった。
山裾を目印にして回り、雪の幕が切れる場所へ出る。
山裾を走る道路。
そこから東へ離れた雪原に、災獣の背が見えた。
小貝『ボルト2、射点を確認。攻撃に入る』
GAU-8アヴェンジャーが唸った。
低い振動が機体へ伝わる。
三十ミリ弾の列が雪を削り、触手を持ち上げた災獣へ入った。
根元が折れ、背中の外殻が砕ける。
隣の一体が、身体を向けた。
小貝は射撃を短く切り、照準を移した。
もう一度、機首が震えた。
二つ目の黒い身体が、雪へ沈む。
近くで炸裂した対空弾の破片が、機体下面を叩いた。
小貝は操縦桿を引きながら、警告灯を見た。
油圧は落ちていない。
操縦に異常はない。
身体を囲むチタンの装甲の内側で、息を吐く。
小貝『手前の射点を潰した。奥に群れが残ってる』
モス『東側の盆地に味方はいません。地上目標への攻撃を続けてください』
A-10は再び距離を取り、次の進入へ回った。
道路を外れた雪原へ、攻撃する線を置く。
頭上を通る味方はいない。
Tu-128M2は、まだ遠くの高い空にある。
小貝『ボルト2、地上の群れへ投下する。東側低空を空けろ』
勇翔『スカイ1、離れた』
モス『ダチュラ3の位置も確認。空域は空いています』
クラスター爆弾が、機体を離れた。
開いた容器から、小さな点が散る。
雪原に、幾重もの爆発が走った。
持ち上がっていた触手が折れ、重なった脚が雪の中へ崩れる。
A-10の後ろで、白い大地が帯になって噴き上がった。
小貝は、いつまでも見返さなかった。
残る弾薬を確かめ、別の斜面へ目を向ける。
まだ、空から巨獣が来る。
三体がどこへ崩れるか、まだ分からない。
小貝は、味方が抜ける谷筋をもう一度確かめた。
*
モス『ダチュラ3、高度一万二千。上昇を終了してください』
大きな機影が、雲海の上へ出た。
Tu-128M2の機首が、ゆっくりと下がる。
上昇の初めに灯ったアフターバーナーの光は消えていた。
そこまで積み重ねた速さと高度を保ち、迎撃機は三体の巨獣がいる空域へ進路を整えた。
下方には、雲を割って浮く黒い背。
地表から持ち上がった吹雪が、その腹の下を流れている。
モス『スカイ1、ダチュラ3の後方へ小型が上昇中。射撃中の援護を継続してください』
勇翔「了解」
勇翔は機首を上げた。
後ろから迫る影へ、F-3を差し込む。
Tu-128M2は、護衛群を追うために進路を変えなかった。
大型三体を前方に置いたまま、射撃位置へ向かっている。
こちらを信用しているのか。
撃つべきものへ集中しているのか。
勇翔には、まだ分からなかった。
自分にできるのは、その後ろを守ることだった。
*
Tu-128M2の翼下には、二連装ラックが左右二基ずつあった。
セミアクティブレーダー誘導のR-4RM改が四発。
赤外線誘導のR-4TM改が四発。
異なる誘導方式の二発を、一組にする。
未来の技術で弾体と推進系を刷新したR-4改は、重量を従来の半分へ抑え、炸薬量と弾頭の破砕威力を倍にしていた。
三体へ使えるのは、四組。
先頭の巨獣へ、レーダーの照射が向いた。
無線に、短い電子音が入った。
一定の高さの音が二つ。
雑音とも、人の声とも違った。
モス『ダチュラ3の射撃予告です。各機、大型一番への射線を空けてください』
勇翔「スカイ1、射線外」
小貝『ボルト2も、下から離れた』
最初の二発が、翼下を離れた。
白い噴流がほとんど重なって伸びる。
改修弾は加速を続け、マッハ四を越えていった。
Tu-128M2は、緩やかに進路を変えていた。
機首の正面から目標が少しずれても、照射は続いている。
ただし、大きく向きを外すことはしなかった。
追尾できる範囲へ目標を保ち、レーダー誘導弾を最後まで支えている。
その後ろを、鳥型が追った。
F-3が間へ入る。
勇翔は中距離弾を放ち、続いてくるもう一体へ機首を寄せた。
小さく回り込み、短い砲撃で翼を折る。
勇翔「ダチュラ3、後方の二体を排除。射撃を続けていい」
音声の返事はない。
迎撃機は、勇翔が守った空間で照射を続けた。
大型一番の体表から、黒い粒子が広がった。
熱を帯びた殻片も散る。
電波の像と熱源が、別々に揺れた。
対になった誘導弾は、同じ方向へ逸れなかった。
一発が頭部の付け根を砕く。
直後、もう一発が破れた外殻の奥で炸裂した。
長い身体が折れ曲がった。
光が内部を走り、腹の下に並ぶ器官が次々と止まる。
先頭の巨体が、雲の中へ沈んだ。
モス『大型一番、落下します。各機、直下へ入らないでください』
雪原で、白い壁が立ち上がった。
その向こうから、次の巨体が現れる。
*
短い電子音が、再び入った。
Tu-128M2の機首が、二体目へ寄っていた。
第一射の誘導を終えてから、次の目標へ移っている。
モス『ダチュラ3、大型二番への射撃を確認。スカイ1、右側から回り込む小型にも注意してください』
勇翔「見えている」
二組目の誘導弾が離れた。
レーダー誘導型と、赤外線誘導型。
同じ二本の白い線が、別の巨獣へ向かう。
大型二番は、先ほどの爆発を避けるように身体を傾けていた。
その腹の縁へ、一発目が入った。
姿勢を保つ器官の付け根が砕け、外殻が開く。
二発目の光が、開いた隙間を押し広げた。
巨体が横倒しになった。
戻そうとした頭が垂れ、尾の方から先に高度を失う。
モス『大型二番も落下します。最初の落下点とは位置が異なります。ボルト2、進路を西側へ寄せてください』
小貝『了解。もう一山崩れてくるのかよ』
A-10が離れた先で、二つ目の雪煙が噴き上がった。
クジラ型の尾が、その中へ消える。
モス『大型一番、二番の活動反応消失。大型三番は健在です』
最奥の一体は、まだ高度を保っていた。
厚い外殻の下から、護衛群が新たに散る。
Tu-128M2の翼下に残る誘導弾は、四発だった。
*
勇翔は、残る大型の周囲を見た。
先に落ちた二体から離れた鳥型も、そこへ寄り集まっている。
群れを全て、同時に相手にはできない。
Tu-128M2へ向かうものを先に止める。
A-10を追うものは、接近する前に外へ引き出す。
勇翔が機首を変えるたび、モスが別の方角を短く告げた。
モス『スカイ1、左下から二体。ダチュラ3へ向かっています』
勇翔「確認。引き離す」
F-3が群れの横へ出た。
砲撃で一体の翼を砕く。
残る一体がこちらを向くと、大型から離れる方向へ速度を乗せた。
その間に、三度目の電子音が入った。
残る二組が、続けて発射された。
モス『警戒機より、ダチュラ3の発射は計八発です。最後の四発が大型三番へ向かっています。射線に注意してください』
白い噴流が、厚い外殻へ集まる。
頭部が、光った。
一つ目の組が、重なった装甲状の殻を浮かせた。
次の組は、推進器官の付け根へ入った。
殻の塊が剥がれ、柱のような内部組織が露出する。
大型三番の身体が、深く傾いた。
それでも、すぐには落ちなかった。
中枢の塊が収縮し、残った器官を動かしている。
小貝『三体目、まだ生きてるぞ』
モス『確認しました。高度が低下しています。東側の盆地へ降下中です。全機、直下から離れてください』
Tu-128M2は、最後の着弾を見届けてから機首を下げた。
空になったラックを吊ったまま、巨体が降下へ移る。
狙っているのは、露出した中枢だった。
*
三体目の黒い胴体が、雪雲の中へ沈んでいく。
雲の縁が押し裂かれ、白い霧が巨獣の背中を滑った。
まだ、生きている。
剥き出しになった柱の奥で、赤黒い塊が収縮していた。
その拍動に合わせ、残った器官が巨体を持ち直そうとする。
Tu-128M2が更に進入角を深くし、急降下へ入った。
八発の重さを失った翼が傾く。
長い胴体が、雲海へ向かって落ちていく。
勇翔は、その進路を見た。
巨獣へ届く線。
そのあと、機体を戻すために必要な広い空間。
重迎撃機が、小型を追って好きに曲がれる場所ではない。
クジラ型の脇腹から、最後の護衛群が飛び出した。
Tu-128M2の前へ、鋭い翼が広がる。
勇翔「スカイ1、降下経路の小型を引き受ける」
F-3が先に下りた。
鳥型が、こちらを向く。
一体を短距離弾で落とす。
残る影の前を横切り、巨獣の外側へ引き出した。
Tu-128M2は、その空いた場所へ入ってきた。
速度を殺さない。
こちらへ礼の合図を返すこともない。
勇翔は、もう返事を待たなかった。
空ければ、通る。
危険を伝えれば、必要な分だけ進路を変える。
その繰り返しが、声の代わりになっていた。
*
地上では、多脚の群れが落ちてくる巨獣へ集まっていた。
死角だった窪みからも、黒い脚が這い出す。
背中の射撃器官が持ち上がり、対空弾が空へ散った。
その向こうを、Tu-128M2が降りてくる。
小貝『ダチュラ3、抜けた先に地上の射点。ボルト2が先に潰す』
返事はなかった。
小貝は、受信確認を求めなかった。
A-10の機首を下げる。
帰り道として使える谷筋が、雪原の奥へ続いていた。
その入口に、射撃を続ける災獣の列がある。
ここを残せば、巨獣を撃ったあとに捕まる。
小貝「働きどころだな」
アヴェンジャーが、低く唸った。
三十ミリ弾が雪面を走り、持ち上がった触手を根元から砕く。
小貝は、見える相手を端から追わなかった。
谷の入口を塞ぐものへ絞り、短い射撃を重ねた。
外殻が割れ、胴が折れ、脚が雪の中へ沈んだ。
噴き上がる雪煙が途切れた向こうに、開いた通路が見えた。
小貝は機体を横へ逃がす。
小貝『谷の入口を空けた! ダチュラ3、そのまま抜けろ!』
Tu-128M2が、クジラ型の上へ入った。
*
大きな背が、白い空を塞いでいた。
剥がれた外殻の隙間から、黒赤色の柱が立ち並ぶ。
奥にある中枢の塊が、まだ脈を打っていた。
その上へ、Tu-128M2の機首が向く。
装甲コックピットの外板を、雪雲の光が流れた。
短い射撃予告音が、無線へ入った。
モス『ダチュラ3が機関砲射撃に入ります。各機、降下経路を空けてください』
左右の翼根が、同時に光った。
増設フェアリングに収めたGSh-30-1。
単砲身の三十ミリ機関砲、二門。
銃口から伸びる曳光が、二本の線になった。
毎分千五百から千八百発の連射が、左右から重なっていた。
一発ずつを目で追えない。
平行に走った光が、露出した中枢へ集まる。
表面が抉れた。
肉の柱が、付け根から裂ける。
巨獣が身体を捻った。
射線が外れかける。
Tu-128M2の機首が、その分だけ動いた。
大きく振らない。
先に置かれた二本の光の中へ、剥き出しの塊が戻ってきた。
鼓動が歪む。
中心が潰れた。
内側から噴き出した光が、裂け目を広げていった。
射撃が止まる。
Tu-128M2は、命中を見届けるために居残らなかった。
十分な高さのあるうちから機首を起こし始め、巨獣の側面を斜めに抜ける。
長い胴体が、大きな弧を描いた。
その先には、小貝が空けた谷の入口があった。
雪面が急に近づく。
翼が水平へ戻る。
巨体が、山肌に沿って走った。
音速を越えたままだった。
開けた谷筋の雪が、機体の後ろで白く裂けていく。
黄色い花が、斜面の影を横切った。
遅れて、衝撃音が谷を叩く。
A-10は、既にその進路から離れていた。
小貝は、抜けていった赤い星と、その上に重なる四本線を目で追った。
小貝「……何なんだ、あいつ」
Tu-128M2の向こうで、クジラ型の腹が崩れた。
*
モス『大型三番が落下します! 全機、盆地から退避してください!』
モスの声が、短く、はっきりと届いた。
勇翔は、追っていた鳥型からいったん距離を取った。
下を見続けない。
退く場所を確かめ、機首を外へ向ける。
巨獣の身体が、雪原へ触れた。
地面が見えなくなった。
三つ目の白い壁が立ち上がり、砕けた殻と岩を巻き込んで広がる。
崩れた肉の塊が雪煙の中へ消え、その奥で何度か光が弾けた。
斜面の雪が、大きく剥がれ落ちた。
空にいた鳥型は、まだ飛んでいた。
主を失った瞬間に、消えてくれるわけではない。
一体が、離脱するA-10へ向かった。
勇翔は、その間へ入る。
残る短距離弾の表示を確かめた。
捕捉。
発射。
鳥型の翼が炎に包まれ、雪煙の向こうへ落ちた。
もう一体が、F-3の後ろへ回り込む。
勇翔は機体を返した。
無線からは、自分の呼吸と小貝の位置報告が聞こえる。
どちらも、生きている人間の音だった。
振り切った鳥型が前へ流れる。
短い砲撃で、その胴を断った。
勇翔「スカイ1、最後の追手を撃破。周辺を確認する」
小貝は雪煙の縁を回っていた。
盆地の外側に残った多脚型が、触手を持ち上げる。
その後ろには、北へ戻ろうとする黒い影がいくつかあった。
A-10が低く入る。
アヴェンジャーの轟音が、雪原を横切った。
触手が折れ、先頭の胴体が崩れる。
小貝は別の射点へ寄り、短く撃って離れた。
地上からの対空射撃が、止まった。
初めの爆撃で崩れた群れも、巨獣の墜落を免れた群れも、雪の中に動きを止めていた。
谷の入口から補給路へ続く空間に、射撃するものは残らなかった。
小貝『ボルト2、地上目標の沈黙を確認。低空の帰投経路は空いた』
モス『了解しました。大型三体と護衛群の活動反応はありません。交戦空域の監視を続けます』
勇翔は周囲を見た。
雪煙だけが、風に流されていた。
*
Tu-128M2は、谷の先から戻ってきた。
速度を落とし、大きく回り込んでいる。
空になったラックが、翼の下に残っていた。
小貝のA-10が、F-3の左後方へ戻る。
勇翔は機体を整え、帰投のための確認を始めた。
燃料は足りる。
弾薬は、随分減った。
操縦に異常はない。
小貝『ボルト2、下面に破片を食らった。操縦、油圧とも異常なし。降りたら見てもらう』
勇翔「了解。受入基地まで、こちらで見る」
モス『モスより。三機とも交戦終了です。スカイ1とボルト2は受入基地へ向かってください。ダチュラ3もです』
最後の一言だけ、少し間が置かれた。
Tu-128M2が、浅く翼を振る。
モス『確認しました。ダチュラ3、貴機の地上での予定は、先方へ連絡済みです。三機とも、受入準備は整っています』
小貝『あれも、同じところへ降りるのか』
モス『はい。進入順序は、基地管制からご案内します。誘導に従ってください』
モス『私も、後続の警戒担当へ引き継いでから戻ります。通信記録の照合は、地上でご一緒にお願いします』
着陸のための連絡先が伝えられた。
今度は防空側と受入側で照合済みだという。
勇翔は受信した進路を、手元の地図と突き合わせた。
一致している。
モス『なお、奥地の未確認反応は、引き続き観測されています。今回撃破した三体との関係は、着陸後に確認しましょう』
勇翔「スカイ1、了解」
北へ来た理由まで片づいたわけではなかった。
それでも、今は降りられる。
無事だと伝える相手もいる。
その事実が、強張っていた指へ、少しずつ感覚を戻した。
*
Tu-128M2が、F-3の右翼側へ並んだ。
急がない。
必要な間隔を残し、こちらと同じ速さで飛んでいる。
鮮やかなヘックス迷彩。
黄色いダチュラ。
尾翼の赤い星に重なる、四本線。
装甲コックピットの外板に、冬の日差しが薄く映っていた。
中にいる者は、見えない。
名前も、階級も、どのような顔をしているのかも、まだ知らなかった。
分かるのは、撃てる時に撃たなかったこと。
共に敵へ向いたあとは、こちらが空けた射線へ、迷いなく入ってきたことだった。
勇翔は、無線へ入った。
勇翔「こちらF-3。全目標の沈黙を確認した。支援に感謝する」
返答を待った。
女の声も、男の声も聞こえてこない。
代わりに、受信機が短く鳴った。
ザッ。
間を置いて、もう一度。
ザッ。
射撃予告の電子音とは違う、短いキャリアノイズだった。
その直後、Tu-128M2が翼を振った。
浅く、左右へ。
一度だけ。
勇翔も、小さく翼を振り返す。
迎撃機が間隔を広げ、進入順序を整えるために前へ出た。
黄色い花が、山の影へ寄っていく。
谷の向こうには、同じ目的地があった。
*
小貝『降りたら、顔くらい見られるかね』
勇翔「どうでしょう」
勇翔はグローブを頬へ当てた。
冷えた汗が残っている。
同じ機体だったら、どうなっていたのか。
F-3の性能を使い切って、ようやく前へ押し出した、あの一瞬。
相手の判断が遅れたわけではなかった。
こちらの次の位置へ、機体が届かなかっただけだ。
とんでもない化け物と、同じ空を飛んでいた。
そう思う。
その相手と、同じ滑走路へ降りていく。
勇翔は呼吸を整え、基地管制へ応答した。
*
着陸は、一機ずつだった。
先に入ったTu-128M2が、長い機体を滑走路へ下ろす。
続いて、A-10。
最後にF-3が接地した。
勇翔は滑走路を離れ、誘導に従って駐機場へ向かった。
雪の寄せられた舗装の向こうに、鮮やかなヘックス迷彩の巨体が停まっている。
飛んでいた時より、なお大きく見えた。
機体の周りでは、地上要員が既に動いていた。
武装の安全を確かめ、車輪へ歯止めを置く。
勇翔も停止後の確認を終え、エンジンを止めた。
耳の中に、まだ飛行中の音が残っていた。
ラダーを降りる。
少し離れたA-10の下では、小貝が整備員へ下面の被弾箇所を説明していた。
指で示し、何かを確かめ合う。
いつもどおりの仕事だった。
その隣で、Tu-128M2の装甲コックピットが開いた。
勇翔は、動きを止めた。
中から、一人の搭乗員が出てきた。
ヘルメットを外す。
女だった。
口の端に、古い裂傷の痕があった。
地上要員へ短く頷き、足元を確かめながら降りてくる。
空で見た機動からは想像できないほど、普通の動作だった。
小貝も説明を終え、勇翔の隣へ来た。
女は二人に気づくと、片手を上げた。
それから、F-3とA-10を順に指し、掌を上へ向ける。
勇翔「……機体のことですか。こちらは異常ありません」
小貝「こっちは下面に少しもらった。いま見てもらってる」
頷く。
視線が、A-10の下で動く整備員へ移った。
小貝「その前に、聞きたいことが山ほどあるんだが」
女は耳元を軽く指し、もう一度頷いた。
聞こえている。
そこまでは分かった。
だが、声は出さない。
受入担当の職員が、建物の入口から二人を呼んだ。
「お二人とも、こちらへお願いします。機体の記録と、入域許可書を照合します」
女はそちらを見て、二人へ道を譲った。
自分もあとから行く、とでもいうように建物を指してから、Tu-128M2へ戻っていく。
小貝「……降りても、あれか」
勇翔「少なくとも、聞こえてはいるようです」
小貝「空でも、そうだったらしいけどな」
二人が歩き始めたところで、車輪の軋む音がした。
勇翔は振り返った。
格納庫へ向けられたTu-128M2の前脚に、牽引棒が繋がれている。
その先を握っているのは、さっきの女だった。
誘導員が進路を示す。
歯止めが外され、制動の解除が伝えられた。
彼女が、一歩、前へ出る。
長い胴体が動いた。
主脚の大きなタイヤが回り、空になった八発分のラックまで、一緒についていく。
女は歩調を変えなかった。
小貝「……牽引車、要らねえのかよ」
勇翔は、何も返せなかった。
*
受入基地の待合室は、窓際だけ少し寒かった。
暖房の前に椅子が並び、壁には航路図と気象情報が貼られている。
勇翔と小貝は、受入票の空欄を埋めた。
飛行時間。使用した兵装。機体の状態。
通信記録は、それぞれの機体から取り出してもらっている。
書類の照合が一巡した頃、扉が開いた。
「お待たせいたしました。温かいものをどうぞ」
声を聞いた瞬間、勇翔は顔を上げた。
飛行用のARMSを外した、少女姿のDOLLSが立っていた。
片腕に書類の束を抱え、小さな配膳台を押している。
ポットの口から、細く湯気が立っていた。
勇翔「モス?」
モス「はい。早期警戒を担当しておりました、Tu-126です。監視は後続へ引き継いできました」
空で聞いた声が、そのまま会釈をしたようだった。
モスは書類を机の乾いた側へ置き、カップを四つ並べた。
モス「お二人とも、お疲れさまでした」
小貝「あの迎撃機の相手も含めてか」
ポットを持つ手が、一瞬だけ止まった。
モス「ええ。そちらは、姉が失礼しました」
勇翔「……お姉さん?」
モス「先ほどのTu-128M2に乗っていた、ライカ中佐です。あの人を含めて、四姉妹になります」
ライカ。
ようやく、あの機体の中にいた人物に名前がついた。
モス「所属は整備会です。普段は、赤色十月同盟学連のツポレフ学院にいます。本日はマリーナ大尉との打ち合わせがあり、もともと、こちらへ降りる予定でした」
小貝「それで、同じところに降ろしたのか」
モス「はい。地上でお話しする必要も、増えましたので」
紅茶を注ぐ音がした。
モスは四つ目のカップを、空いた椅子の前へ置いた。
ほどなく、扉が短く叩かれた。
*
ライカは、ヘルメットを片手に立っていた。
もう片方の手袋には、牽引棒を握った跡が残っている。
モス「中佐。こちらへどうぞ」
ライカは三人を見渡し、静かに席へ着いた。
モスが、時刻の並んだ記録紙を差し出す。
モス「まず、共通回線の呼びかけを受信できていた時間帯を、ここに記してください」
ライカはペンを取り、紙の上へ印をつけた。
勇翔は、その位置を見た。
まだ、互いを追っていた時間だった。
小貝「やっぱり、聞こえてたんだな」
ライカが頷いた。
モス「では、その時点で身元と誘導先を伝えることはできましたね」
また、頷く。
モスは声を荒らげなかった。
モス「資料の行き違いは、防空管制と受入窓口でも確認します。中佐には、交信を後回しにして追尾を続けた理由を、記録へ残していただきます」
ライカのペンが、少し止まった。
モスは、その手元を見ていた。
モス「相手の飛び方を、もう一手、確かめたくなったんでしょう」
ライカが目を上げる。
否定はしなかった。
モス「観察を続ける前に、照合を済ませてください。翼を振っても、耳を指しても、それだけでは誘導先までは伝わりません」
言葉が途切れる。
ライカはヘルメットを足元へ置き、二人へ向き直った。
姿勢を正し、頭を下げた。
軽く手を振って済ませる仕草ではなかった。
小貝「次は、最初に声をかけてくれ。こっちは、試験を受けに来たわけじゃねえんだ」
ライカは顔を上げ、頷いた。
勇翔「僕は、撃つ寸前でした」
彼女の目が、勇翔へ向く。
勇翔「モスの連絡が、もう少し遅れていたら」
言い終える前に、ライカの視線が机の上の記録へ戻った。
勇翔が兵装を作動させた時刻も、そこにある。
彼女は記入を再開した。
受信できていたことも、応答を後回しにしたことも、紙の上へ残していく。
書き終えると、署名を添えてモスへ返した。
モス「お預かりします。お二人の通信記録とも照合しますので、追加の確認があればお声がけします」
小貝「了解。次の奴まで同じ目に遭わないようにな」
モス「はい。ご協力、ありがとうございます」
そこでようやく、ライカが紅茶へ手を伸ばした。
カップを持ち上げ、湯気の向こうで小さく息をつく。
モスが、書類から目を上げた。
モス「姉さん。お返事は、空にいる間にもお願いしますね」
カップが、口元の少し手前で止まった。
ライカは妹を見た。
次に、勇翔と小貝を見た。
ゆっくりと頷いた。
*
ライカが格納庫へ戻ってからも、二人は待合室に残った。
暖房の音が、妙にはっきりと聞こえた。
小貝「喋れないわけじゃ、ないんだよな」
モス「ええ。必要な時には話します。整備の打ち合わせなどは、細かいところまで」
小貝「こっちの呼びかけも、必要な話だったんだが」
モス「まったく、そのとおりです」
返事は早かった。
モス「地上で頷けば済むことを、空でも同じように済ませたがるんです。見えているものも、知っていることも、相手と同じとは限らないのに」
勇翔は窓の外へ目を向けた。
格納庫の横手に、補給用の台車が来ている。
ライカが整備員の指示を確かめ、長い誘導弾へ両手を添えた。
抱え上げる。
身体の向きを変え、隣の整備台の受けへ、そっと下ろした。
整備員が留め具をかけるまで、手を離さない。
勇翔はカップを持ったまま、動きを止めていた。
小貝「……さっきも、自分の飛行機を引っ張ってたぞ」
モス「はい。運ぶのも、直すのも、自分でやりたがります」
モスは、慣れた様子で紅茶を飲んだ。
小貝が椅子へ座り直す。
小貝「追い回された理由は、分かった。腕前の方は、まだ分からねえ」
窓の外で、ライカが整備員へ親指を立てた。
小貝「教官をやってた頃も含めて、いろんな奴と飛んできた。あの重さの機体で、あそこまで先へ置ける奴は見たことがない」
モス「防空軍にいた頃から、数え切れないほどの戦場を飛んできた人です。私たちでも、経歴のすべては把握していません」
勇翔「ずっと、迎撃機に?」
モス「飛ぶ仕事だけではなかったそうです。異世界でも、兵器の開発や修理に関わりながら、前線へ出ていたと聞いています」
勇翔は、紅茶へ目を落とした。
異世界。
その言葉を、ここで聞くとは思わなかった。
モス「必要な機材が届かない。電子機器が働かない。戻る場所さえ、次には残っているか分からない。そういう戦争だったと」
モスの視線も、窓の方へ動いた。
モス「あの人がいた世界は、何度も、本当に終わりかけたそうです。そこで何を終わらせてきたのか、詳しい話はしてくれません。ただ、飛ぶ人も直す人も足りない場所で、その両方を続けていたと聞いています」
小貝は、口を挟まなかった。
モス「だから、装備が働かなくなったあとに何が残るかを、先に考えるんです。実弾と鉄、それを動かして直す手。新しい装備を積む時にも、そこを確かめずにはいられないのでしょうね」
翼の付け根にあった、二つの砲口。
八発を撃ち終えたあとにも、まだ残っていた手段。
勇翔は、雪山の上で見た機体を思い出した。
軽くなった機体で無理に小型を追わず、こちらが空けた進路へ入ってきたことも。
勇翔「……自分の機体が、どこまでできるのか」
モス「よく知っています。壊したことも、直したことも、帰れなかったものを見送ったこともあるでしょうから」
モスは、そこで言葉を切った。
語られた経歴には、年数も、戦勝の名もなかった。
それでも、勇翔には、あの長い機首が次の逃げ場を塞いだ理由の一端が見えた気がした。
こちらが考えついたことを、向こうは以前にも見ている。
成功した場合も、失敗した場合も。
どれほどの回数を重ねれば、あんな飛び方になるのかは、まだ分からなかった。
*
ライカが格納庫の入口へ出てきた。
整備員の説明を聞きながら、片方の手袋を外している。
横顔が、こちらを向いた。
勇翔「口元の傷も、その戦争で……?」
言葉の途中で、モスの表情が僅かに変わった。
カップを置き、静かに勇翔を見る。
モス「そのお話は、ご本人が話すまで、待っていただけますか」
声は、変わらず穏やかだった。
勇翔は口を閉じた。
勇翔「……すみません」
モス「気になるのは分かります。ただ、戦歴と一緒に、私からお渡ししてよい話ではありませんので」
勇翔は頷いた。
自分にも、誰にでも話せるわけではないことがある。
小貝は何も尋ねず、少し冷めた紅茶を飲んだ。
モスも、それ以上の説明を加えなかった。
*
机の上で、書類が一枚めくられた。
小貝「妹の方も、大変だな」
モス「連絡がつく分だけ、まだ何とかなります」
小貝「比較の相手がいるような言い方だな」
モスが、小さく息を吐いた。
モス「元部下のマリーナ・クズネツォヴァ大尉には、別の苦労があります。あちらは姉を心配するより先に、崇めてしまうので」
出発前の資料で見た名だった。
小貝「……待て。俺たちの受入担当の、マリーナ大尉か?」
モス「はい。そのマリーナ大尉です。任務の調整は、きちんと進めてくださっています」
小貝「その人が、崇める?」
モス「姉を見かけると駆け寄って、飛びついて、投げられます」
小貝のカップが止まった。
モス「それでも懲りません。極東の陸戦DOLLS、八九式中戦車が、その人柄を承知の上で告白して、今では誓約まで交わしているのですが」
勇翔「八九式の方から、ですか」
モス「ええ。そこは、間違いありません。姉も、お幸せに、と」
小貝「じゃあ、収まったんだろ」
モス「恋人への愛と、姉への信仰は別だそうです」
少し、間が空いた。
勇翔「……別なんですか」
モス「ご本人によれば。今でも姉を見かけると突進して、一本背負いです」
モスは淡々とポットを持ち上げた。
モス「おかわりは、いかがですか」
小貝「……もらう」
カップが差し出される。
小貝「どこの世界も、腕の立つパイロットの周りには、頭の痛い奴が集まるんだな」
勇翔は苦笑した。
空の上で抱えていた緊張が、ようやく、別の形でほどけた気がした。
機首の向こうにいたのは、飛ぶことしか知らない化け物ではなかった。
修理をして、紅茶を飲み、妹に叱られる。
それでも、人が積める経験の深さが、どこまで続いているのかは分からない。
*
扉が叩かれた。
モスが返事をすると、大尉の階級章を着けた女性が入ってきた。
隣には、書類鞄を抱えたDOLLSがいる。
マリーナ「黒十字帝国学連からのお二人ですね。マリーナ・クズネツォヴァ大尉です。学連の代理人として、当基地での受入れと任務調整を担当しています」
挨拶に続いて、勇翔と小貝の名を確かめる。
手元には、二機の整備記録と、更新された連絡先の一覧が揃っていた。
八九式「八九式中戦車です。滞在中のご案内もお手伝いします。どうぞ、よろしくお願いします」
小貝が、短く頭を下げた。
勇翔も礼を返す。
先ほどまで聞いていた話を、どの顔へ結びつければよいのか、まだ分からなかった。
マリーナは向かいの椅子へ座り、書類を開いた。
マリーナ「最初に、こちらの受入れと防空管制の間で、照合に不備があったことをお詫びします。記録は両方から集めています。次の飛行までに、呼出先と識別情報を双方で確認します」
小貝「頼む。受入側では通ってると聞いてたからな」
マリーナ「その経緯も含めて調べます。A-10の被弾箇所は、以前の補修箇所と併せて点検中です。次の飛行は、整備と気象の確認を終えてから判断します」
勇翔は、机へ広げられた地図を見た。
受入基地から前進拠点へ。
出発前に確かめた航路へ、現地の気象情報が重ねられていた。
マリーナが、その先の山脈を指す。
そこで、指が止まった。
視線が、窓の外へ動いていた。
格納庫の前で、ライカが整備員から工具を受け取っている。
マリーナの表情が緩み、椅子から腰が浮きかけた。
八九式「大尉。お仕事中です」
軍服の袖へ、八九式の指が添えられていた。
マリーナは姿勢を戻した。
マリーナ「……続けます」
小貝はカップへ口をつけたまま、視線だけを勇翔へ寄こした。
マリーナ「奥地の観測記録も届いています。今回の交戦結果と照合しますので、機体の点検結果が揃い次第、あらためて状況をご説明します」
勇翔は顔を上げた。
山脈の向こうにある、未確認の反応。
今日、三体を落としたことだけでは、まだ説明のつかないものが残っている。
モス「その前に、ご到着の連絡をどうぞ。こちらの端末をお使いいただけます」
壁際の机へ案内される。
勇翔は腰を下ろし、黒十字側への連絡先を確かめた。
隣では、小貝が整備記録を受け取っている。
少し離れた窓の向こうで、ライカがこちらに気づいた。
手袋を外した手を、軽く振る。
勇翔も、片手を上げた。
声は、まだ聞いていない。
あの機動への恐ろしさも、消えてはいなかった。
けれど、共に飛んだ時にこちらの援護を信じてくれたことと、地上でこちらの言葉を受け止めたことは、覚えておこうと思った。
その先を知る機会は、これからある。
まずは、帰りを待っている人へ。
勇翔は画面へ向き直った。
無事に着きました。
そう書き始める頃には、グローブを外した指の冷たさも、薄れていた。
格納庫の灯りの下では、黄色いダチュラが、開いた整備台の向こうを向いていた。
ハイどうも素人小説書きです
今回コラボ回という事で脅威の19886文字書いてしまいした死ぬ
ちなみに、コラボの方はイエローケーキ兵器設計局様です。
https://syosetu.org/novel/293790/←こちらで見れます
評価やマイリスなど気に入ったらお願いします!
今後の作品の質をよくするためコメントなどもお待ちしてます!
それでは!
※2026年9月22日リメイク完了
ヒロイン
-
416
-
VSK-94
-
大鳳A
-
蒼龍C
-
雷電
-
スカイレイダー