陸自はドールズフロントライン、海自は艦これとアズールレーン、空自はアッシュアームズ三つの世界でバラバラになりながらでも生き残る   作:ゴーストライターとかした、素人小説書き

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注意

この小説は、シリアスとギャグが少し入っています。
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それでも、大丈夫な方はご覧ください。

※この世界はアズールレーンと艦これが入っているため人物が分かりやすいようにアズールレーンはA 艦これはCと表記します。


1-2 艦娘とKAN-SENの初めての出会い

1-2 二人の赤城――艦娘とKAN-SEN

 

 技術班区画を出た隼人は、赤城と警備員に挟まれながら地下救護所へ向かっていた。

 

 左耳には、アイとの通信端末が戻っている。

 

 肩には曙から渡された毛布。

 

 濡れたズボンからは、いまだに海水が滴っていた。

 

アイ『渡邉隼人。体温低下が継続している可能性があります。速やかな着替えと医療処置を要求します』

 

隼人「救護所へ向かっている。少し黙っていろ」

 

アイ『了解。音声出力を待機状態へ移行します』

 

 左耳からアイの声が消える。

 

 隼人の前を歩く赤城が、僅かに振り返った。

 

 白い上衣と赤い袴。

 

 弓を携え、背には艦載機を運用するためと思われる細長い艤装を装着している。

 

 先ほどは剣子の救助と《みらい》の確認に意識を奪われ、詳しく観察する余裕がなかった。

 

 見た目だけなら、弓道着を身につけた女性だ。

 

 しかし、空襲の最中に矢を番えていたことや、その周囲へ一瞬だけ現れた航空機の影を考えれば、単なる弓ではない。

 

 隼人がその装備へ視線を向けていることに気づいたのか、赤城が口を開く。

 

赤城「私の艤装が気になりますか?」

 

隼人「見たことのない構造だからな」

 

赤城「あなたの《みらい》ほどではありません」

 

隼人「どちらも、相手にとっては正体不明ということか」

 

赤城「少なくとも、その点だけは同じようですね」

 

 赤城は前へ向き直った。

 

 警戒が解けたわけではない。

 

 それでも、岸壁で弓を向けていた時ほど、声に敵意は感じられなかった。

 

 通路の左右では、空襲後の復旧作業が続いている。

 

 破損した窓へ板を打ちつける者。

 

 負傷者を地下へ誘導する者。

 

 弾薬箱を載せた手押し車を砲座へ運ぶ者。

 

 隼人は歩きながら、その全員が女性であることに気づいた。

 

「男の人……?」

 

「昨夜、救助された人でしょう?」

 

「でも、軍人だって……」

 

 通路脇から、小さな声が聞こえる。

 

 隼人が顔を向けると、作業をしていた二人の隊員が慌てて視線を逸らした。

 

 別の者は、隼人の包帯が巻かれた胸元を見たまま固まっている。

 

赤城「作業へ戻ってください」

 

「は、はい!」

 

 赤城が注意すると、隊員たちは顔を赤くしながら持ち場へ戻った。

 

 隼人は眉を寄せる。

 

 見慣れない人間がいれば、視線が集まること自体は不自然ではない。

 

 だが、彼女たちの反応は、単に所属不明の負傷者を見たものとは違っていた。

 

隼人「男が珍しいのか?」

 

 赤城の足が僅かに止まった。

 

赤城「……今は、その説明をしている場合ではありません」

 

隼人「否定はしないんだな」

 

赤城「救護所へ戻れば、嫌でも分かります」

 

 赤城はそれ以上答えず、歩調を速めた。

 

 隼人も追及しなかった。

 

 この場所について確認しなければならないことは、すでに幾つもある。

 

 社会における男女の立場まで違っていたとしても、今さら驚くほどではなかった。

 

 一行が救護棟へ続く中庭へ出た時だった。

 

「赤城!」

 

 正面から、低くよく通る声が響いた。

 

 声の主は、長い黒髪を揺らしながら歩いてくる長身の女性だった。

 

 損傷した建物や行き交う負傷者を前にしても、その姿勢に乱れはない。

 

 彼女の後ろには通信要員が二人続いている。

 

赤城「長門さん」

 

 赤城が足を止める。

 

 長門と呼ばれた女性は、隼人へ一瞬だけ視線を向けた。

 

 だが、すぐに赤城へ報告を求める。

 

長門「提督が発見されたと聞いた。容体は?」

 

赤城「意識はあります。ただし、爆風を受けたあと海中へ転落し、一時的に呼吸が止まっていました。現在は地下救護所へ搬送されています」

 

長門「一時、呼吸が……」

 

 長門の表情が僅かに強張る。

 

長門「命に別状は?」

 

赤城「まだ分かりません。衛生班が処置に当たっています」

 

長門「そうか……」

 

 長門は短く息を吐いた。

 

 提督が生存していたことへの安堵と、その容体に対する不安。

 

 その両方を押し込めるように、すぐに表情を引き締める。

 

長門「提督が指揮へ復帰するまで、大淀が司令部機能を代行する。私は海上部隊の指揮を引き継ぐ」

 

赤城「分かりました」

 

長門「赤城。お前にも、すぐ出撃してもらう」

 

赤城「私が、ですか?」

 

 赤城が隼人を振り返る。

 

 彼女には、隼人を地下救護所まで監視する役目が残っている。

 

 長門は、その視線の意味を察した。

 

長門「その男については、別の者に任せる。湾口外側で迎撃に出た警戒艦隊が、敵航空隊の攻撃を受けている」

 

赤城「敵の規模は?」

 

長門「深海棲艦の空母部隊を確認。さらに、別方向からセイレーンの艦載機も接近している。直掩隊はすでに半数近くを失い、制空劣勢だ」

 

隼人「深海棲艦……セイレーン?」

 

 聞き慣れない名称だった。

 

 長門が隼人を見る。

 

長門「説明は後だ。今は味方を連れ戻す方が先になる」

 

 一人の通信要員が、受信したばかりの紙片を長門へ手渡した。

 

「警戒艦隊から続報です! 敵航空隊、第二波が接近中。対空弾薬も残り四割を下回りました!」

 

長門「予備の航空隊は?」

 

「先ほどの空襲で、航空兵装区画が被害を受けています。出撃準備には時間が必要です!」

 

赤城「翔鶴と瑞鶴は?」

 

長門「二人の艤装は整備棟に残っている。建物の一部が崩落し、搬出できるまで少なくとも四十分は掛かるそうだ」

 

赤城「加賀さんは?」

 

長門「最初の迎撃で航空隊の大半を消耗した。現在は鎮守府上空の防空を継続している。これ以上、艦載機を出せない」

 

 ほかの空母戦力も、すでに出撃しているか、空襲による損傷で即応できない。

 

 呉へ増援を送れる鎮守府もなかった。

 

 横須賀、佐世保、舞鶴。

 

 いずれも同時刻に攻撃を受け、各々の防衛で手一杯になっている。

 

赤城「それでは、出撃可能な空母は……」

 

長門「ああ。お前と、もう一人だけだ」

 

 長門が中庭の反対側へ視線を向けた。

 

 隼人もその方向を見る。

 

 黒と赤を基調とした衣装を纏う女性が、複数の整備員を従えて歩いてきた。

 

 隼人の隣にいる赤城と同じく、長い黒髪と空母を思わせる装備を持っている。

 

 しかし、外見は明確に異なっていた。

 

 頭上には黒い狐の耳。

 

 背後には、黒褐色の複数の尾が扇のように広がっている。

 

 大きく広がった黒い袖の内側には赤色の布地が覗き、腰の周囲には艦艇の一部を切り離したような機械構造と、赤い飛行甲板を思わせる艤装が展開されていた。

 

 弓は持っていない。

 

 弓と矢を用いる隣の赤城とは、艦載機の運用方法そのものが異なるらしい。

 

 狐耳の女性が、長門たちの前で足を止める。

 

赤城(KAN-SEN)「指揮官様が見つかったと聞きました。ご容体は?」

 

 隼人の隣にいた赤城が答える。

 

赤城(艦娘)「地下救護所へ運ばれました。意識はありますが、予断を許さない状態です」

 

赤城(KAN-SEN)「そう……ですか」

 

 狐耳が僅かに伏せられる。

 

 背後の尾からも、一瞬だけ力が抜けた。

 

 しかし、彼女はすぐに表情を戻した。

 

赤城(KAN-SEN)「今は、指揮官様の代わりに敵を退けるべき時ですね。私を呼んだのは、出撃命令のためでしょう?」

 

長門「そのとおりだ」

 

 長門が二人を見比べる。

 

長門「赤城」

 

赤城(艦娘)「はい」

 

赤城(KAN-SEN)「はい」

 

 二人の返事が、同時に重なった。

 

 隼人が僅かに眉を動かす。

 

 長門も一瞬だけ言葉を止めた。

 

長門「……艦娘の赤城。現在使用できる艦載機は?」

 

赤城(艦娘)「直掩用の戦闘機隊と攻撃隊を一隊ずつ。予備機はありません」

 

長門「重桜の赤城は?」

 

赤城(KAN-SEN)「第一次攻撃隊は発艦できます。第二次攻撃隊は整備中ですが、後から追いつかせます」

 

長門「二人は直ちに出撃。湾口外側の警戒艦隊へ合流し、敵航空隊を排除せよ。味方艦隊の撤退経路を確保することを優先し、深追いはするな」

 

赤城(艦娘)「了解しました」

 

赤城(KAN-SEN)「お任せください」

 

 同じ名を持つ二人が、それぞれ異なる呼称で剣子を呼んでいる。

 

 一人は提督。

 

 もう一人は指揮官。

 

 隼人は長門へ視線を向けた。

 

隼人「二人とも、赤城なのか?」

 

長門「そうだ」

 

隼人「姉妹ではないようだが」

 

長門「こちらは艦娘の赤城。そして、狐耳を持つ方は重桜に所属するKAN-SENの赤城だ」

 

隼人「艦娘と、KAN-SEN……」

 

 隼人は二つの呼称を記憶する。

 

 どちらも空母・赤城と関係を持つ存在なのだろう。

 

 だが、同一艦を由来とする者が、なぜ二人存在しているのか。

 

 そもそも、艦艇の名を持つ人間が、なぜ軍港で実戦部隊として扱われているのか。

 

 疑問は増えるばかりだった。

 

 KAN-SENの赤城が、初めて隼人へ視線を向ける。

 

赤城(KAN-SEN)「ところで、こちらの男性は?」

 

赤城(艦娘)「提督を海から救助した方です。渡邉隼人さん。本人は、日本国海上自衛隊に所属していると話しています」

 

赤城(KAN-SEN)「男性が、軍人……?」

 

 狐耳が真っ直ぐに立つ。

 

 赤城の視線が、隼人の顔から毛布に覆われた胸元へ移った。

 

 ほんの僅かな間だけ、動きが止まる。

 

 だが、すぐに隼人の目へ視線を戻した。

 

赤城(KAN-SEN)「失礼しました。指揮官様を救ってくださったこと、重桜のKAN-SENとして感謝いたします」

 

隼人「救助できる状況だったから助けただけだ。礼は本人から受け取った」

 

赤城(KAN-SEN)「それでも、私たちにとっては大きな恩です。この戦いが終われば、改めてお礼をさせてください」

 

隼人「無事に戻ってから考えろ」

 

 赤城の狐耳が再び動く。

 

 男性から出撃を案じられること自体が珍しいのか、僅かに意外そうな表情を見せた。

 

赤城(KAN-SEN)「ええ。必ず戻ります」

 

 艦娘の赤城が、隼人へ向き直る。

 

赤城(艦娘)「渡邉さん。申し訳ありませんが、ここから先は警備員の指示に従ってください」

 

隼人「任務なら仕方ない。行ってこい」

 

赤城(艦娘)「……はい」

 

 二人の赤城は、長門へ一礼すると岸壁へ向かって走り出した。

 

 隼人も警備員に促され、地下救護所へ歩き始める。

 

 その経路は、二人が出撃する岸壁の近くを通っていた。

 

 爆撃によって一部が崩れた桟橋。

 

 海面には、爆発で生じた木片と油が浮かんでいる。

 

 整備員たちが退避すると、二人の赤城が岸壁の先端へ並んだ。

 

 艦娘の赤城が弓を握り、背負った矢筒へ手を伸ばす。

 

 対して、KAN-SENの赤城は弓を持たない。

 

 複数の尾を大きく広げ、腰の周囲へ浮かぶ艤装を展開する。側面に備えられた赤い飛行甲板が淡く発光し、その周囲へ小さな航空機の影が浮かび上がった。

 

 二人の足元と背後で、異なる色の光が立ち上る。

 

隼人「……何をするつもりだ?」

 

長門「出撃だ」

 

 次の瞬間。

 

 二人の赤城は岸壁から海へ飛び降りた。

 

隼人「ッ!」

 

 人間が海へ落ちた時のような、大きな落水音は聞こえなかった。

 

 二人の足は水面へ沈まず、軽い飛沫だけを上げて海上へ降り立った。

 

 そのまま軍艦に匹敵する速度で湾口へ向かって走り始める。

 

 人間の身体。

 

 それに取り付けられた、艦艇を思わせる艤装。

 

 浮力だけでは説明できない姿勢と速度。

 

 隼人は思わず足を止めた。

 

隼人「アイ。今の現象を記録できたか?」

 

アイ『映像および音響情報を記録しました』

 

隼人「分析は?」

 

アイ『観測情報が不足しています。既知の個人用装備のみでは、対象の浮力および推進力を説明できません』

 

長門「驚くのも無理はない」

 

 隼人が長門を見る。

 

長門「あれが、我々の海を守る艦娘とKAN-SENだ」

 

 海上では、二人の赤城が並んで加速していた。

 

 同じ名を持ちながら、異なる姿と艤装を持つ二人。

 

 その頭上へ、小さな航空機の影が次々と昇っていく。

 

 隼人には、それがどのような原理で飛び立ったのかさえ理解できなかった。

 

 艦娘。

 

 KAN-SEN。

 

 深海棲艦。

 

 セイレーン。

 

 聞いたことのない名称ばかりが、現実の光景として目の前へ現れている。

 

長門「渡邉隼人だったな」

 

隼人「ああ」

 

長門「お前が何者なのか、我々も確認しなければならない。だが、その前に傷を治せ。提督の恩人を、今度は我々の不注意で倒れさせるわけにはいかん」

 

隼人「分かった」

 

 隼人は二人の赤城が消えた湾口を、もう一度だけ見た。

 

 それから警備員とともに、地下救護所へ向かう。

 

 ここが自分の知る日本ではないことを示す証拠は、また一つ増えていた。

 

 地下救護所。

 

 地上の救護室よりも狭い空間に、十数床の簡易寝台が並べられていた。

 

 天井近くを走る配管。

 

 壁へ固定された電灯。

 

 負傷者の呻き声と、衛生員たちの足音。

 

 空襲によって運び込まれた者が多く、室内には消毒液だけでなく、血と煤の臭いまで漂っている。

 

 隼人が入口へ姿を現した途端、数人の衛生員が一斉に振り返った。

 

「男の人……?」

 

「どうしてここに……」

 

軍医「何をしている! 患者なら早く中へ入れ!」

 

 白衣を着た軍医の一喝で、衛生員たちが我に返る。

 

 隼人は警備員へ付き添われ、空いている寝台へ案内された。

 

軍医「毛布を外してください。包帯もすべて交換します」

 

隼人「自分でできる」

 

軍医「海へ入ったのでしょう? 傷口に海水が入っています。そのままにすれば化膿します」

 

 反論する余地はなかった。

 

 隼人が毛布を外す。

 

 濡れた包帯が巻かれた胸部と左肩が露わになった途端、補助についていた若い衛生員の手が止まった。

 

軍医「どうしたの?」

 

「い、いえ! 何でもありません!」

 

軍医「では、洗浄液と清潔なガーゼを持ってきなさい」

 

「はい!」

 

 衛生員は顔を赤くしたまま、医薬品棚へ駆けていく。

 

 隼人はその背中を見送り、僅かに眉を寄せた。

 

 軍医は何事もなかったように、隼人の濡れた包帯を切り始める。

 

軍医「傷が開いていますね。泳いだうえ、人を引き上げたそうですが」

 

隼人「ほかに助ける者がいなかった」

 

軍医「だからといって、治療を受けた直後に海へ入る患者がいますか?」

 

隼人「ここに一人いる」

 

軍医「自慢になりません」

 

 包帯が外される。

 

 左肩の傷は、動かし続けたことで再び血が滲んでいた。

 

 軍医は傷口へ付着した汚れを確認すると、洗浄液を含ませたガーゼを押し当てる。

 

隼人「……ッ」

 

軍医「痛むでしょうが、我慢してください。海水と異物を残す方が危険です」

 

 傷口が入念に洗浄される。

 

 胸部の傷も同様に処置され、額のガーゼも交換された。

 

 水銀体温計。

 

 聴診器。

 

 手動式の血圧計。

 

 使用される医療器具は、二〇二一年の日本と比べれば古い。

 

 しかし、隼人が歴史資料で見た昭和初期の軍医療設備より、明らかに進んでいる物も混じっていた。

 

 軍医と衛生員の処置にも迷いはない。

 

軍医「軽度の低体温。左肩の傷は、洗浄後に必要な箇所を縫合します。頭部を打っていますから、少なくとも今日一日は安静にしてください」

 

隼人「骨は?」

 

軍医「触診では骨折を疑う所見はありません。ただし、あとでレントゲン撮影を行います。目眩や吐き気が出たら、すぐに知らせてください」

 

隼人「分かった」

 

軍医「本当に分かっていますか?」

 

隼人「努力する」

 

軍医「信用できませんね」

 

 軍医が呆れたように息を吐く。

 

 衛生員が、乾いた患者衣とズボンを寝台の脇へ置いた。

 

「着替えはこちらです。終わりましたら、温かい飲み物を持ってきます」

 

隼人「助かる」

 

「い、いえ……」

 

 衛生員は隼人と目を合わせないまま、足早にカーテンの外へ出ていった。

 

 隼人が濡れた衣服を着替えていると、左耳からアイの声が聞こえた。

 

アイ『周辺人物の反応に、一定の偏りを確認しています』

 

隼人「何の話だ?」

 

アイ『渡邉隼人へ向けられる視線、および発話時の反応です』

 

隼人「そこまで分析しなくていい」

 

アイ『了解。該当項目の優先度を低下させます』

 

 着替えを終えた隼人は、寝台へ腰を下ろした。

 

 カーテンの向こう。

 

 数床離れた場所で、衛生員が慌ただしく動いている。

 

 酸素ボンベ。

 

 吊り下げられたガラス製の輸液瓶。

 

 頭部の左右を固定された女性。

 

 剣子だった。

 

 額の裂傷には新しいガーゼが当てられ、脇腹には厚い包帯が巻かれている。

 

 口元には酸素マスク。

 

 その傍らでは、曙が椅子へ座り、剣子の右手を握っていた。

 

曙「……くそ提督」

 

 先ほどまでの刺々しい声ではない。

 

曙「本当に、馬鹿なんだから……」

 

 隼人が見ていることに気づき、曙が顔を上げる。

 

曙「何よ」

 

隼人「容体は?」

 

曙「今すぐ死ぬような傷じゃないって。脇腹の傷も、内臓までは届いていないらしいわ」

 

 曙は少しだけ視線を落とす。

 

曙「でも、肺に水が入っているかもしれないから、しばらく様子を見るって」

 

隼人「そうか」

 

曙「……あんたが助けなかったら、間に合わなかった」

 

 聞き取れないほど小さな声だった。

 

隼人「何か言ったか?」

 

曙「何も言ってない!」

 

 曙が顔を背ける。

 

 その直後。

 

剣子「……曙……」

 

曙「くそ提督!」

 

 剣子の瞼が、ゆっくりと開いた。

 

 焦点の定まらない目が天井を向く。

 

 剣子が身体を起こそうとしたため、傍らの衛生員が頭部と首を支えながら動きを止めた。

 

曙「動かないで! 頭も打ってるのよ!」

 

剣子「みんなは……?」

 

曙「まだ消火と救助を続けてる。赤城たちは出撃したわ。司令部は大淀、海上部隊は長門が引き継いでる」

 

剣子「そう……ちゃんと、動いてるんだ……」

 

曙「当たり前でしょう。だから今は、自分の治療に集中しなさい」

 

 剣子は小さく息を吐いた。

 

 それから、寝台に座る隼人へ視線を向ける。

 

剣子「渡邉……さん」

 

隼人「意識が戻ったか」

 

剣子「はい……おかげさまで」

 

 剣子は酸素マスクへ手を伸ばそうとした。

 

 曙がすぐにその手を止める。

 

曙「外しちゃ駄目!」

 

剣子「少しだけ……話したいの」

 

曙「怪我人同士で何を話すのよ」

 

隼人「無理に話す必要はない。質問は回復してからでもできる」

 

剣子「でも……あなたには、何も説明できていませんから」

 

 剣子は呼吸を整えた。

 

 曙が酸素マスクを僅かにずらす。

 

剣子「改めて……私は剣子。階級は少佐。呉鎮守府の提督を務めています」

 

隼人「日本国海上自衛隊所属、渡邉隼人です」

 

剣子「日本国……海上自衛隊」

 

 剣子は聞き慣れない名称を、ゆっくりと繰り返す。

 

剣子「赤城から、少しだけ聞きました。あなたのいた日本には、呉鎮守府も、艦娘も存在しないと」

 

隼人「ああ。少なくとも、自分が知っている日本に、艦娘やKAN-SENという兵力は存在しない」

 

剣子「深海棲艦や、セイレーンも?」

 

隼人「どちらも初めて聞いた」

 

 剣子と曙が顔を見合わせる。

 

 隼人には、先に確認しなければならないことがあった。

 

隼人「現在の年を教えてくれ」

 

剣子「年……ですか?」

 

隼人「ああ。今は西暦何年だ?」

 

剣子「西暦では、一九三八年です。日本の年号では、昭和十三年ですが……」

 

 隼人の動きが止まった。

 

隼人「……昭和十三年?」

 

剣子「はい」

 

 聞き間違いではない。

 

 昭和十三年。

 

 西暦一九三八年。

 

 隼人がいた二〇二一年から、年数だけなら八十三年前だった。

 

 隼人は左耳の端末へ触れる。

 

隼人「アイ。内部時刻を確認しろ」

 

アイ『内部時計を確認。最終同期日時、西暦二〇二一年五月二十九日。外部時刻情報との同期は確立できません』

 

 墜落前の記録に異常はない。

 

 自分たちが出発したのは、間違いなく二〇二一年だった。

 

剣子「今の声は……?」

 

隼人「《みらい》に搭載された人工知能だ。自分にだけ聞こえる通信端末を使っている」

 

曙「人工知能……?」

 

隼人「説明すると長くなる。それより、確認したい」

 

 隼人は剣子を見る。

 

隼人「自分がいたのは、西暦二〇二一年五月二十九日だ」

 

剣子「二〇二一……年?」

 

 剣子の目が見開かれる。

 

 曙も、言葉を失って隼人を見つめていた。

 

曙「じゃあ、あんたは……八十年以上も先から来たっていうの?」

 

隼人「年だけを比べれば、そうなる」

 

剣子「そんなことが……」

 

隼人「自分にも分からない。搭乗していたヘリコプターが落雷を受け、制御を失った。次に目を覚ました時には、この鎮守府の救護室にいた」

 

剣子「ヘリコプター?」

 

隼人「回転翼航空機だ。自分たちは、それに乗って移動していた」

 

 剣子と曙の表情を見る限り、言葉自体は理解している。

 

 だが、二〇二一年から来たという話までは受け入れられていない。

 

 当然だった。

 

 隼人自身も、いまだに完全には信じられない。

 

剣子「では、ここはあなたにとって過去なのですか?」

 

隼人「暦だけを見ればな」

 

 隼人は救護所の内部へ目を向ける。

 

 整然と並べられた医療器具。

 

 ガラス製の輸液瓶。

 

 酸素ボンベ。

 

 十分に整備された電灯と有線放送。

 

 地上で見た自動車、電話設備、テレビ受像用と思われるアンテナ。

 

 どれも隼人が知る一九三八年の日本と、完全には一致しない。

 

隼人「だが、ここは自分が知っている昭和十三年ではない」

 

剣子「どういう意味ですか?」

 

隼人「この鎮守府にある生活設備と医療器具には、自分の知る歴史では戦後にならなければ普及しない物が混じっている。港に停泊していた艦艇も、艦橋の形状や対空兵装の配置が、自分の知る昭和十三年の姿とは一致しない」

 

曙「でも、ここでは普通に使ってるわよ」

 

隼人「だからだ」

 

 さらに、海上を人間の姿で走る艦娘とKAN-SEN。

 

 深海棲艦。

 

 セイレーン。

 

 隼人の知る歴史には、一度も存在しなかったものばかりだ。

 

隼人「ここが単純な八十三年前なら、説明のつかない物が多すぎる」

 

剣子「では、どこだと?」

 

隼人「分からない。ただ、自分の知る過去ではない可能性が高い」

 

 地下救護所の一角に、短い沈黙が流れた。

 

 剣子は隼人の言葉を整理するように、ゆっくりと呼吸する。

 

 曙も、先ほどまでの刺々しさを失っていた。

 

剣子「深海棲艦とセイレーンについて、聞きたいと言いましたね」

 

隼人「ああ」

 

剣子「どちらも、私たち人類の敵です」

 

 剣子の声が僅かに低くなる。

 

剣子「深海棲艦は、海上交通と沿岸地域を無差別に攻撃します。セイレーンも同様に、各国の艦隊や港湾を襲撃してきました」

 

隼人「両者は同じ陣営なのか?」

 

剣子「分かっていません」

 

隼人「分からない?」

 

剣子「同じ海域へ現れ、同じ目標を攻撃することはあります。ですが、共通の指揮系統や明確な協力関係は確認されていません」

 

曙「深海棲艦とセイレーンが撃ち合った記録もあるわ。だから、仲間同士とは限らない。でも、人間を襲う時だけは、こっちにとって同じ敵よ」

 

隼人「今日の空襲は?」

 

剣子「二つの敵が、異なる方向からほぼ同時に呉へ侵入しました。連携していたのか、偶然同じ時刻を選んだのかは判断できていません」

 

 敵同士でありながら、時に同じ目標を襲う。

 

 目的も指揮系統も不明。

 

 そのような二勢力を相手に、ここでは戦争が続いている。

 

隼人「艦娘とKAN-SENは、その二つへ対抗するための戦力か」

 

剣子「はい」

 

隼人「同じ艦の名を持つ者が二人いる理由は?」

 

剣子「それは……」

 

 剣子が説明を続けようとしたところで、軍医がカーテンを開いた。

 

軍医「そこまでです」

 

剣子「ですが……」

 

軍医「提督は溺水と頭部打撲の経過観察中。渡邉さんは低体温と左肩の縫合処置を終えたばかりです。二人とも、長話を続けられる状態ではありません」

 

隼人「まだ話せる」

 

軍医「話せることと、話してよいことは別です」

 

剣子「……すみません」

 

軍医「提督は酸素マスクを戻してください」

 

 曙が剣子の口元へ酸素マスクを戻す。

 

 軍医は続いて隼人を見る。

 

軍医「渡邉さんも横になってください」

 

隼人「眠る必要はない」

 

軍医「命令です」

 

隼人「自分は、あなたの部下ではない」

 

軍医「ここでは私が患者の指揮官です」

 

 即座に言い返され、隼人は口を閉じた。

 

 左耳から、待機状態だったアイの声が流れる。

 

アイ『軍医の指示に従うことを推奨します』

 

隼人「お前まで口を出すな」

 

アイ『負傷状態での情報収集継続は非効率です』

 

曙「機械にまで止められてるじゃない」

 

 曙が僅かに口元を緩める。

 

 隼人は諦めたように息を吐き、寝台へ身体を横たえた。

 

 頭を枕へ預けると、それまで押さえ込んでいた疲労が一気に全身へ広がっていく。

 

 視界の端。

 

 剣子も酸素マスクをつけ直し、静かに目を閉じていた。

 

 昭和十三年。

 

 西暦一九三八年。

 

 二〇二一年から八十三年前の呉。

 

 それでいて、隼人の知る歴史には存在しない兵器と技術、そして敵が存在している。

 

隼人「……別の世界、か」

 

 誰へ向けたわけでもない言葉が、静かな救護所へ落ちる。

 

 アイだけが、その声へ応答した。

 

アイ『現時点では、仮説を肯定するための情報が不足しています』

 

隼人「分かっている」

 

アイ『情報収集の継続を推奨します』

 

隼人「ああ……起きてからな」

 

 隼人は瞼を閉じた。

 

 地上では、復旧作業の音が今も続いている。

 

 そして呉の沖合では、二人の赤城が敵航空隊との戦闘へ向かっていた。

 




はい。
今回は、隼人が初めてアズールレーンと艦これの赤城と出会う話でした。
次回は、防空戦です。

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※2026年8月26日リメイク完了

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