陸自はドールズフロントライン、海自は艦これとアズールレーン、空自はアッシュアームズ三つの世界でバラバラになりながらでも生き残る 作:ゴーストライターとかした、素人小説書き
第26話 治療室の塩むすび
車両の揺れが、止まった。
少し遅れて、後ろの扉が開く。
外から入った空気が、蓮の頬を撫でた。
「担架、こちらへ」
知らない声だった。
すぐそばで、VSKが答える。
VSK「頭側を持っています」
蓮は目を開けようとした。
瞼の間に、車内の灯りが細く残る。
そこへ別の光が入り、天井が遠ざかった。
身体が持ち上がる。
胸へ、痛みが戻った。
息を吸いかけた口から、小さな音が漏れる。
VSK「ボス。基地です。治療室へ運びます」
返事をするつもりだった。
喉が動いただけで、声にならなかった。
通り過ぎる灯りの数を、途中までは覚えていた。
四つ目だったか、五つ目だったか。
左肩へ誰かの手が掛かり、数が分からなくなった。
AK-12「屋敷内で左肩の再出血。その後、大型から胸部へ打撃を受けています。呼吸が苦しそうで、咳にも血が混じりました」
声は、近くにあった。
いつものように、余計なところを省いている。
蓮は、その説明を聞いた。
自分の状態なのに、他人の報告のようだった。
「こちらで診ます。運んでくださった方は、少し離れて」
担架の横にあった気配が、遠ざかる。
VSKの手が、最後に右手へ触れた。
VSK「ここにいます」
握り返せたかどうかは、分からなかった。
眩しい灯りの下で、装具が外される。
傷へ触れられた時だけ、意識が少し近くなった。
蓮「……全員」
「何ですか」
医療班の一人が、顔を近づけた。
蓮「戻った、か」
扉の方から、416が答える。
416「戻ってる。十二人とも。車両の三人も」
蓮の口元が、僅かに動いた。
416「だから、今は自分のことを考えて」
言われなくても、そうしようとしていた。
ただ、何をすればいいのか、身体の方が返事をくれなかった。
左肩が熱い。
胸は、息をするたびに痛む。
頭の奥には、まだ屋敷の音が残っている。
そこへ、別の人間の声が入る。
「いまは喋らなくていいです。こちらへ任せてください」
蓮は目を閉じた。
任せる。
その短い言葉だけを、どうにか理解した。
*
次に目を開けた時、天井は動いていなかった。
窓の脇に、薄いカーテンがある。
その端が、ほんの少しだけ揺れていた。
消毒液の匂いがした。
屋敷ではなかった。
車内でもなかった。
蓮は、右手の指を動かした。
ゆっくり握る。
開く。
自分で動かそうと思い、その通りに動いた。
それを確かめてから、ようやく息を吐いた。
いま、目を開けているのは自分だった。
レンの声は、聞こえなかった。
あの冷たい声の男も、いまはここに出てきていない。
戻ってから話す。
そう言ったことは、覚えていた。
忘れたことにするつもりもなかった。
ただ、すぐにあの卓へ戻る気にはなれない。
VSK「……ボス?」
声へ顔を向けた。
寝台の横に、椅子があった。
VSKは、そこへ座っていた。
身を寄せる前に、蓮の目を見ている。
蓮「うん。……俺だよ」
少し間があって、彼女の肩が下がった。
VSK「お帰りなさい」
蓮「ただいま。随分、手間かけたな」
VSK「それは、あとで聞きます」
蓮「説教と一緒に?」
VSK「いまは、診ていただいたことからです」
彼女は、医療班から聞いたことを短く伝えた。
必要な処置は済んでいる。
呼吸も、搬入した時より落ち着いてきた。
ただし、起き上がったり歩いたりする許可は、まだ出ていない。
胸の痛みや息苦しさが強くなったら、すぐ知らせること。
蓮は、途中で左腕を動かそうとして、止めた。
包帯の下が、鈍く疼いた。
蓮「……これは、しばらく文句を言いそうだ」
VSK「文句だけで済ませてください。使って確かめないで」
蓮「はいはい」
返事をすると、喉が乾いていることに気づいた。
VSKは顔を見て、寝台の脇へ置いてあった水を取る。
身体を無理に起こさないよう、手を借りた。
少しだけ飲む。
水が、喉を通った。
それだけで、ようやくここへ戻ってきた気がした。
蓮「皆は?」
VSK「それぞれ、確認と引継ぎに回っています。スプリングさんの記録も、盾も戻っています。装備も、こちらで預かっています」
蓮「……分かった」
聞きたいことは、まだあった。
テムとロミア。
AK-12の傷。
先に送った捕虜と、屋敷から持ち帰ったもの。
口を開きかけて、閉じる。
いま自分が一つずつ確かめても、VSKを椅子から立たせるだけだった。
蓮「後のこと、頼んでいいか」
VSK「はい」
返事は、すぐに来た。
VSK「休んでいる間は、こちらで進めます」
蓮は、枕へ頭を戻した。
蓮「じゃあ、頼む」
VSKは、少しだけ彼を見た。
もう一度、頷く。
彼女が医療班へ目覚めたことを伝え、その後の引継ぎへ出ていくと、部屋は静かになった。
扉は、きちんと閉まった。
廊下には、時々足音がした。
追ってくる足音ではなかった。
*
眠ろうとしても、目が閉じなかった。
蓮は天井を見ていた。
胸の痛みが、薄くなったり、戻ったりする。
その間に、屋敷の壁が浮かんだ。
砕けた塗り壁。
横から来た腕。
受けたはずの衝撃が、そのまま胸へ入ってくる。
蓮「……止まらんかったな」
言ってから、部屋に誰もいないことを思い出した。
人と戦ってきた。
銃を持つ相手も、刃物を持つ相手もいた。
訓練を受けている者も、ただ追い詰められた者も。
近づき方も、倒れ方も、それぞれ違った。
それでも、同じ人間の身体だった。
何度も見た動きには、次に来るものの見当がつく。
見当が外れれば、覚え直した。
そうやって、どうにか今日まで生きていた。
だが、あの大型へ腕を出した時、身体は知っている相手を受けるように動いていた。
止められるか。
外へ逃がせるか。
考えがそこへ追いつく前に、胸が潰れるような衝撃が来た。
負傷していた。
疲れてもいた。
それを差し引いても、あの腕を、自分の身体で何とかしようとした。
蓮は右手を上げ、途中で下ろした。
やる前から分かっていることと、やった後でしか分からないことがある。
あの瞬間の自分は、その境目を見誤っていた。
蓮(……昔なら、で考えすぎたか)
大型だけではなかった。
止まったと思っていた廊下から、また影が来た。
倒れているものにも、目を戻さなければならなかった。
数を減らしたつもりの場所へ、別の数が入ってくる。
違う身体を相手にしていることは、知っていた。
危ない時ほど、それを考える前に手が動いた。
そして、その古い感覚の先で、仲間に担がれた。
蓮「……どうするかね」
いつもなら、何か一つ、言える。
地図を見る。
人の話を聞く。
手元にあるものを確かめる。
いまは、寝台の上で、自分の手を見ている。
経験がある。
経験していない相手がいる。
その間を、どう埋める。
次に同じことが起きてから考えるのでは、遅い。
かといって、痛みが薄くなっただけで、分かった顔をするわけにもいかなかった。
古い自分を呼べばいい。
レンへ任せればいい。
そういう答えが、一度、浮かんだ。
すぐに消した。
あいつらが使った肩からも、血は出た。
胸の痛みも、ここへ残っている。
最後に外へ出してくれたのは、仲間と、迎えに来た車両だった。
寝台の上で、蓮は目を閉じた。
廊下の向こうを、何かの台車が通る。
その音が遠ざかるまで、待った。
どうすればよかった。
次は、どうする。
何度か同じ問いを並べ、答えになる前に、また最初へ戻った。
*
扉を叩く音がした。
蓮は、目を開けた。
蓮「……どうぞ」
少しだけ扉が開く。
そこから顔を出したのは、89式だった。
89式「失礼します。いま、お話ししても大丈夫でしょうか」
蓮「ああ。起きてるよ」
彼女は中へ入り、扉を閉めた。
手には、小さな包みがあった。
屋敷で見た時より、荷物が少ない。
歩く速さも、急いでいなかった。
それを見てから、蓮はようやく、彼女の顔へ目を戻した。
蓮「さっきは、助かった。車でも、世話かけたな」
89式「こちらこそ。戻ってから、もう少しお話しできればと思っていました」
蓮「屋敷じゃ、落ち着いて喋れなかったからな」
89式「はい。途中で、止まってしまいましたし」
蓮は、彼女を見た。
話が止まった後に、何があったかは覚えている。
自分の声で、自分とは違うものが話したことも。
89式は、それをいきなり尋ねなかった。
寝台の脇へ来て、包みを少し持ち上げる。
89式「お見舞いです。食べてもよいか、先に医療班の方へ伺いました。いまは、少しずつなら大丈夫だそうです」
蓮「……何を持ってきた?」
89式「おにぎりを」
蓮の目が、包みへ止まった。
蓮「おにぎり?」
89式「はい。お米がありましたので」
小さな机へ、包みが置かれた。
89式が布を開き、中の容器の蓋を外す。
白いものが、二つ並んでいた。
握られた米だった。
少し丸みのある、三角形。
海苔は、巻かれていない。
表面へ、米粒の形が残っていた。
蓮は、しばらく黙って見た。
89式「……苦手でしたか?」
蓮「いや。逆。すげぇ好き」
言葉が、思ったより早く出た。
89式の顔が、少し緩む。
蓮「久しぶりに見た。ちゃんと握った、白い米」
89式「それなら、よかったです」
蓮「これ、君が?」
89式「はい。具を用意する時間がなくて、塩だけなのですが」
蓮「塩むすびか」
もう一度、容器を見る。
蓮「……いいね」
89式は椅子へ座った。
蓮が左腕を動かそうとすると、先に容器を近くへ寄せる。
89式「右手で取れるところへ、置きますね」
蓮「ありがとう」
寝台の背を少し整えてもらった。
急に身体を起こすと痛みが返るので、動く途中で一度止まる。
89式は、急がせなかった。
手を清めてから、蓮は右手を伸ばした。
指へ、ほんのり温かさが移る。
熱くはなかった。
炊きたての湯気も、もう見えない。
それでも、冷えきってはいなかった。
握り潰さないように持つ。
米粒が、親指の腹へ少しついた。
蓮は、口元へ運んだ。
小さく、一口。
最初に、塩が来た。
唇へ触れたところから、舌の上へ。
しょっぱい。
薄すぎず、強すぎず、白い米にちゃんと味がある。
噛むと、握られていた粒がほどけた。
表面に残っていた塩味の奥から、米の甘みが出る。
柔らかい。
それでいて、ただ潰れているわけではない。
飲み込む前に、もう一度、噛んだ。
蓮の目が、少し細くなった。
蓮「……うまい」
89式は、返事をする前に彼の顔を見た。
89式「よかったです」
蓮「うん。これ、うまいな」
同じ言葉を、もう一度言った。
口の中に、塩と米の味が残っている。
妙に懐かしかった。
何か派手なものを食べたわけではない。
白い米を握って、塩をつけた。
それだけのものが、いまは随分うまかった。
蓮は、もう一口取った。
さっきより少し小さく。
89式「急がなくて大丈夫です。残った分は、取っておけますから」
蓮「急いでるように見えたか」
89式「少しだけ。次の一口へ、すぐ目が行っていましたので」
蓮「そんなところまで見てるのか」
89式「目の前ですから」
蓮は笑いかけた。
胸が痛み、口だけで笑うことにした。
蓮「なかなか、逃がしてくれんな」
89式「おにぎりは、逃げませんよ」
蓮「俺の方」
89式が、少し笑った。
蓮は、おにぎりをいったん容器へ戻す。
米粒のついた指を見て、口元へ運びかけ、それから手元の紙で拭いた。
窓の向こうには、基地の壁が見えた。
屋敷の壁とは違う。
ここでは、座ったまま、次の一口を待てる。
*
89式「来る前、何か考えていらしたんですか」
少し経ってから、彼女が聞いた。
蓮は、容器へ目を落とす。
蓮「……顔に出てた?」
89式「扉を開けた時、こちらへ気づくまで、少し間がありましたので」
蓮「おにぎりが出てきてからは、早かっただろ」
89式「はい」
蓮「そこは、否定してくれよ」
軽口が、一つ返った。
その後の間は、さっきまでの部屋ほど重くなかった。
蓮は右手を膝の上へ置く。
蓮「今までやってきたことが、あんまり効かんなと思ってさ」
89式は、黙って待った。
蓮「ああいう相手と戦う時に、人間と同じように考えてるところがある。分かってるつもりでも、とっさに出るのは、昔やった方なんだよ」
包帯の端へ目が行く。
蓮「止められるつもりで手を出して、止まらん。終わったつもりで見て、まだ動いてる。……で、気づいた時には、この有様だ」
89式「大型のことですか」
蓮「それが、一番でかいな」
89式は、あのホールを思い出しているようだった。
すぐに、大丈夫です、とは言わなかった。
89式「私も、同じ条件で何度も戦ったことがあるわけではありません。あの場所へ、あの数が来ることも、出発前には分かっていませんでした」
蓮「そうだな」
89式「ただ、違う身体の相手へ、ご自分の力がどこまで通るかを、今までの感覚だけで決めるのは、難しいと思います」
蓮は、彼女を見た。
慰めるために、自分の失敗を小さく言ってはいなかった。
それが、少しありがたかった。
蓮「……難しい、で済めばいいんだがな」
89式「……そうですね。実際、お怪我までされていますから」
蓮は、しばらく黙った。
その言葉へ、反論はなかった。
蓮「どうやって覚え直すか、考えてた。俺が知ってるやり方を、全部捨てるのも違うだろうし」
89式「全部ですか?」
蓮「いや。……全部じゃないな」
自分で言い、言い直した。
廊下を抜けた。
先に行く者と、残る者を分けた。
足りないところへ、人を呼んだ。
その判断まで、あの衝撃で失われたわけではなかった。
それでも、できたことを数えるだけでは、次の大型を前にした時の答えにならない。
蓮「使えたところもある。でも、使えないところを、俺がまだ見分けられてない」
89式は、頷いた。
89式「それなら、あとで、こちらから見えていたこともお話しします。車両の方たちにも、伺えると思います」
蓮「……見ていたものを、合わせるか」
89式「はい。私が見えていなかったこともありますので」
蓮は、寝台の脇の机を見た。
紙と、筆記具が置いてある。
右手なら、届くところだった。
それを取ろうとして、途中で手を止める。
まだ、何を書けばいいか決まっていない。
思いついた順に並べているうちに、また、あの廊下を一人で歩くことになりそうだった。
蓮「……頼む。身体が落ち着いたら、聞かせてくれ」
89式「分かりました」
蓮「分かってるふりで聞くのは、やめとく」
89式「その方が、こちらもお話ししやすいです」
蓮は、彼女の顔を見る。
屋敷で初めて会った。
名前を聞き、礼を言った。
まだ、知らないことの方が多い。
それでも、次に話を聞ける相手が、一人増えた。
いまは、その程度のところからだった。
*
容器には、食べかけのおにぎりと、もう一つが残っていた。
蓮は、右手で食べかけの方を取った。
89式は水を近くへ寄せる。
蓮「……君は、食ったのか」
89式「私は、あとでいただきます」
蓮「じゃあ、二つ目は半分ずつにするか」
89式「お見舞いに持ってきたものですので、渡邉さんの分ですよ」
蓮「二つ目まで食えるかは、まだ分からん」
89式は、おにぎりと蓮を見比べた。
89式「では、今日は一つにしておきましょう。残りは、私が」
蓮「うん。塩加減、自分でも確認してくれ」
89式「お口には合っているようですけれど」
蓮「かなり、合ってる」
蓮は、もう一口食べた。
今度は、塩味を待つように噛んだ。
噛んでいるうちに、また米の甘みが出てくる。
蓮「昔、外で飯を食う時さ。温かくて、座って食えるだけで、今日は随分いい日だなって思うことがあった」
89式「今日は、どうですか」
蓮「身体は、だいぶ悪い日だな」
左肩を見る。
それから、おにぎりへ戻る。
蓮「飯は、いい日だ」
89式は、小さく笑った。
蓮も、少し口元を上げた。
大きく笑うと、まだ胸へ響く。
食べ終わるまで、二人は急がなかった。
途中で水を飲む。
少し休む。
89式が残りの一つを取り、蓮はその持ち方を見ていた。
蓮「どうだ」
89式「……塩味が、はっきりしていますね」
蓮「それがいい」
89式「次は、具も入れてみましょうか」
蓮「今日のも、また食いたい」
返事は、考える前に出た。
89式の手が、少し止まる。
それから、おにぎりを持ち直した。
89式「分かりました。では、次も」
蓮「頼む」
短い約束だった。
外から、また台車の音がした。
蓮は、そこへ一度目を向ける。
あの大型をどうすればよかったのか。
自分の経験を、ここでどう使うのか。
答えは、まだ出ていない。
肩と胸に、まだ鈍い痛みがあった。
ただ、同じ問いだけを繰り返していた時より、部屋の中がよく見えた。
開いた容器。
使った紙。
机へ置かれた水。
その向こうに、89式が座っている。
蓮は、最後に指へ残った米粒を拭いた。
蓮「……ごちそうさま」
89式「お粗末さまでした」
蓮「見舞い、ありがとうな」
89式「はい。また来ます」
89式は容器を閉じ、包みを整えた。
蓮は枕へ頭を戻す。
天井は、同じ場所にあった。
さっきは、そこから屋敷の壁ばかりが浮かんでいた。
いまは、目を閉じる前に、白い米を握った形を思い出した。
塩が効いていた。
もう一度食べたい、と、ただ思った。
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