立ち並ぶ高層ビルの窓から差す灯りに照らされ、数多の車と人々が行き交う夜の川神市。
その人工の光がわずかしか届かない路地裏で、刃を交える者たちがいた。
ダークグレーのコートを纏い、細身の魔戒剣を振るう大和。
全身を暗緑色の甲殻で包み、両手自体が鋭利な剣となっているホラー・アルゼタス。
両者の剣がぶつかり合うたび、飛び散る火花が薄暗い路地裏を照らしていた。
――シャアアアアア!!
アルゼタスは両手の剣を豪快に振るうが、大和はそれを軽やかにかわしている。
「へっ、魔戒騎士に剣で勝てると思ってんのかバカが!」
「なんでお前が偉そうなんだよ!?」
罵倒の言葉を放つゼルバにツッコみながらも、大和が回避の合間にアルゼタスの隙を突き的確な反撃を仕掛けていく中、彼らの頭上を一つの影が移動する。
猿のような体躯と像のように長い鼻が特徴的なその影――ホラー・ゲワジャは大和から逃げるように建物の壁から壁へと跳び移っていく。
十分に距離を離し、ある建物の屋上に降り立ったゲワジャが振り向くと、大和がアルゼタスとの戦闘に集中している様子を見て頷く。
逃げられたと思いゲワジャが振り向くと、靴底が視界を奪った。
顔面に強烈な蹴りを食らったゲワジャの体が、背後の手すりに激突する。
屋上に現れた人物――忠勝は、ゲワジャを蹴り飛ばした右足を下ろし、両手の釵型魔戒剣を構える。
「簡単に逃げられると思ってんじゃねぇ」
「全くです。烈風騎士を侮りすぎですね」
忠勝の胸でラルヴァが彼の発言を肯定した。
ゲワジャは立ち上がると忠勝に鼻先を向け、炎の塊を発射する。
忠勝はそれをかわしながら接近し、右足による回し蹴りで鼻先を逸らすと、回転の勢いを殺すことなく今度は左足をゲワジャの頭に叩き込む。
再び蹴り飛ばされたゲワジャはもう一度炎を撃とうとするが、既に再接近していた忠勝に鼻を斬り落とされる。
顔を抑えながら悶えるゲワジャに、忠勝は容赦なく猛攻を続けた。
路地裏と屋上で展開する二つの戦闘を、黒装束の男が遠くのビル上から眺めていた。
長い黒髪に右半面を隠されたその顔からは、一切の感情が読み取れない。
男の視線の先、大和と忠勝はホラーにとどめを刺すべく、各々の剣で空中に円を描き、鎧を召喚した。
左右の手首から先を失い、奇声を上げるアルゼタスは、全身の甲殻を脱ぎ捨てて素体ホラーの姿になり、翼を開いて宙へ飛んだ。
「逃がすかよ!」
念狼は空中のアルゼタスに向けて念狼剣を投擲。
アルゼタスを貫いた念狼剣は、念狼が印を結んだ左手を振り下ろす動きに合わせ、アルゼタスの体を真っ二つにした。
ゲワジャは、
必死に抜け出そうともがくほど、ワイヤーが体に食い込み激痛を与える。
参狼は左腕を引いてゲワジャを引き寄せると、右手に持つもう一本の烈風刃で斬り裂いた。
「チッ、今回は大して収穫なしか」
騎士によって両断された二体のホラーが霧のように消滅していく。
その様子を見た黒装束の男は、今まで微動だにしていなかった顔に落胆の表情を浮かべていた。
「まぁいい。また次を呼べば…」
そう言って、男はその場を去ろうと振り向き、歩み出すが――
「動くな」
「…!?」
黒装束の男以外はいなかったはずの屋上に突然響く声。
それを聞いた男の体が、金縛りにあったかのように動きを止めた。
男が周囲に視線を巡らせると、そこには着物のような魔法衣を纏った青年――彦一が、小さな牛の姿をした霊獣――剛戟と共にいた。
彦一は扇子を片手に言った。
「ふむ、直江の狙いは正しかったようだな」
遡ること数時間前。
指令書を持って直江邸のリビングに入った大和は、二通のうち一通を忠勝に渡した。
忠勝は受け取った指令書を彦一から返還された魔導火で燃やし、大和もゼルバが宿る左手で火をつけた。
指令書の焼失と共に魔界文字が空中に浮かび上がり、市内に二体のホラーが出現したことを伝えた。
「ったく、次から次へと出てきやがって」
「文句を言っても仕方あるまい」
「……」
「ん?どうした直江?」
指令書を読んでから黙ったままの大和に忠勝が問い掛けた。
「ホラーの出現ペースが明らかに早くなってると思ってさ」
「川神市管轄の騎士が二人になったからか?」
「ふむ。敵には是が非でもホラーを呼ばねばならん理由があると言うことか」
「敵にどんな理由があるにせよ、焦ってしっぽを出すかもしれない…チャンスだな」
そう言って、大和はゼルバから三体の魔戒霊獣を呼び出した。
「そして、直江と源がホラーと戦っている間、私と霊獣たちが周囲を探り、敵を見つける…直江の計画通りだ」
時は現在に戻り、彦一は直江邸での出来事を思い出しながら黒装束の男に語っていた。
「…ホラー?敵?さて、一体何のことやら…」
「京極さん!見つかったのか!?」
「この男が敵ってやつか?」
男が彦一の話を理解できない、と言いたげに話す途中で、大和と忠勝がビルの屋上に到着した。
二人をここまで運んだ飛天、彦一の傍にいた剛戟、市内の探索から戻って来た流咆はゼルバの中に戻って行った。
「だから、敵って一体何の話だ?俺はただの一般人だ」
「見え透いた嘘をつくな。お前がホラーだってことは分かって…」
言いながら、大和は魔導火をつけた指を男の眼前にかざした。
そして、男の瞳にホラーが憑依していることを示す魔導文字が――
「…は?」
現れなかった。
前髪に隠れていない左目には、何の変化もない。
忠勝もその不可解な事実に顔をしかめ、彦一に問う。
「京極さん、どういうことだ?こいつからホラーの気配を感じ取ったから捕らえたんじゃ?」
「いや。その魔導火が示している通り、その男からホラーの気配は感知出来なかった」
「なら何故…?」
「ホラーの気配の代わりに、それ以上に
ホラーの気配以上に重要なものとは何か。
大和と忠勝が訝しむ中、ゼルバとラルヴァは納得したように言った。
「大和、確かにコイツからは人間の気配しか感じねぇ…問題は、コイツから感じる
「この男性から、複数の魂の気配を感じます。それも、二つや三つではありません」
「複数の…魂?」
「ああ。ざっと数えて…9000は越えてるぜ」
「9000…!?」
ゼルバの告げた数字に、大和と忠勝は驚愕した。
目の前にいる男には、9000人の魂が宿っているというのか。
「…くっ、ははは、ハハハハハハ!!」
黒装束の男が、不気味に大笑いを始めた。
息が切れるほどに笑いつくし、男は口を開く。
「そうか…流石にそれは隠し切れなかったか…」
「何…?」
「全く法師だの魔導具だの…鼻の利くやつばかりだなぁ!」
叫びと共に、男の長い前髪が逆立ち、隠されていた右目を露わにする。
眼球全体が血のような赤に染まった、人の物とは到底思えない魔眼だった。
「その目…!?」
大和が目を見開くと同時、男の魔眼は妖光と共に周囲に衝撃波を放った。
忠勝と彦一は後退し回避したが、魔眼に気を取られた大和は反応が遅れ、吹き飛ばされる。
「む…妙な術を使うものだ」
「おい直江!大丈夫か!?」
「くっ……」
忠勝は次の攻撃に備えて構えながら倒れた大和に声をかける。
しかし大和はそれに答えずに体を起こしながら、術から解放され自由の身となった黒装束の男を凝視していた。
「その目…そんな、まさか…」
「どうした、怖気づいたか?
「何…!?」
「奴は、直江を知っている?」
男が大和を名前で呼んだことに驚く忠勝と彦一。
しかし、大和は二人以上に混乱している様子だった。
そんな彼をあざ笑うかのように、男は自分の右目を指差しながら告げる。
「忘れちゃいないだろう?
「……!!」
男の言葉を聞いた瞬間、大和の脳裏に、過去の情景がフラッシュバックした。
地面に倒れ伏す男女の遺体。
そしてその傍に、闇夜の中で妖しげに光る血色の魔眼を持つ悪魔が立っていた。
「お前が…本当にあの時の…?」
「ああ。思い出したか?」
「…忘れるわけがない…だが!!」
大和は完全に立ち上がり、男に向かって叫んだ。
「なぜ、
「親切に説明するとでも…」
大和の言葉を最後まで待たず、男は前傾姿勢になり――
「思っているのかぁ!?」
その場から跳躍し、一気に大和へ距離を詰めた。
男は大和の顔面に向けて右拳を放ち、大和はそれをすんでのところで回避する。
しかし男は間髪入れずに拳や蹴りの連打を叩き込んでいき、やがてそのスピードが大和の反応速度を超え、男の拳が大和を殴り飛ばす。
「ぐぁ!!」
「直江!」
忠勝は大和と男の間に割って入り、男の頭部に向けて回し蹴りを放つ。
男は首を反らすことで回避したが、忠勝はもう一方の足を続けざまに叩き込んだ。
だが男は忠勝の蹴りを腕で防ぎ、その脚を片手で掴み忠勝を投げ飛ばす。
「そこに跪け!」
彦一が叫ぶと、男の周囲に魔導文字が現れて縄のように連なり、男を地面に縛り付けようとする。
だが、男の魔眼が再び光り、体にまとわりつく文字を消し去ってしまう。
忠勝と彦一を軽くあしらった男は、痛みに耐えながら立ち上がる大和に歩み寄った。
「またお前に会うことになるとは思ってもみなかった…しかも魔戒騎士になってるなんてな」
「くっ…」
「せっかくだ。再開記念に、あの時の続きといこうぜ」
大和の目の前まで来た男は、右手を大和の胸に押し当てる。
直後、男の手からどす黒いオーラが溢れ出し――
「ぐ…ああああああ!?」
突如体に走った、心臓が抉り取られるかのような激痛に、大和が絶叫した。
男が大和の様子を見て笑いながらさらに力を込めるたびに苦痛が増し、大和は苦悶の叫びを上げながら膝をつく。
「離れやがれ!!」
忠勝が接近すると、男は大和から手を離し、後方へ跳んで距離をとった。
「効きが悪いな…魔戒騎士ってのは伊達じゃないってわけか」
「待て!」
「俺に構っていて良いのか?今は耐えてるようだが、放っておくとそいつ死ぬぞ」
「何!?」
立ち去ろうとする男の言葉を聞き、忠勝は大和のいる背後に振り向いた。
彦一が駆けつけているが、大和は男が離れてもなお苦痛に耐えているようだった。
「テメェ、直江に何を…!?」
忠勝が振り向くと、既に男は姿を消していた。
取り逃がしたことに舌打ちしながら、忠勝は大和に駆け寄る。
「ぐっ…うぅ」
「京極さん!大和は…!?」
「強力な邪気に体を蝕まれている。だが、この場では十分な浄化が出来ん」
「…二人共、大和を屋敷に運んでくれ。浄化用の魔導具があるからな」
「ゼルバ、お前は大丈夫なのか?」
「んなわけあるかよ。邪気が広がらねぇよう抑えるのに手一杯だ!」
ゼルバも大和を助けようと必死らしい。
忠勝は大和を担ぎ上げ、彦一と共に屋敷へ急いだ。
「大和…大丈夫かな」
「心配するな京。大和の強さはお前も知っているだろう?」
「きっとまた、ホラーから誰かを守って、無事に帰って来ますよ」
直江邸のリビングで時計を眺めながら大和の身を案じる京の肩に手を置きながらクリスが言い、由紀江もそれに続く。
二人の他にも、その場には風間ファミリーの全員がいた。
「皆様、もうお休みになられた方がよろしいのでは?」
「そうですよ。ホラー討伐には数日かかることだってあるんですよ?」
「そう言うシオンちゃんとアイシスちゃんだってずっと起きてるじゃないか」
「こんな献身的な美少女メイドが二人も…やべぇ、改めて大和が妬ましく思えてきたぜ」
「ガクトも懲りないよね…」
「ま、少なくとも朝までは待つぜ?もしかしたらさっさと怪物倒して帰ってくるかもしれねぇしよ」
翔一はソファーにどっかりと座りながら笑顔で言った。
風間ファミリーのメンバーはかつて彼らが初めてこの屋敷に来た時のように、大和の帰りを待っている。
命懸けの戦いから戻って来た彼が、安らぐことが出来るように。
大和を主と慕うシオン、アイシスもファミリーの大和に対する思いやりが嬉しかった。
「…ん?帰って来たか」
「気配を感じたの?お姉様」
「ああ。確かに三人の気配だが…」
「ほら来た!よっしゃ出迎えようぜ!」
百代が大和たちの気配を感じ取ったのを知り、翔一を始め全員が玄関へ向かう。
しかし百代は、先ほどの気配に違和感を覚えていた。
三つの気配のうち、大和のものと思われる気配が、やけに弱々しかった。
百代が疑問に思っているうちに、玄関が大きな音を立てて開かれた。
「はぁ、はぁ…ぐっ」
「おい、着いたぞ直江!もう少し踏ん張れ!」
そこには、苦しげな表情で胸を押さえ、忠勝の肩を借りて歩く大和の姿があった。
「や…大和!?」
京が悲痛な声で大和の名を呼びながら駆け出す。
翔一たちもそれに続こうとするが――
「近づいてはならん!」
彦一の一喝により、全員が足を止めた。
「直江の体は邪気に蝕まれている。迂闊に近づけば君たちにも被害が及ぶぞ」
「け…けどよ…」
「とにかく直江を寝かせる!どこかないか?」
「では寝室へ。こちらです」
「アイシス君。魔導具の保管場所はどこかね?」
「は、はい!こっちです!」
シオンの案内を受けて忠勝が大和を寝室へと連れて行った。
彦一が必要な魔導具を持って寝室に入ると、扉は固く閉ざされ、室内で浄化の儀式が行われた。
その間、風間ファミリーは部屋の外で大和の回復を祈る他なかった。
「…ん…?」
「む。起きたか直江」
「大和!気分はどうですか?」
「京極さん…シオン…」
目を覚ました大和の視界に、ベッドの傍に置かれた椅子に座る彦一と、こちらの顔を心配そうに覗き込むシオンの姿が入った。
彦一は扇子を大和の胸に向け、術で体の状態を診る。
「うむ、邪気は全て浄化された。もう大丈夫だろう。シオン君、皆に伝えてきてくれるかな?」
「わかりました」
「邪気…?」
シオンが寝室を出て行くのを見ながら、大和は記憶を掘り起こす。
何故自分はベッドで寝ているのか。
確かホラーを倒した後、彦一や霊獣達が見つけた男に――
「…京極さん!あいつは、あの男は!?」
何があったかを思い出し、大和は上体を起こして彦一に問う。
彦一は大和を落ち着かせるように言った。
「あの男は逃げた。君はあの男の邪気を受け、ここで浄化されてから一日眠っていたのだ」
「…そう…ですか」
黒装束の男の攻撃を受け、苦しみながらも忠勝に運ばれたところまでは思い出したが、よもやそれから丸一日眠っていたとは。
男を逃したこともあり、落胆する大和は、起き上がっている自分の体を見る。
妙に涼しいと思っていたら、上半身に何も着ていなかった。
「…なんで裸?」
「傷の手当てもあったのでな」
淡々と答える彦一。
すると、廊下の方からドタドタと多数の足音が迫ってきた。
バタンッ、と扉が勢いよく開かれると、風間ファミリーの全員が部屋になだれ込んでくる。
「やっと起きたか弟!」
「大和大丈夫!?」
「ああ、大和の鍛え上げられた肉体が露に…!」
「あ、あの京さん。今はそのようなことを言う状況では…」
「と言いつつまゆっちも大和の裸ガン見じゃね?」
「それはともかく、本当に大丈夫か大和!昨夜帰ってきた時は肝を冷やしたぞ!」
「大和ー!俺はお前が目覚めてくれるって信じてたぜー!」
「このヤロー!眠ってる間ずっとシオンちゃんやアイシスちゃんに看病されやがって!」
「こんな時まで嫉妬してないで、素直に大和が起きたこと喜ぼうよガクト!」
「……」
相も変わらず騒々しい親友達に呆然とする大和。
彼らに続いてシオンやアイシス、忠勝も入って来た。
そこそこの広さだったはずの寝室だが、一気に十一人も増えると急に狭くなったかのような錯覚を覚える。
大和が無事だと分かりファミリーが静まると、卓也があることに気づく。
「えっと、大和。その左腕って…」
ファミリーが大和の上半身裸の姿を見るのは、今日が初めてだった。
胸や腹、肩や右腕など、あちこちにホラーとの戦いでついた傷が残っている。
卓也が注目したのは、大和の左腕だった。
ゼルバがいる鈍色の左手は以前から見えている。
しかし普段は服で隠されて見えない左腕は、前腕部全体が鈍色に染まっていた。
その表面には銀色の線が血管のように走っており、それは僅かに上腕部までつながっている。
それはグローブを着けていると言うよりも、まるで大和の左腕そのものが変化しているかのようだった。
ファミリーの全員がそう思った時、ゼルバが言った。
「まるでも何も、察しの通りオレは大和の腕と一つになってるんだぜ?」
「…マジで?」
「マジだ。ったくオレを散々グローブ呼ばわりしやがって。特にバンダナとゴリラ!」
「だってよ…ってゴリラって俺様かゴラァ!!」
「なんだ文句あんのか?テメェのような類人猿なんざ、魔導火ひと吹きで消し炭すら残さず…」
「やめろっての」
何やらヒートアップして来たゼルバの頭を大和が小突いて止める。
「つーか大和!そもそもテメェはオレが貶されてんのに今まで訂正すらしなかったな!どういう了見だ!?」
「いいじゃん別にグローブでも」
「それが相棒に対して言う事かァア!?」
魔導具にもプライドがあるのか、割とマジ切れだった。
いつの間にやら怒りの矛先が大和に移っていたが、大和はそれがどうしたと言わんばかりに適当にあしらっていた。
その後もしばらく続いた大和とゼルバの掛け合いが終わった頃に、忠勝は真剣な面持ちで口を開いた。
「…直江。そろそろいいか?」
「ああゲンさん。待っててくれてありがとう」
「空気くらい読めるが、確認しなきゃならねぇことがあるからな」
大和の左腕が異形の物になっていることが分かり、風間ファミリーに若干の緊張感が走っていたが、大和とゼルバの掛け合いが場の空気を和ませていた。
それが終わるのをわざわざ待っている辺りは、流石気遣いの出来る男である。
「直江…あの男を知っていたのか?」
「……」
問われ、しかし大和は黙ったままだった。
忠勝は続けて問う。
「あの男の話じゃ、五年前に会っているそうだが、一体何があった?」
「五年前…ですか?」
「それは、大和が川神市から旅立った時ではないのか?自分たちは皆からそう聞いたぞ」
由紀江とクリス以外のファミリーも、忠勝の言った五年前というワードに反応していた。
将来の夢に近づくために旅立つ仲間を見送った日のことを思い出す。
あの後大和に何があり、何故彼は魔戒騎士の道を選んだのか。
ファミリーはまだ、その真相を本人から一度も聞いていなかった。
大和自身から話してくれるのを待っていたから。
その真相には、昨夜大和たちが戦った男が関わっているらしい。
大和は俯きながら、ゼルバの宿る左腕をそっと握りしめる。
そしてゆっくりと、語り始めた。
「…少し、昔話をしようか」
五年前。
飛行機がヨーロッパの空港に無事到着し、大和は両親と共に新しい家へと向かっていた。
川神市で生まれ育った大和にとって、異国で暮らすことには多少なりとも不安があったが、仲間たちに見送られて旅立った以上、簡単に帰るわけにはいかない。
いつか絶対に成長した姿を見せようと強く決心する。
しかしその夜、彼らが着いた町は、既に地獄と化していた。
月が厚い雲に隠され、街灯が一つも灯っていない町に、大勢の住民たちの遺体が倒れていたのだ。
正に地獄絵図と呼ぶにふさわしい情景に景清と咲が戸惑う中、大和は道路に立つ影を見つけた。
その影は、到底人間とは思えぬ容姿だった。
全身を黒装束で包み、顔は悪魔のように醜悪で、その右目は血のような赤い妖光を放っており、闇夜の中でその者の存在感を際立たせていた。
黒い悪魔は、大和たちの姿を見つけると、ゆっくりと歩み寄って来た。
「なんだ、あれは…!?」
「ご主人様、大和と一緒に下がってください!」
咲は景清と大和を守るように前に出る。
相手がどんな怪物だろうと、大切な夫と息子に手を出させるわけにはいかない。
尚も歩んで来る悪魔に向かって、咲は臆することなく拳を構えて立ち向かう。
「私の家族に近づくんじゃねぇ!!」
咲の右拳が悪魔の顔面に迫る。
しかし、それはあっさりと悪魔の左手に掴み取られてしまう。
咲はもう一方の拳で追撃しようとするが、その前に悪魔の右手に首を掴まれ、そのまま締め上げられてしまう。
「ぐあぁ…!」
「咲!!」
「母さん!!」
景清と大和が咲を呼ぶ。
悪魔はそれを全く意に介さず、咲の首を掴む右手から黒い邪気を溢れさせる。
「かげ…きよ…さま……や…ま…と…」
苦しげに、家族の名を呼ぶ咲。
その声は徐々に小さくなり、やがて完全に消えた。
悪魔が手を離すと、咲の体は糸が切れた操り人形のように、力なく地面に倒れ込んだ。
「咲…」
「嘘だ…そんな…」
愛する妻が、母親が殺された。
目の前で起きた現実に絶望する景清と大和。
悪魔は彼らに標的を変えた。
先ほどのような歩みではなく、その場から跳躍して襲いかかって来た。
「大和!!」
「あっ…!」
景清が、咄嗟に大和を突き飛ばした。
背を見せてしまった景清の首が、邪気に満ちた悪魔の手に捕らえられる。
「父さん!!」
「ぐぅ…大和…逃げ…」
景清の言葉が最後まで続くことはなかった。
事切れた彼の体は、咲と同じように地面へと投げ捨てられる。
「父さん…母さん…なんで、こんな…」
絶望に打ちひしがられ、膝をつく大和。
一体なぜこんなことになってしまったのか。
自分は今日から、新しい生活をスタートさせるはずだった。
なのにこの状況はなんだ?
得体の知れない悪魔によって、大切な家族が目の前で殺された。
残されたのは自分一人。
その自分も、こちらへ歩んで来る悪魔の手で、すぐに殺される。
逃げようにも、体は恐怖に縛り付けられ、動いてくれない。
悪魔の黒い手が徐々に近づいて来る。
こんな形で、自分の命は潰えるのだろうか。
嫌だ。このまま死にたくない。
誰か…助けて!
大和が心の中で叫んだ瞬間。
間近に迫っていた悪魔が、突然その場から飛び退いた。
そして悪魔が立っていた位置に、一本の剣が突き刺さった。
長大で幅の広い両刃の刀身と、その刀身とほぼ同じ長さの柄を持つ大剣だった。
大和は大剣が飛来してきた方向を見上げる。
建物の屋上に、コバルトブルーの鎧を纏った騎士が、雲の晴れた夜空に浮かぶ月を背にして立っていた。
銀色の瞳を持つ狼の頭部を模した兜。
胸から両肩にかけて、三日月を思わせる金色の装飾が備わっている。
芸術品のような鎧の美しさに、大和は思わず見入ってしまう。
すると、大和の傍に新たに二人の人物が現れる。
細身の剣を構える男性と、筆を持つ女性だった。
二人が大和の前に立つと、騎士が屋上から大和たちの前へと飛び降り、地面に突き刺さっている大剣を抜き、悪魔に切っ先を向ける。
騎士の出現に、悪魔は苛立つように唸り声を上げながら、夜空へと飛び去った。
「フラガ、ラミア!その子を頼む!」
騎士の声は老人のようなしわがれた声だった。
しかし、大和を守る二人に対する指示は力強く、二人が頷くと逃亡した悪魔を追跡するために別の建物の屋上へと跳躍していった。
「坊主、怪我はないか?」
「もう大丈夫だからね」
フラガ、ラミアと呼ばれた二人が、大和を安心させるように声をかける。
命が救われ、大和は安堵する。
しかしそれは、長くは続かなかった。
死の恐怖から解放された大和の心に、家族を殺された悲しみが蘇ってきた。
「父さん…母さん…」
地面に倒れる両親の亡骸を見る大和の視界が、徐々にぼやけ始める。
やがてダムが決壊するように、両目から涙が溢れ出した。
その涙が枯れるまで、悲痛な叫びで喉が潰れるまで、大和はフラガとラミアに見守られながら泣き続けた。
悪夢のような夜が終わり、フラガとラミアに保護された大和は、彼らから夜の事件について話を聞いていた。
この世には人間を狙うホラーという魔物と、ホラーから人を守るために戦う『守りし者』が存在すること。
昨夜大和たちを襲った悪魔もホラーの一種と見られ、あの大剣を持った青い騎士が中心となって追っていること。
説明を聞き終えた大和は、ある疑問を投げかけた。
「ホラーはどこにでも現れるんですか?例えば…日本とか」
「ホラーは人間の陰我に引き寄せられるからな。どんな国だろうと、人間のいる場所は全てホラーに狙われる可能性があるんだ」
「でも、日本にも魔戒騎士や法師はいるのよ。だから…」
「それでも、守れないことはあるんですよね…」
「…否定は出来ないな」
その答えを聞いた大和の心に不安がよぎる。
もしも川神市に現れたホラーが、あの街にいる親友を狙ったら。
そしてもし、ホラーに喰い殺されてしまったとしたら。
自分は、そんなことが許せるだろうか。
また、失う悲しみと絶望を味わう事になるのか。
それだけは嫌だ。
もう二度と、大切なものを奪われたくない。
守るための力が欲しい。
だから――
「お願いします。俺に、戦い方を教えてください」
大和はフラガとラミアに頭を下げ、懇願した。
彼が夢を捨て、新たな道を選んだ瞬間だった。
それから、大和の修行の日々は始まった。
「大和。かわすだけじゃなく反撃しろ。お前は攻撃を見抜ける目を持ってるんだ。それを活かせ!」
「術をしっかりとイメージしなさい。魔導具は必ずあなたに応えてくれるわ」
フラガから剣を、ラミアから術を教わった。
騎士と法師の修行を両立させるのは過酷だったが、大和は我武者羅に己を鍛え続けた。
そして、四年の歳月が過ぎた。
剣技と法術を磨き、ついには一般の魔戒騎士が纏う銅色の鎧を召喚出来るようにまで成長した。
フラガとラミアは弟子の成長を喜んだが、彼の突然の進言に驚愕することになる。
「念狼の試練を受けるですって?本気なの!?」
「はい」
「試練がどんなものか、分かってて言ってるのか?」
「勿論です」
伝説に伝わる霊獣騎士念狼の称号を得るための試練。
過去に何人もの騎士が挑んだが、誰一人として魔戒霊獣に認められた者はいなかった。
それを理解した上で、大和は試練を受けるのだと言う。
力を求めるあまり暴走しているのでは、とフラガとラミアは危惧する。
しかし、大和の目には一切の迷いがなかった。
二人は自分たちの弟子を信じ、送り出すのだった。
大和は、かつて念狼と共に戦い、現在魔戒霊獣を封印している魔導具の保管室へ足を踏み入れた。
部屋の中央にある台座の上に、犬の頭蓋骨のような形状の魔導具が浮かんでいる。
魔導具は大和の姿を認めると、口を開いた。
「なんだぁ?久しぶりに挑戦者が現れたかと思えば、ガキじゃねぇか」
「…お前が、念狼のパートナーだった魔導具…ゼルバか?」
「ああそうだ。ってか、確認する必要があるのか?オレに会うつもりでこの部屋に入ったんだろうが」
「いや、あまりにも口が悪いから、本当に伝説の魔導具なのかと…」
「なめてんのかクソガキ」
「クソガキじゃない。直江大和だ」
「ああこれは失礼。ご丁寧に名乗ってくれてどうも、クソガキ」
初対面の時から口喧嘩を始める二人。
ゼルバはハァ~~と大げさなため息をつき、言った。
「とっとと帰んなクソガキ。テメェなんぞを魔戒霊獣が認めるわけがねぇ」
「やってみないと分からない」
「そう言って成し遂げられなかったヤローがどれだけいたと思う?」
ゼルバはこれまで、試練に挑んだ者たちの末路を何度も見てきた。
戦友だったかつての念狼に託された役目とは言え、未熟な騎士たちが精神崩壊寸前まで追い込まれるのを見るのはいい気分ではない。
まして今回挑みに来たのは、どう見ても騎士になりたての少年だ。
失敗が分かりきっていることをやっても意味がない。
ゼルバは大和を諦めさせようと警告を続けたが、それでも大和は退かなかった。
(思い知らせねぇとわからんらしいな…)
少しでも魔戒霊獣の力の大きさを知れば諦めるだろう。
そう考え、ゼルバは大和が試練を受けることを認めた。
霊獣騎士は魔戒霊獣たちの力に耐えうる強い魂が求められる。
試練を受ける者の精神世界に飛天、剛戟、流咆の三体を呼び寄せ、その力に耐え切ることが出来れば、魔戒霊獣たちはその者を主と認める。
しかしそれは、生半可なものではなかった。
「ハァ…ハァ」
「ほう、まだ耐えるか」
己の精神世界の中で、大和は飛天たちの放つ光のプレッシャーをその魂で受けていた。
既にその回数は八回にも及び、大和は片膝をつき息を荒げているが、その魂はまだ負けてはいなかった。
そのタフさに、ゼルバは素直に驚嘆していた。
かつてこの試練を受けた者たちは、多くても三回程度で脱落していたというのに。
この少年のどこにこんな力があるのか、興味が沸いてきた。
「なぁ、オマエは何故そこまで力を求める?仇討ちでもしたいのか?」
ゼルバの問いかけられ、大和は拳を強く握った。
当たりか?と思ったゼルバだったが――
「昔…父さんから、『人脈を活かせ』って教わったんだ」
「…は?」
大和から返って来たのは、予想外の言葉だった。
人脈を活かせ?
その教えとこの試練にどんな関係があるのか。
ゼルバが疑問に思っていると、大和は続けてこう言った。
「それってつまり、『自分一人で出来ないことがあれば、迷わず誰かを頼れ』ってことなんだよな」
「何?」
「お前の言う通り、俺には仇がいる。そいつのことが憎いし、仇討ちしたいとも思ってる…でも、俺はそれ以上に、もう誰も失いたくないって思うんだ」
「……」
大和の話を、ゼルバは黙って聞き続けていた。
「誰だって、勝手に殺されたくないだろ?家族や友達や、大事なものを失ったら、苦しいだろ?そんな思い、もう二度と繰り返させたくないって思うだろ?」
「まぁ…そうだな…」
「けど、俺は弱いから…俺一人の力じゃ、守りたいものを守れないかもしれない…だから!」
大和は膝を上げ、両足でしっかりと立ち上がる。
「俺には、力を貸してくれる仲間が必要なんだ!」
飛天、剛戟、流咆を真っ直ぐに見据えながら、そう言い放った。
ゼルバは過去に試練に挑んできた者たちのことを思い出していた。
ある者は、伝説で語られる魔戒霊獣の力のみを求めていた。
またある者は、己の未熟さを自覚していなかった。
しかし、大和は違う。
彼は自分自身の弱さを知っている。
それでも『守りし者』となるべく、確固たる決意を胸にこの試練に挑んでいる。
魔戒霊獣を単なる『力』として使うためではなく、共に戦う『仲間』とするために。
(まるで、
遥か昔、幾多の死線を共にくぐり抜けた戦友のことを思い出しながら、ゼルバは自分が大和を侮っていたことを認める。
何が騎士になりたてのガキだ。
大和が語った『
――キュィイイイ!
――ブオオオッ!
――グアアアア!
「な、なんだ?」
「合格、ってことさ」
突然吠え始めた霊獣たちに驚く大和の前に、ゼルバの姿が浮かび上がった。
「直江大和。お前の
「本当か…?」
「ああ。だが言っておく。念狼を継ぐということは、その命が潰える時までオレたちと共にあり続けるということだ。お前にその覚悟はあるか?直江大和!」
「…あるさ」
それは、死ぬまで念狼として戦い続けろ、ということだ。
しかし、大和は迷わず左手を差し出す。
「俺に、『守る』ための力を貸してくれ」
「おう!!」
ゼルバ、飛天、剛戟、流咆の姿が、神々しい光となって大和に降り注いだ。
「長生きしてりゃ、面白いことが起きるもんだ。なぁ、―――」
ゼルバの声が聞こえてきたが、大和の意識が薄れ、最後まで聞き取ることは出来なかった。
ゼルバは一体、誰に語りかけていたのだろうか。
大和が目を覚ますと、そこはゼルバの保管室だった。
まるで夢から覚めたかのような感覚だが、先程までの試練は間違いなく現実だった。
「よろしく頼むぜ、相棒」
「…ああ、こちらこそ」
何故なら大和の左手には、確かにゼルバが宿っていたのだから。
「…こんなところかな」
直江邸の寝室で、大和は語り終えた。
川神市に帰って以来、初めて彼の過去を明かされた風間ファミリーはしばらく沈黙していた。
家族を目の前で殺された彼に、どんな声をかければいいかが分からなかった。
その中で、最初に動き出したのは、百代だった。
彼女はベッドの上に膝立ちの状態で乗ると、大和の頭を胸にかき抱いた。
他のファミリーが驚く中、百代は大和の頭をポンポンと撫でる。
「よく話してくれたな、大和」
「…なんか、こういうスキンシップも久しぶりだね」
「辛かったこともちゃんと話した弟に、お姉ちゃんからのご褒美だ。たっぷり甘えていいんだぞ~?」
「甘える歳でもないっての」
本当の姉弟のような二人の様子に、皆が笑顔を浮かべた。
特別な励ましなど、最初から必要なかったのだ。
その後、京が「私もやる」と言って、百代の反対側から大和に抱きつこうとするのを大和が必死に押さえ込み始めたあたりで百代も彼から離れた。
そのタイミングで、忠勝や彦一は大和の語った過去を振り返る。
「しかし、あの男は少なくとも五年以上前から活動していたのか」
「青い騎士とやらが追っているようだが、よくそれだけの期間を逃げ続けられるものだ」
「それだけじゃない。俺があの時見たのは、間違いなくホラーだった…ゼルバ、本当にあの男は人間だったのか?」
「大和が食らったアイツの邪気からは、ホラーのそれに近いものを感じたが…何とも言えねぇな。ラルヴァ、オマエはどうだ?」
「私もほぼ同意見です。あの邪気には、異質な何かを感じました」
ゼルバやラルヴァでさえ、明確な答えが出せずにいる。
一体あの男は何者なのか。
大和たちが悩んでいると、ふと風の通り抜ける音が聞こえた。
「あれ?あの窓、開いてたっけ?」
一子が指差す先、閉じていたはずの寝室の窓がいつの間にか開いていた。
窓から入り込む風がカーテンをなびかせている。
最も近い位置にいたシオンが、窓を閉めようと近づく。
そこで彼女は、窓の下の床に二通の指令書が落ちているのを発見した。
「また指令書!?大和は病み上がりなのに?」
「どんな状態だろうと、ホラーが出たら戦うのが魔戒騎士なんだよ」
心配する卓也にそう言いながら、大和はシオンから指令書を受け取る。
忠勝ももう一通を受け取り、二人同時に魔導火を点けた。
『大扇島にて、未知の結界が出現した。直ちに調査し、破壊せよ』
空中に浮かんだ指令文が、二人にそう告げた。
お久しぶりです。常磐です。
番外編の投稿から早四ヶ月、長らく更新が止まってしまいすみませんでした。
ようやく時間が取れるようになりましたので、更新再開です。
不定期に変わりはありませんが、今後もどうぞよろしくお願いいたします。
さて、今回は大和の過去を中心に書きましたが…正直色々と詰め込み過ぎたような…。
景清の教え『人脈を活かせ』=『誰かを頼れ』というのは、このSSにおける大和が
そう解釈した、ということになります。
原作では『他人の力を借りるだけで、限られた友人以外は信用するな』的なニュアンスですが。
また、『念い』と書いて『おもい』と読むのは当て字ではなく、実際にこういう読み方があります。
今後の展開に関わる伏線もいくつか書きました。
…うん。やはり詰め込み過ぎだ。
それでは、また次回。