陸自はドールズフロントライン、海自は艦これとアズールレーン、空自はアッシュアームズ三つの世界でバラバラになりながらでも生き残る 作:ゴーストライターとかした、素人小説書き
この小説は、シリアスとギャグが少し入っています。
それが、いやな方は、上にある矢印ボタンでブラウザバックを推奨します。
この世界はアズールレーンと艦これが入っているため人物が分かりやすいようにアズールレーンはA 艦これはCと表記します。
それでも、大丈夫な方はご覧ください。
1-3 呉鎮守府防空戦
呉鎮守府南方、近海上空。
四機の双発戦闘機が、雲の切れ間を縫うように飛行していた。
海軍夜間戦闘機、月光。
本来は夜間迎撃を主任務とする機体だが、呉鎮守府の航空戦力が損耗した現在、昼間の防空任務にも投入されていた。
胴体と主翼には、すでに幾つもの補修痕が残っている。
四機は二機ずつに分かれ、互いの死角を補いながら高度五千メートルを南下していた。
先頭を飛ぶ隊長機の機内。
操縦席の女性が、酸素マスク越しに無線機へ呼びかける。
月光一番機『こちら月光一番。指定空域へ到達。目標の捜索を開始する』
呉防空指揮所『月光一番、こちら呉防空。感度良好。敵編隊は方位一七〇、高度五千五百。呉へ向けて北上中』
月光一番機『了解。月光隊、針路一七〇。高度を五千五百へ』
四機が緩やかに上昇を始める。
後席の電探員が、機内に搭載された小型電探の表示を確認していた。
不鮮明な光点が、画面の端で断続的に現れている。
「前方に複数の反応。距離、約二十五キロ」
月光一番機「数は?」
「反応が重なっています。二十……いえ、それ以上です」
操縦士が正面へ目を凝らす。
薄い雲の向こう。
初めは黒い染みのように見えたものが、少しずつ輪郭を持ち始めた。
巨大な球形の胴体。
左右へ伸びる短く分厚い翼。
機体下部には、複数の爆弾を抱えている。
深海棲艦が運用する大型爆撃機だった。
月光一番機『呉防空、こちら月光一番。敵大型爆撃機編隊を視認』
呉防空指揮所『機数と進路を報告せよ』
隊長機が敵編隊の外周から視線を動かす。
五機。
十機。
さらに、その後方にも複数。
月光一番機『敵大型爆撃機、およそ二十。高度五千五百。針路三五五。呉へ向けて北上中』
「隊長、待ってください」
後席の電探員が声を上げた。
「爆撃機の上に、別の反応があります」
月光一番機「高度は?」
「六千五百以上。速度が……速すぎます」
操縦士が上空を見る。
太陽に近い位置。
雲の切れ間を、銀灰色の機影が横切った。
細長い胴体。
後方へ傾いた主翼。
機首にも、翼にも、プロペラが見当たらない。
数は八機。
大型爆撃機の前方と上空へ分かれ、同じ方角へ進んでいた。
月光一番機『呉防空。敵爆撃機上空に、所属不明機八を確認。プロペラなし。高速で飛行中』
呉防空指揮所『プロペラなし? セイレーン機の可能性は』
月光一番機『形状は既知のセイレーン航空機と一部類似。ただし、機種は特定できない』
呉防空指揮所『無理に接近するな。敵の速度と武装を確認後、迎撃可能なら爆撃機を攻撃せよ』
月光一番機『了解』
四機の月光が、敵編隊の左前方へ回り込む。
狙うのは大型爆撃機。
高速機との戦闘は避け、爆撃隊へ一撃を加えて離脱する。
月光一番機が僚機へ指示を送った。
月光一番機『月光隊、一番と二番は敵先頭編隊。三番と四番は後続を狙え。正面から接触後、敵編隊の下へ潜り込む』
月光二番機『了解』
月光三番機『了解』
月光四番機『了解』
四機が左右へ分かれる。
敵爆撃機との距離は、約八キロ。
あと一分もせず、射撃位置へ入る。
その時だった。
「上空の高速機、進路変更!」
後席から警告が飛ぶ。
「二機が降下してきます!」
隊長機が機体を右へ傾け、上空を確認する。
銀灰色の高速機が、太陽を背に急降下していた。
落下しているのではない。
月光隊へ向けて加速している。
月光一番機『敵高速機、来るぞ! 全機散開!』
四機が一斉に回避へ移る。
直後。
銀灰色の機体が、月光一番機の後方を高速で通過した。
甲高い噴射音。
続いて、曳光弾が空を切り裂く。
ダダダダダッ!!
最初の射撃は主翼の外側を通過した。
だが、二機目の高速機が、その背後から迫っている。
「後方、二機目!」
月光一番機「分かっている!」
操縦桿を倒す。
月光一番機が急降下へ移った。
機体が大きく震え、乗員の身体へ強い荷重が加わる。
二機目の敵機が射撃する。
曳光弾が月光の上を通過し、尾翼の一部を削り取った。
月光一番機「まだ操縦できる!」
隊長機が降下を続ける。
高速機は深追いせず、そのまま上昇へ転じた。
月光では追いつくことのできない速度で、再び太陽の方向へ離れていく。
月光一番機『全機、状況を報告!』
月光二番機『二番、異常なし!』
短い返答。
続いて、三番機から雑音混じりの声が届く。
月光三番機『三番、被弾! 右主翼に損傷、飛行継続可能!』
月光一番機『四番は!?』
返答がない。
月光一番機『月光四番、応答せよ!』
二番機が旋回しながら周囲を確認する。
数百メートル下方。
片方のエンジンから炎を噴く月光が、黒煙を引きながら落下していた。
月光二番機『四番機、墜落中!』
月光一番機『脱出は!?』
月光二番機『確認できません!』
燃え上がった四番機が雲の中へ消える。
その直後、別の高速機が三番機へ襲いかかった。
月光一番機『三番、後ろだ!』
月光三番機『回避する!』
三番機が左へ旋回する。
しかし、損傷した主翼では、敵の射線から完全に外れることができない。
高速機の機首が、三番機の進路へ重なった。
射撃。
機銃弾が右側のエンジンと胴体を貫いた。
月光三番機『被弾! 右発、火災!』
月光一番機『燃料を遮断! 消火装置を作動させろ!』
月光三番機『遮断します!』
三番機の後席乗員が、右側エンジンへの燃料供給を止める。
消火装置を作動。
炎はすぐには消えない。
右側のプロペラが回転を失い、機体が大きく傾いた。
月光三番機『右発停止! 高度を維持できません!』
月光一番機『海面まで降下しろ! 一番と二番が援護する!』
隊長機と二番機が、損傷した三番機の後方へ入る。
だが、高速機は追ってこなかった。
上昇した二機は、そのまま大型爆撃機の上空へ戻っていく。
残りの高速機も、月光隊を撃墜することより爆撃機の周囲へ留まることを優先していた。
その動きは、爆撃機を護衛しているように見える。
だが、深海棲艦とセイレーンが協力していると断定するには、情報が足りない。
月光一番機『呉防空、こちら月光一番。敵高速機と交戦。月光四番を喪失、三番が右発停止』
呉防空指揮所『月光一番、爆撃機への攻撃は可能か?』
隊長機が上空を見る。
敵高速機は再び高度を取り、月光隊の接近へ備えている。
こちらは一機を失い、一機が片発停止。
残る二機にも、最初の交戦で損傷が出ていた。
このまま爆撃機へ接近すれば、全機が撃墜される。
月光一番機『困難です。敵高速機は月光を大きく上回る速度を持っています。推定九百キロ以上。上昇力も比較になりません』
呉防空指揮所『了解。敵編隊の追尾を継続しつつ、交戦を避けて帰投せよ』
月光一番機『了解』
呉防空指揮所『三番機は飛行場まで戻れそうか?』
月光三番機『左発は生きています。高度を下げれば帰投可能です』
呉防空指揮所『海上救難隊を待機させる。無理に高度を維持するな』
月光三番機『了解……助かります』
残された三機が高度を下げる。
敵編隊は、その上空を通過していった。
大型爆撃機、およそ二十。
所属不明の高速機、八。
進路は呉。
月光隊は敵を止めることができなかった。
それでも、敵の存在と能力を持ち帰ることはできる。
月光一番機『呉防空へ。敵編隊は依然北上中。爆撃機の速度、約四百五十。現在位置から呉まで、三十分以内に到達する可能性あり』
呉防空指揮所『情報を受領。全防空部隊へ警報を発令する』
通信が切れる。
数秒後。
呉鎮守府全域へ、再び空襲警報が鳴り響いた。
ブォォォォォ――
低く荒いサイレン音が、軍港と市街地へ広がっていく。
敵大型爆撃機編隊接近。
予想到達時刻、三十分以内。
先ほどの空襲で被害を受けた呉鎮守府に、次の攻撃へ備える時間はほとんど残されていなかった。
同じ警報は、呉へ帰投中の警戒艦隊にも伝えられていた。
その上空。
二つの航空隊を指揮していた二人の赤城が、ほぼ同時に南の空へ視線を向ける。
赤城(艦娘)「大型爆撃機、約二十……」
赤城(KAN-SEN)「護衛には、セイレーンの高速機が八。月光隊では接近することも難しかったようですわね」
眼下では、損傷した警戒艦隊が呉へ向けて進んでいる。
上空援護を外せば、敵が別の航空隊を送り込んできた際、再び無防備になる。
だが、呉へ向かう爆撃機を放置することもできない。
赤城(艦娘)「残っている戦闘機を二つに分けます。半数は警戒艦隊の護衛を継続。残りは私たちとともに南へ」
赤城(KAN-SEN)「二十機以上の爆撃機と、高速護衛機を相手に?」
赤城(艦娘)「撃墜しきる必要はありません。編隊を崩し、爆撃の照準を乱せれば、鎮守府の対空砲が迎撃できます」
赤城(KAN-SEN)「先ほどと同じく、敵を倒すのではなく、味方が戦える状況を作る……」
赤城(艦娘)「はい。それが今の私たちにできることです」
重桜の赤城が、僅かに笑みを浮かべる。
赤城(KAN-SEN)「分かりましたわ、一航戦。今度も付き合いましょう」
艦娘の赤城が、警戒艦隊へ通信を送る。
赤城(艦娘)『警戒艦隊へ。敵大型爆撃機が呉へ接近中。直掩隊の半数を残し、私たちは迎撃へ向かいます』
『了解した! こちらは湾内まで残り僅かだ! 呉を頼む!』
赤城(艦娘)『必ず止めます』
二人の赤城が海上で大きく転進する。
艦載機の半数を警戒艦隊上空へ残し、残る機体を南へ集める。
その先にいるのは、これまで戦ったことのない速度を持つ敵。
それでも、退くという選択肢はなかった。
二人の赤城は、再び呉から離れる方向へ加速を始めた。
呉鎮守府、地下救護所。
隼人が寝台へ身体を横たえてから、まだ十数分も経っていなかった。
ブォォォォォ――
地上から伝わってきた低いサイレン音が、地下救護所の静寂を破った。
壁と天井が微かに震える。
眠りに落ちかけていた隼人が、すぐに目を開いた。
アイ『渡邉隼人。起きてください』
隼人「……聞こえている」
隼人は上半身を起こした。
隣の区画では、剣子が酸素マスクを装着したまま眠っている。曙が寝台脇の椅子から立ち上がり、天井を見上げた。
曙「また空襲……?」
救護所の各所で、軍医と衛生員たちが一斉に動き始める。
「歩ける患者は奥の区画へ!」
「灯火を消して! 地上へ通じる扉も閉めます!」
白いカーテンがまとめられ、移動可能な寝台が地下救護所の奥へ運ばれていく。
直後、壁に取り付けられた有線放送用の拡声器から、激しい雑音が流れた。
『敵大型爆撃機編隊、呉鎮守府南方より接近中』
救護所の空気が張り詰める。
『確認された敵機は、大型爆撃機およそ二十。上空に高速機八。予想到達時刻、三十分以内。各防空部隊は直ちに迎撃準備へ移れ』
隼人「高速機……」
隼人は左耳の通信端末へ指を添えた。
隼人「アイ。今の放送以外に情報はあるか?」
アイ『《みらい》の通信装置を介し、周辺の無線通信を受信しています。ただし、暗号化されていない音声通信のみです』
隼人「内容は?」
アイ『哨戒中の双発戦闘機隊が敵高速機と交戦。一機喪失。一機損傷。高速機の推定速度は時速九百キロメートル以上。プロペラを持たず、噴射推進を使用している可能性が高いと報告されています』
隼人「ジェット機か」
曙「じぇっと……?」
曙が聞き慣れない言葉へ反応する。
隼人「噴射推進で飛ぶ航空機だ。月光より遥かに速い」
曙「そんなのが八機も来るの?」
アイ『訂正します。敵高速機は、大型爆撃機の上空へ留まっていると報告されています。呉鎮守府を直接攻撃するかは、現時点では不明です』
隼人「だが、爆撃機への接近を妨害している。実質的には護衛機だ」
隼人は寝台から降りようとした。
軍医「何をしているのですか」
別の患者を奥へ移していた軍医が、隼人の前へ回り込む。
隼人「《みらい》の状態を確認する」
軍医「あなたはここで待機です」
隼人「敵が近づいている」
軍医「だからこそ、地下にいるのです」
隼人「こちらには、敵を追跡できる装備がある」
軍医「あなたは左肩を縫合したばかりです。先ほどまで低体温状態だったことも忘れないでください」
隼人「忘れてはいない」
軍医「ならば横になってください」
軍医は一歩も退かなかった。
隼人も、その判断が医師として正しいことは理解している。
だが、敵高速機が月光を上回る速度を持つなら、呉鎮守府の防空部隊は正確な位置すら掴めないまま攻撃される可能性がある。
隼人「アイ。《みらい》の索敵装置は使用できるか?」
アイ『主電源は安定しています。電波探知装置、警戒レーダー、通信装置は、自己診断上では使用可能です』
隼人「兵装を使用せず、索敵装置だけを運用する場合は?」
アイ『左肩部駆動装置を切り離し、出力を制限すれば運用可能です。ただし、装着者への負担増加が予想されます』
軍医「その装着者というのは、あなたでしょう」
隼人「ああ」
軍医「却下します」
アイ『軍医の判断は、渡邉隼人の身体状態を考慮すれば合理的です』
隼人「お前は黙っていろ」
アイ『了解。音声出力を抑制します』
軍医が腕を組む。
軍医「機械にまで止められているではありませんか」
隼人「だが、使用できないとは言っていない」
軍医「屁理屈です」
曙が二人の間へ視線を動かす。
曙「ねえ。その《みらい》って、本当に敵を見つけられるの?」
隼人「実際に展開しなければ断言はできない。ただ、少なくとも現在地と方位、高度、速度を継続して追える可能性がある」
曙「撃ち落とすことは?」
隼人「今の状態で、二十八機を一人で撃墜するなど不可能だ」
隼人は即座に答えた。
隼人「それに、搭載火器を使えば解決するという話でもない。敵の位置を防空指揮所へ送り、戦闘機と対空砲を適切な場所へ動かす。その方が重要だ」
救護所の入口から、慌ただしい足音が近づいてきた。
「渡邉隼人さんはこちらですか!」
防護帽を被り、作業服を身につけた女性がカーテンの間から姿を現した。
手には工具箱。
背中には、小型の艤装を思わせる機械構造を装着している。
その後ろから、猫の耳を持つ緑髪の女性も続いてきた。
夕張(艦娘)「渡邉さんですね?」
隼人「そうだ。あなたたちは?」
夕張(艦娘)「技術班の夕張です。こちらは重桜技術部の明石さん」
明石(KAN-SEN)「明石にゃ。今は挨拶をしている時間がないから、用件だけ伝えるにゃ」
明石は手にしていた紙片を隼人へ見せた。
紙には、《みらい》の外形と、胸部で点灯している表示灯の位置が簡単に描かれている。
明石(KAN-SEN)「警報が鳴ってから、あの装備が勝手に反応を始めたにゃ。内部から何度も音声が流れているけど、私たちの操作は一切受け付けないにゃ」
夕張(艦娘)「『外部展開が必要』と繰り返しています。移動させようにも、関節が固定されていて作業台から降ろせません」
隼人「アイの判断だ」
夕張(艦娘)「あれが、あなたの人工知能……」
隼人「敵を追跡するには、建物の外へ出す必要がある。屋内では周囲の構造物に遮られて、本来の性能を発揮できない」
明石(KAN-SEN)「やっぱり、あれには電探が載っているのかにゃ?」
隼人「電探だけではない。敵が発する電波の探知と、味方への情報伝達もできる」
夕張と明石が顔を見合わせる。
未知の装備を前にした技術者としての好奇心が、その表情へ浮かんでいた。
しかし、すぐに二人とも真剣な顔へ戻る。
夕張(艦娘)「使えば、敵高速機の位置を把握できる可能性があるのですね?」
隼人「ある」
夕張(艦娘)「では、防空指揮所へ使用許可を求めます」
軍医「待ってください。渡邉さんは治療を終えたばかりです」
夕張(艦娘)「装着しなければ動かせないのですか?」
隼人「通常ならば輸送用の支持台を使う。だが、この鎮守府には対応する器材がない。今から即席の運搬装置を作っている時間もない」
明石(KAN-SEN)「敵の到着まで三十分もないにゃ……」
軍医は厳しい表情を崩さない。
軍医「だからといって、負傷者を戦場へ戻す許可は出せません」
隼人「自分は、この鎮守府の指揮下にはない。だが、保管されている《みらい》は、現在そちらの管理下にある」
隼人は夕張を見る。
隼人「臨時に指揮を執っている者へ連絡してくれ。装備の使用許可を求める」
夕張(艦娘)「大淀さんですね」
隼人「ああ。武器を使用するつもりはない。最初は索敵と通信支援だけでいい」
夕張はすぐに救護所の壁際へ置かれた電話機へ向かった。
交換手を呼び出し、防空指揮所への接続を求める。
数十秒後。
夕張(艦娘)「大淀さんにつながりました」
夕張から受話器を渡され、隼人は耳へ当てた。
隼人「渡邉隼人です」
大淀『報告は受けています。負傷しているはずですが、なぜ救護所の電話から装備の使用許可を求めているのですか?』
隼人「敵高速機を追跡するためです」
大淀『あなたの装備なら可能なのですか?』
隼人「保証はできません。しかし、《みらい》の警戒レーダーと電波探知装置は、自己診断上では使用可能です。敵編隊の位置、高度、速度、進路を継続して監視できる可能性があります」
大淀『その情報を、こちらへ伝える方法は?』
隼人「《みらい》の情報を人間が読み上げ、そちらの海図上へ記入してください。現状では、鎮守府の指揮系統へ直接接続する方が危険です」
大淀『理由は?』
隼人「互いの通信方式も、情報処理方式も分からない。無理につなげれば、故障や通信障害を起こす可能性がある」
受話器の向こうで、紙を捲る音が聞こえる。
大淀『敵を攻撃するつもりはありますか?』
隼人「現時点ではありません。兵装回路を安全状態のまま固定し、索敵と通信支援に限定します。敵が呉の防空圏へ入ったあとは、防空指揮所の命令に従います」
大淀『あなたが、その命令に従う保証は?』
隼人「ない」
夕張と明石が、同時に隼人を見る。
隼人は構わず続けた。
隼人「だから監視をつけてください。技術要員と警備員を配置し、使用範囲を技術班前の敷地に限定する。自分が命令へ従わなければ、外部電源と通信を切断すればいい」
大淀『それだけで、あなたの装備を止められるのですか?』
隼人「完全には止められない」
大淀『……正直なのですね』
隼人「嘘をついて許可を得ても、後で信用を失うだけです」
短い沈黙が流れた。
その間にも、地上のサイレンは鳴り続けている。
大淀『夕張さんと明石さんは、近くにいますか?』
隼人「いる」
受話器を夕張へ渡す。
夕張(艦娘)「はい。夕張です」
大淀『《みらい》の装置に、渡邉さんが説明した機能が存在する可能性は?』
夕張(艦娘)「構造を完全には把握できていません。ただ、複数の送受信装置と、既存の電探には見られない処理装置を確認しています。本人の説明と、外見上の構造に矛盾はありません」
明石(KAN-SEN)「明石も同意見にゃ。少なくとも、ただの装甲服ではないにゃ」
夕張(艦娘)「敵を撃墜できるかは分かりません。ですが、探知能力だけでも確認する価値はあります」
再び受話器が隼人へ戻される。
大淀『渡邉隼人さん』
隼人「聞いています」
大淀『《みらい》の限定使用を許可します』
救護所にいた者たちの視線が、隼人へ集まった。
大淀『使用場所は技術班区画前のコンクリート敷地。目的は敵航空編隊の探知、追跡、防空指揮所への情報提供に限定します。兵装の使用は禁止。電波妨害も、こちらの許可なく実施しないでください』
隼人「了解しました」
大淀『夕張さんと明石さんを監督要員として配置します。警備員も二名同行させます。取得した情報は、すべて防空指揮所へ報告してください』
隼人「承知した」
大淀『それから、軍医の指示には従ってください。あなたが倒れれば、装備も使えなくなるのでしょう?』
隼人「……了解」
通話が切れる。
隼人は受話器を置き、寝台脇に揃えられていた履物へ足を通した。
軍医「私は、まだ許可していません」
隼人「臨時指揮官の許可は得た」
軍医「防空指揮所は、あなたの傷を診察していません」
軍医は隼人の前へ立つと、額のガーゼと左肩の包帯を確認した。
続いて瞳孔、脈拍、呼吸状態を手早く診る。
軍医「頭痛は?」
隼人「僅かにある」
軍医「吐き気、二重に見える、手足の痺れは?」
隼人「ない」
軍医「左肩の痛みは?」
隼人「動かせば痛む」
軍医「当然です」
軍医は一度だけ深く息を吐いた。
軍医「許可するのは、装備のところまで歩くことだけです。装着後に頭痛や目眩が強くなった場合、直ちに中止してください。傷が開いた場合も同様です」
隼人「分かった」
軍医「分かった、ではなく、従うと約束してください」
隼人「従う」
軍医は納得していない表情のまま、隼人の包帯を補強した。
曙が、眠っている剣子の寝台脇から隼人を見る。
曙「くそ提督を助けたばかりなのに、今度は鎮守府まで助けるつもり?」
隼人「使える装備がある。それを使うだけだ」
曙「それで、また海に飛び込んだ時みたいに無茶をするんじゃないでしょうね」
隼人「今回は飛び込まない」
曙「そういう意味じゃないわよ」
曙は呆れたように言ったあと、僅かに視線を逸らした。
曙「……戻ってきなさいよ。あんたまで担架で運ばれたら、くそ提督が気にするでしょ」
隼人「ああ」
隼人は夕張と明石、二人の警備員とともに地下救護所を出た。
地上へ続く階段を上がるにつれ、空襲警報の音が大きくなっていく。
技術班区画へ到着すると、《みらい》は補強された作業台の上に横たえられていた。
周囲の表示灯が、青白く明滅している。
その隣の作業台には、回収された隼人の制服と装具が並べられていた。
夕張(艦娘)「着替えられますか?」
隼人「問題ない」
隼人は衝立の向こうへ入り、患者衣から海上自衛隊の青い迷彩服へ着替えた。
縫合された左肩を通す際に痛みが走る。
それでも表情には出さず、装具を身につけて衝立から出た。
夕張と明石が、《みらい》の胸部装甲を開放する。
内部の固定具が外れ、装着者を受け入れる状態へ移行した。
アイ『渡邉隼人を確認』
隼人「アイ。限定運用へ移行する」
アイ『防空指揮所からの許可は確認できません』
隼人「口頭で許可を得た。使用目的は索敵、追跡、情報伝達。兵装と電波妨害装置の使用は禁止」
アイ『命令内容を記録しました。兵装回路を安全状態で固定。電子妨害装置を待機状態へ移行します』
隼人は《みらい》の内部へ身体を収めた。
脚部。
腰部。
胸部。
右腕。
最後に、負傷している左腕を慎重に固定する。
装甲が順番に閉じていく。
金属同士が噛み合う低い音が、技術班区画へ響いた。
アイ『装着者との接続を確認。左肩部駆動装置を切り離します。全身駆動出力、四十パーセントに制限』
隼人「起動しろ」
アイ『了解』
《みらい》の各部へ電力が流れる。
背部の制御装置が低く唸り、四肢の人工筋肉が装着者の動作へ追従を始めた。
隼人が右脚を作業台の下へ降ろす。
続いて左脚。
総重量二百五十キログラム近い強化外骨格が、自らの脚でゆっくりと立ち上がった。
夕張と明石が、同時に一歩後退する。
夕張(艦娘)「あれだけの重量が……」
明石(KAN-SEN)「装着者の動きを、そのまま増幅しているのかにゃ……?」
隼人は右腕を動かし、脚部と腰部の反応を確認した。
左肩は固定され、腕を胸元へ寄せた状態から動かせない。
歩行機能には問題がない。
アイ『限定運用状態、安定。渡邉隼人の心拍数上昇を確認』
隼人「許容範囲だ」
アイ『継続監視します』
技術班区画の扉が開かれる。
警備員が先に外へ出て、周囲の安全を確認した。
隼人は《みらい》を歩かせ、建物前のコンクリート敷地へ出る。
薄明の空には、まだ敵機の姿はない。
だが、南の空から低い雷鳴のような音が、微かに届き始めていた。
夕張が野戦電話を敷地の端へ運び、防空指揮所との回線を確保する。
夕張(艦娘)「防空指揮所との通話、つながりました!」
隼人「アイ。警戒レーダーを起動。出力は最小から始めろ」
アイ『了解。周辺の味方施設への電波干渉を監視しながら、段階的に出力を上昇させます』
《みらい》の背部で、折り畳まれていたアンテナが展開する。
周囲の空間を探るように、電波が南方へ放たれた。
隼人の視界へ、青白い表示が重なる。
最初は何もなかった画面の端へ、複数の光点が浮かび上がった。
アイ『複数の航空目標を探知』
隼人「数と位置」
アイ『方位一七四。大型低速反応、二十前後。高度約五千五百メートル。北上中』
表示の上方へ、別の光点が八つ現れる。
アイ『高速反応八。高度約六千五百メートル。大型反応の前方および上空に位置しています』
隼人「月光隊の報告と一致する」
アイ『高速反応の速度を測定。時速九百三十から九百八十キロメートル。進路は一定していません。大型反応の周囲を往復しています』
爆撃機の護衛行動。
少なくとも、現在の動きはそう判断できる。
隼人「敵編隊までの距離は?」
アイ『約百六十キロメートル。現在の速度を維持した場合、呉防空圏への到達まで二十分前後です』
隼人「夕張。防空指揮所へ伝えろ」
夕張(艦娘)「はい!」
夕張が野戦電話の受話器を取る。
夕張(艦娘)「こちら技術班観測所! 敵編隊を捕捉しました! 方位一七四、距離約百六十キロ! 大型機二十前後、高度五千五百! 高速機八、高度六千五百!」
受話器の向こうから、驚いた声が返ってくる。
『こちらの電探では、まだ明確な反応を確認できない! その情報は確実か!?』
夕張が隼人を見る。
隼人「追跡を継続する。三十秒ごとに位置を更新すると伝えろ」
夕張(艦娘)「《みらい》が継続追跡中! 三十秒ごとに位置を更新します!」
明石が海図と定規を作業台へ広げ、夕張が読み上げる情報を書き込み始める。
警備員たちも、南の空と隼人を交互に警戒していた。
未知の装備。
正体不明の男。
そのどちらも、完全には信用されていない。
それでも、《みらい》が示した敵編隊の位置は、月光隊が命懸けで持ち帰った報告と一致していた。
アイ『北方から接近する航空反応を確認』
隼人「敵か?」
アイ『判定不能。二つの飛行集団が南下中。大型反応に比べ小型。速度は既存のレシプロ航空機と同程度です』
隼人は海上へ視線を向けた。
目視できる距離ではない。
だが、その方向から接近しているのは、呉を守るために転進した二人の赤城と、その艦載機だった。
隼人「防空指揮所へ確認。南下中の友軍航空隊がいるはずだ」
夕張(艦娘)「確認します!」
隼人の視界上で、北上する敵編隊と南下する二つの航空隊が、少しずつ接近していく。
《みらい》の兵装回路は、まだ安全状態のまま固定されている。
隼人が今から行うのは、敵を一人で撃墜することではない。
敵を見つける。
味方へ知らせる。
散らばった戦力を、一つの防空戦闘へ結びつける。
隼人「アイ。全目標の追跡を継続。味方と推定される反応には、仮識別を付与しろ」
アイ『了解。敵味方識別は確定情報ではありません。誤認の可能性を継続表示します』
隼人「それでいい」
空襲警報が鳴り響く呉鎮守府で、時代の異なる二つの防空網が、初めてつながろうとしていた。
呉鎮守府南方、約九十キロ。
二人の赤城は海上を南下していた。
足元から長い飛沫が伸び、左右に展開された艤装が波を切り裂く。
その遥か前方、高度五千メートル付近では、二人が送り出した艦上戦闘機が複数の集団に分かれて飛行している。
警戒艦隊の上空には、残存機の半数を残してきた。
迎撃へ投入できる機数には限りがある。
敵大型爆撃機、およそ二十。
高速護衛機、八。
まともに正面からぶつかれば、数でも性能でも不利だった。
『赤城隊、こちら呉防空指揮所』
無線機から大淀の声が届く。
赤城(艦娘)「こちら赤城。聞こえています」
大淀『新たな観測情報を送ります。敵編隊、方位一七四。呉からの距離、百三十五キロ。大型機は高度五千五百。高速機八は、その前方と上空を往復しています』
赤城(KAN-SEN)「随分と正確ですこと。呉の電探では、まだ捕捉できる距離ではないのでしょう?」
大淀『技術班区画へ展開した《みらい》が追跡しています』
重桜の赤城が僅かに目を細める。
赤城(KAN-SEN)「あの殿方の装備ですか」
赤城(艦娘)「使用できる状態だったのですね」
大淀『左肩部が損傷しているため、機能を制限して運用しています。兵装の使用は禁止。現在は索敵と情報提供のみです』
赤城(艦娘)「渡邉さん自身が装着しているのですか?」
大淀『はい』
艦娘の赤城が一瞬だけ口を閉じた。
つい先ほどまで、隼人は地下救護所で治療を受けていた。
左肩を負傷し、海中へ飛び込んだことで体温も低下している。
その状態で、再び地上へ出たことになる。
赤城(KAN-SEN)「指揮官様を海から救った直後に、今度は鎮守府の防空ですか。随分と働き者の殿方ですこと」
赤城(艦娘)「感心している場合ではありません。負傷が悪化する前に、私たちが敵を退けます」
赤城(KAN-SEN)「ええ。その意見には賛成ですわ」
無線機へ、別の声が割り込んだ。
夕張(艦娘)『技術班観測所から赤城隊へ。敵編隊の位置を更新します』
赤城(艦娘)「どうぞ」
夕張(艦娘)『敵大型機、方位一七三、距離百二十八キロ。高速機は二機ずつに分かれ、爆撃隊の前方、左右、上空を移動中です』
赤城(艦娘)「高速機の動きが変わった場合、定時報告を待たずに知らせてください」
夕張(艦娘)『了解しました。ただし、《みらい》の情報は航空機同士の近接戦闘に使えるほど細かくありません。最終的な回避判断は、目視と各艦載機の索敵に頼ってください』
赤城(艦娘)「十分です。接近方向が分かるだけでも、奇襲を受ける可能性を減らせます」
高速機を追いかける必要はない。
追いつくこともできない。
敵がどこから攻撃してくるのかを事前に把握し、その一撃を避ける。
高速機が上昇へ転じた隙に、爆撃機へ攻撃を加える。
それが、二人の赤城に残された数少ない戦い方だった。
艦娘の赤城は、自身の航空隊へ指示を送る。
赤城(艦娘)「第一戦闘機隊は高度六千。敵編隊の正面へ回り込みます。姿を見せても、爆撃機へはまだ接近しないでください」
続いて、重桜の赤城が艤装へ手を添えた。
赤い飛行甲板が淡く発光する。
赤城(KAN-SEN)「こちらの戦闘機隊は、高度四千八百まで下げます。雲を利用して敵編隊の左側面へ」
赤城(艦娘)「敵高速機は、高い位置にいる私の艦戦を先に狙うはずです」
赤城(KAN-SEN)「その隙に、私が爆撃隊を切り崩す」
赤城(艦娘)「高速機が反転すれば、今度はこちらが側面へ入ります」
赤城(KAN-SEN)「なるほど……交代で餌になるというわけですね」
赤城(艦娘)「言い方はともかく、そのとおりです」
赤城(KAN-SEN)「嫌いではありませんわ」
二人の艦載機隊が、高度差を広げながら南下を続ける。
数分後。
艦娘の赤城が送り出した戦闘機隊の前方に、黒い点が現れた。
最初は、水平線上へ浮かぶ塵のように小さい。
それが見る間に数を増やし、横に広がった巨大な編隊へ変わっていく。
深海棲艦の大型爆撃機。
左右へ広がる分厚い翼。
機体下部には、呉へ投下するための爆弾が並んでいる。
爆撃機は複数の小編隊を組み、互いの防御火器が死角を補うよう密集していた。
その上空。
太陽に近い位置で、銀灰色の光が一瞬だけ反射する。
赤城(艦娘)「……いました」
赤城(KAN-SEN)「月光を落とした高速機ですわね」
敵高速機は、爆撃機より千メートルほど高い位置にいる。
プロペラはない。
細長い胴体の後部から、僅かに黒い排気を引いていた。
艦娘の赤城が、航空隊を敵の正面へ進める。
まだ攻撃はしない。
敵からも見える位置を飛び、わざと存在を知らせる。
銀灰色の高速機が反応した。
二機が編隊から離れ、大きく左へ旋回する。
『技術班観測所から赤城隊! 敵高速機二、編隊左側から前方へ移動! 高度六千八百!』
夕張の警告が届く。
艦娘の赤城には、高速機の姿がまだ見えていない。
だが、進路は分かった。
赤城(艦娘)「第一戦闘機隊、右へ二十度。高度を維持」
艦戦隊が緩やかに針路を変える。
直後、雲の上から銀灰色の二機が姿を現した。
敵は太陽を背にする位置を取ろうとしていた。
《みらい》の観測がなければ、発見はさらに遅れていた。
赤城(艦娘)「来ます。まだ回避しないでください」
敵高速機が急降下へ入る。
距離が急速に縮まっていく。
艦戦隊は同じ針路を保ったまま飛び続ける。
赤城(KAN-SEN)「随分と引きつけますのね」
赤城(艦娘)「早く避ければ、進路を修正されます」
銀灰色の機体が射撃位置へ入った。
機首が僅かに光る。
赤城(艦娘)「今です。左右へ分かれて!」
艦戦隊が一斉に旋回する。
直後、曳光弾がそれまで飛行していた空間を貫いた。
ダダダダダッ!!
完全には避けきれない。
最後尾にいた一機の主翼へ、複数の機銃弾が命中した。
破片が飛び散り、機体が錐揉み状態へ入る。
別の一機も尾部を撃ち抜かれ、高度を落とした。
高速機は艦戦隊の間を一瞬で通過する。
攻撃を終えた二機は、そのまま降下を続けた。
艦戦隊が旋回して追おうとする。
赤城(艦娘)「追わないで! 爆撃隊へ!」
敵高速機は、すでに艦戦の射程外へ出ている。
追跡しても距離を引き離されるだけだ。
艦娘の赤城が囮となっている間に、低空へ回り込んでいた重桜の艦戦隊が爆撃機編隊へ接近した。
赤城(KAN-SEN)「左端の小隊から切り離します。先頭機を集中攻撃なさい」
重桜の艦戦隊が一斉に上昇する。
爆撃機の左下方。
防御機銃が向けにくい角度から、先頭機へ機銃弾を集中させた。
爆撃機の左側エンジンから黒煙が噴き出す。
機体が編隊から遅れ始めた。
後続する爆撃機が、衝突を避けるため左右へ進路を変える。
密集していた小編隊に隙間が生じた。
赤城(KAN-SEN)「次は、その後ろですわ」
艦戦隊が攻撃目標を変える。
爆撃機の防御機銃が火を噴いた。
無数の曳光弾が空を交差する。
重桜の艦戦一機が胴体を撃ち抜かれ、炎を噴きながら離脱する。
それでも、残る機体は攻撃を中断しなかった。
爆撃機の操縦席と右翼付け根へ射撃を集中させる。
右翼から外板が剝がれた。
機体が大きく傾き、隣を飛んでいた爆撃機へ接近する。
二機は衝突を避けるため、互いに反対方向へ離れた。
爆撃編隊の左側が崩れ始める。
『敵高速機、進路変更!』
夕張の声が無線機へ響く。
『上空の二機が降下開始! 重桜航空隊の後方へ向かっています!』
赤城(KAN-SEN)「来ましたわね」
赤城(艦娘)「重桜隊、攻撃を中止。左へ急旋回してください」
赤城(KAN-SEN)「もう一撃加えられます」
赤城(艦娘)「残れば挟まれます」
重桜の赤城が一瞬だけ爆撃機編隊を見る。
敵の左側は崩れた。
これ以上欲張れば、艦載機を失う。
赤城(KAN-SEN)「仕方ありませんわね。全機、攻撃を中止。左へ旋回!」
艦戦隊が爆撃機から離れる。
数秒後。
二機の高速機が、その背後を斜めに横切った。
機銃が火を噴く。
一機が被弾し、翼端から破片を撒き散らした。
だが、事前に旋回を始めていたため、編隊の中心を捉えられることはなかった。
敵高速機が艦戦隊を追い越す。
その進路の先。
先ほど攻撃を終えた艦娘の戦闘機隊が待っていた。
赤城(艦娘)「正面の二機へ。一度だけ撃って、すぐに離脱してください」
艦戦隊が高速機の側面へ機首を向ける。
敵を追いかけるのではない。
敵が自分から射線を横切る瞬間を狙う。
複数の艦戦が同時に射撃した。
空中に弾幕が形成される。
高速機の一機が、その中へ飛び込んだ。
機首と左翼へ弾丸が命中する。
左翼端から破片が飛び、機体が僅かに揺れた。
しかし、撃墜には至らない。
高速機は黒い排気を引きながらも速度を落とさず、そのまま艦戦隊の下を通過した。
もう一機は直前に上昇し、弾幕を回避する。
赤城(艦娘)「深追いはしないで。高度を戻します」
赤城(KAN-SEN)「一機に傷を負わせただけですか」
赤城(艦娘)「十分です。こちらの目的は高速機との撃ち合いではありません」
高速機は速度を保ったまま大きな弧を描き、再び爆撃機の上空へ戻ろうとしている。
だが、旋回には広い空間と時間が必要だった。
高速であるほど、小さく曲がることは難しい。
そして、その旋回経路は《みらい》によって追跡されている。
呉鎮守府、技術班区画前。
隼人の視界上で、二つの高速反応が大きく南へ膨らんだ。
アイ『高速目標二。旋回を継続。大型編隊上空へ復帰するまで、約四十秒』
隼人「敵高速機は旋回中。四十秒間、爆撃隊への接近を妨害できない」
夕張が野戦電話へ復唱する。
夕張(艦娘)「敵高速機二、旋回中! 爆撃隊上空への復帰まで約四十秒!」
防空指揮所から、同じ情報が二人の赤城へ送られる。
隼人は敵編隊全体へ視線を移した。
爆撃機上空には、まだ六機の高速反応が残っている。
そのうち二機が高度を上げている。
残る四機は、爆撃機の前方と右側を飛行中。
隼人「次に来るのは上の二機だ」
アイ『同意します。高速目標二が加速。進路から、艦娘航空隊を攻撃する可能性が高いと推定』
隼人「夕張。高速機二、爆撃隊直上から上昇。次の攻撃対象は艦娘側の航空隊と推定」
夕張(艦娘)「伝えます!」
明石が海図へ敵の位置を書き込みながら、隼人を見上げる。
明石(KAN-SEN)「あの速さの相手が、次にどこへ向かうのかまで分かるのかにゃ?」
隼人「分かるのは位置と進路だけだ。何を考えているかまでは分からない」
アイ『過去の行動から、攻撃対象を推定しています。確度は六十八パーセントです』
隼人「外れる可能性も三割以上ある」
明石(KAN-SEN)「それでも、何も見えないより遥かにましにゃ」
隼人の視界で、高速目標二つが艦娘側の航空隊へ接近していく。
直後、味方反応が左右へ分かれた。
警告を受けた赤城が、早くも回避準備へ入ったのだ。
呉南方、迎撃空域。
赤城(艦娘)「第一戦闘機隊、高度を二百下げます。第二戦闘機隊は右へ」
艦戦隊が二つへ分かれる。
高速機から見れば、攻撃対象が左右に開いた形になる。
どちらを狙うのか。
敵の判断が僅かに遅れた。
その間に、重桜の艦戦隊が再び爆撃機の左側へ迫る。
今度は先ほど開いた編隊の隙間を利用する。
赤城(KAN-SEN)「敵の護衛が戻る前に、中央を分断しますわ」
重桜の艦戦隊が二方向へ分かれた。
一隊が爆撃機の正面から姿を見せる。
爆撃機の機首側防御火器が、そちらへ向けられた。
もう一隊が右下方から上昇する。
防御機銃の死角へ入り、中央付近を飛ぶ爆撃機へ射撃を集中させた。
右翼側エンジンが爆発する。
炎が翼面へ広がった。
爆撃機は急速に速度を失い、編隊から下がっていく。
後続機が回避する。
一機が左へ。
もう一機が右へ。
崩れた隊列を戻そうと、爆撃機群が進路を修正する。
だが、前方から接近していた艦戦隊が、今度は機首側へ攻撃を加えた。
先頭の爆撃機が進路を変える。
後続機もそれに続こうとする。
大型機同士の間隔が狭まり、さらに回避行動が重なった。
爆撃編隊は、一つの大きな集団から三つの小集団へ分かれ始めた。
赤城(艦娘)「爆撃隊の中央が崩れました」
赤城(KAN-SEN)「もう一度攻撃すれば、さらに散らせますわ」
赤城(艦娘)「こちらの残弾も減っています。護衛機が戻る前に離脱させます」
赤城(KAN-SEN)「慎重ですこと」
赤城(艦娘)「鎮守府まで戻らなければならないのは、私たちも同じです」
高速機が再び上空へ戻ってくる。
今度は四機。
銀灰色の機体が、崩れた爆撃隊の間を縫うように上昇した艦戦を追う。
高速機の機銃が火を噴いた。
曳光弾が空を切り裂く。
一機の艦戦が胴体を撃ち抜かれ、炎を上げた。
別の一機は右翼を失い、海面へ向かって落下していく。
残る艦戦は、急旋回を繰り返しながら射線から外れた。
高速機は一瞬で追い越し、再び上昇へ転じる。
性能差は、戦術だけで埋められるものではない。
接近方向が分かっていても、完全には避けきれない。
攻撃のたびに、二人の航空隊は確実に削られていた。
赤城(KAN-SEN)「……忌々しい速さですわね」
赤城(艦娘)「ですが、爆撃隊は崩れました」
敵大型爆撃機は、すでに最初の密集隊形を失っている。
損傷して高度を落とす機体。
攻撃を避けるため、爆弾を海へ投棄した機体。
先頭機を見失い、異なる進路を取る小編隊。
依然として呉へ向かっているが、統制された一斉爆撃を行える状態ではない。
『赤城隊、こちら呉防空指揮所』
大淀『敵爆撃隊の分散を確認しました。呉の電探でも、複数の反応を捕捉しています』
赤城(艦娘)「敵大型機二機を撃墜。少なくとも三機に損傷を与えました。爆撃機編隊は三つに分かれています」
大淀『十分です。これ以上の追撃は不要。敵を呉の対空射程へ誘導してください』
赤城(KAN-SEN)「倒すのではなく、呉へ連れていくのですか?」
大淀『分散した敵へ対空砲火を集中させます。赤城隊は側面から圧力をかけ、敵の針路を北東へ逸らさないでください』
赤城(艦娘)「了解しました」
二人の赤城は、残った艦載機を爆撃隊の左右へ配置する。
接近し過ぎない。
だが、敵が進路を変えようとすれば、すぐ攻撃へ移れる距離を保つ。
爆撃機は、艦戦に追い立てられるように北上を続けた。
その先では、呉鎮守府の高角砲と機関砲が待ち構えている。
迎撃は、まだ終わっていない。
爆撃隊を壊滅させたわけでもない。
高速機も八機のうち七機が、ほぼ無傷で残っている。
それでも、敵は一つの統制された編隊ではなくなった。
一度に同じ目標へ爆弾を集中させることも、護衛機が全方向を守ることも難しくなっている。
初めて、呉の防空部隊が戦える形へ変わっていた。
その時。
技術班観測所から、切迫した声が届いた。
夕張(艦娘)『赤城隊、防空指揮所へ緊急報告! 高速機一、敵編隊から離脱!』
赤城(艦娘)「位置は?」
夕張(艦娘)『呉から方位一七八、距離七十二キロ! 高度を急速に下げながら北上中!』
赤城(KAN-SEN)「私たちの下を抜けるつもりですの?」
夕張(艦娘)『現在高度、千二百……さらに降下! 速度、時速八百七十!』
艦娘の赤城が、南から北へ視線を動かす。
低高度へ降りた高速機は、海面と雲へ紛れながら呉へ向かっている。
上空にいる艦戦が反転しても、追いつけない。
赤城(艦娘)「呉防空、高速機一が低空から接近します。こちらからの迎撃は間に合いません!」
大淀『情報は受けています。沿岸監視所と低空対空部隊へ警報を発令しました』
高速機は爆撃隊の護衛を離れ、単独で呉へ向かっていた。
損傷した機体なのか。
地上の目標を攻撃するつもりなのか。
あるいは、別の目的があるのか。
その意図までは分からない。
ただ一つ確かなのは、既存の戦闘機では追いつけず、呉の電探では地形と海面反射に紛れる高度まで降下していることだった。
そして、その高速目標を見失わず追跡しているのは、技術班区画前に立つ《みらい》だけだった。
呉鎮守府、技術班区画前。
隼人の視界に、単独で北上する高速目標の航跡が表示されていた。
敵編隊から離脱した一機。
高度はすでに五百メートルを下回っている。
海面すれすれまで降下し、呉へ一直線に接近していた。
アイ『高速目標、方位一七八。距離六十三キロメートル。高度四百二十メートル。速度、時速八百六十キロメートル』
隼人「損傷状態は判別できるか?」
アイ『機体後部から、断続的な熱源と微量の排気を確認。左翼にも外形の不一致があります。先ほど艦娘側航空隊が攻撃した目標と推定します』
撃墜には至らなかった高速機。
爆撃機の護衛へ戻ることなく、そのまま呉へ向かっている。
損傷によって高度を維持できないだけなら、通常は戦闘空域から離脱するはずだった。
だが、敵機は速度を落としていない。
針路も、呉鎮守府から外れていなかった。
夕張(艦娘)「防空指揮所からです! 沿岸の監視所では、まだ目標を確認できていません!」
隼人「飛行高度が低すぎる。海面反射と沿岸の地形に紛れている」
明石(KAN-SEN)「《みらい》は、どうして見失わないのかにゃ?」
隼人「能動電波だけで追っているわけじゃない。目標自身が発する熱と電波も使っている」
アイ『補足します。対象が断続的に電波を放射しています。周波数と変調方式は不明です』
隼人「敵自身も、何かを探しているのか」
高速目標から発せられる電波が、僅かに変化した。
広い範囲へ向けられていた放射が、次第に狭まっていく。
その中心は、呉鎮守府。
さらに追跡を続けると、敵機の進路が僅かに西へ修正された。
向かっているのは司令庁舎でも、工廠でもない。
《みらい》が立っている技術班区画だった。
アイ『高速目標の予想進路を更新』
隼人の視界上へ、赤い線が表示される。
敵機から延びた線は、技術班区画前のコンクリート敷地と重なっていた。
アイ『現在の進路を維持した場合、対象は技術班区画から半径三百メートル以内を通過します』
夕張(艦娘)「ここへ来るのですか?」
隼人「《みらい》の電波を捉えた可能性がある」
明石(KAN-SEN)「敵も電探を探知できるのかにゃ……」
隼人「断定はできない。だが、偶然で済ませるには進路が正確すぎる」
隼人は右腕を動かし、《みらい》の兵装状態を確認した。
右側兵装架に固定された十五式十二・七ミリガトリング砲。
弾薬は残されている。
だが、兵装回路は安全状態で固定され、射撃機構との接続も遮断されていた。
大淀から許可されたのは、索敵と情報提供だけだ。
隼人「夕張。防空指揮所へ、敵機が技術班区画へ向かっている可能性があると報告」
夕張(艦娘)「はい!」
夕張が野戦電話の受話器を取る。
夕張(艦娘)「こちら技術班観測所! 低空の高速機が進路を変更! 技術班区画へ向かっている可能性があります!」
『防空指揮所、了解! 目標位置を送れ!』
隼人「方位一七八、距離五十六キロ。高度三百。速度八百五十」
夕張(艦娘)「方位一七八、距離五十六キロ! 高度三百、速度八百五十!」
『沿岸の対空部隊へ送る! 技術班は全員、掩体へ退避せよ!』
警備員の一人が、技術班区画の入口へ向かって叫ぶ。
警備員「総員退避! 工具と機材はそのままでいい! 掩体へ入れ!」
建物の中に残っていた技術要員が、一斉に外へ出る。
明石は海図と測定器を抱えようとした。
隼人「海図だけでいい。測定器は置いていけ」
明石(KAN-SEN)「でも、これは貴重な――」
隼人「命より貴重な物はない」
明石は測定器から手を離し、海図だけを抱えた。
夕張は野戦電話を持ち上げる。
電話線は、敷地脇の鉄筋コンクリート製掩体まで延ばすことができる。
夕張(艦娘)「観測と報告は掩体から続けます!」
隼人「ああ。ここには自分だけ残る」
警備員「許可できません。我々も監視要員です」
隼人「監視なら掩体の観測孔からできる。敵機が機銃掃射を行えば、生身では何もできない」
警備員「しかし――」
隼人「これは命令ではない。生き残るための提案だ」
警備員は一瞬だけ迷った。
やがて、技術要員を掩体へ誘導するため走り出す。
夕張と明石も、その後へ続いた。
技術班区画前に残ったのは、隼人と《みらい》だけだった。
アイ『渡邉隼人。兵装使用は禁止されています』
隼人「分かっている」
アイ『高速目標が技術班区画を攻撃する場合、現在の制限下では回避行動を推奨します』
隼人「この装備で逃げれば、敵も追ってくる可能性がある」
アイ『その場合、技術班区画から敵を引き離せます』
隼人「市街地側へ誘導する危険がある。ここで止める方がいい」
アイ『兵装使用許可を取得してください』
隼人「そのつもりだ」
隼人は鎮守府の無線周波数へ、音声通信のみで接続するよう指示した。
データの送受信は行わない。
《みらい》の外部通信装置を、無線電話として使用するだけだった。
アイ『鎮守府無線周波数への接続を確認。音声通信のみを許可します』
隼人「こちら技術班観測所、渡邉隼人。防空指揮所、聞こえるか」
大淀『こちら呉防空指揮所。聞こえています』
隼人「低空目標は《みらい》の電波を探知し、こちらへ進路を変えた可能性がある。搭載兵装の使用許可を求めます」
大淀『使用する武器は?』
隼人「十二・七ミリガトリング砲。目標一機に限定。射線は南方の海上。技術要員は掩体へ退避させました」
大淀『鎮守府の対空部隊が迎撃します。あなたは索敵を継続してください』
隼人「了解。目標位置の更新を続ける」
大淀は、まだ兵装使用を認めなかった。
当然の判断だった。
所属不明の人間へ、未知の兵器を自由に使わせる理由はない。
まずは呉鎮守府の防空部隊が迎撃する。
それで止められるなら、《みらい》が発砲する必要はなかった。
アイ『高速目標、距離四十一キロメートル。高度百八十メートル』
隼人「沿岸監視所へ。目標は方位一七七、距離四十一。高度百八十」
大淀『情報を受領。第三低空対空隊が射撃準備中です』
海岸線に配置された二十五ミリ機銃が、南の空へ銃口を向ける。
射手たちは、まだ敵機を目視できていない。
《みらい》から送られる方位と高度に合わせ、照準器を先回りさせていた。
距離、二十五キロ。
高度、百二十メートル。
速度、時速八百四十キロメートル。
目標は湾口へ接近するにつれ、さらに高度を下げていく。
低い雲。
海面の光。
沿岸に並ぶ建物と山の稜線。
既存の電探では、反応を安定して捉えることができない。
『第三低空対空隊より防空指揮所! 目標、まだ視認できず!』
隼人「目標は海面上百メートル。方位一七六、距離十八キロ。進路変わらず」
『第三低空対空隊、了解!』
数秒後。
沿岸監視所から声が上がった。
『目標視認! 海面上を北上中!』
黒煙を引く銀灰色の機体が、湾口の外側へ姿を現した。
高速機は海面へ接触しそうなほど低い位置を飛んでいる。
左翼の一部が欠けている。
それでも速度は落ちていない。
『射撃開始!』
ドドドドドッ!!
沿岸の二十五ミリ機銃が一斉に火を噴いた。
赤い曳光弾が海上へ伸びる。
だが、高速機の未来位置を正確に捉えることは難しい。
最初の弾幕は敵機の後方を通過した。
射手が照準を修正する。
二度目の射撃。
高速機が右へ機体を傾けた。
曳光弾の間を横切り、海面すれすれを飛び抜ける。
数発が左翼へ命中した。
小さな破片が飛び散る。
敵機が一瞬だけ高度を失い、翼端が海面を掠めた。
高い水柱が上がる。
それでも墜落しない。
高速機は姿勢を立て直し、第三低空対空隊の正面へ機首を向けた。
アイ『対象機首付近に発砲炎を確認』
高速機の機銃が火を噴いた。
ダダダダダッ!!
弾丸が海岸の機銃陣地へ撃ち込まれる。
土嚢が弾け、照準器と弾薬箱が吹き飛んだ。
射撃を続けていた二十五ミリ機銃が沈黙する。
大淀『第三低空対空隊、応答してください!』
返事はない。
高速機は機銃陣地の上を通過すると、そのまま湾内へ侵入した。
アイ『高速目標、距離九・八キロメートル。高度九十メートル。進路変わらず』
隼人「防空指揮所。沿岸第一線を突破された。目標は引き続き技術班区画へ接近中」
大淀『第二低空対空隊が迎撃位置へ移動しています』
隼人「間に合わない可能性が高い」
大淀『……』
隼人「兵装使用許可を再度求める。目標一機。射線は湾内南方。背景は海面。射線上に友軍反応なし」
大淀『命中させられるのですか?』
隼人「命中を保証することはできない。だが、《みらい》なら目標の速度と未来位置を継続して計算できる」
大淀『外した場合は?』
隼人「目標が指定射界から外れた時点で射撃を中止する。市街地方向へは撃たない」
通信の向こうで、大淀が誰かと短く言葉を交わしている。
敵機は待ってくれない。
距離、七キロ。
時速八百二十キロ。
技術班区画まで、残り三十秒ほど。
大淀『渡邉隼人さん』
隼人「聞いている」
大淀『目標一機に限り、兵装使用を許可します。射線は南方海上に限定。目標が市街地方向へ逸れた場合、直ちに射撃を中止してください』
隼人「了解した」
大淀『必ず止めてください』
隼人「善処する」
隼人は右脚を後ろへ引き、《みらい》の姿勢を低くした。
左肩は固定されたまま動かない。
右腕と腰部、両脚の駆動装置だけで射撃姿勢を安定させる必要がある。
隼人「アイ。兵装制限を一部解除。十五式十二・七ミリガトリング砲。目標は接近中の高速機一機のみ」
アイ『防空指揮所からの口頭許可を記録』
右側兵装架の固定装置が外れる。
十二・七ミリガトリング砲が展開し、砲身が南へ向けられた。
アイ『兵装回路接続。弾薬供給装置、正常。左肩部駆動装置の停止により、射撃安定性が低下しています』
隼人「右側と脚部で補正しろ」
アイ『了解。全身駆動出力を一時的に五十五パーセントへ上昇。渡邉隼人への負荷増大を警告します』
隼人「構わない」
アイ『警告を継続します』
装甲内部で人工筋肉が収縮する。
両脚と腰部が固定され、二百五十キログラム近い機体の重量が射撃時の反動を受け止める。
隼人の視界へ、敵機の予想進路を示す線が表示された。
現在位置へ撃つのではない。
弾丸が到達した時、敵が通過する空間へ射線を置く。
アイ『高速目標、距離四・二キロメートル。高度八十五メートル』
南の空へ目を凝らす。
まだ肉眼では見えない。
数秒後。
海面上へ黒い点が現れた。
黒煙を引く銀灰色の高速機。
機体は小刻みに左右へ揺れている。
損傷した左翼を補うため、頻繁に姿勢を修正しているらしい。
アイ『目標を光学照準装置で捕捉』
隼人の視界が拡大される。
敵機の機首。
主翼。
後部から伸びる黒煙。
翼と胴体には、赤城の艦戦と沿岸対空部隊による弾痕が刻まれている。
無傷の敵ではない。
月光隊が脅威を発見し。
二人の赤城が傷を負わせ。
沿岸対空部隊がさらに速度と高度を奪った。
その全てを突破した一機が、最後に隼人の前へ現れた。
隼人「目標の進路は?」
アイ『技術班区画を中心とした予測半径、百八十メートル。攻撃意図ありと判定します』
隼人「射線上の味方は?」
アイ『該当なし。背景、海面。射撃可能です』
距離、二・八キロ。
敵機の機首が光った。
隼人「撃ってくるぞ」
直後、高速機が機銃を発射した。
曳光弾が海上から技術班区画へ伸びる。
弾丸がコンクリート敷地を叩いた。
破片と土煙が隼人の周囲へ噴き上がる。
一発が《みらい》の右脚装甲を掠め、金属片を弾き飛ばした。
アイ『右脚外装に損傷。駆動装置への影響なし』
隼人は動かなかった。
ここで姿勢を崩せば、照準をやり直す時間はない。
距離、二キロ。
敵機の未来位置を示す照準環が、機体前方へ重なる。
アイ『射撃条件を満たしました』
隼人「撃つ」
引き金を絞る。
ヴォォォォォォッ!!
回転を始めたガトリング砲から、十二・七ミリ弾が連続して放たれた。
曳光弾が一本の線となり、海上へ伸びる。
最初の射撃は、敵機の右側を通過した。
高速機が左へ回避する。
だが、その動きも《みらい》の照準装置が追い続けている。
アイ『目標の進路変更を確認。照準補正』
照準環が移動する。
隼人は一度引き金を戻した。
砲身の回転が落ちる前に、修正された未来位置へ照準を合わせる。
敵機との距離は、すでに千二百メートルを下回っていた。
高速機が再び機銃を発射する。
弾丸が《みらい》の左右を通過し、背後の技術班建物へ穴を穿った。
隼人は二度目の引き金を絞った。
ヴォォォォォォッ!!
十二・七ミリ弾が、敵機の進路へ集中する。
数発が機首へ命中した。
透明な風防が砕ける。
続いて、左翼付け根と胴体下部へ複数の弾丸が突き刺さった。
高速機の機首が大きく下がる。
左翼が海面へ接触した。
水飛沫が翼を包む。
敵機は一度だけ跳ねるように浮き上がった。
だが、姿勢を戻すことはできなかった。
機体が左へ横転する。
銀灰色の高速機は海面へ叩きつけられ、そのまま水上を滑るように砕けていった。
ガガガガガッ――!!
翼と胴体が分離する。
破片が海面へ撒き散らされ、最後に残った胴体部分も高い水柱の中へ消えた。
隼人「射撃中止」
アイ『射撃を停止。兵装回路を安全状態へ移行します』
ガトリング砲の回転が徐々に落ちる。
湾内へ響いていた発射音が止んだ。
アイ『高速目標の反応消失。撃墜を確認』
隼人は敵機が落ちた海面を見続けた。
燃料と破片が水上へ広がっている。
技術班区画まで、残り一キロにも満たない位置だった。
夕張(艦娘)『渡邉さん! 聞こえますか!』
隼人「聞こえている」
夕張(艦娘)『高速機の墜落を、こちらでも確認しました!』
明石(KAN-SEN)『本当に十二・七ミリ機銃だけで落としたのかにゃ……?』
隼人「自分一人で落としたわけじゃない。すでに何度も被弾していた」
月光隊が敵の存在を知らせた。
二人の赤城が機体を損傷させた。
沿岸の二十五ミリ機銃が、さらに傷を与えた。
最後に、《みらい》が止めただけだ。
掩体の観測孔から、小さなシャッター音が聞こえた。
カシャッ。
隼人が視線だけを動かす。
鉄帽を被り、カメラを構えた女性が、観測孔の奥にいた。
青葉(艦娘)「青葉です。大淀さんの命令で、未知装備の運用記録を担当しています」
隼人「記録するのは構わない。頭を出すな」
青葉(艦娘)「承知しています。ここから撮影します」
青葉は興奮を抑えた声で答え、掩体の奥へ姿を戻した。
隼人は敵爆撃機の航跡へ視線を戻す。
低空目標を撃墜しても、戦闘は終わっていない。
アイ『大型目標群、呉からの距離四十八キロメートル。三つの集団へ分散した状態で北上中』
隼人「残る高速機は?」
アイ『七。大型目標群の周囲へ再集結しています』
遠くの空で、高角砲の発射音が響き始めた。
ズドンッ!
ズドンッ!
呉鎮守府の各砲台が、《みらい》から送られた位置と高度に合わせ、射撃準備を終えたのだ。
南の空へ、最初の高角砲弾が上がっていく。
空中で黒い爆煙が開いた。
その周囲へ、二発目。
三発目。
さらに多くの砲弾が続く。
呉鎮守府の各砲台では、《みらい》から送られた位置と高度を基に、射撃諸元の算定が始まっていた。
敵編隊が射程へ入るまで、残された時間は数分しかない。
隼人「アイ。索敵任務を継続。残る全目標を追跡しろ」
アイ『了解しました』
ガトリング砲を安全状態へ戻した《みらい》が、再び南の空へ電波を放つ。
一機を止めた。
それだけでは、呉を守ったことにはならない。
防空戦闘は、これから最後の段階へ入ろうとしていた。
数分後。
敵大型爆撃機群、呉鎮守府南方約十六キロ。
三つに分断された爆撃隊は、隊形を立て直せないまま北上を続けていた。
先頭集団は七機。
その西側に六機。
東側には、損傷機を含む五機前後。
最初の密集編隊に比べれば、互いの間隔は大きく開いている。
それでも、各機が抱えている爆弾の量は変わらない。
一機でも目標上空へ到達すれば、空襲で傷ついた呉へ、さらに被害を与えることができる。
爆撃機の上空では、残る七機の高速護衛機が飛行していた。
二人の赤城が送り込んだ艦戦隊を追い払おうと、二機ずつが上昇と降下を繰り返している。
だが、艦戦隊も不用意には近づかない。
《みらい》から送られる高速機の位置を利用し、敵が爆撃隊から離れた時だけ攻撃を仕掛けていた。
呉鎮守府、防空指揮所。
壁一面へ広げられた海図の上に、幾つもの駒が置かれている。
赤い駒は敵機。
白い駒は味方航空隊。
敵の位置が更新されるたびに、通信要員が駒を数センチずつ北へ動かしていた。
「技術班観測所から更新! 先頭集団、方位一七二、距離十四キロ! 高度五千四百!」
「西側集団、方位一七八、距離十六キロ! 高度五千二百!」
「東側集団は五機! うち二機が編隊から遅れています!」
大淀は三つの集団を見比べた。
すべてに均等に砲火を向ければ、どの集団にも十分な密度の弾幕を作れない。
先ほどの空襲で、一部の高角砲は損傷している。
弾薬にも限りがあった。
大淀「先頭集団へ第一、第二高角砲群の射撃を集中。西側集団は第三群。東側の損傷機は、低空へ下がるまで二十五ミリ機銃に撃たせないでください」
「東側集団を放置するのですか?」
大淀「二人の赤城が追っています。今は、司令庁舎と弾薬貯蔵区画へ向かう二つを止めます」
「了解!」
命令が各砲台へ送られる。
高角砲の要員たちは、《みらい》が報告した高度、速度、進路を基に射撃諸元を算出し、予想会敵時刻に合わせて時限信管を設定した。
未来の装備が直接照準しているわけではない。
砲を動かし、砲弾を運び、信管を調整する。
そして、実際に引き金を引くのは、呉鎮守府の防空要員たちだった。
《みらい》が与えるのは、敵がどこから、いつ来るのかという情報だけ。
その情報を、既存の装備と人員が砲火へ変えていく。
「第一高角砲群、射撃準備完了!」
「第二群、準備よし!」
大淀「撃ち方始め!」
命令が下る。
ズドンッ!
ズドンッ!
ズドンッ!
呉鎮守府の各所で、高角砲が一斉に火を噴いた。
砲口から衝撃波が広がり、周囲に積もっていた埃が吹き飛ぶ。
砲弾が南の空へ駆け上がる。
数秒後。
先頭集団の後方で、黒い爆煙が連続して開いた。
最初の斉射は遅れた。
爆撃機は弾幕の前方を通過する。
隼人「第一群、予測より速度が速い。弾幕中心を北へ一・五キロ修正」
技術班観測所から送られた修正値が、防空指揮所を経由して各砲台へ伝わる。
「第一群、北へ一・五!」
「信管、修正値に合わせろ!」
「次弾装填!」
装填手が砲弾を送り込む。
砲尾が閉じられる。
「撃て!」
二度目の斉射。
砲弾は、爆撃機が到達する数秒前の空間へ向けて放たれた。
黒い爆煙が、先頭集団の中へ広がる。
爆撃機一機の右翼付近で砲弾が炸裂した。
破片が翼面とエンジンへ突き刺さる。
右翼側のエンジンから炎が噴き出した。
機体が急速に右へ傾く。
隣を飛んでいた爆撃機が回避し、先頭集団の隊形がさらに崩れた。
別の砲弾が、後続機の機体下部で炸裂する。
爆弾倉付近から黒煙が上がった。
爆撃機は高度を落としながら、編隊から離れていく。
「敵機二、損傷!」
「一機、高度低下!」
歓声を上げる者はいない。
残る爆撃機は、すでに次の射撃位置へ近づいている。
高角砲群は砲身を動かし、再び未来位置へ照準を合わせた。
呉南方、爆撃隊後方。
二人の赤城は、残存する艦戦隊を東側集団へ向けていた。
高速護衛機二機が、艦戦隊の上空を旋回している。
その位置は《みらい》によって追跡され、防空指揮所から逐次送られていた。
夕張(艦娘)『高速機二、東側集団の後方から上昇中! そちらへの接近は、まだありません!』
赤城(艦娘)「今なら攻撃できます。損傷していない三機を狙ってください」
赤城(KAN-SEN)「了解しましたわ。こちらは右から回り込みます」
二つの艦戦隊が、東側の爆撃機群へ接近する。
高角砲の弾幕から離れているため、誤射の危険は少ない。
艦娘の艦戦隊が上方から。
重桜の艦戦隊が右下方から。
異なる角度で同時に飛び込んだ。
爆撃機の防御機銃が火を噴く。
曳光弾が密集し、艦戦隊の進路を塞ぐ。
一機の艦戦が機首を撃ち抜かれ、炎を噴きながら落下した。
残る機体は散開しながら射撃を続ける。
機銃弾が爆撃機の操縦席と左翼付け根へ集中した。
爆撃機の機首が下がる。
左翼側エンジンから炎が上がった。
機体は徐々に編隊から遅れ、やがて大きく左へ傾いた。
赤城(KAN-SEN)「一機、編隊から脱落しますわ」
重桜の艦戦隊が、別の爆撃機へ攻撃を加える。
爆撃機は回避するため進路を東へ変えた。
その方向は呉鎮守府から外れている。
後続する一機も、先頭機へ追従した。
さらに、遅れていた損傷機二機も、ほかの機体を追うように東へ針路を変える。
赤城(艦娘)「東側集団、針路が逸れました」
赤城(KAN-SEN)「追い立てますか?」
赤城(艦娘)「はい。呉へ戻ろうとした場合だけ攻撃を。撃墜に固執しないでください」
赤城(KAN-SEN)「本当に慎重ですこと」
赤城(艦娘)「残った艦載機を、全滅させるわけにはいきません」
その判断が正しかったことは、すぐに証明された。
爆撃隊上空にいた高速機二機が、突然急降下へ移った。
『高速機二、降下開始! 東側航空隊へ接近!』
夕張の警告。
二人の赤城は、すぐに艦戦隊を左右へ分けた。
銀灰色の機体が高速で通過する。
機銃弾が空を切り裂き、重桜の艦戦一機の胴体を貫いた。
だが、残る艦載機は事前に進路を変えている。
高速機は攻撃対象を捉えきれないまま艦戦隊を追い越した。
赤城(艦娘)「追いません。東側集団を呉から引き離せれば十分です」
赤城(KAN-SEN)「ええ。あの高速機に付き合って、こちらの翼を失うつもりはありませんわ」
二人は残る艦載機をまとめ直す。
東側の爆撃機群は、呉から離れる針路を取り始めていた。
呉鎮守府、技術班区画前。
《みらい》の右脚装甲には、高速機の機銃掃射による傷が残っていた。
隼人はガトリング砲を安全状態へ戻したまま、三つの爆撃機群を追跡している。
アイ『東側大型目標群、針路を東北東へ変更。呉鎮守府から離れています』
隼人「迎撃優先目標から外す。追跡だけ継続」
アイ『了解』
隼人の視界から、東側集団の赤い警告表示が薄くなる。
残るのは、先頭集団と西側集団。
合わせて十機以上。
距離は十キロを下回っていた。
アイ『西側目標群、進路変更』
隼人「方向は?」
アイ『針路三五〇。弾薬貯蔵区画へ接近する進路です』
隼人の視界上へ、爆撃機の進路と予想爆撃地点が表示される。
線の先にあるのは、呉鎮守府西側の弾薬貯蔵区画。
複数の防爆堤に囲まれているとはいえ、大型爆弾が直撃すれば誘爆の危険がある。
隼人「防空指揮所。西側集団が針路を変えた。目標は弾薬貯蔵区画と推定」
大淀『こちらでも確認しました。第三高角砲群を西へ向けています』
隼人「敵は高度五千二百。速度四百三十。爆撃開始まで一分前後」
大淀『三分……』
隼人「高角砲の弾幕を集団正面へ集中させて、進路を変えさせる。撃墜より照準を崩す方を優先した方がいい」
大淀『意見として受け取ります』
大淀は即答しなかった。
防空指揮を執っているのは、あくまで彼女だ。
隼人には敵の位置が見える。
だが、各砲台の弾薬量や損傷状態、鎮守府全体の被害までは把握していない。
数秒後。
大淀『第三群は西側集団正面へ集中射撃。第四群も射界に入り次第、同一目標を撃ってください。撃墜ではなく、敵編隊の進路を崩します』
「了解!」
防空指揮所の命令が、各砲台へ伝えられた。
西側集団の前方で、高角砲弾が炸裂する。
一発。
二発。
黒い爆煙が壁のように広がっていく。
爆撃機群が左右へ散開した。
一機が弾幕を避けるため高度を上げる。
別の二機は西へ進路を変えた。
編隊中央を飛んでいた一機が、爆弾倉を開く。
アイ『西側大型目標一。搭載物を投下』
隼人「爆弾投下を確認!」
爆撃機から複数の黒い物体が落下する。
だが、投下位置は弾薬貯蔵区画から離れていた。
高角砲弾を避けるため、照準を定める前に爆弾を捨てたのだ。
爆弾は鎮守府外側の海面へ落下した。
ドォォォォンッ!!
幾つもの水柱が並んで立ち上がる。
爆風が岸壁へ届き、窓ガラスを震わせた。
残る爆撃機も、高角砲の弾幕を避けるため進路を変える。
弾薬貯蔵区画へ向かっていた西側集団は、完全に分散した。
大淀『弾薬貯蔵区画への進路を阻止! 各砲台は個別目標へ射撃を継続!』
最も危険な目標の一つが外れた。
だが、先頭集団はすでに呉鎮守府上空へ入り始めていた。
空襲警報が鳴り響く。
高角砲の黒い爆煙を抜け、五機の大型爆撃機が呉へ接近する。
爆撃機の下方。
港湾施設、工廠、司令庁舎が広がっている。
各機の爆弾倉が開いた。
アイ『先頭大型目標群、搭載物投下準備』
隼人「来るぞ……」
高角砲群が最後の斉射を行う。
砲弾が爆撃機群の中心で炸裂した。
一機の胴体側面へ破片が集中する。
外板が剝がれ、機体内部から炎が噴き出した。
爆撃機が爆弾を抱えたまま傾く。
その直後、機体下部で閃光が走った。
ドガァァァンッ!!
搭載していた爆弾の一部が誘爆する。
爆撃機は空中で二つに折れ、燃える破片となって海面へ落下していった。
残る四機が爆弾を投下する。
黒い爆弾が、機体下部から次々と切り離された。
対空砲火を避けながら投下したため、編隊も高度も揃っていない。
爆弾は広い範囲へ散らばって落下した。
その多くは港内や施設の外れへ向かっていたが、数発は鎮守府の主要施設へ落下しようとしていた。
「全員、伏せろ!」
各砲台と監視所で、要員たちが掩体へ飛び込む。
そのうち一発が、港内へ落下した。
ドォォォンッ!!
水柱が岸壁より高く立ち上がる。
別の一発は、修理中の桟橋近くへ命中した。
コンクリートが砕け、係留設備と起重機の一部が吹き飛ぶ。
さらに別の爆弾が、空になっていた西倉庫の屋根を突き破り
爆炎が窓と扉から噴き出し、建物全体が大きく膨らむ。
屋根が持ち上がり、鉄骨と瓦礫が周囲へ降り注いだ。
その直後、もう一発が二十五ミリ機銃陣地の近くへ落下した。
土嚢と弾薬箱が吹き飛び、砲座が爆煙に包まれる。
通信線が切断され、防空指揮所の受話器から一つの砲台の声が消えた。
爆発の衝撃が技術班区画まで届く。
《みらい》の巨体が僅かに揺れた。
建物の窓が砕け、ガラス片が地面へ降り注ぐ。
アイ『複数の爆発を検知。技術班区画への直撃なし』
隼人「索敵を続けろ」
アイ『渡邉隼人の心拍数上昇を確認。左肩部の体表温度にも変化があります』
隼人「傷は開いていない」
アイ『現時点では出血増加を確認していません。ただし、運用継続による悪化の可能性があります』
隼人「敵が離れるまでだ」
アイ『了解。ただし、停止勧告を継続します』
爆撃を終えた大型機が、機首を南へ向け始める。
その上空では、高速護衛機が二人の赤城の艦戦を牽制していた。
だが、護衛機も呉の上空へ長く留まろうとはしない。
爆撃機が反転すると、七機の高速機も南へ進路を変えた。
隼人「敵高速機、全機反転」
夕張(艦娘)『防空指揮所へ伝えます!』
まだ一部の爆撃機は北上を続けている。
西側集団から離れた二機。
高角砲を避けるうち、投下の機会を失った機体だった。
そのうち一機が高度千二百メートルまで下げ、工廠へ進路を取る。
大淀『第一、第二高角砲群は弾薬残り僅か! 二十五ミリ機銃へ引き継ぎます!』
高度を下げた爆撃機へ、港湾各所の二十五ミリ機銃が向けられる。
射程へ入った瞬間、一斉射撃が始まった。
ドドドドドドッ!!
赤い曳光弾が幾つもの方向から伸びる。
爆撃機の機首と左翼へ弾丸が集中した。
左側エンジンから炎が噴き出す。
爆撃機は爆弾を投下した。
しかし、被弾によって機体が傾いている。
爆弾は工廠から外れ、港内へ落下した。
高い水柱が上がる。
直後、爆撃機の左翼が根元から折れた。
機体は回転しながら海面へ落下する。
爆発。
黒煙と燃料が海上へ広がった。
最後の一機は、高角砲と機銃の弾幕を前に進路を変えた。
爆弾を海へ投棄し、南へ離脱する。
呉鎮守府上空に、爆弾を抱えた敵機は残っていなかった。
呉南方。
二人の赤城は、反転した敵航空隊を追わなかった。
残存する艦載機は少ない。
弾薬も燃料も限界へ近づいている。
ここから追撃すれば、敵高速機に各個撃破される可能性があった。
赤城(KAN-SEN)「追わなくてよろしいのですか?」
赤城(艦娘)「命令は鎮守府の防衛です。敵を全滅させることではありません」
赤城(KAN-SEN)「敵を逃がすのは、あまり好みではありませんけれど」
赤城(艦娘)「私も同じです。ですが、残った艦載機を連れて帰るまでが任務です」
重桜の赤城は、南へ離れていく高速機を見つめた。
やがて艤装へ手を添え、残る艦載機へ帰還を命じる。
赤城(KAN-SEN)「分かりましたわ。今日のところは、呉を守れたことで満足しましょう」
赤城(艦娘)「はい。帰投します」
二人の赤城は海上で転進した。
傷ついた艦載機を収容しながら、呉鎮守府へ向かって北上を始める。
技術班区画前。
《みらい》の視界上で、敵を示す赤い光点が一つずつ南へ移動していく。
アイ『東側集団を除く大型目標群、南方へ針路変更』
隼人「高速目標は?」
アイ『七機。大型目標群周辺へ再集結。呉鎮守府から離脱中です』
隼人「東へ逸れた集団は?」
アイ『引き続き東北東へ飛行。呉鎮守府へ再接近する兆候なし』
隼人「全目標の撤退を確認……防空指揮所へ送れ」
夕張(艦娘)『了解しました!』
夕張が野戦電話へ向かって報告する。
夕張(艦娘)「こちら技術班観測所! 敵航空隊の主力、南方へ離脱! 東へ逸れた爆撃機群も、呉からの離隔を継続しています!」
防空指揮所では、各監視所からの報告と照合が行われた。
目視。
電探。
艦載機からの報告。
そして、《みらい》の追跡情報。
各情報は、敵航空隊がそれぞれの方向へ呉から離れつつあることを示していた。
数分後。
鎮守府全域へ、有線放送が流れた。
『敵航空隊、南方へ離脱中』
雑音。
続いて、大淀の声が響く。
『空襲警報は継続する。各員は残存機を警戒しつつ、消火および負傷者の救護を開始せよ』
すぐには警報を解除しない。
敵が再び反転する可能性が残っている。
それでも、爆撃の危険が去ったことは伝わった。
掩体の扉が開く。
夕張、明石、青葉、二人の警備員が外へ出てきた。
周囲には機銃掃射による弾痕が残り、技術班建物の壁にも幾つもの穴が開いている。
遠方では、西倉庫から黒煙が立ち上っていた。
桟橋の一部は崩れ、複数の砲座が沈黙している。
無傷ではない。
負傷者も出ている。
それでも、司令庁舎は残っている。
弾薬貯蔵区画も、主要な工廠設備も破壊されていない。
呉鎮守府は、まだ戦える状態を保っていた。
夕張(艦娘)「渡邉さん、敵は撤退しました」
隼人「ああ。こちらでも確認した」
明石(KAN-SEN)「もう装備を止めた方がいいにゃ。さっきから動きが遅くなっているにゃ」
隼人「動作に異常はない」
アイ『訂正します。渡邉隼人の心拍数は、安静時の基準を大きく上回っています。左肩部の疼痛増大に伴い、姿勢制御にも遅延が生じています』
隼人「余計な報告をするな」
アイ『医療上必要な情報です』
夕張(艦娘)「人工知能の方が正直ではありませんか」
隼人は反論しなかった。
戦闘が終わったと認識した瞬間、それまで押さえ込んでいた痛みが戻ってきていた。
固定されている左肩の奥が脈打つ。
頭痛も、先ほどより強い。
呼吸を整えようとしても、胸部の包帯が僅かに締めつけてくる。
隼人「アイ。警戒レーダーを停止。外部通信だけ維持しろ」
アイ『了解。警戒レーダーを停止します』
背部アンテナが収納される。
視界上に表示されていた航跡が消え、通常の光景へ戻った。
隼人「全身駆動出力を下げろ」
アイ『出力を二十パーセントへ低下。装着解除を推奨します』
隼人「技術班の中まで戻ってからだ」
アイ『歩行中に転倒する可能性があります』
隼人「距離は十メートルもない」
明石(KAN-SEN)「その十メートルで倒れたら、明石たちでは支えきれないにゃ」
《みらい》の総重量は約二百五十キログラム。
人工筋肉が停止した状態で倒れれば、生身の者だけで起こすことは難しい。
夕張が技術班の作業員へ合図する。
複数の者が、移動用の支持具と牽引用の鎖を持ってきた。
夕張(艦娘)「完全に停止する前に、支持具を取り付けます。渡邉さんはゆっくり動いてください」
隼人「分かった」
《みらい》が一歩進む。
右脚。
左脚。
先ほどまで敵機を追跡し、機銃掃射にも耐えていた巨体が、今は一歩ごとに僅かに揺れている。
技術要員が左右から支持具を当てる。
牽引用の鎖が腰部へ固定された。
青葉はカメラを下ろし、作業員とともに鎖を支えた。
青葉(艦娘)「撮影は終わりです。今は運ぶ方を手伝います」
隼人「助かる」
《みらい》は作業台の前まで戻った。
背部の固定具が支持架へ接続される。
アイ『支持架との接続を確認。転倒の危険なし』
隼人「装着を解除」
アイ『了解』
胸部装甲が開く。
腰部。
脚部。
右腕。
最後に、固定されていた左腕が解放される。
装甲の支えを失った瞬間、隼人の身体が前へ傾いた。
夕張(艦娘)「渡邉さん!」
夕張と警備員が、左右から身体を支える。
左肩へ力が加わり、鋭い痛みが走った。
隼人「……ッ」
明石(KAN-SEN)「左肩から血が滲んでいるにゃ!」
青い迷彩服の肩口へ、赤黒い染みが広がり始めていた。
縫合部が完全に開いたわけではない。
だが、長時間の装着と射撃時の負荷で、傷から再び出血している。
技術班の入口から、軍医と衛生員が走ってきた。
軍医「渡邉さん!」
隼人は顔を上げる。
軍医「装着後に状態が悪化したら中止すると、約束しましたね?」
隼人「悪化したのは、敵が撤退したあとだ」
軍医「その言い訳が通ると思っていますか?」
隼人「……思っていない」
軍医は溜息をつきながら、隼人の左肩へ新しいガーゼを押し当てた。
軍医「担架を持ってきてください」
隼人「歩ける」
軍医「聞いていません」
隼人「技術班から救護所までなら――」
軍医「患者の指揮官は私です」
先ほどと同じ言葉だった。
隼人は一度だけ目を閉じ、反論を諦める。
隼人「……了解」
衛生員が担架を運んでくる。
隼人は支えられながら、その上へ横たえられた。
左耳の通信端末から、アイの声が届く。
アイ『軍医の指示に従う判断を支持します』
隼人「お前は少し黙っていろ」
アイ『了解。音声出力を待機状態へ移行します』
担架が持ち上げられる。
技術班区画を離れる直前、隼人は作業台に固定された《みらい》へ視線を向けた。
左肩部装甲は変形。
右脚部にも新たな弾痕。
ガトリング砲の砲身からは、まだ薄い煙が上がっている。
それでも、主制御系統は生きている。
再び必要になれば動かすことができる。
無線機から、大淀の声が聞こえた。
大淀『渡邉隼人さん。まだ通信を聞いていますか?』
アイが音声出力を戻す。
隼人「聞こえている」
大淀『敵航空隊の撤退を確認しました。あなたの観測情報がなければ、防空部隊はここまで早く迎撃準備を整えられませんでした』
隼人「自分は位置を伝えただけだ。敵を止めたのは、月光隊と二人の赤城、それに呉の防空要員だ」
大淀『それでもです。呉鎮守府を代表して、感謝します』
隼人「礼は、負傷者の救護が終わってからでいい」
大淀『……提督が、あなたを助けた方について何度も尋ねています』
隼人「意識が戻ったのか?」
大淀『はい。まだ安静が必要ですが、命に別状はないとの報告です』
隼人の表情から、僅かに力が抜けた。
隼人「そうか……良かった」
大淀『あなたも、今度こそ安静にしてください』
隼人「善処する」
大淀『その返事は信用できません』
通信が切れる。
担架は技術班区画を離れ、地下救護所へ向かって運ばれていく。
通路の左右では、消火班が燃える倉庫へ走り、衛生員が負傷者を搬送していた。
砕けた窓。
崩れた桟橋。
沈黙した砲座。
黒煙を上げる倉庫。
今回の空襲を、無傷で退けることはできなかった。
それでも、鎮守府の司令機能は残った。
主要な弾薬庫も、工廠も、港湾設備も完全には失われていない。
空には、帰投する二人の赤城と、傷ついた艦載機の姿が見え始めていた。
やがて、最後の敵反応が十分に遠ざかったことを確認し、呉鎮守府全域へ放送が流れる。
『空襲警報を解除する』
長く鳴り続けていたサイレンが止まった。
代わりに聞こえてくるのは、消火用ポンプの音と、負傷者を呼ぶ声。
そして、復旧作業を始める者たちの足音だった。
呉は傷ついた。
だが、沈黙しなかった。
異なる時代から来た一人の海上自衛官。
艦娘。
KAN-SEN。
旧式の戦闘機と高角砲。
そして、未来の強化外骨格。
本来なら交わるはずのなかった戦力が、それぞれの役割を果たしたことで、呉鎮守府は二度目の空襲を耐え抜いた。
担架の上で、隼人は静かに瞼を閉じる。
意識が途切れる直前。
待機状態へ移っていたはずのアイが、左耳へ一言だけ告げた。
アイ『防空任務の終了を確認しました。お疲れさまでした、渡邉隼人』
感情のない、機械的な声。
それでも隼人には、その言葉が僅かに柔らかく聞こえた。
はい。
約3日の歳月で出来ました(半ギレ)
正直かなり雑くつなげているので少しガバですね...
次回もがんばります。
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※2026年8月26日
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