陸自はドールズフロントライン、海自は艦これとアズールレーン、空自はアッシュアームズ三つの世界でバラバラになりながらでも生き残る 作:ゴーストライターとかした、素人小説書き
第22話 仲間は過去の弾丸を知る
屋敷の廊下には、火薬の匂いが溜まっていた。
予備灯が壁を照らしている。その下へ銃口が出るたび、四人のうち誰かが撃った。
AK-15の射撃が、途切れる。
AK-15「弾倉交換」
AN-94「こちらも、交換します」
AK-12「RPK」
RPK-16「はーい」
機関銃が、二人の銃声を引き継いだ。
AK-12も、短く撃つ。
こちらへ身を出そうとした兵士が、柱の陰へ戻った。
装填を終えたAK-15が銃を上げる頃には、RPK-16が撃つ場所を変えていた。
隙間ができない。
廊下の向こうで、兵士が吐き捨てた。
「交代まで、きっちりやるのかよ」
「かなりの手練ですね。顔も出せません」
「見りゃ分かる」
十人の分隊は、廊下へ入った時よりも奥へ押し戻されていた。
誰かが来ている。
司令部へ行け。
伝令から聞いたのは、それだけだった。
その司令部を呼んでも、無線は答えない。
「分隊長。ドローンの援護は?」
「来ない」
「ほかの班は?」
「それも、来ない」
「じゃ、我々だけで、あの四人を?」
分隊長は、足元へ落ちた壁の破片を見た。
廊下へ顔を出した一人が、また身を引く。
耳のすぐ横を、弾が通っていた。
「……無理だな」
「でしょうね」
眼鏡を掛けた副分隊長が、あっさり同意した。
分隊長は、廊下の先と、横の窓を見比べる。
窓の下には、低い庇があった。その先は、裏庭だ。
「司令部も反応なし。増援もなし。ドローンもなし」
「はい」
「つまり――逃げるしかないな!」
言い終えるより早く、走っていた。
窓が割れる。
靴が庇を踏み、外へ消えた。
残された兵士が、その窓を見た。
「……さすが。判断が早い」
「逃げ足もな」
副分隊長は、銃を持ち直した。
「お前らも行け。俺が、少しだけ押さえておく」
「森林のブラボーは回収しますか」
「定時連絡がない。探しに戻れると思うか?」
訊いた兵士が、黙った。
「いまは自分の足で帰れ。連絡がつけば、向こうも同じことを考える」
「了解。……ご武運を」
八人が、順に窓へ向かった。
副分隊長は、最後の一人が外へ下りるのを見届ける。
それから、廊下へ目を戻した。
「ふう。給料分の仕事はしますかね」
柱の向こうから、機関銃が響く。
あの四人へ勝つ必要はなかった。
仲間が庭を横切る間、ここに留めておけばいい。
もちろん、できれば自分も帰りたかった。
*
RPK-16「窓から出ていきましたね」
AK-15「追うか」
AK-12「いいえ。司令部へ戻らなければ、それで――」
言葉が、止まった。
外へ消えたのは、九人。
最後に確認した数から、一人、足りない。
廊下の向こうで、音がした。
AK-12「まだ――」
銃声が、彼女の言葉へ重なった。
AK-12は、身を引いた。
予備灯の光が、急に片側から滲む。
AN-94「AK-12!」
こめかみから、赤い液が流れていた。
片目の上へ落ち、頬を伝う。
AN-94が、彼女の肩へ手を伸ばした。
AK-12「大丈夫。掠っただけよ」
AN-94「ですが、目が……」
AK-12「見えなくなったのは、流れ込んだ分。目そのものは動いてる」
AN-94は救急袋を開いた。
取り出したガーゼの端が、指へ引っ掛かる。
もう一度、掴み直す。
AK-12「AN」
AN-94「押さえます。少しだけ、動かないで――」
AK-12「まず、あの銃口を出させない」
RPK-16が、会話の間も撃っていた。
AK-15は別の角へ銃を向け、横から回る者がいないか見ている。
AK-12は、こめかみへガーゼを当てた。
紫の瞳に映る表示が、いくつか消える。
深度演算を止め、通常の処理へ戻した。
いまは、射界を塞ぐものと、相手の位置を見失わないことが先だった。
AK-12「AN、装填は済んでいる?」
AN-94「……はい」
AK-12「なら、いつもの通りに。私も撃てる」
AN-94が、銃を上げた。
先ほどとは違う目で、廊下の向こうを見ている。
RPK-16「張り切りすぎないでくださいね」
AN-94「分かっています」
返事は、短かった。
AK-12はガーゼを固定し、銃を握り直す。
AK-12「AK-15。RPK。合わせるわよ」
AK-15「了解」
RPK-16「どうぞ」
*
「……止まった?」
副分隊長は、柱の陰で息を吐いた。
さっきの声が聞こえた場所へ撃った。
当たるとは、思っていなかった。
少しだけ静かになったのなら、その間に窓へ向かえばいい。
「じゃ、そろそろ――」
立とうとした瞬間、廊下が銃声で満ちた。
「うおっ、待て待て待て!」
副分隊長が、床へ戻る。
柱の角が削れ、肩の上へ落ちてきた。
窓までの、ほんの数歩が遠い。
「……ああ、そうですか。まだ働けと」
眼鏡の位置を直した。
銃の中に、まだ弾はある。
向こうがこちらを忘れるか、帰り道を諦めるか。
それまでは、銃口を出す機会を待つしかなかった。
「しつこい女は、嫌われるぞ」
返事の代わりに、また柱が削れた。
「はいはい。聞こえてないね」
*
蓮とスプリングは、別の廊下を進んでいた。
配置図で見た距離は、なかなか縮まらなかった。
同じような扉が続き、その間に、小さな階段が挟まる。
背のケースが壁へ触れないよう、スプリングは角を曲がるたびに身体を寄せた。
回収した記録も、袋の中へ収まっている。
M1903を構える手は、空いていた。
少し先で、蓮が止まった。
左腕を下ろしてから、振り向く。
蓮「荷物、動いてない?」
スプリング「はい。大丈夫です」
蓮「なら、次の角まで」
スプリング「渡邉さん」
彼女の目が、左肩へ向いた。
スプリング「先ほどより、銃を支える位置が低くなっています」
蓮「VSKの後ろでも撃ってたからな。構えっぱなしは、まだ堪える」
言いながら、指を開き、閉じた。
右手は、問題なく動く。
左の手指も同じだった。痛みは、もっと上に残っている。
スプリング「いったん、VSKさんたちの経路へ戻ることも――」
蓮「俺たちだけで、か?」
声は、大きくなかった。
スプリングは、答える前に、奥の銃声へ耳を向けた。
四人が、まだ待っている。
蓮「通れなくなったら、引く。肩が駄目になっても、言う。いまは、あの四人のところへ行きたい」
スプリング「……はい」
蓮「止める時は、止めてくれ。VSKだけに任せる仕事じゃないだろ」
スプリングが、彼の顔を見る。
蓮は笑った。
笑う時だけ、息が少し浅くなることにも気づいた。
スプリング「分かりました」
蓮「よし。頼む」
先へ向き直る。
次の角から、別の声が聞こえた。
「いつまで停電してるんだ」
「文句は、戻ってから――」
靴音が、角へ近づいた。
蓮も、向こうも、同時に止まる。
予備灯の下に、兵士がいた。
「コンタクト!」
蓮「おっと」
銃口が上がる。
蓮はスプリングの襟を掴み、脇の出入口へ引いた。
直後、立っていた場所の壁が削れた。
スプリングの背のケースが、床へぶつかる。
スプリング「っ……」
蓮「悪い。引っ張った」
スプリング「大丈夫です」
銃口を外へ向け直す。
廊下では、まだ射撃が続いていた。
「そのまま押さえろ!」
「進むぞ!」
蓮は、鏡の割れた扉の脇から、足元だけを見た。
近づいてくる靴は、二人分。
その後ろから、もう一人が撃っている。
蓮「三人か」
スプリング「こちらから、見えるところへ来ます」
蓮「まだ出るな」
蓮は89式を負い紐で身体の脇へ寄せ、背のベネリM4を前へ回した。
左肩を持ち上げすぎない位置で、銃を支える。
スプリングは、後方の扉へ目を向けた。
ほかの足音はない。
向こうの銃声が、途切れた。
「交換――」
言葉の途中で、先頭の兵士が出入口へ顔を向けた。
銃を上げようとする。
だが、吊り紐が肘へ引っ掛かり、その手が一度、止まった。
蓮「遅い」
散弾銃が響いた。
男が倒れる。
すぐ後ろの兵士が、その身体へつまずいた。
こちらへ向く銃口。
蓮は、それが上がりきる前に撃った。
廊下へ、二人が崩れた。
後ろの男が、装填の途中で顔を上げる。
蓮の銃口を見て、向きを変えた。
銃は、手放さない。
蓮「スプリング」
スプリング「はい」
蓮「撃て」
M1903の照準へ、男の背中が入った。
銃を持ち、廊下の角へ走っている。
その向こうへ、何が繋がっているのかは分からない。
スプリング「ですが、相手は、もう……」
蓮「敵に情けを掛けるな。銃を持ったままだ。こっちの位置も、知っている」
隣から聞こえる声は、さっきまでと同じだった。
大声でも、怒鳴り声でもない。
それが、スプリングには、妙に遠く聞こえた。
男が、振り向きかける。
スプリングは、引き金を引いた。
銃声が、廊下へ響く。
男は壁へ肩をぶつけ、その下へ倒れた。
持っていた銃も、床へ落ちる。
蓮は、その先を見ていた。
しばらく、誰も出てこなかった。
蓮「……よし」
ベネリM4を下げる。
その動きの途中で、左肩が引きつった。
蓮は壁へ手を添え、息を吐いた。
スプリング「渡邉さん」
蓮「いまのは、急に動いた分だ。少し待つ」
言ってから、こちらを見る。
蓮「お前は、怪我してない?」
スプリング「はい」
自分の声は、思ったよりも小さかった。
蓮は、彼女の目と、M1903を見比べた。
蓮「当たってる。腕は、戻ってるよ」
スプリング「……腕のことでは、ありません」
言ってから、唇を結んだ。
言い返すつもりではなかった。
ただ、同じ話にはしたくなかった。
蓮は、すぐには返事をしなかった。
廊下の先を、もう一度見た。
蓮「そうだな。別の話だ」
スプリング「渡邉さんは、迷わないんですか」
蓮の右手が、ベネリの握りを直す。
左手は、しばらく壁へ残っていた。
蓮「……迷ったことがない顔に、見える?」
スプリングは、彼の顔を見た。
左肩の傷を庇いながら、前へ立っている人。
誰かを助けた時も、撃てと言った時も、同じ声をしていた。
答えられなかった。
蓮「昔から、丈夫だったわけじゃないよ」
それ以上は、話さなかった。
右手でベネリM4を背へ戻し、89式を抱え直す。
蓮「話の続きは、帰ってから。いまは、四人を迎えよう」
スプリング「……はい」
スプリングは、袋とケースの帯を確かめた。
照準器の中で、男の背中を捉えた感覚は残っている。
それでも、後ろを見なければならなかった。
仲間が進む、その道を。
*
S09基地のヘリポートでは、回転翼がゆっくり動き始めていた。
ドアガンを備えたブラックホーク。
その脇で、416が装備を確かめている。
向かいでは、89式が荷物を一つ、機内へ渡していた。
小銃とは別の、四角い箱だった。
89式「よし。これも、ありますね」
416「その袋、ちゃんと固定して」
89式「はい!」
返事をしてから、袋の口を締め直す。
416は見届けて、自分の弾倉へ手を戻した。
ハル「いたいた。二人とも」
風へ帽子を押さえながら、ハルが来た。
89式「あ、指揮官様。こんばんは!」
ハル「はい、こんばんは。相変わらず元気ね」
ハルが、その頭へ軽く手を置く。
89式の顔が、ぱっと明るくなった。
416には、それが、よく褒められた犬に見えた。
口には出さなかった。
ハル「今回の要請は、確認している?」
416「はい。確保した敵責任者の輸送と、蓮たちの回収」
ハル「先行しているのは、VSKとスコーピオン。捕虜も一緒。ほかの六名は、まだ屋敷の中」
ハルは、二人へ目を向けた。
ハル「LZへ全員が揃っているとは限らない。揃っていなければ、捕虜の搬送を先に行う」
89式「蓮さんたちは、その後に?」
ハル「迎えに行く必要があるなら、地上から。搭乗員と連絡を合わせて、陸路の回収へ切り替える。ヘリで屋敷の上を探し回ることはしない」
416「了解」
返事は、早かった。
ハルは、それを聞いてから続けた。
ハル「捕虜は負傷している。生きて連れてくること。VSKたちから状態を引き継いでね」
89式「はい」
ハル「それから、識別」
416「桜が散る時」
89式「希望が生まれる」
ハルが、頷いた。
ハル「相手にも答えさせること。声が聞こえたら、全部味方というわけじゃないからね」
回転翼の音が、少し大きくなる。
搭乗員が、二人へ手を上げた。
ハル「じゃ、行ってらっしゃい。無茶をしに行くんじゃなく、連れて帰るために」
416「分かっています」
89式「みんなで、戻ります!」
89式はハルへ敬礼してから、機内へ乗った。
416は、少し遅れて続く。
振り向くと、ハルがまだこちらを見ていた。
片手を上げる。
416は、短く頷いた。
*
機体が、地面から離れた。
ヘリポートの灯りが、窓の下へ沈んでいく。
416は座席へ身体を預け、向かいの89式を見た。
膝の上に、さっきの箱がある。
紐を解くと、画面と、小さなセンサーが見えた。
416「それ、自分で組んだの?」
89式「はい。元のカメラへ、こちらの表示を足しました」
画面を、少しこちらへ向ける。
暗い機内の映像へ、別の表示が重なっていた。
89式「見える範囲の熱源を、一緒に確認できるようにしています。煙がある場所や、灯りの少ないところで、少しは役に立つかなと」
416「少しは、ね」
89式「試験した範囲では、大丈夫です。壁の向こうまで、何でも見えるわけではありませんけど」
416「そこが分かっているなら、いいわ。目で確かめるのを省かないで」
89式「はい!」
89式は、嬉しそうに頷いた。
416は画面を見た。
この一週間、整備区画で姿を見かけなかった時には、こういうものを組んでいたのだろうか。
416「……一週間で?」
89式「ええ。ある部品を使っていますし、みなさんにも確認してもらいました。あの時、見えない場所へ呼びかけるしかなかったと聞いたので」
あの時。
416は、画面から目を離した。
回転翼の音へ、別の音が重なる。
閉じた扉の向こうで、銃が鳴っていた。
*
あの防火扉は、416の手でも開かなかった。
非常開放装置の蓋を外しても、固定爪が噛んだまま、動かなかった。
416はレバーを引いた。
動かない。
また、引く。
向こうで、何かが壁へぶつかった。
416「蓮!」
通信には、返事があった。
だから、生きていた。
それ以上のことは、見えなかった。
戻ってきたAN-94が、隣で手動レバーを握る。
G11が番号を探している。
ポーン01が、旧い保守鍵を特定した。
回線を取り戻す。
作業をする。
その順番が必要だと、分かっていた。
待たなければ、開かない。
分かっていても、向こうで銃声がするたび、手へ力が入った。
やがて、作業灯が点く。
固定爪が、外れた。
AN-94が扉を持ち上げる。
わずかに開いた隙間へ、416も両手を入れた。
416「蓮、伏せて!」
その先に、人がいた。
床へ伏せる、緑の服。
窓際の女。
別の銃口。
416は、見えたものを追った。
撃つ。
相手が下がる。
隙間を抜け、蓮の横へ並んだ時には、ようやく顔が見えた。
416「遅くなったわ」
蓮は、いつものような顔をしていた。
大したことではない、とでも言うような。
左肩から、血が出ていた。
胸も、打たれていた。
見える場所へ来なければ、分からなかった。
本人の返事だけでは。
*
89式「416さん?」
ヘリの中だった。
窓の外には、基地の灯りが、もう見えない。
89式が、箱を膝へ戻していた。
416「……聞いてる」
89式「すみません。私の話、長くなってしまって」
416「長さの問題じゃないわ」
89式が、目を瞬かせる。
416は、言葉を足した。
416「次も役に立つように用意したんでしょう。持ってきてくれて、助かる」
89式「……はい」
元気な返事だったが、さっきより少し、声が落ち着いた。
416は自分の装備へ目を戻す。
確かめ終えているものを、もう一度、確かめた。
89式「蓮さんも、今日は復帰されたばかりなんですよね」
416「襲撃から一週間。復帰の許可は出ている。でも、左肩と胸が全部元通りになったわけじゃない」
89式「VSKさんが付いていても、心配ですか」
416の手が、止まった。
416「VSKが付いているから、ここまで連絡が来たんだと思うわ」
89式は、少し驚いたようだった。
416は、その顔を見た。
416「何よ」
89式「いえ。いつも、言い合っているので」
416「言い合うことと、仕事を任せられることは、別でしょう」
89式「……そうですね」
頷く。
416は、もう少しだけ言った。
416「だから、二人だけで捕虜を運ばせたままにはしておけない。向こうも、蓮だけを見ていられる状況じゃないんだから」
89式が、自分の小銃へ手を添えた。
窓の向こうを見てから、416へ戻る。
89式「……あの」
416「今度は、何?」
89式「蓮さんって、一体、どんな方なんでしょうか」
416は、答えなかった。
89式が、慌てて続ける。
89式「軍人だということも、今回の指揮をされていることも分かっています。ハル指揮官が信頼していることも。ただ……」
小さく、言葉が切れた。
89式「人間なのに、人形より先に動くでしょう。どこまで、私たちが任せていいのか、まだ分からなくて」
416は、その顔を見ていた。
強いかどうかを、訊いているのではなかった。
強く見える人に、どこまで仕事を預けていいのか。
これから、同じ場所へ行く者の問いだった。
416「全部は、知らない」
89式が、頷く。
416「私が知っていることも、ごく一部よ」
89式「一部でも、教えていただけますか」
416は、窓へ目を向けた。
そこには、暗い地面が続いていた。
蓮が持っていた、手帳のことを思い出す。
読んでしまったことも。
あれは、誰かへ説明するために整えられた経歴ではなかった。
そのまま全部、他人へ渡していいものだとは、思えなかった。
416「……本人が話していないことまで、私から全部話す気はないわ」
89式「はい」
416「でも、元の世界でも軍人だった。戦争を経験している。捕虜になったこともある」
89式の表情が、変わった。
416は、声を落とした。
416「そこから救い出されたら、全部終わり。そういう過去ではなかった」
機内の音は、大きかった。
けれど、言葉は、ちゃんと届いていた。
89式「……その後も?」
416「失ったものがある。戻っただけでは、元通りにならないものも」
それ以上は、言わなかった。
名前も、場所も。
誰の死を、いまも覚えているのかも。
89式は、訊かなかった。
膝の上の箱へ、手を置いた。
*
屋敷では、AK-12が新しいガーゼを受け取っていた。
AN-94は、それを渡しても、すぐには手を引かなかった。
AN-94「流れる量は、減っています」
AK-12「見てくれて、ありがとう」
AN-94「……目を、もう一度」
AK-12「動く。見える。さっきより、ずっといい」
瞼を一度閉じ、開く。
AN-94は、それを見届けた。
廊下の先で、また銃が鳴った。
RPK-16が、すぐに返す。
RPK-16「向こうの残業も、なかなか終わりませんね」
AK-15「一人だ。だが、姿を出さない」
AK-12「ここを通れなくしているのは、向こうも同じということね」
AN-94が、そちらへ目を戻した。
AK-12は、その横顔を見る。
AK-12「目的は、捕縛した人を連れて帰ることよ」
AN-94「分かっています」
AK-12「なら、私を撃った相手のために、先走らないで」
AN-94は、返事をしなかった。
銃を握る手へ、力が入る。
AK-12のこめかみに当たっているガーゼを、もう一度だけ見た。
四人がいる廊下へ、蓮の姿はまだ現れなかった。
*
蓮は、途中の扉を見た。
開いている。
奥に、灯りはない。
スプリングは背後を見てから、蓮の脇へ目を戻した。
左腕を下ろす、短い休み。
また、銃を構える。
さっきまでなら、そのたびに、すぐ大丈夫かと尋ねていた。
いまは、動くところと、止まるところを見ていた。
蓮も、こちらを見る。
蓮「後ろは?」
スプリング「誰も来ていません」
蓮「了解」
それだけの返事。
スプリングは、M1903を持ち直した。
撃った時の迷いを、片づけ終えたわけではない。
任せられた場所を見ることまで、やめるつもりはなかった。
蓮が角を曲がる。
少し間を置いて、彼女も続いた。
*
89式「……だから、あんなに、誰かを助けようとするんでしょうか」
ヘリの中で、89式が訊いた。
416は、すぐには頷かなかった。
416「理由は、分からないわ」
89式「分からない……」
416「助けを呼んで、届かなかったことがあるのかもしれない。手帳を読んだ私は、そう考えた。でも、それだけで、あの人のすることを全部説明できると思ってない」
89式は、目を伏せた。
416は、続けた。
416「誰かを置いていくのを嫌がることと、無関係には思えない。それくらい」
89式「……はい」
窓の外で、地面の形が変わった。
低い山の斜面が、暗い空から浮かび上がる。
搭乗員の通信が入った。
LZへ向かう。
地上からの状況を、もう一度、確認する。
416は、自分の通信機へ手を添えた。
まだ、着いていなかった。
89式「強い方だから、大丈夫だと思っていました」
416「私も、そう思いたくなる」
89式が、顔を上げる。
416「返事が平気そうなら、そのまま信じたくなる。でも、一週間前、扉の向こうで、あの人は血を流していた」
左肩の傷。
いま、治りかけているもの。
そのほかにも、見えないところに残っているものがある。
416は、手帳を閉じた時の自分を思い出していた。
読み終えたからといって、分かったことにはならなかった。
89式「では、会ったら、ちゃんと確かめます。歩けるかも、怪我していないかも」
416「ええ。本人が、もう答えたと言ってもね」
89式は、小さく笑った。
416も、僅かに口元を緩める。
すぐに、視線を前へ戻した。
過去の戦争で負ったものまで、ここで取り除けるわけではない。
何を残してきたのかも、全部は知らない。
それでも、いまいる場所へ迎えに行くことはできた。
416「準備して。そろそろ、地上との連絡を増やす」
89式「はい」
箱を袋へ戻す。
小銃を、両手で持ち直す。
ヘリは、夜の山へ向かって飛んでいた。
はい、どうもー
素人小説書きです~
3か月空いてしもたな…
理由はまぁ…なんとなく察しがついていると思いますが
現在作者は特別国家公務員になっておりまして…
主人公の蓮と同じような感じになってます
ので、訓練で忙しいのと中々執筆する時間が無くてここまで開いてしまいました…
出来たら早めに投稿したいですが、環境の変化によって中々うまくいかないです…
本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。
ですが、小説自体はやめる気は毛頭ありません
出来るだけ長く、やっていきたいと自身は思っております。
間隔はかなり開くと思いますが、次回はできるだけ早く出してみたいと思います。
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2026年10月6日リメイク完了
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