陸自はドールズフロントライン、海自は艦これとアズールレーン、空自はアッシュアームズ三つの世界でバラバラになりながらでも生き残る 作:ゴーストライターとかした、素人小説書き
この小説は、シリアスとギャグが少し入っています。
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※後、先に言っておきますがこの世界は貞操逆転してる世界だよ。
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1-1 海上自衛官・渡邉隼人、新たなる世界に目覚める
アイ『機体姿勢、維持不能』
感情のない女性の声。
機体を叩く豪雨。
警告灯に染まるUH-60JAの機内。
固定されていた装備が外れ、床を滑る。
窓の外で、青白い雷光が弾けた。
アイ『降下速度、増大。渡邉隼人、衝撃に備えてください』
ローターの回転音が乱れる。
誰かの怒鳴り声。
身体を押し潰すような衝撃。
そこで、渡邉隼人の記憶は途切れていた。
カチッ。
カチッ。
一定の間隔で、何かが鳴っている。
機械的な電子音ではない。
壁に掛けられた時計の秒針が、静かな室内へ小さな音を響かせていた。
隼人「……」
隼人はゆっくりと瞼を開いた。
最初に見えたのは、僅かに変色した白い天井だった。
丸い乳白色の照明が取り付けられているが、明かりは点いていない。
窓から差し込む夜明け前の青白い光だけが、室内を薄暗く照らしていた。
鼻を突く消毒液の臭い。
薬品。
古い木材。
その奥に、潮と煙の臭いが混じっている。
隼人「……ここは?」
声が掠れていた。
口の中が乾いている。
隼人はすぐには起き上がらず、視線だけを動かした。
身体には薄い毛布が掛けられている。
右腕には注射針を抜いた痕があり、ベッド脇の金属製支柱には、空になったガラス製の輸液瓶が吊るされていた。
瓶から延びるゴム管は、すでに腕から外されている。
胸部と左肩には包帯。
額にはガーゼ。
処置は丁寧だが、使われている医療器具は、隼人が普段目にする物より明らかに古い。
隼人は毛布の下で指を動かした。
左右ともに問題はない。
続いて、手首、肘、足首、膝。
左肩を動かした時だけ、傷の奥から鈍い痛みが走った。
隼人「骨折は……していないか」
呼吸にも異常はない。
頭痛と軽い目眩はあるが、意識は明瞭だった。
隼人は最後の記憶を探る。
UH-60JA。
落雷。
機体の急降下。
アイの警告。
その先が、完全に途切れている。
隼人「墜落した……それから、誰かに救助されたのか?」
自分でここまで来た記憶はない。
身体に施された処置を見る限り、少なくとも自分を助け、治療した人間がいる。
隼人は慎重に上半身を起こした。
金属製のベッドが軋む。
途端に目眩が走り、視界が僅かに傾いた。
隼人「……ッ」
額へ手を当て、呼吸を整える。
数秒待つと、視界は元へ戻った。
隼人「動けないほどではないな」
毛布を退ける。
着用しているのは、薄い患者衣とズボンだけだった。
制服も靴もない。
拳銃。
無線機。
自衛官手帳。
認識票。
そのほかの携行装備も、すべて外されている。
そして、認識番号15――《みらい》の姿もなかった。
隼人は左耳へ触れた。
アイとの通信に使用していた端末も外されている。
隼人「アイ、応答しろ」
返事はない。
隼人「……アイ?」
もう一度呼びかける。
室内へ響くのは、壁掛け時計の秒針だけだった。
通信端末がなければ声が届かないだけなのか。
《みらい》が損傷し、アイも停止しているのか。
それとも、自分とは別の場所へ運ばれたのか。
今の段階では判断できない。
隼人はベッドを囲む白いカーテンを開いた。
そこは十床ほどのベッドが並ぶ救護室だった。
使用されているのは、自分が寝かされていた一床だけ。
医師も看護要員も見当たらない。
ただし、最初から無人だったわけではなかった。
木製の医薬品棚は開いたままになっている。
棚の中には、褐色の薬瓶や金属缶、布製の包帯が並べられていた。
床には琺瑯製の膿盆と、開封されたガーゼが落ちている。
壁際には担架が立て掛けられ、その隣には大きな酸素ボンベが置かれていた。
部屋の隅にある机には、黒い受話器の電話機。
円形の文字盤へ指を入れて回す、ダイヤル式だった。
隼人「……古い」
どれも博物館へ置かれるほどではない。
だが、二〇二一年の日本で、現役の軍医療施設が使用する設備には見えなかった。
それでいて、室内は清潔に保たれている。
薬品も器具も、長く放置されていた物ではない。
この時代の設備が、今も日常的に使われている。
そう考える方が自然だった。
隼人はベッド脇に揃えられていた簡素なゴム底の履物へ足を通した。
立ち上がる。
左肩に痛みはあるが、歩行に支障はない。
救護室の扉へ向かおうとした、その時だった。
ブォォォォォ――
低く長い音が、建物の外から響き渡った。
音が一度途切れ、数秒後に再び鳴り始める。
隼人「……空襲警報?」
現代の警報装置より音が荒い。
大型の電動サイレンを、基地全体で鳴らしているようだった。
直後、壁に取り付けられた箱形の拡声器から、激しい雑音が流れた。
『空襲警報、継続中。非戦闘員ならびに軽傷者は、最寄りの防空壕へ退避せよ』
音質の悪い有線放送。
続いて、救護室の外から複数の怒鳴り声が聞こえた。
「西倉庫の消火班が足りない! 第二班を回せ!」
「重傷者を地下救護所へ運べ!」
「第三高角砲、弾薬を急げ! 敵機が戻ってくるぞ!」
隼人「高角砲……?」
現代の海上自衛隊では、通常使われない呼称だった。
隼人は扉の横へ身体を寄せ、僅かに開いて廊下を確認した。
白衣を着た女性二人が、担架を抱えて廊下の先を走っていく。
その後ろから、布製の消火服と鉄帽を身に着けた者たちが続く。
携行しているのは、背負い式の消火器と太い消防斧。
装備は古い。
だが、動きに迷いはなかった。
医療要員も消防要員も、別の場所で発生した被害へ対処するため、この救護室を離れたらしい。
隼人は廊下へ出た。
扉の横に、木製の表札が取り付けられている。
黒い文字で、施設名が記されていた。
――呉鎮守府救護室。
隼人「呉……鎮守府?」
呉ならば知っている。
海上自衛隊の主要基地が置かれ、自分にとっても縁の深い土地だ。
しかし、呉鎮守府という名称が公的に使われていたのは、海上自衛隊が発足する以前の時代だった。
現在ならば、呉地方総監部と記されていなければならない。
隼人「ここが本当に呉なら……何年前の施設だ?」
だが、先ほど見た救護室の電話機や医療設備は、旧海軍の時代より新しい。
おおよそ一九五〇年代末から六〇年代。
その一方で、外から聞こえてくるのは高角砲という言葉だった。
軍事技術と生活設備の年代が一致していない。
ドォォォォンッ!!
建物全体が激しく揺れた。
隼人「ッ!」
隼人は反射的に腰を落とし、廊下の壁へ身体を寄せた。
天井から細かな埃が降り、窓ガラスが大きく震える。
爆発は近い。
窓の外で対空砲が連続して火を噴く。
ドドドドドッ――
軽快な発射音。
続いて、より低く重い砲声が響いた。
ズドンッ! ズドンッ!
隼人「迎撃ミサイルではなく、機関砲と高角砲だけで迎撃しているのか……」
迎撃ミサイルの発射音も、ジェット機の轟音もない。
聞こえてくる航空機の音は、低く唸るレシプロエンジンだった。
「敵攻撃機、湾内へ侵入!」
「二十五粍機銃、右へ回せ!」
「弾幕を切らすな!」
二十五ミリ機銃。
高角砲。
レシプロ航空機。
どれも第二次世界大戦末期までの装備だった。
それが、先ほど見た一九六〇年代前後の医療設備や電話と、同じ場所で現役運用されている。
隼人「……どうなっている」
隼人は低い姿勢を保ったまま、廊下の窓へ近づいた。
壁へ身体を隠し、窓枠の下から外を確認する。
眼下に、軍港が広がっていた。
山に囲まれた湾。
幾つもの桟橋。
大型の起重機。
岸壁へ並ぶ倉庫と工廠。
その地形には、隼人の知る呉の面影がある。
だが、港に停泊している艦艇は、海上自衛隊の護衛艦ではなかった。
長い船首。
巨大な砲塔。
林立する高角砲と機銃。
艦上構造物には近代的なフェーズドアレイ・レーダーも、ミサイル発射装置も見当たらない。
いずれも、第二次世界大戦期の軍艦に酷似していた。
それでいて、岸壁には丸みを帯びたボンネットのトラックや小型自動車が走っている。
建物の一部にはテレビ受像機のアンテナが立ち、工廠の壁には新しい電線と電話線が張り巡らされていた。
古い軍艦と、その十数年後の生活設備が、同じ軍港の中に混在している。
隼人「撮影用の施設……ではないな」
港の各所から、本物の黒煙が立ち上っている。
倉庫の一棟は屋根を失い、岸壁では消火班が放水を続けていた。
担架で運ばれていく負傷者も見える。
上空には、曳光弾が赤い軌跡を描いていた。
その間を、複数の単発機が低空で飛び抜けていく。
機体の形状は、第二次世界大戦期の艦上攻撃機に近い。
だが、機体表面は光を吸い込むように黒く、尾翼にも主翼にも国籍を示す標識がない。
隼人が知る、どの国の航空機とも一致しなかった。
隼人「日本が攻撃されている……だが、相手は何者だ?」
答えは出ない。
理解できないことが多すぎる。
それでも、目の前で基地が攻撃され、人が傷ついていることだけは分かる。
そして、その基地の誰かが、自分を救助して治療した。
隼人は救護室へ戻り、使える物を探そうとした。
その時。
「司令部西側、退避しろ!」
港の方向から、切迫した声が響いた。
隼人が窓の外へ視線を戻す。
岸壁に近い司令庁舎。
海側へ張り出した連絡回廊を、一人の女性が走っていた。
白い軍服。
長い黒髪。
片手で負傷した脇腹を押さえながら、崩れかけた回廊を進んでいる。
その上空から、黒い単発機が急降下してきた。
隼人「伏せろ!」
声が届く距離ではない。
攻撃機の機体下部から、一発の爆弾が切り離された。
爆弾は回転しながら落下し、女性のいる連絡回廊のすぐ脇へ吸い込まれていく。
ドガァァァンッ!!
爆炎が司令庁舎の外壁を包んだ。
回廊の手摺が吹き飛ぶ。
女性の身体が爆風に押され、崩れた床から宙へ投げ出された。
隼人「――ッ!」
白い軍服が黒煙の中を落下する。
女性の身体は岸壁へ届かず、そのまま港内の水面へ叩きつけられた。
バシャァァンッ!!
高い水柱が上がる。
一度だけ水面に浮かんだ黒髪が、すぐに見えなくなった。
周囲の人員は、火災と負傷者への対処に追われている。
女性の転落に気づいた者はいない。
隼人は瞬時に周辺を確認した。
救護棟から岸壁まで、約七十メートル。
非常口から建物脇の通路を抜ければ、転落地点の近くへ出られる。
岸壁には、赤と白に塗られた救命浮環。
その横には救命索。
水面に燃料火災はない。
浮遊する木片はあるが、泳げない状態ではない。
湾内の流れは弱い。
女性が落下した地点から、白い制帽だけが浮かび上がった。
隼人「……考えるのは後だ」
隼人は窓から離れた。
左肩の痛みを無視し、救命浮環と救命索が設置された非常口へ向かって駆け出した。
隼人は廊下を駆け抜け、救護棟の非常口を押し開けた。
潮風と火薬の臭いが、一気に流れ込んでくる。
外では空襲警報が鳴り続けていた。
頭上を複数のレシプロ機が通過する。
その後を追うように二十五ミリ機銃が火を噴き、赤い曳光弾が薄明の空へ伸びていった。
隼人は身を低くし、建物の壁際を走る。
非常口から岸壁までは、先ほど見積もったとおり約七十メートル。
左肩が一歩ごとに痛む。
それでも、走れないほどではない。
「敵機、南東へ離脱!」
「追うな! 残存機を警戒しろ!」
上空の黒い攻撃機が、対空砲火を避けながら湾口方向へ離れていく。
少なくとも、今すぐ同じ場所へ爆弾が落ちる可能性は低い。
隼人は岸壁へ到達した。
転落した女性の姿は見えない。
水面へ浮かんでいるのは、白い制帽だけだった。
隼人「……沈んだか」
岸壁の脇に、赤と白に塗られた救命浮環が掛けられている。
隼人は救命浮環を外し、その下へ束ねられていた救命索を引き出した。
索の状態を確認する。
腐食も大きな損傷もない。
一方の端は浮環へ結ばれている。
隼人はもう一方を岸壁の係船柱へ回し、外れないよう素早く固定した。
索の長さは十分にある。
そのまま患者衣を脱ぎ、ゴム底の履物も岸壁へ置いた。
胸元に巻かれた包帯が外気へ晒される。
水に入れば傷へ海水が触れる。
左肩の状態も悪化する可能性がある。
だが、今は自分の傷を気にしている場合ではない。
隼人は水面を見据えた。
転落地点から数メートル離れた場所。
水中で、黒いものが僅かに揺れている。
女性の髪だった。
隼人「いた……!」
救命浮環を水面へ投げ入れる。
続いて岸壁の縁へ腰を下ろし、身体を反転させた。
両手で縁を掴み、可能な限り落差を小さくしてから海へ入る。
バシャッ!
冷たい海水が全身を包んだ。
隼人「……ッ!」
傷口へ海水が染み込み、左肩から鋭い痛みが走る。
隼人は一度だけ顔を歪めた。
すぐに救命浮環を左腕へ通し、右腕を中心に水を掻く。
転落地点へ向かって泳ぎ始めた。
水面には、爆発で砕けた木片や建材が漂っている。
隼人は進路を遮る瓦礫を避けながら、女性の沈んだ位置へ近づいた。
水中へ目を凝らす。
白い軍服が、海面から一メートルほど下へ沈んでいた。
女性は動いていない。
長い黒髪が水中で広がり、その顔を覆っている。
隼人「待っていろ」
隼人は救命浮環から腕を抜き、大きく息を吸った。
水中へ潜る。
視界は悪い。
海水に黒煙の煤と細かな瓦礫が混じり、数メートル先も見通せなかった。
隼人は女性の背後へ回り込む。
まず上着の襟を掴み、身体がさらに沈むのを止める。
続いて右腕を女性の脇から通し、顎を支えた。
頭部と頸部を可能な限り一直線に保ちながら、水面へ向かって蹴り上がる。
ブハッ!
隼人の顔が海面へ出る。
その直後、女性の顔も水上へ引き上げた。
反応はない。
呼吸している様子も確認できない。
隼人「しっかりしろ! 聞こえるか!」
女性の口と鼻を水面より上へ保つ。
隼人は近くに浮いている救命浮環を引き寄せ、女性の背中側へ差し込んだ。
両腕を浮環の上へ載せ、頭部が後ろへ落ちないよう自分の右腕で支える。
浮力によって、二人の身体が安定した。
岸壁までは十数メートル。
隼人は救命浮環へ結ばれた索を掴む。
索を手繰りながら、片腕と両脚を使って岸壁へ戻り始めた。
左肩がほとんど役に立たない。
呼吸も急速に乱れていく。
それでも、浮環が女性の身体を支えているため、単独で曳航するより負担は少ない。
隼人「あと少しだ……」
水面へ弾丸が落ちた。
パパパッ!
数メートル離れた位置から、高い水柱が続けて上がる。
離脱しようとしていた敵機の一機が、最後に機銃掃射を加えていた。
隼人は女性の身体を救命浮環の陰へ寄せ、自分も可能な限り姿勢を低くした。
直後、岸壁の二十五ミリ機銃が応射する。
ドドドドドッ!!
曳光弾が敵機の進路へ集中する。
黒い単発機の左翼から破片が飛び散った。
機体は黒煙を引きながら大きく傾き、湾口の向こうへ高度を失っていく。
周囲へ新たな弾丸は落ちてこない。
隼人「……行くぞ」
隼人は再び索を手繰った。
岸壁の端。
船着場として使われている石段まで、残り数メートル。
隼人は救命浮環を石段の最下段へ押しつけた。
先に自分の膝を段差へ掛ける。
滑りやすい石へ足を置き、女性の上着を掴んだ。
隼人「フッ……!」
浮環の浮力を利用しながら、女性の上半身を石段へ引き上げる。
一段。
さらにもう一段。
女性の腰が水面から出たところで、隼人は背後へ回った。
両脇へ腕を差し込み、身体を石段の上へ引きずり上げる。
最後に救命浮環を外し、二人とも水の届かない場所まで移動した。
隼人「……ハァ……ハァ……」
息を整えている時間はない。
女性は仰向けに倒れたまま、動いていなかった。
隼人は女性の肩へ手を置く。
隼人「聞こえますか! 目を開けてください!」
反応はない。
額には小さな裂傷。
脇腹にも血が滲んでいる。
爆風を受けたうえ、回廊から海へ転落している。
頸椎や脊椎を損傷している可能性があった。
しかし、まず呼吸を確保しなければならない。
隼人は女性の口元へ耳を寄せた。
胸部の動きを見る。
呼吸音は聞こえない。
正常な呼吸も確認できなかった。
首筋へ指を当てる。
弱いが、脈は残っている。
隼人「脈はある……呼吸だけ止まっているのか」
口の中を確認する。
目立った異物はない。
隼人は頭部を動かし過ぎないよう注意しながら気道を確保した。
鼻を塞ぎ、女性の口元へ息を吹き込む。
一度。
胸部が僅かに上がる。
二度目。
隼人「戻ってこい……!」
三度目の人工呼吸へ移ろうとした瞬間、女性の身体が大きく震えた。
女性「――ガハッ!」
女性が激しく咳き込む。
隼人はすぐに身体を横へ向け、頭部と首を支えた。
女性「ゲホッ! ゴホッ……!」
口から海水に混じった唾液が流れ出る。
続いて、飲み込んでいた海水と胃の内容物を吐き出した。
隼人は女性の口元が塞がらないよう支えながら、背中を強く叩かず、呼吸の回復を待った。
女性「ゴホッ……ハァ……ハァ……」
浅いが、自発呼吸が戻っている。
隼人「大丈夫です。無理に起き上がらないでください」
女性「……だれ……?」
隼人「今は話さなくていい。呼吸を続けてください」
隼人は周囲を見回した。
石段の脇に、防水用の厚い帆布が畳まれている。
隼人は片手で帆布を引き寄せ、濡れた女性の身体へ掛けた。
自身も全身から海水を滴らせている。
だが、意識は保てている。
女性は震える指で、隼人の腕を掴んだ。
女性「鎮守府……みんな、は……」
自分の安否より先に、基地の状況を尋ねた。
その一言で、隼人は彼女が単なる勤務員ではないと察した。
隼人「消火と負傷者の搬送が続いています。少なくとも、組織的な対処は継続しています」
女性「そう……よかった……」
女性の瞼が再び閉じかける。
隼人「眠らないでください。私の声が聞こえますか?」
女性「聞こえ……ています……」
隼人が女性の意識を保たせようとした、その時。
岸壁の向こうから、二つの声が響いた。
赤城「提督――! どちらにいらっしゃいますか!」
曙「くそ提督! 返事をしなさい! どこにいるのよ!」
隼人は声の方向へ顔を上げた。
黒煙の向こうから、二人の少女がこちらへ走ってくる。
一人は弓のような物を手にした、長い黒髪の女性。
もう一人は小柄で、奇妙な艤装を身体の周囲へ展開している。
隼人「……弓と、艤装?」
現代兵器でも、旧式兵器でもない。
二人は石段にいる隼人と、帆布を掛けられた女性の姿へ気づいた。
小柄な少女が足を止める。
曙「……誰、あいつ」
長い黒髪の女性が、即座に矢を弓へ番えた。
鏃が、隼人の胸元へ向けられた。
赤城「提督から離れなさい!」
鏃が、隼人の胸元へ向けられた。
弦は限界まで引き絞られている。
赤城の周囲には淡い光が浮かび、その背後で幾つもの航空機を思わせる影が揺らめいていた。
それが何なのか、隼人には分からない。
ただ、彼女が自分を敵と判断し、いつでも攻撃できる状態にあることだけは理解できた。
隼人は動かなかった。
正確には、動くことができなかった。
右手は女性の後頭部へ添えられ、頸部が動かないよう支えている。ここで突然手を離せば、助けた相手へ余計な損傷を与える可能性があった。
隼人「離れることはできない」
赤城「……何ですって?」
赤城の指先に力が加わる。
隼人「この人は爆風を受けたあと、高所から海中へ転落した。頸椎を損傷している可能性がある。不用意に動かす方が危険だ」
赤城「その言葉を信用しろと?」
隼人「信用する必要はない。だが、撃つのは衛生員を呼んでからにしろ」
曙「なっ……」
隼人は赤城から視線を逸らさず、言葉を続けた。
隼人「発見時は脈拍があったが、正常な呼吸はなかった。救助呼吸を行い、現在は自発呼吸が戻っている。額と脇腹に出血がある。水没時間は不明だ」
赤城の眉が僅かに動く。
隼人が武器を持っていないこと。
自身も包帯を巻いた負傷者であること。
そして、帆布を掛けられた女性の頭部を支え続けていることを、赤城は順に確認していた。
それでも、弓は下ろさない。
赤城「あなたが、提督を海へ落とした可能性もあります」
隼人「その場合、わざわざ引き上げて呼吸を戻す理由はない」
赤城「口では何とでも――」
女性「……赤城……」
弱々しい声が、二人の間へ割って入った。
帆布の下で、女性が僅かに瞼を開いていた。
赤城「提督!」
女性「弓を……下ろして……」
赤城「ですが、この者が何者なのか分かりません!」
女性「この人は……私を、助けてくれました……」
途切れ途切れの言葉だった。
それでも、赤城を止めるには十分だった。
女性「だから……撃っては、いけません……」
赤城はすぐには動かなかった。
やがて、引き絞っていた弦をゆっくりと戻す。
矢は番えたままだが、鏃が隼人の胸元から外れた。
赤城「……承知しました」
曙が石段を駆け下り、女性の傍らへ膝をついた。
曙「くそ提督! しっかりしなさい!」
女性「曙……みんなは……?」
曙「そんなことは後! 今は自分の心配をしなさいよ!」
曙は顔を上げ、岸壁で消火活動を続けている者たちへ向かって叫んだ。
曙「衛生班! 誰か来て! 提督が負傷しているわ!」
その声に気づいた白衣姿の衛生員が、担架を抱えた二人の隊員を連れて走ってくる。
衛生員「提督!」
隼人「急いでいても、いきなり起こさないでください。爆風を受けて回廊から海中へ転落しています。頸椎損傷の可能性があります」
衛生員「あなたは?」
隼人「説明は後です。まず、この人を」
衛生員は一瞬だけ隼人の姿を見た。
だが、すぐに負傷者へ意識を戻す。
衛生員「状態を教えてください」
隼人「正確な水没時間は不明。転落を目視してから救助まで、数分以内です。引き上げた時点では意識なし。脈拍あり、正常呼吸なし。気道内に目立った異物はなく、救助呼吸を二回実施。その後、咳とともに自発呼吸が戻りました」
衛生員「現在の意識は?」
隼人「一度は会話できました。ただし、意識水準は低下しています。額に裂傷。左脇腹にも出血があります。爆風による内臓損傷にも注意してください」
衛生員「分かりました」
衛生員が女性の呼吸と脈拍を確認する。
別の隊員が濡れた身体へ毛布を重ね、担架を石段の上へ置いた。
衛生員「頭と首を動かさないようにします。三人で持ち上げます」
隼人は女性の頭部を支えたまま、衛生員たちの動きに合わせた。
肩。
腰。
脚。
それぞれを支え、身体が捻れないよう一体となって持ち上げる。
衛生員「せーの」
女性の身体が担架へ移された。
丸めた毛布が頭部の左右へ置かれ、布帯で額と担架が固定される。
毛布を掛け直された女性が、僅かに右手を動かした。
女性「……あなた……」
隼人が顔を寄せる。
女性「名前を……聞いても?」
隼人「渡邉隼人です」
女性「渡邉……さん……ありがとう……ございます……」
隼人「礼は回復してからで結構です。今は呼吸に集中してください」
女性は僅かに頷こうとした。
だが、頭部を固定されていることに気づき、そのまま瞼を閉じる。
衛生員「提督を地下救護所へ運びます!」
担架が持ち上げられた。
赤城がその横へつき、曙も後を追おうとする。
しかし、数歩進んだところで曙が足を止めた。
振り返り、石段に座ったままの隼人を見る。
海水に濡れた身体。
胸部と左肩の包帯。
額のガーゼからも、新たな血が滲み始めていた。
曙「……あんたも負傷者じゃない」
隼人「自分で歩ける」
曙「そういう問題じゃないわよ!」
曙は岸壁に置かれていた毛布を拾い、隼人へ投げつけた。
隼人は右手で受け止める。
曙「それを掛けなさい。見ているこっちが寒くなるわ」
隼人「助かる」
曙「別に、あんたのためじゃないから。くそ提督を助けた人間が、直後に倒れたら後味が悪いだけよ」
隼人は毛布を肩へ掛け、ゆっくりと立ち上がった。
冷えた身体へ血が戻り始めたためか、左肩の痛みが先ほどより強くなっている。
それでも歩行は可能だった。
担架が救護棟へ向かって運ばれていく。
赤城は途中で足を止め、隼人へ向き直った。
弓は下ろしている。
だが、その目から警戒は消えていなかった。
赤城「提督の命令ですから、今すぐあなたを攻撃することはありません」
隼人「賢明な判断だ」
赤城「勘違いなさらないでください。あなたが何者なのか、まだ分かっていないだけです」
赤城の視線が、隼人の包帯へ向けられる。
赤城「あなたは昨夜、湾内で発見されました。見慣れない装備とともに漂流していたそうです」
隼人「昨夜……」
墜落から、どれほど時間が経過しているのか。
そもそも、UH-60JAがどこへ落ちたのかさえ分からない。
赤城「所属と目的を答えてください」
隼人は姿勢を正した。
隼人「日本国海上自衛隊所属、渡邉隼人。任務中の事故により搭乗機が墜落した。救助された経緯については、自分にも分からない」
赤城「……カイジョウジエイタイ?」
曙「何よ、それ」
二人の反応に、隼人は眉を寄せた。
隼人「海上自衛隊を知らないのか?」
曙「知らないわよ。少なくとも、呉鎮守府にそんな名前の部隊はないわ」
赤城「日本の海軍組織に、そのような名称が存在するという話も聞いたことがありません」
冗談を言っている様子はない。
赤城と曙は、本当に海上自衛隊という組織を知らなかった。
救護室の設備。
旧式の軍艦。
高角砲と二十五ミリ機銃。
国籍標識のない黒い攻撃機。
そして、人間の身体では扱えないはずの艤装を展開する少女たち。
目の前にある事実が、隼人の常識と一つも噛み合わない。
隼人「……ここは、どこなんだ」
曙「さっきから呉鎮守府だって言ってるでしょ」
隼人「自分が知っている呉には、鎮守府という組織は存在しない。ここに停泊している艦艇も、とっくに退役した形式のものだ」
赤城「退役……?」
今度は赤城が眉を寄せる。
互いの言葉が通じているにもかかわらず、前提となる歴史だけが一致していない。
隼人は質問を重ねる前に、もう一つ確認すべきことを思い出した。
隼人「自分と一緒に回収された装備はどこにある?」
赤城「装備?」
隼人「全身を覆う外骨格型の装備だ。認識番号は十五。《みらい》という名称が記されている。それと、小型の通信端末があったはずだ」
曙が赤城を見る。
曙「あの大きな鉄の塊のことじゃない?」
赤城「ええ。救護室へ運び込む際に取り外され、別棟の技術班が預かっています。危険性が確認できていなかったため、あなたの傍には置けませんでした」
隼人「損傷状態は?」
赤城「詳しくは分かりません。ただ、昨夜から何の反応も示していないと聞いています」
通信端末も、《みらい》とともに運ばれた可能性が高い。
アイが応答しなかったのは、端末が手元になかったからなのか。
あるいは、システムそのものが停止しているのか。
隼人「その技術班のところへ案内してほしい」
赤城「その前に、あなた自身の治療と事情聴取が必要です」
隼人「装備の状態を確認する方が先だ」
赤城「あなたは、この状況で自分が自由に行動できると思っているのですか?」
赤城の声が低くなる。
再び緊張が高まりかけた、その時だった。
「赤城さん!」
救護棟の方向から、一人の女性隊員が駆けてきた。
空襲の混乱の中を走ってきたらしく、肩で大きく息をしている。
赤城「何事ですか?」
「技術班から緊急の連絡です!」
女性隊員は赤城へ報告しようとした。
しかし、その場に立つ隼人の顔を見ると、目を大きく見開いた。
「この人です! 昨夜、回収された男性!」
隼人「装備に何かあったのか?」
「先ほど、突然起動しました。内部から女性の声が聞こえています!」
隼人の表情が変わる。
赤城「女性の声?」
「はい。同じ言葉を、何度も繰り返しているそうです」
赤城「何と言っているのです?」
女性隊員は一度息を整えた。
「――『渡邉隼人との通信を要求する』と」
隼人「……アイ」
墜落以降、一度も返事のなかった名を、隼人は静かに口にした。
その名に、赤城が僅かに眉を動かした。
赤城「アイ……それが、あの声の主ですか?」
隼人「《みらい》に搭載されている支援用の人工知能だ」
赤城「人工……知能?」
聞き慣れない言葉を確かめるように、赤城が繰り返す。
隼人は女性隊員へ視線を向けた。
隼人「装備はどこにある?」
「救護棟の北側にある、臨時の技術班区画です」
隼人「案内してくれ」
赤城「待ちなさい。まだあなたを自由に行動させるとは――」
「赤城さん!」
救護棟へ向かう曙の声が、岸壁へ響いた。
担架はすでに建物の入口へ到達している。
曙「こいつの相手をするなら任せるけど、私はくそ提督についていくわよ!」
赤城は担架と隼人を交互に見る。
指揮官へ付き添うべきか。
正体不明の男と、勝手に起動した未知の装備を警戒すべきか。
短い迷いのあと、赤城は曙へ頷いた。
赤城「提督をお願いします。容体に変化があれば、すぐに知らせてください」
曙「言われなくてもそうするわ!」
曙は担架を追い、救護棟の中へ駆け込んだ。
赤城は番えていた矢を外した。
だが、弓を手放すことはない。
赤城「私も同行します」
隼人「監視か?」
赤城「護衛です。あなたから技術班を守るための」
隼人「好きにしろ」
隼人は肩へ掛けた毛布を押さえながら、女性隊員のあとに続いた。
濡れたズボンが脚へまとわりつく。
全身から滴る海水が、歩くたびに地面へ黒い染みを残した。
空襲警報はまだ鳴り続けている。
だが、上空で聞こえていたレシプロエンジンの音は遠ざかっていた。
岸壁では消火班が燃える倉庫へ放水を続け、負傷者を載せた担架が救護所へ運び込まれている。
砲座に配置された要員たちは空を警戒したまま、次の襲撃に備えて弾薬を補充していた。
女性隊員は、救護棟の裏手にある平屋の建物へ二人を案内した。
倉庫を転用したらしく、壁には工具や予備部品を示す木製の札が並んでいる。
入口には小銃を持った警備員が二人立っていた。
「この方が、昨夜救助された男性です」
女性隊員が説明すると、警備員たちの視線が隼人へ集まった。
片方が扉を開ける。
「中へ。ただし、装備には許可なく触れないでください」
隼人「自分の装備なんだがな」
「今は鎮守府が保管しています」
もっともな返答だった。
隼人は反論せず、建物の中へ入った。
内部には旋盤やボール盤、木製の作業台が並んでいた。
壁際には真空管や電線、測定器が収められた棚が置かれている。
いずれも現役の器具として手入れされているが、隼人の知る技術班の設備とは半世紀以上の差があった。
その中央。
複数の作業灯に照らされた強化外骨格が、補強された台の上へ横たえられていた。
認識番号十五。
《みらい》。
人間の全身を覆う装甲板。
四肢の動作を補助する駆動部。
背部へ集約された電力・制御系統。
表面の各所には墜落時についたと思われる傷が刻まれ、左肩の装甲は大きく変形している。
それでも、原形は保たれていた。
隼人「……無事だったか」
隼人は思わず歩調を速めた。
直後、赤城が進路へ弓を差し出す。
赤城「許可なく触れないでください」
隼人「状態を確認するだけだ」
赤城「この装備が、本当にあなたの物である証拠はありません」
隼人「なら、今から証明する」
隼人の声に反応したかのように、《みらい》の胸部で小さな表示灯が点灯した。
赤色。
続いて橙色。
最後に、青白い光へ変わる。
作業台を囲んでいた技術要員たちが、一斉に後退した。
「また光ったぞ!」
「電源は切ったはずだ!」
「誰も触るな!」
外骨格の内部から、微かな作動音が聞こえ始める。
駆動部が動いたわけではない。
停止していた制御装置が、順番に立ち上がっている音だった。
アイ『周辺音声を解析』
感情のない女性の声が、建物の中へ響いた。
アイ『該当声紋を検出。照合開始』
赤城が再び矢を弓へ番える。
赤城「これは……」
隼人「撃つな。アイ、応答しろ」
青白い表示灯が明滅する。
アイ『音声照合完了』
一拍の間。
アイ『渡邉隼人を確認しました』
隼人「アイ。こちら渡邉隼人。状況を報告しろ」
アイ『了解』
声の調子は、墜落直前と何も変わっていない。
安堵も、喜びもない。
命令を受け、必要な情報を返すだけの機械的な声だった。
アイ『認識番号十五、《みらい》。緊急停止状態から限定的に再起動しました。外装部に複数の損傷を確認。左肩部装甲、変形。駆動補助系統、一部応答なし。主制御系統、稼働継続可能』
隼人「再装着は?」
アイ『現時点での完全運用は推奨しません。点検および損傷部品の交換が必要です』
隼人「通信に応答しなかった理由は?」
アイ『緊急停止後、主電源の供給が不安定化。外部通信端末との接続も喪失していました。非常用電源による再起動完了後、渡邉隼人の捜索を開始しました』
技術要員の一人が、作業台の隅へ置かれていた小型端末を指した。
「通信端末というのは、これか?」
隼人が確認する。
墜落前まで左耳に装着していた端末だった。
隼人「それだ」
「装備の近くに落ちていた。危険な物には見えなかったが……」
隼人「返してくれ」
技術要員は赤城へ判断を求めた。
赤城は端末と隼人を見比べる。
赤城「それを身につければ、何が起きますか?」
隼人「アイと直接通信できる。それだけだ」
赤城「武器を操作することは?」
隼人「端末単体に、その機能はない」
赤城はしばらく隼人を見つめた。
嘘を見抜こうとするような視線だった。
やがて、技術要員へ小さく頷く。
端末が隼人へ手渡された。
外装には擦り傷があるものの、大きな破損はない。
隼人は端末を左耳へ装着した。
短い電子音。
続いて、アイの声が外部の拡声器ではなく、端末を通じて直接耳へ届いた。
アイ『専用通信経路を再確立しました』
隼人「こちらの状態は把握できるか?」
アイ『生体情報取得用装備が未装着のため、詳細な測定はできません。負傷状態を報告してください』
隼人「頭部を打撲。胸部と左肩に裂傷。歩行可能。意識は明瞭だ」
アイ『出血量は?』
隼人「不明。救護室で処置を受けていた」
アイ『再診察を要求します』
隼人「後だ」
アイ『拒否を確認。再診察を要求します』
隼人「状況の確認が先だ」
アイ『負傷状態での行動継続は、任務遂行能力を低下させます。再診察を要求します』
全く同じ調子で繰り返すアイに、隼人は僅かに眉を寄せた。
その様子を見ていた赤城が口を開く。
赤城「あなたの機械は、あなたより正しい判断をしているようですね」
隼人「融通が利かないだけだ」
アイ『発言の意図を確認できません。私は取得情報に基づき、最適と判断される手順を提示しています』
隼人「そういうところだ」
赤城は弓を僅かに下ろした。
警戒は続けているが、少なくともアイが即座に攻撃を始める存在ではないと判断したらしい。
赤城「そのアイという存在は、人間なのですか?」
隼人「違う。人間との会話や状況判断を補助するために作られた人工知能だ」
アイ『補足します。私は認識番号十五《みらい》の統合支援人工知能。識別名、アイ。装着者である渡邉隼人の任務支援を目的とします』
赤城「機械が、自分の役割を理解している……」
赤城の表情に、初めて明確な驚きが浮かぶ。
技術要員たちも、外骨格から聞こえる声へ耳を傾けていた。
彼女たちにとって、《みらい》は単に未知の構造を持つ装甲ではない。
人間の言葉を理解し、自ら応答する正体不明の機械だった。
だが、隼人が最初に確認すべきことは別にあった。
隼人「アイ。UH-60JAの位置は分かるか?」
アイ『不明です』
隼人「ほかの搭乗員は?」
アイ『渡邉隼人以外の搭乗員との通信は確立できません。位置情報、生体情報ともに取得不能』
隼人の表情から僅かに力が消える。
隼人「最後に確認できた状態は?」
アイ『機体姿勢の維持不能。降下速度増大。その後、強い衝撃を検知。主電源停止により記録が中断しています』
隼人「……生死は?」
アイ『判定不能です』
感情を交えない答えだった。
希望を持たせる言葉も、最悪の事態を和らげる言葉もない。
確認できないものは、確認できない。
アイは事実だけを返していた。
隼人は数秒間、何も言わなかった。
機内で聞いた怒鳴り声。
乱れるローター音。
身体を押し潰した衝撃。
自分だけが、この場所で目を覚ました。
ほかの者たちがどこへ消えたのかは、アイにも分からない。
隼人「現在地を特定できるか?」
アイ『衛星測位信号を受信できません』
隼人「地形照合は?」
アイ『周辺地形の一部は、保存されている呉地区の地理情報と類似しています。ただし、港湾施設および建造物の配置に多数の不一致を確認。正確な現在地は特定できません』
隼人「外部通信は?」
アイ『自衛隊通信網、民間通信網、いずれも接続不能。利用可能な電波を走査中ですが、既知の通信規格と一致する信号は確認できません』
海上自衛隊という組織を誰も知らない。
現代の通信網も存在しない。
衛星測位信号も受信できない。
目の前の港は呉とよく似ているにもかかわらず、軍港の姿は隼人の記憶と大きく異なっている。
単なる遭難や、秘密施設へ誤って運び込まれたという説明では足りなかった。
赤城「あなたにも、ここがどこなのか分からないのですね」
隼人「ああ」
赤城「では、あなたは本当に、自分の知る呉から来たと?」
隼人「少なくとも、昨日まで自分がいた日本では、ここは呉地方総監部と呼ばれていた。鎮守府ではない」
赤城「そして、海上自衛隊という組織が存在していた……」
隼人「そうだ」
赤城は黙り込んだ。
すぐに信用したわけではない。
だが、隼人の言葉を単なる虚偽として切り捨てることもできなくなっていた。
彼とともに回収された《みらい》が、この鎮守府の技術では製造できない物であることは、目の前にいる技術要員たちの反応が証明している。
建物の外で、空襲警報が途切れた。
数秒の静寂。
代わりに、有線放送の雑音が響く。
『空襲警報を解除する。各員は残存機を警戒しつつ、消火および負傷者の救護を継続せよ』
完全に安全になったわけではない。
それでも、最初の襲撃は終わったらしい。
隼人は《みらい》へ近づいた。
今度は赤城も止めなかった。
変形した左肩部の装甲へ右手を置く。
冷たい金属の感触が、掌へ伝わった。
隼人「アイ。《みらい》の再起動状態を維持しろ。外部からの操作は禁止。自分が戻るまで待機」
アイ『了解しました。外部操作を制限。渡邉隼人の帰還まで待機します』
あくまで命令に対する応答だった。
そこに、再会を喜ぶ感情はない。
それでも、墜落前と変わらない声を聞けたことに、隼人は僅かな安堵を覚えていた。
赤城「確認は終わりましたか?」
隼人「ああ」
赤城「では、救護所へ戻ってください。事情聴取は治療のあとです」
隼人「その前に、現在の年月日と、この鎮守府を攻撃した敵について聞きたい」
赤城「どちらも、負傷者が濡れたまま立ち話を続ける理由にはなりません」
アイ『赤城の意見を支持します。渡邉隼人は速やかに医療処置を受けてください』
隼人が左耳の端末へ触れる。
隼人「起動して早々、そちらにつくのか」
アイ『所属陣営ではなく、発言内容の合理性を評価しました』
赤城の口元が、ほんの僅かに緩んだ。
赤城「あなたの人工知能は、実に優秀ですね」
隼人「持ち主に似なかったらしい」
アイ『発言と事実の因果関係を確認できません』
隼人「……もういい」
隼人は《みらい》から手を離した。
今は、情報が足りない。
負傷した身体で動き回り続けても、得られるものより失うものの方が多い。
救護所へ戻れば、まず現在の年月日を確認する。
次に、鎮守府を襲った黒い航空機と、赤城たちが展開した艤装について聞く。
そして、自分と一緒にUH-60JAへ乗っていた者たちを捜す方法を考えなければならない。
隼人は毛布を肩へ掛け直した。
赤城と警備員に挟まれ、技術班区画の出口へ向かう。
その左耳では、再接続されたアイが淡々と周辺の電波走査を続けていた。
ここが過去の呉ではないことだけは、すでに分かり始めている。
だが、どこなのかを示す答えは、まだ一つもなかった。
はい。
少々雑に終わらせました。
次回は、これをつなげるように書きます。
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