陸自はドールズフロントライン、海自は艦これとアズールレーン、空自はアッシュアームズ三つの世界でバラバラになりながらでも生き残る 作:ゴーストライターとかした、素人小説書き
もし、元ネタを知らない方は
Google先生にアッシュアームズをぶち込んで検索するように。
もう知っている方はどうぞ。
検索して一応なんとなくわかった方もご視聴ください。
Act.21 溶鉄と救国の姉妹
赤色十月同盟学連、受入基地。
夜襲の翌日、午後。
扉を開ける前に、小貝が一度だけ腕を回した。
肩が上がり、少し遅れて口元が曲がる。
勇翔「まだ痛みますか」
小貝「昨日の箱が、いまになって文句言ってる」
勇翔「自分から運んだでしょう」
小貝「砲員に、弾は自分で取ってこいなんて言えるかよ」
勇翔は頷き、扉を叩いた。
中から、八九式の返事がした。
八九式「どうぞ。お二人とも、眠れましたか」
小貝「ああ。起きた時、どっちが朝か分からなかったけどな」
窓の向こうには、白い空が広がっていた。
昨夜、搬入口のそばで燃えていた車両は、まだ片づけの途中だった。壊れた柵には仮の囲いが置かれ、通る人が足を止めて行き先を確認している。
警報が止んだからといって、基地の仕事まで元に戻ったわけではなかった。
八九式が二人を席へ案内し、湯気の立つカップを置いた。
小貝はそれを見て、机の横の棚へ目を向けた。
小貝「土産、まだ預けっぱなしだったな」
八九式「はい。お名前の札も、そのままです」
勇翔「もう少し、お願いします」
八九式「もちろんです。差し入れの方は、昨夜の交代で皆さんにお渡ししました」
小貝「そいつはよかった。菓子まで働かずに残ってたら、買った甲斐がねえ」
八九式が笑ったところで、奥の机からマリーナが立った。
手には、整備記録と基地の見取図がある。
マリーナ「お待たせしました。まず、昨夜の確認結果からお伝えします」
見取図が広げられる。
搬入口には印が増えていた。二機を預けている格納庫のところには、昨夜とは別の筆跡で確認済みの文字がある。
マリーナ「格納庫と、お二人の機体に新たな被害はありません。ただし、整備を中断した時間があります。出発の時刻は、まだ確定できません」
小貝「俺のは、燃料系統だったな」
マリーナ「はい。作業を再開しています。渡邉大尉のF-3も、飛行記録と機体の確認を継続中です」
勇翔「承知しました。昨夜のことで、点検項目が増えたところは」
マリーナ「整備責任者から、あとで直接説明します。飛行の実施判断は、その結果を受けてからです」
小貝はカップを持ち上げ、ひと口飲んだ。
机に置く時だけ、少し肩を庇った。
小貝「分かった。飛べるまで待つ。その間に、行き先の話は進められるか」
マリーナ「そのために、お越しいただきました」
今度は地図が置かれる。
昨日の説明で見た山脈と、その手前にある北方の前進拠点。
勇翔はポケットから、自分で書き込んだ紙を出した。
勇翔「昨日はこちらまで移動して、観測範囲を確認する予定でしたね」
マリーナ「ええ。ただ、移動先から新しい気象の連絡が届いています。現地の状況も含めて、計画を見直します」
扉が開き、モスが入ってきた。
昨夜背負っていた野戦通信機はない。両手には観測記録と、基地間で交わされた連絡の控えがあった。
小貝「中佐は?」
モス「お休みいただいています。報告をご覧になろうとされたので、先にこちらへ持ってきました」
小貝「持って逃げたのか」
モス「必要な資料を、必要な場所へ運んだだけです」
答えがあまりにも滑らかだったので、勇翔はカップを口元へ持っていった。
笑うと、紅茶をこぼしそうだった。
マリーナ「中佐の分まで、私たちで進めます。まずは先方の基地についてです」
地図の一点へ、指が置かれた。
*
赤色十月同盟学連。
北方の辺境基地、格納庫。
工具が回る音が、奥の暗がりから聞こえていた。
赤い星の描かれたARMSのそばで、IL-2がボルトを確かめている。
締めて、手を止める。位置を変え、もう一度見る。
格納庫の入口から差す光は、彼女の足元までは届いていなかった。
セルゲイ「相変わらず、暗いところで整備しておるのう」
IL-2は顔を上げず、工具を持ち替えた。
IL-2「……出撃か」
セルゲイ「いんや。航空型は待機じゃ。天候が悪くなる」
IL-2「外は、まだ晴れている」
開いた扉の向こうには、青空が見えていた。
除雪された地面が白く光り、遠くの建物までよく見える。
セルゲイ「こちらはな。北の観測所からは、もう知らせが来ておる。見えてから慌てたのでは遅いじゃろ」
IL-2「……その手が、教えてくれたのかと思った」
セルゲイが、自分の腕を見た。
上着の袖に隠れた手を、ゆっくり開いて閉じる。
セルゲイ「長く付き合うと、そういう時もある」
IL-2「天気図より当てにするな」
セルゲイ「それは、もっともじゃ」
老人は笑い、IL-2の手元を覗いた。
取り外した部品は、布の上に順番を揃えて置かれている。
途中で呼ばれても、どこまで終えたか分かる並べ方だった。
IL-2「……また老けたな、セルゲイ大佐」
セルゲイ「そういうお前は、また一段と美しくなったじゃないか」
IL-2「ふん」
工具が、再び回り始める。
セルゲイ「相変わらず、素っ気ないのう」
IL-2「私はただの兵器だ。感情なんてない」
セルゲイ「そうかのう」
老人が返事を待っていると、入口に足音がした。
ソヴァが書類を手に、二人のところへ歩いてくる。
ソヴァ「セルゲイ大佐。受入基地から、移動の打診です」
セルゲイ「補給か」
ソヴァ「いえ。整備協会側の飛行隊員、二名です。こちらを経由して北方の調査に参加する予定とのことです」
書類が渡される。
セルゲイは眼鏡の位置を直し、一行ずつ読んだ。
セルゲイ「F-3と、A-10……ふむ。出発は」
ソヴァ「まだ決まっていません。機体の確認中です。受入れの可否と、こちらの天候を問い合わせています」
セルゲイ「では、いま飛んでおるわけではないのじゃな」
ソヴァ「はい。計画段階です」
IL-2の工具が止まった。
視線だけが、書類へ向く。
IL-2「新しい連中か」
セルゲイ「こちらへは、初めて来るそうじゃ」
ソヴァ「到着する場合に必要な機体の情報も、先方でまとめています」
セルゲイ「見たことのない機体を、知らされずに迎えるのは困るからな。担当へ回しておくれ」
セルゲイは書類を戻し、入口の外を見た。
まだ、青い。
それでも遠くの山の端には、先程より厚い雲が掛かっていた。
セルゲイ「受入れの準備はできる。ただし、今日の空を当てにして飛ばしてはいかん。観測の記録を添えて返しておくれ。こちらの予報が変わったら、すぐ追加で伝えるように」
ソヴァ「承知しました」
セルゲイ「二人の名は、管制と警備にも。時刻が決まったら、改めて合わせよう」
ソヴァが頷き、格納庫を出ていった。
セルゲイは見送ってから、腕を軽く押さえた。
セルゲイ「……珍しいな。今日は、少し痛む」
袖を上げると、銀色の義手が見えた。
IL-2は手元から目を離した。
IL-2「無理をするな」
セルゲイ「兵器に、心配されたかの」
IL-2「整備の邪魔になるからだ」
セルゲイは笑った。
今度は、言い返さなかった。
*
受入基地、ブリーフィングルーム。
モスが地図に置いた紙には、前進拠点の周辺で観測した天候が書かれていた。
勇翔は、昨日引いた線の端を指で押さえた。
勇翔「こちらが晴れていても、向こうへ着く頃には変わるかもしれませんね」
モス「はい。山脈のこちらと向こうでも違います。経路全体について、出発前に確認が必要です」
小貝「見えてる空だけで、よし飛ぼうってのは無理か」
小貝は椅子を机へ寄せ、紙を引き寄せた。
到着予定を書く欄は、空いたままだった。
マリーナ「今日の出発は見送ります。明日を候補に調整しますが、天候と整備の結果が揃うまで確定はしません」
勇翔「分かりました」
小貝「明日も無理なら、ここで待つ。それでいいな」
マリーナ「はい」
昨日から何度も見た地図だった。
それでも、二人で線を引く段階になると、見るところが変わった。
山の高さ。連絡を取れる場所。途中で引き返す時、どちらの空へ戻るか。
目的地までの線だけでは、足りなかった。
小貝「俺の方が遅い。先に行って、向こうで待ってようなんて考えるなよ」
勇翔「二機で行きます。あなたに合わせますよ」
小貝「そう言って、昨日まで人の尻にいた連中みたいに、背後からぬっと出てくるなよ」
勇翔「それは中佐に言ってください」
モスが資料から顔を上げる。
小貝は片手を上げた。
小貝「冗談だ。……半分はな」
モス「残りの半分も、お戻りになってからお願いします」
小貝「戻ったら伝えられんのか」
モス「覚えていれば」
勇翔は、地図へ目を戻した。
笑っていても、引いた線の横に書き込む手は止めなかった。
勇翔「行きはこちらの経路を候補にします。途中の連絡点は、昨日の説明どおり使えますか」
モス「確認します。先方へ渡す計画にも、同じ位置を記してください」
マリーナが用紙を一枚、二人の前へ置いた。
機種と人数。目的地。予定する経路。
勇翔が機種を書き、小貝が地図と見比べて位置を確かめる。
小貝「向こうが受けられなくなったら?」
マリーナ「こちらへ戻る計画を基本にします。別の着陸先を使う場合は、事前に調整が必要です」
勇翔「途中で粘って、帰る余裕をなくすことは避けます」
小貝「ああ。待ってりゃ、そのうち晴れるだろ、なんて空で言ってられねえ」
小貝の指が、帰路を辿った。
そのまま、受入基地の印を二度叩く。
小貝「ここへ戻って、また考える。土産もあるしな」
八九式「お戻りになった時には、温かいものをご用意します」
小貝「飛ぶ前から、戻って来いって言われると変な気分だな」
八九式「出発なさっても、こちらがなくなるわけではありませんから」
勇翔は、机の向こうの八九式を見た。
昨夜、整備員の名前を確かめていた時と、同じ声だった。
今度は、二人の行き先を確かめている。
勇翔「ありがとうございます。まずは、向こうへ無事に着く計画を」
鉛筆の先が、紙へ戻った。
*
北方の辺境基地、格納庫。
セルゲイが椅子へ腰を下ろした頃、入口から二人分の足音がした。
先に入ってきたマルフーシャが、彼の顔を覗く。
マルフーシャ「セルゲイさん。また、何か考えているんですか」
セルゲイ「おお、マルフーシャか。どうした。お小遣いが欲しいのかい」
マルフーシャ「前にもらってから、そんなに経っていません」
セルゲイ「そうか。……おや、スネジンカちゃんもおるのか」
スネジンカ「こんにちは、セルゲイおじいちゃん」
マルフーシャの後ろで、スネジンカが頭を下げた。
セルゲイの顔が、先程よりずっと緩んだ。
セルゲイ「うむ。今日も元気で、何よりじゃ。そういう子には、わしから──」
マルフーシャ「だから、まだあります」
懐へ向かいかけた手が止まる。
セルゲイ「……そうか」
マルフーシャ「あまり甘やかしすぎるのも、よくないと思います」
スネジンカ「でも、おじいちゃん。ありがとうございます」
セルゲイ「礼を言われると、渡したくなるのう」
マルフーシャ「だめです」
暗がりから、工具の置かれる音がした。
IL-2が、二人の方を見ていた。
IL-2「巡回か」
マルフーシャ「うん。これから」
姉妹は格納庫の端へ進み、用意されていたARMSを確かめ始めた。
マルフーシャが接続部へ手を伸ばすと、スネジンカも同じ箇所を見る。
急いで先へ進まず、姉の確認が終わるのを待っていた。
セルゲイ「出る前に、少しだけ聞いておくれ」
マルフーシャが振り向く。
マルフーシャ「何かあったんですか」
セルゲイ「明日以降、こちらへ二人、飛んでくるかもしれん。受入基地にいる飛行隊員じゃ」
スネジンカ「新しい人?」
セルゲイ「こちらへ来るのは、初めてらしい」
マルフーシャ「今日、来るんですか」
セルゲイ「今日は来ん。機体の確認もあるし、こちらの天候もよくないからな」
スネジンカが、入口の青空を見た。
セルゲイはその視線を追い、山の方を指した。
セルゲイ「晴れておるうちに、帰って来るのじゃぞ。巡回は、外周と進入路の確認までにする。遠い区画は、今日は回らんでよい」
マルフーシャ「いつもの道から、こちらに変えるんですね」
机の地図へ指を置く。
セルゲイが頷き、帰着する側の道を示した。
セルゲイ「除雪した道と、標識も見ておいておくれ。吹雪のあとで埋まるものは、先に分かる方がよい」
マルフーシャ「分かりました。変わったところがあれば、戻って伝えます」
セルゲイ「頼んだぞ。何かを見つけても、二人だけで追い掛ける必要はない」
マルフーシャ「給料分の仕事をするだけです」
セルゲイ「それだけでも、十分に助かっておるよ」
マルフーシャは一瞬、返す言葉を探した。
結局、短く頷いてARMSへ向き直る。
セルゲイは、それ以上からかわなかった。
セルゲイ「ああ、もう一つ。暖かい格好をして行きなさい」
マルフーシャ「大丈夫です。防寒も、カイロも。スネジンカの分も確認しました」
スネジンカ「タイツも、ちゃんと履いてるよ」
セルゲイ「よしよし。帰って来たら、ストーブのそばを空けておこう」
IL-2「寒くなってから準備するなよ」
セルゲイ「はいはい。お前の分も、ちゃんとある」
IL-2「私は要らない」
セルゲイ「工具を握る手が冷えてもか」
IL-2は答えず、作業台へ目を戻した。
スネジンカが小さく笑い、マルフーシャの後ろへつく。
マルフーシャ「行ってきます。スネジンカ、行くよ」
スネジンカ「うん。行ってきます!」
ARMSが動き出す。
姉妹は入口で一度止まり、外の通路を確かめてから出ていった。
セルゲイは二人の姿が見えなくなるまで、その場に立っていた。
セルゲイ「さて。先に、部屋を暖めておくかの」
地図を畳み、手元へ収める。
IL-2は工具を取ったまま、老人の足元へ目をやった。
IL-2「入口のところが、凍っている」
セルゲイ「おお。助かった」
セルゲイはそこを避け、ゆっくり格納庫を出ていった。
*
受入基地、格納庫。
夕方になる前に、二人は整備責任者の説明を聞きに来た。
昨日までと同じ場所に、F-3とA-10が並んでいる。
機体の周囲には工具と計器が置かれ、整備員が記録を取りながら作業していた。
小貝「飛んでる時より、線が多いな」
勇翔「飛んでいる時は、ここまで繋げませんから」
小貝「そういう意味じゃねえ」
説明を終えた整備員が、二人へ確認を求めた。
前日の飛行中に、気になった反応はなかったか。
いつ、何を操作したか。
勇翔は記録を見ながら答え、小貝も自分の機体の前で指を折った。
小貝「そこは、もう一回見てくれ。俺の感覚で、大丈夫でしたって済ませたくねえ」
「承知しました。確認して、記録へ残します」
小貝が頷く。
勇翔はF-3の側へ戻り、開いていた点検口を見た。
昨夜、ここへ戻りたがった整備員の顔が浮かぶ。
あの時は、まず通路から離れてもらう必要があった。
いまは、同じ人が機体のそばに立っている。
勇翔「昨夜は、脚を傷めた方もいらっしゃいましたね」
「あの二人でしたら、救護を受けました。今日は休ませています」
勇翔「分かりました。ありがとうございます」
先に訊かれた飛行の記録へ、視線を戻す。
機体を飛ばせるようにするには、ここにいる人の話を聞く必要があった。
ひととおりの確認を終えると、二人は作業を妨げない場所へ下がった。
小貝が壁へ背を預ける。
小貝「ここに来てから、待ってる時間が増えたな」
勇翔「飛ぶ時間も、増えましたけど」
小貝「飛んでねえ時に、気にすることまで増えてる」
格納庫の外を、警備隊員が通り過ぎた。
昨日破られた搬入口へ向かっている。
小貝はそれを見送り、肩を壁から離した。
小貝「昨夜、整備員を戻れますって送り出しただろ」
勇翔「はい」
小貝「本当に戻ってきたな」
勇翔は機体の方を見た。
工具を受け取る手がある。足元の線を避けて、記録を渡す人がいる。
勇翔「皆さんが、守りましたから」
小貝「ああ」
少し間があった。
小貝が、地図を入れた胸元へ手をやる。
小貝「次の基地も、こんな感じなのかね」
勇翔「行ってみないと、分かりません」
小貝「それもそうか」
整備員が二人のところへ来て、翌朝に予定している確認を説明した。
まだ残っている作業がある。
明日の空がよくても、それが終わっていなければ出られない。
勇翔は聞いた内容を書き込み、小貝も時刻を確かめた。
小貝「じゃあ、邪魔になる前に帰るか」
勇翔「その言い方、昨日も聞きましたね」
小貝「昨日は出ていけと言われる前だった。今日は、こっちから帰る」
勇翔は小さく笑った。
二人は整備員へ礼を言い、格納庫を出た。
*
北方の辺境基地、外周。
マルフーシャが振り向くと、スネジンカはすぐ後ろにいた。
風が少し強くなっていた。
昼間の光はまだ残っているが、遠い山の輪郭が薄い。
マルフーシャ「寒くない?」
スネジンカ「大丈夫。お姉ちゃんは?」
マルフーシャ「私も大丈夫」
道の脇には、除雪した雪が積まれていた。
マルフーシャは標識の位置を確かめ、手元へ書き込む。
スネジンカは、その先の見通しを見た。
スネジンカ「ここ、もっと積もったら隠れちゃいそう」
マルフーシャ「うん。帰ったら伝えよう」
姉の手元を覗き、スネジンカも同じ場所を見る。
新しい足跡はない。道路の先にも、動くものは見えなかった。
マルフーシャは進む方向を確かめ、巡回を続けた。
スネジンカ「明日来る人、どんな人なんだろう」
マルフーシャ「来られるか、まだ決まっていないって」
スネジンカ「来られたら、だよ」
マルフーシャは少し考えた。
セルゲイが見せた紙には、機種と名前が書かれていた。
それだけでは、人のことまでは分からない。
マルフーシャ「飛行機に乗って来るから、私たちより遠くが見えるかもしれない」
スネジンカ「じゃあ、あの山の向こうも?」
マルフーシャ「聞ける時に、聞いてみたら」
スネジンカ「うん。……基地の中だったら、私たちが案内できるね」
マルフーシャは妹を見た。
スネジンカはいつもの道の方へ、手を向けている。
マルフーシャ「まずは、この道の確認を終えよう。案内するなら、ちゃんと分かってないと」
スネジンカ「分かった」
次の標識のところで、雪が横へ流れた。
マルフーシャが足を止める。
スネジンカも止まり、姉の顔を見た。
マルフーシャ「ここまで。戻るよ」
スネジンカ「まだ、予定のところまで行ってないけど」
マルフーシャ「風が強くなってきた。戻って、見られたところまで伝える」
スネジンカは遠くを一度見て、それから頷いた。
二人は進んできた道へ向き直る。
マルフーシャは、妹が隣へ来るのを待ってから歩き始めた。
基地の門まで戻ると、ソヴァが帰着を確かめていた。
マルフーシャは通った道と、確認を切り上げた位置を伝える。
標識が隠れそうな場所も、地図へ書き込んだ。
ソヴァ「分かりました。こちらで引き継ぎます。風が強くなっていますから、今日はもう中へ」
格納庫の奥から、セルゲイが顔を出した。
セルゲイ「おお、帰ったか。よしよし、冷えたじゃろ。暖まっておいで」
スネジンカ「ただいま」
マルフーシャ「ただいま。セルゲイさん、あの道の標識ですけど──」
セルゲイ「うむ。話は聞く。まず、手袋を外せるところまで来なさい」
小さな部屋のストーブが、赤くなっていた。
椅子が二つ、近くへ寄せられている。
奥の作業台には、IL-2の外した手袋が置いてあった。
スネジンカ「あ。IL-2さんも、暖まってたの?」
IL-2「作業の区切りがついただけだ」
セルゲイ「そういうことに、しておこうかの」
マルフーシャは妹の装備を確かめ、ようやく自分の手袋を外した。
セルゲイは二人の話を聞きながら、ソヴァが持ってきた天候の記録へ目を落とす。
外では、雪が窓を叩き始めていた。
*
赤色十月同盟学連、飛行場。
飛行船専用格納庫。
大型の飛行船を迎える準備が、進んでいた。
荷物を運ぶ車両が所定の場所へ寄せられ、係留の担当者が合図を交わしている。
スキロフ大将は外套の襟を上げ、隣のコヴァを見た。
スキロフ「同志コヴァ。まだかね」
コヴァ「間もなくです。到着後の作業も、予定どおり進めます」
スキロフ「君の予定は、信用しているよ。私の指が寒さを信用していないだけだ」
コヴァが口元を引き締めた。
笑わなかったことにして、担当者へ目を向ける。
やがて、ツェッペリンの大きな船体が見えてきた。
*
飛行船ツェッペリン、代理人自室。
代理人は机に置いた連絡の控えを、もう一度読んでいた。
勇翔と小貝は無事。
昨夜の戦闘でも、機体に新たな被害はない。
ただし、移動は整備と天候の確認待ち。
代理人「……無事なのは、よかった。本当に」
シュヴァルベ「では、机を叩くのはおやめください」
指先が止まった。
代理人は自分の手を見てから、彼女を見た。
代理人「そんなに、うるさかった?」
シュヴァルベ「ずっとです」
代理人「それは失礼。分かっているんだよ。焦ったところで、天気までは変えられない」
シュヴァルベ「機体の確認も必要です」
代理人「うん。昨日から、皆に同じことを言われている気がする」
代理人は椅子へ背を預けた。
次の連絡を待つ間にできる仕事も、机には積まれていた。
それを一枚、手前へ寄せる。
代理人「二人には、予定が決まったら知らせてくれと返しておこう。戻るまで、向こうで進められることは進めてもらう」
シュヴァルベ「はい」
代理人「……君も、心配していた?」
シュヴァルベ「連絡の確認は、私の仕事です」
代理人「そっか」
それだけ返すと、今度は彼女の方が代理人を見た。
何か言われると思っていたらしい。
代理人は笑い、次の書類を開いた。
扉が叩かれる。
到着の報告に続いて、スキロフが入ってきた。
スキロフ「同志代理人。待たせたな」
代理人「待ったのは、そっちじゃない?」
スキロフ「そうとも言う。紅茶の一杯でも、出るかな」
代理人「王立白薔薇学連から取り寄せたものなら」
代理人が立つと、シュヴァルベが茶の用意を手伝った。
カップを置き、会談に必要な書類を揃える。
用件を確かめてから、彼女は室外へ下がった。
スキロフ「二人の様子は」
代理人「無事だよ。向こうの基地で世話になっている。次は北方の前進拠点へ移る計画だそうだ」
スキロフ「昨夜は、受入基地に騒ぎがあったな」
代理人「報告は届いている。二人も手伝った。飛べないから何もできない、というわけではなかったらしい」
スキロフが頷き、紅茶へ口をつけた。
代理人は、別の資料を机へ置く。
代理人「こちらは、調査の話。受入基地周辺での観測と、奥地の記録を分けてある。いま反応が見えなくなった場所も、それで調べ終わりにはできない」
スキロフ「うむ。見えない間に、また現れられては困る」
代理人「だから、絶縁層の調査とリセッターへの警戒を続けたい。整備協会の部隊を、しばらく留めておく件は?」
スキロフ「最高会議は合意している。実際の移動や、各基地への手配は、こちらでも調整する」
代理人「助かるよ」
スキロフは資料を読み、必要な箇所へ印をつけた。
地図の線が、受入基地から北へ伸びている。
その先では、別の基地が観測の報告を積み重ねていた。
スキロフ「せっかくだ。滞在中は、ここのものも味わっていくといい」
代理人「名産、あるの?」
スキロフ「鮭の缶詰だ」
代理人の手が止まった。
代理人「……缶詰?」
スキロフ「意外に悪くないぞ」
代理人「悪いとは言ってないよ。ただ、もっとこう、土地らしいものが来ると思っていた」
スキロフ「この土地で、運んで残せるものにも価値はある。君のところへも、いくつか回そう」
代理人「それは、ありがとう。二人が戻ったら、一緒に食べようかな」
電話が鳴った。
代理人がスキロフへ目を向けると、軽く頷きが返った。
受話器を上げる。
代理人「私だ」
「整備協会の連絡要員です。勇翔大尉と小貝少佐の移動計画について、受入基地から連絡がありました」
代理人「聞こう」
「本日の出発は見送りです。北方の基地とは受入れの調整を進めていますが、時刻は未定です。二人とも、そちらの確認を待っているとのことです」
代理人「分かった。急がせなくていい。決まった予定を、こちらにも回してくれ」
「承知しました」
電話を置く。
スキロフは、地図へ目を戻した。
スキロフ「待つことを、選んだか」
代理人「選べるうちに、選んでもらわないとね。戻ってから、まだ働いてもらうんだから」
代理人はカップを取った。
先程より少し冷めていたが、まだ香りは残っている。
スキロフ「君の道行きに、神々のご加護を」
代理人「君が、神を崇めていいのかい」
スキロフ「祈る先まで、同じである必要はないさ。同志代理人」
代理人「……そうだね。同志スキロフ」
カップが上がる。
二人は短く乾杯し、残っている仕事へ戻った。
*
受入基地、ブリーフィングルーム。
先方からの返答が届いたのは、夕食の前だった。
受入れの準備は進められる。
現地では風が強まり、雪も降り始めた。
翌日の飛行については、新しい観測結果を待ってほしい。
マリーナがそれを読み上げ、二人の前へ置く。
勇翔は、出発時刻の欄へ引いていた薄い線を消した。
小貝「明日の朝、また決めるか」
勇翔「はい。向こうの報告と、整備の結果を受けてから」
地図には、二機で飛ぶ経路が残った。
途中の連絡点と、戻る時に使う経路も書き込んである。
今日決められるところまでは、決まっていた。
マリーナ「この案で先方へ送ります。機体の確認が終わったら、飛行に必要な情報を追加します」
小貝「俺たちの名も、ちゃんと向こうへ行ってるな」
マリーナ「はい。人数も、機種も」
小貝「ならいい。初めて行く先で、誰だお前って言われるのは面倒だからな」
勇翔「あなたが先に、誰だお前と言いそうですけど」
小貝「向こうが名乗ったら、俺も名乗る」
モス「最初から、名乗ってください」
小貝は少し考え、頷いた。
小貝「……分かったよ。小貝少佐、御厄介になります。それでいいか」
モス「十分です」
勇翔が笑った。
小貝は、その顔へ指を向ける。
小貝「お前も他人事じゃねえぞ。向こうで茶葉の話ばかりするなよ」
勇翔「初対面で、それはしません」
小貝「二度目ならする顔だ」
八九式が書類を受け取り、二人の署名を確かめた。
話が終わると、空いたカップをまとめて盆へ置く。
八九式「今夜は、温かいうちにお食事を。次のご案内は、朝にお伝えします」
小貝「それが一番助かる」
椅子から立つ時、小貝がまた肩を回した。
勇翔は扉を開け、先に廊下へ出た。
外へ通じる窓の向こうでは、整備員が格納庫へ向かっていた。
二機は、まだそこにある。
明日飛ぶかどうかは、これから届く報告で決まる。
勇翔は手元の地図を畳んだ。
北方の基地へ向かう線が、折り目のところで一度隠れた。
そこには、まだ会ったことのない人たちがいる。
小貝「向こうに着いたら、まず何をする」
勇翔「到着の報告。それから、機体の確認でしょうね」
小貝「真面目か。飯の話だよ」
勇翔「食事なら、案内してもらってからです」
小貝「じゃあ、名乗るところからだな」
勇翔「そうですね」
小貝は短く笑い、食堂の方へ歩いていった。
勇翔も、その隣へ並ぶ。
北方の基地では、姉妹が戻った巡回路へ雪が積もり始めていた。
セルゲイはソヴァと新しい気象の記録を確かめ、IL-2は工具を片づけている。
マルフーシャが手袋を乾かす横で、スネジンカは湯気の立つカップを両手で持っていた。
その机にも、同じ二つの名前が届いていた。
勇翔大尉。小貝少佐。
到着予定の欄は、まだ空白だった。
よいお年を
感想などお待ちしてます
2026年10月11日リメイク完了
兵器解説
-
アリ
-
ナシ